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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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マザーズロザリオ編
  episode4 四神守の一角

 こんな結末は、俺が望んでいたものでは無かった。

 ユウキが泣きながらその姿を眩ませた現場を、俺は見ていたわけではない。全てが終わってしまったあと、シウネーさんからのメッセージで知らされただけだ。最後に「ユウキのさいごを笑顔にしてあげられなくて、申し訳ありません」の言葉を添えて。

 (いや……まだ。まだ、終わっていない。……俺が、終わらせない)

 唇を噛み締める。

 俺が、こんなものを最後の結末にはさせない。俺だけではないだろう。アスナだってこんな結末を認めるつもりはないだろうし、アスナが足掻くのならキリトがそれを指をくわえてただ見ているだけでいるはずがない。シウネーさんだって、本当はこんな結末は望んでいないだろう。

 諦めるには、まだ早すぎる。
 それに加えて。

 (まだ、手掛かりはある……!)

 気は進まないし、がっつりと法律違反だが、まだユウキを追う手段はある。なにより『彼女』なら、仲間の為となれば国も法律も知るかと笑い飛ばして、迷わずその道を駆け抜けたはずだ。だったらその相方として、俺がびびっているわけにはいかない。

 最後の手掛かり。
 きっかけは俺の勘だが、あの人(・・・)の手を借りられれば。

 (諦めるもんかよ……!)

 俺はもう二度と、絶対に、『彼女』に無様な姿は見せないと誓ったのだから。
 こんなところで、諦めてなどいられないのだ。





 決意を胸にログアウトして、ゆっくりと体を起こす。
 ユウキがVRワールドにダイブしてこない以上、手掛かりはこちらの世界で探すしかない。

 (……っ、っと……っ)

 ゆっくりと起こす体が、少しだけ軋む。

 当然だ。ここ数日の俺のログイン時間は、相当なものになっている。長時間同じ姿勢でいることによって、少々体が強張るのも無理は無い。舌打ちして、無理やり体を動かそうかと考える……が、冷静になってゆっくりと指先から徐々に体をほぐし、時間をかけて起き上る。

 今は急ぐ時だが、それと焦ることは似ているようで天と地ほども違う。

 「正解です。焦りは己の実力を半減させます」
 「っ!?」

 数分間ほど体を伸ばしていた俺に唐突にかけられた声は、勿論牡丹さんだ。

 そうそう、何故か牡丹さんは、最近は四神守の家からでは無くこの俺の狭い部屋でログインするようになっていたのだ。どうやら彼女はログアウトした後、台所のほうで軽食でも作ってくれていたらしい。ということは、俺が芋虫みたいに四苦八苦しているところを見られたのか。

 ……っていうか。

 「……牡丹さん、なんで俺がログアウトしたと分かったんです?」
 「企業秘密です。が、『神月』として、主人の行動を把握するのは当然の義務です」

 どうにかして、台所からでも俺の部屋は監視されていたらしい。

 ……成程、これがストーカーか。これはやばいな。俺も現時点でその道に片足突っ込んでいる自覚はあるが、流石にここまでは行かないように気をつけないとな。うん、これは俺と牡丹さんみたく特別な事情が無ければ捕まっても文句は言えない。

 ……いや、それは置いておいて。
 牡丹さんがこの場にいるなら、好都合だ。

 「牡丹さん、丁度良かった。今晩、四神守の屋敷にあの人(・・・)が帰るかどうか聞いて貰えませんか?なるべく迅速に聞きたいことがある、と言伝をお願いしたいんです」
 「畏まりました。すぐに連絡して参ります」

 どの道あの人は昼間は目が回るほど忙しい(と、本人はいつも愚痴りまくっていた)。ならば今は急いでも会えない。じっくりと体を動かし、何かの際には万全の状態で動けるようにしておくのが、今は最善の手段。

 「はぁ……一応ある程度は鍛えてるんだが、な……」

 溜め息交じりにやっとの思いで起きあがる。
 あと数分も頑張れば、普通に歩けるくらいには回復するだろう。

 あとは、なんとかするだけだな。
 あの人……『四神守』を支える者の一角との、交渉を。





 「で、アンタさァ、自分が何言ってるか分かってンの?」

 目の前の、もう四十を超えたとは思えない美貌の女性を見やる。強すぎる眼光に眉間の皺がややマイナスポイントだが、それでも十分以上に美女と言えるこの人は、『四神守蒼夜』。母さんである朱春の姉にして、俺からすれば伯母にあたる女性。

 ついでに言えば、その性格は。

 「……まァったく……アンタ、この美しいお姉サマの睡眠時間を何だと思ってるワケ? 『神月』使ってアタシの病院に真夜中に訪ねてくるなんてナめた真似して。睡眠不足のせいでシワが残ったら、ぶっ殺すわよ?」

