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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第34話 思い出は遠き彼方へ・・・

 一言で言うなら静かだった。先ほどの激闘がまるで嘘の様に静まり返っている。
 怪物も、なのはも、見守っている銀時達でさえ、誰一人としてその場から動こうとはしない。
 誰もが緊張の余り心臓が張り裂けんばかりの気持ちでその場に居る事だけは確実だった。
 一瞬の内に勝負が決まる。正にそんな状況だった。しかし、そんな中で、なのはは不思議と落ち着いていた。
 今、なのはの頭の中では自分のデバイスを手渡された際に言われた言葉をひたすら繰り返していた。
 今まで自分が見て来た戦いの記憶から自分の戦いを模索する。それだった。
 初めて戦いを行った際には初陣の緊張と湧き上がる力の勢いに任せて乱暴な戦いを行ってしまっていた。その為に自分自身もかなりの痛手を被ってしまい痛々しい結果を残すこととなった。
 だが、それでは意味がない。これでは戦いじゃなく獣の喧嘩だ。私は獣じゃない! 列記とした人間だ!
 深く、そして大きく息を吸い込む。口から吸収された空気が肺と通り、全身に行き渡っていく。体中の血が滾ってくるのが分かる。
 体内に埋め込まれている青い宝玉が心なしか歓喜に震えているようにも思えた。
 その歓喜に呼応し、なのはの魂もまた震え上がっているのが分かる。

”もっと力を使え! 遠慮するな。手加減などせず全て出し切るつもりで力を使っていけ! この程度の相手に力を使いきる事はまずない。思い切り行け!”

 まるでそう言っているかの様に今、なのはの中では覚醒した魔力が唸りをあげているのが分かる。外に出ようと小さな少女の体の中でその猛威を振るっているのが分かる。凄まじい力に振り回されそうな気持ちになる。
 だが、それでは前の戦いと同じだ。獣じゃなく、人になるんだ。
 その為に、なのはは今までの奮い立っていた気持ちを落ち着かせていた。落ち着いて、冷静になれ。
 激情の感情を抑え、冷たい水の様に心を沈め、神経を研ぎ澄ませる。相手を良く見て戦え。戦い方は決まっていない。ならば、自分の思い通りに戦えば良い。
 何と簡潔かつ単純な答えだろうか。こんな単純な答えに今まで自分が悩んでいたと思うと笑いが込み上げてくる。
 その間も、なのはの体は休む事なく周囲の光を取り込み、体内で自分の力に変えている。その光の強さが、熱さがそのまま力に変わって行く感覚だ。
 両拳を堅く握り締めてみる。漲った力が今すぐにでも爆発したいと叫んでいる。体中が雄たけびを挙げている。
 早く戦いたい。早く解放されたい。早く力を使いたい。
 駄々をこねる子供の様に力はなのはにせがんできた。自分の力なのにまるで別人のようだ。其処が何所と無くおかしく思えた。
 だからこそ、それを使うのは今を置いて他にない。今ならば仲間の皆は遠くに居る。全力で戦っても巻き添えは恐らくない。もしあったとしても遠くに居るので避難も容易い。
 寧ろ皆が近くに居る方が厄介に思えた。戦闘に関して初心者のなのはが回りに気を配れる筈がない。
 寧ろ一対一のサシでの勝負は臨む所だった。

