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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
天剣授受者
  日常とは常に面白いものである

 
前書き
遅くなりました!! 本当に申し訳ないです。
次回はもっと早く書きます、短いと思いますが楽しんでもらえると嬉しいです。 

 
 グレンダンの最奥、女王すら入ることができない場所に誰かが立っていた。
 その人物は顔に狐のお面をかぶり、和服と呼ばれる今では着るものが少なくなった服装に身を包んでいた。
 この場所は世界で最も重要な場所であり、入ったのならば女王か天剣授受者たちが来るはずなのだが誰も来ていなかった。むしろ来る気配がない。
「……いつまで寝てるんだ、この居眠り娘は」
 その仮面の、おそらく男は、そこで目をつぶって寝ている少女の髪の毛を撫でる。恋人にするような仕草ではない、妹や家族に対してするような優しい撫でかただった。
 しかし少女はすうすうと眠っていて、男には何も反応しなかった。
「そういえば、こいつ返してなかったな、サヤ」
 ため息をつきながら腰についている錬金鋼を取り外し、寝ている少女、サヤの隣に投げ込む。
 黒一色の錬金鋼、おそらく鋼鉄錬金鋼だろう。
「さてはて、俺も仕事しに行きますか。仕事しないとフェイクにどやされる」
 やれやれといった風に頭を降る仮面の男は、指を弾く。次の瞬間、男は忽然と姿を消した。
 空間に静寂が満ちる。あとに残ったのは眠っているサヤと黒く光る錬金鋼だけだった。


 シノーラ・アレイスラは退屈していた。
 シノーラは退屈を嫌う、だからこそわざわざ『シノーラ・アレイスラ』なんて偽名を名乗り、一学生として学校に通うなんていう酔狂なことをしていた。
 だが、それも飽きた。授業に出たり、友人を作ったり、うるさい教授のお小言を聞き流し、イタズラをすることに飽きた。飽きてしまった。
 そして学校をサボった。そしてもう『シノーラ・アレイスラ』をやめてしまおうと思った。そしてシノーラは本来の自分に戻ろうとしている最中に出会った。そう『出会ってしまった』
「あっ」
「おっと?」
 ぶつかってきた相手は少しよそ見をしていたのだろう。危なくシノーラの豊満な胸に激突するところだった。シノーラが避けていなかったらそうなっていただろう。
 ぶつかりそうになった人物は子供のようだ。身長差と髪の毛のせいでシノーラから顔が見えなかった。
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ、ぶつかってないし、謝らないでちょうだい」
 年端もいかない子供に謝られて平気なほどシノーラは傲慢ではない。手を振りながら謝っている子供に大丈夫だと、手で表す。子供は安心したのか、顔を上げてシノーラに表情を見せる。
 この日、この時、もしも子供が顔を上げずにそのまま走り去ったのなら、もしもシノーラがそのまま後ろを向き、去っていたのなら出会いは後になっただろう。しかし、この場所ではそうならなかった、シノーラは見た、見てしまった。
 長い自分によく似た髪、そしてその顔はシノーラそっくりであった。
 息が止まるのをシノーラは感じた、相手もそうなのだろう、表情を固めて口を魚のようにパクパクと開閉する。
 その日、シノーラは久方ぶりに叫び声を上げた。


 ガタガタとシキとレイフォンは道場で震えていた。
 相手は錬金鋼が効かない強敵。友軍はシキやレイフォンや少数の子供達。どうあがいても絶望しかない。二人は指を動かし、なんとか撃退しようとするが如何せん、頭の内部に答えが存在しない。
