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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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NO.1、再び(2)

帝国暦486年 1月 5日  帝都オーディン 兵站統括部第三局第一課 アデーレ・ビエラー



今日はいつもより早く職場に出仕した。何と言っても今日はヴァレンシュタイン少将が初出仕する日なのだ。出仕してくる少将を出迎える形で今日を迎えたい。そう思って早く出仕したのだけれどそう考えたのは私だけじゃなかったようだ。私以外にも多くの女性下士官が妙に早く出仕している。

少将が出仕したのは就業開始十分前だった。後ろに背の高い赤毛の女性を連れている。女の私から見ても結構美人だ。おそらくはフイッツシモンズ大尉だろう。一緒に来るなんて、なんて嫌な奴! 少将は部屋に入ると“お早うございます”と挨拶をしてきた。フイッツシモンズ大尉も同じように挨拶してきた。私達も“お早うございます”と挨拶を返す。ちょっと不本意、何であんな女にまで……。

ヴァレンシュタイン少将は課長席に歩を進めるとディーケン少将に話しかけた。着任のあいさつだろう、“宜しくお願いします”と言っている。三年前まで部下だった人間が同じ階級になって戻ってきた。ディーケン少将はどう思っているのだろう。

もしかすると面白くは思っていないのかもしれない。でもヴァレンシュタイン少将はいずれは宇宙艦隊司令部に戻りさらに上に向かうだろう。それを思えば邪険には出来ない、そう考えているかもしれない。或いはここで結びつきを強めておけば後々自分の利益にもなる、そう考えているのか……。

二言、三言話してからディーケン少将がヴァレンシュタイン少将の席とフィッツシモンズ大尉の席を指し示した。ヴァレンシュタイン少将とフィッツシモンズ大尉が席に向かう。

以前より少し背が伸びたかな、でも男性にしてはやはり小柄。カワイイ所は少しも変わっていない。顔立ちは優しいままだしさっき聞いた声も昔のまま変わっていなかった。柔らかく温かみのある声……。嬉しくて涙が出そうになるくらい何も変わっていない。

ヴァレンシュタイン少将がコートを脱いだ。襟に蔓が一つ、肩に線が一つ入っている。帝国軍少将を表す軍服だ。変わったのは軍服だけ……、本当に三年で大尉から少将になったんだ。気が付けば溜息を吐いていた。

「大きくはならなかったけど、偉くはなったわね」
いつの間にか先輩が私の後ろに居た。
「そうですね、本当に立派になっちゃって」
なんでだろう、ちょっと声が湿ってる。さっきまでは変わってないと思ったのに今では凄く変わったような気がする。

「母親みたいな台詞ね、アデーレ。嫁いびりをしちゃ駄目よ、お母さん」
「酷いです、先輩、母親だなんて。それに嫁いびりって一体なんですか?」
「分からないの? フィッツシモンズ大尉に意地悪をしちゃ駄目よって言ってるの。彼女はヴァレンシュタイン少将(ぼうや)が選んだ副官なんだから、少将に嫌われるわよ」
「……そんな事、しません」

釘を刺されてしまった……。分かってます、我慢します。あの副官は好きになれそうにないけどヴァレンシュタイン少将に嫌われたくは無い。そのためならどんな我慢だって出来ますとも……、多分……、きっと……、我慢しなくちゃ。また溜息が……。以前の溜息は虚しさが溢れたけど今日は切なさが胸に溢れる。



帝国暦486年 1月12日  帝都オーディン 兵站統括部第三局第一課 アデーレ・ビエラー



兵站統括部第三局第一課に四人の士官が入ってきた。皆若い、二十歳前後が二人、二十代半ばが一人、一番年長らしい一人も三十代前半だ。二十歳前後の一人は金髪の凄い美男子だけどちょっと冷たそうな感じがする。

