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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百五十九話 末路


宇宙暦 798年 6月 11日  ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



TV電話のスクリーンには最高評議会ビルのプレスルームが映っている。大勢の記者、TV局が集まりスクリーン越しでもざわめきと熱気がこのトリューニヒトの執務室に伝わってくるようだ。
「そろそろかな、レベロ」
「そろそろだな、ホアン。夕方のニュースには間に合うだろう」

我々の会話が終わると同時にトリューニヒトとアイランズ国防委員長がプレスルームに現れた。それと同時にフラッシュがパチパチと焚かれた。二人が眩しそうなそぶりも見せずに壇上に上がる。フラッシュが止まった。それを確認してからトリューニヒトが話し始めた。何時もの愛想の良い表情ではない、表情に沈痛さを浮かべている。この役者め。

『本日、同盟政府は地球教団ハイネセン支部に対して強制捜査に踏み切りました』
その瞬間、またフラッシュが焚かれた。眩しい光にスクリーンが包まれる。トリューニヒトが手を上げるとフラッシュがやんだ。
『地球教団が暴力主義的破壊活動を行ったのではないかと思われる疑いが有ったからです』
ざわめきが起きた。暴力主義的破壊活動、多くの記者が国内保安法を考えたに違いない。

『地球教団は捜査に対し銃火器を以て抵抗しました。教団、そして捜査に当たった憲兵隊の両者に大きな犠牲が出ています。詳細についてはアイランズ国防委員長から説明します』
トリューニヒトが視線をアイランズに向けるとアイランズが頷いた。

『地球教団は憲兵隊による捜査を拒み教団内部への立ち入りを妨害しました。憲兵隊は妨害を排除して中に入ろうとしましたが地球教団が銃火器を以て抵抗したため憲兵隊もこれに応戦、制圧しました。憲兵隊が射殺した信者は八十名を超えています。負傷した後死亡した信徒、自殺した信徒を入れれば死者は百二十名を超え、今なお増え続けています。逮捕された信者は五十名を超えました。なお、無傷で逮捕された信者は居ません。そして憲兵隊の被害ですが約四十名が死亡、負傷者は六十名を超えます』
プレスルームがシンと静まり返った。多くの人間が顔を見合わせている。地球教徒、憲兵隊、両者合わせて三百名近い人間が死傷している。皆何を言って良いのか分からないのだろう。質問が出たのはしばらくしてからだった。

『トリューニヒト議長、帝国で地球教が弾圧され同盟でも地球教が弾圧と言って良い捜査を受けました。これは関連が有るのでしょうか?』
眼鏡をかけた神経質そうな感じの若い男が質問してきた。口調も幾分詰問調だ。政府のやる事は非難するのが当然と考えているのだろう。帝国の尻馬に乗って、とでも思ったか。マスコミに良くいるタイプの男だ。

『我々が強制捜査に踏み切ったのは帝国より或る資料が送られてきたからです』
プレスルームがざわめいた。
『その資料には帝国が地球教団を帝国の公敵として認定した事とその理由、更に捜査の状況が記されていました。帝国は地球教団が帝国だけではなく同盟にとっても危険である、そう考えて資料を送って来たのではないかと私は判断しています』
ざわめきが更に大きくなった。

「随分と騒いでいるな」
「当然だろう、ホアン。帝国も同盟も地球教を認めないと言ったも同然だからな」
「まあそうだな」

『それは一体どういう内容の資料なのでしょうか』
今度は別な男だ。興奮して喰い付きそうな表情をしている。
『帝国政府が地球教団に対して強制捜査に踏み切ったのは地球教団が帝国軍宇宙艦隊司令長官、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン元帥の暗殺を計画しているのではないかという疑いを持ったためです』
どよめきが起こった。地球教団が帝国屈指の実力者を暗殺しようとした、大ニュースだろう。

『強制捜査の結果、帝国でも地球教団は銃火器を用いて抵抗し教団関係者約百五十人が死亡、政府側でも三十人程が死亡したようです』
彼方此方から溜息のような音が聞こえる。同盟でも帝国でも異様としか言いようの無い事件が起きた。どう判断して良いのか戸惑っているのかもしれない。

『制圧後押収した資料から帝国は地球教団がヴァレンシュタイン元帥の暗殺を計画していた事、更に過去二回有った暗殺未遂事件、一度は内乱勃発時、もう一度は内乱終結後に起きたものですがその二つの事件にも地球教団が密接に関与していた証拠を得たようです』
プレスルームがざわめいた。同盟でもあの内乱勃発時の暗殺未遂事件は大きく報道された。出兵騒ぎの原因でもある。

『ヴァレンシュタイン元帥は軍の重鎮というだけでなく現在帝国で行われている改革の推進者でもあります。帝国では地球教団は帝国を混乱させるために元帥を暗殺しようとしたのではないか、そう分析しています。私もその分析は正しいと思っている』

