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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  六十六話 旅立ちの空

 リョウは、約束の時間ほぼぴったりに妖精の世界へと実体化した。目の前のテーブルには、すでに二人の妖精の姿がある。

「おっす。遅くなったか?」
「いや、俺も今来たところだよ」
「あたしもよ。それじゃ、いこっか」
「お?どちらへ?」
「とりあえず、君達のその貧弱な装備をどうにかしないと」
 訪ねたリョウにリーファはあきれた様子で答えた。それにキリトが少し嬉しそうに笑う。

「それは嬉しいかな。俺も是非どうにかしたいんだ……この剣じゃどうにも頼りなくて……」
「確かになぁ……けど金……持ってんな」
「え……うわ、結構あるな」
 言いつつ自身のステータスウィンドウを開いたリョウは、自身の持ち金の多さに軽く驚愕する。どうやら有りがたい事に、此処もSAOから引き継ぎのようだった。

「どうしたの?もしかしてお金無い?」
「「いや。ある」」
「なら、さっそく武器屋行こうか」
「おう。俺もなんか新しいの買いますかねぇ」
 のんびりと背伸びをするリョウを横目に、キリトは自らの胸ポケットに話しかける。

「おい、ユイ。行くぞ」
 呼び出しに答え、長い黒髪の小妖精はキリトの胸ポケットからちょこん。と顔を出し……
大きく欠伸をした。

「ははっ。おはようさん。ユイ坊」
「ふぁ?あ、はい!……おはようございます!叔父さん!」
 しかしひとたび起きれば流石にAIらしく起動は早いようで、リョウが話しかけると直ぐに元気な声が返ってきた。三人の旅行用意が、始まった。

────

「えーと、それじゃ、こちらではどうでしょう……」
「うーん」
「ふむ……」
 リーファ行きつけだと言う武具店で、キリトとリョウはそれぞれの装備選びを続けていた。
一応、防具の方については直ぐに決まった。
キリトは、相変わらずの軽装備。防御能力が付加された上下の黒い服に、やっぱり黒のロングコート。以上である。リョウが「あいっ変わらずっつーか、いい加減変えねぇか?」と言ったら、即座に「だが断る」と返された。
 とは言え、リョウの方もそんなに対して変わらないのは事実だ。初めの内は、昔のように重金属鎧《へヴィアーマー》で固めるかどうか迷ったのだが、SAO後半の戦闘ではずっとサチ作ってもらった《翠灰の浴衣》をきていたから体を動かしやすい装備に慣れてしまっているし……と言うわけで、上下に二つのボタンが着いたシャツと、黒のジーンズ(それぞれ防御属性付加)に、オレンジ色のロングジャケット(こちらも防御能力付加)にした。

 二人が現在迷っている……と言うかしつこく要求しているのは、剣の方である。


「「もっと重い奴」」
「か、かしこまりました」
 このやり取りが、もう十五回以上は続いているのだ。すでに、キリトの腕の中の剣はだいぶ大きく。リョウの薙刀は重厚感のあるデザインになりつつある。(こちらでは薙刀使いもたくさんいるらしい)
そうして、それが更に十数分ほど続き……

「これなら……まぁ」
「んじゃ、これでいいか」
 結果的に妥協したのは、キリトは自身の身の丈はあろうかと言う大剣 (一応は片手剣らしい)。リョウは……

「リョウ……なに?それ」
「ん?薙刀……じゃねぇ?」
「一応、薙刀のカテゴリーの武器ですよ。リーファさん」
「こんなのがぁ!?」
「えぇ。私もこれが使える人がいるとは思ってませんでしたが……」
 リョウの持つ武器は、一言で言うと、デカかった。
 柄に対して幅の細い刀身部分が殆ど同じ長さを誇り、それらを合わせた全体の長さがなんと二・五メートルをゆうに超えている。名称は……《斬馬刀》。古来、「馬ごと敵将を斬る」と言う、無茶苦茶な目的の為に製造されたと言われる武器だ。目的もそうだが、成程、見た目も無茶苦茶だった。

「俺としちゃ、これでもまだなんだが……」
「勘弁してください。内にあるのじゃ最重量の武器なんですから」
「……つーわけで、これ買うわ」
「どういう筋力してんのよ……」
 溜息をつくリーファを尻目に、二人はさっさと会計を済ませた。

