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同士との邂逅

作者:日月
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十九 最後の舞台


白い鳥の羽根が空を舞う。見た目は幻想的な光景だが明らかに幻術のソレに、ナルトはちっと舌打ちした。
(始まったか…)

中忍試験会場。
試合を観戦するために集まった者達が皆すうすうと眠りこけている中、カキンとクナイとクナイの搗ち合う音があちこちで鳴り響く。
ドベを装って試合をなんとか終わらせたナルトは、幻術に掛かったふりをして伏せていた。

火影を連れ去った風影の姿を確認し、飛び出したい衝動を必死で堪える。試験開始前から火影に「手を出すな」と命令されていたナルトは歯痒い思いを抱えていた。


火影は知っている。ハヤテの証言を踏まえナルトが掻き集めた情報により、今の風影が大蛇丸の変化した姿だとも、木ノ葉崩しの筋書きも大まかにわかっている。
けれど彼は元教え子だからこそ大蛇丸と正面切って対峙すると言う。暗部総隊長として新人暗部を鍛える事もあるのでその気持ちは解らなくもないが、なによりその固い覚悟に水を差す事がナルトには出来なかった。


(じじい……)

試験会場の屋根で風影の羽織を羽織った男となにやら会話している火影。それを目の端に捉えたナルトは人知れず下唇を噛んだ。心を落ち着かせようと、思わず木の葉の額宛を押し上げる。
その途端、バンダナをつけている昨日までの同居人の姿がナルトの脳裏に浮かび上がった。

(……帰ったのだろうか……)
ちくりと痛む胸を抑え、これでよかったのだと自分自身を納得させる。







昨晩、横島――監視対象を逃がしたとナルトは三代目火影に報告しに行った。どんな罰でも受ける覚悟はあったが、彼はただ「そうか」という一言だけ口にした。悄然とした顔つきをした火影の顔を忘れることができない。

脳裏に浮かぶのは横島を最後に見た、昨日の黄昏時。


最初はただの監視対象だった。
火影の命だから仕方なく彼をアパートに連れ帰ったのだが、すぐ逃げると思って金を用意した。それでも未だアパートにいたその意図を探るため泳がしておいた。木ノ葉崩しを企む忍び達がいるくらいだから他にも何か陰謀が隠されているのではないかと疑ったのである。

横島の記憶を見ても全てを信じ切れたわけではなかった。記憶を操作する術もあるため、心の奥では本当に彼が信用できる人間か解らなかった。しかし何の変化も見えずそのままずるずると一緒に過ごし、そして彼の全身の傷痕を見てようやくナルトは横島の心理が窺い知れた。頑なに道化を被る彼に親近感が湧いたのかもしれない。

そして荒らされたアパートを自分の事のように憤慨した横島を、死なせたくないと切実に思った。こんな忍びの世界に捲き込んでいい人じゃないと。

だからわざとつき放して、それでも渋る横島をせめて里から逃がそうとしたのだ。
抜け忍ならともかく見た目一般人にしか見えない彼なら大丈夫だと、里外へ行く経路を教える。金も買い物帰りだったようだから彼が持っているし、意外と強いみたいだから一介の忍びと出会っても問題ないだろう。

とにかく木の葉の里から遠く離れてほしかった。後に戦場となるこの里から、そして今現に忍び同士で闘っているこのような危険な所から、あの忍びには向いていない優しく甘い人間を遠ざけたかった。



(今頃は国境あたりか……それとも文珠とやらの力で元の世界に帰ったかな)
担当上忍の言葉が遠く聞こえる。一尾を宿す砂の忍びを追い駆けるように急かす彼の声に促され、ナルトは火影にちらりと視線を送ってから走り出した。













轟く音の発生場所に目を向けて、横島は唖然とした。

「なんじゃこりゃ……」
里のほうから聞こえる、ドオオンという地鳴りのような音。遠目に見える、里内を闊歩する大蛇。
なんというか、まるで映画である。

(…なんやねん一体…怪物映画のロケかよ…)
遠くなる気を奮い立たせるために心中で冗談を呟く。今すぐに遠ざかりたい気持ちを抑え、音信源である里に向かって横島は足を進めた。



逃げるという選択肢があった。自分の世界に帰るという選択肢もあった。けれど昨日別れを告げてきたナルトの顔が横島にはどうしても忘れられなかった。

(アイツはこうなる事がわかってたんじゃないか…?)

