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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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SAO編
  episode5 手に入れたモノと二人の一歩目2

 その夜、俺は一人でメニュー画面を開き、クエスト説明書を書いていた。

 勿論クライン達の許可を得てだが、なかなかの威力と速度を誇る武器であるカタナは、ドロップ自体が少ない武器だ。最前線、『攻略組』で使う者はそうそういないが、たまたま手に入れたアイテムを欲しがる中層フロアの面々に卸してやる奴もいる。この情報も、需要はきっとあるだろう。

 ギルドホームの寝室で一人ホロキーボードを打つ。

 トントン。

 そんな俺の耳に、控えめなノックの音が響いた。

 「…シド? まだ、起きてる?」

 聞こえるのは、いつに無く落ち着いたソラの声。ちょうどいい。今日の一連の仲間はずれ疑惑を問い詰めてやらにゃいかんからな。まあ隠し事くらいだったら誰だってあることだし、そこまで俺も詮索する気はないのだが、今回は俺以外の全員が知っている、つまりは俺だけに内緒にしているというわけだ。

 これはいただけない。
 いや、別に寂しいとかじゃねえよ?

 「おう、今開ける。ちょうど聞きたいこともあるしな」

 書きこんだメモを一時保存して立ち上がり、入口のドアを開ける。

 そして、驚いて息を飲んだ。

 「お、おお、どうしたんだ?その格好」
 「えへへ」

 ソラは、いつもの普段着であるラフなTシャツ姿では無かった。なんというか、実に女の子らしい、純白のワンピース。浮かべる笑顔も、いつもの元気印のそれではなくて妙に恥じらうような色合いのもの。見慣れない「可愛らしい」モードのソラに、俺は(認めたくないが)自分の頬が熱くなるのを感じる。

 一瞬固まったものの、気を取り直して部屋に招き入れる。俺はさっきまでキーボードを打っていた机の椅子を反転させて座る。ソラの方は、壁際のベッドに、いつもならバフン、といい音をさせて飛び乗るのだが、今日はまるで借りてきた猫のようにちょこんと座った。顔は、俯いたままだ。

 やっぱり変だが、一応俺の方の目的を果たそう。
 いや、別にソラと二人で無言になるのに耐えられなくなったわけじゃないよ?

 「んで、分かってんな? 説明してくれるんだろ?」
 「ちょっと、ちょっと待ってねっ。今、落ち着くからっ。今っ、ちょっと、ねっ、」
 「わ、分かった分かった! 分かったから深呼吸しろ深呼吸!」
 「う、うんっ! すーっ、はーっ! すーっ、はーっ!」

 まるでマンガみたいに慌てふためいて目を回すソラをどうどうと宥める。大げさな身振り付きで深呼吸する様子を見るに、どうやら今日のソラのおかしな様子と、俺の仲間はずれの件は根っこの部分で繋がっているらしい。

 まあ、今日は時間もゆっくりあるからな。俺も落ち着いてストレージからカップを二つ取り出し、お茶をオブジェクト化して注ぐ。ソラに手渡すと、何故か上目遣いで両手で受け取りやがる。なんなんだホントに。

 「……」
 「……」
 「……」
 「……えっと、えっとねっ!」

 何分たったか。俺の見つめる先で、ソラが意を決して口を開いた。
 同時に右手を振って、二つのアイテムをオブジェクト化する。

 一つは、細剣(レイピア)。『鑑定』スキルで見るとプレイヤーメイド、銘は、《フラッシュフレア》。赤く輝く刀身は、まるでそれ自体が炎を纏っているかのようで、相当のスペックの高さが覗える。そしてもう一つは、手甲、《フレアガントレット》。細剣とは比べ物にならないほどマイナーな装備品だが、こちらも同様の素材アイテムを使っているようで、揃いの赤い輝きを放っている。

 …素材アイテム。これって確か。

 「……《フレアライト・インゴット》。なるほどこれが目的だったのか」

 現在見つかっている金属の中で、軽量なスピード系では最高峰の素材であるこのインゴットは、『炎霊獣の魔洞窟』のモンスターが低確率でドロップするアイテムだ。レベル上げは名目で、本当の目的はこっちだったのか。こくんとソラが頷く。手に取った手甲は十分に軽く、俺でもなんとか装備出来そうだった。

 「…よく鍛冶屋が引き受けてくれたな」
 「う、うんっ! 『風林火山』の人たちが分けてくれたからっ、ノルマよりいっぱい取れたのっ! 余ったのプレゼントしてきたんだ! で、でねっ、」

 そしてまた、言い淀むソラ。
 ああ、なるほど。

 そうか。
 そういうことか。
 苦笑して、続きを、俺が口にする。

 「おそろい、だな。二人。」
 「う、うんっ! そうっ! 二人で、おそろなの! おそろ、に、したいねっ、て、ねっ!」

 嬉しそうに、でも恥ずかしそうにソラが笑う。
 だんだん読めてきた。

 というか、分かってしまった。

 (クラインの野郎……)

 ソラが、なおももごもごと何かを言おうとするが、はっきりと言葉にならないままに赤くなり、俯いてしまう。らしくないようなその仕草も、俺の予想通りなら納得できるというものだ。

 そして。
 こういうときには、男が言わなければならないのだろう。

 (…うっし……)

 決心した瞬間、急に心臓が早まった。いや、この世界では脈拍が早まったりするのを感じることはできないから比喩表現なのだが、そのくらいに俺の緊張感が高まった。

 だが、決心が鈍らないうちに、やってしまわなければならない。俺は右手をふってウィンドウを呼び出し、とあるアイテムをオブジェクト化する。ああクライン、お前の言うとおりだ。この上なく、「使い道のある」アイテムだよ、こいつは。

 「ソラ」
 「ひゃいっ!? な、何かなっ!?」
 「これ。俺から、プレゼント」

 差し出したアイテムは、《ブラッド・ティア》。
 その形状は、…指輪。

 目を丸くするソラが何かを言う前に、俺は続けて一息に言葉を紡ぐ。

 「いつも、感謝してた。あの二十七層で、言ってたよな? 楽しくする、って。言ってくれたように、俺は一緒にいられて、すごく楽しかった。ホントに、今までないくらい楽しい日々だったよ。だから。だから、さ」

 大切な人に、大切な言葉を。

 「もし、よかったら」

 俺の、偽らざる思いを。

 「俺と、結婚しよう」

 ソラの表情が、コマ送りのように変化していった。言われたことが理解できなかったのか、ポカンとした表情。そして、理解が追いついて、恥じらいに真っ赤になった表情。

 そして最後に、心の底からの、笑顔。

 「…はい」

 その声と同時に、彼女からのメッセージが届く。
 結婚の申し込みを告げる、システムメッセージ。

 俺は、その声と笑顔を、思い出す事は無い。なぜなら、一瞬たりとも忘れたことが無かったから。脳や神経細胞などというレベルで無く、魂に刻みついたものとして、俺はこの日を記憶している。

 一生忘れない。
 いや、死んだって忘れない。
 たとえなにがどうなろうと、俺は彼女のことを忘れない。

 俺はこの日、この時、この瞬間を、確かに己の魂に刻みつけていた。





 後日談。

 こうして結婚した俺達だったが、別に生活に何か変化はなかった。まあ要するにソラが突っ走り、俺が振り回される日々には全く変わりがなかったということだ。

 その一例をあげておこう。

 俺が手渡した結婚指輪は、かなりのレアドロップ品だった。にもかかわらずソラのバカが「指輪もおそろがいー!」とか言い出したおかげで、俺達は再び『炎霊獣の魔洞窟』に丸二日もこもることになったのだった。


 
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