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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十八 木ノ葉崩し

中忍試験会場…いや木ノ葉の里全体で起きた変事。

突然起こった異変に、三代目火影は動じなかった。流石火影とでも言うべきか。老いて猶現役である猿飛ヒルゼンは横目で隣を窺った。

こちらに目を向けている風影。何処かで見た事のある瞳が愉悦の色を湛えていた。
互いの視線が搗ち合う。

その瞬間、『木ノ葉崩し』は開始された。

「さあ…始めましょうか」








火影の危機に逸早く動く。
しかし大半が『音』や『根』の変装だった為に、ヒルゼンを案じて動けたのはほんの少数の暗部のみ。

素早く状況を判断する首領格の暗部。彼は部下に大名の護衛を命じると、自らは火影救出に向かった。
だが風影の側近たる砂忍二人がその行く手を阻む。
「邪魔だ!!」

首領格の一太刀。二人の砂忍が真っ二つに切り裂かれ、四つになった身体がごろりと転がった。手応えの無さを訝しむ間もなく、彼は火影が座していた観覧席を仰ぐ。

クナイに貫かれ、ぐったりとしている忍びの姿が目に入った。火影の護衛を勤めていたはずの並足ライドウ。同時に、三代目火影を盾に取っている風影の姿も視界に映る。

会場において一際高い屋根上。そこを陣取った風影は鋭く号令を掛けた。
「やれ」

途端、動き出す砂忍の死体。木ノ葉の首領格の暗部に殺害されたはずの二人が四人にわかれる。号令に従い、屋根の四隅を占領するのは四人の少年少女。

「「「「【四紫炎陣】!!」」」」


強固な結界。二人の砂忍に変化していた彼らが創り上げたソレは、火影と風影だけを閉じ込めて屋根上に張り巡らされる。
紫の色を成す結界壁。

木ノ葉の暗部の一人が真っ先に突破しようと試みる。しかし結界に触れただけで身体が燃え上がるという結果に、彼らは狼狽した。
手に届く範囲にいるのに火影を助けられないというこの現状に、出し抜かれたと木ノ葉の首領格が歯噛みする。ならばと結界の術者を狙うが、既にそれを見越していた四人は自らにも結界を施し、身の安全を確保していた。


木ノ葉の暗部達が結界傍で控えるのを余儀なくされている中、三代目火影―――猿飛ヒルゼンは冷静に物事を判断していた。
結界の術者である目の前の四人は砂忍ではなく音忍の子ども。その中には予選試合を通過したあの多由也の姿もある。

それだけでこの計画の首謀者が誰であるのか、ヒルゼンには見当がついた。それでも認めたくない想いが脳裏に浮かんだ人物像を打ち消し続ける。


けれど現実は無情であった。













鳥の羽根が空を舞う。視界を埋め尽くす白。
その幻想的な光景に、ある者は夢路を辿り、ある者は訝り、ある者はこれからの成り行きに神経を昂らせる。

幻術で眠りに入った観客達の中、『根』に属する者達は互いに目配せした。畑カカシを始め木ノ葉の上忍達は皆、突然の幻術に当惑している。試験官の不知火ゲンマも会場の異様な変化に気を取られている。

殺す(ヤル)なら今だ。

木ノ葉の暗部服に身を包む『音』の動向を窺いつつ、対戦場に目を向ける。隠し持っていたクナイの切っ先が鈍く光った。猛毒を滲み込ませたソレを標的目掛けて振り被る。
暗殺の対象――――うちはサスケに向かって。

放たれたクナイ。空を切り裂き、標的目指して突き進む。サスケはまだ気づかない。風を切る。
そして……―――――。










(……暗部の数が減っている…?)

いきなり会場全体に施された【涅槃(ねはん)精舎(しょうじゃ)の術】。
すぐさま幻術と見破ったものの、出し抜けに襲い掛かってきた敵の対応に追われる。火影の危機だというのに、あれだけ多かった暗部の姿が見当たらない。その不可解さに疑問を抱く。
しかし訝しく思う間も無く、身構える。カキンと刃物と刃物が搗ち合う音が鳴り響く中、彼は屋根を見上げた。

風影に連れ去られた三代目火影。つまりはそういう事なのだろう。

(…やはり条約なんてのは無意味だ)
無情な忍びの世界に嫌気が差す。けれど己もまたその世界に身を置く忍びなのだ。
そしてまた、大事な教え子を指導する先生でもある。

視線を巡らす。幻術に堕ちたナルと、辛うじて解いたサクラの無事な姿に、カカシはほっと胸を撫で下ろした。次いで対戦場に目を向ける。
青褪めた。
「…ッ、サスケ!!」

目標から逸れたのか、はたまた小競り合いから外れたのか。クナイがサスケ目掛けて飛んでゆく。
まさかサスケ本人を狙ったものだとも知らず、カカシは叫んだ。
呼び掛けにてサスケが顔を上げる。迫り来る銀を目に捉えたその時――。




クナイが掻き消えた。 




自分の身に何が起きていたか把握出来ていないサスケ。弟子の無事な姿を目にし、カカシは安堵の息を漏らした。直後、会場を見渡す。別方向から飛来してきたクナイが偶然にもサスケの命を救ったのである。
今のは本当に偶然か。