昨日と一転して戦場になっている里へ視線を投げる。何が原因でこうなったのかはわからないが、誰が見ても今の木ノ葉の里は危険地帯であった。そんな危険な場所であるにも拘らず、横島は里に足を踏み入れようとする。
(きっと里がこんなふうになるからわざと俺を逃がしたんだ…)

ナルトに連れて来られた森から離れ、どこか見知らぬ木立の合間を横島は彷徨っていた。だが彼の足は確実に里の方向へ向かっている。それは三代目火影の記憶を読んでいたためである。


横島の目がある一点を見据える。彼の視線の先には一般人には視えぬモノがうようよと群がっていた。
里に近づくにつれ、後から後から増えてきているそれらの声が聞こえてくる。

『俺はまだ闘える!』『くそッ、音め…。砂と組んでいたのか』『木ノ葉崩しはもう誰にも止められやしない』

頭にクナイを突き刺した者、腕がなく血塗れの者、下半身がない者。額宛の模様は違えど、何れも忍び装束を着ている。
(この短時間にどんだけ死んでんだ……忍者って恐ろし―な…っ)
横島の眼にしか視えていない忍者の霊達が喚いている。聞こえないふりをして彼は先を急いだ。



万が一の事を考え、文珠を五つばかり生成する。体内にストックし、その内の三つを取敢えずポケットの中に捻じ込んでいると、霊ではない生者の声が横島の耳に入った。

ビクリと肩を震わせた彼は、文珠に【隠】の字を入れる。すぐさま文珠を発動させ、横島は声のするほうを窺った。

「なんだ。まだガキじゃね―か…こんなのに全員捕まっちまうとは…!」
「これが噂に聞く木ノ葉の【影しばりの術】か…」
「あ―。言い方が古いぜ、それ」
男の声に紛れ、子どもの声がする。一瞬ナルトかと思ったがどうやら違うようだ。しかしどこかで聞いた事のある声だったので、身を潜めながらも横島は目を凝らした。


子どもが八人の男達に取り囲まれている。その子どもの顔を目にした横島は思わず声を出しそうになって慌てて口を押さえた。
堤防でナルトと一緒にいた、髪を頭の天辺で纏めている黒髪の子ども。彼が八人の忍者達と対峙している。

(えっとナルトが名前言ってたよ~な?…なんだっけ。動物の名前みたいな…。あ!そうそう。シカ…シカ三角やったな!)
うんうんと満足げに頷く横島の眼前では、殺伐とした空気が流れていた。

「時代は流れてんだよ…今は【影真似】って言うんだよ、オッサン!」
大の大人に囲まれているにも拘らず、子どもは物怖じせずにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。しかしその声にはどこか焦りの色が見えた。

なぜか八人の忍者達は動きを止めている。子どもの影が忍者達の影と繋がっているのを見て、横島は眉を顰めた。途端に三代目火影の記憶が彼の脳裏に蘇る。

自身の影を自在に操り相手の影と繋げる事で、自身と同じ動きを相手にさせる術。

ならば彼らは子どもに動きを止められているのだろう。しかし八人全員が余裕の表情である事に横島は不安を抱く。子どもが両手にクナイと手裏剣を構えた際も、彼らの余裕は崩れない。
手裏剣とクナイが八人の忍者目掛けて放たれる。人数分のソレらは確実に当たると横島は予測した。


しかし次の瞬間、クナイと手裏剣は何かに弾かれ、地に墜ちる。

「フフ…」
八人の忍者の一人が笑みを浮かべる中、子どもと横島は一斉に傍の木を見上げた。子どもには距離のあるその木から、誰かが潜んでいる気配が確かにする。

(まだ仲間がいんのか……不意打ちで倒せっかな~)
呑気な言葉を心中呟きながらも、横島は右手に霊力を込めた。[栄光の手]を伸ばして木の上に行こうという考えである。しかし伸縮自在に伸びるはずのソレはなぜか短いままだった。
(あれ…?え、ちょっと待て。なんで)


横島は未だ霊能力の基盤が煩悩だと思っている。ナルトの熱を下げる際に霊能力の基盤が〈煩悩〉から〈守護〉に変わった事に気づいていないのだ。そのため霊能力の出力が上がらず、注ぎ込む霊能力にて形を変える[栄光の手]を伸ばす事が出来ない。文珠は威力の大きさに差があるが、栄光の手は伸縮に落差が出てくるのだ。

焦燥感が募る横島の耳に、子どもの荒い息と大人の冷たい声が聞こえてくる。
「どうやら…限界のようだな…。この【影真似】とやらもすぐ解ける…覚悟しておけ!」
ゾクッと横島の背筋が寒くなった。マズイ状況であると遠目からでもよくわかる。


(…アイツは、ナルトの友達なんだ…)

