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蒼き夢の果てに

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第3章 白き浮遊島(うきしま)
  第29話 死体を飲み込むモノ

 
前書き
 第29話を更新します。
 

 
「――タバサ」

 港での戦闘の緊張が解け、それと同時に街を襲っていた魔物の気配も徐々に減って来ている。
 この雰囲気ならば、もう大丈夫でしょう。後は、仕上げの掃討作戦が残っているだけです。

 俺の呼び掛けに、タバサは直接言葉にして答える事は無かったのですが、しかし、彼女は俺に近付いて来て、普段通り右側に並んだ。
 そして、俺と同じように、自らが生命を奪ったその生命に対して、彼女なりの方法で哀悼の意を表したのでした。

 尚、その場に転がって居た存在。九天応元雷声普化天尊(キュウテンオウゲンライフカテンソン)の雷で無力化された元ワルドの姿をした何者かが、黒い消し炭状態の人間らしき姿から、何時の間にか翼を持った異形の姿と変わっていました。

 そう。今、俺とタバサの目の前に横たわっている存在は、見た目は人とも、そして、鳥とも知れない異形の存在と変わっていたのです。顔は鳥のようで有り、同時に人でも有る。そして、何故か片方の羽根……人間で言えば左腕に当たる部分だけが欠けた存在に。



 しばし、沈黙が辺りを包んだ。今、この場所を支配しているのは、月の女神と、未だ燃え続ける炎だけ。

 もっとも、こんな擬似的な死を悼むようなマネをしたトコロで、本当の意味で今日、俺たちが奪って仕舞った生命の魂が癒される事などないのかも知れません。
 ただ、俺に出来るのはこうやって死を悼む事と、後は、俺の奪って仕舞った生命を覚えていてやる事。ただ、それだけの事しか出来ません。

 ふと気付くと、何時の間に戻って来たのか、ジョルジュと、そして、キュルケも同じように、タバサの右側に並んで死者を送る葬儀の参列者と成っていた。
 そして、それから、時計の秒針が三回、周回を繰り返す間、その奇妙な送葬の列は続いたのでした。



世界樹(イグドラシル)に関係が有って、風と冷気を操る巨大な鳥。更に、死と関係するとなると、こいつは死体を飲みこむモノ、フレースヴェルグと言う事になるのかな」

 さて。何時までも死を悼んでばかりも居られないか。生者には生者としての仕事や義務が存在していますから。
 そう考えた後、普段の説明口調に戻る俺。

 それに、伝承に因っては、フレースヴェルグに関しては、左の羽根の無い姿で描かれる場合も有ります。コイツが人間の姿を取っていた時に左腕が無い状態で居た事も、この異形の存在の正体がフレースヴェルグならば説明は付くと思いますしね。

 そして、俺達が見ている目の前で、そのフレースヴェルグとも、人間ともつかない何者かが、ゆっくりと崩れて行く。
 まるで、彼が生前支配していた風の精霊に全てが変わって行くかのように。

 もっとも、これで、こいつがルイズ達と行動を共にしていたワルド子爵なのか、それとも何らかの意味が有って、ワルドの姿形を模した存在だったのかは判らなくなったのですが。
 ただ、伝承に因っては、フレースヴェルグはその魂を得た存在と同じ姿形を模す事も出来る、と言う伝承が有ったような記憶も有ります。

 つまり、今夜の騒動の最中に単独行動中だったワルド子爵が何らかの形で命を落とした後に、彼の死体と魂をフレースヴェルグが得て、その姿形を奪われた可能性も有るので、今のトコロは何とも言えないのですが。

「アガレス」

 まぁ、今は前向きに進みましょうか。

 この目の前で消えて行った存在がフレースヴェルグなら、こいつが消えた今は蘇生魔法が使用可能となる可能性が高いでしょう。フレースヴェルグが奪った死せる魂は、彼が滅せられた事によって解放されているはずですからね。
 ならば、本来死すべき定めに無かった魂で、死体の損壊が酷くない状態の人間ならば、蘇生させる事は可能と成っているはずですから。

 そう少しだけ前向きに考え、魔将アガレスを召喚する俺。

 そんな俺の行動を黙って見つめるタバサ。この感覚は、……少し消極的な負の感情の籠った否定ですか。

 そして……。
 ……確かに、彼女の言いたい事は判ります。
 俺は多分、無理をしています。そして、その部分をタバサが気に掛けて居る事にも気付いてはいます。
 それでも、今ここで出来る事を見過ごす事も出来ないでしょう。
 それに、助けられる生命なら助けるべきですし、助ける努力はすべきだと思いますから。

