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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§小ネタ集part3

《ボランティア》

 じゃばー。じゃばー。じゃばー。

 夕焼け空に赤トンボ。カラスがカーカー鳴く頃に、黎斗は一人黄昏る、わけではなく水遣りをしている。ピンクの花柄エプロン装備の神殺し(♂)などレア中のレアだろう。アパートから徒歩三分の所に位置する老人ホーム兼保育所。なんでも幼児と老人を一緒にすることで老人の生きがいが出来るし子供も色々な事を教われる、更には職員が少なくて済む、という論理で設計された施設らしい。まだこの一軒しかなくもし、この施設の有用性が認められれば続々増やしていく予定なんだとか。確かに二つの施設をまとめられれば面積の少ないこの地域では名案なのかもしれない。ただこの施設、のっけから躓いた。保育士の資格と介護士の資格、両方持っていなければここの職員が務まらないわけで。職員からしてもこの全く異なる二者の面倒を見るのは辛いわけで。かといって保育士介護士両方雇えば人口密度がエライことに。どうしようと悩んだところである庶民(匿名希望)からイロイロ酷い発言が。

「町内会でボランティア施設としてやればいいじゃない」

 んで、廃棄される施設を町内会が購入。かくして身寄りの無い老人から昼間一人の子供まで、三歳〜九十歳までの利用者が毎日居るというトンデモ施設が出来上がったのである。地元の中学高校大学生が職員の人と一緒にお手伝い。マスコミが地域振興のニュース番組に取り上げたことも記憶に新しい。

「……ぜってーあの宝石店が元凶だよなぁ。施設丸ごと行政から買い取るとか。店長すげぇ行動力あるし博愛精神旺盛だし。ま、悪いことではないしいいか。いいんだよ、なぁ……?」

 出資者リストを盗みみた結果、黎斗が換金に利用している宝石店が九割以上の負担をしていた。これで良いのだろうかと少し悩む。

「あ、れーと兄ちゃんだ!!」

「あ、ホントだー!」

 裏庭で水遣りをしていると子供達が寄ってくる。車椅子のお年寄りがゆっくりとこちらへ向かってくるので軽く会釈。向こうも笑って応じてくれた。

「ね、ね、れー兄。今日はいないのー?」

「ねー今日も連れてきてよー」

「あたしたぬきさんがいいー」

「おれキツネー」

 小学校低学年(推定)達の大合唱。黎斗が子供達に好かれている最大の理由は「野生動物を連れてくる」これにつきる。口下手な黎斗がせめてもの話題のタネに、とカモメを説得して連れてきたのが運のツキ。地元で有名な野生動物捕獲人として名が知れ渡ってしまった。迷子の犬猫捜索も真っ先に黎斗の家に連絡が来る、といえばどれだけすごいかわかるだろう。
 かくして子供達の英雄(ヒーロー)となった黎斗はこの施設の名物職員候補生として、本人も知らぬうちにここの知名度向上に貢献していた。

「あーはいはいわかったわかった。ちょっとまってれ。水遣り終わったら探してくるから」

「あ、いいっスよ、水羽さん。自分がやっとくんで、ちゃちゃとガキどもの要望叶えてやってください」

 金髪グラサンピアスに、金属をじゃらじゃら言わせながら学生服を着崩す男が黎斗の手にあるホースを奪う。この男。チンピラのような外見とは裏腹に実はすごく子供思いだったりする。不良が雨の中濡れる子猫を救う話と似ていて黎斗としては微笑ましい。本人は断じて認めようとしないが。ちなみに彼とのファーストコンタクトは彼がタバコをポイ捨てしたことに黎斗がキレたことだ。いかに不良ぶっていても黎斗の殺気に耐えられるわけもなく。あっという間に改心への道を辿った少年はこの施設で放課後を過ごしている。黎斗が殺気まで放ってキレたのはタバコが直撃した雑草達が黎斗に助けを求めたからなのだが、当然そんな事を他の人は知る由も無い。雑草は数が多いから助けを求められると大変だ。集団だから非常にやかましい。そして無視をすれば根に持つ。彼らの悩みは早々解決するに限るのだ。学校のグラウンドの雑草抜き、のように協力できない場面も多いけど。
 兎にも角にもそんな事が多発すれば「城南学院に、タバコのポイ捨てにガチギレする変人がいる」などという噂が立つのは必然のことだった。ちなみに彼は当時の事を「死ぬかと思ったっすよ。マジで。水羽さんに睨まれた後だとセンパイとか全然怖くないっすね。なんかバカらしくなってつるむの、やめました」などと振り返る。このことが不良業界(?)に激震をもたらすのだが、それは余談である。