「待たせたね。それじゃ、行こうか」

 誰に言う訳でもない。自分自身にそう言い聞かせる。まず右足を大きく前に踏み込んだ。大地に足をつけ、強く踏みしめる。
 ゆっくりと、だが確実にその足は前へと進んでいく。
 目の前に聳え立つ巨大な敵に向かい。その足は怯む事も、恐れる事もなく進んだ。
 その光景に怪物は初めて下がった。今まで前へ出る事しかしなかった怪物が、此処に来て初めて後退したのだ。
 なのはが一歩進めば怪物が一歩下がる。その光景が目の前に展開されていた。
 ふと、なのはが歩みを止めた。怪物のほんの数メートル手前で立ち止まり、そして視線を上げた。怪物の顔を凝視するかの様にその幼い瞳を持ち上げたのだ。
 目だけじゃない。鼻が、口が、顔全てが上を向いている。凛とした顔立ちの中に芯のある強さが伺える。決して恐怖に歪んでもいないし先ほどの様に戦いの緊張で強張った顔をしていない。
 落ち着きを持っていて、それでいて強さを兼ね備えた顔だった。その顔に、その佇まいに、その雰囲気に怪物は初めて恐怖を覚えたのだ。
 今、目の前に立っているのは怪物じゃない、人だ! 人間が立っているのだ。
 だが、その人間はつい先ほど自分が蹂躙した奴等とはまるで次元が違う。強い人間だ。強い力と強い心、そして強い魂を持っている。
 怪物が咆哮を挙げた。自分の中に芽生えた恐怖を振り払うかの様に、心が押し潰されないが為の見え透いた努力とも取れる行いを怪物は行っていた。
 最早、その咆哮に脅威は微塵も感じられなかった。ただただ、恐怖に打ち震える哀れな獣にしか見えなかった。まぁ、少なくともそう見えているのはなのはだけだろうが。
 怪物が突如動き出した。
 大地を駆けて一直線になのはに向ってくる。巨大な腕を振るい放ってきた。
 その小さな体を吹き飛ばそうとする様に。自分の中に芽生えた恐怖と言う概念を払拭する為に。怪物はやけっぱちにもそれを放ったのだ。
 腕に伝わったのは殴った感触じゃなかった。人間や柔らかい物を殴った際に伝わってくる物が壊れる感触がまるで感じられない。
 感じられたのは小さな手の感触だった。小さいが、その力は凄まじい。その手に止められてる感じだ。
 怪物が手の奥を見入る。其処にはなのはが居た。確かに居た。
 だが、倒れては居ない。後退もしていない。その場に立っていた。
 片手を翳し、それだけで怪物の巨大な腕を押さえ込んでしまっていたのだ。

「もう、私には通じないよ。お前は今の私に恐怖した。もうお前の拳からはあの時みたいな強さも、力も感じられない。ただ、怖い物から逃げたがってる哀れな獣の力しか感じられない」

 冷淡に、それでいて的を射た言葉を放った。正しくその通りだった。怪物はただただなのはが怖かった。
 他の人間とは違い、自分を恐れない。それどころか湧き上がって来るその力は明らかに自分を遥かに超えている。力だけじゃない。
 その心も、魂も、全てが自分を超えているのだ。
 怪物の目に錯覚が感じられた。今まで豆粒の様に小さく見えた少女が、今度は逆に大きく見えるのだ。
 恐怖に支配され、逃げ惑う哀れな獣である自分を、冷淡に見下ろすかの様にその姿は見えた。
 恐れるな! 相手はたかが子供一人だ! 本気を出せばこんな子供ひと捻りで殺せる筈なんだ!
 雄たけびを挙げて首を左右に大きく振る。認める訳にはいかない。自分がなのはに恐怖してしまった事を。
 認める訳にはいかない。自分がなのはに勝てないと悟ってしまった事を。
 認める訳にはいかない。自分が怪物ではなく獣に成り下がってしまった事を。
 その思い全てを振り払うかの様に雄たけびを挙げた。そして、今度は雄たけびだけでは終わらなかった。
 背中に生えていた羽を大きく広げる。羽を広げただけだと言うのに、その大きさが以前のよりも遥かに大きく見えた。
 いや、大きさが変わっただけじゃない。その化け物からは今までとは比べ物にならない程の不気味さが感じられた。
 本能が告げている。危険だと……

「みんな、早く此処から逃げて!」




     ***




「みんな、早く此処から逃げて!」

 突然そう言われた。何かを察知したのだろう。とてつもなくやばい何かを。
 急ぎ此処から離れなければならない。でなければ、確実に此処に居る者達全員がお陀仏となってしまう。そう思ったからなのはは叫んだと思われる。
 しかし、此処は時の庭園の奥である玉座。此処からアースラまで戻るには時間的に掛かり過ぎる。明らかに間に合わない。それに、飛んで逃げようにも外は虚数空間が広がっている。飛行魔法が使用出来ず、出れば重力の底まで落ちるだけ。
 どうする。どうやって逃げる。誰もが答えを求めた。だが、明確な答えを持つ者は誰も居なかった。
 銀時も、土方も、沖田や近藤は勿論、クロノ達でさえ、答えを見出せないで居たのだ。
 
「皆、無事?」

 声がした。その方に居たのはリンディだった。確か、アースラで待機していた筈の彼女が何故此処に?
 