 投了(リザイン)? んなことすれば、姉さんにぬっころされるわと、先日、錬金鋼をぶっ壊したことがバレたシキは証言する。
 なんとかこの強敵を倒そうとシキとレイフォンはお互いの頭で考えるが、答えがでずに絶望する。そこで普段は使わない上目遣いを敢行するがニッコリと笑う年上の姉、その手には……勉強道具が握られていた。
「さて、シキとレイフォン? もう一回」
「「イヤァああああああああっ!?」」
 強大な武芸者に叫び声を上げる。数々の汚染獣を屠ってきた二人が高々、勉強でこんな声を上げるなど信じがたい光景だが、二人共勉強が大の苦手なのだ。
 今までは武芸一筋でも見逃されてきたが、もうレイフォンもシキも十歳になった。そろそろ将来を考えて勉強をしなければならない年頃である。
 駄菓子菓子、いやだがしかし、シキもレイフォンも勉強は大の苦手である。現にシキは早々と使えない頭がオーバーヒートして突っ伏してる状態であり、まだ頭を上げながら暗いオーラを出しているレイフォンの方がマシである。リーリンは優秀な成績を収めており、将来を楽しみにされている。
「や、やってられっかぁああああああっ!!」
 遂に、というかシキが大声で叫び、ダッシュで道場から逃げ出した。レイフォンも耐え切れなくなったのか、立ち上がり後を追うとするがリーリンに首根っこを掴まれ、敢無く御用。逃げ出したシキへの恨みが効いたレイフォンの叫び声が都市に響き渡った。


「そんな理由で俺の部屋に来たと?」
「匿ってくれよ、リンテンス師匠」
「帰れ、馬鹿弟子」
 問答無用で泣きつくシキを切り捨てたのは、ソファーに寝転がりながら煙草を吸っている中年男性であった。
 気力のない不機嫌な瞳、伸ばし放題のボサボサの髪、剃っていないのか無精髭が顎を覆っている。
この男こそ、天剣授受者で最強と言われる実力者、リンテンス・サーヴォレイト・ハーデン。一応がつくがシキの師でもある。
「ぐっ、やっぱり師匠よりもカナリスさんのところに行くべきだったか」
「20秒前にも言ったが帰れ、馬鹿弟子」
「いやだね……てか、部屋が掃除しなよ」
「……物好きな奴が勝手にやってくれるさ」
 リンテンスは煙草を取り替えながらそう言う。不思議なことにリンテンスはライターを使わずに煙草に火をつけた。
「掃除……いやいや、これただ掃除機かけただけで満足してるだろ」
 シキはため息をつきながら掃除の後を見る。一見、綺麗にしているように見えるが全くそんなことはない。ただ掃除機をかけたという事実に満足しただけだ。
 リンテンスは煙草を吹かしてため息をついた。どうやら正解のようだ。
 シキはため息をつきながら、窓を開けようとして……止めた。リンテンスの部屋の真下はゴミ捨て場で今日はゴミ捨ての日だ。開けた瞬間、悪臭が部屋に充満するだろう。
「引っ越や、このグータラ師匠。金があるんだから」
「……」
 だんまりを決め込んだのか、リンテンスは何も言わずに煙草を吹かす。
 シキは腰に手を開けて、真剣に考えて末、こう結論を終結させた。
「掃除するから出てけ、師匠」
 シキはリンテンスを部屋から蹴り飛ばした。
 三十分後、ピカピカになった部屋に満足したシキは外に蹴り出していたリンテンスを回収し、ソファーに投げ込む。
 リンテンスの顔は普段より二割ほど不機嫌が増した顔になっていた。まぁ、シキはまったく気にしていないのだが。
「ドヤ!」
「……姿形だけじゃなく、性格も似てきたのか?」
 ボソッとリンテンスはシキに聞こえないように呟く。