「にしても……兄貴はやっぱ薙刀なんだな」
 「うんうん」と頷いた様子でそういうキリトに、リョウは首だけを振り向かせる。

「何だよ?問題あるか?」
「いや。寧ろ連携が取りやすくて良いなと思ってるだけさ」
「ふぅ~ん」
 二ヤッと笑ったキリトに、リョウは眼を細めて頷く。しかしそれだけではなく……

「まぁ……一応今までとはちげぇ戦い方も考えてるぞ?」
「え?どんなの?」
「それはお楽しみ」
「いやな予感しかしない」
 にやりと笑ったリョウに、今度はキリトがひきつった笑いを返した。

────

「さて!他に行きたいところある?」
「俺は特に」
「あ、んじゃあよ、リーファ」
「ん?何?」
 キリトは首を振ったがしかし、頭の後ろで手を組んだリョウがリーファの方を見る。

「楽器売ってるとこってあるか?一応プーカとしては見ときてぇんだが……」
「あぁ。そりゃそうよね……でも、スイルベーンに楽器店って無いのよね……」
「無い?そりゃまたなんでだよ」
 いぶかしげな顔をしたリョウに、リーファは肩をすくめて答える。

「基本的に楽器を使う人が少ないから。元々、首都に楽器の専門店があるのってプーカくらいなのよ。後はアルンにもあるらしいけど……それ以外の街では雑貨屋が基本ね。どうする?」
「んじゃまぁ……とりあえず雑貨屋まで頼めるか?」
「オッケー。じゃ、行こっか」
 先頭を歩きだしたリーファと、隣に居るキリトに、リョウが片手で「すまん」のゼスチャーをする。

「わりぃな二人とも。付き合わせて」
「いいさ。雑貨屋は覘いてみたかったし」
「それに旅に出るなら装備はしっかりしておかないと後であたしたちも困るもんね」
「っは。素直な奴らだな」
 それぞれの答えに苦笑しつつ、リョウとキリト、リーファは雑貨屋へと向かった。

────


 さて、所変わってリーファお勧めの雑貨屋。リョウは、奥の倉庫にある楽器置き場に案内され、脇に並べられたいくつもの楽器類とにらめっこしていた。

「はぁ~。十分色々有るじゃねぇか」
「本場《プーカ》の楽器店ならこんなもんじゃあねぇでヤンショ」
 リョウの言葉に、店の店主であるクシャっとした髪で細身の若い男……《スペクター》はそう答える。語尾にやたらと「ヤンスヤンス」をつける特徴的なしゃべり方の男だったが、特にリョウは気にしていなかった。ネトゲでキャラ作りなど普通だ。

「いやぁ、ぶっちゃけ一文無しのこの身一本で領地を出た身でよ。楽器店にゃよらねぇで来たから、新鮮だぜ」
「ははぁ……お客さん変わり者でヤンスねぇ」
「良く言われるよ」
「まぁそういう無茶みてぇのは嫌いじゃねぇでヤンスよ!つーわけで、ごゆっくり見て行ってくださいでヤンス」
「おう。サンキューな」
 そう言って店内に居るキリト達の方へと向かった店主を横目に、リョウは楽器探しを再開する。
品ぞろえは悪くないものの、かなり狭いスペースに沢山の楽器を押しこんでいるせいでごちゃごちゃとしている。楽器たちを一つ一つ丁寧に見て行く……フルートのような横笛、リコーダーのような立て笛。トランペットのような金属で出来た直管楽器に、ヴァイオリンのような弦楽器……と、下の方の楽器をのぞこうと、腰を屈め、後ろの棚に少し腰が当たった時だった。

「いって!?」
 突然上から降ってきた何かがリョウの頭に当たり、軽い衝撃を与えてきた。本当は痛みは無いものの、反射的にそう言ってしまう。

「ったく……何なんだよ……ん?」
 リョウは自分の頭に当たったものが何なのかと周囲を見渡してそれを見つけ、思わず固まった。

「こりゃぁ……笛だよな?」
 地面に転がっていたのは、一本の縦笛だった。
だたし唯の笛ではなく、全体的に深く鮮やかなメタリックブルーで、ところどころに銀で細やかな装飾が入っている。フォルムはイングリッシュホルンに近いだろうか?全体を覆う光沢が非常に美しく、一目でそれがレアアイテムだと分かった。