 例え、それが偽善に塗れていたとしても、所詮は自己満足に過ぎなくても。

「もう少し頑張ったら、少し休めると思う。それまで、もうひと頑張りと言う事やな」

 俺の、かなり言い訳じみた台詞に対して、俺の蒼き姫君は……。
 長かった夜が、ようやく明け始めた朝の光を、少し哀しそうな雰囲気を発しながら、ただ、見つめるだけでした。


☆★☆★☆


 結局、現れた魔物達の対処に午前中いっぱいは掛かり、ようやく休憩が取れるようになったのは昼近くの時間と成っていました。

 それで、夕食を取る前にこの騒動に巻き込まれたから、今、食べているハルファスに用意して貰ったコンビニ弁当が、昨日の昼食以来の食事と言う事に成りますかね。
 ……確かに、これは、かなり過酷な労働環境のような気もしますね。

 更に言うと、これで全て終えて、後は魔法学院の方に帰るだけ、と言う訳には行かないのですから。

「せやけど、この世界の亜人。ドヴェルグやトロールはかなり凶暴な亜人と言う事やったんやな」

 俺が誰に問う訳でもなく、そう独り言のように呟く。尚、流石にこの場でハルファスが用意してくれた食べ物は、俺のお弁当以外は、オムスビやその他のお箸を使用しなくても食べられる食べ物ばかりなので、タバサの口元におかずを運んでやる、と言う御仕事からは解放されています。

 もっとも、タバサ自身も、かなり器用にお箸を使えるように成っていますから、本来なら、もうそんな事をせずとも自分一人でも食べられるようには成っているのですが。

「確かに、危険な亜人で有るのは認めますが、昨夜の彼らは異常です」

 コンビニのオムスビを片手に持つイケメン吸血貴族と言う、妙な種族と化したジョルジュが俺の問いに答えた。
 確かに、異常な状態だったのは認めますが。

「普通は、すべて死ぬまで戦い続けると言う事は考えられない」

 オムライスを食べながら、そうジョルジュの台詞に続ける蒼き御主人様。
 確かに、あの状況は異常でした。レミングの集団移住。いや、むしろ、軍隊アリの行軍と言う表現の方が近いかも知れませんね。

 少なくとも、あの魔物たちは、真面な精神状態では無かった事だけは確かだと思います。

「でも、あれは、ほら、あのフレースヴェルグとか言う魔物が操っていた訳じゃないの?」

 こちらはカレーをスプーンで掬いながら、キュルケがそう言った。
 何故か、タバサにもカレーが似合うけど、キュルケにも似合うような気がするな。何故なのか、上手く言葉にして表現する事が出来ないけど。

 但し、彼女の場合は、カレーにナンのような気もするのですが……。

 まぁ、などと言う冗談は何処か遠くに放り出して。
 確かに、キュルケの口にしたその可能性はゼロではないのですが……。

「ただ、その場合なら、ヤツを倒した後に正気に返った亜人や魔獣が殺戮を止めて、自らのねぐらへと逃げ帰るはずやと思う。
 確かに、一度与えた命令をずっと実行し続けると言う類の精神支配は存在するから、フレースヴェルグの仕業ではないと決めつける根拠とは成り得ないけど……」

 もっとも、フレースヴェルグに関する伝承に、そんな精神支配の能力を持っていると言う伝承は、俺の知っている限り存在しては居ません。
 昨夜の亜人や魔獣の様子からすると、かなり強力な精神支配を行っていたと思います。そのレベルの精神支配を行うには、その能力はかなりの神話的裏付けを持っていなければ無理だと思うのですが。

 フレースヴェルグに関しては、死者の魂を集める事と、風を起こすと言う伝承は有りますけど、魔物を操ると言う伝承は有りません。まして、ヤツに関しては、ラグナロクにも直接関係していなかったように記憶しています。

 そうだとすると……。

「そのスヴェルの夜に魔物が凶暴化する、と言う話はないのか?」

 考えられるとすると、この辺りが妥当な仮説ですか。

 種の無い手品は存在していないと思います。ならば、月の作用で魔物が凶暴化すると言う特性を持っていて、そこに魔獣や亜人を操る能力者が介在したら、この程度の事は為せるとは思うのですが……。
 それに、亜人や魔獣を操った存在が単独だったとは限りません。複数の存在によって操られていたら、昨夜の様な大規模な魔物に因る破壊活動も可能かも知れませんから。

