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恋は無敵

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第八章

「ですから許して下さい」
「あの人をひっぱたいたんだ」
 このことにお驚きを隠せない渉だった。
「それはまた凄いね」
「だって。理不尽ですから」
 だからだというのだ。
「そんな、お湯の中にある熱くなった鉄の棒を取れなんて」
「いや、まあそれはね」
「酷いにも程があります」
 麻美子は怒った顔を見せていた。
「そんなことをするなんて。これまで私に言い寄って来た人達も」
「あれを突き付けられていたんだな」
「それで逃げたりおかしなことを言えば」
 男でなくなっていたというのだ、この世で最も恐ろしい痛みと共に。
「それか一撃でお屋敷から吹き飛ばされるか」
「それも凄いな」
「大抵はそれだったらしいです」
 流石に宦官製造は相当な不埒者に対してだけ行っていたらしい。
「けれどそれでも」
「凄い話だよな」
「はい、そんな酷いことを強いるなんてあんまりです」
 麻美子はその優しい顔立ちに怒ったものを見せて言う。
「だからです」
「ひっぱたいたんだ、あの人を」
「そうしました、けれど大島君はあえて挑まれたんですね」
「迷ったけれどさ」
 それでもそうしたことは事実だった。
「したよ。後で聞けばしない方法もあったんだけれど」
「凄いですね、けれどそこまでされたのは」
「やっぱりさ。乃木坂が好きだからだよ」
 渉は笑顔になって麻美子に答えた。
「それで俺もさ」
「そうされたんですね」
「ああ、そうだよ」
 好きだからこそ、それでだというのだ。
「何かここで逃げたらいけないって思ってさ」
「逃げない、ですね」
「ああ、逃げなかったよ」
 笑顔で麻美子に話す。
「そうしたよ」
「じゃあ私も逃げないです」 
 麻美子は渉のその心を見て笑顔で応えた。
「そうします」
「逃げないっていうと」
「はい、これから二人でいます」
 澄んだ、淀みのない笑顔だった。
「そうしていいですね」
「俺なんかでいいのかな」
 渉は麻美子のその心を見て彼女に問うた。
「俺みたいなので」
「私もそう言いたいです、どうして私なんかの為に」
 渉の顔、そして彼のその右手も見ての言葉だった。
「そこまで」
「だから好きだからだよ」
「私もです。大島君のことが本当に好きになりましたから」
 だからだというのだ。その笑みでの言葉だ。
「そうしたいです」
「そうなんだ。じゃあこれから二人で」
「宜しくお願いします」
 二人で澄んだ笑みを浮かべ合っての言葉だった、そしてその中でこうも言う渉だった。
「けれど凄いよ、あのお兄さんをひっぱたくなんてさ」
「本当に怒りましたので」
 だからだというのだ。
「それで生まれてはじめて人をひっぱたきました」
「そうしたのだ」
「そうです、だからです」
「強いね、それって」
「強いですか?向こうを見ないでしたんですけれど」
「向こうを見ないで」
「何かそうすることも時には必要でしょうか」
 向こうを見ずに前を出る、それもだというのだ。
「恋路には」
「だから俺も沸騰する茶釜に手を入れて鉄の棒を握ったのかな」
「そうかも知れませんね」
 今度は微笑んで渉に言う、そしてだった。
 渉の左手、空いているその手を自分の両手で上下から包み込んでこの言葉を出した。
「暫くは私が大島君の右手になりますね」
「左手も護ってくれて」
「そうさせてもらいます」
 自分に見せてくれた彼にそうするとも言うのだった、渉はその左手に麻美子の暖かさと優しさを感じて自分の決断が間違っていなかったことを嬉しく思っていた。その手の温もりを感じて。


恋は無敵   完


                              2012・12・23 
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