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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十八話 少年期【21】



「本日は晴天なりー」
「なりー!」

 朝ごはんを食べ終えた俺とアリシアは、リビングの窓を開けて朝日を身体いっぱいに受けていた。今日はいつもの制服姿ではなく、白い体操着と紺色のパンツを着こんでいる。今日は待ちに待った体育祭当日である。俺は筋肉をほぐすために伸びの運動をしておき、妹は動きやすくするために、髪をお団子にしながら1つにまとめていた。

 雨にも降られず、いい天気を迎えられて本当によかった。絶好の運動日和だし、これはお昼に食べるお弁当も楽しみだな。個人的には急にコロッケが食いたくなってしまったが、母さんが作ってくれていることを祈ろう。昨日たまたま見たテスタロッサ家のお弁当箱が重箱だったから、きっと入っているはず。母さん、気合い入りすぎだ。

『ますたー、ハチマキの方はもうつけておきますか?』
「うーん、俺は学校についてからでいいや。アリシアは……何しているんだ」
「お兄ちゃん、……リニスにハチマキをつけてみたら思いのほか似合っちゃって」
「にゃう」

 クラ校指定の赤いハチマキを頭から棚引かせる我が家の猫。妹よ、これ以上リニスに凛々しさや逞しさを付け加えてどうする。開け放たれた窓から入る風によって、いい具合にリニスのハチマキが揺れていた。ミッドの動物界の姉御の新たな姿にアリシアは戦慄。俺はコーラルに撮影を指示。いやだって、普通に面白いし、かわいいし。

 それからリニスとアリシアの2ショットを撮り、そこに俺が入ろうとしたらキャットキックを食らわされながら、朝の準備を終わらせていった。今日は熱中症注意のために水筒は2個用意しておいたし、プログラムも汗拭きタオルもしっかり入れた。リュックに入れる物の最終確認をした俺は、登校時間まで家のソファに座り、朝のテレビ番組を見ながら時間をつぶすことにする。


 そういえば、体育祭は2日間開催するが、初等部1、2年生の競技は1日目ですべて終わってしまうんだよな。さすがに2日連続イベントは、年齢が低い子どもたちには負担が大きいからという理由らしい。健康上とか安全からとか何とかかんとか保護者用のプリントに書かれていた気がする。異世界でも学校って大変だな…。

 まぁそのため、明日は中等部がメインの競技が多く、初等部低学年は2日目は家で休息をとるか、見学自由としているのだ。俺は当然明日も学校に行って応援に行くつもりだ。友人たちもたぶん来るだろうから、ちゃんと約束を取り付けておこう。

『あっ、そうです。ますたーとアリシア様はどんな競技に出られるのですか? 確か少し違いましたよね』
「私は『かけっこ』と『ぷにゅ競争』と『玉入れ』と『ダンス』の4個だよ」
「俺は『かけっこ』に出なくて、『徒競走〈初等部低学年の部〉』になったな。なんか俺って、参加資格が取れていたみたいだから」

 ちなみにこの競技の参加資格というのは、魔法が使用可能であるかということだ。この徒競走は、母さんとコーラルのおかげでそれなりに魔法が使えるようになったため、参加可能になった競技である。ちょっとした障害物があるらしく、それを魔法で切り抜けながらゴールを目指すのだ。

 と言っても、初等部低学年はまだ魔法を習ってはいないため参加人数は少ないし、使用する魔法のレベルが低くても大丈夫らしい。なんせ俺でも参加OKをもらったしな。順位はあるもののゴールさえできれば、必ずポイントが入るのも魅力だ。普通に走るよりもこっちの方が面白そうだから俺は選んだ。魔法に関しては個人差が大きく、飛び級制度があるからこその競技なのだろう。

 あと体育祭の競技は基本、身体能力か魔法のみしか使えないため、俺のレアスキルは今回はお休みということになる。さすがに俺もズルをするつもりはないので、使うつもりはなかった。まぁ競技の中にはレアスキル使用可能なものもあるが、1年生にはそんな競技はないからどっちみち気にしなくてもいいだろう。