「確かに、そう言う事を記述している本も存在していた」

 タバサが俺の仮説を肯定する。うむ。この世界にも、月によって魔が騒ぐと言う類の伝承が存在すると言う事ですか。

 伝承と言うのは、語り継がれて来て、更に、その伝承を認知する存在が増えれば増えるほど、神話的な能力や影響力が増して行く場合も有ります。
 実際、魔法がこれほど幅を利かせている世界だけに、こう言う神話的な影響力と言う物に関しても、ちゃんと考慮して行く必要が有ると言う事なのでしょう。

 但し、俺やタバサは為政者ではないので、住民の治安を守る義務は有りません。つまり、その辺り……亜人や魔獣の精神を操っての破壊工作についての対策を考えて置く必要はない、と言う事なのですが。
 それに、このハルケギニア世界の国々は、未だ夜警国家と言うレベルの治安にすら到達していないと思いますから、そこまでの治安……特に辺境などについては、国家があまり積極的に守ろうとするとは思えないのですが。

 これは、村単位で自警団のような物を組織するしかないかも知れませんね。

 そうしたら、次の議題は……。

「船。アルビオンに出航可能な船は無い、と言う事で間違いないんやな」

 流石に、桟橋が燃えて、船もかなりの数が燃えて仕舞った為に、アルビオンに向けて飛び立てる船が存在しなくなって仕舞ったのです。
 尚、ルイズ達に関しては、彼女達を港まで護衛して来た傭兵たちの証言に因ると、彼女らは無事にアルビオンに向けて旅立てたらしいので、その点だけは良かったのですが……。

 但し、俺達に関しては、ここラ・ロシェールに足止め状態に成って仕舞いました。
 しかし、こんな部分まで、三銃士を踏襲しているとは思いませんでしたよ。
 あの小説では、ダルタニアン以外の三銃士は、すべてフランス側に残されますからね。

「仕方がないわね。桟橋もかなり被害を受けた訳だから、アルビオンの方からの船を受け入れられない状況だしね」

 俺の質問に対して、今度はキュルケが最初に答えを返してくれました。
 尚、この辺りの交渉に関してはずっとキュルケが担って来たので、その流れで、今回も彼女が行って来たのですが。
 それに、俺とタバサには負傷者の治療や、治療に見せかけた蘇生が有りましたから、キュルケとジョルジュにしか任せられない仕事だったので、これは仕方がない事なのですが。

 もっとも、俺も、この世界で生きて行く為には、この手の技能を習得して置く必要が有るので、これから先は俺も担って行く必要が有りますが。

 先ずは、文字を覚える必要が有りますけど。

「そうしたら、タバサ。ワイバーンでならアルビオンには行く事が出来るんやな?」

 仕方がないか。多少、キツイかも知れないけど、渡る方法がないのなら仕方がない。
 それに、この方法の方が、おそらく風任せの船よりは早く着くはずですから。

 ……って、この世界の飛行船は、完全に風任せの帆船らしいです。その話しを聞いて、流石に呆れましたけどね。
 プロペラもないもないみたいですし。

 ベルヌーイの定理が理解出来ていたら、プロペラとか、翼を作る事も可能ですか。
 ただ……。魔法至上主義のこの世界に、科学が受け入れられるかどうかは、判らないのですが。
 但し、本来、魔法と科学は相容れない物ではないはず。……と言うか、そもそも科学とはその魔法の研究によって進んで来た理解の積み重ねにより得られた知識の総称のはず。受け入れられる、受け入れられない云々を論ずるような代物ではない――はずなのですが。

 俺の問いに少し考えた後に、首肯くタバサ。
 但し……。

「貴方自身の治療と、一度、ちゃんとした睡眠を取ってからで無ければ、疲労から能力の低下を招く恐れが有る。現状でアルビオンに向けて飛び立つ事は許可出来ない」

 至極もっともな意見を口にするタバサ。確かに、今の状態でワイバーンを召喚してアルビオンに向かったとしても、疲労から能力は低下しているので大して役には立たない可能性は有りますか。
 それに、これは仕方がないですよね。右手首の傷痕に関しても、後でちゃんとした治療を受ける、と言う約束でしたから。

 問題は、ワルド子爵と、その乗騎のグリフォンが未だ行方不明と言う事なのですが。

 彼とフレースヴェルグの関係が不明な為に、もし、才人とヤツ……ワルド子爵では無くてフレースヴェルグの方が戦う事と成った場合、才人が無事に虎口を脱する可能性は非常に低いのですが。
 それに、ヤツに魂を奪われると、蘇生魔法で復活させる事は不可能と成りますし……。