「とりあえず……」
 どんなものなのか店主に聞こう。と思い、リョウは店主がいるであろう売り場の方へと向かう。

「あ、兄貴」
「リョウ、どう?」
「おっ、選んだでヤンスか?」
「あぁ。これなんだけど……」
 リョウが差し出した蒼い笛を見た瞬間、全員の眼が一斉に見開かれる。特に、店主のスペクターは心底驚いたようだった。

「そりゃあ……よく見つけたでヤンスな。棚の上の方にあったはずでヤンスのに……」
「棚に腰ぶつけたら落ちてきたんだよ……」
「ほぅ……」
 それを聞くと突然、店主の眼がキュッと細くなる。それはまるで、リョウの事を品定めしているかのようだった。

「ね、ねぇリョウ……ていうかスペクターさん……もしかしてそれって……」
「リーファさんお察しの通り、これは伝説級武器《レジェンダリィウェポン》の一つでヤンス」
「レジェンダリィ!?」
 質問したのは自分でありながら、リーファは思わず大声を上げてしまった。

「なんだ?それ凄いのか?」
「あぁ……冷裂と同じくれぇにはすげぇだろ」
「世界に一本って事か……」
 伝説級武器《レジェンダリィウェポン》
 その世界内に、たった一つしか存在しない、超が着くほどのレアアイテムであり、それぞれが通常のアイテム類とは比較にならない力を持つ事が多い。

「これの名称は《魔笛・セイレーンの笛》。ウンディーネ領の近海にある水中遺跡で偶然発掘されたもんだそうで、多くの使い手を経て、この間ウチの領地に来た女連れの行商人から格安で仕入れて、ウチに転がりこんだアイテムでヤンス」
「あぁ。シドさんね……って、あの人から仕入れなんてしてたの?」
「まぁ、あまりにも安かったんでヤンスよ」
「でもレジェンダリィってことは……今は相当高いのか」
「……」
 キリトの問いに、スペクターはしばし口をつぐむ。そうして、やはりそうなのだろうとリョウが別のを選ぶと言いだそうとしたとき、スペクターはその首を……“横”に振った。

「え……」
「値段は……ウチもそこまで高くするつもりはねぇでヤンス。ただ……」
「……ただ?」
 深刻そうな顔でリョウに向き合ったスペクターの表情を見て、心配になったリーファがスペクターに続きを促す。すると……

「悪い事は言わないでヤンス。これはやめた方が良い」
「あぁ……?」
「何か、問題のある装備なの?」
「これは……“ハズレ物”なんでヤンス」
 ハズレ物
 この世界ではままある話だ。ある一方面に余りにも特化しすぎて、それに対するデメリットが大きくなり過ぎた結果、使い辛く、もしくは使えない物となってしまった装備品や、アイテム。もしくは、もとからメリットが少なく、デメリットが大きいアイテム。
この笛は、そんなアイテムの一つなのだそうだ。

「……どういうこと?」
「ハズレってことは……デメがひどいって事か?」
「…………」
 リーファとキリトが同時に問う。リョウは、黙ったままだ。

「そうでヤンス。これは使用した時の演奏による支援《バフ》効果が滅茶苦茶に高くなる上に、持続時間も長くなる、それだけなら夢みたいなアイテムでヤンス。けど、問題はこの笛の《エクストラスキル》……」
 エクストラスキル
 レジェンダリィウェポン等に固有の物として備わっているスキルで、それぞれ強力な効果を持つ事が多い。だが、この武器の問題はそこだった。

「これのエクストラスキルは《モンスコルソング》。演奏中に、半径五キロ圏内に居るボス以外すべてのモンスターの憎悪値《ヘイト》を、演奏者自身に対してのみ最大値で固定化するスキルでヤンス」
「な、何それ!?」
「成程……そう言う事か……」
 憎悪値《ヘイト》が全て自分の方に集中するとなれば、一度演奏を始めれば延々と自分はモンスターに狙われることになる。当然、演奏に集中など出来ないし、何よりパーティプレイとなれば憎悪値《ヘイト》管理が出来なくなるのが致命的だ。前線を張るのが役目である前衛職《フォワード》や、中距離戦士《ミッドレンジ》を無視して後方支援《バックアップ》を狙って来るとなれば、パーティ全体も大迷惑だろう。