 脳裏によぎったのはシキとまったく同じ顔の女性。自分の全力を力技で粉砕し、傷一つ付けられず負けた相手、そして現在もなおしつこく付きまとわれている相手だ。
 一人だけでもめんどくさいのに二人に増えるなど悪夢でしかない。
「しかっし、侍女さんいなかったっけ? ほら、陛下から送られたっていう」
「辞めた」
 またかとシキは天を仰ぐ。
リンテンスの顔は普通にしていても迫力がある、街のチンピラですら震え上がるほどに。本人にとっては基本なのだろうが、他人から見たら命を狙う暗殺者のごとく見えるだろう。
 シキはリンテンスと出会って二年ほどだが、実は今でも怖いのは内緒である。
「ゴミはゴミ袋に入れて、ちゃんと分別するように。後、動かず鋼糸で何もかもやるのはやめろ」
 シキは剄で強化した素手で、部屋に漂っている糸を掴む。
 目に見えないほど極細の錬金鋼でできた糸、それがリンテンスの武器であり、シキが習っているものである。
 シキは息をするように掴んでいるが、ただの武芸者が掴めば手が三枚に卸されるくらいの切れ味は保っている。
「……訓練はしているんだな」
「そりゃするだろ、こんな便利な武器」
 シキは鋼糸を強引に引っ張り、リンテンスから引き剥がそうとする。
 リンテンスは鋼糸に流している剄を強めてそれに対抗する。それを感じたシキは、ニヤリと笑いながら、さらに剄を高めようとした時……サイレンが鳴り響いた。
 シキは鋼糸から手を離し、窓を全開にする。異臭が入ってくるが気にしない。久々の稼ぎ時だからだ。
「んじゃ、稼いでくるわ」
「あぁ、行ってこい」
 厄介者をどかすような声をだしたリンテンスは鋼糸を窓の取っ手に結び、閉めようとする。シキへの遠慮などそこにはない。
シキは器用に体を滑り込ませ、窓から外に飛び出した。


 エアフィルターの外はまさに地獄だ。人は生きて行けず、死んでいくしかない。
 そんな少しのミスが即座に死に直結する場所に、シキはいた。
 シキの目の前には大量の汚染獣の子供、通称『幼生体』が一心不乱にグレンダンに向けて突撃していた。最弱の汚染獣と呼ばれているが、質よりも量で来るので苦戦をする相手だ。
 そう普通の武芸者なら苦戦をする。だがシキは普通ではなかった。
「レストレーション03」
 シキは腰に巻きつけてある錬金鋼の一つを、両手の甲のスリットに差し込み復元する。それは光り輝き、手袋の形を取る。
 シキは即座に手袋から鋼糸を展開する。その数、およそ二百。
 シキがいる場所にはほかには武芸者はいない。シキただ一人で戦っている。
 小さなシキと幼生体の大群は、蟻が象に挑むように見える。だがシキは動かない。
 幼生体はシキを引きつぶし、背後にある食料を貪ろうと必死に突撃をする。既に三日以上食べていないのだ。彼らの食欲は限界に来ていた。だが、彼らはその食欲を満たすことはない。彼らの命は尽きていたからだ。
「柔らかいなぁ、やっぱ」
 シキの目の前では岩と岩にくくりつけた鋼糸を通過し、バラバラになる幼生体が見えた。シキの剄力ならば、多少強引な方法で切れ味を上げることができる。莫大な剄力の持ち主であるシキだからできる方法であり、多少ムラもある。
 グレンダンに襲いかかったのは五千にも及ぶ、幼生体の群れ。幸い、その母体は活動を停止しているらしいが周囲には雄性体が複数いるらしい。普通の都市ならば、総力戦に匹敵するほどの戦いだが、グレンダンでは普通だ。
 だが、シキは油断はしない。戦場での油断は即、死につながる。
 触れただけでも死ぬ物質が充満する空間、そして防護服を易易と切り裂く汚染獣がいる空間だ。格下の相手でも油断などしてはいけない。そしてシキの敵はもう一つある、自身の剄だ。
