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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第四十五話  決戦(その四)


帝国暦 490年  5月  2日   リオヴェルデ星系   マーナガルム   ラインハルト・フォン・ローエングラム



「あとハイネセンまでどれくらいかかるか」
「こちらの計算では補給基地の攻略も含めて七日程はかかると思います」
「そうか、……もう少し早くというのは無理なのだろうな」
俺の発言にフロイライン・マリーンドルフは苦笑を浮かべて頷いた。ふむ、このイスは悪くないな。フロイラインも楽そうだ。ブリュンヒルトにも取り付けたが取り払うこともないな、そのままにしておくか……。

「ウルヴァシーが御心配ですか」
「心配などしていない、気になるだけだ」
フロイライン、シュトライト、リュッケが可笑しそうな表情をしている。失敬な、俺が痩せ我慢をしていると思っているらしい。或いは素直じゃないとでも思ったか……。

俺は正直な思いを言っている。ウルヴァシーでは開戦早々に両軍兵を退いて休息を入れている。おそらく反乱軍はかなりの損害を受けたのだ。帝国軍も無傷では無いだろう、しかし反乱軍よりは損害が少なかったはずだ。そうでなければ反乱軍が戦闘を止めるはずが無い。連中には時間が無い、黒姫とメルカッツは反乱軍に手厳しい洗礼を与えたのだろう。

黒姫とメルカッツか……。面白い組み合わせだ、用兵家として堅実だがその分地味なメルカッツと幅広い戦略眼と奇才を有する黒姫。熟練した実戦指揮官と有能な政略家、戦略家か……。反乱軍もこの二人を相手にするのは容易ではあるまい。現実に連中は黒姫の罠にかかり敗北しつつある。

メルカッツは今を楽しんでいるかもしれないな。リップシュタット戦役ではブラウンシュバイク公に疎まれ名ばかりの総司令官だったらしい。聞くところによればシュターデンなどメルカッツに対抗心を持つ軍人も居たようだ。総司令官の権威など欠片も無かっただろう。

ブラウンシュバイク公が滅ぶのは当然だ、あの男を使いきれなかったのだからな。もしメルカッツに十分な権限を与えていれば厄介な事になっていただろう。あれほどまでに短期間に内乱を終結させる事が出来たかどうか……。時間がかかっただろうな、勝利は収めただろうが時間がかかったに違いない。俺にとっては幸運だがメルカッツにとっては悔いの残る戦いだっただろう。

しかし今は違う、実戦指揮官としてのメルカッツを必要とする黒姫が居る。反乱軍が強大で有れば有る程黒姫はメルカッツの能力を頼るだろう。そして反乱軍にはヤン・ウェンリー、アレクサンドル・ビュコックが居るのだ。十分すぎるほど強大な敵だ。今頃あの二人は互いに助け合いながら戦っているに違いない。羨ましい事だ。

黒姫か……、軍に残っていれば総参謀長を任せられたな。あの男なら政戦両略で俺の力になっただろう。いや、総参謀長はフロイラインに任せて憲兵総監と帝都防衛司令官を任せても良かったか。いやいや、あの男が俺の下に居るならイゼルローン要塞はケスラーでなくても良いわけだ。ケスラーに憲兵総監と帝都防衛司令官を任せられるな。となるとあの男には……。

「閣下、何をお考えですか。楽しそうですが……」
フロイライン・マリーンドルフが不思議そうに俺の顔を見ている。彼女だけじゃない、シュトライト、リュッケも同様だ。どうやら俺は一人でニヤニヤ笑っていたらしい。

「いや、例のエル・ファシルの件を考えていた。フロイラインはどう思う? そろそろ貴女の意見が聞きたいのだが」
「面白い案だと思います。私は賛成です」
ふむ、”反対はしない”ではない、つまり積極的に賛成という事か。

「エル・ファシルの件とは何の事なのでしょうか? 差し支えなければ我々にもお話しいただきたいのですが」
シュトライトが訝しげな表情をしている、リュッケも同様だ。そうか、二人とも軍の作戦に関わる事だと思っているようだ。何か極秘作戦とでも思ったか……。つい可笑しくなって笑い声が出てしまった。

