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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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ALO編
  六十一話 瞳開かず──

 結城明日奈は現在、埼玉県所沢市の最新病院に収容されている。そしてその病室に、和人は三日と開けず定期的に通っていた。

「ったく……待てよカズ!」
 丘陵地帯を上った先にあるその病院に、涼人と和人は自転車で向かう。
既に四十分近くの道のりを走り、だいぶ疲れて居た涼人は慣れない道で前を走る和人を呼びとめる。和人は既に病院の正門の前。余裕そうに此方を見ながらニヤリと笑っているのが少し癪に障った。

「んなろ……」
 愛用のママチャリ(ひと月前に買った)のペダルを、より強く踏み込む。自転車はグンと速度を上げて、やがて和人のマウンテンバイクの隣に並んだ。

「何だよ?兄貴もしかして老けたか?」
「そう思うなら老人にあわせろっつの」
 ニヤニヤと笑いながら問いかけて来る和人の頭をコツンと小突き、「ほら行くぞ」と促してペダルを漕ぐ。和人が後ろから「兄貴を待ってたんだろ!」とか言っているのは無視した。

────

「此方がパスになります。無くさないでくださいね」
「だとさ、りょう兄さん」
「うっせ。あ、どうもっす」
 どうやらこの病院、かなり最先端と言うか……金が掛っているらしい。
和人や涼人の居た病院は通常のスライドドア。個室の鍵も普通の者だったが、この病院はカードキーだそうだ。しかも自動ドア。
と言うか、受付が既に見た目高級ホテルだ。この病院入院するだけでもかなりの金がかかりそうな気がする。

『結城家……ねぇ』
 明日奈の父親が、大手総合電機機器メーカー《レクト》のCEOだと言う事は、和人が初めて明日奈の見舞いに行った日に聞いた事だった。
流石に驚いたが、それから少しして明日奈の家に興味が出た涼人は、公に公開されている範囲で明日奈の家……結城家について調べた結果、余計に驚愕した。
結城の本家というのは、元をたどると江戸時代から両替商を営んで来た名家で、現在は関西一円に視点を持つ地方銀行を経営する……要は普通の家では無かったのである。
その家の関係者に付いて調べれば居るわ居るわ……明日奈の父親を始め、やれ官僚だ社長だ政治家だ出て来るのはその筋の大物ばかり。間違いなく日本でも有数のお金持ちの家だった訳だ。

 まぁだから何だと言う話なのだがとにかく、そんな家の娘である彼女なら、こんなホテルの様な病院に収容されているのも納得と言う事で……

「めんどくさそうだよなぁ……色々」
「?りょう兄?」
「いや、何でもねぇ」
 そうこう考えている内に、涼人と和人を乗せたエレベーターが最上階……18階へと到着する。ドアが静かに開き、廊下に出た所で前を歩く和人の変化に気が付いた。

「…………」
 見た目は先程までと同じだ。しかし歩く速さが、先程までに比べ若干遅い。まるでその先に進む事を嫌がっているように。否、むしろ……

「怖えぇか?」
「はは……お見通し……か」
「まぁな」
 和人は、恐れて居た。
その先に進み、彼女の姿を目にする事を……何故なら……

「……」
 和人は尚も、止まる事無く歩を進める。と言うより、止まれないのだ。止まればその場で動けなくなる事は、本人にも分かっていたから。

 やがて突きあたりに、黄緑色の扉が見えて来る。
部屋の扉の横に付いた銀色ネームプレートには、結城明日奈 様 と書かれている。そのすぐ下のスリットに和人がパスを走らせ、電子音と共に扉が開く。
病室もやはり豪華な物で、室温は丁度良い温度に調整され、広く綺麗に掃除された部屋の中心には、飾られた綺麗な生花が爽やかな香りを振りまいている。
 しかし、今重要なのはそこでは無い。

 和人が、ゆっくりと奥のカーテンにしきられた一角に近付いて行く。しかし布に手を掛けた所で手は止まり、しばし何かを祈るように眼を閉じて……そっとカーテンを引く。
カーテンの向こうには、涼人や和人が眠っていたのと同型の介護ベッドがあり、そこに一人の少女が眠っていた。