『何のために混乱させるのです、その目的は?』
姿は見えないが、若い女性記者の声だ。
『それについては現在調査中のようです。何か分かればこちらに連絡が有るでしょう』
地球討伐でフェザーンとの関係が見えてくれば……、だがその時には天地がひっくり返るほどの騒ぎになるだろう。今日の会見など子供騙しにもならない。

静まり返る中、最初に質問した眼鏡がまたトリューニヒトに問い掛けてきた。
『先程トリューニヒト議長は地球教団が暴力主義的破壊活動を行った疑いが有ると言われましたがそれはヴァレンシュタイン元帥の暗殺の事でしょうか?』
意気込んでいるな、帝国元帥の生死など同盟にとっては暴力主義的破壊活動とは関係無いとでも言いたいのだろう。だがトリューニヒトはそうではないと言うように首を横に振った。

『帝国が送ってきた資料には他にも看過出来ない事が書かれていました』
トリューニヒトの言葉にプレスルームがざわめいた。相変わらず演出が上手いな、観客を惹き付ける術を良く知っている。ホアンに視線を向けると彼も肩を竦めて苦笑を浮かべた。

『地球教団支部からサイオキシン麻薬が発見され信徒達からもサイオキシン麻薬の摂取が確認された。信徒達が狂信的ともいえる抵抗を示したのはサイオキシン麻薬の投与による洗脳が原因であると』
プレスルームに大きなどよめきが起こった。記者達が興奮して口々に何かを喋っている。“馬鹿な”、“有り得ない”だろうか。

トリューニヒトがまた手を上げて騒ぎを止めた。そしてプレスルームをゆっくりと見回す。
『同盟政府は同盟市民の生命の安全とその基本的人権の尊重を守らねばなりません。サイオキシン麻薬の危険性は言うまでも有りません。地球教団がそれを信徒に与える、それを利用して同盟市民を洗脳している等という事は断じて見過ごすことは出来ない、許すことは出来ない。強制捜査は同盟市民を守るために必要な処置であったと確信しています』
プレスルームがシンと静まった。

『それで、サイオキシン麻薬は……』
メガネが食い下がる。トリューニヒトに変わってアイランズが答えた。
『教団支部からはサイオキシン麻薬は発見されませんでした。しかし信徒達からはサイオキシン麻薬の摂取が確認されました。地球教団がサイオキシン麻薬を投与する事で信徒達を洗脳しているのは間違いない事だと思われます』

プレスルームの記者達が彼方此方で頷いている姿が見える。どうやら連中にも地球教団が危険であることが分かっただろう。
『ここに同盟政府は次の事を宣言します。地球教団は宗教団体に非ず、同盟市民の安全と基本的人権の尊重を踏み躙る暴力主義的破壊活動を行っている反社会的な武装集団であると。よって同盟政府は地球教団に対し国内保安法を適用し教団の活動の停止、即時解散を命じます』
トリューニヒトの発言の終了と共にフラッシュが焚かれスクリーンが眩しい程の光で包まれた。


トリューニヒトが戻ってきたのは会見が終了してから十五分ほど経ってからだった。
「遅かったじゃないか、引きとめられたのか?」
私が問い掛けるとトリューニヒトが苦笑を浮かべた。
「しつこいのが居てね、参ったよ」
眼鏡かなと思ったが口にはしなかった。

「なかなか良い会見だった。市民を守る議長の苦渋の決断が良く表れていたよ。同盟市民も感動しただろう」
「同感だな、これでまた支持率がアップだ」
「有難う」
ホアンと私が冷やかすと益々トリューニヒトの苦笑が大きくなった。まあ支持率が上がれば政局の運営はし易くなるのは確かだ。悪い話じゃない。

「記者達も大分ショックを受けていたようだな」
「ああ、私は彼らの前に居たからね、反応が良く見えた。彼らの顔には地球教に対する恐怖心が有ったよ。これまでは妙な教団だとは思っていただろうが恐ろしさは感じていなかった筈だ。騙されたという怒りも有るだろう」

「私自身、連中には怒りと恐怖を感じている。あのまま憂国騎士団との関係を維持していればどうなっていたか……。寒気がするよ」
トリューニヒトの顔にはまぎれも無く嫌悪と憎悪の色が有った。ホアンに視線を向けると彼は何とも言えない様な表情をしている。執務室に重苦しい空気が落ちた。ちょっとの間をおいてホアンが咳払いをして話しかけた。

「……アイランズは如何したのかな? 随分と遅いが」
「いや、彼は国防委員会に戻ったよ、屋上からヘリでね」
「……」
「どうも気になる事が有るらしい。教団からの押収物に不審なものがあったようだな、確認したのだがもう少し待ってくれと言われた……」
もう少し待ってくれと言われた? 妙な話だ、一体何を見つけたのか……。トリューニヒトが困惑した様な表情を浮かべていた。