 それでも、今は動けない以上、どうしようも有りませんか。

 そうしたら、後はフレースヴェルグが口にした謎の単語『神の頭脳』について、なのですが……。
 これについては、治療の最中に【念話】を使っての質問の方が良いですか。フレースヴェルグの口振りだと、俺に関する単語のような雰囲気だと思いますからね。


☆★☆★☆


 そして、食事も終わり、約束通り、右手首の傷痕の治療と相成った訳なのですが……。
 あ、えっと、場所に関しては、女神の杵亭の俺とジョルジュ用の部屋です。もっとも、俺は前夜、タバサとキュルケの部屋の前の廊下で毛布に包まって眠ったのですが。

 ただ、そんな事はどうだって良いですか。それよりも、今は……。

【なぁ、タバサ。ひとつ聞いて置きたいんやけど、構わないかいな】

 一応、確認の為に、最初にそう問い掛けて置く俺。
 少し、俺の顔を見つめた後、ゆっくりと首肯くタバサ。しかし、この娘。まっすぐに見つめて来るから、どうしても、こっちの方が照れて仕舞って視線を逸らしてしまうのですが……。

 彼女自身が意識してやって居ると言う雰囲気なので、この娘は、俺に対しては、かなり高い交渉能力を持っていると言う事に成りますか。

 元々、じっと見つめられる事に慣れている訳ではないのですから。

【フレースヴェルグの台詞の中に有った、『神の頭脳』と言うのは、一体、何の事なんや?
 ヤツの口振りでは、俺の事を言ったように思うんやけど】

 細かい事は気にしないようにして。少し、彼女から視線を外して仕舞ったけど、この程度の事を聞く分には問題はないでしょう。
 ただ、俺は、確かに妙な知識は結構持ってはいますけど、神の頭脳などと呼ばれるほどの頭脳を持っている訳ではないとも思うのですが。

 その俺の質問に少し考える雰囲気のタバサ。そして、

【始祖ブリミルに使役された伝説の使い魔の事】

 ……と答えた。
 また伝説の使い魔ですか。これは、いよいよ厄介な事件が進行中の可能性も有ります。

【でも、貴方は違う】

 しかし、タバサは割とあっさりと、その俺が神の頭脳ではないか、と言うフレースヴェルグの言葉を否定した。
 そして、その理由については、

【始祖ブリミルの魔法の系統は伝説の系統の虚無。わたしの系統は風】

 ……と、告げて来た。

 成るほど。確か、この世界の使い魔は魔法の属性によって呼び出される使い魔が有る程度は決まっていましたね。

 但し、俺は木行の龍なのですが。この場合、タバサの風系統とは微妙にずれている可能性も有ると思います。
 本来、風を支配するなら、龍ではなく、白虎。どうしても龍を召喚するのなら、白龍を召喚するのが正しいと思いますから。

 ただ、彼女の二つ名は、『雪風』。つまり、風と水。縁を逆さに辿るとは思えないので、金行から水行への移り変わりと考えるなら、タオ的に表現するとタバサの五行は本来の風を支配する『金』ではなく『水』。この場合なら、木行の俺を召喚出来たとしても不思議ではないですか。
 まして、水行が示す五常は『智』。示す季節は『冬』。すべて、彼女を示す行が水で有る、と言う答えを示しているような気がしますね。
 まして、温度差を利用して起こすタイプの風の可能性も有りますから、水属性でも風を発生させる事は可能です。

 おそらく、タバサを示す陰陽は『陰』。五行は『水』。八徳は『智』と成ると言う事ですか。
 知的で冷静な判断を下す彼女なら、これで間違いないでしょう。

 そして、この五行なら、俺の陰陽を示す『陽』。五行は相生を示す『木』は共に相性が良いから、彼女が俺を召喚出来たとしても不思議では無く成ります。
 但し、これは、この世界の常識、地水火風と言う思想とは少し違う形の思想なのですが。

 そこまで考えてから、少し方向転換。そう。色々と事件が起きて、忘れかけていたけど、ひとつ、その虚無と呼ばれる魔法の系統に付いても、何度か耳にした事が有りました。確か、最強の系統が何か、と言うギトー先生の質問に、やる気のないキュルケがこの系統の事を言っていたような記憶が有ります。

