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弱者の足掻き

作者:七織
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十一話 「『二人の』為」

 
前書き
二月中といったな。あれは嘘だ。

会話の表示直しました。会話と地の文のあいだも直しました。 

 
 薄暗い山の中をとある二人が歩いていた。小奇麗に身を整えている中年男とそれとは対照的な縒れた服の二十ほどの青年だ。
 既に陽は落ち月がわずかに顔を覗かせ辺りを照らすのは微かな月ひかりと手元の火の光のみ。
 サクサクサク……硬い靴が草を踏みしめる音が静かに辺りに響き夜の闇に消えていく。

「全く、何で俺が買い出ししなきゃならないんだ糞が」
「すんませんアズマさん。でもそれなら他の人達に言えば……」
「バカ野郎出来るかそんな事。顔割れてないのは俺とお前がくらいだろうが」

 苛立たしげに吐き捨てた手ぶらの中年男――アズマは言い捨てバックを持って歩く隣を歩く部下の青年の腹部を殴りつける。
 二人は近くの街に食料などの買い出しに出かけ今帰るところなのだ。
 態度や言葉など対照的な二人の言動がその立場の上下を暗に示している。

「時間には気をつけろって何度も言ったろうが。欲出して漁り続けて顔見られるなんざゴミが。糞の役にもたちゃしない」
「わ……オレは止めました。止めましたよ? でも大丈夫大丈夫だって言われて」
「言い訳すんなよ」

 だから自分は悪くない、悪いのはあいつら――そう暗に告げる青年の頬をアズマの拳が叩く。
 青年はいつもこういった態度だ。実際、その通りではあるのだろう。上から言われたことを本人は守るが周りに強く言えない。我の強い他の連中に何かを強く通そうという意思が持てない。
 買い出しの袋が落ちそうになったのを必死で支え、何を言っても無駄だと悟り青年は口を閉ざす。
 
「ならよ、あいつらはもう使えないから切り捨てるか? そうすりゃ重荷は切れるし動きやすい。分け前も増える」
「いやいやそんな……」

 アズマに首を捕まれ耳元で言われた言葉に青年は口ごもる。答えようがない、どう答えても正解が見当たらないからだ。乗れば仲間をたやすく裏切るのだと思われるかもしれない、断ればそれらと一緒だと思われるかもしれない。そのどちらでもないかもしれない。

 アズマは彼らの統括者だ。情報を集めてそれをもとに計画を立てる。一番年長であるのに彼らの中で一番動けるものでもある。青年などとか身体能力もはるかに違うだろう。
 誘うように、言い聞かせるようにアズマは掴んだ首を離さず力を増しながら続ける。

「簡単だよ。五人なんだ。毒盛るか寝込み襲うだけで終わりだ。役たたずは邪魔だよなぁ……」
「……っ」

 初冬の寒さに合わない汗が青年に浮かぶ。青年は普段から飄々とし下にいて角を立てないように動き利益を得る人間だ。性格からかいつも料理や掃除など押しつけられ、そしてそれが普通になるほどに。
 だがその言葉や態度を無視して押しつぶさんとばかりの圧力に小さく開いた口からいつもの受け流す言葉が出ない。

 掴まれた頸部から全身の血が凍るような冷たさを感じ夜の静けさが妙に耳に響く。
 首にある手に押されるように、追い立てられるように青年は止まりそうな体を進めされる。
 そして唐突にその首から手が離れ笑いながらアズマが青年の背を叩く。

「おいおい冗談だよ! 黙るからもし乗ってきたらどうしようかヒヤヒヤしたぞ」
「そ、そうですよね。いや、オレ分かってましたよアズマさん優しいですから」
「役に立つ内に捨てるわけないだろ全く」
「……はは。冗談がきついですよ」
「本当なら適当な宿に泊まっていたのにそれを山の中か……顔見られる屑はやっぱ邪魔だな。二人ほどヤっちまったしさっさと動かないと。盗みを仕事じゃなく快楽みたいに考えやがって馬鹿どもが」

 男たちは盗賊だ。
 野盗、強盗と言い換えてもいいだろう。

 ここにいる二人と他に五人、計七人。通行人を襲ったり町の富裕層の家に押し入って盗むのが仕事だ。
 つい先日も“仕事”をしたのだが、その際アズマからの指図を忘れ調子に乗った三人かが時間を過ぎても漁り続けた。そして案の定トラブルが起こり二人ほど“目を瞑って”貰った。けれど姿を見られたために騒ぎになり、汚れた服や後始末……色々としたことから街を離れた森の中に身を潜めている。
 本来ならば町の安宿で悠々自適と何食わぬ顔で過ごしていただろうことを思うとバカをした仲間への苛立ちがアズマは収まらない。
 
「そういえば子供いたよな。あいつらってどうしたんだ?」
「ああ、あの二人ですね。残った人たちが見てると思いますが……さあ?」

 ふと思い出して言ったアズマの言葉に青年は曖昧に返す。
 買い出しに……正確には買い出しと情報収集に行く前、荷物を持った子供が二人森の中を歩いていたのだ。少年と少女のその二人組は男達に合い、そしてその身を拘束された。アズマは実際にその場にはいなかったのだが、捕まえられたその二人の姿をちらりと見ている。

 家に返して誰かいたと騒がれても困る、そういった判断で焦った仲間が捕まえたのだが、子が帰らなければ街の方は余計に騒ぎになる可能性が高い。けれど捕まえた以上離すわけにいかずそのままにしてあるのだ。

「暗い中歩いていると悪い大人に見つかるって親から言われなかったのかね」
「オレら見た時探しもの見つけたように一瞬嬉しそうな顔しましたし、迷子じゃないですか? いい教訓になったと思いますよ」
「次があればいいがな」

 そんなことあるはずがない――暗にアズマはそう告げる。
 顔を見られ攫った相手をただ離すというのは危なくもある。捕まるリスクが高まる上に罪状が余分に付くだけ。消すか、仮に離すとしてもここを去ったあとでだ。

「どうするかあいつら。あのままってわけにもいかん」
「あんまり子供ヤるのは気分良くないですオレ。適当に逃がしましょうよ」
「バッカそんなんだからお前はダメなんだよ」

 呆れたように青年の頭を軽く小突きアズマは溜息をつく。
 青年の優柔不断さ、甘さにもなるそれについ呆れてしまう。

「いいか? そういう躊躇いがバカ起こすんだよ。その時になって躊躇うな。後悔なんざ後で出来る。そして上手くいっても決めたこと以外をするな」
「何でですか? 上手くいったなら行けるとこまでいけば……」
「馬鹿野郎。上手くいったのは“そこまでは上手く出来た”ただそれだけだ。運が良かったからでも手前が玄人だからでも何でもない。調子に乗って勘違いしたゴミのせいで今どうなってるか考えろ」