「どんなに効果が高くても……支援職の本分である、戦闘中の再支援《リバフ》なんかがろくにが果たせないんじゃ、使いどころが限られ過ぎちまって、誰も使わねぇんでヤンス。何しろこれを持ってた前の商人すら、『これを使いこなせる奴ってのがどうしても見つからなくてさ……』って言うくらいでヤンスから」
 「てわけで、これはやめといた方が良いでヤンス」と、スペクターは結んだ。
そのまま「他に良いのを選んでやるでヤンス」。と言って、もう一度スペクターは奥に向かおうとする。しかし……

「いや、それをもらうぜ。スペクターの兄さん」
「ち、ちょっと、リョウ!?」
「はは……」
 ニヤリと笑ってリョウはスペクターを呼び止めた。リーファとスペクターが驚いた顔でリョウの方を向く。しかしキリトだけは、予想していた。と言うように苦笑しただけだ。
しばらく驚いた顔をしたスペクターが、おかしなものを見るような視線をリョウに送る。

「……正気でヤンスか?」
「正気も正気だ。その笛、買ったぜ。俺にぴったりだ……」
「……?」
「俺は元々戦士なんでな。何が寄ってこようが、全部ぶちのめせる自信があらぁ」
「ほぅ……?」
 スペクターの眼が、再びキュッと細まる。品定めの目線再びだ。

「……後悔しないでヤンスな?」
「ったりめぇだ。どうだ?譲るか譲らねぇか……」
「…………」
 しばらくリョウの事をスペクターは延々見つめていたが、やがて二ヤッと笑うと一つ頷いた。

「良いでヤンショ。このままウチで持ってても持ち腐れでヤンス。ただし、返品は受け付けねぇでヤンスよ」
「モチ。んじゃ、交渉成立だな?」
「でヤンス」
「おっし!んじゃついでにあの棚のさぁ……」
 そう言うと、リョウは再びスペクターを連れて何か怪しげなものが積んである棚へと向かってしまった。
後には唖然としたリーファと、いまだに苦笑したままのキリトが残されている。

「えーっと……リョウってあれで普通なんだよね?何なの?あれ」
「なんて言うか……物事の型に当てはまらない人なんだよ……昔から」
「型にはまらないのは君もだけどね」
「うっ……」
 結局その後数分して、リーファ達の買い物は終わった。

────

「よし!それじゃこれで、準備完了だね!」
「あぁ。旅するには十分だ……これからしばらく、宜しく。リーファ、兄貴」
「まっかせなさい!」
「おうよ」
 リーファが二コリと。リョウが二ヤリと笑うのを見て、キリトも顔を綻ばせる。
そこに、キリトの胸ポケットから顔を出したユイが、ジト目を向けてきた。

「パパ~?私もいるですよ~?」
「おっと。ごめんユイ。忘れてたわけじゃないから!な?」
「むぅ……仲間はずれは酷いです~」
「ははっ、分かった分かった!ほれユイ坊、手ぇ出せ」
 すねた様子のユイにキリトが困った顔をしているのを見て、笑いながらリョウがユイに声をかける。
そっぽを向いていたユイが振り向くと、そこには虚空に向かって掌を地面と水平に突き出しているリョウが居た。キリトが意図を察したように、リョウの手の上に手を重ね、リーファも理解してそれに続く。そこまで来てようやく意図を察したユイは、三人の手の近くに飛んで行ってその小さな手を重ねる。

 代表して、リーファが声を出す。

「それじゃ、頑張りましょう!目指すは……」
「「「「世界樹!」」」」


────

 リーファを先頭とした三人は初めに、シルフ領の正面出口ではなく、スイルベーンで最も高い建物であり、街のシンボルでもある《風の塔》へと向かった。リーファ曰く、長距離を飛ぶときには原則的に、高度を稼げる背の高い建物から飛び立つのが基本らしい。
リョウの方は多少なり調べているとはいえ、地理も勝手も分からないのは結局二人共であるため、リーファの案内に従って巨大な翡翠の塔へと向かう。

