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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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学校長の思惑

 「どうしました、シトレ学校長?」
 一人分厚いレポート用紙に目を通していたシトレが肩を震わせる様子を、教頭であるマイケル・スレイヤー少将が不思議そうに見ている。何がシトレの琴線に触れたのだろうかと。

 シトレが視線に気づいて、手元ではなく机上に置かれたレポートをスレイヤーに示した。
 何度も消したのだろう。白いレポート用紙が、真っ黒にぼろぼろになっている。だが、シトレはそれを大切そうに、そっとスレイヤーの方へと送った。
「授業改善計画?」

 そう書かれたタイトルと、名前に目を通せば、なるほど――最近有名となっている新入生の名前であった。
 キース・フェーガンと、だが彼は実技は優秀であったが学科は駄目だったはずである。
 送られた事を見ろと判断して、スレイヤーはそれに目を通した。

 シトレが面白そうにこちらを見ているのが理解できた。
 いささか汚い字に苦労しながら、読み進めていけば、
「これをフェーガン候補生が?」
「うむ」
「違いますな。おそらく別の誰かに書かせたのではないでしょうか」
「そう思うかね?」

「ええ。彼であれば、授業に対する問題点はかけたとしても、それに対する対処まで書けないでしょう」
 手からレポート用紙を落としながら、スレイヤーは答えた。
「というよりも、同じ学年で書けるものがいるかどうか。主席のフォークでも難しいでしょうね」

「そうかね」
「問題を挙げる程度なら誰でも書けるでしょう。問題の対処も難しいかもしれませんが、優秀な生徒なら書ける人間もいます。しかし、このように問題解決に対する多角的な視点――つまり、予算の問題、人員の問題、さらに言えば委員会の対策を誰が想像するのです」

「だが有用ではないかね」
「それは認めます」
 呟いたスレイヤーは落ちたレポートに目を向けた。

 そこに書かれていたのは、端的に言えば学生の訓練への参加という項目だ。
 実際の軍の訓練に学生も参加させて欲しいと、そう書いてあった。
「確かに学科は覚えさせられる単語だけで、終わりでしょう。そんな単語を幾ら知っていても、前線では何の役にも立たない。だから、学科だけではなく、そこに実際の実情を取り入れる」

「かといって、学生を戦場に送るわけにもいかない。だから、細かな単語を覚える前に実際の訓練への参加を希望する――そのレポートをまとめるとそんなところかな」
「ええ。その後に経験を生かして知識を入れる――確かに、私も恥ずかしながら戦場に出て慌てて教科書を開いた記憶もありますよ。さらに言えば、戦場に出てからもう一度学校に入りたいと思ったこともあります。むろん、それは今では無理なことでしょう。猫の手も借りたい現実で、学校に入れている余裕はないでしょうから」

「それが無理ならば、今の時点で少しでも実際の実情を見たいと……」
「文章自体に粗雑なところはありますが、十五歳の子供が書ける意見ではありませんね。学生では無理でしょう――となれば、親類縁者に頼んだのか。課題とは言え、それを第三者に書かせたとなると問題となりますな」

「だが、私がこれを言い渡したのは昨日の夕方だが。その上、フェーガンには軍人の親類はおらん、もっと言えば親類自体がほぼいない。いるとすれば、中等学校から付き合っている恋人がいるぐらいだが」
「その恋人の父親が軍人では?」
「いや、ただの機械工だ。さらに言えば、昨日の夜の通信記録を調べさせたが、フェーガンが外部に連絡をとった形跡はない」

「本人が携帯を隠し持っているかもしれません」
「――この学校から外部に接続された電波全てを調べたと言っているのだが」
 強いシトレの口調に、スレイヤーは目を大きく開いた。
「失礼しました。では、本当にこれは本当にフェーガンが書いたのですか」