 莫大すぎる剄は扱いきれなければ、自身の防護服を破壊する。
 カウンティア・ヴァルモン・ファーネスという天剣授受者もいるが、彼女は加減というものがとても下手だ、いやいっそできないと言ったほうがいい。彼女は莫大な剄を余すことなく使うため、防護服が10回以上技を放つと自壊する。
 これはシキにも言える。シキの剄力はカウンティアも多く、全力を出したら防護服が完全に自壊する。実際、加減を間違えて防護服が自壊したことが過去、何度かあった。
「……レイフォンも戦ってるな」
 シキは戦場に出ている、馴染み深い剄を感じてレイフォンの存在に気づく。
 シキが孤児院に装備を取りに帰るとレイフォンは既にいなかったからだ。レイフォンも膨大な剄を持っているが、制御が上手いため自壊などといった間抜けなことはしない。
 シキは手早く終わらせて、レイフォンに合流しようと思い、鋼糸を操作しようとした。
 しかし、シキは鋼糸の作業を中断して後方に飛ぶ。
 飛んだ瞬間、地下から触手が伸びてシキがいた場所を破砕する。それだけに留まらず、触手はシキに追撃をかける。
 シキは鋼糸を幼生体の駆除に回して、別の錬金鋼を手に持つ。
「レストレーション04」
 復元されたのは細剣(レイピア)、シキはそれを振るう。
 斬線とともに衝剄を放ち、追ってくる触手を切り落とす。すると地面が盛り上がり、触手の主が姿を現す。
 それは肉の塊と形容する汚染獣だった。かろうじて口のような物が見えるが、それも複数有り、目などは見受けられない。シキはそのおぞましい姿に息を飲んだ。
「おい……コイツは」
 汚染獣は、大量の触手を伸ばす。速度が早く、シキも気を抜いていたら触手に穴あきチーズにされるところであった。
 間一髪で避けたシキは、そのまま十メルほど離れた場所に着地する。
 たった数秒の攻防なのに、シキの身体からは汗が大量に出ていた。シキは鋼糸をやめて、手袋を待機状態に戻す。そして、腰から四つの錬金鋼を取り出す。二つは手の甲に、もう二つは足のスリットに差し込む。
「レストレーション05」
 復元したのは手甲、本当ならば刀を使いたいが先日の爆発で失っている。得意とする得物がないことを不安に思うが、即座にその考えを消し飛ばす。
 シキは今、持っている錬金鋼を頭に思い浮かべる。
 手甲、細剣、槍、銃、手袋……そして剣。
「老生体だよな……下がるか?」
 シキは冷静に念威操者からの連絡を待つ。しかし一向に連絡が来ない。
 シキは殺気を感じ、足元に衝剄を放ちながら飛ぶ。衝剄で破砕されたのはまたもや触手だった。
 着地した瞬間、また触手が襲いかかる。今度は四方からシキ目掛けて飛んでくる。シキは空中で体を捻る。
 活剄衝剄混合変化、竜旋剄(りゅうせいけい)
 活剄により強化した腕力で体をコマのように回しながら、周囲に衝剄を放つ。
しかし、破壊された触手を気にせず、老生体は触手の数を増やしながらシキに襲いかかる。
 シキは回転を続けて、触手を迎撃し続ける。
「うっとしい!!」
 だが減らない触手に業を煮やしたのか、シキは剄技を止めて他の剄技を放つ。
 サイハーデン刀争術、水鏡渡り。
 瞬間、シキの身体がブレる。瞬間的に旋剄を超えたスピードで老生体に近づいたシキは、そのまま手を老生体の身体に当てる。
 外力系衝剄の変化、爆導掌(ばくどうしょう)
 掌から衝剄を敵の体内に放つ。直接、衝剄を流された老生体は苦悶の声を上げる。シキは追い討ちをせず、後方に後退する。
 この程度で殺し切れるほど、目の前の生物はヤワではない。