 ここまで上手く出来た。だからまだ大丈夫だろう。そんな考えは自殺行為にしかほかならない。
 確かにそれで思わぬえ利益を得ることもあるだろう。だが、計画されたものと違いそこからは運が多分に絡んでくる。態々自分からほころびを作ることにほかならない。

 一度ミスをすれば終わり。そんな行為の中でほころびを作るなどあまりに愚かしい行為だ。理性的な行動を心がけ感情を抑えるのが大前提。それを無視したもののせいで今不便を強いられているのだから尚更だ。 

「確かにそうですね。でもやっぱ難しいですよ。言われただけじゃどうも」
「躊躇いは自分を殺すぞ。仕事と趣味は割り切れ。その点俺はお前を評価しているぞ。臆病だからか言われたこと以外勝手なことはしない。へらへらして『出る杭』にならないから目立たず溶け込める。あの時同じ場所にいたのに顔を見られずに済んだ運とかもな」
「それ褒めてるんですか? 酷いですよアズマさん」
「そう言って木偶にならず色々聞いたり言ったりするとこもだ。甘さを切って大人になれよ」

 足取りも軽く、褒められたのが嬉しい青年は苦笑しながらも僅かに頬を緩ませる。
 鞭の後の飴。それを気づかず甘受しながら青年はそれなら、と褒められた考えをぶつける口で自分の意見を言う。

「じゃあ捨てるのやめて連れてって売りましょう」
「どこにだよ……まあ探せばあるだろうけどな」
「女の子の方可愛かったですよ。そうしましょうよ」
「器量は良かったな。飼って玩具にしたい好事家もいるだろうしそれでいいか」

 真っ直ぐな黒髪の美しい幼さを残した少女だったはずだ。公に金で買えない歳の少女を欲しがるやからなど探せばすぐ見つかるだろう。その相手の元で少女は飼われる。
 公にされていない、何をしても法に咎められない様に囲われ少女は飼われる。その肢体に欲望をぶつけられ蹂躙される。人としてではなく奴隷として、ペットとして。段々と育ちその美が増し肢体も大人びるごとにその体も使い込まれ、そしてまた性をぶつけられる。
 そこまで軽く思いをはせ、まあ死ぬよりはましだろうとアズマは考えを止める。

「まあ何もなければだがな。それが足かせになったら困る。男の方は……五月蝿ければそこらに捨てとくか」
「ですね。あ、着きましたよ」

 仲間が待つ場所に着く。
 人目を遮るように木々や植物が多い中にある少し開けた場所。近くに粗末な小屋があるそこで焚き火を囲むように座っている五人にアズマと青年は合流する。
 火の周りには木の串が通された肉があぶられており他の物たちは既に思い思いに食べていた。そこに買ってきた魚を追加しながら買い出しの二人は腰を下ろす。

「どうぞ」
「ああ」

 料理番をしていたらしい仲間の一人から適当に焼けた串をアズマは受け取り齧る。香ばしい匂いがして小腹もすいているが、何故だか余り食べる気にもなれなく二口目が伸びない。
 仲間の目が向いていないのを見て串の肉を茂みに捨てつつ軽く辺りを見回し近くのハゲの男性仲間に話しかける。

「子供はどうした?」
「あの二人でしたら縛ってあの小屋に投げ込んでありますが……」

 近くの小屋を指さしつつどこか歯切れの悪い言葉が告げられる。
 子供相手ならそれで問題がある対応ではない。別に身代金が欲しい誘拐じゃないのだ丁重に扱う必要性など皆無だ。
 泣き声や悲鳴などがないのがまあ気になるが、一体どうしたのかとアズマは思う。もしや早まった他の連中が既に手を下したのだろうか。

「ヤったんなら別にいいぞ。売ろうか考えていたがそれならそれで」
「いえ、違うんですよ。生きてます。男の方は何か煩かったんで一発蹴飛ばしましたが。ただその……女の方は」

 続きを濁すようにその視線が向けられた先には先程の料理番の男が。短髪でいかにも運動好きの好青年、といったあぐらをかいて火をいじっているその若年男を見てアズマは納得する。

「つまりヤったのか。“使用済み”になったわけだ。誰も小屋行かないわけだ」
「ええ。『どうせ返すわけじゃないんだし遊んでいいですよね。それで捕まえたし。可愛かったなぁあの子』って。戻ってきたとき別人みたいにすっきりしてましたよ」

 そいつの性癖を思い出して思わず呆れた声を出してしまう。その様子ではさぞや頑張ったのだろう。”運動”を終えたあとの臭い場所など好き好んで入りたくもない。
 さぞ少女は静かになっただろう。売る時の価値が下がったことについ落胆しやっぱり放置していこうかとつい考えてしまう。

「あ、ボクの話ですか」

 聞こえたのか若年男が笑顔で近寄ってくる。
 酷く清々しいその顔だが、その下にある性癖や趣味はろくなものじゃないのを知っているだけにその表情が酷く気味歩く見えてしまう。

「おいたも程々にしておけ。あの小屋使えなくなっただろ。臭い臭い」
「可愛かったですもん。押さえつけた時の顔が可愛くて可愛くて。逃がしたらもう出来ないのが悲しいなぁ。白を動けないように覆いかぶさって背徳感ヤバくてボクもう何度も」
「あー、いいいい。聞きたくないから」

 興奮しているのかいつもと違いやたら雄弁に喋ってくる相手に消えろ消えろと軽く手を振り追い払う。
 野郎の情事の話など聞いても面白くもなんともない。アズマからしても子供になどそういった興味もなく、街で金で女を買ったほうがマシだと思っている。だから理解できないが、まあ世の中そういった需要があることも知っているから否定する気も起きないのだが。



 暫くしてふと風に当たりたくなったアズマは仲間から少し離れ近くの木の根元に腰を下ろす。

「アズマさん飲みますか? 入れてもらいました」

 そっと湯気の立つカップが目の前に出される。どうやら抜け出してきたらしく、帰り道にはなかった痣を顔に作った青年からそれをアズマは受け取る。
 熱い熱が指を温める。火の番をしていたあいつに入れてもらったのだというそれは簡単なスープのようだ。大方粉物を溶かしたが適当な食材を茹でた汁だろう。暖まれば十分だ。

「その痣どうした」
「帰り遅いってちょっと殴られました。顔はやめて欲しいんですが気が立ってるんでしょうね。買ってきた干し肉ちょっと齧っただけでロクに食べられてもません。このカップは今日の料理番が特別にってくれました」
「文句言わないのか?」
「オレが言うと思います? どんな性格か知ってるでしょアズマさんは。少しすればなおりますよ」