「あ、いい? さんきゅー。じゃあいってきまーす」

「あ、自分の要望はこの前のキツネで」

「お前もか……」

 苦笑しながら自転車置き場へ。花柄エプロンを畳んでしまう。似合わないのに自覚はあるがこれしかないのだからしょうがない。さて、もうじき日が暮れる。その前に依頼された動物を説得しなければ。右手には買い物リストのように動物がびっしり書かれた紙。主夫のようにそれを見ながら黎斗はペダルを漕ぎ始める。












《怠惰》

「ただいまー」

 今日は休日。ボードゲーム部の活動も今日は無い。食材の買い出しから帰ってきた黎斗の声は、ひんやりとした廊下に虚しく響いた。靴を脱いで廊下を歩き、食材を冷蔵庫に突っ込む。一週間前までは整頓されていた冷蔵庫も今やぎゅうぎゅうに突っ込まれ、全盛期の輝きを見る影もない。冷凍庫に至っては開けただけでアイスクリームが落ちてくる。冷凍したご飯も一緒に。そんなありふれた(?)トラップもまた、恵那が居た頃は有り得なかったのだが。

「疲れたー……」

 足元の袋からコーンポタージュの粉を取り出す。事前に沸騰させ保温しておいたお湯と牛乳を混ぜてコーンポタージュを作り、よく混ぜる。香ばしい香りが廊下を伝って室内まで漂う。

「めっきり寂しくなりましたねぇ」

 一人と一匹に戻った部屋の中。主に作らせたコーンポタージュを飲みながらエルはしみじみと呟いた。今まで部屋を明るくしていた少女は、謹慎処分を受けて自宅へ引きこもっている。

「ま、すぐに戻ってくるさ。スサノオもそんなコト言ってた気もするし」

 しとしとと降る雨を眺めながら、黎斗は「はふ」と息を吐く。猫舌な彼にはこのコーンポタージュは少々熱い。はふはふ言いながら飲んでいる間に携帯電話の充電が終わったらしい。赤いランプが消えていることを確認し、充電に使っていた雷龍を消去する。携帯電話を開こうかとしばし逡巡したのち、パタンと閉じた。

「ん……」

「マスター、能力の無駄遣いですよ。いくら制限がないからって言っても……」

  充電の為にわざわざ龍を具現化させる黎斗を見て、エルが苦言を呈してくる。

「はいはい」

 完全に心ここに在らずといった風な返事で、今度は別の雷龍がお皿を持ってくる。机の上に乗せたあと、消滅。お皿の中身はレトルトのグラタンだ。今日の昼食でもある。ちなみに朝食はレトルトカレーで昨夜の夕食はカップラーメン。食べた後食器はそのままに立ち上がる。エルの真横を通り過ぎ、予め敷いてある布団に倒れ込む。ぼふっという気の抜けた音と共に彼の姿は掛布団に埋もれて見えなくなった。雷龍が一匹、栄養ドリンクを持ってくる。それを受け取った黎斗は寝転がりながら零さず飲んだ。器用な芸当だが、これは才能の無駄遣いだとエルは思う。