「あっ、クーちゃんも徒競走に出るって言っていたかも」
「そうなのか? まぁ少女Dは俺たちの中で、一番実践的に魔法の訓練をしているからおかしくないか。うわぁ、これは強敵だ」

 少女Dは身体を動かすのが好きだから、体育祭とか特に気合いが入っていることだろう。俺も運動は好きな方だし、勝負をするのならやっぱり勝ちにいきたい。気持ちをしっかり入れていこう。

「よし! それじゃあ、そろそろ時間だし、気合い入れていくぞアリシア!」
「うん、気合い入れていこう!」
『お二人とも頑張って下さいね。マイスターと一緒に応援をしますので』
「にゃ!」

 コーラルとリニスに応援の言葉をもらったことだし、俺たちはうなずき合い、利き腕を大きく振り上げた。そして、みんなで『おー!』と声を揃え合う。それでは、いざ出発だ!


「むぅ、お母さんとも一緒に気合いを入れたかったなー」
『仕方がないですよ。保護者席のベストポジション確保のために、1時間前に先に出発されましたから』
「……たぶん、誰よりも気合い入っているのは母さんだよな」

 子どもよりも先に、保護者同士の運動会がすでに始まっていそうでした。



******



 秋晴れの空の中、俺たちはクラ校で一番広いグラウンドに整列をしていた。

 そこで始まった開会式は滞りなく行われている。全校児童の人数が多いため、移動や整列に少々時間はかかったが特に問題はなかった。両校の校長先生たちからの話を聞き、互いにエールを送り合う。その後、それぞれの学校の代表が握手を交わし合っていた。中等部と初等部でそれぞれの代表が前に出ている。

 クラ校の中等部代表の先輩は、全体練習の時に1回見ただけだから詳しくは知らない。だけど初等部代表の先輩は何回か練習で見たし、レティ先輩の友人さんらしいと聞いていたのでちょっと親近感がわくな。黒髪と黒目の男の先輩で、今もキリッとした表情のまま背筋を伸ばして立っている。

 あんな風に学校代表になるには、成績が良く、さらにリーダーシップがある人を児童と教員の両方から意見を出して選ばれる必要がある。彼は成績も人望もあり、さらに普通に女の子にモテそうな顔立ちの先輩だった。本当にいるんだなー、こういう人。ただレティ先輩から友人だと聞いたときに俺がそう呟くと、何故か乾いた笑みを浮かべられたが。

『あぁー、うん。あいつ自身は真面目で良いやつなのは間違いないぞ。そこは間違っていない。あぁ、そこは間違っていないはずだ』

 詳しくは聞かなかったが、あのレティ先輩の態度のおかげで、たぶんどこかしらぶっ飛んでいる人なのだと察することができた。レティ先輩の友人さんだし、きっと類は友を呼ぶのだろう。レティ先輩も良い先輩であることは間違いないけど、俺も紹介しようと思ったら歯切れが悪くなる気がしたので。


「あぁー、ようやく挨拶が終わったな。あ、確か俺たちの最初の競技って次の次だから、もう入場門に並んでおいた方がいいのかな」
「そういえばすぐにあったよね。……うん、みんな少しずつ移動しているからあっていると思う」
「お、じゃあ早めに行っとくか」

 1年の待機場所に戻って、俺はプログラムを眺めながら疑問を口にする。そしたら、俺の近くの席で水筒のお茶を飲んでいた少年Aが答えてくれた。後から並ぶのって大変だし、先に向かっておいた方が楽だな。俺は一つうなずき、せっかくなので友人と一緒に向かうことにした。

「それにしても、すごい見学者の数だよね。俺の家族はどこにいるんだろ」
「確かにな。これだけ人がいると、見つけるのは難しそうだな。俺の家なんて、母さんとデバイスと猫だから、周りに埋もれてしまっているかもしれないな」

 俺は肩を竦めながら、子どもの晴れ姿を見ようと集まっている保護者の方々を見まわす。保護者の気持ちがわからないわけではないが、やっぱりちょっと恥ずかしい気持ちはある。でもせっかくなら良いところを見せたいという気持ちにもなる。やっぱり、なんだかんだでこうして見に来てくれるのは嬉しいんだと俺は思う。少年Aも少しそわそわしているし。