 もし、そうだとすると、ルイズの魔法の系統は伝説の系統と呼ばれる『虚無』と言う事なのでしょうか。

【なぁ、タバサ。虚無の系統の使い魔には、人間が召喚されるのか?】

 そう言えば、オスマンのお爺ちゃんが、彼が魔法学院で講師に成ってから一度も人間が使い魔として召喚された事はない、とも言っていましたね。
 これは、人間を召喚するのが、その虚無とか言う伝説の系統だから、あのお爺ちゃんでも知らなかった訳なのではないのでしょうか。

【不明。しかし、虚無の使い魔ガンダールヴは、武器を持って始祖ブリミルを護ったと伝えられている】

 ガンダールヴって言うのは、確か、才人くんの事でしたか。まして、武器を持って戦う存在って言う事は、少なくとも、その伝説の使い魔には武器を扱う手と、知能が有ったと言う事なのではないでしょうか。

 どうも、才人とルイズの方は、メチャクチャ厄介な事件に巻き込まれている気配が濃厚と成って来ましたね。伝説の使い魔の登場に、その主の魔法は、伝説の系統の可能性有りですか。
 あのどんな呪文でもすべて爆発させる魔法の才能は、十分に異能と表現すべきですから。

 オスマンのお爺ちゃんの話ではないですけども、何か事件が起きつつ有る可能性が益々大きくなって来たと言う事なのでしょうか。

 もっとも、俺の場合はその範疇には当て嵌まらないのは確かなのですが。

 俺は、見た目は人間ですが、その本性は龍。この世界の使い魔召喚のルールから大きく逸脱した存在では有りません。
 まして、俺には使い魔召喚の際に与えられた能力は、同時通訳技能のみ。才人のような特殊な肉体強化技能は与えられてはいません。
 更に、タバサの魔法の系統は、元々は風。虚無の系統とは関係がない。

 これでは、伝説の使い魔と言うにはショボ過ぎますよ。

 但し、俺が人型で有るが故に、その伝説の使い魔と勘違いされている可能性は否定出来ませんか。
 もっとも、そうかと言って、タバサ以外に俺の正体が実は龍なんです、とカミング・アウトする訳にも行かないですし……。

 そんな、今、考えても仕方のない事をウダウダと考え始める俺。
 すると……。

 ……ん? タバサが治療の手を止めて、俺の顔をじっと見つめていますけど、何時の間にか治療は終わっていたのでしょうか。
 そう思い、明後日の方向に行き掛けた思考を無理矢理軌道修正して、右手首の内側に視線を移す俺。

 しかし、そこには治療前と同じように、紫色に変色した傷痕が未だ残っているのですが。

「ごめんなさい」

 タバサが謝って来る。かなりの後悔に彩られた気を発しながら……。

 これは、かなり気にしている雰囲気が有りますか。
 確かに、逆の立場として考えたら、俺の身を守ろうとして彼女が傷付けば、俺も同じように感じると思いますから、これはそう不思議な対応でも無いのですが。

 それでも、そんなに気にする必要はないのですが。

「いや、別に謝る必要はないんやけど。それに、組織自体が壊死していると言う感じでもないし、そこだけ、妙な痣のように成っていると言うだけやから問題はないと思うで。
 せやから、心配する必要もないし、謝る必要は最初からない」

 その紫色に変色した傷痕の部分を触った感触も、別に他の部分との違いを感じる訳でもない。それに、霊力を放出した際も、ここの部分を通って放出されているはずなのに何の違和感も無かった。
 刀を振るった時の感覚も同じ。この状態なら問題はないでしょう。

「それに、ヤツらの持っている毒が、こんな状態に成るほどの猛毒だったと言う事は、矢張り、タバサに直接当たらなかった事の方が俺としては良かったと思っているんやから、気にする必要はまったくない」

 確かに、伝承の中でも、ティンダロスの猟犬が持つ毒については、かなりの毒だと言う表記が有ったと思いますから、このぐらいの傷痕が一時的に残ったとしても仕方が有りません。
 それに、細胞自体が壊死はしていないと思いますから、その内に新しい細胞に置き換えられて行くはずです。しばらくは傷痕が残る可能性も有りますけど、男の子ですから、少々の傷は気にしませんよ。

 少なくとも、女の子の顔に傷が残るよりは、俺の身体に残る方がマシですし、傷が有った方が、少しは歴戦の勇者みたい見えるかも知れないですから。

 そう考えるならば、この問題は俺的には解決です。そうしたら次は……。

「サラマンダー」

 紅玉に封じられしサラマンダーを現界させる俺。流石に、今すぐにワイバーンを召喚してアルビオンに向けて出発出来るほどの体力も、そして霊力も残っている訳では有りません。
 それに、タバサも出発を認めてはくれませんでしょうし、そもそも、彼女にも休んで貰う必要が有りますから。

