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同士との邂逅

作者:日月
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七 念い(おもい)

横島が目を覚ました頃には、寝床たるベッドはもぬけの殻だった。



(はぁっ!!??)
驚愕して跳ね起きると同時に、子どもに掛けたはずの毛布がぱらりと落ちる。
(…ッ、あの馬鹿っ!!)
寝癖で髪が跳ねているのに拘らず、横島は子どもを捜そうとし、そのまま何かに引っ掛かりつんのめった。
しこたま頭を打ちながら足をとられた何かを見て、一瞬呆気にとられ。
直後に横島は血の気が引いた。


どこかに行こうとしていたのか、子どもは数歩進んだところで力尽きて倒れたらしい。
うつ伏せになって倒れている金髪を慌てて揺さぶる。
すると横島の頬にむっとするほどの熱気が触れた。荒い息を繰り返す子どもの額にそっと手を置く。

「…つか、熱すげえ高い…」
昨日殴られたであろう瞼の腫れはとうにひいているが、その顔は熱に浮かされ歪んでいる。
ストックしていた文珠は使い切ってしまった。【癒】と【治】の文珠を使ったはずなのに、と疑問が横島の頭に浮かぶ。



実は、これまでずっと九尾の治癒能力で生き永らえてきた子どもに文珠を与えたのが高熱の原因である。
内部から治していた体に、外部から何らかの未知の力が加わる。すると【治癒】という同じ力であるが故に互いが競うように快癒へ導こうとし、逆に荒療治となるのだ。
つまり一人の人間に二人の医者がそれぞれ別のやり方で治療し、患者にいらぬ負担が掛かってしまうのと同じ原理。
一つで十分治る文珠は、元々高い治癒能力の持ち主の体内で反発し、スパークを熾す。その火花が今回の熱に繋がってしまったのだ。
最も、慣れればそのような事は起こらないのだが。
しかしそうとは露知らず、対象が目に見える傷だったから熱にまで手が回らなかったのだと横島は結論付ける。


その時、零れ落ちる熱気に抗いながら、朦朧状態の子どもが掠れた声を出した。
「…兄ちゃん、が誰…か知らないけ、ど…俺のことは……ほっと、いて…ってば…」
面をつけていない子どもは道化の皮を頑なに被り、息も絶え絶えに言う。
道化に騙されているふりをしつつ、横島は困ったように目尻を下げた。
「とにかく、病院に……」

世界は違えど、やはり医者という者は欠かせない。三代目火影の記憶で見た病院の姿がふっと横島の脳裏に浮かぶ。
病院までの地図を頭に思い描きながら、横島は預かっている蛙の財布を手に取った。次いで子どもを背負い上げようとしたが。


「いやだッッ!!」

横島の手を跳ねのけ、子どもは叫んだ。辛く荒い熱が喉を塞ぎ、興奮のために咽ながらも激しい拒絶を口にする。
「病院は、嫌い…なん、だってば…ッ!……放って…おけば…治る、から……ッ…」
そう拒絶を主張すると、操り人形の糸が切れるように、ぷつりと子どもは意識を失った。








今まで見た中でも激しい拒絶だった。

けれど横島はその激しさの中にどこか脅えが雑じっているように思えた。この子どもが何の意味もなく拒絶するはずはないと、直感が訴える。
あれだけ虐げられてきた子が、たかだか病院へ行く事に駄々をこねるだろうか。
(里の大人達があんな様子じゃ……医者も同じってことか…)

そういえば火影の記憶には子どもが病気になった描写が一切無かった。おそらく病気になったとしても自分の治癒能力で治るまでヒタ隠しにしていたのであろう。
使用人達の悪行も火影に黙っていたようだし、昨日の暴行も横島が見つけ出さなければ今頃何事も無かったように振舞っていたかもしれない。
(病院につれて行きたいけど……――でも、)

子どもの言い分を考えると、病院みたいな公共の場には行かないほうがいいのかもしれない。
ただでさえ横島は里の部外者であり、見知らぬ人間が子どもと一緒にいれば怪しまれる可能性が高い。普通の子どもならともかく、この子なら猶更だ。

(それでも……――何もしないってのは嫌なんだよっ)
とにかく自分が出来る事をしようと、横島はベッドに子どもを寝かせたままアパートを飛び出した。







火影の記憶を頼りに薬局へ飛び込んでありったけの薬を買い込む。ついでに何か消化に良さそうな食材も。
すぐさまアパートに戻った横島は、ベッドに横たわる子どもの姿を確認し、ほっとした。
もしかしたらまた無理をしているかもと急いで帰ったのだが、その心配は杞憂だったようだ。それでも子どもから眼を放さず、彼はベッドの脇に腰を下ろす。