あれはミューゼル中将ね、となるともう一人の赤毛の若いのはいつもくっいているという噂の副官か。あとの二人、二十代半ばの士官は長身で優しそう、三十代の男性も誠実な感じで好感が持てる。あまり軍人ぽくないな。どうして他の部署には良い男が居るんだろう、兵站統括部にも少しは資源を分けて欲しいわ。

「エーリッヒ」
背の高い士官がヴァレンシュタイン少将に声をかけた。名前を呼んでいる、顔には笑みが有るし明るい声だ。その声を聞いた少将も嬉しそうに声を上げた

「ナイトハルト」
少将が席を立って彼のほうに行く。歩く速度が速い、そして少将の顔にも笑みが有る。余程親しいらしい。 ナイトハルトと呼ばれた士官の階級は准将だ。二十代半ばで准将! 少将程じゃないけどこの人も出世が早い! 好青年で能力も有るなんて最高!

「どうしたんだい。こんなところへ」
「卿に頼みたいことがあってね」
「そちらも一緒かな?」
「ああ」
少将と准将が笑みを浮かべながら話をしている。映えるなあ、第三課の女子課員達は皆五人を見ている。

「応接室が空いている。そこで聞こうか」
「有難う、エーリッヒ」
「久しぶりだね、ナイトハルト。准将に昇進か。おめでとう」
少将達が歩き始めた。少将とナイトハルトと呼ばれた准将は楽しそうに話している。士官学校で同期生なのだろう、年恰好からしてそんな感じだ。

「有難う、エーリッヒ。卿も少将に昇進だ。おめでとう」
「ああ、有難う。ところで何処に配属になったんだい」
「ミューゼル閣下のところだ。もっとも二百隻ほどの小部隊だが」
「これからさ、まだ最初の一歩だろう」
「そうだといいね」

准将で二百隻、若いけど艦隊指揮官として将来を期待されているという事かな。ミューゼル中将の配下ということは次の戦いにも参加するということよね。勝てば少将に昇進か。いいなあ、出来る若手士官か……。

応接室に入ったのは少将とミューゼル中将、それからナイトハルトと呼ばれた士官と三十代の士官だった。赤毛の副官は応接室に入らなかった。フイッツシモンズ大尉が相手をしている。楽しそうだな、羨ましい、というかズルい。

なんで彼女ばかり良い男が傍にいるのよ。やっぱり偉い人、将来有望な人の傍にいないと駄目なんだ。傍に居ればその人の友人とか知り合いと親しくなるチャンスが有るんだから。少将、お願いです、私も傍においてください。

少将達の話し合いは三十分程で終わった。ミューゼル中将達が帰った後、少将とフイッツシモンズ大尉が話をしていた。少将は軽く苦笑を浮かべていたけど大尉は釈然としない様子だった。一体何を話してたんだろう。

少将が兵站統括部に来てから一週間が経っていた。兵站統括部第三局第一課はこれまでになく活気に満ちている。イゼルローン要塞への補給物資の手配などで忙しいのだが、皆それを苦にすることなく業務に励んでいる。やっぱり職場に華が有ると違うわよね。見てるだけで心が洗われる気分よ。それに少将のおかげで今はとても仕事がし易くなっている。

ヴァレンシュタイン少将の仕事は二つある。一つはディーケン課長の下へ行く書類の事前審査だ。私達が作成した書類は先ずヴァレンシュタイン少将の下に行く。少将は書類を審査し三つに分類している。一つ目は何の問題も無い書類。二つ目は少将では判断できない物、これにはその理由を記したメモを添えてある。三つ目は明らかにミスが有る物……。

一つ目と二つ目はディーケン課長の下に行く。一つ目については課長がサインをして終了。二つ目については課長が判断理由をヴァレンシュタイン少将に説明する。問題無ければサインをしてくれるがそうでなければディーケン課長は書類を私達につき返してくる。三つ目についてはヴァレンシュタイン少将がおかしな点をメモに記して私達に返却する。