「ダメですこのマスター、早くなんとかしないと…… このままでは引きこもりのダメ魔王に戻ってしまう……」

 恵那さんとっとと戻ってきてー、とウロチョロする狐を見やることなく黎斗は布団の上から空を再び見上げた。どんよりとした鉛色の雲が辺り一面を覆っていて、見ているだけで気分が下がる。どうやら今日は一日中雨になりそうだ。





「……ってことがあったんですよー」

 自慢げに話すキツネがいるが知らないフリ。興味津々に聞く巫女様もいらしゃるが知らないフリ。だってしょうがないではないか。謹慎場所が「清秋院本家」から「黎斗の家」に変更になると誰が推測できよう。最後の最後に大ポカをやらかしてしまった。

「えへへ。恵那が居ないとダメ、って言われるのって悪くないねー」

「二人ともだまらっしゃい!!」

 頭痛を覚えて黎斗は頭を抱え込む。恵那が居ないときの堕落っぷりをエルが恵那に教えてしまったものだからさあ大変。二人のニヤニヤする視線が痛い痛い……!!

「別に、他意は、ありません!!」

 一言一言区切って強調する黎斗だが、それは彼女たちを愉しませることになりぞすれ、事態の鎮静化を図るうえでは全く持って役に立たない。普段から暴走気味な黎斗を珍しく翻弄できているのだから彼女たちがこの話題(カード)をなかなか手放さないのもむべなるかな。

「〜〜〜ッ!!」

 この数秒後、護堂から翌日来訪の旨を伝える電話がかかってきて黎斗の窮地を救うことになる。


 









《果報は寝て待て》

「おい」

 須佐之男命の声が、部屋の中にとけていく。声に苛立ちが混じっているのだが、炬燵でぬくぬくしているためパッと見ではあまり機嫌が悪い印象を受けない。本来なら愛用の囲炉裏で暖を取るのが恒例なのだが、黎斗によって数十年前に埋められて(上から蓋をされただけなのだが)、炬燵が部屋の中央に鎮座している。電気炬燵が発明されるのを待っていられなかった黎斗は、媛と僧を通して電気炬燵の発明を依頼していたのだ。だがあえなくその計画は頓挫した。彼が詳しい原理を知っていたわけではないので発明は難航した上、そもそも電気が実用性に至っていないのだ。泣く泣く諦めた黎斗は炬燵の外見を作り、魔術を用いて内部で炎を作り出すことにより対応した。やはり試用までに時間こそかかったもののつい先日完成したのだ。相変わらず無駄なところに行動力を割く男である。ご丁寧にミカンも完備。外では雪がしんしんと降り。そんな新年。

「……おい」

 再び室内に声が響くも、炬燵で眠り扱けている相方(れいと)がそれに反応する筈も無い。鼻提灯をぶら下げながら、鼾をかいて熟睡している。

「……」

「御老公、大目に見て差し上げてくださいませ。黎斗様は昨晩遅くまで大掃除と称して片づけを手伝ってくださっておりました故」

 玻璃の媛と黒衣の僧、エルが入室してきて微妙な空気を感じ取る。媛が即座に弁護するも、隣の僧が鼻で笑った。

「元々は黎斗様の持ち込んだ物ですがな。しゃるるまぁにゅ王の指輪、だのかぁる大帝の直筆署名入り外套、だの。極めつけは大量の絵画。これで丁重に扱えと言われても我々にはどうしたものかさっぱりです」

「ですよねぇ。マスターなんであんなに文化財蒐集なさるんでしょう。戦渦から守るんだ、なんて言っていましたが世界各地から集めなくても。世界中で大戦が起こるわけではあるまいし」

 首をかしげるエル。尻尾がふさふさ動く度、竈の火がゆらゆら蠢いた。

「然り然り。更に面倒、の一声で我々に買い取り交渉に行かせるのは勘弁願いたいのですがな。やむをえなく御自身が行かれぬことは理解しておりますが」

「そーですよ。大体(キツネ)に情報収集させて媛様と御坊で交渉って何ですかソレ。まぁ、マスターが行くとまつろわぬ神が出てきそうで怖いんですけど。前回はどっかの神様と戦いになって散々でしたし。あの神様結局逃げましたけどどうなったんですかね?」

 黎斗最大火力である灼熱光線(スーリヤ)直撃に対し無傷という凄まじい防御を誇る神と対戦になったのが少し前の話、といっても数十年以上前なのだが。相手の攻撃手段を邪眼で封じた後に邪気(アーリマン)で潰そうとしたらトドメの寸前での逃亡を許してしまった謎の神。未だに正体不明だが、それ以降噂を聞かないし力を蓄えるために休眠でもしているのだろうか?