 理不尽だが言えば相手はさらに苛立つだろう。そういった事を荒立てないのが青年の甘さであり利点でもある。上手く立ち回るには、はぶれずにいるには十分だし下にでるその態度を好く者もいるだろう。アズマからしたら良いとは思えないが、青年の生き方だ。

 言葉を返す代わりにカップを傾け中身を喉に流す。暖かさが身にしみ、口から出される息が少しの間白いモヤになって空をたゆらう。
 すぐ近くに座った青年がポツリと言う。

「皆に聞いてみたらあの二人放置しようって言ってました」
「掃除するの面倒だからだろ。いいんじゃないか。好きにしろ」
「あざっす。……甘いのが抜けきれないんですよね。いや違うな、臆病なんですね。覚悟がないんでしょうね」
「だろうな。もっと覚悟を……いや、お前の場合は経験だろうな」

 青年の甘さは確固たる意志がない弱さからくるものだ。何かをしようとする際自分の意見で正しいのか確信が薄い。何か大きな事でもあり確固たる何かを感じ取れるようなことでもあればそれは変わるだろう。誰かの庇護化でなく、自分で動けば。
 だが現実、そんな事は望めないだろう。
 自分の芯をどこに置くかさえ迷っているような状態では到底無理だ。

「割り切ったほうが楽だ。何なら四六時中腹に刃物でもつけとくか。色々と冷静にされる。いざという時にも使える」
「いいですねそれ。最初の頃は上手く寝られなそうです」
「不測の事態を想定するってのは大事だ。俺は色々用意してあったりもするしな」
「ほんとですか?」
「ああ。準備っていうのはしすぎて困ることはない。覚悟もそうだ。『一度決めたら貫け』そこに余分なものを入れるな。もしかしたら、きっとまだ、上手くいけば……計画の時ならいい。だが実際の時の“それ”は弛みでしかない。意思は、『覚悟』は強さだよ」

 アズマにとっての計画というものは上限の一歩下だ。けっして『それ以上』をたやすく受け入れられる下限ではない。落とすことはあっても上げはしない。本当なら上限がいいのだが、実行した際の多少の誤差を受け入れられるようにしていなければ簡単に潰れてしまう。
 完全にできたら上々。仮に上を求めるにしてもその場で新たに計画を練り直してから。何もなしでちょっと手を伸ばしてみよう、など自殺行為だと思っている。

 だからこそ”それ”だけは貫くのだと決める。僅かな迷いさえも断ち切り、一直線にブレずに動く。時に確固たる『意思』は思わぬ運を寄せることもある事を知っている。

 そんなアズマを青年は感心しながらも変なものを見るような目で見てくる。

「……今まで何があったんすか」
「色々だ。気にするな」

 そろそろこの仕事もやめようかなどともアズマは思っている。
 だが言うべきことでもないとばかりにもう一口カップの中身を口に含み残りは飲む気になれず地面に傾ける。青年は一気に煽りカップを空にする。
 暖かいためか微かな倦怠感が体にまとわりついているのを感じる。

「そう言えば静かだな。子供の声がうるさいの覚悟していたが」
「声も上げられない状態じゃないんですか。散々にヤられたみたいですし」
「……そう、だよな。にしても生きてるのか心配になるくらいだ。本当にいるのかよ。死んでないか?」
「何か気になることでも?」

 いや、とアズマは小さくかぶりを振る。何となくだが小さな違和感があったのだ。だが何の確証もないそれを気にするほどでもないだろう。
 ただ何となく、何となくだが小屋から気配を感じられないのだ。

「そろそろ戻るか。小屋もちょっと見て――」




「――ッあがぁっあああ!!?」


 瞬間、悲鳴が上がった。
 火を囲んでいた五人。その内の一人が胸を抑え倒れたのだ。
 いや一人だけではない。他三人もふらつき酷く辛そうにしている。地に蹲り吐いているものもいる。

「おいどうし――っ!?」

 立ち上がろうとした意思と反しふらついた足元にアズマは驚愕する。
 感じていた倦怠感がやけに大きい。吐いたりなどということはないが明らかに異常で眠気さえ感じる。横にいる青年はアズマよりも酷く必死で頭を抑え眠気を抑えようとしている。

「吐けお前ら! 今すぐに!!」

 睡眠薬。その言葉が脳裏に浮かび確信する。だがもう一つの要因が、自分たちと他四人の症状の差がわからない。
 一体何が原因なのか、咄嗟に思いつかない。
 
「大丈夫ですか!?」

 焦ったような声が届く。ここの二人と四人、それに入っていない一人である料理番の若年男だ。どうやら彼は大丈夫らしくアズマたちの方へ向かってくる。
 何が、どうして。疑問が脳裏に絶えず浮かびながら手を借りようと若年男を――



「っ止まれ!!!」

 気力を振り絞ったアズマの声に向かってきていた足が止まる。

「どうしたんですかアズマさん。二人共辛そうだしボクが――」
「あっちの四人の方がよっぽど辛そうだぞテメェ。眼付いてんのかおい」
「あ、の……アズマ…さん、一体……」
「お前は少し黙ってろ」


 今にも倒れそうな青年の言葉を殴って黙らせアズマは荒れた口調で相手を睨む。殴られた青年はアズマの目論見通りその衝撃に嘔吐し胃の中身を吐き出す。
 眠気を気力と痛みで弾きながら出された疑問が若年男へと向かう。

「そういやよ、何で今日はお前が火の管理してた。飯の用意とかはいつもこっちのバカの仕事だったはずだろうが」
「何を言い出すんですか急に。ただ待っている時間が長くて腹すいたからボクが」
「その割には全然食ってなかったよな。いや、今思えばお前何も食ってないんじゃないか」

 串焼きとカップの飲み物。若年男はアズマの見た限り何一つ口へ運んではいない。
 症状の差だってそうだ。青年とアズマは前者は食べず、後者だけ。そう考えれば説明がつく。

「ボクを疑って――」
「いや、それは別にいい。白、だったか。お前が攫った少女の名を知っていたことも、まあいい」

 “運動”の時に聞いたなどいくらでも考えられる。だからそれは別に問題じゃない。確信を持ったのはそこじゃない。
 問題なのは――

「お前、さっきなんて言った?」

 目の前のこいつが、本物のクズのはずだということ。
 言うはずが無い言葉を言ったことだ。

「お前確か『元々ヤル気で攫った。返すつもりはない』って言ってたらしいじゃねぇか。けどさっき何て言ったクズペド野郎。“どうして”『もう出来無い』んだったけか?」
「……ああ、なるほど。にしてもそれは酷い」

 焦った表情から一転、まるで間違いを反省する子供のようにつまらさそうな顔になった若年男が“どちらの”意味にもとれる言葉を呟く。容姿と背丈はそのままに、雰囲気がガラッと変わる。