「説明している暇はないわ。転移魔法でアースラに戻ります。皆集まって!」

 地獄に仏だった。転移魔法でなら一瞬でアースラに戻れる。だが、それはリンディの近くに居る者達だけだ。
 なのははどうなる?
 彼女は今怪物の間近に居る。助けようにも今からでは間に合わない。だが、だからと言って見捨てると言うのか?

「リンディさん、今すぐなのはの所へ行かせて下さい! 私がなのはを連れて来ます!」
「無理よ。時間がないわ! 貴方も巻き添えを食らうつもり?」
「でも、でも!」

 フェイトは愚図った。大切な友達を見捨てる事なんて出来ない。この世界に来て初めて出来た友達。
 自分と同じ年でありながら、心の持ち方、人との接し方、他にも色々な所が違う明るい子。
 暗くなっていた時は何時も側に居て笑ってくれた。孤独だったフェイトにとって心の支えだった。そんななのはを見捨てる事など、フェイトには出来なかった。

「私一人でも行きます!」

 フェイトはすぐに駆け出した。高速移動の魔法を用いれば行ける筈だ。距離はあるがギリギリだろう。怪物の体が歪に発光を始めた。何かをする兆しに見える。急がないと。
 魔方陣の外に出ようとするフェイトをアルフが止めた。フェイトの幼く細い手をしっかりと掴んで。

「離して!」
「駄目だ、死ぬ気なのかい!?」
「助けなきゃ! なのはを助けなきゃ!」
「もう……間に合わないよ!」

 諦めた顔で、悔しさの滲み出た顔でアルフは言った。最悪の死刑宣告だった。
 もうどうする事も出来ない。その悔しさがフェイトにはあった。敷かれた魔法陣の上で、フェイトは膝を折り地面に崩れた。
 無力、余りにも無力だった。魔法の勉強をし、母の役に立とうと今まで必死に努力してきた。それなりに実力を持ち自信も持てていた。
 なのに、それなのにこのザマだ。
 泣き崩れるフェイトを連れ、リンディは転移魔法を発動した。魔方陣内に居た全ての人間が転移される。残ったのは怪物となのはだけだ。
 そして、怪物が光を解き放った。




     ***




 アースラに一同が転移したとほぼ同時に、時の庭園からアースラは退避した。それから数秒後、時の庭園が不気味な閃光に包まれた。
 邪悪な光だった。なのはが放っていた光とは全く異なる光、背筋を凍らせる冷たい光だった。
 その光が時の庭園を丸ごと包み込み、辺りを明るく照らしている。
 広域な放射魔法。自爆も同然だった。あの中にもしいたら、一瞬の内に蒸発していた筈だ。バリアジャケットなど意味を成さない。まして、銀時達侍では一瞬たりとも耐えられる代物じゃないのは明白だ。

「後数秒、転移が遅かったら、私達もあの光に巻き込まれていたわ」

 甲板の上に転移し終え、その光を見ながらリンディがそう呟いた。正に僅差であった。後数秒。そう、後数秒の差で生死が分かれていたのだ。
 では、その中に居る怪物はどうなった? 
 そして、なのはは?

「例え、あの光に耐えられたとしても、下は虚数空間だ……」

 誰もが絶望的な表情を浮かべていた。飛行魔法が使えないのでは、後は重力の底へ落下するだけだ。その先に待っているのはたった一つの明確な現実だった。
 死―――
 この一言にどれだけの意味があるか。想像しただけでも背筋が凍る思いがする。
 目の前で光が萎みだした。どんどん光は小さくなって行き、やがて消え去ってしまった。
 その光の中から現れたのは、光を放ったであろう怪物であった。
 だが、その姿は大きく変貌していた。体の大きさはかつての約二倍近くにも増大し、手足の爪も更に鋭くなり、その風貌は更に禍々しさを増していた。
 その姿を一言で言い表すならば、それは悪魔だ。
 いや、それ以上。そう、その姿は正しく地獄の主、悪魔達の王、魔王だ。
 漆黒の魔王が其処に居たのだ。
 魔王がこちらを睨む。不気味に、とても嬉しそうに微笑みながら。耳元まで裂けた口を更に裂けるように吊り上げながら不気味な笑みを浮かべていた。
 もう、あの娘は居ない。次はお前達だ!
 そう告げているかの様にも見えた。邪魔者は居なくなった。脅威は去った。後は雑魚であるお前達の処理だけだ。そうすれば全てが終わる。
 魔王の咆哮が響く。圧倒的威圧感を放つ。強者の咆哮だ。格の違いを見せ付けられるかの如くその咆哮は凄まじかった。耳を貫き、鼓膜を破るかと思われる程の。盛大なハウリングボイスが一同の耳を捉える。