「軍の作戦の事では無いのだ。反乱軍、いや自由惑星同盟を占領した後の事だ」
「占領した後……」
「うむ」
今度は訝しげな表情が呆然とした表情に変わっている。悪いとは思ったがまた笑ってしまった。罪滅ぼしと言うわけではないが二人にも話してみるか、平均的な軍人がどう思うかというのも大事な視点だ。

「自由惑星同盟を占領した後だが、エル・ファシル星域をエル・ファシル公爵領としてはどうかと黒姫の頭領から提案が有ったのだ」
「エル・ファシル公爵領? それは一体……」
シュトライトが首を傾げている。まあ無理も無い、俺が帝国を支配してから新たな貴族などは帝国騎士でも誕生していない。まして公爵など想像もつかないだろう。

「エル・ファシル公爵領ではどのような統治制度を採ろうとそれは自由とする。そう、たとえば民主共和政でも構わない」
「そ、それは……」
シュトライトもリュッケも目を見開いて驚いている。そう言えばフロイラインも似たような表情をしていたな。また笑ってしまった。フロイラインが“閣下”と俺を窘めた。

「しかし、み、民主共和政では統治者は、せ、選挙で選ばれるはずです。公爵家とは相容れないと思いますが……」
リュッケがつっかえながら疑義を呈した。
「彼らが民主共和政を選ぶのであれば選挙で選んだ人物がエル・ファシル公爵という事だ」
俺の答えにシュトライト、リュッケは絶句している。いかんな、笑うのを堪えるのが大変だ、今度はフロイラインも懸命に堪えている。

「例えば同盟の最高評議会議長、ジョアン・レベロが選ばれたとすれば彼はその任期中はジョアン・フォン・エル・ファシル公爵になる」
「……しかし、何故そんな事を」
その通りだ、シュトライト。俺も何故そんな事をと最初は思った。

「新たな領土を上手く治めるためだ、そして帝国のためでもある。自由惑星同盟という国家は消滅する。それは同盟が国家としての寿命を使い果たしたという事だ。しかし民主共和政という統治制度と思想は残す」
「……」
二人とも腑に落ちない表情だ。

「帝国は自由惑星同盟という国家は反乱軍として否定する。しかし民主共和政という統治制度は否定しない、エル・ファシルでの存続を許す。百年、二百年後、帝国の統治が破綻すれば或いは民主共和政が新たに銀河を治める事になるかもしれぬ」
「そ、それは」
二人が驚愕している。リュッケがごくりと喉を鳴らした。フロイラインも表情を消している。

「そう思う事で彼らが帝国の支配を納得するなら安いものだ。そして帝国の統治者達も気を抜けば彼らに取って代わられると思えば愚かな統治はするまい。敵無き国家は内から滅ぶ、それは統治制度も同じであろう。民主共和政は帝国が繁栄するために必要なのだ」
俺も最初に聞いた時は驚いた。しかし道理ではある。

「ですが、エル・ファシルに人が集結するということは無いでしょうか? エル・ファシルが巨大になり過ぎ、危険ではありませんか?」
「シュトライト、その心配は無い。エル・ファシルの自給能力はそれほど高くない。現状において人の流入はエル・ファシルにとって負担でしかない」
まだ不得要領と言ったところか……。

「食料、エネルギー、雇用、人が増えればそれの確保が要る。雇用はともかく食料とエネルギーはエル・ファシルのみで賄う事が出来なければ周辺星域から購入するしかない。人が増えれば増えるほど帝国と密接に繋がらなければエル・ファシル公爵領は生きていけないということになる……」
「なるほど」

ようやく分かったか、エル・ファシルの喉を締め上げる事など難しくないのだ。攻める必要など無い、物流を止めるだけ、いや値を吊り上げるだけで悲鳴を上げるだろう。それを臭わすだけで震え上がるに違いない。人が増えれば増えるほど彼らは帝国との共存を選ばざるを得ない……。

