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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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長い会議と短い戦闘

 統合作戦本部に勤務するヤン・ウェンリー中佐の一日は、眠気覚ましの一杯の紅茶によって始まる。
 慌しく近くのコンビニで買ったサンドイッチを食べ、軍服を着て無人タクシーにて出勤。
 独り身なのに金を使う余裕も暇も無い彼にとって、もう少し早起きすればと思う事もあるが、趣味的な膨大な資料に目を通していたら寝る時間を忘れたのだから仕方ない。
 無人タクシーの立体TVでニュースをチェック。
 数ヶ月前に亡命したヘルクスハイマー伯の亡命騒動にて、帝国内で深刻な打撃を受けているという専門家のインタビューにヤンは苦笑する。
 それを統合作戦本部にて結論づけたのがヤンだったからだ。
 街を見ると、インフラ工事の為の工事作業や、その工事の為に交通整理を行う警備車両の姿が目立つ。
 20年にもわたる休戦状態が生み出した平和の配当であると同時に、友愛党政権による和平推進の無策ぶりがなかったらもっとこの平和が続いたのにと思わずにはいられなかった。

「おはようございます」
「おはよう。ヤン。
 相変わらずの資料読みか?」
「歴史や戦史の資料を自由に閲覧できるのですから、天職だと思っていますよ。先輩」

 ヤンの今の上司であるキャゼルヌ大佐の副官として、シンクレア・セレブレッゼ大将の後方勤務本部に勤めていた。
 で、何をしているのかと言えば国防委員会向けの資料作成役であり、統合作戦本部内の会議において後方勤務本部の立場を代表して参加したりもするというまあ雑用係であった。
 とはいえ、上司が有能すぎてその割り振られた仕事をこなすだけで大体片付いてしまうので、あまった時間は統合作戦本部付を利用して戦史などの資料収集を堪能しているのだが。

「で、だ。
 昨日送られてきた資料だが、修正点があるんで修正しておいてくれ。
 まだまだ、削れる余地があるという事だ」

「相変わらず厳しいですね。先輩
 これ以上削ると、作戦課から文句が出かねませんよ」

 何の話かというと、ヘルクスハイマー伯の亡命騒動から始まる帝国内の政治的打撃を糊塗する為に帝国が大規模軍事行動を起こす可能性が高いため、その迎撃作戦に伴う物資の算出と供給をまとめたものだった。
 軍事は何も生まない消費行為とは使い古された言葉ではあるが、それゆえに経済行為からすると毒にも薬にもなるあたり人間の業というのは深い。
 未開発の辺境領土を売り払う形で財政健全化に成功したとはいえ、自由惑星同盟政府における軍事予算は巨額なものにのぼる。
 それによる各委員会との予算の暗闘は常に存在しているのだった。  

「何か問題があるのか?ヤン」

 キャゼルヌの言葉にヤンは資料の修正点を出して、その受注企業の名前を指摘した。
 物資輸送における入札に勝ったのはフェザーンに本社を置く民間軍事会社だった。

「フェザーン方面が少しきな臭いんですよ。
 漁夫の利を狙う彼らからすれば、これ以上の帝国の消耗は避けたい所。
 帝国の出兵が不回避ならば、こちらを負けさせるしか手は無いんですよ。
 で、私が自治領主ならば、この物資輸送を邪魔して十二分に戦わせないようにしますね」

「なるほど。
 それで、お前の案には艦隊随伴で輸送船をつけていた訳か」

 ヤンの案には艦隊に輸送船を随伴させており、最悪物資が届かない時の為に最寄の基地から供給できる体制を用意していた。
 一方、フェザーンの民間軍事会社が物資輸送を保障する形で受注していた事も合ってキャゼルヌはこれを削れと言ってきたのである。
 ヤンの説明に理解を示しながら、キャゼルヌはヤンに質問する。

「それを何か説明できるものはあるか?
 あるならば、俺も上に説明ができるんだが」

 キャゼルヌの言葉にヤンはヘルクスハイマー伯の亡命時における海賊の交戦記録を提示する。

「艦隊母艦の護衛が間に合ったから良かったものの、この海賊の規模と交戦数は異常ですよ。
 おそらく、情報をフェザーンが漏らしていたか、帝国艦船を海賊として黙認していたか。
 ちなみに、こちらがこの航路における過去数年間の海賊の記録です」

 過去数年の記録では年間数回かつ単艦での海賊行為が主体だったのに、ヘルクスハイマー伯の亡命時の海賊は巡航戦艦を含む百隻近くの船が集まっていた。
 艦隊母艦とそこから出撃した護衛巡航艦、護衛駆逐艦がなければヘルクスハイマー伯は星海の藻屑になっていた可能性が高く、外務委員会でも問題視されて在フェザーン高等弁務官がフェザーン政府に正式に抗議していた。
 