「嬉しそうな所悪いんだけど、勝手に人の事を殺さないでくれない?」

 咆哮が止んだ。声がしたのだ。
 それはアースラに居た誰もが聞こえた。声がした。
 なのはの声がした。だが、姿が見えない。何所に居る?
 魔王が辺りを見回した。まだ生きている。まだ奴が生きている。
 何所だ? 何所に居る! 姿を現せ!
 苛立ちが募り、その顔は更に禍々しさを増し、不気味さと恐怖さを増していた。
 そんな魔王の前に、光の粒が集まりだした。一つ一つじゃない。無数の光だ。幾千、幾万にも及ぶその光の粒達が魔王の目の前に集まっていく。その光はやがて、人一人分の大きさにまで膨らむ。丸く、小さい光。だが、その光は先のあの不気味な光とは違い、温かく、そして力強い光であった。
 その光の中心に影が映った。うっすらとだがその影には人の姿が見て取れる。
 まさか、そんなまさか!
 魔王が目を見張る。光がやがて萎み、消え去る。その光の中から現れたのはなのはだった。
 傷一つ負っていない。いや、寧ろ先ほど以上に力が増しているようにも見える。

「私に向ってそんな攻撃をしたって無駄だよ。返って私に力を与えるだけだからね」

 そう、魔王は錯乱した余りに忘れていた。なのはが光を吸収して力に変えている事に。魔王が放った広域放射魔法は確かに攻撃魔法だが、それは言ってしまえば高出力の光だ。
 常人であればその光を浴びれば忽ち蒸発し、骨も残らない。だが、なのはにはそれは無意味だ。逆に彼女に力を与えるだけで終わる。
 
「それに、前にも行った筈だよ。もうお前の攻撃は通用しないって」

 自信と勝利の確信を持ってなのはが言った。誰もがその光景を見てわが目を疑った。陸地を失い、虚数空間の上で、なのはは浮いているのだ。
 本来なら飛行出来ず落下するだけだと言うのに、なのははその上で浮いていたのだ。
 
「信じられない、虚数空間の上で魔法を使える筈がないのに?」

 魔法に精通している者達は誰もが驚きを隠せなかった。あらゆる魔法をデリートし、無効化する空間。それが虚数空間と呼ばれている。この空間内ではあらゆる魔法を使用する事が出来ない。無論、飛行魔法も同様だ。
 では、その中で浮かんでいるなのははどうだと言うのか?
 何故彼女は浮いていられるのか?
 只一つ分かる事と言うのは、今あの魔法と対峙出来るのはなのはしか居ないと言う事だけだ。




     ***




 もう、互いに逃げる場所はない。そして、此処が今回の戦い、後に呼ばれるジュエルシード事件、そしてPT事件と呼ばれる戦いの終局の場所であった。
 時の庭園はその姿を全てなくし、今此処にあるのは不気味な色をした空間だけ。その空間の中に一人の少女と、一人の魔王が対峙していた。
 魔王となったそれが、両の手を大きく振るう。振るった左右の腕から無数の光の弾が放たれる。
 魔王の腕とほぼ同じ位の大きさだった。それが何十個も作り上げられ、まるで弾丸の様に一直線に向ってくる。
 
