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同士との邂逅

作者:日月
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十五 断崖絶壁


「顔色悪いけど大丈夫ッスか?」
「私は元々こんな顔ですよ、ゴホ……」

咳き込むハヤテに、大丈夫そうにみえないと横島は呆れ顔で呟いた。常日頃ゴホゴホと咳き込み顔色も悪いハヤテにしては良い体調なのだが、横島が普段の彼の顔色など知る由もない。

「…まぁ、とにかく飯でも食べます?」
「はぁ、いただきます…」
昨晩作った鍋の残りで手早く雑炊を作り、お椀に寄せる横島をハヤテはぼうっと眺めていた。

「ゴホッ、ご迷惑かけます」
「気にしないでくれって!俺はあんたの看病任されてるんだから」
にかっと人好きのする顔で笑う横島から受け取った雑炊をハヤテはじっと見つめる。立ち上る湯気が彼の食欲を刺激した。

「?食わないんスか?」
「貴方は……総隊長とどのようなご関係なのですか?」
「へ……?」
横たわりながらもハヤテは横島を観察していた。自分の身の周りの世話を焼く彼の動向を。


里で見掛けない顔でありながら暗部総隊長月代と対等に話す、この目の前の青年が何者なのかハヤテは知りたかった。加えて昨晩彼らの会話する姿が、月下での音と砂の密会と重なって見え、思わず眉根を寄せる。


横島のほうを窺い見ると、彼は困惑顔で佇んでいた。なんと答えたらいいかわからない、そんな表情をしている。
「―――月代様が信頼している以上、私がとやかく言う資格はありませんね。ゴホッ…失礼しました」
閉口したままの横島にハヤテは弁解するように言って、雑炊を口に運んだ。

横島の事を必ずしも信用したわけではないが、月代の説明から死んだ事になっている己は今やこの屋敷でお世話になるしかない。

「これからよろしくお願いしますね―――私の事はハヤテとお呼びください」
「え?ああ……横島忠夫ッス」
誤魔化すようにへらりとした笑みを浮かべた横島は、鍋から自分の分をよそうとぼおっとしながら雑炊を口に含んだ。


森の中、ぽつんと建っている大きな屋敷から葉風に乗って芳しい匂いが漂っていた。












屋敷はアパートと違い多くの部屋、それに広い風呂がある。ほとんどに何かしらの封がしてあるが、書棚に並ぶ本や巻物を横島は勝手に物色していた。

ちんぷんかんぷんの難しい本に紛れていたアカデミーの子供向けを見つけ、ハヤテに内容を聞いてみる。彼は最初渋っていたが、チャクラの意味も知らない横島を一般人と判断したのか、暇つぶしに教えてくれるようになった。横島としては木から木へ飛び移る際ナルトに抱えられる羞恥心をどうにかしようと思っての行動だったのだが。

最近では軽口を言い合う仲になった。偶々屋敷の傍で咲いている夕顔をハヤテが見つめていたのが切っ掛けとなり、恋人の話になった事もある。一瞬苦い表情を浮かべた横島だが、すぐさまハヤテをからかった。夕顔という名の彼女がいると白状したハヤテに思い切り嫉妬したのは余談だ。

ハヤテは忍者の基本を懇切丁寧に横島に教える反面、月代についてさりげなく問い掛ける。その質疑をのらりくらりとかわしながら、彼の面倒を診るのが横島の日課だった。



(ナルトもこんな立派な屋敷があるんならこっちで寝泊まりすりゃいいのに…)

品の良いカップに茶を注ぎ入れていた横島はふと思う。ハヤテを匿ってからというものの、ナルトは暗部の仕事で忙しいらしい。そのため彼と顔を合わせる機会が以前より少なくなった。
見兼ねた横島が「飯の時くらい帰って来い!」と言ったので食事時には屋敷に帰ってくるが、それ以外はアパートで過ごしているのだ。里人の眼を欺くためだと本人は言っていたが本来屋敷の持ち主はナルトであるので、横島はどうしても気がひける。
カップから立ち上る湯気をぼんやりと眺めながら、彼はナルトが横島を警戒していた時の事を思い浮かべた。


横島の記憶を読む以前、ナルトはアパートに一度も帰らなかった。屋敷で過ごしたのかと聞くと思いもよらぬ答えが返ってきて驚愕したのは記憶に新しい。
木の上で野宿したというのだ。実際は横島を監視するためアパート近くにいたのだが、屋外で夜をあかしたのに違いは無い。
それでも今では、横島の料理のために屋敷へ戻ってくる。アパートに置いてあった食料品は全て屋敷に持ち込んだため、食事は屋敷でとる事になっているからだ。