フィッツシモンズ大尉は審査の過程で少将が疑問に感じた点の確認をしている。過去、どのように処理しているか? 本来であればどのように処理すべきなのか? 軍の規程などを調べ少将に報告している。書類の量が多いから結構大変そうだ。補給業務に精通させるとともに管理する能力を付けさせようとしているのだろうと皆で噂している。ただのお飾りにするつもりは無いらしい、当然よね。

少将のもう一つの仕事はクレーム対応だ。兵站統括部第三局第一課は補給業務を扱う部署だけど時折その補給業務についてクレームをつけてくる人間がいる。“補給が遅い”、“こちらが要請した物と違う”、“数量が合っていない”等……。大体が向こうの発注ミスなのだ、こちらの責任ではない。

それでも連中はこちらに責任を押し付けようとする。何と言っても兵站統括部は落ちこぼれの集まりだし立場が弱い。そして実戦経験が無いから相手はそれを責めてくる。“所詮後方で仕事をしている人間には実戦の厳しさは分からないだろう、ぐだぐだ言わないでさっさとやれ。こっちは忙しいんだ、書類ごっこに付き合ってられるか”。

直接ここに乗り込んでくる人間もいればTV電話で文句を付けてくる人間も居る。どいつもこいつも居丈高になってこちらを責める。そして私達は何時も泣寝入りだった。悪くもないのに謝って改めて補給の手配をする……。

でもヴァレンシュタイン少将がここに来てからは変わりつつある。クレームには少将が直接対応してくれるようになった。きっかけは出仕二日目に有ったイゼルローン要塞駐留艦隊からの通信だった。

レーザー水爆ミサイルと囮ミサイルの数量を間違ったのだが自らのミスを認めず口汚く女性下士官を罵る声にヴァレンシュタイン少将が見かねて代わったのだ。本当ならディーケン課長が代わるのだが課長は席を外していた。ヴァレンシュタイン少将は以前ここに居たから状況は理解している。相手は駐留艦隊の補給担当士官、階級は少将だった。


「こちらは補給の申請書通りに送っていますが」
『そんな事はどうでもいいんだ! レーザー水爆ミサイルを直ぐ送れと言っている。大体おかしいとは思わないのか、囮ミサイルの数が多すぎ、レーザー水爆ミサイルの数が少なすぎるだろう!』

相手は自分のミスを認めることなく少将を責めてきた。どうやら相手は少将の事を知らないらしい。あるいはヴァレンシュタイン少将が兵站統括部に異動になったという事を知らないのかもしれない。

担当の女性下士官は少将が責められているのでおろおろしている。私の席は彼女の斜め後ろに有るから振り返れば状況は直ぐ分る。多分後で皆に責められるんじゃないかと心配なのだろう。去年配属されたばかりの新人だ、マリーネ・エックハルト伍長、ヴァレンシュタイン少将の事は噂でしか知らない。

「そうですね、発注時点で気付きそうなものです。それに発注ミスは今回が初めてと言う訳ではないようですね。見直しはしなかったのですか?」
『なんだと!』
ヴァレンシュタイン少将のいう通りよ、この男は発注ミスの常習犯なのだ。痛いところを突かれたと思ったのだろう、スクリーンに映る男は顔を真っ赤にしている。

TV電話に映る相手は居丈高だったけどヴァレンシュタイン少将は気にした様子は無かった。平然というかおっとりした口調で対応している。もっとも内容はちょっと辛辣。一体どんな表情をしているのか、私からは少将の顔は良く見えない、残念! そして少将の後ろにはフィッツシモンズ大尉が……、あんた邪魔よ、私は少将だけを見たいの! 視界に入らないで!