「そんなのぉ!」

 なのはに向って来たその巨大な光の弾。それらが目の前に来る度になのははデバイスを振るった。
 横一線に、縦一文字に、逆袈裟掛けに、それを振るう。その度に、光の弾は真っ二つに切断され、遥か後方で空しく爆発し、その姿を消した。
 この程度の武器では勝てない。それ位は分かる。だが、これならどうだ?
 そう言いたげに今度は魔王が行ったのは両手を頭上に掲げる。両手の中心に先ほどの弾とはまた違った色の光の弾が姿を現す。その弾は只の光の弾じゃない。雷撃を帯びている。それに大きさも先ほどの倍はある。
 再び魔王はそれを投げつけてきた。同じ事だ。目の前に来たそれをなのはは先ほどの弾と同じ要領で真っ二つに切り払った。
 だが、今度の弾は違った。二つに切り払われた直後、二つに分かれたその弾はなのはの真横に移動する。
 半分に割れた弾はそのまま再び球体の形を成す。二つに分かれたその球体から、その周囲を纏っていた雷撃を放つ。
 左右に分かれた球体から放たれた雷撃はその中心に居たなのはを捕えて離さない。
 
「づっ! 雷撃が……」

 振り解こうともがくが、その度に雷撃の痛みが体全体に広がる。茨の縄で縛られたような感覚だ。
 力を入れれば入れるほどに、その痛みは増して行く。

【無駄だ! 振り解こうともがけばもがくほど、その雷撃はお前の体を痛めつける! それから逃れる事は不可能だ】
「しゃ、喋った!?」

 今まで口を聞かなかった魔王が此処に来て初めて言葉を発した。それになのはは驚いた。
 化け物の様に荒々しかったそれから発せられた言葉は、対照的に何所か冷血で、落ち着きのある口調にも取れた。

【体が馴染まなかったが故に言葉を発せ無かったが、今は違う。この体は完全に私の物となった。後は只一つ、掛けた最後の一部を取り戻すだけだ!】
「最後の、一欠片?」
【さぁ、返せ! 貴様の中にある青き宝玉を、私の体の一部を返せ!】

 魔王が言っているのは恐らくなのはの体内に宿っているたった一つのジュエルシードの事だ。それを魔王の体内にある二十個のジュエルシードが欲している。
 求めているのだ。全てが揃う事を。己が完全体なる事を。

「嫌だ! 絶対に渡さない!」
【ならば力づくで奪うだけよ!】

 魔王が両手を伸ばす。それに連動するように左右の球体から放たれる雷撃が力を増す。体に来る激痛が増して来た。
 痛みになのはの顔が歪んでいく。それでも諦めずに振り解こうとするが、その努力すら無駄と言いたいかの如く雷撃は威力を増し始めていく。

【まだ諦めないか? ならば貴様の肉体を破壊し、存在を抹消した後に青き宝玉を回収させて貰う】

 雷撃の威力が更に増した。それは最早落雷の領域だった。白熱の稲妻が体中に食い込んでいく。意識を刈り取るかの様に、その激痛は全身に行き渡る。
 光を吸収しようにも、この空間の光は弱い。雷撃を振り解く程の光を集める頃には肉体がボロボロになってるだろう。

(負けたくない! こんな所で……倒れたくない! まだ何もしてないのに……諦めたくない! 絶対に、諦めたくない!)

 痛みに体が麻痺し始めてきた。もう腕一本すら動かない。だが、それでもなのはは諦めなかった。
 諦めたくない。負けたくない。倒れたくない。その不屈の思いだけがなのはの支えだった。

(力が……もっと力が欲しい! 負けない力を、皆を守れる力を……力を!)

 強く、ただひたすらに強くそう願った。仲間達を、友達を守れる力を。
 闇を払い、誰にでも訳隔てなく光を与えられる光を。
 絶望を打ち砕き、希望の未来を見出す事の出来る自分を。なのはは求めた。
 強く、強く。それだけを強く願った。
 鼓動を感じた。一筋の波を打つような。そんな鼓動を感じた。
 内から聞こえたその鼓動。なのはは気付く。何かが、何かが自分の中で目覚めた事を。
 鼓動を感じた後、なのはの全身に凄まじいまでの力が沸きあがるのを感じた。止め処なく力が流れ込んでくる。
 決壊したダムから流れ落ちる濁流の様に、力が流れ込んできて全身に行き渡っていく。

【この鼓動……まさか、こんな所で!】
「感じる……私の中で、力が湧き上がるのを、熱い鼓動が流れ込んでくるのを!」

 力が溢れ出てくる感覚は止まらなかった。爆発するほどの勢いで力が増していく。
 腕を持ち上げた。体を拘束している雷撃を物ともせずに、腕が持ち上がる。
 なのはは思い切り両腕を振り切った。雷撃の鎖は音を立てて切断され、その余波を受け、左右にあった光の弾は爆発し、消滅した。
 それですら納まらず、力は増していく。