「ないな。今までのレポートを見る限り、フェーガンはここまで全てを考えられん。というよりも、スレイヤー少将はこれが可能と思うかね?」
「正直無理ですな。有用性はわかります。ただ、学生に訓練を見せるわけにもいかないでしょう。見せた学生が全て卒業するわけではありますまい。そうなれば当然機密保持の面から、公開できるのはせいぜい初歩的な訓練くらいです」
「うむ、だが、それを正直に否定もできん。あるとすれば、訓練を実施する現場の負担となるとか、時間の問題とか表向きの問題になるわけだが」
「表向きの意見に対する反論は丁寧に書かれてますな。録画装置をつけて別室で行うとか……政治家が訓練を見る際にそっと忍びこむとか。御丁寧に政治問題まで絡めて、確かに政治家が見に来た時に学生がいたって現場は苦にしないでしょう」

「まことに厄介なことだな」
 そう言いながら笑うシトレに、スレイヤーは訝しげな目を向けた。
「何がおかしいのです?」
「フェーガンがこれを書いたとは考えられん。だが、朝受け取りに行った時に担当がいうには、フェーガンは目が真っ赤だった。おそらく寝てないのだろうな――さらに言えば、同じ罰を与えたアレスも目が真っ赤だったそうだ」

「徹夜ですか」
「アレスは恨めしそうにフェーガンを見ていたそうだよ――十中八九、これはフェーガンの意見にアレスがつけたしたものだな」
「アレスの通信記録も見たのですね?」
「少将が問題視しているように、アレスも外部に連絡など入れていない。さらに言えば、父親と母親は平凡な一市民だ。まあ、その両親は幼いころに離婚して、父親だけと暮らしていたが。それでも、どちらも軍とは何の接点もないな」

 スレイヤーはため息を吐いた。
 頭痛を隠せず頭を押さえながら、息を吐く。
「では、これを本人が書いたと」
「信じられないだろうが、それが事実だ。不本意そうだな」
「正直」
 頷いて、スレイヤーは生やした口髭を苦々しそうに撫でた。

 白髪は混じるものの、それまで軍人らしく若々しく見えた表情が若干老けて見える。
 疲れているのだ。
「この学校に赴任して、さすが士官学校――優秀というものだけであれば、幾らでもいます。どの学年の主席でも、兵卒あがりの私ではとても勝てないでしょう。しかし……」
 言葉を止めたスレイヤーはゆっくりと頭を振った。
「それでも彼らは子供なのです。まだ二十歳にも満たぬ学生。大人気ないことかもしれませんが、彼らが論戦を挑んできたところで一蹴できるでしょう。それは経験もあるでしょうし、大人のずるさかもしれない。だが」

 差したのは机上に置かれたレポート用紙だ。
「こいつは違う。そこに経験も大人のずるさも兼ね備えている――下手をすれば一撃で、喉元を噛み千切られる」
「一兵卒からその地位まであがった君が学生ごときを恐れるのかね?」
「学生だからこそですな。大人であれば称賛はあれど、恐れはしなかったと」

 シトレとスレイヤーは見つめあった。
 時間にすればほんの数秒であっただろう。
 だが、そのわずかな時間で視線を外したのはシトレだ。
 話題を変えるように手に持ったレポート用紙を振って見せた。
「ちなみにもう一つアレスが書いたレポートがあるのだが、見てみるかね」
「ええ。これを見る限り、見るのが恐ろしいですがね」

 掴むように受け取って、スレイヤーは片眉をあげる。
 フェーガンとは違い、印字されたそれに目を通す。
 睨むようにそれを見て、次にシトレに視線を向けた。
「こいつは我々を馬鹿にしているのです?」
「そう思うかね?」
「戦術シミュレーターの多人数化を書いていますが」

 そこに書かれていたのは、戦術シミュレーターを使った授業に対する改善意見だ。
 現在戦術シミュレーターは一対一が基本である。
 だが、それを参謀や分艦隊司令など複数の役職で分けてシミュレーションをしてみればどうだという意見であった。
 戦術シミュレーターは有効だという意見がある一方で、所詮遊びだと言う意見も根強い。

 何より一つの戦闘が一時間程度で終わるわけもなく、実際の時間に即した戦闘にすれば早くて半日――遅ければ丸一日を経ても終わらないからである。とても授業の一環としてできるわけもなく、できるとすれば時間を早めるしかない。
 そうすると一時間が十分程度――実に六分の一に縮まるわけだが……。