 その証拠に、先ほどシキが与えたダメージを老生体は即座に回復させた。そして怒りのまま触手を伸ばす。
 シキは拳を握り締め、一気に剄を開放する。
 外力系衝剄の変化、剛昇弾(ごうしょうだん)
 巨大な剄弾が触手を焼き尽くし、老生体にも襲いかかろうとしたが新たに生やした触手に叩き落とされる。その光景を見たシキは驚愕する。今まで、剄技を撃ち落とされるなんて経験がほとんどなかったからだ。
「ッ!?」
 間髪いれずに触手がシキに襲いかかるが、殴ったり蹴ったりしながら迎撃する。
 しかし、シキは着実に消耗していく。
 無理もなかった。たった十歳の子供には荷が重すぎるし、何よりシキは老生体との戦闘経験がない。
 シキは心に燻っている焦りを抑えつつ、老生体の触手を迎撃し続けた。


「……なんでだ」
『陛下からの直々の命令ですから』
 穏やかなデルボネの声にルイメイは珍しくイラついていた。
 久々の老生体と戦えるチャンスを止められた挙句、妻が大事にしている『家族』に加勢できない事が彼のイラつきを増長させていた。
「あぁ、俺たちは天剣だ。陛下の命令とやらは聞いてやる……だがな、これだけは聞けねぇ」
『正直、私もですよ。出来る事ならあなたを向かわせて後退させたい』
 穏やかだったデルボネの声が硬くなる。
 ルイメイは驚きつつも、シキの人脈の広さを感心する。聞くところによれば、天剣たちに弟子入りをしているらしい。あのカウンティアまでもが師事していると聞いたときはさすがに苦笑いをするしかなかったが。
 ルイメイは念威端子を通して送られてくる、映像を見る。そこには老生体に果敢に挑むシキの姿があった。
「二期か?」
『えぇ。しかし奇妙な進化をしていますね』
 確かに、とルイメイは唸る。
 通常の汚染獣は竜の姿をしているが、この汚染獣は肉の塊で触手を主に使っている。今まで通常の汚染獣しか戦ってこなかったシキには少しキツイ相手だ。
 それだけに触手のスピードと老生体自身の耐久力が驚異であった。だがルイメイならば短時間で潰せる相手だ。
 相手は動いていない、動いたとしてもそのスピードは鈍重だ。ルイメイの鉄球を頭上から落とせばそれだけで終わる。大きさもそれほどでもない、目測で三十メル程度だろう。
「にしても、あいつはなんで刀を使わないんだ?」
『先日、制御を間違えて失ってますからね……あら? この反応は?』
「どうした?」
 デルボネは料理で調味料を間違えたような、その程度の驚きにしか感じられない声を出す。ルイメイも訝しげに端子からの映像を見る。
『どうやら後退の指示を聞かない人がいたようですね』
 デルボネはおっとりとした声でそう言った。


 轟剣で肥大化した剣で最後の雄性体を切り裂く。胴体から真っ二つになった雄性体は断末魔の声も上げずに絶命した。
 三体いた内、二体はレイフォンが叩き切った。これで金が入るとレイフォンは安堵の息を漏らした。グレンダンでは汚染獣を彼ば狩るほど、報奨金が入ることになっている。約千体の幼生体と二体の雄性体、結構入ると思ったレイフォンは新たな獲物を探すために飛んだ。
 その途中、慣れ親しんだ剄を感じる。そして同時に怒りを感じる。
 当たり前だ、一人だけあの後ミッチリと勉強させられたのだ。これで怒りを感じない方がおかしい。
 グチの一つでも言いたくなったレイフォンはシキの元へ行こうとした。
『全武芸者に通達します。至急、グレンダンまで後退してください』
 端子から念威操者の声が聞こえた。
 他の武芸者たちは少し愚痴をこぼしながらもグレンダンへと跳ぶ。いくら熟練ぞろいのグレンダン武芸者たちも長く汚染物質に汚染されている外には居たくない。戻れと言われれば素直に戻る。