【間違いない、何故だ! 何故今になって起動したのだ? 今の今まで全く起動する兆しを見せなかったと言うのに……何故!】
「それは、私が願いを言わなかったからだよ。私は願った! もっと力が欲しいと! 皆を守れる力が欲しいと。だから、それに答えてくれた。私の願いに、答えてくれたんだよ!」

 強く、純粋で強い願いがなのはの体内に宿っていたジュエルシードを目覚めさせたのだ。そして、その光と力はなのはに決着を付ける事を命じた。
 
”決着をつけるんだ! 私の分身を封じて欲しい。この戦いに終止符を打って欲しい! 君の手で”

 言葉になのはは頷く。持っていたデバイスを魔王に向ける。デバイスが形を変えていく。円形状だった先端が形を変え、鋭い槍の様な先端へと変わる。杖の持ち手部分に一握りのトリガーが姿を表す。それになのはは指を掛けた。

【おのれ、また封印などされてなるものか! 私は自由だ! 私を縛るものはもう無い! この世から消え去れ!】

 魔王の口から閃光が発せられた。今までのどのそれよりも大きく、そして不気味さを増した邪悪な光が放たれる。
 だが、その邪悪な光を前にしても、なのはは引き下がらなかった。
 この一撃で終わらせる。この戦いに終止符を打つ。その為の力だ。
 そして、これがなのはの放つ初めての魔法だ。

「プレシアさん、今助けます! ジュエルシード、封印!」

 なのはは叫び、トリガーを引いた。デバイスの先端から閃光が発せられた。
 桜色の強く、熱い、一筋の閃光が放たれた。
 邪悪の閃光と桜色の閃光が激しくぶつかり合う。
 閃光が二つに分かれた。巨大な邪悪な閃光は桜色の閃光にぶつかったと同時に粉々に粉砕され、その先に居た魔王の胸部を貫通した。

【ぐがっ、があぁぁ!】

 断末魔の悲鳴を上げる。魔王の体に無数の亀裂が走る。亀裂は瞬く間に全身に行き渡っていき、やがてそれを中心にして魔王の体が激しい爆発を起こした。
 爆発はやがて閃光となり辺りを光の闇として覆っていく。何も見えない。
 只真っ白な世界が其処にある。
 何も見えない。見る事が出来ない。だが、これだけは分かる。
 今、戦いが終わったのだと。




     ***




 閃光が止み、銀時達の視界が回復する。目を擦り視界を取り戻す一同。そんな彼等の前に居たのは。戦いに勝利し、凱旋を果たしたなのはと、彼女に抱き抱えられる形で横たわるプレシアの姿だった。

「やったな、なのは」
「キャッホォイ! 私達の勝利ネェ!」

 誰もが諸手を挙げて喜びを露にする。勝利、その言葉が何よりも似合う場面だった。
 だが、なのははそれに対し首を横に振った。
 まだ終わっていない。此処からは私の戦いなのだと。
 甲板の上にそっとプレシアを寝かし、その側になのはは座り込む。
 そっと自分の胸に手を当てて静かに目を閉じた。

(アリシアちゃん、約束だよ。私の体を貸してあげる)

 数秒。ほんの数秒の間だった。それが経った後、なのははそっと目を開いた。
 雰囲気が変わっていた。何所かなのはとは違う雰囲気を感じたのだ。
 まるで、別の誰かが宿ったかの様に。
 そっと、なのはがプレシアの体を抱き起こして目の前に引き寄せる。

「母さん、母さん……起きて、母さん」

 なのはの口からその言葉が発せられた。驚く一同。
 そんな中、静かにプレシアが目を開く。そして、自分の目の前に映ったなのはを見る。
 目の錯覚だろうか。本来其処に居るのはなのはの筈。だが、プレシアの目には彼女はなのはには見えなかった。

「ア、アリシア……」
「そうだよ、母さん。今はこうしてこの子の体を借りて話す事が出来るけど、私はアリシアだよ」

 どうやら、なのはの体にアリシアと呼ばれる少女が憑依したのだと思える。静かにそれを見守る。これはなのはの戦いであり、なのはの請け負った依頼だ。そして、その依頼をなのはは完遂する為にこうして必死に戦っているのだ。
 その最後の締めなのだ。