ハヤテがいるので月代の姿だが、これは大きな一歩である。




(そんなに日は経ってないけど、長い事警戒されてた気がするなあ…ようやく歩み寄ったって感じか?)
気位の高い手負いの獣が少しだけ近寄ったような。そんな印象を思い描き、横島はふっと口許を綻ばせた。











滝がしぶきをあげ勢いよく流れ落ちる。激しさを含む水しぶきは空に小さな虹をつくり上げた。

「へぇ…こんなとこに滝なんてあんのか…」
ほうと感嘆の声を上げながら、横島は急崖から滝を見下ろした。


屋敷を囲む森を探検していた彼は奔流の音に導かれてこの場所に来ていた。
実の所、迷子である。


買い物以外に外へ出る事をナルトに禁じられている横島は、鬱然とした気分を持て余していた。ずっと屋敷の中にいるのも飽きてしまい、看病しているハヤテも今は熟睡しているため彼は暇だった。
そこで屋敷を囲む森の中ならいいだろうと安易に考え、散歩という名の探検に赴いたわけなのだが、迷ってしまったのである。

狼――破璃はハヤテを見張っているので期待できない。そもそも屋敷から出る事自体、破璃に引き止められたのだ。口で服をグイグイと引っ張る破璃に「ちょっと散歩するだけ」と言って説得した。横島の言葉が解ったかどうかわからないが、しぶしぶ口を放した破璃に、「すぐ帰るって」と自信満々に出て来た矢先に迷った。


しかしながら横島が迷うのは必然である。ナルトの手によって侵入者防止の結界が張られているこの森は外部からの侵入は不可能だが内部から出るのは容易い。屋敷から暗部任務へ赴く際楽なように、ナルトが手配したのだ。けれど多方面へ任務するナルトにとって都合の良い森はえらく複雑な造りとなっている。そのため、森のどの部分をどう抜ければ近道かを理解しているナルト以外は必ず迷ってしまう。何れは木ノ葉の里に通じる道に辿り着けるだろうが、どこに抜けるかは到底判断できないのである。


ようやく河川を見つけた横島は、その水路に沿って歩いていた。そして叩きつけるような激しい水音を耳にして、この滝に辿り着いたのだ。



(迷子とか…恥ずかしいにも程があるだろ)
はぁと溜息をついていた横島の耳に、女性のはしゃぐ声が入ってきた。見ると、滝の傍で女性三人が水着姿で水浴びをしている。
(馬鹿だな、俺。もう女好きのふりしなくていいのに)
演技の癖でつい覗きに最適な場所を探す自身に苦笑する。それでもつい滝を囲む茂みに視線を向けると、そこには既に先客がいた。

大柄な男が茂みに潜んでいる。じっと水浴びで遊ぶ女性達を見つめている事からして覗きらしい。昔の自分を彷彿させるようなその人物の動向を横島は思わず眺めていた。
そして彼の背後にいる子どもの姿を視界に映した瞬間、あっと声を上げる。

大柄な男の後ろでなにやらやっている子どもは、ナルトだった。




呼び掛けたいのをぐっと堪え、横島は崖からナルトと大柄な男を見下ろす。オレンジの派手な服装から察するに演技中なのだろう。現に大柄な男に向かって地団太を踏む様は年相応の子どもにしか見えない。
崖の上から見下ろしているにも拘らず、横島はじっと息を潜めていた。何を話しているのかさっぱりわからない。
下に降りるか、と横島が崖から降りる道を探そうとしたその時、大柄な男がナルトの腹を殴った。

(なっ!?なにやってんだ、あのおっさん!!??)

もしかしてナルトを忌み嫌っている里人かと推測した横島は、大柄な男の一挙一動を睨みつけるようにして見つめる。気絶したらしいナルトを担ぎあげた男がずんずんとどこかへ行くのを眼で追いながら、横島は駆け出した。




大柄な男はナルトを肩に担ぎあげたまま、なぜかどんどん険しい道を歩いて行く。木立が生い茂る森の奥へ進む男の背中を睨みつけながら、横島はこそこそと彼の後をつけていた。
森を抜けると急に視界が開けたので思わずパチパチと瞬きをする。男に気づかれないよう茂みに隠れた横島は目前の光景に驚愕した。

男の前方には地面がぽっかりない。切り立った崖が眼前に広がっていた。崖の岩肌にはゴツゴツとした槍の如き岩が聳え立ち、底はまるで冥界の入り口のような深淵が広がっている。


そんな危険極まりない処にナルトを横たわらせた大柄な男は、彼の眼が覚めた瞬間。


「死んでこい」


ナルトを崖に突き落とした。


 
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