| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

情報戦の海


情報戦の海

 宇宙暦795年、1月30日。フロル・リシャールは首都星ハイネセン、第二都市デンホフから宇宙《そら》に飛び立った。本来ならばカリンとエリィとともにハイネセンに戻り、それから第3次ティアマト会戦に参加するのが道理だったが、冬休みの期間中でありフロルの両親にも懐いているカリンを、誰もいないハイネセンの官舎に戻す、というのはフロルにはあり得ない選択肢だった。さらにはフロルの両親とカリン自身の要望によって、カリンのデンホフ滞在は決定したのである。

 もっとも、フロルが戦いから帰ってくればハイネセンに戻って来るようだったが、それまでの期間、カリンはアンナ・リシャールから手料理を学ぶつもりのようだった。フロルは前世の記憶からケーキの類はとても上手く作ったが、一般的な家庭料理のイロハを学んだのはすべてアンナからなのである。フロルが生まれ変わったこの世界で、食事に困らなかったのはアンナのおかげが大きいのだ。アンナも、自分の息子が積極的に料理を学ぶことに喜んでいた。フロルは大人っぽく、子供特有の稚気が少ない子供だったが、レイモンとアンナにしてみれば、思いやりがあってとても優しい子供だったのだ。

「いつまで経っても、フロルが軍人というのが馴染めないわ」
 アンナはいざ出発の時、フロルに言った。レイモンも一つ、頷いただけだったが、これに対するフロルの返答は肩を竦めることだけだった。フロルは今や自分よりも小さくなったアンナとレイモンにハグをして、そして泣きそうな顔をしているカリンをぎゅっと抱きしめ、賢そうなエリィの頭を一撫でして、実家を旅立ったのである。

 デンホフの同盟軍基地からの出立は早かった。それにはフロルが准将である、と言うことも大きいだろう。将、のつく階級はそれだけでもかなり偉いのだ。しかもフロルはこの年、29歳。来年には30代を越えるが、それでも同盟最速クラスの昇進速度であった。
——もっとも、ヤンには簡単に抜かされるだろうけど。
 またフロルを取り巻く環境も変わりつつある。先日の戦いで突如准将になった男のことを、意識し始めているのだ。
 原作では、32歳で中将となったウィレム・ホーランドが少将止まりでドロップアウトしてしまい、逆にそれ以外の若手がクローズアップされることにも繋がっているのだろう。
 自由惑星同盟は民主国家である。その軍隊はつまり民主主義の元に文民統制された軍隊である。150年にも及ぶ戦争に未だ終わりが見えない現状において、ただの大義名分だけで戦争を行うことはできなくなっていた。150年、その長きに渡り同盟と帝国は戦い続けて来た。もはや自分たちの命の価値がこの戦争にあるのか、という問いかけすら無価値化され、ただ政治家と世論の流れのままに戦っているのが実情である。そして戦争を続けるために、世論という味方が必要不可欠であり、それを誘導するために報道機関とその形態は歪に発展を続けていた。その一つに、軍人賛美があるだろう。それは個人として、英雄としての偶像的軍人賛美である。ブルース・アッシュビーもそうであったように、若者が高位の階級にまで昇進した、というだけで世間は放っておかなかった。

 現在、もっとも人気があるのはヤン・ウェンリーだろう。

 前年、参加していたヴァン・フリートの会戦において、いくつかの作戦案を提出した功績が認められ、年が明けた1月、准将に昇進していたのである。
 27歳での准将、というのは本当に早い出世というべきだったし、何より<エル・ファシルの英雄>なのだ。月日は経っても、かつて膨大な名声を手に入れた男に対する世論の好感度は高かった。もっとも、それを祝いにヤンの家を訪れたフロルは、
「別に昇進したいわけでもないんですがね。年金をもらうため、そして何よりユリアンと私が食い扶持に困らないために、給料が上がるのは嬉しいですよ」
というまことにヤンらしい言葉を聞いた。そういう奴だ、ということをフロルはよく知っていたし、むしろヤンがヤンらしいままであることをフロルは喜んだ。
 だがそんな暢気なフロルも、最近はマスコミに追われる人間となりつつある。官舎の電話にマスコミの取材依頼が舞い込むことも増えて来たし、彼を特集しようとする新聞社や雑誌の存在も、フロルは気付いていた。