出来るだけ大勢の人間にエル・ファシルに行って貰いたいものだ。その分だけ俺の負担は減るし共存の必要性が強まるからな。しかしおそらくエル・ファシルは受け入れの制限を行うだろう。だがそれも悪くない、制限をかけるのは俺では無い、エル・ファシルだ。受け入れを拒否された人間が怨むのも俺では無くエル・ファシルということになる。つまり、エル・ファシルは反帝国の中核には成り得ないという事だ。

「帝国はエル・ファシル公爵を帝国第一位の貴族と認める。当然だが新年の年賀には貴族を代表して挨拶をしてもらおう。そして無任所の国務尚書として帝国の統治にも参加してもらう。まあTV電話での参加になるだろうが……」
「……」
シュトライトとリュッケが絶句している。まあそうだろうな、これほどの皮肉は有るまい。可笑しくて笑ってしまった。

……そうか、あの男を帝国宰相にする手も有るな。さぞかし性格の悪い、皇帝を皇帝とも思わぬとんでもない帝国宰相が誕生するだろう。いかんな、笑いが止まらない。フロイラインが、シュトライトが、リュッケが俺を呆れたように見ている。

「帝国はエル・ファシル公爵を尊重しその識見を帝国の統治に取り入れようというのだ。エル・ファシル公爵は帝国の統治に関与することになる。どうかな、それでもエル・ファシルの人間は反帝国を標榜出来るかな?」
「……」

彼らに自治を与えて孤立させるのではなく帝国貴族として遇する事で帝国の中に取り込む。あの男らしいやり方だ、皮肉でもあり辛辣でもある。この俺が新たな貴族を作り出す、しかも民主共和政を信奉する貴族を作り出すか……。

前代未聞の椿事だな、しかし間違いなく実利は有る、だから受け入れざるを得ない。この取り込みにより銀河帝国皇帝は専制君主で有りながら民主共和政の擁護者、庇護者にもなるのだ。その時帝国は真の意味で宇宙を統一する事になるだろう……。



帝国暦 490年  5月 3日   ガンダルヴァ星系   ブリュンヒルト   コンラート・フォン・モーデル



反乱軍は後退した。総旗艦ブリュンヒルトの艦橋はようやく落ち着いた雰囲気を湛え始めた。さっきまでは皆疲れた様な顔をしてぐったりしていたけど立ち直ったみたいだ。僕が用意した飲み物をホッとした様な表情で飲んでいる。頭領とメルカッツ参謀長も無言で飲み物を口に運んでいる。大分疲れたみたいだ。

帝国軍は今補給部隊から物資を受け取っている。ウルヴァシーが近いから帝国軍は補給は楽だ。反乱軍はどうなのかな、補給部隊を連れてきているのか、それとも補給無しで戦っているのか。もし補給無しなら段々苦しくなるはずだ、戦いが長引けば長引くほど帝国軍が有利になる。後方主任参謀のクレッフェル少佐がそう言っていた。

それにしても凄い戦いだった。いきなり反乱軍の戦い方が変わったんだ。前線でもの凄い爆発が起きていた! あんなの初めて見たよ。艦隊は不意を突かれて右往左往した。艦橋も大騒ぎだった。皆顔面を引き攣らせて叫んでた。“何が起きた!”、“どうなっている!”って。情けない話だけど僕はそんな騒ぎに怯えていたと思う。

あんまり煩かったからだろう、頭領が皆を厳しい目で見た。この程度でオタオタしてどうする、そんな感じだった。それとも情けない奴、だったのかな。でもそれでようやく皆が静かになった。ちょっと恥ずかしかったな、皆もバツが悪そうだった。

でも状況は少しも良くなかった。この艦隊だけじゃない、帝国軍全体が不意を突かれていたんだ。頭領は全軍に後退するように命じたけどそれとほぼ同時にヤン艦隊が陣形を紡錘陣形に変えながら突入してきた。凄い迫力だったな、僕にも分かった、反乱軍は僕達を中央突破しようとしてるって。突破されたら負けだって……。

頭領は縦深陣を取る様にメルカッツ参謀長に指示をだした。間に合うんだろうかと心配だったけど直ぐにそれどころじゃなくなった。ルッツ提督とワーレン提督が危険だったんだ。反乱軍が二人を分断しようとしていた。皆顔面蒼白になっていた。