 塔の中、一階は商業区画であるらしく、円形のロビーを取り囲む壁に所狭しとショップが並んでいる。中央には二本のエレベーターらしきものが設置され、ひっきりなしに人が出入りしている。ちなみに、この世界では今は朝だが、ALOの時間は16時間を一日の周期とするため現実と必ずしも外の景色が一致しているわけではない。視界の端には、リアルタイムとアルヴヘイム時間の二つが両方表示されていて、現実世界では今は夕方だ。ゆえに、人もそれなりに多い。

『ありゃあ差し詰め、魔法のエレベーターってところか』
 世界観を壊さずに言うのならそういうものなのだろうとリョウが思っていると、扉の開いた右側のエレベーターに向かってリーファが駆けだした。置いて行かれてはかなわないので、あわててキリトとリョウが追いかける。
もう少しで中に入れる……と言うところで、行き成り横から出てきた数人のプレイヤーが、三人の行く手を塞いだ。
後ろを走っていた二人は余裕だったが、リーファの方はそうもいかず、翅を広げて何とかブレーキングする。

「ちょっと危ないじゃない!」
 止まったリーファが当然の抗議の声を上げながら正面の相手をみて、苦虫をかみつぶしたような顔をする。まずい相手に見つかった。と言った様子だ。
相手のプレイヤーは、軽妖精であるシルフにしては、かなり高い背丈を持っていた。重厚そうな銀色のアーマーに身を包み、腰には大きめのブロードソードがつられている。

「こんにちはシグルト」
 どうやら簡単に退く気は無いと言った様子の彼に、リーファは務めて(明らかに作った表情だと分かったが)笑顔でそう切り出した。挨拶を返す事も無く、シグルトは口元をきつく結び、うなり交りの低い声で言う。

「パーティから抜ける気なのか、リーファ」
 リーファはしばし迷った様子を見せたが、やがて一つコクリと頷いた。

「うん。まぁね……貯金もだいぶできたし、しばらくのんびりしようかと思ってるの」
「勝手だな。他のメンバーが迷惑するとは思わないのか」
「ちょっ……勝手!?」
 リーファの怒ったような声を無視して、シグルトは続ける。

「お前は俺のパーティの一員としてすでに名が通っている。そのお前が理由もなく抜けて他のパーティに入ったりすれば、こちらの顔にも泥が塗られることになる……」
『……泥……ねぇ……』
 リョウは半ば呆れた様子で二人の事を見ていたが、シグルトの言い回しはどうにも少々一方的すぎるような印象を受ける。リーファも明らかに不満そう……と言うかもはや唖然としている。MMORPGにも、人同士のしがらみや束縛は付きものでは有るが、リーファは見たところそう言ったものとは無縁に見えていたので、リョウは多少驚いた。
 しかしどちらかと言うと、シグルトの顔はリーファに対して少しばかり嫉妬しているような光が瞳から見て取れた。その光を、リョウは前にもごく近いものとして見た事があるのを思い出す。

 あれは……いつ頃だっただろうか?夏休みに、まだ母が生きていて、叔父叔母の家に……すなわち桐ケ谷家に遊びに行っていた頃、剣道の稽古に行った直葉が中々帰って来ないのを叔母たちが気にしているのを見て、街の探検がてらにと直葉を迎えに行った時だ。
稽古場であるとある道場に行く途中の公園で、直葉が彼女より年上と見える何人かの男子に囲まれて、ねちねちとした嫌がらせじみた事をされていたのだ。
 当時、美幸達の事もあってその手の事への沸点が低かった涼人はその場でキレてその男子達をボコボコにしてしまったのだが、その男子達の眼に、シグルトの眼は良く似ていた。

『つーか良く覚えてんなぁ……俺』
 自分の相変わらずの記憶力に驚いていると、暗い光を眼に湛えて黙り込んだリーファの前に、キリトが出た。

「仲間は、アイテムじゃないぜ」
「え……?」
 こういうときに言いたくなる言葉が二つある。一つは……

『この馬鹿……』
 シグルトが不快そうな目線をキリトに向ける。

「何だと……?」
 もう一つは……

「他のプレイヤーを、あんたの大事な剣や鎧みたいに、装備欄にロックしとく事は出来ないって意味だよ。シグルトさん」
『よく言ったぜ。馬鹿野郎……』
「きっ……貴様っ!」
 この言葉にシグルトは図星だったらしく、直ぐに顔を真っ赤に染めて腰の剣に手を伸ばす。