帝国暦 489年 6月 13日  オーディン   広域捜査局第六課   アントン・フェルナー



「反乱軍でも地球教に対して捜査が始まったか」
『そうだね、向こうでも大分激しく抵抗したらしい。百人以上の信徒が死んだようだ。とんでもない連中だよ』
とんでもない連中だ、広域捜査局、憲兵隊も約三十人が犠牲になった。負傷者はその倍以上だ。強制捜査とは言っているが実態は市街戦以外の何物でも無かった。

『だがこれで同盟も同盟市民も地球教が危険だと認識した。同盟政府は地球教に対して活動の停止と教団の解散を命じたよ』
「これで地球教は帝国でも同盟でも非合法の組織となったわけだ」
スクリーンに映るエーリッヒが頷いた。そして微かに微笑む。

『どうやらルビンスキーに上手くしてやられたようだね』
「ルビンスキー? どういうことだ?」
今度は声を上げてエーリッヒが笑った。
『帝国、同盟の両国で地球教団は弾圧された。そして本拠地の地球も攻撃を受けようとしている。彼らは今後どうするかな?』

「大人しく解散すると言うことは無いな。地下に潜り反撃の機会を窺うだろう」
エーリッヒが頷いた。
『そうだろうね。先ずは地球に代わる新しい根拠地を必要とするはずだ。帝国も同盟も地球教団を敵と認識した。根拠地を構えるには不適当だろう、となれば……』
「フェザーンか……」
エーリッヒがまた頷いた。

「なるほど、フェザーンで騒乱を起こそうとしているルビンスキーにとっては格好の道具だな」
エーリッヒが微かに笑みを漏らした。何処か怖いと思わせるような笑みだ。何時の間にか権力者の笑みが似合うようになったな……。

『ルビンスキーは帝国が地球教を疑っていると察知した。フェザーンの背後に地球教が有るのではないかと疑っていると察したんだ。我々がその件で同盟と協力している事も想定していたかもしれない。そして同盟では主戦派のクーデターが失敗していた』
「……同盟を地球教団がコントロールすることなど不可能だと判断しただろうな」
俺の言葉にエーリッヒが頷いた。

『いずれ地球教団は弾圧される、弾圧された地球教団がフェザーンへ逃げて来るだろうと判断するのは難しくない。そうなればフェザーンは不穏分子の巣窟になるだろう。帝国も同盟もそれを許すほど甘くはない、ルビンスキーはそう考えたはずだ。自分の身が危険だと考えた、場合によっては地球教団が自分を生贄にして生き残りを図るかもしれないと考えたかもしれない』

「なるほど、ルビンスキーにとって地球教団がフェザーンに来ることは百害有って一利無しか……」
『その通り、自分一人なら逃げられるだろうが地球教が来ては共倒れになりかねない、そう考えたんだ。だから寝返った』

「……ルビンスキーにとって地球教団は邪魔以外の何物でも無かった……」
『地球教団は自分達こそがルビンスキーの主だと思っていただろうけどね』
エーリッヒの声には皮肉が満ちていた。傲慢は馬鹿と同義語か、かつての門閥貴族がそうだった。傲慢故に現実が見えなくなっていた。

『ルビンスキーは帝国がフェザーンに攻め込みたがっている事、その名分を欲しがっている事を見抜いていたと思う。寝返ればそれが条件として求められるとね』
「地球教団がフェザーンに根拠地を置こうとするのは止められない。ならばそれを利用しようと考えた……」

『その通りだ。地球教団は後が無い、ちょっと追い詰めれば、いや追い詰められたと思わせれば簡単に暴発するだろう。その後は帝国軍が彼らを始末する。ルビンスキーは自らの手を汚すことなく邪魔者を始末できるんだ。しかもフェザーン侵攻の名分を帝国に献上してね。教団は滅びルビンスキーは生き残る……』

会話が途絶えた。エーリッヒは穏やかに笑みを浮かべている。一体何を考えているのか……。
「エーリッヒ、ルビンスキーの始末だが……」
『焦ることは無いさ、今回は上手くしてやられたがこちらも不利益を被ったわけじゃない。地球教団は叩けたしフェザーン侵攻の名分ももう直ぐ手に入る』

「ではその後か……」
エーリッヒがゆっくりと首を横に振った。
『用心しているよ、ルビンスキーは。騒乱の最中、その後は一番危ういところだからね。彼を始末するのはその後の方が良いだろう。帝国軍がハイネセンに攻め込んだあたりかな』

「皆の視線はハイネセンに向いているだろうな」
『地球教団の残党か、或いは彼の裏切りを許せなく思うフェザーン人か、彼を恨んでいる人間を探すのは難しい事じゃない』
確かに難しい事じゃない。問題はルビンスキーの始末だな、一度ギュンターと話す必要が有るだろう……。





 
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