「多人数化すれば、時間の短縮は出来なくなるでしょう。それでいて、戦術シミュレーションはゲームだという意見がある状況では、授業を潰してまで行うのは難しいでしょうな」
「だが、その利点は面白いと思わないかね?」
「利点ではなく、馬鹿にしているのではないでしょうか?」

 苦い表情で、スレイヤーは答えた。
「100ページ書くために、長々と書いておりますが、端的に言えば――シミュレーションはともかく、馬鹿な上官や使えない部下の苦労を今の段階で味わっておくのは有意義だと――これが面白いと?」
 いささか眉間にしわを寄せたスレイヤーに、シトレは思い出した様に小さく肩を震わせた。
「そこまではっきりと書いてはなかったと思うが」

「まとめれば一ページもあれば事足りる文章ですが。笑い事ではなく、どうなさるおつもりですか?」
「フェーガンの意見は残念ながら採用はできんだろう。これは正式な要請というわけではなく、あくまでも罰の一環だからな」
「それで納得するでしょうか」

「おそらくはアレス候補生は、それも理解して書いているのではないかな」
「と、言いますと」
「彼のレポートを見れば、最初から要望が通るとは思っていないようだ。それでも問題点について書いたのは、フェーガン候補生のためを思ってか――本人が聞けば、見る羽目になったとでも頭を抱えるかもしれんがね」

「ならば、これらは無視という事で良いですな」
「別にそれでも構わんと思うが。ここで馬鹿にされただけで終わるのは面白くない。少しアレス君にも驚いてもらおう」
 シトレは机に置かれたレポート用紙を見て、意地悪気な笑みを浮かべる。
 同時、スレイヤーは疲れを隠す事もせずにゆっくりとため息を吐くのだった。

 + + +

 どうしてこうなった。
 二学年に無事進級をして、半年余りが経過した。
 過去の過ちというのは、忘れた頃にやってくると昔聞いた覚えがある。
 確かに、すっかり忘れていた。

 課題だ。
 罰則の名の元に提出された授業改善計画など、すっかり忘れていた。
 あのフェーガンですら、提出して数カ月ほどはそわそわしていたが進級する段階になって結局は無視されたのだと気づいて、一時期は落ち込んでいた。
 その落ち込みすらも終わった九月――戦術シミュレート大会の告示がされた。

 馬鹿か。
「君の意見が採用されたようだ」
 フェーガンが自分ことのように喜んでいる。
 自分の意見が採用されないだけ、喜びは大きかったようだ。
 どうしてこうなった。
 それが正直な感想だ。

 普通であれば、戦術シミュレーションを実時間に合わせて行う事など不可能だろう。
 そもそも実際の戦闘が二時間で終わることなどあり得ない。
 移動するだけで数時間。下手をすれば数週間かかるのだ。
 戦場だけで切り取って見れば違うかもしれないが、それだけであれば何の意味もない。
 戦闘が開始された時点で、戦争の勝敗は決まっていると言ったのは誰だったか。

 譲歩して、戦場の戦術だけを見るにしても、戦闘がスムーズに進む事などあり得ない。
 だからこそ、人間の不確実さを入れるために多人数による戦術シミュレートを提案したのだが。
それをイベントとして開催するって、馬鹿か。
 いや、間抜けなのは自分の方なのだろう。

 彼はあのヤンが在学中に戦史研究科を廃止するにあたり、反対運動の懲罰に資料の整理をさせた機転がある。こちらが無理だろうと提案しても、それを可能にすると考えなかったこちらの負けか。
「そう言えば去年から戦術シミュレーターの更新があったよね。きっと多人数で対応できるようにしたんだろうなぁ」
「そんな予算があれば、前線の装備を整えてもらいたいね」
「またそんなことを言ってさ。戦術シミュレーターが新しくなるのは良いことじゃない? 反応も早くなったし、実際の戦闘に近づいたって話だよ」

「近くなったとしても、実際とは違うだろう。結局は戦闘は人が行うものだ。自分の優位に戦闘が推移するわけでもないだろう。間違えだってあるだろうし、人の個性だってある。自分の思い通りに動かせるのなら、三次元チェスと何ら変わりない」
「だから多人数性を提案したんでしょう?」