穏やかに話す少将に苛立ったのか、相手はさらに嵩にかかって少将を責めたてた。そして第一課の課員は皆心配そうに少将を見ている。
「改めて申請書を出してください」
『そんな暇は無い! こっちは最前線で忙しいんだ! 一々書類なんぞ作ってられるか! そっちで何とかしろ』

「出来ませんね、そんな事は」
『実戦も知らない奴が生意気を言うな!』
あー、言っちゃった、それは拙いんじゃない。そう思っているとヴァレンシュタイン少将がクスクスと笑い声を上げ始めた。その姿にさらに相手は激高した。

『何が可笑しい!』
「実戦なら知ってますよ、先日の戦いではアイアースにまで行きましたからね」
『アイアース?』
「まだ名前を言っていませんでしたね、小官はエーリッヒ・ヴァレンシュタイン少将です。先日まで宇宙艦隊司令部に居ましたが今は兵站統括部第三局第一課長補佐を務めています」
『……ヴァレンシュタイン……、貴官……』

スクリーンに映る相手の顔が強張った。
「申請書を出してください」
『いや、それは、しかし……』
「分かりました、後はこちらでやります」
『そ、そうか、分かってくれるか』
相手はほっとした表情を浮かべている。マリーネもほっとした顔をしている。これで終わりかな、相手も次からはちゃんとするかな。

「ええ、貴官とこれ以上話をしても無駄だという事が分かりました。後はゼークト提督と話します。ご苦労様でした」
『ゼークト提督? おい、ちょっと……』
抗議する相手を無視してヴァレンシュタイン少将は通信を切った。そして何処かを呼び出し始めた。本当にゼークト提督を呼び出すの? 私は周囲を見たけど皆目を点にして少将を見ている。マリーネはオドオドして泣き出しそうだ。フィッツシモンズ大尉が溜息を吐くのが分かった。

繋がった……、厳めしい、不機嫌そうな顔をした初老の男性がスクリーンに映っている。帝国軍大将だ、軍服の襟には蔓が一つ、肩には線が三つ入っている。イゼルローン要塞駐留艦隊司令官ゼークト大将? 本当に呼びだしたの?

互いに敬礼をすると大将閣下が低い声で話し始めた。
『ゼークトだ』
ゲッ、やはりゼークト提督だ。どうするんだろう。
「兵站統括部第三局第一課長補佐、ヴァレンシュタイン少将です」
『うむ、先の戦いではご苦労だった。で、何の用かな、ヴァレンシュタイン少将』

う、凄い。この不機嫌そうな顔をした提督が少将を労っている。少将が立てた功績はかなりのものなんだ。
「先日、駐留艦隊よりレーザー水爆ミサイルと囮ミサイルの補給の要請が有りました」
『うむ』

私の目の前のTV電話が着信音を立てた。受信スイッチを押下すると例の少将の顔が映った。
『ヴァレンシュタイン少将を出してくれ』
えっと、どうしよう。そう思っているとヴァレンシュタイン少将の声が聞こえた。

「今ゼークト提督とお話しています。そのまま待たせてください」
「はい」
スクリーンに映る少将の顔が真っ青になった。“ちょっと待て”、“ヴァレンシュタイン”とか喚いている。うるさいな、少将は今ゼークト提督と御話し中なんだから大人しく待ちなさいよ。礼儀知らずは怒られるわよ、受話音量を下げてあげるわ。口をパクパクさせている少将をみて思った、私ってホントに気がきく良い女よね。なんで恋人が居ないのかしら?

声が聞こえなくなったので不審に思ったのだろう、フィッツシモンズ大尉がこちらを振り返った。口をパクパクさせている少将を見て憐れむような表情をしている。そして私を見て一つ溜息を吐いた。何なのよ、それは! 本当に嫌な女ね!