 それでアズマは確信する。闇に紛れ動かした手で腰の裏にあるものを掴みながら機を狙う。

 まるで別人みたいにすっきりして―――
 いつもと違いやたら雄弁に喋って―――

 人は嘘をつく時隠そうとしていらないことまで喋り多弁になるという。
 ヒントはいくらでもあった。それを見落としていたことに、違和感はあったのに気付けなかった事にアズマは歯噛みする。

「――誰だテメェ」

「凡ミス、か。あいつに任せるべきだったかな」




 若年男の声を確認と同時、アズマはナイフを引き抜き自分と青年の手を切り裂く。 そのままナイフを相手に投げつけると同時、激痛に覚醒した意識で青年の腕をつかみ走り出す。
 倒れた仲間たちとは逆の方へと。

「走れ」

 背後から投擲された刃物をアズマはもう一本のナイフで弾く。だが暗闇とまだ自由の戻りきらない体が弾けたのは一本だけ、腕や足を裂かれながら懐から出した閃光弾を放る。
 炸裂する光を背後に青年の背を押し駆ける。

「他の人達は――」
「無理だ!」
「だけど……」

 倒れた仲間を見捨てられず、足が止まりかけた青年の顔を殴り走らせる。
 助けるのなら尚更だ。倒れた向こうを無視してこっちに向かってきたことを考えるなら、仲間の方に向かっても意味は薄い。なら少しでも逃げて時間を稼ぐほうがいい。相手の言葉を考えるなら向こうは二人なのだから。
 もしかしたら、で助けに向かうよりも一人でも多く生き延びる道を。可能性のない『助ける』は殺したのと変わらない。

「二手に分かれるぞ。走れ」
「――はい」

 もっとも閃光弾を放る瞬間、何とか起き上がっていた仲間たちの所で動く“もう一人”を見たアズマは仲間に望みはないと知っているが。

 木の根に、蔦に足を取られそうになりながらも暗い森の中を全力でアズマはかける。
 その足は速い。段々と戻ってきている感覚を駆使しながら脇芽もふらない。
 その背後に音が迫る。

「こっちがハズレか」

 光からまだ数秒。ロクに逃げられもせず迎えた結果にアズマは嗤う。
 逃げ切れよキョウ――
 小さく呟き、アズマは振り返りながらナイフを振り払った。
















 合図があったのを確認して白は暗闇から飛び出した。
 既に起き上がっていた対象はこちらを見てその目を見開き腰元に手を伸ばす。
 だが遅い。
 既にチャクラを練りきっていた白の手がその懐に叩き込まれる。

――螺旋丸・偽

 第三段階目『収束』がまだ完璧には終わっていない、けれど人に向けるには十分なだけの暴力。渦巻く力の奔流が相手の男性の胸部の肉を抉りながら吹き飛ばす。
 仲間の惨状を見て自体を理解した他の男が刃物を向けて向かってくるのを見て白は千本を投擲。狙い通りに腕と足に刺さりその力を麻痺させた所へ苦無を腹部へと突き刺す。

 こちらを女性だと見てタックルをすべく姿勢を低くして向かっていた三人目に対し、白は横へ避けながら持ってきた水筒の蓋を開ける。素早く印を組み宙に溢れる水に指を浸すと同時、その全ての水が円盤状に変形。指向性を持って敵へと向かう。

――水遁・水切花

 回転しながら飛来するいくつもの水盤は相手を切り刻みその内の一つが相手の喉を裂く。それを見て白は酷く辛そうな表情を浮かべながら一息で相手に近づきその頭を蹴り飛ばす。
 

 実験だと、そう白はイツキに言われた。
 毒はどの程度効くか。自分たちはどの程度動けるか。術はどの程度まで使えるか。使える術はどれほど人に効くのか。
 火車に教えられた盗賊たちでその程度を試すのだと。だから、手加減はするなと。消えても誰も困らないやつらだと。
 経験を積ませてやる。自分の役に立つように。お前の存在理由だ。
 だから殺せ。出来なきゃお前は使えない――そう言われたのだ。


 水筒を使っているのも実験だ。中に入っているのは水風船など鍛錬の際に使っていた水。使い回し何度となく自身のチャクラを込めてきた水は普通の水よりも馴染み細かい操作も行える傾向があるからだ。
 あの時のイツキの無表情を思い出し、そして自分のしていることを思い優しい白は無理矢理に感情を殺す。
 けれどついイツキの方を見てしまう。そしてイツキに対して投げられた筒が目に入る。

「――イツキさん目を!!」

 自身も目を閉じながら反射的に叫んだ瞬間、光が炸裂する。
 瞼を閉じていても眩しさを感じる程の強い光。どうなったか心配で光がやんですぐ目を開け白はイツキの姿を探す。

 ふとさまよった視線の先、問題ないイツキの姿を見て白はほっと胸をなで下ろし、イツキが追っていた二人が二手に分かれたのが目に入る。イツキが追ったのとは違う片方に千本を構え――振り下ろされた刃を白は身を捩って避ける。
 最初に飛ばした相手だ。どうやらまだ動けたらしく、イツキの身の安否に思考が取られすぎて気づかなかったのだ。
 
 毒で倒れた相手は四人。目の前の一人とは別にもう一人、やっと起き上がれるほど回復した相手を視界に収める。戦うべきか逃げるべきか血を流しながら迷う相手に白は一息で近づく。
 足に溜めたチャクラの爆発力からの疾走。暗闇と先の光の影響で常人には消えたとさえ見える速さ。一人目を蹴り飛ばしその全身に千本を降り注がせる。
 逃げようと背を向け隠れた残り一人を数秒で見つけ、白は印を組み口を膨らませる。

――水遁・水弾の術

 吐き出された圧縮された水の塊が逃げる相手の背に激突。倒れた相手に白は苦無を投げて突き刺す。
 使ったのはどれもそう難易度の高くない術ばかり。特に問題なく使えたことに安堵と悲しみを感じ白は歯を噛み締める。

 向こうはどうなったのだろう。そう思い白はイツキの方へ視線を向けた。











 耳に触る金属の不協和音が小さく鳴り響いた。
 チャクラ刀を受け止めたナイフをに対しそのまま踏み込み側面に回りながらなぎ払う。咄嗟にしゃがんで相手の男性は避けるが薬が抜けきっていないのか動きのつなぎが鈍い。そのまま踏み込んだ俺の蹴りが相手に入る。
 痛みにうめき声を上げながら男性は咄嗟に後ろに下がりナイフを構える。
 だが鈍い悲鳴を上げすぐに崩れ落ちる。

