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或る皇国将校の回想録

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第一部北領戦役
  序 動乱の兆し

 
前書き
【第一部北領戦役】
経済的な行き詰まりが続けど〈帝国〉の力は経済、軍事、兵力において圧倒的であり、
周辺国家の抵抗は〈帝国〉による世界秩序の構築を脅かすには不足であると、知識人には国籍や主義の別無く思われている。
西部最大の勢力を築き上げ独立を果たした凱帝国は、自身の領域を守るだけで精一杯。
西南部勢力のアスローン大王国も強硬な抵抗により国体を護持しているのみ。
北方・東方は未だに部族の割拠を続けており、インテリゲンチャらには評するに値しない物として扱われている。
であるならば東南にある我らが〈皇国〉はどうか?
そこに住まう我々も所謂文明人を自称する者にとってはただの蛮族に他ならない。
小器用な蛮族が船に乗り吾らの生計を脅かすのであれば、これは戦争ではなくただの蛮族鎮定である、と彼らは嘯く。
であるならば、悪足掻きと笑われようと前進し、一つの時代を終わらせなければならない。
帝国秩序を揺るがすことができればこの世界が再び我らに開かれるのは明白な運命であろうから。
――皇土解放連盟会報「〈帝国〉という秩序の是非」より抜粋 

 
皇紀五百六十七年 十三月六日 午後第七刻
馬堂家上屋敷 


 経済発展が著しい新興国〈皇国〉の都、その一角にある屋敷へと馬車から杖をついた男が降りたった、年の頃は四十半ばだろうか、軍服を纏ったその男は肩をいからせ、片足を引きずっているとは思えないほど足早に玄関へと向かっていった。

「お帰りなさいませ、若殿様」
 家令頭らしい老人が丁重な口調で彼をむかえた。

「辺里、父上――大殿はおられるか?」

「先程、内務省からお帰りになられました。大奥様と共に居間にいらっしゃいます」

「そうか、それでは父上に、私が貴方の書斎で待っている、と伝えておいてくれ」
 そう言いながら、兵部省 兵務局 対外政策課 課長である馬堂豊守大佐は書斎に入ると杖から安楽椅子へと身を預ける先を変え、不自由な足を投げ出しながら溜息をついた。
帳面を懐から取り出すが、それを開く間もなく書斎に逞しい体躯の老人が入ってきた。

「その様子では、矢張り〈帝国〉の動きがきな臭いようだな」

「――父上、これはまたお早いですね」

 豊守の父であり、馬堂家の当主である馬堂豊長は、精気に満ちた身のこなしで豊守の向かいに座ると鋭い目つきで話し出した。

「私もお前を待っていたからな。――内務省で不穏な話を聞いた。
先月に入ってから妙に羽振りのいい〈帝国〉人が頻繁に美名津に現われている。
〈帝国〉が我々〈皇国〉に対して圧力をかけているこの時勢に〈帝国〉の上流階級の輩が北領に態々訪れるか?」

「――確かに、〈帝国〉国外に出張る〈帝国〉の資産家と云えば政界に居る貴族か政商である大商人達の息がかかった連中です、政治に関わらない筈がありません。
随分ときな臭いですね――私からも防諜室に問い合わせておきます」
 豊守も眉をしかめ、帳面に書きとめた。

「うむ、おそらく彼らも動いているだろう何か分かるかもしれん。
――それで、兵部省では何があったのかね?」

 眉を顰めて老人が問うと、豊守も軍官僚としての顔をして応える。
「北領鎮台へ、動員を済ませた常備部隊六個旅団を主力とする兵団の派遣を行う事が決定されました。
問題はその中に我々の跡継ぎが含まれている事です」

「あぁ、確かに豊久が配属された大隊は龍州鎮台だったか」
 目を覆い、老人が呻いた。北領は島国である<皇国>を主として構成する六つの大島のうち最北端にある。龍州は皇都を有する“内地”の東北三州を総括して呼ぶ、北領とは龍州の龍口湾と美名津湾を拠点とした海運で結ばれている。
「――しかし、〈帝国〉との国境とも言える北領の軍備を増強するとなると〈帝国〉を刺激するのではないか?」
 豊守は慎重な口調で応える。
「〈帝国〉を刺激しない為に北領鎮台は、軍への改組は行いません。
あくまでも今は平時であるとし、北領の治安維持の為に――」