 ……何故なら、また自分は現実に、絶望してしまうだろうから。

「久しぶりだな……」
 涼人の呟くような声の後に──

「アスナ……」
 和人の小さな、濡れた声が響いた。

────

 和人が明日奈の隣で俯き加減で座っている間ずっと、涼人は近くの椅子に座ったまま本を読み、一言も発せずに待っていた。
元々気まぐれな付添と、アスナの顔を見ておくのつもりで来ただけだったので特に急ぐ用事がある訳でもないし、何より今の和人に声をかけるべきでは無かった。
 幾度目かのパラリと紙をめくる音が部屋の中に響いた直後、ベットサイドの時計が正午を告げるアラームを小さな音で鳴らした。
顔を上げると、和人も時計に目を向け少し俯いた後、立ち上がる所だった。

「そろそろ帰るよ。アスナ、またすぐ来るから」
 そう言った和人に続き、涼人も持っていたハードカバーをショルダーバックに入れ、立ち上がる。と……病室のドアが背後で開く音がした。

『ん……?』
 見ると、二人の男性が部屋に入って来る所だった。
その先に入って来た方。ふくよかで有りながら何気に引き締まった体格の中年男性が、和人を見止めた瞬間顔を綻ばせた。

「おお、来ていたのか桐ヶ谷君。たびたびすまんね」
 その声を聞いてから、涼人はその顔に見覚えがあった事に気付く。以前結城家に付いて調べた時殆ど一番最初に見た顔。アスナの父親である結城彰三氏だ。
和人もすぐさまひょいっと頭を下げる。

「こんにちは、お邪魔しています。結城さん」
「いやいや、構わんよ。この子も喜ぶ。と……こちらは?」
 柔らかな笑顔でそう返した彰三氏は、涼人の方を見ると首を傾げ、それに和人が反応する。

「あ、えっと、この人は俺の従兄弟で……」
「初めまして。桐ヶ谷涼人と言います」
 少し慌てた様子だった和人は慣れた様子で完璧な角度のお辞儀を見せた涼人に目を向く。
その声は落ち着き払っていて、和人が初めて彰三と向き合った時に有った緊張や物怖じが、まったく無かった。
彰三氏が少し驚いたように、しかしすぐさま笑顔で返す。

「そうか。君が……初めまして。アスナの父の結城彰三だ。名刺が無くてすまないね」
「僕の方こそ娘さんの部屋に結城さんの許可も得ず……申し訳ありません」
『僕ぅ!?』
 有り得ない一人称に、和人の方が一瞬驚く。目を向くのを必死にこらえるが、少し顔が引きつるのが分かった。

「君にはアスナも世話になったと聞いているよ……すまないな。遠いところを」
「いえ。和人の事も有りますし、それほど大した距離でもありませんから」
『めんどくさがってはいただろ』
 確かに此処に来るまで、涼人はゆっくりではあるものの息も乱していなかったし、大した距離で無いと言うのは事実なのだろうがそれにしても……大した猫かぶりだ


「そうか……ありがとう」
 そう言った彰三氏は、アスナの枕元に近寄りその頭をそっと撫でる。
しばし家をきつく閉じ、何処か葛藤する様な表情を見せたが、すぐにその手は離された。それを見て居た和人もまた、痛みをこらえるように顔を歪める。
故に……それに気付いたのは涼人だけだった。彰三氏の後ろに居た細身で長身の若い男の眼が、歪むような笑みを浮かべたように見えたのだ。

『……ッ』
 しかしその表情は一瞬で元の糸目を常に笑顔にした様な顔に戻る。見間違いかと涼人が思った時、彰三氏から彼の説明が入った。

「彼とは初めてだね……ウチの研究所で主任研究員をしている須郷君だ」
「よろしく、須郷伸之《すごうのぶゆき》です。そうか君達があの……英雄と勇者の……」
 その言葉を聞いて、涼人は若干頬が引きつるのを感じた。英雄に勇者?何だそれは。
層こう思っている内に、須郷氏は涼人に握手を求め、続けて和人にも同じ動作で握手を求める。

