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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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四十六 風吹けど

長閑に流れゆく雲。一際厚い雲が太陽を遮り、地上に影を落としてゆく。

穏やかな天候の下、崖は不穏な空気に包まれていた。緊張感が張り詰めるその場では一人の子どもを多勢の忍びが取り囲んでいる。雲間から漏れる斜光が中心で俯く彼の髪を黄金色に煌めかせた。
「…俺を殺すか」

時折訪れる薄闇。雲が遠ざかるにつれ、白い輝きを取り戻す崖。
白日の下、ナルトがゆっくりと顔を上げた。その顔からは未だ笑みが消えていない。

「それが一番手っ取り早い」
そう言うと、ダンゾウは岩場から腰を上げた。話の全貌が見えないものの、ダンゾウを守る為に部下達がそれぞれ己の武器を構える。

ナルトから受け取った巻物。自らにとって非常に都合の悪いソレをダンゾウは力任せに引き千切った。ぱらぱらと撒き散る粉雪。ダンゾウの手を放れ、崖下へ舞い降りる。崖下へ墜ちた紙吹雪はやがて強風によって遙か彼方へ散っていった。

「無駄だよ。炎が憶えている」
その一連の動作を何の気無しに眺めていたナルトが淡々と指摘する。それにこの術を扱えるのは俺だけだ、と悪びれも無く付け足す彼を、ダンゾウは胡散臭げに見下ろした。

再現してみせろと訴えてくる視線に応え、指先に炎を燈す。青い光がゆらゆらとナルトの顔前で踊った。
今度はダンゾウが寄越した白紙を燃やしてみせる。一瞬で炎に包まれたが、そこにあったのは焦げ跡一つない、しかし証拠物たる書面がやはり記載されていた。

「貴方と大蛇丸の繋がりを証明する書証はいくらでもコピー出来る。それこそ無限にね」

実際この証書が木ノ葉の里中にばら撒かれれば、ダンゾウの信頼は地に墜ちる。火影など夢のまた夢だ。
己を破滅に追い込む証拠。重要機密をこれ見よがしに掲げる子どもをダンゾウは忌々しげに睨み据えた。

殺気立つ彼の前で、悠々と証拠の品を自ら処分してみせるナルト。自分のほうが優位な立場だと仄めかされ、ダンゾウは内心気が気でなかった。持ち前の鉄面皮で平静を装う。しかしながらその眼は怒りと苛立ちで満ちていた。

「ならば貴様の口を封じれば、何の問題も無いという事」
実に的確な判断。そう結論を下したダンゾウが杖を高く振り上げた。同時に色白の少年が素早く筆を走らす。


「傲慢な愚か者よ。その驕りが身を滅ぼす」

カツンっ、と鋭い音が地を鳴らす。瞬間、色白の少年が描いた絵がナルトに襲い掛かった。


喰い殺さんとばかりに牙を剥く狛犬。墨絵であるはずのソレらは唸り声を発し、空を駆る。
その巨体を前にしてナルトは何の反応も示さなかった。臆する色もない。

「確かにその判断は的確だ。だが浅はかでもある」

そしてふてぶてしくも笑った。同時に岩諸ともナルトに突っ込む狛犬。地鳴りが轟いた。


朦々と立ち上る煙。
ダンゾウ始め『根』は目を凝らして白煙を透かし見た。静寂が辺りを包み込む。


「俺が独りで貴方の前に現れたのは―――」
鈴の鳴るような澄んだ声。寸前と何ら変わらぬ立ち位置でナルトは微笑した。その声音には何処かさびしげな響きがある。
その声を耳にした途端、感情など必要ないと指導されてきた彼ら『根』は皆一斉にある感情を抱いた。


「死なない自信があるからだ」

それは紛れも無い、畏怖であった。
















手応えはあった。それは確かだった。

我愛羅が籠る砂の要塞。一瞬の間があった後、耳を劈かんばかりの絶叫が谺した。

腕を引き抜く。砂城を開通させた手がゆっくりと姿を見せる。だが己が開けた孔から姿を現したのはサスケの手だけではなかった。

追うように飛び出た『何か』。サスケを握り潰さんと迫ったソレは、彼の目と鼻の先で巨大なその身を振り翳した。直感で飛退いたサスケの眼前で地面を砕く。
そのままずるりと砂の球体へ戻る『何か』を、彼は愕然と見送った。
(……なんだ、今のは)


砂の円球から距離を取ったサスケは震える左手を押さえた。まだ雷に馴染んでいないのか、その手は痺れていた。
だがそのような痺れが些細に思われるほど、彼は先ほど目の当たりにした『何か』に動揺していた。

耳障りな呻き声が前方の砂球から聞こえてくる。それは子どもの泣き声とも、はたまた苦痛に悶える人間の啼き声とも違っていた。


サスケは声の正体を見極めようと砂の円球を凝視した。隠れている我愛羅の姿を砂越しに捉えようと写輪眼を廻す。

己が穿った孔。そこから垣間見える内部を遠目で確認する。



刹那、彼は『何か』と目が合った。



微かに香る血臭が我愛羅に手傷を負わせた事を物語っている。指から滴る血は自分のものではない。
だがサスケはこの戦況を有利だとは微塵も思えなかった。ただ胸の内を占めるのは、言い様の無い恐怖。
『何か』は我愛羅ではなかった。人でも無かった。