「申請書通り物資を手配したのですが補給担当士官よりレーザー水爆ミサイルと囮ミサイルの数量が間違っていると叱責されました。早急に物資を送りなおせと」
『送りなおせばよかろう』
ゼークト提督は訝しげな表情をしている。多分何でそんなことで連絡してくるんだと思っているのだろう。

「こちらは申請書通り物資を送っています。間違っていたのは申請書そのものなのです。申請書を改めて提出して欲しいと言ったのですが忙しい、そちらでやれの一点張りです。レーザー水爆ミサイルの数が少ないと思わないのかと叱責され、無能扱いされました。しかし申請書にはゼークト提督のサインも有ります。それを疑えと言われましても……」
『……』

ゼークト提督は苦虫を潰した様な表情をしている。まあ無理もないわよね。補給の申請書は補給担当士官が起案し、艦隊司令官が決裁してから兵站統括部に送られてくる。おそらくゼークト提督は碌に内容を確認せずに申請書にサインしたのだろう。

ヴァレンシュタイン少将の言葉はそれを指摘している。カワイイ顔して意外に辛辣なんだから。ゼークト提督が渋い表情をしているのも半分はバツが悪いからだろう。数が少ないと思わないのかという非難はそのままゼークト提督にも跳ね返るのだ。

口パクちゃんが申請書を書きたがらないのも司令官の決裁が必要だからだ。補給の申請書が短期間に二回も来ればゼークト提督も妙だと思うだろう。前回発注ミスが有ったと分かれば当然叱責される。誰だって怒られたくは無い、だからこちらに責任を被せようとする。

私の目の前のスクリーンでは口パクが酷くなった。酸素不足の魚みたいだ。“もう少しお待ちくださいね”とにっこり笑って小声で囁く。ああ、なんて快感なのかしら。こんな快感、エッチしたって味わえない。ヴァレンシュタイン少将、少将は最高です。貴方以上の男性はいません。私を最高の気分にさせてくれる。

「それに申請書の誤りは今回が初めてではないようです。頻繁に誤っているようですし、閣下に知られないようにその責めを常にこちらに押し付けています」
『……分かった、申請書は出しなおさせる。早急に輸送の手配を頼む』

不機嫌そうな表情、面倒くさそうな口調、早く終わらせたい気持ちが見え見えだ。多分補給担当者を呼びつけて叱りつけて終わりだろう。口パクちゃんは顔を強張らせている。可哀想に、こってり絞られるわね……。でもこれも日頃の行いが悪いせいよ、これからは心を入れ替えて頑張るのね……。

これで終わりかな、これからは少しは変わるのかな、そう思った時だった。ヴァレンシュタイン少将の声が聞こえた。ちょっと不本意そうな声だ。
「どうも閣下は小官の懸念がお分かりではないようです」

『なんだと、何が分かっていないと言うのだ』
不機嫌そうなゼークト提督の顔に訝しげな表情が浮かんだ。提督だけじゃない、皆が不審そうな表情をしている。口パクちゃんもだ。一体何が分かっていないのだろう。

「先程も言いましたが申請書のミスはこれが最初ではありません、頻繁に起きています。補給担当士官が自分の任務である補給を満足にこなせない、おかしいとは思いませんか?」
『……』
確かにそうなのよね、粗忽にしてはちょっと多すぎる。

「しかも責任は兵站統括部に負わせることで駐留艦隊司令官の知らないところで補給がなされている。何故自ら申請書を起案しゼークト提督に決裁を取らないのでしょう」
『……何が言いたい』
低い声だ。もしかすると怒ってる? 口パクちゃんは? 口パクちゃんはキョトキョトして落ち着きが無い。何で?

「駐留艦隊に誤って送られた物資ですが、こちらには戻されていません。そちらできちんと保管されているのでしょうか? まさかとは思いますが横流し等の不正が行われているという事は……」
『馬鹿な、そんな事は……』

有り得ない、そう言いたかったんだと思うけど提督は口籠ってしまった。第三課の課員は皆顔を見合わせているし所々で頷く姿も有る。私も有り得る話だと思う。口パクちゃんは真っ青になっていた。あんた、その顔色は有罪よ!