 母さんたちがどこにいるのかはわからないけど、精一杯頑張らないとな。みんながどこにいたって問題がないようにしよう。それに、こういうイベントは目立ってなんぼだし。危なくなければ、ちょっとぐらい羽目を外したって大丈夫だよな。

「……ねぇ、アルヴィン」
「ん、どうした」
「あれ、もしかして君のお母さんだったりする?」

 あれって? 少年Aの視線の先には、何故か不自然にぽっかり空いた空間があった。そこには女性が1人と緑の球体と猫という組み合わせ。先ほど俺が言った家族の特徴通りだった。


「ふふふ、ついに……ついにこの日が来たわ! この日のために吟味して手に入れた最新のビデオカメラにカメラ。店で何時間と粘り続けたことで最も優れた画質と色の正確さを選び抜き、ワイド設定も狭くも広くも綺麗に取れ、画面の歪みもない一品。そして三脚に何度も取り付けて確認したから、安定性も問題なし。さぁ、アルヴィン、アリシア! いつでも来なさい!」
『ふふふ、腕が鳴りますね…。これは今までに蓄積されてきた僕の盗さ……ではなく、撮影スキルを遺憾なく発揮するべき場所。もう1人のマイスターに願い出たことで、最高の画質が取れるように改造もされましたし、準備は万端です。さぁフィックスだろうが、パンだろうが、どんな構図でも撮ってみせましょう!』
「……にゃ…う」

 どうしよう。俺、あんなにも肩身の狭そうなリニスを初めて見た。

「そしてリニス。あなたはこのカメラを首に巻くのよ!」
「にゃぁッ!?」
『なるほど、さすがはマイスタープレシア。リニスさんの体格をフル活用した撮影とは考えましたね。彼女の俊敏さがあれば、ベストショットを切れる場所にすぐに向かえるという訳ですか』
「えぇ、そうよ。私が大地に立ちレンズを構え、コーラルが空から様々な構図を映し出し、リニスの風のような走りによる柔軟な動き。この布陣に逃せぬ被写体はないわ!」
「……みぃー…」


「……ごめん、アレックス。先に行っていてくれるか。―――ちょっと沈静してくる」
「ううん、いいよ。いってらっしゃい」

 こういうイベントだからこそ、羽目を外し過ぎてはダメなんだな。今日俺はそれを学び、心に刻んだ。



******



「おーい、少年E。徒競走ってここに並べばいいんだよな」
「うん、ここ」

 さて、あれから競技は着々と進んでいった。現在午前の競技の半分を消化し、俺たちが出場する『玉入れ』と表現運動も終わったところだ。全体的な運動量はいつもより少ないはずなのに、身体が少しばかり重く感じる。やはりこれだけ大勢の人の前だと気疲れぐらいするよな。

 そして午前競技の後半。俺と少年Eは校内に3つあるグラウンドの内、シミュレーター機器が設置されている第2グラウンドに来ていた。ここに置かれている機械はただの機械ではない。思い出すのは、前世で読んでいた小説に出てきたVRMMOという言葉。確かバーチャル・リアリティだっけ。それのある意味実現版のようなものがこの機械なのだ。

 本来ならあるはずのないものを、ホログラムとしてその場に映し出す。それだけなら地球でもできるが、ミッドのホログラムはしっかり見えるし、実際に触れる。感触まであるというのだから、それはもはや一つの現実だろう。

 リリなのの動画では当たり前のようにスルーしていたけど、これとんでもない技術だよな。自分の目で見てようやくそのことに気づいた。ただ機材の値段がかなり高く、電力も食うため学校には1台しかない。使用は主に中等部の生徒が中心で、初等部の児童は知識としてしか知らないのだ。

 だが、今日行われる『徒競走』はこのシミュレーターを使った競技である。魔法使用ありの競技では、ここは時々使われる場所なのだ。本物そっくりの偽物をこの目で見れ、触れる機会。なので俺としては、今回のこの競技はシミュレーター見たさに参加した部分もないとは言えなかったりする。