右手に霊能力を注ぎ込みながら、横島は下唇を噛んだ。アカデミーではナルトに友達が出来なかったと火影の記憶が訴えている。表のナルトとしてだろうがそんな彼が一緒に歩いてた相手。今はまだ本当の意味での友達ではないかもしれない。けれど今現在生命の危機に陥っている彼が、いつかナルトを理解し支える存在になるかもしれないのだ。


「…お前の言う通り…どうやら限界だ…」
(おいおいおいっ!なに諦めてんだよ!)
諦念の込められた言葉と共に子どもの影がプツンと切れた。息を荒く繰り返しながら諦観の態度をとる子どもに、横島は内心激昂する。ススス…とゆっくり己の影から離れていく子どもの小さな影を、八人の忍者達は鼻で笑った。

「おい…そろそろ出て来い」
(ヤバイッ!伸びろ伸びろ伸びろっ)

ガサリと木の上で動く気配がして横島は真っ青になる。右手首を左手でぐっと掴んだ。
忍者は子どもにも情け容赦ないのだと、火影の記憶を持つ横島はよく知っている。このままでは子どもが死んでしまう。ナルトの友達が、目の前で殺される。


(……そんな事絶対、やらせるか)

瞳の奥で小さな蛍火がチカチカと瞬く。
ナルトにとって唯一の人間は三代目火影ただひとりだ。横島にとってのルシオラと同じ。



ルシオラに対する想いが恋愛だったのかは未だに横島はわからない。ただ本当に大切な人だったと断言できる。誰にも心のうちを明かさなかった横島が彼女にだけは本音をぶちまけた。ルシオラには本当の自分を見せても大丈夫のような気がした。あの時確かに彼女は横島にとって精神的支えとなってくれていたのだ。

だから自身に好意を素直に向けてくれたルシオラは依存する対象となった。横島の、心の拠り所だった。
道化として演技せねばならぬ舞台から引き摺り下ろしてくれた唯一の女性。
しかしながら、平和になったら彼女に心のうちを曝け出そうと勇気を持った刹那に、彼女は死んだ。


横島は知っている。人は大切なものの最期を迎えると、後に大切なものを失うことに憶病になる事を。
横島は解っている。人は大事なものの死に直面すると、更に大事なものを亡くすことに敏感になる事を。

だからナルトにとって、身を守るすべを身につけさせ、生きる場所をくれた、何があっても変わらずに対応してくれた唯一の人である三代目火影に。もし万が一の事が起こったら。
そしてその時、他に支えてくれる存在がいなかったら。





漠然とした不安に囚われ、横島は頭を振る。
(…――そうだ。ナルトを支えてくれる可能性の芽を摘んじゃいけない)

だから目の前の子どもを。助けなきゃ、救わなきゃ、守らなきゃ。

守るという言葉を小さく口にした途端に、右手が眩いばかりの光に覆われた。なぜという疑問は後回しにして、横島は竹のように伸びたソレを頭上に伸ばす。
篭の手のようになっている栄光の手は高所にある木の太い枝を掴んだ。伸縮自在である故にソレを縮めると、横島の体も一気に上昇する。


そのまま彼は木の上に潜んでいる男の後頭部をガンッと蹴った。






「ついでにコイツの首をハネてやれ」
死の宣告を受けた子どもは、背後にザッと降りてくる存在に身構える。
しかしその存在は降りてきたのではなく、落ちてきた。

「!!な、お前どうした!?」
八人の忍者達が落ちてきた仲間に向かって戸惑いの言葉を掛ける。その時、仲間が落ちてきた木の上でガサリと葉音がした。呆気にとられている子どもも八人の忍者達も、その音がしたほうへ一斉に振り向く。


射抜くような視線を浴びながら、横島は[栄光の手]と文珠の効果をそっと打ち消した。まだ文珠の【隠】の効果が後で使えるのを確認して、それをポケットにつっこむ。
ポケット内を確認した横島は、おもむろに片手を顔に当てた。


震える全身。どくどくと高鳴る鼓動。
すうっと深呼吸して手を額から顎に掛けてゆっくり下ろす。
(コレが…最後だ…)
手が下へ下がるにつれ、横島の眼光が強くなっていく。それと同時に深い翳りが瞳の奥に過った。
(コレが最後……―――だから)

全身の震えが止まる。
手が顔全体を撫で終わるその頃には、彼の心臓は通常の音を奏でていた。



「これが俺の……横島忠夫―――最後の舞台だ」


一度は傾壊した至大至剛な仮面を、再びつける。
先ほどと違い明るく快活な表情を浮かべ、[横島]はニィッと笑った。
 
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