ソレは何か………別のカタチをしていた。

















「俺は殺せない。たとえ神でもね」
「ほざくな…―――サイ」
「ハッ」

命令に従い、サイと呼ばれた少年が再度筆を手に取る。振り落とされた杖が再び合図を告げた。

「【超獣偽画】!!」

先刻より遙かに大きい二匹の狛犬。左右から襲い掛かる墨の獣が今度は逃さないとばかりに眼を光らせた。ナルトの肩目掛けて牙を剥く。




だが次の瞬間、犬は一瞬で蹴散らされた。





ナルトの周囲を取り巻く水の壁。突然地中から湧き出た泉は墨犬二匹を瞬時に洗い流した。
雑ざり合った墨汁が清澄な水に清められ、静かに濯がれてゆく。やがて天を衝くほどの勢いで水の柱が噴出し始めた。ナルトの全身が完全に覆われる。清らかに澄み切った、美しい水の障壁。

「これほどの水を操れるとは…。チャクラ性質は『水』か――ならばッ!」
高らかに叫んだ『根』の一人が印を結ぶ。彼は水壁に向かって術を放った。

「【雷遁・地走り】!!」

電撃が奔る。地上を走り、凄まじい速度で壁に衝突。水の障壁がスパッと真っ二つに切り裂かれる。


焼き焦げになったか、と雷遁を放った『根』の男は嘲笑った。水は雷を通す。当然中心にいる術者もただでは済まない。
しかし直後、男は嘲笑を顔に貼り付けたまま凍りついた。部下達同様、ダンゾウもまた驚きに眼を見開く。



今度は堅固な岩壁が雷を防いでいた。




水の壁と岩の壁。二つの障壁を瞬時に創り上げたナルトは毅然とした佇まいで立っていた。
二重に織り成す壁は彼を護るように取り囲んでいる。難攻不落の城。
正に四面楚歌といった状況下、ナルトは少しも取り乱さない。逆に立場上優勢であるはずの『根』のほうが水を打ったように静まり返っている。

何処か息苦しさを覚え、彼らは救いを求めようと振り向いた。後ろの主に指示を仰ぐ。
だが当の本人であるダンゾウはただ茫然と立ち尽くしていた。まさか、と擦れた声が口から洩れ、拍子に零れ落ちる杖。岩場に当たり一度跳ね飛んだ杖は、渇いた音を立てて崖を転がっていった。

カラカラカラカラ。


主の視線の先を追い、『根』の忍び達は前方に目を向け直す。そして悟った。

自分達が敵対している子どもは、実はとんでもない存在なのではないかと。

杖の転がる音がぴたりと止んだ。何かにぶつかったのだ。
其処にあったのは水の障壁でも岩壁でもなかった。草木一つ生えていなかったはずの絶壁。




其処には何時の間にか、何処までも雄大で何処までも壮大な、巨大な樹木が生い茂っていた。無数に絡み合う枝上で、ナルトがちょこんと腰掛けている。


「武力に訴えるならこちらにも考えがあるよ」
穏やかな眼差しで彼は地上の『根』を見下ろした。だがその眼はかなりの凄みを湛えていた。

「まずはサスケ暗殺の中止指令を出していただこう」

根元に突き当たった杖が大木にしな垂れ掛かっている。その様はまるで全面降伏した蛇のようだった。


「即刻命じられよ、ダンゾウ殿。イタチと大蛇丸…双方を敵に回したくはないだろう?」


















崩れゆく砂の城。

やがて瓦解した砂の球体から我愛羅がサスケの前にその身を曝け出した。
傷口を押さえ、荒い息を繰り返す我愛羅の眼を覗き込み、サスケは眉を顰める。
(違う。あの眼じゃない…)

当然の如く子どもの姿で、人間の身体で、人の眼をしている我愛羅。だがサスケの胸中は全く以って穏やかではなかった。
あの時垣間見た瞳への恐怖心が、足の爪先から頭の天辺に掛けて駆け廻っている。震えはまだ治まらない。


互いに疲労しているサスケと我愛羅。試合を観戦していた風影は想像以上の試合に、にんまりと笑った。

たった一か月であれほどの成長を見せた、うちはサスケ。自らが欲してやまぬ眼を宿す、最後の希望。里を引き換えにしても構わないと感じさせる貴重な存在。


あれこそ己の器に相応しい。



歓喜に打ち震えているらしい主人の様子を見て取って、『音』の忍び達は悟った。直に風が吹く。
『木ノ葉崩し』という名の風が。

一方『根』の忍び達もまた、自らの任務を行う時宜を得ていた。頃合いを見計らう。
うちはサスケの暗殺を。


数多の視線がサスケ一人に集中する。
皮肉な事に彼は敵である『音』から生存を、味方である『根』からは死を望まれていた。




機は熟した。
 
 

 
後書き
実際のタイトルは「風は吹けども山は動かず」。
意味は「混乱の中にあっても平然として少しも動じない」です。
 
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