「あっ、アルにリトスじゃない。2人も徒競走に出るの?」
「うおっ、少女Dか。アリシアから聞いていたけど、やっぱり出るんだ」
「とーぜん」

 少女Dは胸を張り、楽しそうに笑顔を浮かべる。俺たちとは着ている服が違い、深い緑色のパンツと彼女の学校の校章が胸に刺繍された白の体操着だ。他校の体操着は初めて見たから、ちょっと新鮮な気分である。あと額に巻かれたハチマキの色も赤ではなく、青色。彼女のトレードマークであるポニーテールと一緒に、彼女の動きに合わせて元気よくはねていた。

 ふむ、俺の知り合いで徒競走に出るのはこのメンバーだけみたいだな。俺たち3人以外は、第1グラウンドで『かけっこ』に出場しているはずだし。

「あ、そうだ。2人とも、紫の髪をした女の子を知らない?」
「紫? レティ先輩は紫だけど、言っている子とは違うよな」
「私たちと同じ年で私と同じ学校よ。私の友達なんだけど、まだ来ていないのかな。お昼休みに改めてみんなに紹介しようと思っていたんだけど」

 きょろきょろと周りを見渡す少女Dと同じように、俺も辺りに首を巡らせる。もともと参加人数が少ないため、それほど混雑はしていない。そろそろ競技が始まるから、参加するならここにいるはずだろう。

 そんな風に見まわしていたら、ふと後方にいる男の子の後ろから長い紫色が見えた。その色は決して濃すぎず薄すぎないもので、優しく艶のある色合いだ。レティ先輩の髪の色が藤色なら、彼女の髪は紫苑のような色だろう。エイカのおかげで花の知識が微妙についているな俺。

「それでは競技を始めますので、事前に教わっている順番通りに並んでください」

 少女Dにあの子であっているのか確認をとろうとした時、係りの人から呼び出しがかかった。まぁどうせ後で確認をとることができるだろう。遅れて迷惑をかけないように、先生から言われていた場所へ俺は移動する。俺は第5レースの1コース目だ。少年Eは俺より2つ早い第3レース。そこにさっきの紫の子も並んでいることに気づいた。

「あら、いたと思ったらリトスと一緒のレースなのね」
「じゃあ、やっぱりあの子であっていたのか。……そして、少女Dは俺と同じレースなんだな」
「えぇ、よろしく」

 俺の隣の第2コースで、同じように第3レースを眺めていた少女Dと目が合った。よりにもよってやっかいな相手と当たったな。他の児童の実力はわからないが、少なくとも彼女が魔導師としてできる分類に入るのは知っている。さらに武術も嗜んでいるため、もし彼女と対戦なんてことになったら、高い確率で俺は負けると思う。卑下でもなんでもなく。

 だけど今回はレースであり、魔法はあくまでおまけだ。彼女相手でも、やっぱり勝ちに行きたい気持ちは変わらない。魔法は障害物を取り払う時以外は禁止されているため、対戦相手に攻撃したら失格になる。走力なら少女Dとそう変わらないため、勝てる可能性はあるはずだ。

「うーん、やっぱり借り物のデバイスじゃいつも通りは難しそうね」
「俺もストレージデバイスを使うのは初めてだな。個人持ちはカスタマイズしているのが多いから、公平さを出すためには仕方がないんだろうけど」
「それに最大出力もかなり抑えられているわ。魔法を暴発させる危険性をなくすためなのはわかっているんだけどなぁ」

 彼女はちょっと不満そうにしながら、自身の拳に装着されたデバイスを眺める。少女Dのデバイスはアームドデバイスと言い、デバイスそのものが武器としての性能を持つベルカ式のものだ。クラ校では杖を持つ人が大多数だから、珍しくて興味はある。今度時間があったら彼女のデバイスを見せてもらおう。


 そんな感じでスタートを待っていた俺だったが、現在はそんなことを考える余裕もなくなっていた。

「ゴールしたのは6人中2人だけか…」

 シミュレーターによって作られたコース。見た目は他のグラウンドのトラックと何も変わらないが、ところどころにホログラムの仕掛けが施されていた。その仕掛けによって、参加人数のほとんどがゴールすらできない状態であった。