「何が……これ、は」
「苦無は弾けてもこの暗さじゃ“コレ”はロクに見えないだろ」

 指の間に千本を挟んだ左手を軽く持ち上げる。ツボに指すのは無理だが一応練習して投げるだけなら出来るようになっている。流石にこの暗さじゃ普通の人間に見えるはずがない。
 足に刺さった千本を無理やり抜きながら男性は木を背に立ち上がる。

「あの光でよく動けるじゃねぇか」
「優秀な仲間がいてね。叫んで教えてくれた御蔭で目を閉じられたよ」
「犬みたいなやつか。やっぱり――」
「時間稼ぎならいらねぇよ」

 喋る相手を無視して近づき一気に接近。振るわれるナイフに体を低くして潜り込みチャクラ刀を振るう。
 咄嗟に横に避けた相手に対しそのまま旋回。肘が男性の腹部に突き刺さる。

「よくそれだけ動けるなあんた」
「ハッ、忍者崩れが何を言うクソ野郎」
「あ? 何で……ああ、だからか」

 やけに動きのいい相手の事情に合点がいったと呟きつつ投げられた苦無が相手へと飛ぶ。
 避けようとするその動きに、そして忍者崩れだとこちらを推測した言葉から一つの答えが導き出される。

「少しはチャクラ使えるのか。どうりでスタングレネード何て持ってるわけだ」
「齧る程度だけどな。誰にだってある才能だ。俺は生き残るための次への準備を欠かさないんだよ」
「あ、そう」

 姿形を全く同じに化ける方法などない。あるとすれば忍術。過去の知識から気づいた男性はこちらの正体を看破する。
 だが動きから見ても本当にかじる程度のようだ。

 チャクラは人なら誰にでもあるエネルギー。忍者だけが使う、というイメージがあるが訓練すれば大なり小なり使えるし盗みなどには有効だろう。だが、まともに使うにはある程度確かな鍛錬がいるものだ。

 苦無を弾き体勢が崩れた男性の顔に膝を叩き込む。弾性のない硬い肉を叩いたような気持ちの悪い感触が膝に伝わり血が染み付く。
 それを見ながら呟く。

「次はないから安心しろ。『キョウ』とかいう奴もだ」
「……躊躇いねぇな、おい」

「――持ったら動けなくなるんだよ、今の俺は!!」

 思考、即、実行。
 叫びながら迷いなく振りかざしたチャクラ刀が相手の腕を切り裂く。
 酷く気持ちの悪い暖かい肉を裂く重い感触がぬぷりと刃を握る腕に伝わる。肉を一文字に切り開かれ、致命傷には至らないが男性は木にもたれるように倒れる。
 死んではいないが息は荒く血を滔々と流し続ける男性に立ち上がれる気配はない。

 黙りこくったイツキに白が近づいてくる。

「大丈夫ですか? 辛そうですが」
「問題ない。ちゃんと殺ったか白?」

 聞きながら目を白が来た方へと向ける。
 残された焚き火の光に照らされ倒れふした四人の姿が見える。動きそうな気配はない。
 だが……

「倒れているだけで血は余り見えないし随分と怪我も少なそうだが、あれは何だ?」
「いえ、そんな事は――」

 暗いが、それでも見えた倒れている相手は皆そこまでのモノに見えない。腹部を刺されているものもあるが、心臓や肺の部分でもなく、腰の辺り。確かに重症だろウガ、それだけ。少なくともすぐに死に至らしめる傷を与えられたものは少ないだろう。
 白が握っているチャクラ刀や苦無を見るがロクに血も付いていない。術だけで殺せた、と考えるのも恐らく無理があるだろう。

「殴ったりけったり、足や腕刺しただけか? 心臓じゃなく腹を刺しただけで死ぬか? 医療用の千本差しただけで死ぬか?」
「それは……」
「優しいからなお前。手加減したのか。明確なトドメにならずほっとけば死ぬ怪我、くらいに抑えて手抜いたのか」

 確かにあのまま放置しておけば死ぬだろう。
 全く、あまりに優しくてヤサシクて泣きそうだ。

「そういや逃げたもう一人どうした。毒でくたばった四人くらいすぐ始末できて追えたろ」
「逃げられました。少し、気を取られて四人を倒すのに思ったよりかかってしまいました」
「あ、そ。ミスか。何で追わない?」
「先程の光が見られた可能性が高いです。人死がでた強盗の被害の矢先の光。恐らく町の人間が森に入っています。そして相手が逃げたのが町の方向。崖もありますし見失った以上犬など持たない僕では恐らく……」
「時間がかかってリスクが高い、か。頭いいねぇ」

 確かにそのとおり。町の人間に見られるのは極力避けなければならない。
 だが元は白のミス。ちゃんと前もって対象は全員だと言ってあったはず。それに“倒す”か。
 来い来い、と軽く手を振る俺に白が近づいてくる。
 ああ、こいつ――

「白、ちょっと」
「はい、何で―――」

――舐めてるな

 そう思いその腹を全力で蹴り抜いた。
 小さい白の体、その腹部に俺の足がめり込み白の体が一瞬浮き上がる。

「――~~~?! ……ッが、な、ぁ」
「ふざけてるのお前?」

 声にならない悲鳴が上がるのを無視して問いかける。
 体を貫く衝撃に息も出来ず、くの字に折れ腹を抑え苦悶に歪む白の顔を渾身の力で殴る。
 再度の暴力に呆然とした顔でたたらを踏み、かろうじて耐えた白の視線が俺を貫く。たらり、とその口と鼻から血が痛々しく流れる。

 白に近づきその顔を鷲掴み力を込める。
 強まる力と痛みに白が段々と苦悶の表情を浮かべていくが取り合わない。足が浮き幼い白の小さな顔が段々と軋んでいき苦悶の声が漏れる。
 
 確かに俺は白に殺せといった。なのにこの醜態、余りにも舐めている。
 自分を道具だと言い切るならばなぜこの程度の事が出来ないのか。

 そう思いながら更に力を入れようとした瞬間、白の目が見開かれる。ダランと垂れていたその両手が動いて俺の体を掴む。無理に動き明らかに激痛が走っているだろうに止まらず、チャクラまでも込めて全力で後ろに引かれ倒れる。それと同時に反転。白が上に来る。

 何を――

 そう思った瞬間、凄まじい衝撃と爆音が近くで響き渡った。
 一瞬の衝撃と爆風。飛ばされ地面を転がりながら、暫し立ち上る煙のその発信源へ視線を向ける。

「何だ!?」
「起爆札、です」

 上に――庇うように覆いかぶさっていた白が呟く。今の衝撃で既に手は離している。
 起爆札。忍者なんかが使う道具の一つで、時間や衝撃で爆発する札のことだ。真っ当でない商人を通じれば一般人でも手に入れられるだろう。少し大きい栞程度の大きさながら人を一人殺すくらいの力は優にある俺も持っている殺傷武器。
 見れば木に凭れ倒れていた男の姿がない。少し視線をずらせば闇の中に消えていく背が目に映る。