「そうしたら、サラマンダー。俺が眠っている間、タバサの護衛を頼むな」

 この部屋は魔が侵入するのが不可能な結界が施されています。確かに、絶対に侵入出来ないと言う訳ではないのですが、それでも、この結界を蹴破って侵入出来るような大物……伝承で語られている主神クラスがわざわざ現れるとは思えません。更に、そんな連中が現れるにはそれなりの準備が必要と成りますから、これで多分、大丈夫でしょう。

 俺の依頼に対して、首肯く事に因って承諾した事を示すサラマンダー。
 それにしても、この世界に来てから初めてベッドで眠る事に成ると言う事ですか。確かに、タバサが言うように、蓄積された疲労から起きる単純なミスからピンチに陥るよりは、彼女の言うように、少しでもマトモな形で回復して置く方が正解ですか。

 俺の戦いもコンティニューの効かない戦い。一度敗れたら、余程の幸運に恵まれない限り、死亡して終わりの戦いのはずですから。

「せやったら、少し眠らせて貰うな」

 ベッドに横に成りながらそう言う俺。俺の方を見つめてから、少し首肯くタバサ。

「おやすみ、タバサ」

 瞳を閉じる前の最後の瞬間に、そう我が主様に告げる俺。
 但し、最後の挨拶に対して答えが返されたかどうかは、はっきりしなかったのですが。


☆★☆★☆


「……起きて」

 ……ゆっくりと揺り起こされる。
 ……聞き慣れた彼女の声。但し、俺が起こされるのは初めてですか。
 ……いや、俺の方も彼女を起こした事は無かったな。

「……おはよう、さん」

 少し、ぼぉっとした雰囲気ながらも、彼女よりも先に朝の挨拶を行う俺。但し、未だに目を開ける事が出来ずに、両手の手の平の部分で、両の目蓋を軽くマッサージを行うようにして、縫い付けられたように頑強に開く事を拒んでいる瞳を開こうとする。

「おはよう」

 何時もの通りの雰囲気で挨拶を返して来るタバサ。ここでようやく目を開ける事の出来た俺の瞳に、普段通りの蒼い御主人様の顔が映った。
 ……彼女の前では初めて寝起きのぼぉっとした様子を見せてしまったけど、別に呆れたような雰囲気はないな。

 上半身だけを起こしタバサを見つめる俺。未だかなり頭が働かない、ぼぉっとした感じなのですが、それでも、眠りに就く前に感じていた身体の怠さは改善されています。

 普段通りの晴れ渡った静かな冬の氷空の如き瞳。落ち着いた感情に因る揺れ幅の少ない雰囲気で、タバサの方も真っ直ぐに見つめ返して来る。
 ……いや、其処に少しの違和感。おそらく、これは陽の気。ほんの少しなのですが、今の彼女は少し上機嫌と言う感じか。
 これは、実際に何時間眠っていたのかは判らないけど、彼女に取っても良い休息となったと言う事なのでしょう。

「早く起きて、身支度を整えて」

 普段通り、抑揚の少ない淡々とした話し方でそう告げるタバサ。
 そして、腹に何かを入れてから――

「アルビオンに出発すると言う訳やな」


☆★☆★☆


 夜の天球を覆う煌めく星々の中、天空に浮かぶ白き島(アルビオン)に向けて飛ぶ翼ある竜。

 初夏の夜風が心地良く、空には満天の星と、少しずれた二重の月。そして、俺の隣には御主人様の蒼き姫。本来ならば夜間飛行としゃれ込むべき心躍る状況なのですが、事態が事態だけに、そんな不謹慎な考えは何処か遠くに放り出して置くべきでしょう。

 それで、アルビオンに向かうのは俺とタバサのみと成りました。
 それに、キュルケに関しても、フレースヴェルグとの戦いの時に、現在、自分達が巻き込まれている事件の質を知ったのか、今度は何も言う事は有りませんでした。

 もっとも、船が用意出来次第、俺とタバサを追い掛けて来る事には成っているですが。

 ジョルジュに関しては……本当は連れて行きたかったのですが、流石にキュルケ一人を置いて行くと言うのも問題が有りますし、それに、ルイズ達の任務が完了したら即座にアルビオンを発ってくれたなら、俺とタバサがわざわざ出向く必要などないはずなので、一応、留守番と言う形で残って貰いました。
 もっとも、そんなに簡単に帰って来られるような場所に出向いている訳では有りませんし、更に、アルビオンは戦場です。不測の事態は想定すべきですから、この迎えは必要だとは思っているのですが。