 本気すぎるだろ、これ。魔法要素含まれるとここまで容赦がないの? さすがは魔法=戦闘力のような世界。シビアだ。これが第2レースまで終わったこの競技を見ていた俺の感想である。レースが始まる前にどんなコースでどんな障害があるのかと説明は受けていたが、ここまでたどり着けないやつが多いとこちらも不安になる。

「時間制限とダウン効果がやっかいね。1年生は障害は2つだけみたいだけど……」

 隣で少女Dがぶつぶつとこの競技について考察しているようだ。実際障害は2つだけで、あとは走るだけになっている。1つ目の障害は飛来してくるものに当たらない様に走り抜けるものだ。飛来物はホログラムで作られたボールで、速さはランダムで出現個数もバラバラ。一応もし本当に当たりそうになったら、すり抜けるようになっているが、一瞬ビリッした感覚が身体に感じるらしい。それによって動きが一時的に封じられてしまうようだ。

 ルールとして、飛来物は魔法を使ってなら壊すことができるらしく、さっきゴールしたやつも射撃魔法を撃って壊していた。この障害物は避けるか壊すかして、進む必要がある。

 飛来物が終わったら、次は的当てだ。コースの途中に的が現れ、それを打ち抜ければ進める。的は10メートル以上離れたところにあり、しかも大きさはリンゴぐらいしかない。低学年でこれって難しすぎないかと思ったが、高学年はさらに距離があき、ピンポン玉ぐらいの的を複数狙うらしい。中等部になったらそれがさらに動き回るようだ。マジでか。

 時間は1分30秒間のみだから、本当に時間との勝負だ。距離だけならトラック半周ちょっとぐらいしかないから、普通に走ったら30秒あれば余裕でゴールできる。つまり残り1分間で飛来物を避け、的を撃ち抜かないと間に合わないという訳か。考えれば考えるほど目が遠くなる。


「アルヴィン、2人がスタートするわよ」
「えっ、おう。そういえば少年Eのやつ大丈夫かな。先生から今回のレースは『ぎゅうにく』を召喚したらダメだって言われていたし」
「……牛肉を呼び出してどうするの」

 あの大きさだと他の子の走る邪魔になってしまうし、なにより彼は温厚な生き物だが、何分顔が怖い。すごく怖い。めっちゃ怖い。そんな理由があり、ミノさんの召喚は無理ということになったのだ。確かに子どもが見たらビビるし、泣くわな。

 そんな風にどうでもいいことを考えていたら、ついにスターターが切られた。少年Eの順位は5位で、紫の子は3位か。走る速さだけなら、少年Eは俺たちのメンバーの中ではそれほど速くはない。あいつがもし上位を狙うのならば、障害物が鍵だろう。正直ゴールできるか自体が不明なんだけどな。

「あっ、第一関門に入った」

 少年Eの右側からボールが飛んでくるのを見つける。彼もそれを確認したのか、身体を少し左に捻ってそれを避けた。だが、次は前方と左からそれぞれ速度の違うボールが向かってきていた。あの体勢じゃ2つ一気に避けるのは難しい。それに思わず声をあげそうになったが―――

「錬鉄召喚。アルケミックチェーン」

 彼は相変わらずの無表情で左手と右手をそれぞれの飛来物に向け、白い魔方陣を発動させる。そこからジャラリと鎖が伸び、ボールに当たって彼方へと弾き飛ばした。そのまま左手に魔方陣を発動させた状態で駆け抜ける。鎖はまるで生きているように少年Eの周りを動き回り、彼に向かう飛来物を撃ち落とし、時にはいなしていた。

「アクセラレーション」

 少年Eと同じように手に装着されたグローブ型のデバイスを起動させる紫の子。あれって確か補助魔法だっけ。もともと2人の持つデバイスはブーストデバイスといって、補助や特殊型の魔法に対応しやすいものだ。そしてデバイスから光が走ったと思ったら、鈴を鳴らすような音が彼女の作った魔方陣から響き渡った。