「まずいな、そりゃあ」
 フロルはデンホフ基地の士官専用ラウンジで、バグダッシュ大佐と会っていた。顔を会わせる場所としては、最適の場所である。ここは大佐以上の者しか入れぬ特別な場所で、他に人の姿はない。
「やっぱり、そう思うか」
「ああ、フロルはこれでも情報部の人間なんだぜ。名簿には一切載ってないが、今の情報部第三課はあんたが切り盛りしてるようなもんなんだ」
 バグダッシュは愚痴に聞こえそうな口調で言い放ち、コーヒーのマグカップを傾けた。フロルはラウンジから見える外の景色を見ている。
 この前年、フロルとバグダッシュはグリーンヒル裁可の元、情報部に新たなセクションを立ち上げていた。情報部第三課。それが公式には存在しない同盟の新たな諜報機関である。彼らは誰も本気でやろうとはしなかった情報の管理と運営を引き締めるため、厳選な人員のスカウトによって所属メンバーを増やし、それを全宇宙に放った。それが、既に一年前のことである。それからの半年間、彼らの配下はまったく連絡を寄越さず、ただ潜伏先に馴染むことを職務とした。

そしてその半年後より、情報の収拾を始め、先の宇宙暦794年暮れに、敵外諜報員の排除を仕掛けたのだった。

 諜報員を消す、というのは情報戦において非常にリスキィな選択肢である。敵にこちらの動きを悟られる、という不利もあったが、何より敵であるとわかっている諜報員を消し、その代わりに入ってくるであろう新たな諜報員が厄介だった。そもそも諜報員を見つけ出す、というのは非常に大変な苦労を費やす。フェザーンや帝国の密偵もバカではない、簡単に尻尾を出すようなヘマはしないのだ。だから、それを見つけ出すのは砂の中から米粒を取り出すような労苦だ。そこで、一般的には敵の諜報員を泳がせて、その行動を監視下に置く、というのが常套手段なのである。

 だがフロルはそこで、セオリーを曲げた。
 敵の諜報員を一気に排除したのだ。

 その狙いは敵の視線を同盟に引き寄せることだった。特に、フェザーンの視線を。今まで同盟軍はフェザーンからもたらされる情報をほぼ一方的に受け取り、それを重要な国政の資料としていた。だが、その態勢から離脱を図るのだ、という意思をフェザーンに気付かせ、その反応を見ようとしたのである。フェザーンは今まで情報の管理と統括によってその繁栄を支えられて来た星である。原作では終始その情報によって同盟は振り回されていた。
『そうはさせない』
 そういうメッセージを送りつけたのだ。

「フェザーンの様子は?」
「ここ一か月は蜂の巣を突いたような騒ぎだったぜ。まさか自分たちが一杯食わされると思ってなかったんだろう。だが既に立て直しをかけている。早いよ、さすがフェザーンだ」
「まぁ、そんなとこだろうな」
 フロルは小さく溜め息を吐いた。ベンドリングの参加によって、情報戦の教育と運営が著しく捗っているのは確かだが、それでも長年の経験とかそういうものは未だフェザーンにあるのだ。一筋縄ではいかないだろう。
「そんなとこ? だから俺は消すのが反対だって言ったんだ。おかげでまた諜報が難しくなるぞ」
「困難な者は新たな人員と交代させる。今回は相手にこちらの存在を気付かせることが大切だったんだ。あちらさんは必ずなんらかの反応を見せる。それを見極める必要があるだろうな」
「今のところ、大きな動きはない」
「今度の出兵に関しての情報は?」
「俺たちの部下たちは働き者だよ。フェザーンで軍事物資が値段を上げている。帝国の軍関連施設の警戒レベルも上がっているようだ。帝国軍中枢コンピュータにハッキングをかけた猛者によると、確かに作戦は進行中らしい」
「随分な凄腕がいるもんだな」
「前からいた諜報員の一人さ。集団としての練度は低いが、個々の能力はそれなりのものなんだぜ、同盟も」
 フロルは何より目の前の男を見て納得した。フロルは大まかな方向性と指示は出したが、実務においてはバグダッシュの負うところが大きかった。その能力は非凡である。グリーンヒルが抱え込むだけはある、というところだった。