 何を言っているのだという視線で見てくるスーンを殴りたくなった。
「確かに言ったが――不可能だと思ったからな。と、いうよりも」
 戦術シュミレート大会の告示を見せながら、アレスはため息を吐いた。
「五年生が司令官、四年生が総参謀長――三年から一年までが分艦隊司令官」

 そこには戦術シュミレート大会の要旨が書いてある。
 最上級生が総司令官となり、全ての命令を統率するとともに五千隻の艦隊が与えられる。
その次の四年生が総参謀長として、作戦指揮の参謀として意見具申を行うと共に四千隻の艦隊を指揮する――残る三学年が分艦隊司令と幕僚を兼務して、二千隻ずつの実際の艦隊運動を指揮する。
 実際の分艦隊司令は二千五百隻から二千隻であるから、全てが実際にそぐしていないと言えばそうだろう。だが、今までの戦術シミュレーターでは総司令官が同時に一万五千隻を動かしていたのだから、総司令官は他の艦隊に対して、どのような考えがあったとしても実際には動かせずに、指示だけしかする事が出来ないと言えば大きく改善されたのかもしれない。

「たったそれだけで実際の戦闘に繋がると思うのか?」
 自分の考えが実際の艦隊運動に繋がらないのだ。
 だが、それを言えば――艦隊司令が指示を出すのは、それぞれ艦隊の艦長であって、さらに言えば操作するのは艦隊の操舵士であり、砲術士だ。
 もし砲術士が居眠りをしていれば、効果的な砲撃などできるはずもない。
 その場合にはどうするのか――総司令官にはそれが求められると思うのだが。

 中途半端に意見が採用された事に、アレスは面倒が増えたとしか思えない。
「三次元チェスも戦術シミュレーターも負けなしなのに、アレスは随分嫌うよね」
「ああ。君にはあのフォークでも勝てない。それは喜んで良いと思うが?」
「所詮はゲームだろう。それで勝ったところで、何の喜びもないんだが」
「そう? 僕は模擬でも勝てれば嬉しいけど」
「なら、全国民に戦術シミュレーターをさせて、一番優れている人間を司令官にすればいいだろう。あるいは三次元チェスの同盟大会優勝者を登用すればいい。それで、戦争に勝てるならな」

 それはという表情をするスーンとフェーガンに、アレスは小さく首を振った。
「それが無駄だと思っているのであれば、正常だ。ただ、問題はそれをわかってないない人間が多すぎる――学生ならばともかく、お偉方にもな」
「それなら、そんな意見出さなきゃよかったのに」
「採用されないと思ったからな」
「嬉しくはないのか?」

「……下手なことをして、歴史が変わると困る」
「どういうことだ?」
「別に……大したことじゃないさ」
 憮然と口に出せば、スールとフェーガンは互いに顔を見合わせて苦笑した。
「また始まった。アレスの歴史講義――それなら、戦略研究科何て選ばなければ良かったのに」
「戦史研究科は廃止されたからな」
「それでも他に艦隊運用科とかあったでしょう」

「君達は俺が運転する車に乗りたいか?」
「ちょっと勘弁だなぁ」
「だろう?」
「でも、得意なら得意で喜んだ方がいいと思うよ。ほら、賭け三次元チェスで随分儲けてるみたいだし?」
「人聞きが悪いな。別に賭けているわけじゃない。あまりにも挑戦者が多いから、参加料として相手が負けたら、金を貰っているだけだ」

「でも、アレスが負けたら倍の参加料を渡すんでしょう?」
「まだ負けたことがないからこちらからは払った事はない」
「その時点で賭けは成立はしていると思うんだけど……で。アレスは誰だったのさ?」
 その言葉に、アレスは顔をしかめた。
 戦術シミュレーター大会に伴い、それぞれ自動的に組みわけが割り振られる。

 総司令官の部下となる人間が決まるわけだ。
 つまり、アレスが書いたところの馬鹿な上司が上に来るわけだが。
「マルコム・ワイドボーン」
 それは、学生時代は十年来の天才と呼ばれ、そして原作では馬鹿な上司の典型として語られた人物であった。


 
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