 彼女の足元に髪と目と同じ紫の魔方陣が展開し、それに自身が包み込まれていく。紫の子に飛んできていた飛来物の数は3つ。しかしそれらを鮮やかな動きで彼女はすべて避けてみせた。まるで背中に羽が生えているかのようなフットワークに俺は目が点になる。ダンスを踊るかのような軽やかなステップで、障害など意に反さず走り抜けていった。

「いい勝負ね。これは的当てで決まるかしら」
「すげぇ器用だな、2人とも」

 おそらく2人が飛びぬけているのだろう。他の子は1,2度は被弾していたり、走る速度が遅くなるものなのにそれが一切ない。トップに2人が躍り出たのは自然な流れだった。だけど身長が低い分、少年Eの方が歩幅が短い。足の速さは、一歩紫の子の方が速いようだった。

 そして結果としては、その速力で勝敗は決してしまった。2人とも魔法の力量は同じぐらいなのだから、残るのは身体能力だけだ。的を当て終わった後の直線距離で少年Eは負けてしまった。彼女にかかっていたブースト魔法は飛来物を避ける以外で使われていなかったから、反則もない。純粋な足の勝負で及ばなかったのだ。

 走り終わった少年Eの表情はほんの少しだけど、悔しそうに唇を噛みしめていた。1年友人をやっていたからこそ気づけるぐらいの小さな変化。それでもお互いに走り終わった後、相手と握手を交わし合って健闘を称えあっているようだった。



「それでは、第5レース。位置について、よーい……」

 パンッ、と魔法によって作られた雷管の音が俺の耳に入った瞬間、勢いよくスタート地点から足を踏みだした。俺は頭の中でこのストレージデバイスに登録されている魔法を反芻し、出力の調整を行う。いつもはコーラルにまかせてしまっていた部分だったので、今のうちに術式を組んでおかないと俺1人じゃ間に合わないかもしれない。

 俺の右手には少女Dが走行しており、彼女との差はほとんどない。むしろ他の子どもと足の速さで差が広がっているぐらいだ。これ以上はよそ見をしたらまずいと考え、俺は顔をコースへと戻しておく。そろそろ例のゾーンに来たと思ったその時、少女Dに向かい飛来するボールを目が捉えた。

 紫の子のように避けるのか、少年Eのように魔法を放つのか。彼女の対処方法によって、俺も動き方を変える必要があるかもしれない。そう思って俺は横目で彼女を確認する。

「はぁッ!」

 すると少女Dが、拳に魔力を通して、飛来物を文字通り打ち抜いて正面突破して行ったのを目撃したのだった。


「……ちくしょう! 全体的にステータスが高すぎんだよ!」

 堂々と障害物へ真正面からぶつかっていく少女Dは、一切減速をしない。瞬時に向かってくる飛来物を補足し、最小限の動きで間合いに入ったものに拳を打ち込んでいく。自身に当たらないものはしっかり見抜き、目もくれない。そして自身に仇なす物は避けることすらせず、塵へと変えている。

 俺は今のところ避けるのに専念し、前に進んでいる。時々当たりそうになったものを、事前に用意しておいた魔力弾で相殺させる。だけど、この方法だと彼女には追いつけない。回避率はコーラルやリニスからお墨付きをもらっているが、下手に突っ込めば被弾は確実なのだ。1発でも当たれば、おそらく彼女にはもう追いつけない。

 飛来物の威力はそれほどないから、少量の魔力で簡単に撃ち抜ける。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる理論で、威力より数を増やして前に進む手もある。だけどそれでも当たる可能性がなくはない。俺には彼らの様な器用さも技術もないのだから。

 もう諦めて2位を目指そうか。彼女の方が俺より上なのはわかっていたし、今のままいけば、このゾーンを少女Dよりは遅くなるが抜けられないわけではないのだから。ゴールさえすれば、ポイントは入るし、1位にこだわる必要性はない。

 そうなんだけどな……。


「無茶のしすぎや羽目を外し過ぎるのはまずいだろうけど、……無理ぐらいはしねぇとかっこつかないよな」

 食らい付こう、俺の思考はすぐに答えを出した。俺は周りに展開していた魔力弾を解除し、新たな術式を組む。一発勝負だ。この魔法を発動できるかはわからないが、成功すれば彼女に追いつける。要は全方位から飛んでくる飛来物に俺が当たりさえしなければいいのだ。たとえどこから飛んできたって、俺のもとに来なければ問題はない。