「フェザーンはなんと言っている?」
「今回はまともな情報を言っている。イゼルローン要塞より3万有余の艦隊が出撃、同盟に進軍中ってな」
「ここ数回同盟の負けが続いたからな。バランスをとるために同盟に有利な情報を流したか」
「引き続き、気をつけておく。押っ取り刀の帝国諜報部も、もうそろそろ動き始めるだろうしな」
「任せる」
 バグダッシュはそう言って、デンホフから姿を消した。




 
 フロルが宇宙に旅立ったのは密談の3時間後。そして周回軌道上で第5艦隊に合流したのは、1月31日に日付が変わった頃合いであった。

「久しぶりじゃな」
 アレクサンドル・ビュコック中将は艦橋に現れたフロルに対してそう言ったが、それは短すぎる休暇だった。二人が第6次イゼルローン攻略戦を終えて別れてから、まだ1か月しか経ってないのである。本来ならば、もっと長い期間が空いてあるべきだったが、今回は帝国の事情で攻めて来るのだ。こちらとしては、それを防衛するしか道はないのである。

「お久しぶりです、一か月ぶりでしょうか」
「カリンからのケーキは家内と二人で頂いた。大層美味しかった、とカリンに伝えておいてくれ」
「はい、わかりました」
 フロルは笑みを浮かべながら快諾した。カリンは昨年末のクリスマスにビュコック家に特製の手作りケーキを届けていた。一からカリンが考え、作ったケーキである。フロルの適切なアドバイスがそれに加わり、非常に美味しいものになった。今のところ、カリンの趣味というのはケーキ作りと料理作り、それにフライングボール観戦らしかった。らしい、というのはヤンから聞いた話で、ユリアンが出場するフライングボールの試合をよく見に行っているという。どうやら、ユリアンがカリンにアプローチを成功しつつあるらしい。

「カリンはどうしたのかね?」
「デンホフに、預けて来ました」
「そうか、ご両親にか」
 そう言うとビュコックは表情に陰を滲ませた。ビュコック家には本来二人の息子がいたのだが、その二人ともが戦争によって失われていた。息子が自分より先に死ぬ不幸を、今もこの老人は感じている。フロルはその事実に胸が痛んだ。もし、カリンが自分より先に死んだら、などという馬鹿げた想定を考えてしまい、彼の胸に激痛が走ったのであった。

「彼女、そう、おまえさんのパートナーは?」
「今はアレックス・キャゼルヌ准将の元にいます。後方勤務本部にいるかと」
「そうか、しばらく会っておらんのじゃないのかね?」
「ええ、半月ほどは。でも、お互い忙しい身ですからね」
 イヴリン・ドールトン大尉はヴァンフリート4=2基地での戦いまで、後方勤務の専門家シンクレア・セレブレッゼ中将の副官としてその軍務を果たしていた。だが、あの戦いでセレブレッゼ中将が軍務遂行不能に陥ってしまったため、その後処理を任されていたのである。そして昨年末をもってセレブレッゼ中将は退役し、予備役扱いとなった。
 これには事情がある。セレブレッゼ中将は後方勤務本部の次期本部長と目され、つまり裏方の中心として軍の兵站を管理していくはずの人間だった。その役割は大きく、特に戦場における物資輸送や調達能力、などの事務処理能力に長けていた。その彼が軍から抜ける、ということで当然上層部は強く慰留を促したのだと言う。風の噂には、後方勤務本部次長の席まで用意しようとしたが、すげなく断られたたらしい。そこで政府は、国家的非常事態における最終的局面にはその手腕を借りる、という妥協点を示し、結果完全な退役ではなく、予備役中将となったのである。

 その結果、お役御免になったイヴリンは、年明けからキャゼルヌの元で副官見習いをやっている。それはフロルにしても、安心だというものだった。あまり人には言えたことではないが、自分の恋人が戦場に出て来る、というのはあまり心臓に良い話ではないのだ。もっとも、そんなことをイヴリンに言えば軍人としての矜持を持っている彼女に失礼だろう。だが理性と心情は別物なのだ。