「……桐ヶ谷和人です」
「桐ヶ谷涼人と言います。よろしく」
 名乗った直後に和人の顔を見ると、和人は彰三氏の方をちらりとうかがっていた。成程。

『話しやがったな……しかも何で俺の……』
 恐らく、和人はSAO内での事を、彰三氏に話してしまったのだろう。さしずめ、消される事を恐れず行動したキリトは“勇者”、それを倒し、あの世界を終わらせたリョウコウは“英雄”と言う訳だ。
本人で有る涼人にしてみればあんなのはただの“無謀”と“偶然”なのだが。
案の定、少し首を縮めた彰三氏は小さく笑って、

「いやぁ……すまん。余りにもドラマティックな話なのでつい話してしまったんだ。涼人君の事まで……本当にすまないね」
「いえ。大したことでは有りませんから」
 人がフォローする。事実、公にならなければ大したことでは無いから良いのだが、もう少し口の堅い人であって欲しかったなぁ。と和人も涼人も思った。
彰三氏は続ける。

「実は、彼は私の腹心の息子でね。昔から家族同然の付き合いなんだよ」
「ああ、社長、その事なんですが──」
 彰三氏がそう言った時不意に、和人との握手を終えた須郷氏が振り向き、彰三氏の方を向く。

「来月にでも、正式にお話を決めさせて頂きたいと思います」
「──そうか。しかし、君は良いのかね?まだ若いんだから、新しい人生も……」
「いえ。僕の心は、昔から決まっています。明日奈さんが、今の美しい姿で居る間に……ドレスを着せてあげたいのです」
『ドレスだぁ!?』
 須郷氏のその発言聞いた瞬間、涼人は自分の眉がピクリと動くのを抑える事が出来なかった。それはつまり……
考え切るより前に、彰三氏の話が進む。

「そうか……そうだな。そろそろ、覚悟を決める時かも知れないな……」
 そう言うと、彰三氏は和人の方に向き直り柔らかく微笑む。

「それでは、私は失礼するよ。桐ヶ谷君、また会おう」
 そう言って、身をひるがえし、病室から出て行く彰三氏の後姿には何処か……哀しんでいる様な色が見えた。
そして、部屋が静寂に包まれる。

 初めに動いたのは、須郷氏だった。
ゆっくりと明日奈のベットの方へと動き出し、明日奈の顔のすぐ横に立った。丁度、横たわる明日奈の身体を挟んで和人と須郷氏が向き合うように。涼人が中間で、少しベットから離れた、傍観者の様な立ち位置になる。
アスナの横に付いた須郷は唐突に、自身の目の前に有るアスナの栗色の髪をひと房つまみ、音を立ててすり合わせ始める。
その動作には愛情や優しさは無く、むしろ自身の玩具を弄ぶような……些かの悪意さえ感じる動作で、キリトの顔が若干歪む。

「君はアスナと、あのゲームの中では一緒に暮らしていたんだって?」
 須郷氏は顔を伏せたままだったが、少し離れてその様子を見て居た涼人には、その顔が見えた。
糸目だった瞳がギラリと見開かれ、その奥から三白眼が覗き、唇の端を引きつるように上げて笑う。誰が言わずとも、残酷な性質を体現した様なその顔に、涼人の警戒心が一気に上がる。
気のせいでは無かったのだ。

「なら、君と僕は少々複雑な関係と言う事になるのかな」
 そこまで言った所で、須郷が顔を上げ、表情が見えたのだろう和人は戦慄したように眼を見開く。

「さっきの話はねぇ……僕と明日奈が、結婚すると言う話だよ」
『ちっ……』
 須郷のその発言を聞いた涼人が舌打ちを内心で済ませたのは、半ば奇跡に近かっただろう。予想していたとはいえ、若干ながらも衝撃を受ける。しかし涼人以上に衝撃を受けたのは、当然と言うか和人で、その言葉を聞いた瞬間、目を見開いたままだった表情が完全に凍りついた。
その表情を見た途端に、須郷の表情が楽しげに歪むのが、涼人からでも分かる。

『……にゃろう』
「そんな事……出来る訳が……」
 涼人が内心悪態を突くのと同時に和人からようやくと言った様子に絞り出された言葉は、須郷の表情を余計に歪ませるだけだった。

「確かに、この状態では本人の意思確認が取れないから法的には入籍出来ないんだけどね。書類上は、僕が結城家の養子に入る事になる。……まぁ実のところを言うと、この娘は昔から僕の事を嫌っていてねぇ……親達はそれを知らないけど、いざ結婚となったら間違いなく拒絶されるだろうと思っていた」
 要は、結城家に入る事がこの男の目的なのだろう。書類上だろうがなんだろうが、あの家と縁を持てばそれだけで莫大な資金援助を得られるコネが出来る。しかしそれには、明日奈に拒絶される事は非常に都合が悪い。だから……