「プロテクション!」

 防御魔法を発動させ、そのまま前方に突っ込んでいく。昔管理局のお姉さんに見せてもらった魔法であり、コーラルが得意とする魔法だ。この魔法は一方向のみをガードする魔法のため、同時に別方向から攻撃が来るこの状況ではあまり意味がなかった。

 だったら数を増やす。俺はデバイスの出力限界までいくつもの防御魔法を組み立てていく。自分の前に右に左、上も後ろも。全方位。バリアの耐久力はかなり低くなるが、あのボールの威力程度なら向きをそらすだけでもできるだろう。器用さも技術もないなら、力押しでいってやる。すごい勢いで魔力が減っていくが、俺の魔力量の多さはお墨付きなんだよ。

 全方位に発動した藍色の魔方陣を纏いながら、俺は真っ直ぐにコースを走り抜ける。前を行く少女Dと一瞬目が合い、目を見開かれたがすぐにその顔からは嬉しそうな表情が見えた。発動した魔方陣に飛来物が当たっては弾かれていく様子を確認しながら、俺は彼女を追いかけていった。

 俺はこの時夢中で気づかなかったが、外野から見ると俺の防御魔法の陣が徐々に1つにまとまっていき、半円球型のバリアを張っていたらしい。後に『サークルプロテクション』というプロテクションの派生型であることを俺は教えられた。



「フォトンバレット」

 少女Dの拳から球状の魔力弾が形成され、10メートル先にある的に向かって放たれていた。先にたどり着いていた彼女がまだここにいるということは、俺が逆転できるチャンスはある。俺は防御魔法を解除し、すぐに『フォトンバレット』を発動させる。

 彼女は苦い顔でわずかに外した的を見据えながら、修正を測っていく。俺が到着するまでに、すでに2発魔力弾を撃っていたようだが、どれも的を撃ち抜けていなかったらしい。少女Dは近接型のパワータイプだから、おそらく遠距離攻撃は苦手なのだろう。得意なら少年Eと紫の子のように誘導弾を撃っていたはずだからな。

 だけど俺もそこは、まだ直射型の射撃しかできなかったから助かった。一応誘導弾は高等技術に分類されるから、今できなくてもむしろ当たり前のはずなんだけどね、あいつら2人がおかしい。だけど時間はそんなにないだろう。相手は徐々に的を捉えてきているため、いつ撃ち抜かれてもおかしくない。俺は魔力がかなり削れてしまい、荒くなる息を整えながらデバイスを構える。

 ここでやみくもに撃っても外れてしまうだろう。だけど、正直狙ったからって中てられる自信があるかと言われれば答えられない。俺の作戦としては、何度か魔力弾を撃ってみて、その都度調節をしていくつもりだったのだから。今の少女Dと同じやり方だ。だけど、今更それだと間に合わない。


 俺は自分で作り出した魔力弾を見つめる。大きさは俺の手のひらに収まるぐらいの球体型。それがデバイスの先端からふよふよと形成されていた。これを放って、的を狙うことになる。うーん、それにしても大きさといい、形といい、この浮かんでいる感じといい、なんだか家のデバイスを思い出すな。

 ……あれ、そういえば魔法って要はイメージが重要だったはず。俺としては魔法は銃の様に撃つイメージだったから難しいと思っていた。銃なんてゲームセンターのゾンビパラダイスで撃ったぐらいしかないのだから当然だろう。だけど、この魔法を放つときにもイメージが大切なのだとしたら。

「俺が作ったこの魔力弾を……コーラルだと思ったら」

 俺の魔力変換資質によって電気を纏っていた球体を、緑色の宝石と被らせて見てみる。そして続いて的をじっと見据えた。あれ、なんでだろう。さっきまですげぇ不安だったのに、今なら全力で的に打ち込める気がしてきた。

 俺は腰を落とし、杖の先端を後ろに下げていく。大切なのは振り上げる腕の角度と足の踏み込み具合。半身を構えて重心を右足に乗せながら、左足を静かにあげた。顔は目標に固定したまま、俺は杖を旗のように勢いよく前に振り抜いた。それにより、杖の先端にできていた魔力弾(コーラル)が全力で的に向かってブン投げられた。


 ―――カ、カンッ!