 それに、今回のアルビオン行きは、かなり危険な状態と成っているのも確かなのです。

 何故ならば、現在、ルイズ一行への諜報が成功して居ません。
 これは、ソロモン七十二の魔将の中の諜報担当のダンダリオンの情報収集能力が及ばない状態と成っていると言う事です。

 確かに、彼女もオリジナルのダンダリオンなどでは無く、分霊(ワケミタマ)と言う存在で有る以上、オリジナルほどの情報収集能力を有している訳では有りません。ですが、それでも、普通の人間に、彼女の鏡に映し出されないなどと言う状況を作り上げる事は難しいでしょう。
 特に、霊的な存在を弾く結界などが表向き存在していない、この世界の人間には。

 可能性としては、ルイズ達が結界……霊的な意味での結界なので、何らかの宗教関係の場所。神社仏閣。教会などの建物の中などに侵入している場合には、その場所の霊的な防御力に因っては、ダンダリオンの能力で有ろうとも覗き見を行う事は出来ません。

 この状況なら問題は少ないのですが、もうひとつの可能性の方だと、かなり問題が有ります。

 それは、彼女らの状況を覗き見られるとマズイ存在が居て、そいつが、ルイズ達一行の傍に張り付いている事によって、ダンダリオンの魔法を弾いて仕舞っている可能性が有ると言う事。

 この場合は、非常に厄介な状況と成っている可能性が高いのです。

 ダンダリオンがルイズ達の状態を探っているのは、彼女らの事を心配した俺が依頼しているから。その俺からの情報収集を、意識的に邪魔をすると言う事はルイズ達の事はともかく、ソイツが俺の事を邪魔だと思っている可能性は有ると言う事。

 普通に考えるとこれは妄想の類なのですが、伝説の使い魔だの、伝説の魔法の系統だのと言う厄介な物が関わって来ていて、更に、レンのクモだの、ティンダロスの猟犬だのと言うレア物の敵に襲われ、訳の判らない暗殺者が現れ、(つい)には世界樹や、フレースヴェルグなどと言う、ラグナロクを連想させる存在まで現れた。

 ここまで妙な事態に巻き込まれているのなら、ダンダリオンの能力を邪魔出来るほどの大物が顕われていたとしても不思議ではないでしょう。少なくとも、こう言う可能性も有ると、俺の心の中に止めて置けば、ある程度の事態にも対処出来るはずですから。

【シノブ。ルイズ達を発見したのです】

 アルビオンに向け飛び続けるワイバーンの背に乗る俺に、ようやく待ちに待った報告がダンダリオンから為された。
 但し、更に続けて、

【城壁の上に追い詰められているのです】

 そう、かなり慌てた雰囲気で伝えて来たのだった。
 ……って、城壁に追い詰められている?

【ルイズ達のトコロに、転移する事は可能か?】

 そうダンダリオンに対して【念話】で聞き返しながら、タバサにも同時に【念話】を繋げる。
 これで、タバサに説明する手間が省けますし、ダンダリオンの返答如何によっては、即座に転移が行える上に、転移後に、タバサの広範囲に効果のある仙術を放つ事が可能と成ります。

【肯定。急がないと三人が危険なのです】

 そのダンダリオンの返事を聞いた俺がタバサを見つめる。
 タバサがコクリとひとつ首肯いた。気負うような雰囲気も感じないし、恐れる様子もない。この()も、かなりの修羅場を潜り抜けて来ているのは確実と言う事ですか。

 あのフレースヴェルグとの一戦で、彼女の実戦の時の戦闘能力の高さは理解出来ましたから。
 ……って言うか、何気にアイ・コンタクトだけで俺の意図を理解してくれましたから。

「そうしたら俺が転移魔法を使うから、転移した瞬間に広範囲魔法を行使してくれるか?」


☆★☆★☆


 転移した瞬間に召喚されし雷公の腕が、今まさに包囲の輪を狭めようとしたアルビオン貴族派の兵士たちを薙ぎ払う。

「騎兵隊参上、と言う感じかな」

 何もない空間より、突如ルイズ達の傍に転移した俺が、かなり冗談めかした台詞でそう告げる。
 但し……。

「遅い」

 しかし、才人のピンクの御主人様が俺に言い放った。少し、冷たい感じで。

 ……って言うか、ルイズ達を見つけた瞬間に連絡が入って、即座に転移して来た心算ですから、遅いとか言われるとは思わなかったのですが。
 それに、俺とタバサは、突如、何もない空間から現れたはずなのですが、その部分に対してのツッコミは無いのですか。普通に考えると、かなり不思議な出来事が目の前で起きていると思うのですが。