「だから、この状況は僕にとってはとても都合が良いんだ。当分眠っていてほしい物だね」
『こいつ……!?……ッ』
 そう言った須郷の眼を見て、涼人は驚愕した。須郷の瞳にある一つの感情が浮かんでいたからだ。しかしその思考を……

「やめろっ!」
 和人の怒鳴り声がさえぎる。
話しながらアスナの頬を這い、遂にその唇に触れようとした須郷の手首を、和人が掴んでいた。
表情が完全に強張った状態のまま、和人は須郷を睨みつける。

「あんた、明日奈の昏睡状態を利用する気か……」
「利用?馬鹿言っちゃいけない。これは正当な権利だよ桐ヶ谷クン」
 再びあの酷薄な笑いを浮かべつつ、須郷は和人の手を振り払う。

「キミ、SAOを開発した《アーガス》がその後どうなったか知っているかい?」
「解散したと聞いた」
「うん。ゲームそのものの開発費に加えて事件の保障のお陰で莫大な負債を抱え、会社は消滅。じゃあ、その後SAOサーバの意地を任されたのは、何処だか知っているかな?」
「レクト、フルダイブ技術研究部門ですね」
 その問いに答えたのは、涼人だった。相変わらずの礼儀正しい態度を崩さないまま答えた涼人を見た須郷は一瞬驚いたようだったが、すぐに歪んだ笑みを戻す。

「英雄クンの方は少しは調べてるみたいじゃないか。感心感心。じゃ、そこの主任研究員は?」
「今の話の流れから察するに──」
「そ。僕だよ」
 満足そうに、笑う須郷に正直な所涼人は寒気がしたが、決して顔には出さずに微笑し続ける。
再び和人の方を向き直りその顔を突きだすと、言い聞かせるようにゆっくりと話す

「つまり、明日奈のこの命は今や僕が維持している様な物だ。なら、少しばかりの対価を要求したって良いとは思わないかい?」
 そう言ってから今度は急に声が冷淡になり、まるで命じるように和人に告げた。

「キミがこの娘と何を約束したかは知らないがね、今後此処にはいっさい来ないでほしいね。結城家との接触も、遠慮してもらおうか」
 その言葉に、和人が堅く拳を握りしめるのを見て、涼人は気付かれないよう一歩だけ前に出た。そんなことは流石にしないだろうが、もしも和人が須郷に殴り掛ろうとしたら、殴る前に止めるためだ。

「式来月この病室で行うからね。一応キミも呼んでやるよ。それじゃ、まぁ精々最後の別れを惜しんでくれたまえ。勇者キリトクン」
 その言葉を最後に、今にも吹き出しそうな嘲笑を抑える様な表情で須郷は身をひるがえし、和人の肩をポンっと叩くと、病室から出て行った。涼人は完全に無視された。
後には、うなだれた和人と、涼人だけが残される。

「…………」
「…………」
 涼人は少ししたい事が有ったため、鞄を背負い、扉の方へと歩き出す。今の和人に声をかける事は、流石の涼人にもためらわれた。

────

「……須郷さん!」
「んん?」
 廊下の途中で須郷に、涼人は息を乱しながら追いつき、須郷は怪訝そうな顔で振り向く。

「あぁ、君か。涼人くん。だったね?」
 周囲の眼が有るからか、先程とは打って変わった糸目のまま此方に微笑みかける。

「えぇ。すみません。少しお聞きしたい事があって……」
「おや、何かな?あぁ、結婚式への招待なら、新婦の友人としてなら和人君と同じ扱いで席を設けようか?」
「あははは……有りがたいお話ですけど、そうでは無いんです。その……ご迷惑なのは承知の上なのですが、何しろレクトの主任研究員の方とお話できる機会なんて滅多に無いので……どうか、二、三お聞きしても構いませんか?」
 涼人もまた、可能な限り真面目そうな青年という印象を付ける様な誠心誠意の態度を持って接する。それがよかったのか、須郷は少し困った様に笑いながらも……