 レイフォンもそれに習って後退する。
 シキの剄はまだ感じられるが、おそらく汚染獣の駆除に手間取っているか、もしくは新技の練習台にしているんだろうとレイフォンは思った。
 しかし、レイフォンの直感はシキの元へ行けと言っていた。同時に胸騒ぎもする。
『どうしました? 早く後退してください』
 念威操者の冷静な声が聞こえる。後退しなければいけないのだろうが、レイフォンの足は戻るのではなく、進んだ。
『なっ!? 戻ってください!』
「……」
 端子がレイフォンを追いかけようとするが、別の武芸者が残っていることを感知した。仕方なく念威操者はレイフォンの追跡を諦め、その武芸者への勧告に向かった。


「はぁ!」
 しまった、とシキは思ったのは既に剄技を放った後のことだった。
 外力系衝剄の変化、剛力徹破・突。
 触手を破砕した衝剄は、そのまま老生体の体に到達し、その体を爆破する。体の一部を破壊された老生体は怒りの声を上げる。
 今まで一番の攻撃だが、代償も大きかった。
「ッ!!」
 通常の錬金鋼ではシキの膨大な剄に耐え切れなかったのだ。
両手にある赤く変色した錬金鋼を素早く待機状態に戻し、老生体に投げつける。
 投擲から間もなく爆発した錬金鋼を無視して、汚染獣はシキに触手を伸ばす。
「レストレーション07」
 槍を復元したことも確認せず、シキは剄技を放つ。
 外力系衝剄の変化、餓蛇駆(がろうく)
 錬金鋼自壊ギリギリの剄を込めて放った技は、触手を全て切り落とす。
 ベキリと嫌な音がする。ゴーグルに衝剄があったのだろう、だが視界は良好である。シキは構わずもう一度、餓蛇駆を放つ。
 体に当てるが対してダメージを負っていないことに気づくとシキは舌打ちをしながら槍を待機状態に戻す。先ほどの連発で、自壊寸前だったからだ。これ以上の損失は、経済的にも戦力的にも避けたい。
 使うかべきか、とシキは自身の戒めである錬金鋼に手が伸びる。
 しかし、それを掴むことはなかった。視界の端に見慣れた影が見えた瞬間、シキは細剣を復元してから、腰に添える。細剣でやる技ではないが、相手がやる気なのだ。シキがやらないわけにはいかない。
 外力系衝剄の変化、轟剣。
 シキと相手……レイフォンはほぼ同時に放つ。レイフォンは頭上からの強引な振り下ろし、シキは細剣の特性を生かした突き。
 さすがの老生体の硬い体も、二人の圧倒的な剄には耐え切れず液体をぶちまけながら絶叫を上げる。
「なんで来た!!」
「シキがいるからだよ!! って、また錬金鋼壊したの!?」
「うっせ! 耐え切れない奴が悪い!」
「錬金鋼だって無料じゃないんだ!!」
「手加減できないんだよ!!」
「してよ! この下手くそ!!」
 ぎゃあぎゃあと戦いの最中だというのに言い争いをするシキとレイフォン。老生体はそんな二人に容赦なく触手を伸ばす。しかし、先ほどのダメージがあるのかスピードはかなり遅くなっていた。
 二人共、切り裂きながら後方にジャンプする。
 そして息を整えながら、シキは提案する。
「ちょっと手伝え、レイフォン」
「……何か考えがあるの?」
「あぁ、まぁ失敗したら錬金鋼がおじゃんして死ぬな」
 それを聞いたレイフォンは顔を顰める。
 シキは心底、悔しそうな声で言う。
「今ままじゃ、イタズラに消耗するだけだろ?」
「そうだね、あいつ、今までの汚染獣と硬さが段違いだ」
 レイフォンはまだ手に残る、老生体の硬さに驚いていた。実際、レイフォンは先ほどの一撃で終わらせるつもりでいた。だが切れなかった、深手を負わせることはできたが殺すまでには至ることができない。