「ふむ、そういえばキャゼルヌ准将が過労で倒れたと聞いたかね」
「な!?」
 フロルは初耳であった。だがありえないことではない。つい一か月前に大規模なイゼルローン攻略戦があったばかりで、今回の帝国の侵攻である。経済的な観念からも、また人材的な観念からも、過度な無理がかけられたであろうことは想像に容易い。まして兵站がなければ軍事行動はなりたたず、後方勤務本部は帝国の遠征がわかってから半月、目の回るような忙しさであったろう。
 だが倒れたということを知ったのは、ハイネセンから旅立ち、第5艦隊の旗艦リオ・グランテに乗り込んでからである。恐らく、キャゼルヌがイヴリンに口止めしたのであろう。そういえば、ここ一週間は電話でのやり取りすらなかった。そんな暇がないほど、忙しかったに違いない。さきほどはイヴリンは安心、と思ったフロルだったが、どうやらそうでもないらしい。

「苦労が祟ってな。まぁ2、3日もすれば治るとのことらしいが、そのせいで後方が混乱しとるようじゃ。まだ、問題はなさそうじゃが」

 フロルはすぐにあの事件のことを思い出した。
 グランド・カナル号事件である。
 兵站の混乱から生じた軍需物資の不足を民間からの購入で賄おうとした結果、起きた惨劇。原作ではあの時、既にキャゼルヌがそれなりの地位を得ていたにもかかわらず、まずいことになったのは、過労のせいだったのだろう。

「一応、艦隊において物資の節約を促しておきましょう」
「うむ、いざ戦場で物資が足らん、などというのは困るのでな」
 ビュコックは頷き、フロルはその手配をした。娯楽品などの配給を通常より制限し、エネルギーの消費も抑えるように指示をした。もっとも食料だけは通常通りである。食、というのは軍隊において非常に大きな意味を持つ。ただ兵士の生存活動に必要なだけではなく、その士気に大きく関わってくるのだ。
 ロイエンタールの言葉を借りるのではないが、古来飢えた軍隊が勝利した試しはない。それに制限をかけるのは最終手段というものだった。





 フロルはリオ・グランテの司令部付きの首席幕僚になっていた。階級が准将になり、それだけの権力が備わったのである。その地位を固執して求めたことはなかったが、傍目からは順調な出世と見えるであろう。現在、第5艦隊はビュコック提督の元、非常に充実した戦力を有していた。一つにはビュコック提督の人徳というものもあったが、有能で人間的にも合格ラインを越えた者が多かったのである。更に一兵卒上がりの宿将、ということで兵士たちからの支持も大きかった。ビュコック提督も”老練”の一言に尽きる熟練の戦術眼、指揮能力を有し、同盟でも屈指の名将だった。
 その下をさせるのは数個分艦隊。チュン・ウー・チェン少将は年明けに艦隊を離れ、元いた士官学校の教授に戻っていた。戦力の低下は否めなかったが、さりとて作戦行動に支障を来すほどではない。同盟有数の精鋭部隊なのである。
 そんな第5艦隊司令官を補佐するのが、フロルたち幕僚たちの仕事である。フロルが首席幕僚であり、その下にラオ少佐以下数名の士官が控えている。
 そしてハイネセン出向から1週間経ったその日、フロルはラオ少佐を呼び出した。
 
「ラオ少佐、実は貴官と話したいことがあってね」
「はぁ」
 ラオはどこか魯鈍な目を向けてフロルに頷く。普段は幕僚としてそれなりに使える男であるが、どことなく覇気のないところがある。少なくとも、普段、フロルからはそのように見えている。
「君はどれくらいこの艦隊いたか、聞いていいかな」
 フロルは彼の個室に呼び出したラオに、コーヒーを入れてやってから椅子を勧め、いかにも平凡な質問をしてみせた。もっともフロルには目論みがある。
「4年前からです、准将」
「それは、僕が初めて第5艦隊に来た時だったかな」
「……ええ、そのすぐあとに」
 フロルはにやり、と笑った。それは会心の笑み、というよりは人のマジックを見破ってやった時、子供が浮かべるような笑みだった。
「私は君とそれからの付き合いのはずなんだが、どうしてかまったく君に対する印象が薄いんだ。本当に、そんな昔から一緒だったか、と悩むくらいにね。最近それに気付いたんだ。不思議だろう?」
 フロルは笑みを浮かべながらなんてことはないような口調で言っていたが、ラオの方は心なしか耳が赤くなっているようだった。顔はまったく変わらないが、どうやら発汗もしている。