「うーん、僕も忙しいからねぇ……歩きながらでも、構わないかな?」
「勿論!ありがとうございます!」
 そうして、涼人と須郷は並んで歩きだす。

「それで、何かな?」
 並んで歩きながら、涼人は可能な限りの笑顔を作る。
質問は、一つ一つだ。

「はい。その……須郷さんは、現在のSAOサーバーの維持責任者でいらっしゃるんですよね?」
「うん。まぁそうだね」
「なら……」

「SAOの意識不明プレイヤー達に付いて、何かご存じな事は無いですか?」

 須郷の眉が、ピクリと動いた。

「と言うと?」
「いえ、その……もしかしたら、維持責任者の方なら意識の無いプレイヤーたちが、“どうなっているか”とか、“何故目覚めないか”に付いて一般には知られていない事をご存じなのではと……僕の友人も、まだ、目が覚めないんです……」
 そう言いながら俯き、哀れっぽく涙目を作る。美少女なんかなら効果も上がるのだろうが、まぁやらないよりマシ程度だ。

「そうか……でも残念ながら、僕達もその手の事については何も分からないんだ。すまないね……」
「そうですか……」
『ふぅ~ん』
 真剣っぽい表情のまま答えた須郷だったが、先程の若干の表情の変化は勿論涼人も見逃していない。
そうこう言っている内に、エレベータホールが見えて来た。

「ではもう一つ……須郷さん、今は何の“研究”を?」

 先程より、大きく、須郷の眉が動いた。
エレベータを待ちながら、須郷は返す。

「おや、僕の研究に興味があるのかな?」
「えぇ。とても。フルダイブは僕も元々興味があるもので……」
 猫を被ったまま、涼人は笑顔で答える。

「そうか……しかしすまないね。僕も企業に勤める身だし……自分の研究に付いてとペラペラ喋るのは、研究者としても、ね……」
「あぁ、それは確かにそうですよね……すみません。探る事をお聞きして……」
「いやぁ、まぁ興味があるのは良い事だよ」
「あはは……ありがとうございます」
 そうこうしている内に、エレベータが来た。
開いた扉を、須郷が先程までより若干早い歩き加減で中に入って行く。

「それじゃあ、失礼し──」
「あ、すみません!もう一つだけ!」
 そう言うと同時に、涼人がエレベータの中へと走り込むように乗り込み、それと同時に扉が閉じる。

「……まだ、あるのかい?」
「えぇ。すみません。あの須郷さん……」


「アンタ……人体実験とか興味有るんじゃねぇの?」


 完全に、須郷の表情が動いた。

「心配すんなよ。ここの監視カメラ、病院は最新式の癖に録音機能ねぇっぽいから、何喋ってもばれねぇぜ?」
「……何を言いたいのか分からないね?英雄クン?」
 首だけで振り向いた須郷の眼は、先程のキリトに向けたものと同じ目を見開いた三白眼で、睨みつけるように此方を見て居る。

「なぁに。バっくれるってんならかまわねぇよ?こっちにも確信もねぇからよ」
 腕を組んだ状態のまま、ニヤリと笑って言う涼人を睨み、須郷は若干忌々しそうに冷淡な声を紡ぐ。

「ガキが……録音機が有れば名誉棄損で訴えてやるんだけどね……」
「それが出来ねぇから此処で話すんだろうが。俺だって妙な理由でオマワリサン呼ばれたきゃねぇんでな。で……?」
 首を傾げるように再び問うた涼人に、須郷は鼻で笑って答えた。

「っは。人体実験?何を言ってるんだい君は。僕は科学者なんだ。それくらい弁えるさ。それに……」
 そこで一度言葉を区切る。そして完全に此方に覗き込むように顔を近づけて来たその顔には、先程と同じ嘲笑が浮かんでいた。

「もし僕が“何か”をしていたとしても、キミには何もできやしないよ。キミ等みたいなゲームしか脳の無いガキには……ね!」
 ヒヒッ!と引きつるような笑い声を上げ、須郷は此方に背を向ける。
丁度、エレベータが一階に到着する所で、ドアがピンポーンと言う音と共に開き、須郷が一歩踏み出す。
その背中にしっかり聞き取れるように、ニヤリと笑った涼人は告げた。

「その言葉、忘れんなよ?」 
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