「ここからは馬鹿げた話になりますが、今の自治領主であるルビンスキー氏が提唱していた『フェザーン一星に帰れ』というやつを本気で考えた場合、我々が売り払った旧同盟辺境が問題になってきます。
 帝国がここを領有できる訳も無く、同盟にしか帰属できませんからね。
 そうなると国力比のバランスが同盟に著しく傾いてしまう。
 だからこそ、フェザーンはしばらく同盟の足を引っ張るのではないかと」

 なお、ルビンスキー自治領主は自治領主就任後からフェザーン回帰については一言も触れていない。
 それを領主就任前までの政治的プロパガンダとして帝国・同盟両政府とも認識していたが、ヤンはなんとなくその点が引っかかったのだ。
 彼の任務に絡んだアレクセイ・ワレンコフ氏の存在もあったのかも知れないが。
 キャゼルヌはヤンの言葉を無視しなかった。

「艦隊随伴の輸送船についてはお前の案で行こう。
 だが、お前の話が本当ならば、作戦レベルでもフェザーンが何かしてくる可能性が高いという訳だろう。
 次の作戦会議の時にその点をよそと話をしておいてくれ」

「え?
 私ですか?」

 意外そうな顔をしたヤンにキャゼルヌは人の悪そうな笑みを浮かべた。
 この笑みが浮かんだ時、ヤンが抗弁できないのは士官学校時代から知っていたのである。

「世の中には、言いだしっぺの法則というのがあってだな……」





 統合作戦本部地下の会議室に集まったのは、国防委員会から国防委員数人と統合作戦本部から作戦課と情報課の数人、そして後方勤務本部から出席していたヤン。
 この会議はあくまで事前協議だからこそ、本音の暴露大会と予算獲得の醜い暗闘の場になるのはある種必然といえよう。

「ヘルクスハイマー伯の亡命によって、ブラウンシュヴァイク公爵の娘エリザベートの遺伝病とその遺伝子治療のデータが入手でき、同盟はこれを公表しました。
 その結果、ブラウンシュヴァイク公爵だけでなく、エリザベートとは母親が姉妹であるリッテンハイム侯爵も巻き込んで大規模な政治的スキャンダルに発展しているのを確認しております。
 現在、帝国は『叛徒どもの虚偽情報だ』という公式発表を行いましたが、帝国の皇太子はいるのですが、その座を奪おうと有力者であったブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の醜聞によって水面下で激しい暗闘が勃発している模様です。
 で、この醜聞を糊塗するために帝国は大規模出兵を企む可能性があり、今回の会議はこの帝国の大規模出兵に対する迎撃計画を策定する目的の為に集まっています。
 情報部では、貴族の私兵も参加する形で最大兵力は三個艦隊の45000を想定しております」

 会議冒頭に状況説明をした情報化から出席した緑髪の大佐の発言をきっかけに活発な議論が進められる。
 彼女の発言に食いついたのが、作戦課から出席した期待の俊英アンドリュー・フォーク中佐だった。

「情報局にお聞きしたい。
 近年の帝国の出兵規模は減少しており、その想定艦艇は二個艦隊30000隻になっていたはず。
 それを改める理由をお聞かせ願いたい」

 フォーク中佐の発言に緑髪の大佐が即座にデータをモニターに映す。
 そこに映されていたのは、帝国軍が保有する艦隊母艦の姿だった。

「超ジャガーノート級艦隊母艦フライア型。
 我々のアルテミス型艦隊母艦に対抗する為に作られた全長10000メートルを超える船ですが、現在、帝国軍総旗艦フライアの存在が確認されています。
 これに、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が資財を投じて御座船としてそれぞれウルズ、ヴェルザンディを建造しました。
 ノルニル型の区別はしていますが、設計はフライア型の流用で門閥貴族の権勢ここに極まれりですね。
 これが出てくる可能性があります」

 帝国の財政危機は近年聞こえていたが、それは大貴族の衰退を意味するものではない。
 むしろ、帝国の中央統制が緩んだ結果、大貴族の権力が伸張する結果になっていた。
 ましてや、今回のスキャンダルが出るまでブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の二人は次期皇帝をめぐって争っていた仲である。
 敵の失墜は喜んでも自らも失墜する羽目に陥った叛徒を許す気は毛頭ないだろう。

「このノルニル型をはじめ、帝国軍主力艦隊母艦であるアウドムラ型が出てくるとかなりの後方整備拠点となる事が想定されます。
 その為、今回の迎撃計画において最大戦力を三個艦隊の45000に想定しました」

 このあたりまでの流れは、会議参加者、特に国防委員に対して行われていると言っても過言ではない。
 文民統制は大事だが、軍事すら専門化してゆく昨今、素人で軍を扱える訳も無く。
 友愛党政権時代に出席した国防委員の、

「私に腹案がある」
「私は軍事には詳しいんだ」

の妄言の数々に翻弄された制服組からすれば、この会議は彼ら国防委員の勉強会にもなっていたりする。
 民主主義を運営するにはこのように見えないコストもかなり払わなければならないという訳だ。