「有ってはならないことだと小官も思います。しかし戦闘中に消費した事にすれば物資の数量を誤魔化すのはそれほど難しくは有りません」
提督が唸り声を上げて考え込んでいる。そしてヴァレンシュタイン少将が気遣うような口調で話しかけた。

「監察が入る前に一度提督の手で調査されたほうがよろしいでしょう。放置して監察が入った場合、不正が無ければ問題ありませんが、そうでなければ提督も責任を問われる事は間違いありません」
『部下の監督不行き届きか……』

忌々しそうな口調だった。口パクちゃんの運命は決まった、例え不正が無くてもイゼルローン駐留艦隊からは追放ね。スクリーンに映った口パクちゃんは首でも吊りそうな顔をしている。次は何処に行くのやら……、此処だったら精一杯可愛がってあげる。ヒールでガシガシ蹴りを入れてあげるわ、楽しみ。いまからヒールの先を磨いておかなきゃ。

「いえ、それだけではありません」
楽しい想像にうっとりしているとヴァレンシュタイン少将の声が聞こえた。言い辛そうな口調でゼークト提督と話しかけている。ゼークト提督が少将を見詰めた。

「申請書は提督が決裁されております。その誤りを見抜けなかったとなれば過失を問われるでしょう。最悪の場合、提督御自身が不正に関与していた、故意に見過ごしたと取られかねません」
『馬鹿な! そんな事は有りえん!』

提督が顔を震わせて否定した。屈辱を感じているのかもしれない。でも少将は首を振って話を続けた。
「小官は提督を信じております。しかし監察がその可能性を無視するとは思えません。先程も申し上げましたが早急に提督の手で調査をされるべきかと思います」

少将は提督を気遣っている。この間の戦争で親しくなったのかな? ゼークト提督が大きな溜息を吐いた。
『……卿の言うとおりだな、直ちに調査を行うとしよう。それと今後の事だが駐留艦隊への補給は私の決裁の有る申請書のみ対応してくれ』
「承知しました」
『うむ、卿の心遣いに感謝する』

互いに敬礼を交わし通信が切れると少将がこちらに身体を向けた。スクリーンに向かうと柔らかく笑みを浮かべた。口パクちゃんは真っ青になってブルブル震えている。分かるわ、多分首の周りが寒いのね。

「聞いての通りです。補給に関してはゼークト提督と調整しました。御苦労様でした」
そう言うと少将は一方的に通信を切った。本当に御苦労様、口パクちゃん。もっとも大変なのはこれからだろうけど。

「フィッツシモンズ大尉、全員に通知してください。今後、駐留艦隊への補給はゼークト提督の決裁を必ず必要とする事。それから理不尽と思われる苦情に対しては私に回すようにと」
「はい」

いいなあ、直接指示を貰えるなんて。そう思っていると大尉が少将に話しかけた。
「先程の少将閣下ですが本当に不正を働いているのでしょうか」
ちょっと納得がいかないと言う口調だ。あんたね、ヴァレンシュタイン少将の対応に文句有るの! 副官でしょ、あんたは!

「さあどうでしょう、何とも言えませんね。ただ今後は補給業務に携わる事は無いでしょうし、駐留艦隊からこちらに無茶な依頼も無くなる事は確実です。それで十分ではありませんか」
少将がクスッと笑うとフィッツシモンズ大尉が呆れた様な表情をした。本当に嫌な女ね。

その後、ヴァレンシュタイン少将の言ったとおりイゼルローン駐留艦隊の補給担当士官は交代した。新しい担当者は妙に低姿勢でヴァレンシュタイン少将に“宜しくお願いします”とか言ってきた。口パクちゃんはどうやら本当に不正をしていたらしい。逮捕されて軍法会議にかけられるそうだ。軍籍の剥奪は免れないだろう。

今回の一件では皆が驚いている。ヴァレンシュタイン少将は駆け引きがかなり上手だ。ゼークト提督を上手く操って駐留艦隊を押さえつけてしまった。何時の間にそんな駆け引きを覚えたのだろう。三年の間に信じられないくらい立派になっちゃって……。本当に母親みたいになってきた、どうしよう……。











 
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