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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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マザーズロザリオ編
  episode6 ユウキを、見送って

 ユウキの、容態の急変。
 とうとう来た、その知らせに、俺は。

 「―――はあっ、はあっ!」

 一目散に、駆けつけた。
 『ラッシー』としてログインし、第二十四層主街区北にある、泉に浮かぶ大木の元へと。

 ユウキの、『絶剣』の伝説の舞台となった、その思い出の場所へと。

 「―――はあっ……はあっ……」

 直接病院にいくことも、考えなかった訳じゃない。
 けれでも、俺には病院でできることなどない。

 それは誰だって同じ。勿論、彼女……アスナも同様だ。なら。

 (きっと、ここに来る……!)

 確信は、無い。ここに来るかもしれない、という憶測でしかない。
 震えていた。もし、ここで、彼女に再会できなければ。

 彼女の最期を、看取ってやることが出来なくなっただけかもしれない。

 (…………っ……)

 最期。
 看取れなかった、『彼女』の最期。

 その、かつて味わった恐怖が、俺の心を揺さぶる。体が震え、心が怯え、魂が凍る。
 歯がカチカチと鳴り、手が震え、視界がぼやけていく。

 そんな俺に。

 「だいじょーぶだよっ! きっと来るよっ!」

 俺の肩に居る、小さな妖精が、優しく微笑んだ。
 その空色の髪を揺らして、同色の瞳を細めてにっこりと笑う。

 その笑顔が、俺の心を、落ち着かせていく。

 「……チビソラ……」
 「だからさっ! ここで、じっくり待とう? きっと、会えるよっ!」

 まったく、良く出来たAIだよ。
 彼女につられて、同じように微笑んで。

 「んじゃ、行くか……」

 ゆっくりと、背中の羽をはばたかせ、大木の上へと登り、いい大きさの枝に腰掛ける。そのまま、《隠蔽》を発動させる。邪魔をする気は、ない。俺はただ、最期を見られれば、それで十分。話すことは無いし、話せば俺の方が泣いてしまうだろう。

 そして。

 (あとは、信じて待つだけだ……)

 永遠にも思える時間を、ゆっくりと目を閉じて待った。





 ……どのくらい待ったか。

 彼女は、ゆっくりと静かに降り立った。
 次いで、アスナが文字通り飛んでやってきた。

 それだけで、俺の視界は滲んで、何も見えなくなってしまった。

 涙が下に落ちないように、慌てて枝の上で仰向けに転がる。ぎりぎりで間に合った滴が俺の頬をなぞり、音無く上を向いた俺の首元の襟巻に吸い込まれていく。その水の後を、チビソラの小さな手がゆっくりとなぞった。

 ―――アスナに……ちょっと待って……

 ユウキの声が聞こえる。
 今にも命の火が消えそうなか細い声でなお、彼女は嬉しそうだった。

 本当に嬉しいと、思ってくれているだろうか。
 彼女に会えて良かったと、思ってくれているだろうか。

 「―――ッ!!!」

 直後、激しい衝撃が俺の隠れる大木を大きく揺すった。見なくても分かる。ユウキの放った、必殺のオリジナルソードスキル、《マザーズ・ロザリオ》。俺の知る、最高に美しい剣技。その強烈な十一連撃の放つ光は、まるで彼女の最期の命の輝きの様に思えた。

 その輝きを、魂に焼き付ける。
 涙で見えない目に代わって、魂に、しっかりと。

 ―――へんだな……なんだか、力が入らないや……

 弱くなっていく、ユウキの声。アスナの、泣きそうな励まし。

 その全ての声を、俺は全身全霊で脳に刻みつける。
 絶対に、絶対に、忘れないように。

 涙は、ますます激しくなっていく。
 喉がしゃくり上げそうになるのを、必死に歯を食いしばって堪える。

 ……と。
 俺の聴覚に、幾つかの羽音が捉えられた。

 合奏のように入り混じった種族の奏でる羽音。水妖精、火妖精、土妖精、影妖精、鍛冶妖精。五つの羽音は言うまでも無く、『スリーピングナイツ』のメンバーだ。

 彼らは、どうだったろう。

 俺の常軌を逸した入れ込みは、迷惑では無かったか。
 彼らと彼女の最期を、素晴らしいものにしてあげられただろうか。

 ―――しょうがないなあ……みんな……

 困ったような、それでも、何かが優しい響きの含まれた、ユウキの声。
 その声に被せる様に、今度はさっきとは比べ物にならない、大きな羽音が聞こえた。

 妖精たちだ。

 全ての種族の妖精たちが、ログインしているほぼすべてのプレイヤーと思われる数で、大挙してやってきてくれているのだ。こんなことをするのは、キリトか、アスナか。

 「―――ぅっ、っ!!!」

 嬉しかった。

 ユウキの様な人間は、多くの人間に見送られるべきなのだ。ユウキは、自分の笑顔が与える力を知らなかった。その笑顔が、弾むような声が、どれだけの力を与えて、希望をくれていたのかを、知らなかった。彼女はそれを当たり前だと思っていたけど、そんなことはないのだ。それは、紛れも無く天賦の才で、愛されるべき力だ。そんな才能を持つ者は、ひっそりと去るべきではない。それが当たり前で無く、素晴らしいことだと、知っていくべきなのだ。

 『彼女』とは違って、ユウキは、そのことを知ってから、逝ける。

 止まらない涙は、もう視界どころか意識まで霞ませていく。
 チビソラが、小さな手で精一杯に俺の頭を抱きしめる。

 ユウキは、幸せだったか。
 今この時、笑っているか。

 滲む意識で、必死に問い続ける。
 その答えは。

 ―――だって……最後の、瞬間が、……こんなにも、満たされている……

 まるでその声が聞こえているかのように、ユウキが答えてくれた。

 ―――たくさんの人に……囲まれて……大好きな人の……腕の中で……

 『彼女』にできなかったことが、しっかりと成し遂げられたのだということを。

 ―――旅を、終えられるんだから……

 「―――ッッ!!!」

 心臓が、ドクンと鳴った。
 涙が、弾けた。

 ―――ボク、がんばって、生きた……ここで、生きたよ……
 ―――私はっ、がんばってっ、生きたっ……ここに、生きてたよっ!……

 最期の言葉は、俺がもう二度と聞けなかった、『彼女』の声と被ったように聞こえた。

 
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