『っといけねぇ……』
 そこへ即座に、リョウが割り込む。

「まーまーまー、落ち着いて下さいな。弟の非礼はお詫びします。けどこちらも色々とある物で……先ずはその剣から手を離していただきたく……」
 リョウが高速でそう言うと、シグルトは突然横から出てきたリョウをいぶかしげに見た後、なんとか柄から手を離してくれた。

「と、とりあえず確認させてくださいシグルトさん。シグルトさんは、リーファに貴方のパーティを抜けてほしく無いと、そう言う事ですよね?」
「……その通りだ。こちらのパーティが、リーファの勝手な行動でデメリットを受ける事は看過出来ん」
「成程……ではそれは、リーファにもとから伝えてあった事ですか?」
「何だと……?」
 飄々とした様子でそう言ったリョウに、シグルトは睨むような視線を向けて来るが、無視して続ける。

「いえね。ただ貴方方が、リーファに初めから「勝手にパーティを抜けないように」と言う旨を伝えており、なおかつ彼女がそれに納得したと仰るなら、彼女は確かに勝手でしょう。ですから、そこのところはどうなのかと、お伺いしているわけです」
 「みなさんいかがです?」と確認を取るリョウの視線から、シグルト以外のパーティメンバーは眼をそらす。予想通りだった。
しかしシグルトはなおも力で押し通そうとする。

「そんなことはどうでも良い。それにこれは我らの問題だ。部外者は引っ込んでいてもらおう」
「いやぁそれは……何分彼女がいないと我々も困る身でして……」
「貴様らの事情なと、こちらの知った事ではない」
「ならテメェのその訳わかんねぇ事情も、俺たちの知ったこっちゃねぇっつーんだよ」
「な……に?」
 急に口調のかわったリョウに、シグルトは驚いたように目を見開いて言う。

「碌な理由もなしに他人を一か所に縛り付けて良いわきゃねぇだろうが。女引きこんどきてぇならもっとマシな理由持ってこいや。そこら辺で適当に見つけた奴誘う連中の方がまだまともな勧誘やってんぞ」
「こ、の……脱領者《レネゲイド》如きがぁ!!」
 予想通りと言うか、シグルトは絶叫とともにブロードソードを引き抜いた。激怒した目が、リョウを睨みつけるのを見て、リーファとキリトが前に出る。

「いやいや、キリト~?お前は斬られるぞ?」
「カッコつけてるときにそういう事言うなよ!」
 苦笑しながらそう返してきたキリトに、リョウはカラカラと笑った。その様子に余計にいら立ったらしいシグルトが、唯一自分に対抗できるリーファを睨む。

「リーファ、お前……何時までこんな連中に構うつもりだ!それとも領地を捨てる気か!?」
 それを聴いたリーファは一瞬本当の意味で迷いの光を浮かべたが、直ぐにそれは決意の光へと変わる。

「そうよ!私は……私はここを出て行く!」
「ならば最早お前にも情けはかけんっ!!」
 ついに大上段に剣を振りかぶったシグルトが、それを振り下ろそうとする。しかしそれを、後ろのプレイヤーたち数人が体を張って引きとめた。

「し、シグさん!落ち着いて下さい!」
「こんな一目に着く所で、無抵抗の相手を斬る気ですか!?」
「ぐ…………!!」
 この世界には領主制があるという話だし、シグルトはそちらの方面にも一枚かんでいるのだろう。それを聴いて、少し冷静に鳴ったように動きが止まる。
なんとか落ち着いたらしく、そのままシグルトは剣を収め、「いずれ必ず後悔するぞ」と捨て台詞を吐いて歩き去った。。

「はぁ~~」
 リーファが大きく息を吐き、力が抜けたようにへたり込む。

「いやぁ……悪かったなぁ。守ってもらって」
「ごめん……って言うか、ありがとな。リーファ」
 リョウは笑いながら、キリトは申し訳なさそうに言うと、リーファは少し何かが抜けたような笑顔で返す。