前面には押し寄せるヤン艦隊、そしてルッツ、ワーレン艦隊の危機。最大の危機だったと思う。頭領は慌ててはいなかったけど凄く不機嫌そうだった。反乱軍の攻撃が不愉快だったのか、それとも僕達が頼りないって不機嫌だったのか……。ゾンバルト副参謀長に指示を出してルッツ、ワーレン艦隊にV字陣形を作らせると前面のヤン艦隊の先頭に攻撃をかけた。そしてメルカッツ参謀長が陣を整える時間を稼いだ。

それにしてもヤン艦隊は凄かった。陣形を崩されたのに直ぐに立て直して攻撃してきた。反乱軍きっての精鋭部隊って言われているけど本当なんだって思ったよ。でも流石のヤン艦隊もその後に仕掛けた頭領の罠には敵わなかった。あっという間にヤン艦隊の先頭部隊が壊滅してしまったんだ。

凄かった、一瞬の逆撃だった。皆が嬉しさのあまり歓声を上げたけどまた頭領に睨まれた。皆シュンとしちゃったよ。それにしてもヤン艦隊は手強かった。先頭部隊が壊滅したのに混乱しなかったんだ、彼らは先頭部隊の残存兵を収容して撤退した。僕らの攻撃を受けながらだ。有り得ないよ。皆呆れてた、頭領もだ。多分その事が今、皆を無口にさせているんだと思う。あ、頭領がこちらを見た。

「補給の状況は?」
「あと一時間程で終了するかと」
クレッフェル少佐が答えると頭領が頷いた。そしてルッツ提督、ワーレン提督、ミュラー提督との間に通信回線を繋ぐ様に命じた。

三人の提督がスクリーンに映った。
「補給の状況はどうですか?」
『こちらはほぼ終了しました』
ルッツ提督が答えると他の二人も頷いた。あ、ウチは少し遅れている、クレッフェル少佐がシェーンフェルト大尉と顔を見合わせてちょっと顔を顰めた。

「大体あと一週間といったところでしょう」
頭領の言葉に三人が頷いた。そう、あと一週間もすれば味方がウルヴァシーに到着するはずだ。帝国軍が勝つ。
「ここからは戦い方を変える必要が有ります」
スクリーンの三人が顔を見合わせた。ううん、三人だけじゃない、皆が顔を見合わせている。戦い方を変える?

『それはどういう意味でしょう、防御では無く攻勢に出るという事でしょうか?』
ルッツ提督が問い掛けると頭領は首を横に振った。違うんだ、じゃあ、やっぱり防御? 皆不思議そうな表情をしている。

「これまでは同盟軍を撃退するだけで良かった。ですがこれからは逃がさぬようにする必要が有ります。逃げられてはこれまでの苦労が水の泡になる」
『……なるほど、確かにそうです。時間的にも次に休息を入れるようなことになれば反乱軍はそのまま撤退しかねない。となるとかなり内に攻め込ませる必要が有りますな』
ワーレン提督の言葉に皆が厳しい表情で頷いた。

『大丈夫か、エーリッヒ。卿の所にはヤンが来るだろう、あの男を相手にそんな際どい事が可能か?』
ミュラー提督が心配そうな顔をしている。ミュラー提督だけじゃない、ルッツ提督もワーレン提督も同じだ。頭領が大きく息を吐いた。

「厳しいがやるしかない、誰よりもヤン・ウェンリーを逃がすことは出来ない。この一戦で戦争を終わらせるんだ。そうだろう? ナイトハルト」
『……』
「これまでは前哨戦だ、これからが本当の戦いだよ。向こうは必死の覚悟で攻め寄せてくるだろう、それを利用して相打ち覚悟で引き摺り込む……」
頭領はそう言ってメルカッツ参謀長に視線を向けた。参謀長が無言で頷く。

それを見てルッツ提督、ワーレン提督、ミュラー提督が顔を見合わせた、そして今度は三人が頷いた。
『分かりました、では我らも相打ち覚悟で戦いましょう』
ルッツ提督が頭領に対して敬礼した。他の二人も敬礼している。そして頭領が、参謀長が敬礼した。僕達も皆敬礼した……。これからが本当の戦いなんだ、これからが……。




 
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