「どなたかが彼の神を殺めた、などという可能性は……ないですね。あの熱線を飲み干す巨狼相手に人間が勝てるとは思えませんし」

「そういえば欧州で新たな羅刹の君が誕生したとか」

「媛、新年早々頭の痛いこと言わないでくださいよ。これ以上神殺しのお方に増えられたら私怖くてヨーロッパの地を踏めません」

「うーん……」

 女性二人が会話する中、眠たげな声と共にもぞもぞと炬燵の中で何かが動く。エル達の方向に飛び出してくる足。

「ふぁあぁ……おはよー」

 瞼が半分以上下がった目は何かを映した様子を見せず、手探りでミカンを取ると食べ始めた。その様子を見て、脱線した話題が戻ってくる。

「マスター、他に言うことは……」

「ん? あー三人とも帰ってきてくれたんだ。お疲れ様、ありがと!」

「やれやれ、相変わらず頭の中は年中腑抜けですな」

「黎斗様からいただいた資金、多すぎたのでお返しいたします。特に白銀やダイアモンド、アダマンタイトは相当余りましたので」

 苦笑と共に僧が黎斗の対面に、媛が左隣に座り込む。エルは黎斗の膝の上でぬくぬくと。

「やっと起きやがったか。てめぇ、炬燵占領してんじゃねぇよ。足伸ばして眠るんじゃねぇ」

 憮然とした様子で文句を言う英雄神に、黎斗以外は笑わざるをえない。そんなことで怒っていたのかと。

「ごめんごめん。でも、昨日徹夜作業したから大掃除終わったし。……思った以上に刀剣が多い。レイピアばっか数十本あってもねぇ」

 年末大掃除を必死にやって、なんとか掃除を終わらせた後で力尽きコタツでダウン。情けないと思うなかれ。千を優に超える大量の物品を一つ一つ手入れしていたのだ。時詠(イモータル)で時間加速しながら一つ一つを拭いていっても間に合わず相方(スサノオ)にも手伝わせてようやく終了。須佐之男命も疲れているであろうに平然としている辺り彼との体力の違いを痛感させられる。

「って、そっちはどうでもいいんだ。あけましておめでとうございます。皆様、今年もヨロシク」

 新年になったのだから言っておかねば。本当は朝一で言うつもりだったのに寝坊して計画をミスってしまった。

「おせぇよ」

「元旦は昨日ですよ?」

「はっはっはっ。善哉善哉。流石は黎斗様、新年早々やってくれますな」

「マスター時差ぼけですか?」

 媛の生暖かい視線と他からの呆れの視線がなんで来るのかわからない。大晦日の翌日に十二月三十二日などが出来たのだろうか?

「さっきも言いましたけど昨日が元旦ですよ?」

 何を言ってるんだこいつは、といった表情で(キツネの表情はわからないが多分そんな感じだろう)エルが質問に答えをくれた。

「ナヌ? え、でもスサノオ昨日大掃除手伝ってくれたよね?」

「今からってもう諦めろよ、って言ったろうが」

 溜息をつきながら肩を竦める須佐之男命。

「じゃあ元旦に大掃除やったってこと?」

「そうなりますね」

「嘘……だろ……!? ちっくしょぉぉおおお!!!」

 絶望に打ちひしがれた黎斗は家出した。書置きを一つ残して。日本刀を大量にひっさげて帰ってきたのは、武家の終焉間近———江戸時代の末期だった。
 
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