「ううん。良いの。寧ろなんかごめんね?変な事にまきこんじゃったね……」
「いやぁ……俺も火に油を注ぐような事言っちゃって……」
「確かにな。全く……考えなしに言うなよああいう事」
「考えて言うリョウよりましじゃないの?あの言い回し、狙ってたでしょ?」
「あぁ?何の事だ?」
 ニヤニヤしながら言うリョウにリーファは、「うわー、悪い笑顔」と言うと、微笑んで立ちあがり、エレベーターへと向かった。

────

「っはー、大した眺めだな……」
「凄いな……なんて言うか、空が近いっていうのかな……」
 風の塔と屋上で、リョウとキリトがそれぞれ呟いた。リョウは腰に手を当て、キリトは天を仰ぐ。リーファは、眩しそうに空を見て、右手をかざした。

「でしょ?……この空見てるとどんな事も小さく思えてくるよね……」
 それはまるで自分に言い聞かせているようで、キリトは気遣わしげに彼女を見る。

「良かったのか?リーファ、領地抜けるとか……色々……」
 そんな言葉に、彼女は笑顔で答えた。

「むしろ……良いきっかけだったよ。いつかは此処を出ようっては思ってたから。ただ、一人だと怖くて決心がつかなくて……」
「赤信号。皆で渡れば、怖くない。ってか?」
「それはちょっと違うけどね……──どうして、」
 冗談交じりにリョウが言ったそれにも、リーファは楽しそうに笑う。しかし不意に、その表情が悲しげに歪んだ。

「どうしてああやって、縛るとか、人の事制限するとかするのかな……?せっかく、こんなに良い翅《モノ》があるのに……」
 それにキリトやリョウが答えるより早く、キリトの胸ポケットから飛びだしたユイが、それに答えた。

「ニンゲンは複雑と言うか……人を求める感情を表現するときわざわざ複雑化する理解できない部分がありますね」
 ユイの突然と登場に目を向いたリーファが驚いたような顔をして彼女の事を覗き込む。

「求める……?」
「他者を求める心が、人間の基本的な行動原則だと私は理解しています。故にそれは私のベースメントにもなっていますが、私なら……」
 ユイはキリトの頬に手を添えて、小さな音でキスをした。

「こうします。とてもシンプルですし、明確です」
 リーファが驚いた表情をしているのを眺めながら、リョウは考える。
ユイの言っている事は、おおむね正しい。人間に限らずだが、生物の基本的行動原則はそう言った感情に対する理解の有無を問わず、欲求という言葉によって単純化して表現出来る。植物にすら、そもそも生存すると言う事が擬人化した表現ならば生存欲求だと一応はあてはめることが出来るのだ。
唯この場合、問題とされているのは欲求云々よりもむしろ……

「人間界はもうちょっとややこしいところなんだよ。気安くそんなことしたら、ハラスメントコールでBANされちゃうよ」
 キリトが苦笑しながら言う。こういう事だ。人間の持つ、複雑化した脳から来る感情による倫理や歪曲した欲求。こういった物のせいで、人と人と言うのはユイが言ったほど単純にはならないようになってしまっている。

「ユイ坊。さっき言ったろ?
「手順と様式ですね。リョウ叔父さん」
「ウチの娘に妙な事を教えないでもらおうか……」
「おぉ、怖えぇ!」
 わざと大げさに飛び退るリョウを、キリトはジト目で睨む。リーファはと言うと、いまだにユイに驚いていた。

「す、すごいAIね……プライベートピクシーってみんなそうなの?」
「「いや、こいつが特に変なだけ」」
「酷いですぅ」
 ぷくぅ。と頬を膨らませて再びキリトの胸ポケットに飛びこんだユイを見て、三人は声を出して笑った。
笑いながら……リーファは遠くを見るような目線で再び空を仰ぐ。

「……まさかね」
「ん?どうした?」
「あ、ん、なんでもない!……さ、そろそろ行こうか!」
 リーファの指示に従い、屋上のロケーターストーンと言う石碑で戻り位置をセーブして、三人は翅を広げる。