 時間をかければ倒せるだろうが、それまでレイフォンとシキの武器が持つかどうかわからない。武器がなくなればいくらシキやレイフォンでも死しか待っていない。
「一撃だ。お互い、全力の剄技であいつの傷口にもういっぺんブチ込む」
「単純明快だっけ? それ」
「えーと……多分」
「はぁ、錬金鋼の弁償はシキがしてね」
「……あぁ」
 シキは錬金鋼の値段を思い出して呻く。多少補助金が出るだろうが、稼ぎのほとんどは消えることになるのは間違いなしだった。
 レイフォンは苦笑しながらも、徐々に瞳から感情を消していった。だが、シキは普段通りに振舞う。ここらへんがシキとレイフォンの人間性の違いなのだろう。
 二人は手に持った錬金鋼を力強く握る。
 失敗すれば死ぬなんて考えを一切排除する。ただ生き残る、それがサイハーデン流の教えであり戦い方だ。勝つ、そこに負けるなんて要素を入れることはない。ただただ、それだけを考える。
 息を吐いて、吸って、また吐く。そのまま剄を練り続ける。
 老生体はシキたちに構って入れるほど余裕がないのか、自身の回復を優先させていた。だが、傷口は中々治らない。苛立ちげに咆吼した瞬間、シキたちは同時に動いた。
 レイフォンは上空、シキは地面から、旋剄で近づいた。
 そしてそのまま練っていた剄を開放する。二人がその技を使ったのはただの偶然だった。
 サイハーデン刀争術、焔切り。
 そうただの焔切りだが、シキとレイフォン二人の剄が混ざり合い、それが衝剄となって老生体の体をズタズタに切り裂く。
 後日、二人はこの技をこう名づけた。
 サイハーデン刀争術、焔切り・(かさね)
「「あぁあああああああっ!!!」」
 限界まで練った剄は色を変え、赤くなっている。錬金鋼も限界を超えて爆発寸前だ。
 だが、二人はさらに追撃をかける。
 シキは上向きに切り裂いていた細剣を下向きに、レイフォンは下向きを上向きにして剄技を放った。
 サイハーデン刀争術、焔重ね・紅布(こうふ)
 二つの炎の爆布が老生体の体に叩きつけられる。
 そして……。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
 一際大きな絶叫を上げて、老生体は地に伏した。
 荒く息を吐く、シキとレイフォン。
特にシキは今まで体験したことがないほど疲弊していた。剄をここまで消費したこともないし、あそこまで剄技が通用しない相手とも出会ったことがない。
「い、生きてるか、レイフォン?」
「なんとか……」
 膝をつき活剄を全力で回復に回す。一時的に消費しただけで、レイフォンもシキも出し尽くしたことがない。ただ出すことに慣れていないせいで疲れただけだ。
 シキはこれまでにない充実感に満ち溢れていた。強大な敵との戦い、溢れ出る剄の使用、命の駆け引き、知らず知らずのうちにシキは唇をつり上げて笑っていた。
 レイフォンはボーッとした目でシキを見ている。その目には複雑な感情が宿っていた。
 そして二人は忘れていた、手に持っている錬金鋼が爆発しそうなこと。
 数秒後、気づいた二人が全力で錬金鋼を放り出して逃げ出したのはご愛嬌というやつだろう。


「ハッハッハ! 倒しやがった」
『将来が楽しみですね。あの加勢に来た子も良い才能を持っていますね』
 ルイメイは豪勢に笑いこげる。当たり前だ、十歳で老生体を倒すなど正気の沙汰ではない。もはや悪夢だ。
 デルボネも優しく笑う。
「こりゃ、今回の天剣授受者はあいつだな」
『わかりませんよ? お弟子さんを持ち上げたいのはわかりますが……あの子は制御が甘いですからねぇ』
 一通り笑った後、ルイメイは真剣な顔をする。