思案するも今はこの状況を打破するのが優先だ。一瞬芽生えた疑問は解決される事もなく、カカシの頭の片隅に残される。
そして彼はそのまま目の前の戦闘に身を投じた。










弾かれたクナイ。

虎視耽々と暗殺を狙っていた彼らは愕然と、あらぬ方向へ飛んでゆくクナイの軌跡を見送った。
同じ『根』であり、しかも同僚が暗殺を阻んだのだ。速やかに遂行された任務を台無しにされ、気色ばむ。クナイを弾いた同僚を彼らはすぐさま問い詰めた。

だが伝令役である彼から主の命令を言い渡され、逆に感謝の念を抱く。未遂で済んだ事に安堵し、彼らは会場を後にした。

かくしてうちはサスケ暗殺の目論みは本人も知らぬ間に中止されたのだった。










一変した会場の有り様にサスケは動揺した。もはや試合どころではない。
あれだけ煩わしかった観客の喧騒も今は途絶え、聞こえるのは刃物と刃物が搗ち合う音のみ。最も慌ただしい屋根上を見上げていた彼は、我愛羅の声で視線を対戦場に戻した。

何時の間に来たのか。我愛羅の傍にいるテマリとカンクロウに眉を顰める。未だ自分を殺そうと躍起になっている我愛羅を宥める姉兄の姿に、サスケの胸がズキンと痛んだ。
敵と言えど、きょうだい仲を見せつけられた気がして視線を逸らす。

我愛羅達の担当上忍であるバキが三人を逃がすのをただ見ていたサスケは、試験官のゲンマに彼らを追うように急き立てられ、会場を後にする。
胸の痛みを気にしないふりをして。











里の騒乱が此処にまで聞こえてくる。
中でも発祥地である本選会場に彼は目を向けた。【念華微笑の術】で連絡をとる。

『どうなった?』
『もう追ってる!』
間髪容れずの返答。今正に対象を追い掛けているだろう彼女の答えに、ナルトは会心の笑みを浮かべた。

『そっちはどうだ?』
『追跡中です』
やはりすぐさま返ってきた返事。事前に伝えておいた通りの行動をしてくれる二人に感謝しつつ、改めて一任する。
『引き続き頼む。香燐、君麻呂』


一通りの連絡を終えたナルトがおもむろにしゃがみ込んだ。置き去りにされた杖を拾い上げる。
ダンゾウが蛇だと思い込んで杖に突き刺したクナイ。それを抜き取って、いきなり背後に投げ打つ。
クナイは崖を立ち去ろうとしていた者の足下に突き刺さった。

「殺気を出してくれて感謝するよ」

ダンゾウに殺気を放った張本人。この場を窺っていた、いや自身をずっと監視していた者に礼を述べる。

「だが今は時間が無い。また後で会えるかな?」
穏やかだが有無を言わさぬナルトの声音に、彼は立ち竦んだ。一瞬の間を置いた後、無言で立ち去る。


物言わぬが了承の意を返した相手に、ナルトは僅かに目を細めた。崖から里の様子を遠目で確認する。
「さて…どうする?――――――三代目火影殿」

先を見据える青き双眸には、無量の感慨が秘められていた。














我愛羅達を追い掛けて行ったサスケ。音忍と交戦中にも拘らず、カカシは教え子の動向をしっかり捉えていた。
自ら幻術を解き、観客席で蹲っていたサクラに声を掛ける。
「サバイバル演習で幻術を教えた甲斐があったよ。お前にはやはり幻術の才能がある」

とうに幻術から覚めていたサクラを一瞥した後、カカシは命じた。
「幻術を解いてナルとシカマルを起こせ。久々の任務だからな、心してかかれよ」

師の次の一言に、顔を強張らせるサクラ。ごくりと呑み込んだ生唾が緊迫したこの状況を現実だと物語っていた。

「波の国以来のAランク任務だ」















「やはりお前か…」

風影の正体にヒルゼンは双眸を閉じた。予想通りの相手に哀愁を漂わす。
「どの面下げて来たかと思えば……よりによって風影殿に化けるとはな」

風影の顔を文字通り剥ぐ。笠を脱ぎ去った彼は、かつての師に仰々しく会釈してみせた。
「良き趣向だと思ったのですがねぇ……猿飛先生」

にんまりと、且つ艶やかに微笑んでみせる。そのまま無造作に風影の笠を投げ捨てるかつての弟子を、ヒルゼンは哀しげに見遣った。

「趣味が悪いのは変わっておらんのう」
「貴方は変わらないままですね、先生」
ヒルゼンの嫌味に、逆に皮肉を返す。風影に扮していた彼の長い黒髪が風に靡いた。

「変化の無い人生なんて刺激が無くて退屈だわ。風車だって止まっているとつまらないでしょう?」
「情緒があって良いではないか」
「まあ、偶にはいいかもしれないけれど…。やはり見るに値しない」
ぺろりと舌舐めずりする。覗き見える長い舌はまるで血のように赤い。


「だから私が回すの。『木ノ葉崩し』という風で」


慌てず騒がす、ヒルゼンは笠に指を掛けた。目深に被り直す。
「その風が果たしてお主に従うかのう……」
宣告した相手を鋭く見据える。
「―――――――大蛇丸」


笠の陰から覗き見える現火影の眼光は、全盛期と何等変わりはなかった。
 
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