皇紀五百六十八年 一月十四日 午前第八刻 北領 領都北府
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部

「北領警備体制の強化を行う、と。
警備体制を強化って匪賊撲滅の為じゃないでしょうに」
 独立捜索剣虎兵第十一大隊情報幕僚である馬堂豊久大尉はひどく不機嫌であった。
北領の地図を前に普段は愛想のよさを感じさせる顔つきを歪めて愚痴を零している。彼が視線を向けていた地図には匪賊の被害報告を示す点が複数記されており、其処にさらに幾つか線が引かれてある。
「結局、船に乗ってまで辺境に来てもやる事は変わらないなんてなぁ。
大体、部隊の数は龍州の倍は居るのに仕事が増えるなんてこんなの絶対おかしいよ」
 文句をつけながらも手際よく報告書と地図を照らし合わせ、再び線を書き加えた。

「何を言っているんだ、貴様は。それが俺達の仕事だろうが、それとも何だ?
貴様は司令長官閣下の御家名が気に入らんとでも言うつもりか? 生憎と俺は家名に縁がないからな、そんな閨閥は縁がない」
 同じ大尉の階級章を身に付けた戦務幕僚が鼻で笑うと、豊久はじっとりと半眼で睨み返す。

「わたしゃ確かに駒城様の家臣の家ですがね、匪賊討伐に精を出すくらいには衆民思いですよ。
でも一個大隊に仕事を押しつけられると文句もつけたくなります、別に五将家云々で守原大将閣下に含むところがあるわけじゃありませんよ」

 ――五将家、かつて戦乱の時代に〈皇国〉を統一した五大軍閥貴族達は名目上の君主である皇家を奉じて公爵家となり、この国の実権を握っている五大勢力である。
 現在では経済の自由化とそれに伴う民権の拡大によってその勢力は減衰しつつあるが、彼らの軍が大元となった陸軍では確固たる勢力を保っており、昇進に際して五将家とその家臣達と無位の衆民では昇進の速度、上限には明確な違いがある。
 良い例として、同じ大尉である衆民出身である戦務幕僚は三十路を超しているが、情報幕僚の馬堂大尉は二十六である。

「しかし、警備体制の強化、と言うがね。
実際のところ、〈帝国〉が攻めてくると思うか?」
 兵站幕僚が消費物の目録から顔を上げて云った。

 ――〈帝国〉とは〈皇国〉の北方にあるツァルラント大陸に於いて皇帝の下で強力な軍事力によって確固たる覇権を築いた軍事大国である。北領は彼の大国が侵攻する際に備えて軍備の増強が行われているが、実際に戦うとなると緒戦はまだしも本格的な戦争となると対抗できるとは当の〈皇国〉陸軍すらも信じていなかった。

「さあな。 俺には分からんが、来たとしたら相手をするまでだ」
 戦務幕僚はその現実を跳ね除けるかのように硬い声で返す。

「〈帝国〉西方がきな臭くなっているそうですからね。
多分、軍の動きが活発になっているのは其方の所為だと思いますが――」
 情報幕僚――豊久はそう言って眉をしかめる。
「――理由がないわけではないですからね
〈帝国〉東方の正貨価値の下落が深刻な域になりかけていますから」

 〈皇国〉は太平の世の下で自由経済による経済発展、熱水機関による工業の発展の中で産業大国へと躍進を遂げた。その中で取り分け成長が顕著だったのが貿易を取り仕切る回船問屋である。
 彼らは低税率の自由経済を謳歌し、格安で大量の商品を各国に送り届け、貿易黒字を生み出した。
これによって引き起こされる貨幣の流出は〈帝国〉内政の抱える諸問題に火を着けた。
 まず、〈帝国〉政府は流出に対抗する為に正貨を増産し、それは物価、賃金の上昇と典型的な通貨膨張を引き起こした。それは貿易品によって押されていた農奴を支配する地方領主達と〈帝国〉経済を牛耳る大商人達による穀物の売り惜しみを引き起こし、それは更に農奴――臣民達を追い詰め、遂には小規模ながら暴動が頻発する事態へと発展している。
 だが、それはあくまでも〈帝国〉の国内問題であり、〈皇国〉上層部はある程度の関税に対する譲歩で済む問題だと考えていた。
 どの道、戦になれば〈皇国〉が屈服するしかない事はどちらにも分かっていたし、〈帝国〉が保護貿易を行うのならば〈帝国〉が西方で小競合いを行っているアスローンや南冥――凱帝国への販路を開拓すれば補いがつく程度の問題だと、〈皇国〉側は考えていた。