「次回はねえぞ、今度は俺が戦う」
『ええ、そうしてください。今回は老体に堪えます、私も歳ですかね』
「はっ! 早く隠居しないからこうなる」
『後継者がいませんから……一人、いたのですがね。都市外へ行ってしまいましたよ』
 デルボネの声に少しだけ後悔が混じる。
 そんな中、ルイメイは後ろから歩いてくる多数の人物に気づく。それはルイメイも見知った者たちだった。
「シキ君、大丈夫ですか!? 怪我とかしてませんよね!」
「……ウザッ、銃使ってない」
「し、シキ大丈夫かな? ティア」
「大丈夫よ、リヴァース。あいつはそう簡単にくたばりはしないわよ」
「へぇ、シキの他にもあんな子がいるなんて、やはりこの都市は僕を飽きさせない」
「お前ら……見てたのかよ」
『ええ、最初から見させてましたから……あぁ、ティグリスとカウンティアさんは自宅で見てますよ』
 ゾロゾロと集まってきたのは天剣授受者、ここまで集まるのも珍しい。というか、対人スキル最悪の天剣たちは基本的に仲が悪い。口を開けば口論になり、剄が飛び交う。唯一、全員に隔てなく接することができるのはリヴァースと呼ばれた身長の低い色白の太った男ではなかろうか。
 そんな歩く危険物である天剣たちを師匠にしているシキも大概に外れた存在である。
「あいつも大変だよなぁ」
『いいんじゃありませんか? 嫁ぐ先が沢山ありますし、なんなら全員娶ってもいいのでは?』
「……デルボネ、あんまやるとシキが怒るぞ?」
 ルイメイはワイワイと騒ぐ、天剣たちを見てため息をつく。こういう役割は苦労人のカルヴァーンだろ、と思う。
 ため息をつくが心は晴れやかだった。何か美味いもんでも奢ってやろうと思い、シキを向かいに行こうとするがデルボネが発言する。
『あら? シキと男の子が倒れましたね』
「……し、締まらねえ」


 女王は一つの錬金鋼を手に取る。
 白銀の錬金鋼だ。これがグレンダン、いや世界最強の錬金鋼、天剣。その最後の一本『ヴォルフシュテイン』。
 長く主を持っていないそれは疼いていた。
 女王は手に取った天剣を再び置き、端子から送られてきた映像を見て笑う。そこには細剣を持ったシキが戦っていた。
「さっすがシキ……ホント、さすがね」
 女王は泣きそうな声を出しながら映像を見る。
「あなたには過酷な運命が待ってる……だから、強くなって」
 女王はそう言って、端子からの映像を止めて歩き出しながら、別の紙を懐から取り出す。
 そこには天剣授受者選定式と書かれた紙があった。
 女王はそれに直筆のサインをして、また懐にしまった。
 
 

 
後書き
ここまで錬金鋼ぶっ潰す主人公いないよなぁ……しょうがないんです。ウチの主人公、調子乗るとすぐにオーバーヒートさせますから。
シノーラが飽きるのが早いと思いますが、そこはオリジナルと思ってください。
ちなみに今回の老生体二期はシキ単独だと引き分け、もしくは敗退してました。レイフォンとの奇襲が上手くいったから早く倒せました。つまり偶然です。
レイフォンがサイハーデンの剄技を使いましたが、ウチのレイフォンは別にサイハーデン流を縛ってません。
そしてシキの錬金鋼の復元言語は「レストレーション01・刀」、「02・剣」、「03・手袋、もとい鋼糸」、「04・細剣」、「05・手甲&甲掛」、「06・銃」、「07・槍」です。
では次回までちぇりお!


Q、なんでこんなに連斬鋼もってるの?
A、シキが刀でのアドリブが苦手&剄の制御が甘いから予備用として持ってる」 
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