 ……傍若無人にして唯我独尊、女王様を絵にかいたようなものだ。

 鋭い視線はそれだけで相手を怯ませるだけの威圧感があるが、仮にも医者がぶっ殺すってどうよ。夜の様に蒼味を帯びた黒髪が白魚のような細い指に掻きあげるその動作は、色気と同時に如実な苛立ちを表しているように思えた。

 話を長引かせれば、交渉には不利か。

 「……蒼夜さん。単刀直入に言います。日本全国の病院のうち、アミュスフィアを使用可能な病院とその使用を許可されている患者の一覧が欲しいんです。蒼夜さんなら医者の立場を使って病院に問い合わせても出来るでしょう?」

 俺の、勘。ユウキから感じる、希薄な空気と静謐な気配。アレが『彼女』と同じものに由来するのなら、ユウキもまた病院にいるという可能性が高い。アミュスフィアはどの病院でも、そしてどんな患者でも使えるというわけではないから、それで絞り込める。

 「……そんなの腐るほどいるわよ。調べる意味無いわ」
 「……更に絞り込むなら、なるべく使用期間が長い人間ですね。少なくとも一年以上はアミュスフィアを使い続けている者で、それ以上に長い入院歴がある者、ってところですか」

 大きく溜め息をつく伯母が、一旦顔をその手で覆う。

 (……っ……)

 ずらされた白い指の隙間から、鋭い眼光が覗く。それはいつもこの人が見せる「面倒だな」の目つきとは一味異なる、純粋な威圧感を放つ視線。祖父と共通するその迫力は、彼女が紛れもない『四神守』の一人だと思い知らされる。

 放たれる言葉は、虚偽や誤魔化しを許さない、威厳のある問い。

 「……アタシはね、アンタら『マスゴミ』って大嫌いなの。批判するだけの脳無しで何も生み出さない、責任も負わない、壊すことしか知らないバカ共だって思ってる」

 射殺すような視線。長い黒髪がばさりと広がり、まるでゲームの世界のメデューサの蛇のように俺へと襲いかかってくるみたいに錯覚する。紅々と光る唇が、無機質に声を紡ぎ出す。

 「……アンタのそれは、そんな馬鹿げたコトの為じゃないわよね? もしそうなら、アタシは今この場所でアンタをぶっ殺してやるわ。……『家族だから』なーんて甘えて、このアタシに恥知らずにもそんなコト頼むようなクソガキなんて、生きてたってしょうがないしね」

 その声は、まるで本気でそう思っているかのように錯覚させる。

 「……違います。純粋な、私用です」
 「……私用、ね。……アンタさァ、この国には医師の守秘義務ってあるの知ってる?」
 「言葉だけは。蒼夜さん知ってます? この国には薬事法ってのがあるそうですよ?」

 切り返された常識での拒否を、こちらも同じ常識で切り返す。
 それは、俺がSAO生還後に誰より早くこの世界に復帰できた、秘密の理由だ。

 彼女は、母さんが実家に助けを求めた段階ですぐさま俺を自分の病院に引き取り、即座に治療を開始した。その『治療』が少々問題で、もともと細かった俺の体を維持するために多くの薬品を投与した上に、……彼女の趣味か知らんが……俺の体には、このころにはまだ治験段階の薬品が、いろいろと入れられていたらしい。

 そのおかげで俺の体は他のSAO生還者よりはるかに体力を維持出来ていたのだから恨むのは見当違いなのだが、違法は違法だ。訴えれば俺が勝つだろう。卑怯な手だ、とは思うが。

 (ま、構わねえさ……)

 なりふり構っている場合ではないのだ。間に合わなければ俺は、一生消えない後悔が一つ増えることになる。そうなるくらいなら、卑怯な手くらいいくらでも使う。

 「……調べてください。……時間が、無いんです」
 「……っちっ……」

 真剣な目で、蒼夜さんを見返す。俺の目に祖父やこの人の様な力があるとは思えない……が、それでも俺の精一杯の意志と力を込めて、しっかりとその目を見つめる。そこに伯母さんが何を感じたかは俺
には分からないが、その形のいい唇が歪められた。

 「……ったく……何も出来ないクセに言いだせば聞かないのは、あの子譲りね……あーめんど……リュウ! リュウ! 救急車が来てないならそこに居るでしょう!?」

 心底めんどくさそうに愚痴った後に、部屋の外までよく響く声での呼びかけに。

 「お呼びでしょうか、蒼夜様?」

 測ったようなタイミングで、扉が開かれた。

 
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