ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode2 絶望と希望
「ジョニー、ちゃんとやれよ?」
「分かってるってばー」
高らかにショータイム!とか言ったくせにポンチョのそいつは攻撃して来る気配が全くない。抜き放たれた赤黒く光るダガーも右手に力無く保持されているだけだ。正直無防備である。
だが、デュエルモードでもないのにこちらから攻撃するわけにも行かない。だってここは《圏外》だ。
(そういえば、アンコクリームパン…だっけ?)
ふと連想ゲームのように頭に浮かんだ単語が、眠そうなアカリの顔とセットで脳内に再生された。
(そんなもんあるのか?…どうでもいいか)
「敵と対峙してるってのによそ事考えてるのは関心ねぇな」
「…なっ!?」
いつのまにかポンチョのそいつが目の前に迫っていた。体の中軸に構えていた剣を反射で切り払う。それをポンチョがなんなく躱す。
「おいおい、気をつけろよ。ここは圏外だぞ?」
まるで忠告するかのように言う。いや、実際そうなのかも知れない。こいつが避けてくれなかったら俺は一般プレイヤーを攻撃した犯罪者になっていたわけで…。
(待て待て、そこじゃない!)
払った剣を再び構え直し、目の前の相手から目を離さないようにしながら思考を続ける。
(いつ距離を詰めた…?)
ついさっきまで自他の距離は十分にあったはずだ。少なくともお互いの間合いがぶつからないくらいには。驚いたのはその距離を少し気を抜いた瞬間に詰められたこと。
「You know…さっきのはBattle Startってことでいいんだよな?」
相変わらず手に力が篭っていないのか、男が喋る度にユラユラとダガーの切っ先が揺れる。
「あっ、ヘッド。それってこないだスカウトしてた奴の戦い方じゃないっすかー」
「へっ?ひぇっ!…カイトさぁん…」
同時にジョニーとアカリの声が背後からした。慌てて振り返るとアカリのすぐ後ろにジョニーが立っていた。さらに、アカリの首元には鈍く銀色に光るナイフが当てられていた。ナイフの刃はまるでうっすらと何かに濡れているようだ。
「なんで、いつのまに…」
アカリは昨日のようにどこかに隠れているものだと思っていた。…そうだ、アカリの《隠蔽》を強化していた装備は今朝方変更したんだった。しかも、服を買いに行こうと提案したのは俺だ。
(裏目かよ…!)
後悔がほんの一瞬前方への注意を怠らせた。ヒュッと風を切るような音が左耳のすぐ傍でした。
「っ!?」
「もう始まってるぞ?」
完全に遅れた動作で右に回避した俺を短剣が追い掛ける。次々に繰り出される突きが俺の体にギリギリ当たらないくらいを通り過ぎていく。
再び顔に向かって繰り出された突きを短剣の腹にこちらの剣をぶつけて軌道を変える。
その間も後ろのアカリが気になって意識が散漫になる。
「安心しな。あっちの娘にジョニーは手を出さない。そういうcontractだからな」
「…さっきから人の心読みやがって……。それにな、ちょいちょい英語分かんねぇよ!」
体を入れ替えて鍔ぜり合いのような形に持ち込む。短剣と片手剣ならば俺の方が有利だ。事実、ジワジワと俺の剣が押し込んでいく。にも関わらずポンチョのフードから覗く口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「Oh、I'm Sorry」
「ヘッドぉ、俺飽きてきたー」
「そうだな、そろそろFinishにするか」
「勝手に…決めんなっ!」
乱暴に剣に力を込める。ググッと確かな手応えとともに短剣が押し込められる。このまま行けば…このまま…。
(このままなら、切れる?…っ!?ダメだ、やばいっ!)
挑発、人質、わけの分からない英語。これらのせいで俺は冷静な判断を失っていた。そして、それに気付いたもののもう遅かった。
目一杯押し込んでいた剣に抵抗感がなくなった。そのまま俺の剣は宙を駆け、ポンチョの腹部共々本体を切り裂いた。客観的に見た今の状況は…ポンチョの《一般》プレイヤーを傷付けた片手剣の《犯罪者》プレイヤー。
「…さぁ、Endingだ」
気付いた事実に硬直していた俺の前でポンチョが体を低くした。その直後、足にダメージを受けた感覚が起こり視界が傾いた。
地面にたたき付けられるのとほぼ同時に、バシャッとフロアボス攻略戦の時に聞いたような嫌な音がした。
「ぐっ!?」
「スゲェ…一撃で足を切っちゃったよ」
久しぶりに聞いた気がするハズキの声に自分の足に手を伸ばす。
「なんで…左足が……」
「さすがヘッド!いつのまにそんなん出来るようになってたの!」
「バーカ、たまたまだよ。運よくクリティカルでアバターの《脆弱部分》を切れただけだ。それとも…そっちがUnlucky過ぎたか?」
無慈悲なポンチョの奴の声に思考が止まりそうになる。だって、これ以上考えたくない。
裏目に出たアカリへの提案、安易に感情に流されたためにオレンジプレイヤーになり、運悪く足に《部位欠損》が起こった――。
「くそぅ……」
気付かぬうちに声が漏れた。何が『守るよ』だ!守るどころか、自分が追い詰められている。
「さすが《PoH》だな。…なぁ、僕がそいつにとどめを刺してもいいのか?」
「ん?あぁ、ちょっと待ってくれ。ジョニー、今日毒ナイフ何本ある?」
「二本っすよ」
「そっか、そんじゃあ…一本そのデブに刺しといてくれ」
「りょーかい」
余りにも自然な会話の流れの中でナイフの投擲が指示され、何のためらいもなく実行された。アカリに向けられていたナイフがハズキの腹部に突き刺さる。その場にハズキがドサッと倒れ込んだ。
事態にまったくついていけない。
「な…で…なん…」
ナイフの効果なのか、うまく言葉が発せられず、ハズキが呻きのような声を出す。
「…なんで、お前ら仲間だろ」
片足の無い状態でなんとか立ち上がろうと悪あがきをしていたのだが、質問せずにはいられなかった。PoHと呼ばれたポンチョの声は冷ややかだった。
「No。ただの依頼者と雇われの関係だ。…ただ、名前まで知られちまってるからな。スパイ映画なんかのお決まりだろ?」
そういって短剣の一撃を俺に叩き込む。
「うぐっ!」
「さぁてと…」
首に短剣が押し当てられる。
「あのデブは後で片付けるとして。首を一発で落とせばさすがにGame Overだろうな」
おそらくそれは俺への死の宣告だったのだろう。だがもう正直PoHがなにを言おうと頭に入らなかった。恐怖はなく、後悔ばかり考えていた。《ゲームオーバーは死》と言うルールを俺は受け入れていなかったのかもしれない。
迷宮区前だから誰か通り過ぎれば助けてくれるかもしれない、という考えはある。しかし、時刻的に迷宮区へ行くプレイヤーのピークは過ぎてしまっているし、出てくるにもまだまだ早い。可能性薄だ。
(ゴメン、アカリ…)
最後ぐらい自分のことに手一杯になればいいのに、心の中でアカリに詫びていた。
「Good By」
そういってまさに短剣が引かれそうになった瞬間だった。
「なぁ、あんたら。何してるんだ?」
最初にPoH達が潜伏していた辺りから一人の黒衣のプレイヤーが現れたのは。
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