「御免なさい、アリシア。結局、私は貴方を生き返らせる事が出来なかった」
「良いよ。私は母さんを恨んでなんか無い。それに、母さんは私の願いを叶えてくれた。素敵な妹を作ってくれた」
「妹?」
「母さん、覚えてない? 私があの時、母さんにお願いした事」

 それは、まだアリシアが存命している時の事だった。何時もの様に草原の上で二人楽しく時を過ごしていた時。アリシアがふと、プレシアにお願いしたのだ。
 妹が欲しい―――と。
 その願いにプレシアは戸惑うも何とかすると言った。そして、その願いの結晶こそがフェイトだったのだ。

「そうか、そうだったのね。私はフェイトを作った理由。それはアリシアの変わりで作ったんじゃない。アリシアの妹として、フェイトを作ったのね……もっと、もっと早く気付くべきだった……」

 プレシアの目に一筋の涙が零れ落ちる。全ては遅すぎた。もっと早くそれに気づけば、フェイトにアリシアと変わらぬ愛情を注げたものを。もっと早く気付けば、こんな事をせずに済んだものを。
 全てが悔やまれた。そんなプレシアの頬をアリシアはそっと撫でた。

「大丈夫だよ。もう終わった。全部終わったんだよ」
「終わった……そう、終わったのね」
「母さん、行こう。私の居る所へ」

 アリシアがそう告げる。すると、プレシアの体が黄金色の光に包まれていく。その光は、徐々にプレシアの体を光の粒子へと変えていっている。

「母さん!」
「フェイト、今まで貴方に辛く当たってしまって、本当に御免なさい。こんな事を言えた義理じゃないけど……私や、アリシアの分まで、幸せになって頂戴」
「母さん、行かないで! 行っちゃやだよ!」
「フェイト、このままでも私はもう長くない。それに、ジュエルシードの影響で、私の体はもう崩壊寸前の状態になってしまったの。本当に御免なさい。貴方に母親らしい事を何一つ出来なかった」

 初めて、初めて聞く言葉だった。今まで自分を虐げ、虐待してきた母親から聞く優しい言葉だった。
 その言葉を聞いたフェイトの目から、滝の様に涙が零れ落ちた。
 止め処なく流れる涙。それを誰もが見ていた。

「プレシア・テスタロッサ。貴方のご息女は、私が責任を持って守ります。だから、どうか安らかに」
「有り難う。これで心置きなく逝く事が出来るわ。有り難う……そして、さようなら」

 その一言を最後に、プレシアは消えた。黄金色の光となって、天へと登って行った。その後を追うかの様に、なのはの体から同じ様に黄金色に輝く少女が姿を現した。フェイトと同じ顔をした少女。彼女がアリシアだろう。

「さようなら、フェイト。私達は、ずっと貴方を見守ってるからね」
「うん、うん、元気でね……お姉ちゃん!」

 最初で最後の姉妹の会話。それを交わし終えた後、アリシアもまた光となって消え去ってしまった。
 光は天へと登っていく。その先に何があるのかは分からない。
 だが、その光は見る者達全てに神々しさと、温かさを感じさせてくれた。

「約束……守ったよ……アリシア……ちゃ……ん」

 戦いに終止符を打ち、友達の依頼を果たした後、なのははその場に倒れ伏した。糸の切れた人形の様に、その場に倒れ、そのまま意識を手放してしまった。
 倒れたなのはの元に駆け寄る仲間達、そして、そんななのはを銀時が抱き抱えた。

「大したもんだよ、お前は。お前みたいな娘を持てて、俺ぁ鼻が高いぜ」

 静かに、そして安らかに寝息を立てるなのはを見て、銀時は誇らしげにそう呟いた。
 




 こうして、後にジュエルシード事件と呼ばれる戦いは幕を閉じた。
 首謀者プレシア・テスタロッサは、遺体が無くなった為に死亡扱いとし、共犯となっていたフェイト・テスタロッサとアルフの両名をリンディ・ハラオウンが保護する形でこの事件は終焉した。
 だが、この戦いこそが、後々に起こる更なる戦いの火種になろうとは、この時誰も予想だにしていないのであった。




     つづく 
 

 
後書き
次回【さよならを言う時は笑顔で言え!】お楽しみに 
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