「隠し持ってたのか。機を伺ってたってわけだ小賢しい」
「直ぐに追います」
「いや、いい」

 走り出そうとした白を体を起こして止め、別の方を向かせる。

「ですが向こうは何も」
「確かに向こうの方は何も仕掛けてないわな」

 ここ一帯には簡単なワイヤートラップの類が仕掛けてある。どの程度使えるかのこれも実験だが、それの薄い方に相手は逃げていった。
 このままならその見失ってしまう可能性が高いが……

「逃げたんなら逃げたでいい。もう手は打ってあるからあっちは俺だ。お前は向こうでケリつけろ」
「ケリ……?」
「寝てるやつ仰向けにして喉抉ってこい。万が一、を消してこい」

 手加減されて生き残っていたら困る。ひと目で見て死んでいるかどうかわかるほど慣れていない。漫画みたいに話している間に逆転される、実は生きていて後で力をつけてきて倒される、なんてのはゴメンだ。
 まだ動ける倒れた敵を前に悠々と喋るなんてのは自分に確かな腕の覚えがあるやつだけ。そんな自信なんて、俺にはない。芽は潰せるなら潰す。その為の予行演習。

 逃げた相手に投げつけられたナイフを拾って白に渡す。手の上から覆う様に、けっしてそれを離すことを許さないように強く握る。
 触れた肌から白の躊躇うような感情が伝わってくる。白の目がこちらの目を見る。だがそれに何も言わず、ただ強くナイフを握らせる。

 倒れた奴らが生きていたら困る。化けているとはいえ変に話を広げられるかもしれない。

「俺の事裏切ったりないがしろにするつもりがないのはさっきので分かった。だからケリつけたらそれでいい」
「……分かりました。向こうはお願いします。ですが今からでは」
「大丈夫だよこっちは」

 しっかりと頷いた白にちらりと手にあるチャクラ刀を見せる。“輝きの薄い”それを見て白はこちらの意図を理解し頷く。
 これも“実験”だ。初めから逃がすつもりなど、あの相手が逃げきれる事など無理なのだ。
 袖で血を拭う白に背を向ける。

「じゃあ―――」
「イツキさん。僕なら、別に大丈夫ですよ」

 唐突に、何の脈絡もなくかけられたその言葉に何か強い意志を感じて足が止まる。
 殴られて血を流した顔で、その傷を与えた張本人に酷く優しい顔が向けられる。

「僕は大丈夫です。殺せと言われれば殺します。殴られろと言われれば殴られます。好きに使って……言われれば、従います。したくないことは全部、言ってくれれば大丈夫です。代わりますから」

 使ってくれと白が言う。罪悪感など考えるな。お前の道具だからと。
 それをさせる為の道具だと、したくない事をさせる為のものだから。確かにそうだしそう言ってきたが、なぜ今言うのか。
 今の自分の”何”を感じ取ったのだコイツは。

「何、を」
「押し付けて下さい。その為にいます。ですから――」




「そんな今にも自分を殺してしまいそうな顔、しないで下さい」

「――――ッ」

 酷く優しいその言葉に今まで抑えていたモノが出そうになる。酷い頭痛が金切り声を上げて襲ってくる。
 何か言おうとして、けれど何も答えることが出来ず背を向け走り出す。

 なぜ気づかれたのか、何故それをここで言うのだこいつは。
 隠していたはず。その為に躊躇わなかった。気づかれては意味がない。だからそれを突きつけられたくなかった。
 縋り付きたくなる酷く残酷な言葉に貫かれ叫びたくなる。くそ、クソクソクソクソクソ、くそが―――







 零された血を辿って少し走った先で逃げた相手は倒れていた。
 立ち上がろうとして足掻いたのだろう。出血による症状にしてはおかしい自分の体の異常を理解できていないのだ。足は動かず、苦しさからか胸を抑えている。
 地に伏した相手の視線が俺を向く。

「死にそうな顔、してるな、クソガキ」
「……どいつもこいつもうるせえよ。俺が死ぬ何ざ、それを“受け入れる”何ざ俺が許さねぇよクソが」

 それを認めるなんて絶対に許してはならないことだ。そうしないために、俺を”殺さない”為に生きると決めたのだから。死を全力で抗わなければ誓を裏切ることになってしまう。
 近づく俺に震える腕で何とか体を起こし、けれど自力ではそれを保てず木に背を預けた相手が震えた声で問う。

「あいつは、どうした」
「逃げたやつか? 教えるとでも思うのか」
「ああ、逃げられたのか」
「……何を馬鹿な」

 わかるわけがない、そう吐き捨てる。

「捕まえたなら、かくす必要が、ない。全員、ころすつもり、なんだろ?」
「ッ、当てずっぽうだな」
「図星、か。ビビリの、だいこん役者」

 いいザマだと笑われる。
 引っ掛けられたのだと気づき奥歯を噛み締める。簡単な誘導じゃないかこんなもの。
 だが、知ったところでコイツに何ができる。回った毒はもう何もせずとも半刻ほどでその命を奪うだろう。何の毒かわからなければ解除のしようもない。こんな山の中、解毒剤を用意することは不可能。大量に血も出ている麻痺した体で町まで降りるのも不可能。もう、万が一は起こらない。

「おれに何を、した」
「毒だよ、神経毒。最初に投げた苦無とこのチャクラ刀に塗ってあったんだよ。最初っから逃がすつもりなんて無い」

 塗装された毒で輝きの鈍い刀身を軽く掲げてみせる。人に使ったらどうなるか、それを試すためだ。動物にも使ったことはあるが、人に使った際を試さなければならない。いつか実際に使ったとき、時間のミスや分量のミスで効かなかった、死んだ、なんてあっても困る。
 どうせなら、と思い懐に入れておいた細い木の棒を投げつける。

「お仲間の方はそれだよ。夾竹桃、って知ってるか? 毒のある木でな、食材を刺す串なんかに使って食うと一二時間中毒を起こす。どうせなら全部教えてやるよ。どこからネタバレして欲しい?」
「つまり……最初から、おまえ、は」
「ああそうだよ。知り合いから情報もらって探しに来た。正直誰でも良かったから運が悪かっただけだよ。お前たちが捕まえたガキいるだろ、あれ俺たちだ。ワザと捕まって途中で化けて入れ替わったんだよ」

