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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#45 "dizziness"

【11月3日 ???】

Side ロック

「………」

さっきまで夢を見ていたような気がするけど良く思い出せない。
夢なんてそんなものかもしれないけれど。

目を開けてみれば見えるのはやたら高い天井。
この街はどこも天井が高いのだろうか、見上げる夜空が遠く感じられるように。
目覚めて先ず、俺考えたのはそんなこと。
どんな時も俺はなにかを見上げてる。

自分は一体どうなってしまったんだろうとか、此処はどこなんだろうとか。
そういう事は考えなかった。
もしかしたら頭の何処か隅の方には在ったのかもしれないけれど、俺がはっきり意識していなければ考えているとは言わないだろう、多分。

脳味噌ってやつは、俺本人も知らないところで膨大な量の情報を処理しているそうだ。
人が何時間も眠るのはその為だとか、何だとか。
だからきっと俺の頭ん中じゃあそこに"在る"のだけれども、意識されないが故に"無い"ことにされてる情報が山のようにあるのだろう。

そう。

誰も意識しなければ。

誰も気付かなければ。

そこに"在ってもそれは"無い"

そういうことになってしまうんだよな。

だったら。
誰も俺に声を掛けなければ。
誰も俺の話に耳を傾けなければ。
誰も俺を見てくれなければ……

俺は生きていると言えるのか?

我思う故に我在り?
自分がこの世界に在ると思えば、その思ってる自分は確かにこの世界に在るというのか?

本当に?

今ここでこうして見知らぬ部屋の天井を眺めている俺が、この世界に存在していると誰が証明してくれるというのだろう。
岡島録郎でもない、ロックにもなれないでいるこんな俺を。

日本に居る糞上司は端金の為に"俺"を売った。
親父やお袋にはもう二度と会う事もないだろう。
彼らの息子は死んだんだ。
少なくとも彼らの世界に俺は存在しない。
例えこの"俺"が確かにこの世界に在るのだとしても、だ。

岡島録郎は死んだ。
岡島録郎の世界は終わった。
岡島録郎は"在る"ことを止めた。

「俺は、岡島録郎、じゃあ、ない」

天井に向かい切れ切れに呟く。
この言葉だって誰かが聞いてるわけじゃない。
それでも別に構わない。
どうせこの街じゃあ俺の言葉を受け止めてくれる人なんて録に居やしないのだから。
どうせ、俺は本当にここに在るのかどうかも解りはしないのだから。
俺の言葉を聞いているのが俺だけだというならそれも構いはしない。
だって俺は一度死んでいる。
でもその後生まれる事に失敗した身なんだ。

この街にだってそんな奴は居やしないんじゃないだろうか。
死に損ないの身体で地べたを這いずる奴。
もう死んでいるのにその事を認められないでいる奴。
一度死んで別の名前を持って生まれ変わった奴。
色んな連中がいるんだろうさ、俺なんかにはわからないけれど。

けど、

ソイツらは確かにこの街に"在る"
この街の住人として、この世界の構成要素として間違いなく。

こんな考えはただの僻みでしかない。
自分が生きてるかどうか解らないなんて、そんなもの中学生までには片付けておくべき問題だ。
今更真面目に考えるべき代物じゃない。
それよりも此処が一体どこなのか確認しろ、自分の身体に異常がないか確認しろ、自分を拐った奴が近くに居ないか、首を動かすくらいはしろ……

また頭の何処かでそんな考えが浮かぶ。
さっきよりは脳の表面に近い、そんな気もした。

「………」

だからと言って何をどうするわけでもなかったのだけれど。
目は相変わらず天井を見上げ、指一本動かそうともしなかった。
ただまあ、自分が今寝ているのが何やら柔らかいソファのようなものである事には気付いた。
序でに身体も特に束縛などはされていないことも。

そんなある意味、恵まれた環境下で俺は益体もない思考活動に耽っていた。
あの双子に出会って、抱き締めてもらって、胸の中で泣いた事で俺の中で何かが変わった。
それがこんな風に変わってしまうとは我ながら情けない限りだ。
いや、本音じゃ情けないとも思っていない。
何かどうでもよくなってきている。

誰かに自分を認めてもらいたい。
理想の自分になりたい。
生まれ変わりたい。
この街で新しい人生を歩み出したい。
ラグーン商会の一員として相応しい人間になりたい。
ダッチから頼りにされたい。
ベニーの手助けがしたい。
レヴィに一人前の男として扱われたい。
"アイツ"にどうだって言ってやりたい。
自分の思い描くロックになりたい。

そういう思いが身体のどこにも残ってやしない、ただただここに寝てることしか出来ない。
頭の中でこんな事を考えることは出来ても、これからどうするのかなんてこれっぽっちも考えようともしない。
自分の中身が丸ごと抜かれて空っぽになったような気分、とでも言えばいいのだろうか。 それとも最初から俺に中身なんて上等なものは在りはしなかったんだよ、とでも(うそぶ)くべきなのだろうか。

こういう場面で吐くべき言葉といったら……

「死にたいな……」

やっと出てきたのはそんな言葉。
何とも軽々しい台詞だ。
しかし一度死んだ人間が吐くには最も似つかわしくない言葉ではなかろうか。
そしてこの街で吐き出される数多ある言葉の中で、最高のジョークかもしれない。
一度死んだ人間がもう一度死にたいなど……

「そいつぁ穏やかじゃないな。ジョークだとしたら笑えないぜ、ロック」

残念ながら俺の冗談のセンスはいまいちらしい。
それもどうでもいいことではあるが。
声を掛けてきた男のそれとたまたま合わなかっただけなのかもしれないわけだし。

「別に俺達はお前をどうこうするつもりはない。
まあ、招待の仕方が著しく礼を欠いた事は認めるが。
些か手詰まりでな」

男の声から判断するに段々近付いてくるようだ。
多分この部屋は声の主のものなんだろうな。
俺に声を掛けてくるという事は、俺は確かにこの世界に"在る"のか……
男に独り言の趣味が無い限りはそういう事なんだろう。
そう言えば、この声には聞き覚えがある。
以前事務所に仕事を依頼しに来たことがあったはずだ。
珍しくレヴィが少し緊張していたような気がする。
何でもバラライカさんと並ぶこの街の顔役なんだそうだ。
香港に本拠を構える中国系マフィア三合会(トライアド)そこの幹部だという男の名は確か……











 
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