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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第二幕その四


第二幕その四

「ザックスさんに御願いしてみては」
「ザックスさんに?」
「そうです。あの人にです」
 また言うマグダレーネだった。
「御願いして。如何でしょうか」
「そうね。あの人なら」
 エヴァは彼女の言葉を受けて気持ちを取り直したように顔をあげた。
「私を子供の頃から可愛がってくれたし」
「はい」
「きっと力になってくれるわ」
「けれどです」
 だがここでマグダレーネは言葉を入れてきた。
「気付かれないように」
「お父さんに?」
「はい。家にいないとなるとです。不安に思われます」
 このことを注意するのだった。
「それは宜しいですね」
「わかったわ。それはね」
「じゃあ。後は」
「ええ。お話ししてみるわ」
「その間は私が」
 そっと家に戻りながらエヴァに告げる。
「変装してきますので」
「御願いね。それじゃあ」
「はい。そういうことで」
 マグダレーネは家の中に戻りエヴァも一旦それに続く。それとまた入れ替わりにザックスとダーヴィットがまた家から出て来て外で仕事をしだした。そのうえでザックスはダーヴィットに対して言うのだった。
「御苦労だったな」
「まあこの程度は」
 何とでもないといった感じのダーヴィットだった。
「朝飯前ですよ」
「少なくとも夕食の後の運動にはなったな」
「そうですね」
「ではもう寝るのだ」
 またこのことを告げるザックスだった。
「明日も早いからな」
「そうですね。明日も」
「よく寝て疲れを取って」
 弟子を気遣う言葉であった。
「そして明日はしゃんとしてな」
「はい。ところで」
「何だ?」
「親方はまだお仕事をされるんですか」
「そうだ」
 椅子に座り机の上に靴を置くザックスに対して問うたのだ。
「少しな。やることがある」
「そうなんですか」
「そうだが。どうした?」
「いえ」
 ここでダーヴィットは周りを見回すのだった。夜の町を。
「いないな、あいつ」
「あいつ?」
「あっ、何でもありません」
 ザックスに問われ即座に言葉を返すのだった。
「何でも。気にしないで下さい」
「そうか」
「まあこれで」
「うん、それじゃあな」
 こうしてダーヴィットは渋々家の中に戻る。そうして一人になったザックスは仕事をはじめた。しかしここで呟きだしたのだった。
「にわとこが何と柔らかく強く香っているのか」
 まずはこう呟く。今の机と椅子のことだ。
「その香りで私の手足は柔らかくなりそのうえで歌いたくなる」
 一旦機嫌はよくなる。
「だが」
 しかしここで機嫌が変わるのだった。
「それが何になるのか。私の歌には何の価値があるのか」
 自問するのだった。
「感じるが上手くはいかない」
 そしてこうも言うのだった。
「何だ。あの感覚は。あの若者の歌は」
 ヴァルターのことが脳裏に浮かぶ。
 
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