 そして化けた姿で率先して火の管理をして毒の串を使った。その間に白は隠しておいた道具を取りに行き、罠を張った。
 小屋に入れられた時ちゃちな縄で手を縛られたがそれは白が切った。風の性質……俺には使えない、鍛えれば滝さえ切れるそのチャクラで。白の手のひらで握らせさせ時間さえかければ縄など容易いものだ。

 金属製の手錠がかけられる心配もあったが、ただの盗賊が持っている可能性は低いと読んでいた。子供として演技をしたとき腹を一発蹴られたのが誤算といえば誤算だが。
 場合によっては力押しさえ考えていたが、よくよく計画通りに行ってくれた。

「色々とあってさ、いざという時躊躇わないように経験積もうと思ってさ。それでだよ。経験値積んでレベルアップ、てな。いやはや驚いたよ起爆札まで持ってるとは。最初にしてはよくよく出来て上出来だよ。だからお前は死―――」
「そんなしゃべって、何がコワイんだガキ」

 その言葉に、息が止まったように言葉が止まる。
 そんな俺を見て、全身から血を流し息も不規則な今にも死にそうな相手が嗤う。

「べらべら、べらべらと。口上だけで、動かねえ。人を殺すのが、そんなにコワいか。罪悪感に、つぶされそうか? 犬みたいな、もう一人にあんなタンカ、きってよ。情けねえな、ガキ。コワけりゃ、おうちにでも帰ってろ」

 情けない俺を見て楽しげに見て、馬鹿にする目で見下して相手は言い放つ。
 コイツは、何を言っている。
 俺が、怖がっているだと?
 そんなこと――

「『覚悟』が、足りねぇ。あの犬っころに、頼りきってろ、ビビリ」

 確かな意思を込められた侮辱。全身が麻痺し震えているはずなのにそれでもぶつけられた確固たる相手の揺るがぬ言葉。
 それを受けて、俺の口が開く。

「――ああそうだよ、怖いよ畜生が」

 ――当たり前だ。そんなこと、当然じゃないか。

「殺すなんて、その人生を奪う何て怖いに決まってる。そんな事、もう十年以上前から知っているさ」

 止まらない。感情の濁流が、言葉が漏れていく。感情を殺し無表情を取り繕ったのに、口が勝手に動く。

「躊躇いがないんじゃない、躊躇えないんだよ。躊躇って考えたら、少しでも頭を動かしたら動けない。考えれば考えるほどに理性が、罪悪感が湧いてきて動けなくなる。だから、思ったらすぐ動かないと動けない。今だって『やめろ』『やめろやめろ』って頭痛が声になってきてやがる」

 考えれば考えるほどに体が止まりそうになる。凶器を刺した後が、流れる血が、理性が。想像に不安が湧き建てられ、動けなくなってしまう。
 だからこそ無理に動く。考えた瞬間に、その是非など思考しない。動こう、そう思った瞬間に、ストッパーが効く前に無理やり体を動かすのだ。

「罪悪感? あるに決まってるだろバカが。耐えられずに押し付けてるよ。“罪悪感は俺に押し付けろ”って言ったのに、そんな俺の方があいつに、あいつらに押し付けてる。
『俺のせいだけじゃない。あいつのためにも動かなきゃならない』
『あいつが動けるために、罪悪感を殺させるために示さないといけない』
……今だってそうだよ。俺は二人に押し付けてる」
「ふた、り……?」

 こちらの言葉を理解できないように相手が疑問の声を上げる。
 相手が見たのは白一人のはず。至極まっ得な疑問だろう。だが“それ”は答える必要がない。言う必要もないことだ。
 ”それ”を知っていいのは、知って罵倒する権利がある人はもう死んでこの世にいない。だからこれは俺だけが知っていればいいこと。

「0と1は違う。跳ばなきゃいけないんだ。今度は横に脚を下ろすことが許されないんだよ。止まりたくても止まれないように、無理やりに自分を追い立てたくてな。だから駆け下りるために利用させて貰うぞ」
「八つ当たり、だけじゃ、なく、使いすてか」
「ああ」

 きっと、今回だけではない。あと一度、二度同じことをする予定だ。一回だけでは知った怖さから止まってしまうかもしれない。だから理由がつけられない二度目もしなければならない。それにまだいくつか試さなければならないこともある。俺自身、術を試さなければ。

 そんな俺を見て、相手はくだらなそうに顔を歪ませ、口の中に溜まった血を吐き捨て間違いを指摘するように口を開く。

「おりてんじゃねぇ、そりゃ堕ちてんだよ、クソガキ」

 違いないとつい哂ってしまう。
 それは間違いないほどに正論だ。何せ、その先輩からの言葉なのだから。

「化けたのは俺が適任だったから。自分を偽るのは十年以上やってるからあいつより慣れてんだ。人殺すなんざ怖くて怖くてしょうがない。あいつの前で弱音見せるわけにはいかない」

 別人に化けたのもそうだ。自分の顔を、正体を知られないという状態は何かをしても罪悪感を薄めさせる効果がある。その心理的開放を利用しようとしたからだ。
 白の前で弱音を見せたら迷いが生まれるかもしれない。押し付けろといった先の自分が潰れたらいらぬ不安を与える。白には迷いなど持たず動いてもらわねばならない。
 いらぬ感情は全部俺が抱え、表に出してはいけない。
 
 それを理解したのか相手が口元を歪める。

 
「だから俺、か」
「ああ。これから死ぬ人間の前なら泣き言言っても気にする必要がないからな。……『事情がある』『したくてしてるわけじゃない』『俺も辛い』、そんな自己満足。漫画なんかでよくある、相手からしたらゴミみたいな、こっち側だけの自慰行為だ。全部晒して少しでも俺の罪悪感減らす為に使ってんだよお前を。潔く聞けゴミ」
「……はっ、死ねよクズ」
「否定はしねーよ」

 言葉の濁流が止まる。もう、十分だ。これ以上罪悪感の慰めは意味がない。
 言うべきことを言った。それを理解し変化を解いて元の子供の姿に戻る。姿を晒し、後戻りなどできないのだと、精神的にも自分を追い詰めて体を前へと動かす。

 殺す。
 その先に思考が行く前に。その意味を理解し想像し、止まる前に。
『止まるかもしれない』そう思うすら前に、戻れない“結果”が起こるように凶器を両手で構え全力で地を蹴って飛ぶ。

 その刃の先端は、狙い通りに動けない相手の胸元へと突き刺さる。肉を突き刺すその感覚に気持ち悪さを感じ、けれど全力で踏み込み体重を込めて更に奥へ。肉をかき分けて沈んでいく。
 根元まで、心臓まで埋まったことを確認すると同時、何か思うよりも早く手に力を入れる。グルリ。その刃が回る。
 肉を混ぜるような奇妙な、そしてひねり潰すような柔らかく重いヌプリとした感覚。半回転もしないうちに肋骨に当たり刃が止まる。