 それとも、このトリステインでは唯一の東洋の神秘を体現する俺が、今更何をしても驚くに値しないと言う事なのでしょうか?
 いや、もしかするとキュルケがラ・ロシェールに現れた理由が、自分達を手助けする為だと気付いていたのなら、この状況でも助けが来ると信じて諦めずに行動していたと考えるべきなのかも知れませんね。

 但し、船の大半が焼けて仕舞ったラ・ロシェールからここにやって来るのは難しかったですし、転移魔法が使用出来なければ、戦場のど真ん中にやって来る事など不可能だったと思うのですが。

「ルイズ。せっかく、助けに来てくれた味方に、その言い方はないのではないかね」

 意外に落ち着いた雰囲気でそう問い掛けるギーシュ。豪胆なのか、それとも、少し危機感が足りないだけなのかは判りませんが。
 尚、彼の作製した、と思しき青銅製のゴーレムが防衛線を築いて、そこから漏れ出て来た敵を才人が対処する、と言う戦法で狭い城内の通路を後退しながらの戦いを切り抜けて来たみたいですね。

 そう言う意味で言うなら、ギーシュくんが居なかったら、多勢に無勢。あっと言う間に周りを取り囲まれてルイズと才人は捕まるか、殺されていた可能性も有ったと思います。
 狭い場所では、いくら素早く動けたとしても、厳しい戦いになるモノですから。

「そうしたら、一気に逃げるから、何処でもいいから俺に触れていてくれよ」

 そう一同に伝える俺。
 基本的に転移魔法は有る程度の範囲内に存在する人物や物体を運ぶ術なのですが、矢張り、自らに触れている物を運ぶ方がイメージし易いのです。
 そして、それと同時に、

【タバサ。一発大きい仙術を俺達が逃げ出す直前に放って、目くらましにしてくれ】

 ……と、【念話】で伝えた。

 もっとも、その程度の事で転移魔法の存在を隠す事は難しいとも思いますが、それでも、ルイズ達を救う方が重要です。まして、牽制は必要ですから。
 それに、登場する時にも使用したのですから、もう仕方がないでしょう。

 タバサが俺の方を見つめながら、ひとつ首肯く。
 尚、その時、ルイズが俺とタバサの方を見つめていたのですが、言葉にしては何も問い掛けて来る事は有りませんでした。

 ……彼女、【念話】の存在にまで気付いたと言う事なのでしょうか。
 まさかな。

 突如、現れた援軍と、その時に放たれた電撃によって少し混乱し掛けていた兵士たちが、体勢を整えて隊列を組み直し、再び圧力を増そうとする。
 そう。現れたのはたったふたり。それならば逃げ出される前に、人海戦術で取り押さえて仕舞えばどうとでもなる。そう考えたとしても不思議では無い状態。

 再び紡がれる口訣。そして繊手により結ばれる導引。

 今まさに包囲の輪を一気に縮め、ギーシュのゴーレムごと俺達を取り押さえようと兵士達を襲う雷。
 その一瞬の後に、ギーシュの召喚せしゴーレム達が雷公の腕の直撃を受けた兵士たちの中に最後の突撃を行う。これは、最早盾としての必要のなくなったゴーレムの、造物主に対する最後の奉公。

 包囲の輪を縮めようとした兵士達の間に混乱が走る!

 しかし、次の瞬間。その城壁の上から俺達の姿は完全に消えて仕舞っていたのであった。

 
 

 
後書き
 このアルビオン行き。つまり、第3章 白き浮遊島(うきしま)は、この第29話で終了です。
 第30話より新章スタート。

 但し、第30話の前半部分。このアルビオン編。具体的には、ハルケギニア世界ヴァージョンの清教徒革命によって起きた政治の動きの部分の説明で、大きな原作小説との相違点が有る事を表現します。
 そして、次回のあとがきでは、何故、そう言う風に成ったのかと言う説明を行います。

 この部分を変えると、非常に辛い部分の変更となって居ます。
 ただ、何度、シミュレートしてみても、その部分を変えない限り、どうしても御都合主義的な部分を作るしか方法がないので……。

 更に、敵のレベルを下げる訳には行きませんからね。

 それでは、次回より第4章『聖痕』編がスタートします。
 そして、第30話のタイトルは、『アルビオン編の後日談』です。
                                               
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