「準備は良い?」
「おう」
「あぁ」
「はいっ!」
 リョウ、キリト、そして彼の胸のピクシーが返事をしたのを確認して……いざ離陸──

「り、リーファちゃん!」
 することなく、呼び止められたリーファが振り向く。そこには三人とも見知った弱気そうな顔の少年がいた。

「あ、レコン」
「あ。じゃないよ~。一声かけてから出発してくれてもいいじゃない」
「ごめんごめん。忘れてた~」
 ガクッ。と肩を落とすレコン。しかし直ぐに顔を上げると、何気に真剣な顔でリーファに問いかける。

リーファちゃん、パーティ抜けたんだって?」
「ん……まぁ殆ど勢いだったけど、いつかはそうするつもりだったからね。あんたはどうするの?」
「きまってるじゃない。この剣はリーファちゃんだけにささげてるんだから」
「おっ!言うじゃねぇかレコン」
「えー、別にいらない」
 リョウに背中を押されて少し照れた様子のレコンだったが、次のリーファの言葉で再び肩を落とす。しかしやっぱりすぐに立ち直ると……

「ま、まぁそういうわけだから当然、僕もついて行くよ!……と言いたいところなんだけど、ちょっと気になる事が有るから、それを調べきってからにするよ」
「……なにを?」
「うーん、まだ確証はないんだけどね……とりあえず、僕はまだあのパーティに残るよ──キリトさん、リョウさん」
 レコンはそう言って、今度男性陣に向き直る。なんだか真面目な顔だ。

「彼女、自分からトラブルに飛び込んでいく癖が有るんで、気を付けてくださいね」
「あ、ああ。分かった」
「おう。まかせな」
 二人がどこか面白がっているように頷く。

「あ、それとキリトさん。彼女は僕のンギャバ!?」
 意味不明な語尾は、リーファが彼の足を思いっきり踏みつけた事によって出た物であることを、ここに記しておく。

「余計な事言わなくて良いのよ!しばらく中立域に居るから、なんかあったらメールね!」
 早口でまくしたてるように言うと、リーファはすぐに空中に飛び上がる。彼に向って大きく右手を振りながら、叫ぶ。

「あたしがいなくても、随意飛行の練習はちゃんとしなさいよ!あと、一人でサラマンダー領に近づいたりしたら駄目だからね!じゃね!」
「り、リーファちゃんも元気で!直ぐ追いかけるからね!リョウさん!彼女の事、よろしくお願いしまーす!」
「コラァァ!」
「はっはっ!あぁ!次会ったらまた色々話そうな!」
 最後のコラァはリーファのもので、そのあとはリョウだ。リアルなら直ぐに学校出会えるのだが、なんとなく別れの湿っぽさのようなものが湧いてきて、リーファは直ぐに前を向いて滑空に入った。
左右に、キリトとリョウが並んで来る。

「彼、リアルでクラスメイトだっけ?」
「……まぁ、一応ね」
「ふうん」
 楽しそうに笑ったキリトに、リーファは頬を染めつつ、口をとがらせて訪ねる。

「なによ。そのふうんって……」
「いやぁ、いいなぁと思ってさ」
 キリトがニヤニヤと笑い、胸ポケットから顔を出したユイが言った。

「あの人は、リーファさんが好きなんですね。リーファさんはどうなんですか?」
「し、知らないわよそんな事!」
 何故か妙に気恥ずかしくなってしまい、リーファは余計に頬を朱くするとスピードを上げる。

「いやぁ……青春だねぇ」
 リョウのニヤリと笑っているだろう声も、なんだか余計に恥ずかしさを倍増させた。
気を紛らわそうと、半回転して後進姿勢を取り、後ろを見ると、一年を過ごした翡翠の街が、どんどんと遠ざかっていく。少しだけ、チクリと胸が痛んだが、未知の世界へと旅立つ興奮に、直ぐに押し流された。

『バイバイ』
 小さく心の中で呟いて、リーファは前を向く。

「──さ、急ぐよ!一回であの湖まで行こう!」
「おう!」
「あぁ!」
 最早おなじみとなった返事を聴きながら、リーファはまだ見ぬ世界への期待を募らせ、翅を鳴らした。

Second story 《出会いと翡翠の妖精》 完
 
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