 一瞬後、2つの音が同時に響き渡った。お互いに目標の的を撃ち抜いたことがわかった瞬間、デバイスを待機状態に移行させてすぐに足を踏み出した。砂利を踏みしめる音が耳に入りながら、ラストスパートをかける。走る俺の隣には、深く青い髪が風に煽られた少女が一緒に並行していた。

 残り数メートルは純粋な体力と走力によって決まる。遠くから聞こえる歓声も全く聞こえなくなり、感じるのは隣にいる競争相手と自身の鼓動だけだった。走る速さだけだったら、彼女と俺は互角。だが、如何せん体力に関しては彼女の方がずっと高い。先ほどまでの魔力の大幅な消費に、俺の身体が重くなっていた。

 そして最後の一瞬、ゴールにたどり着いた俺はわずかな差でゴールテープを切ることができなかった。



******



「あぁーあ、結局クラ校勢は勝てなかったか…」
「2人ともすごかったわよ、本当に。私もあんなに冷や冷やしたのは久しぶりだったもの」
「少女Dは体力ありすぎるだろ。……次に今回みたいなガチンコ勝負になったら絶対勝ってやる」
「ぷっ。アルからそんなセリフが聞けるなんて」

 うっさい、そっちだって相当の負けず嫌いの癖に。彼女はくすくすと面白そうに笑っているが、別に俺のことをおとしている訳ではない。だから怒るつもりはないが、多少むっと少女Dをねめつけるのは仕方がないよな。大人げないとは思うが、悔しいものは悔しい。いいところまでいったから特に。

「そうだわ。せっかくならガチンコ勝負に勝った勝者が敗者にお願いを1つ言えるっていうのはどう? これならもっと面白くならないかな」
「……まぁ、俺はそれでもいいけど」
「了解ね。それじゃあ、さっそく今日の勝者からのお願いだけど」
「え! 今回のも含まれるのか!?」

 意外にちゃっかりしていた少女D。俺の驚きの言葉に当然とうなずき、にっこりと笑って見せた。

「いい加減、私のことをちゃんと名前で呼びなさい」
「えー」
「えー、じゃないわよ。公園の時はまだよかったけど、学校に来てまで少女Dはないでしょ。普通に恥ずかしいから変えなさい」

 最後の言葉らへんは目が笑っていなかった。普段なら少年Bのように有耶無耶に誤魔化せられるが、さすがに約束した手前仕方がないか。あだ名呼びは俺の中で趣味となっていたからちょっと残念。俺は頭を掻きながら、しぶしぶ彼女のお願いにうなずいた。


「そういえば、お昼ご飯はどこで食べる? よかったらみんなで食わないか?」
「いいわね。せっかくだから私の友達も呼んでくるけど大丈夫そう?」
「あぁ、さっきの子か。わかった、みんなには声をかけておくよ。紫の子だよな」
「……またそんな風に、変なあだ名みたいなのをつける」

 呆れ顔を作られたが、俺は向こうの名前すらわからないのだから仕方がないだろう。それを言うとそれもそうかと向こうも納得したようだった。まぁ、知っていてもあえて呼ばないことはあるけどな。

「紫の子じゃなくて、メガーヌよ。覚えておいてあげて」
「メガ盛みたいな名前だな」
「本人が聞いたらさすがに怒られるわよ」

 そんなことばっかり言っていたらモテないわよ、と小学生に小言を言われました。地味に傷ついたぞ。それからグラウンドに流れるアナウンスに耳を傾けながら、分かれ道でお互いに足を止める。自分の児童席に戻るために、俺たちはひらひらと手を振り合った。

「それじゃあ、また後でねアル」
「おう、クイントもな」

 こうして始まった俺たちの初めての運動会。ドタバタの体育祭午前の部が終わりを迎えたのだった。

 
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