「作戦部より、今回の迎撃作戦を説明します。
 情報部よりの想定によって作戦部では、三個艦隊の45000を想定して作戦計画を立てることにしました。
 イゼルローン方面軍に個々の戦術レベルは任せるとして、有事想定に伴いバーラト方面軍より二個艦隊、フェザーン方面軍より一個艦隊の計三個艦隊の増援を派遣する事を決定しており、既にバーラト方面軍の二個艦隊は訓練目的でイゼルローン方面に出撃。
 敵の出現に伴いイゼルローン方面軍に編入される事になっております」

 初動で50000隻を用意しているあたり、作戦部もフライア型が出てくる事を警戒しているらしい。
 全てが軍艦によって作られている帝国軍にとって、艦隊母艦の存在は後方にて指揮通信だけでなく整備・補給拠点としてのウェイトが大きい。
 それゆえ、馬鹿でかい艦隊母艦=移動拠点として同盟では警戒しているのだった。
 フォーク中佐の発言が続く。

「近年の帝国軍軍事作戦の失敗は、惑星カプチェランカの放棄をはじめ顕在化しており、それを糊塗する為にも帝国軍は大規模侵攻をせざるを得ないと考えております。
 その為、想定戦闘地域はアルレスハイム星域からヴァンフリート星域を想定しております」

「えらく広大だな」

 国防委員の一人が口を挟むとフォーク中佐は不機嫌な顔を隠そうとせずに説明を続けた。

「作戦部からは以上です。
 これらの移動、補給等の後方活動においては、後方勤務本部のヤン中佐に説明願いたいと思います」

 フォーク中佐は不機嫌な顔を隠そうとせずにヤンまで睨む。
 730年マフィアのお気に入りとして順調に出世街道を歩んでいるように見えるのだろう。きっと。
 ヤン自身これっぽっちもそれをうれしく思っていないのだが。

「後方勤務本部より、今回の作戦における移動、補給等の後方活動において……」



 会議終了後、散会するフォーク中佐をヤンは呼びとめる。
 呼ばれるとは思っていなかったのか、フォークの顔は以外な面持ちを映していたが、呼んだのがヤンとわかってもとの不機嫌な顔に戻る。

「何の用かな?
 ヤン中佐」

「フォーク中佐。
 作戦部にお尋ねしたいのですが、フェザーン方面軍の海賊の活動について作戦課では何か話が出ていませんか?」

「知らないな。
 所用があるので失礼させてもらう」

 取り付くしまもなく、フォーク中佐は会議室を出て行き、ヤンは頭を掻いて苦笑するしかできない。
 そんなヤンに声をかけたのは、情報部の大佐だった。

「見事に嫌われましたね。ヤン中佐。
 心当たりは?」

「あるにはあるのですが、こればかりはどうにも。
 ところで大佐にもお話があるのですが、よろしいですか?」

「話せる事でしたら」

 ヤンはフォーク中佐に話し損ねたフェザーン方面軍の海賊の活動について大佐に話す。
 大佐は少し考え込んで、ヤンに対して口を開いた。

「ヘルクスハイマー伯の亡命時の護衛は私の姉が出ていたのだけど、あの数の海賊は異常だとは言っていたわね。
 こっちが、この航路における過去数年間の海賊の記録ね。
 情報部のデータとも照合させてもらうわ。
 フェザーンの動きが怪しいか。
 漁夫の利を狙うならば、確かに同盟に痛い目にあってもらわないとまずいでしょうね」

 情報部はどうもフェザーンに対しての警戒意識を持っているらしい。
 それに安心したヤンは後方勤務本部が警戒して自前の輸送船をつけた事を説明して注意を促したのだった。




 宇宙暦794年/帝国暦485年に行われたアルレスハイム星域の会戦は、帝国軍約40000に対して同盟軍53000がぶつかる近年まれに見る大会戦となったが、帝国軍の指揮の混乱から10000隻近くを撃破する大勝利となる。
 だが、個々の戦闘、特に単艦や隊レベルの戦闘においては同盟軍が劣勢に陥る戦闘も多く5000隻近い損害を出しており、帝国軍の艦長および隊司令クラスが第2次ティアマト会戦から始まった実力主義でのし上がった連中になった事を印象付ける戦いでもあった。
 この会戦において参加したリッテンハイム侯は後方から指揮を混乱させ、大敗の責任を取らされて失脚したが、ブラウンシュヴァイク公爵とて万全ではなく宮廷内の暗闘は更に白熱してゆく事になる。
 また、ヤンが懸念したフェザーンの嫌がらせだが、民間軍事会社がフェザーンを出港する際に書類不備のトラブルと海賊警戒の為の臨検によって時間を取られて戦場に間に合わないというトラブルを引き起こす。
 ヤンが懸念して、自前の輸送船を用意した為に大事にはならなかったが、追撃の打ち切り時に補給の心配があげられ、予定通りに民間軍事会社の輸送船団が来ていたならば、帝国軍の損害はあと5000隻は増えていただろう。
 同盟政府はフェザーン政府に対して厳重抗議をした結果、違約金の増額と同盟公共事業へのODA追加という補償を得て決着する事になった。 
 

 
後書き
感想にて指摘された部分を確認して削除と少し修正。 
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