次いで、横島は再び文珠の生成にかかった。既にストックしていた分は無くなっている。子どもの熱を下げるために、新たに文珠を生成しようと思った。
少しでも子どもの負担を淘汰したかった。
しかし。


「…なんで…ッ…出来ないんだよっ!」
気持ちばかり焦る彼の手には、霊気の霞さえ出なかった。




霊能力を使うのに必需条件は、集中力。しかし霊力が全くない状態の頃の横島は、「煩悩集中――――ッ」とふざけた掛け声で数々の窮地を乗り越えて来た。
これは、自身が最も集中しやすい――欲望を霊能力向上の糧にしているためだと思われる。
そもそも霊能力の源は精神。人間誰しも持つその力を使うのに最も簡単な方法が、感情を入れて引き出すこと。
通常の霊能力者ならばいつでも臨機応変に力を使えるようにしているはずだが、横島の場合大抵が死にそうな状況に突如巻き込まれてしまい、いつも実戦でどうにかしなければならなかった。
この場合、霊能力を高めるために、人間に必ずある煩悩を利用することは正しい反応であるはずだ。…上司である美神令子にはしょっちゅう折檻されていたが。
雇用者として一人の人間を保障する義務を持つはずの美神令子は、彼に霊能としての知識を何一つ教えなかった。
横島はそのまま流されるままに、こういった基礎の基礎を知らず闘ってきたのである。




「くそ、なんでだよ…なんで」

煩悩に頼らずに霊能力を上昇しようとすることは、基盤となる集中力の元がない。この里に来てからも横島は煩悩にて霊力を上げ、それに応じて文珠を生成していた。
しかし、こんな状況で横島も色欲に走るほど馬鹿ではない。今の横島は、ただ子どもを助けたかった。
悲惨な人生を送ってきた幼い彼に、そして道化という仮面を頑なに被る彼に、どこか親近感が湧いたのかもしれない。

「………………頼むッ」

ようやく手からほんのりと霊気が漂い、集束されていった。徐々に玉の形と化すその小さいモノに、横島は希望を託しながらも急かす。
(早く早く早く………ッ)
黄昏時の太陽のような子どもの金の髪が、彼の物哀しい過去を煽る。ふっ、と一度たりとも忘れたことのない蛍の儚い光が、横島の瞳の奥で一瞬瞬いた。



―――――――昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見られないから余計に美しい――――――




(……俺はもう失いたくない…ただ、)
――――守りたいだけなんだ…
そう一心に願った横島の拳から、眩いばかりの霊力が漏れ出した。湧き水のように力が溢れ、霊能力の集束力が急速する。



………―――――――〈煩悩〉から〈守護〉へ、霊能力の集中力たる基盤が移った瞬間であった。













熱は引いた。横島が必死で生成した文珠の効果である。

二度目になると上手く子どもの体に馴染んだらしく、文珠の力は元からの治癒能力に符節を合わせきちんと順応した。
それでもすぐに快癒することはない。そもそも今回の高熱は文珠が原因であるので、昨日使った文珠の影響が体に未だ残っているのだ。
関連し合う二つの力の間に生じるずれが、全癒までの時を必要とする。

その間に横島が出来ることと言えば、子どもの体を労り介抱…もとい看病。
生まれてこのかた、看病なんてしたことが無かった。横島自身体は丈夫なほうだし、一人暮らしだったから病気になっても寝るか文珠で治していた。
だって、病院に行くお金すらない。


(………………いかに文珠に頼っていたかわかるな……)
はかどらない看病。自分の手際の悪さに横島は苦笑する。それでも彼は子どもの傍から離れなかった。
濡れタオルを片手に、汗で額にへばり付く子どもの前髪へ手を伸ばす。


その時、いっそ空を切りとって閉じ込めたような蒼い瞳と、ぱちり目が合った。




「…えっ、と…だ、大丈夫か?」
行き場のない手は虚空で犬掻きした後結局引っ込め、子どもに気遣いの言葉を投げかける。
しかし横島の声が聞こえていないのか、子どもはぼうっと天井を見やる。のちに横島の姿をようやく認めると、彼ははっと息を呑んだ。

「…も、もしかして…兄ちゃん…病院、行った……?」
「…――いや…行かなかったよ」
病院で嫌な気分にさせたんじゃないかをまず気にした子どもは、横島の言葉を聞いてほっと息をつく。そして、そのまま太陽のような笑顔を見せた。
しかし、目覚めてすぐに道化を被る子どもの笑顔が、横島には胡散臭く思える。
だからつい、口にした。

「……道化、被るなよ……」





突如、ひんやりとした金属が横島の眼前に突き付けられた。

 
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