「君は、情報部の人間だろう?」

 それはフロルがたった一人でやった調査の結果だった。フロルは第3課を指揮する立場にあるが、当然情報部の全てを把握しているわけではない。恐らくフロルが把握していない情報部員も何人もいるだろうが、その中のうちの一人が、恐らくラオ少佐なのだ。
 フロルがラオ少佐のあまりの影の薄さに疑問を持ったのは、彼が将来アッテンボローの元で主任参謀を務めるほど有能だったことを思い出したからである。それほどの人物が、今の第5艦隊では凡才の一員に溶け込んでいる。
——なぜ?
 歴史とこの世界が違うから、というのは安直な帳尻合わせであった。もし、そこに原因を求めるとしたら、それはラオが有能を隠している、つまり能力の出し惜しみをしているということになる。だが、それこそ大きな疑問を残す。いったいなんのために、第一線で働く艦隊に勤めながら、全力を尽くさないのか。
 そこから、もしかして故意に目立たないようにしている、という可能性に気付いたのだ。そして彼が第5艦隊に赴任したのは、フロルが初めてここに赴任したすぐあとであった。
 諸々の状況と推測によってフロルが導き出したのは、ラオが情報部の人間という可能性。
 そしてそれを寄越したのは、恐らく——
「グリーンヒル大将か?」

 ラオはその言葉を聞くと、一度視線を外し、大きく溜め息を吐いた。そして顔を再び上げた時には、顔つきから変わっていた。目が鋭くなり、まとっていた雰囲気が変わったのだ。
「フロル准将がいつ気付くか、この4年——まぁ准将がヴァンフリートの基地に行っていた間を除いてですが——ずっと戦々恐々としていましたよ」
「やっぱりか」
 フロルは納得した。グリーンヒルはフロルとの初対面から、フロルを要注意人物として警戒していたのである。そして恐らく、怪しいフロルを探るために配下の情報部員を送り込んだのだ。
 フロルは情報部の大半を把握している。だが、その彼以上に情報部を掌握しているのはその部長たるドワイト・グリーンヒルなのだ。

「ですが、よく気付きましたね。私の演技も、経歴も、ほぼ真っ白だったと思いますが?」
「そこだよ、あんまり真っ白でね。逆に怪しくなったんだ。それで、いろいろとね」
 最初のきっかけはフロルの記憶だったのだが、それを言っても誤解されるだけである。フロルは口にしなかった。
「それで、私をどうしますか? グリーンヒル大将への手駒に使いますか?」
「私としてはグリーンヒル大将とは今後もいい関係を続けていきたいからね。特に何かをしようとは思わない。だから、これは個人的なお願いなんだが、私の私的な調査活動に動いてくれないかな?」
 その言葉にラオは驚いたような顔をしてから、苦笑した。
「私は既にグリーンヒル大将の私偵ですが」
「かけもちでも、私は構わないさ」
「まったく、あなたは不思議な人だ。この4年間、ずっとそう思ってましたよ」
「ああ、なんとなく知っていた」
「で、調べて欲しいということは?」


 フロルが調査を指示したのは、同盟の補給ラインの現状だった。その報告が上がったのはその2日後。事態はフロルの予測通りに進んでいた。人為的ミスにより戦場の物資が欠乏、そこで民間からの物資調達、その物資輸送船のために10隻の同盟軍護衛艦が出るも、ロボスの訓令によって指揮が低下していること。その報告書を読んでいたフロルは、最後の欄に記載された情報に驚愕することになる。それはラオの親切だったのかもしれない。だが、フロルにとっては、凶報以外の何ものでもなかった。



——後方勤務本部付のイヴリン・ドールトン大尉、この臨時輸送船団責任者として、同盟軍駆逐艦、グランド・カナルに乗艦せり。




















 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