「――まぁ、外交で決着できると信じましょう。そもそも、剣牙虎慣れした馬の育成も進んでいないのだから、戦争するにしてももう少し待って欲しいですからね。
・・・輜重部隊から騎兵砲隊に輓馬を回してやれませんか?」
 龍火学校(砲兵専科学校)を出ている砲術屋でもある馬堂が兵站幕僚に云う。
 ――剣牙虎、長くのびた牙を持つこの動物は群生し、〈皇国〉人は長きにわたり剣牙虎と共に暮らしていた。その結果、ひとたび懐けばこの賢い獣と主人は強く結びつく事を〈皇国〉人は知悉している。
ほんの数年前、〈皇国〉陸軍はこの獣達を銃兵に随行させる新兵科――剣虎兵を採用する事にした。猛獣としての素早い身のこなし、強大な膂力は白兵戦に於いて銃兵一個小隊分の戦力を誇り、鋭い五感は十里先の獲物を察知する。
 それだけ聞けば、素晴らしい兵科なのだが、多大な問題も抱えている。まず、第一にこの時代の生活の要である馬と決定的に相性が悪い事。
 第二にその戦闘法が隊列を組まず、白兵戦で人を殺める野盗の如きものである事である。
第一の悪条件は運用上の障害として誰もが頭を痛めていた。
 馬堂大尉が言ったように剣牙虎に慣らすには非常に時間がかかるし、それでも万全な状態になるわけではない。軍隊の血液である輜重部隊、軍の火力を支える砲兵、そして軍の花形である騎兵、軍隊の主要な兵科である彼らは馬がなければ話にならない。
つまりはひどく面倒な連中として上からは扱われるのだ。
 第二の他兵科とは隔絶した戦闘法がそうした考えをさらに煽る形になってしまっている。
彼らの戦い方は戦列を組み、戦う現行の諸兵科に対して、あまりに異質であった。
その為に周囲からは懐疑的な目で見られ、索的・白兵戦能力の高さから匪賊討伐に高い成果を上げているが、運用の困難さから幾つか独立大隊が編制されただけに留まっている。
 この独立捜索剣虎兵第十一大隊もそうした部隊の一つである。

「駄目だ、補充の目処を何とかしてたてるからそれまで待て」
 兵站幕僚がひらひらと片手をふって却下する。

「それ、前も聞きましたよ。捜索剣虎兵中隊の機動力が何時まで経っても向上しないのは困ります。今は匪賊相手ですから砲がなくても問題ありませんが、万一の時に火力を喪失したら致命的な事態に陥る可能性がありますよ。」

「そんな事は中隊の連中からも言われているんだ、分かっているさ。
俺だって頭が痛い問題なのだからそうせっつかないでくれ」
 今度は砲術屋へと立場を変えて兵站幕僚に突っかかった馬堂大尉を見て呆れたように笑いながら戦務幕僚は情報幕僚の作成した匪賊の行動経路とその予想図に目を通す。つまりはいつも通りの光景であった――ここまでは。
 その時、鎮台司令部に出ていた大隊長の伊藤が執務室に戻ってきた。
「おい、貴様ら。」
 顔面を蒼白くしている様子からただ事ではないと見て取った幕僚達も顔を強ばらせた。
 普段の無気力な風采と打って変わり、搾り出すような口調で彼らの何もかもが変わってゆく事を告げる。
「――鎮台司令部に導術通報があった。奥津湾に〈帝国〉軍の艦船が侵攻せり、とな」
 
 

 
後書き
 にじファンから移転して参りました、初見の方もにじファンからの読者様方も、この先、拙作を楽しんでいただけたら嬉しいです。
  
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