 
「アズマ、だったか。陳腐な言葉だが、存分に恨んで呪ってくれ。向こうで会えたらいいな」
「――し、ね」

 ゴポ。嗤いに歪んだ口から血が溢れ出す。最後の力を振り絞った言葉が俺の耳元で囁かれる。
 俺の目の前で相手――アズマの体が糸の切れた人形のように地に倒れた。
 
「……」

 少しして、刺さったままのチャクラ刀をゆっくりとアズマの体から抜いていく。
 溢れ出してくる血に服が濡れ、ああ、服を変えなきゃ、ふとそう思いながら抜き取る。

 立ち上がって自分の起こした惨状を見る。じわりじわりと地面に出来ていく血だまりを見ながらチャクラ刀を拭おうとし、ふと両手で握ったままのことに気づく。
 手を剥がそうとしても剥がれない。投げ飛ばすように大きく手を振り払うが、くっついた様に手は張り付いたままだ。

「は……――っ!?」

 哂おうとしたした瞬間吐き気が襲ってくる。
 初めて明確な”自分の意思”で犯した殺人。
 こみ上げてくるそれに耐え切れず膝から力が抜ける。丸まる様に体を折って嘔吐する。

 喉の焼かれる鈍い痛みとともに何も食っていないはずの胃の中身がぶちまけられる。
 吐けるものなどなく絶えず粘り気のある胃液だけが口から流れジワリと目に涙が浮かぶ。
 胃と喉が痙攣するほどに酷使され、やっとの事でそれが止まる。

――ジクジク、ジクジクジク……

 今更思い出したように頭痛が疼き鳴り止まない。脳の中を形のない虫に這い回られるような鈍い痛みが止まらない。

「……予想は出来てたが、やはり気持ち悪い。最悪だ。白がいないくてよかった。二度としたくねぇ」

 吐く事は予想できていた。だからこそ白と離れたのだ。こんな醜態を見せないために。
 俺のこんな姿、白が見れば戸惑いが生まれるかもしれない。さっきの白の言葉を考えれば尚更だ。
 事実、最悪の気分。体に力が思ったように入らない。
 けど、

「問題なく立てる、か。この程度で済むってことは思ったより心に来てないのか。どれだけ俺は罪悪感を他人に擦り付けてんだよ」

 ゆっくりとだが確かに立ち上がれた自分をつい自嘲してしまう。立てないかと思っていたがそうでもないらしい。それに思ったよりも心の乱れが弱い。無意識に他人に理由を押し付けているからだろう。改めるつもりなど一切なけれど、それでもそんな自分が嫌になる。

 服の袖で口を拭い、やっと離せた手でチャクラ刀の血を拭って仕舞う。
 ふと思い立ち、アズマの死体を探る。

「ああ、やっぱり」

 いつでも次の準備を欠かさない、という発言と容易く仲間を切り捨てる行動からもしかしたらと思ったが正解だ。思ったよりは少ないが懐からいくつかの貴金属が出てくる。これなら小さくて隠し持てるし金になる。

 盗品だとしても持ち主が誰だかわからない。返すにしてもどうやって手に入れたのか説明する事もできないのだ、有り難く頂戴していこう。金はあって困らない。襲うことを計画した時からもしかしたら、と思っていたのだ。
 死人には必要ないものだ。

「普通に盗人だな俺。まあ、殺しといていまさらか」

 個人が特定できるようなものがない事を確認し、懐に仕舞い込んで立ち上がる。
 最後にもう一度、自分のした事を目に焼き付けて俺は白の方へ走っていった。






 戻った場所では喉を一文字に開かれた四人が血の中で仰向けに事切れていた。
 血の匂いが鼻につくそこで、赤く染まりきったナイフを握った白が俺に気づき、いつも通りの微笑みで近づいてくる。

「ちゃんとやったな、偉いぞ」
「ありがとうございます。大丈夫でしたか?」
「ああ、お前に心配されなくても大丈夫だ」

 返り血か白の頬に付着していた血を指で拭い、そのままその頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
 口は拭ったし水ですすぎもした。吐いた事に気づかれてないとありがたい。
 
「回収できるものは回収して火は消しました。死体は隠しますか?」
「ああ。ホントなら穴で埋めたいが、人が向かってる可能性があるし簡単にでいいか」

 死体を引きずって草陰に隠したり近くの崖下などに落とす。
 犬なら一発、仮に今すぐには見つからずともいずれ腐臭で発見されるだろう。気温も低いことだ、暫くは大丈夫と思うが。

 偽装になれば、と白が使ったナイフの柄を一旦拭いその内の一人に握らせておく。ついでにアズマから回収した貴金属の内二つほど懐に忍ばせる。仲間割れだとでも思われたら嬉しいが、どうだろうか。

「……帰るか」
「ええ。服はどこで変えますか? 変化すれば誤魔化せますが、流石にこのままはマズイです」
「近くの街で買うよ。金はあるから好きな服買ってやる」
「どんな服でもいいですよ僕は。イツキさんの好きなので」
「女物のセンス何て未知の世界だ。求めるな」

 荷物を背に家がある街の方角へと二人で歩き出す。

 帰るまで少なくとも三つは町や街を通らなければならない。近くの街についたら服を買わなければ。それにカジ少年たちへの土産も何か買えたら買おう。
 何か家出の武勇伝でも求められるかもしれない。その時はどうしようか。精一杯、馬鹿な話をしてやろう。

 今となっては酷く遠く感じる友人たちの事を考えつつ俺たちは家路へとついた。
 つい今しがた自分たちが起こした惨劇に背を向けて。
 星明かりさえ朧な森の中を白とたわいもない話をしながら。










――ジクジク、ジクジクジク……

 止まらない(のろい)を抱えて。
 
 

 
後書き
――TSした可愛い白の口から出された水弾を真っ向から受けたい
というのは置いといて後書きです。


 まあ、書くこと特にありません。話の中でメンタルがボロボロになりかけた主人公が語りまくったおかげで追記するようなことありませんので。
 意図的に変えた文法的表現などは長いのでつぶやきの方に書かせて頂きます。

 今回はまあ、全然出してないしちょっとは術出すかーと思って三つほど出しました。内二つオリジナル。原作の水遁みんなレベル高いからしょうがない。
 大体こんな術ありそうだよね、というのを書きました。こっからも勝手な術がいくつか作られてくと思います。そう言ったの苦手な人は申し訳ない。

 主人公が色々経験積むだけの回でした。  
 情緒不安定になってきた主人公。こっからの二、三話で色々わかります。 
 
 ほか細々したことはつぶやきの方にて。


 誤字、脱字などがありましたら是非指摘お願いします。
 
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