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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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SAO編
  四十九話 過ぎゆく夜

「えっと、じゃあ……いただきます!」
「「「「「「「「「「いただきます!!!」」」」」」」」」」
 子供達が住む《始まりの街》にある教会。
その一階に有る大広間に、二つの長テーブルが置かれ、サチの合図で、子供たちが一斉に目の前の皿にスプーンを向ける。
今日の晩御飯は、サチ&アスナ特製のカレーライスだ。甘口と辛口の二種類あって、おかわりも自由。

 直ぐにそこらじゅうで、「おいしぃ~」「うめ~」等声が上がり始め、昼間のパニックが嘘だったかのように皆の顔に笑顔が灯る。ちなみにユイは、あの後数分で目が覚め、今はアスナの隣で美味しそうに本人希望の辛口カレーをパクパクと食べている所だ。
ただ、すぐにはユイを長距離移動させる気にならなかったため、今晩はここで休む事にしたわけだが。
そんな中、やたらと早いスピードで皿を平らげる影が二つ……

「(ガツガツガツガツガツ)」
「(バクバクバクバクバク)」
「「おかわりっ!」」
 当然ながら、キリトとリョウだ。
二人とも辛口で有るはずのカレーを、まるでクジラのように腹にぶち込んでいる。

「り、リョウ……」
「キリト君……」
 対し女性二人が呆れ声を出し、けれどもしっかりおかわりは盛り付ける。そうして、再び男二人がカレーにがっつく。
まったくもって、よく食う二人であった……

────

「ふぅ……いやぁ、食った食った」
「うまかったなぁ……」
「リョウ!食べ過ぎ!」
「キリト君も!また「ずっとお腹いっぱい」になるよ!?」
「「「…………」」」
「わー」
 ようやく食べるのをやめたキリトとリョウは腹をさするようにして椅子にもたれかかり、溜息をついている。
アスナとサチが注意するが、まぁ二人がそれを聞く様子はなさそうである。
サーシャ以下子供達は、余りの食べっぷりに唖然とし、ユイは若干楽しそうにキリト達の様子を見ているだけだ。

 ちなみに、アスナの言う「ずっとお腹いっぱい」と言うのは、SAOで食べ過ぎると陥り易い症状で、一度に過剰な量の料理アイテムを食べ過ぎると、その後数日間は満腹感が腹に残ると言う奇妙な物だ。食当りみたいなものなので、その満腹感は決して心地よい物とは言えない。
と……

「……なぁ、サチ」
「大体……!え?何?」
 唐突に、サチの説教に、リョウが言葉を割り込ませた。突然の事に、サチは思わず説教を止めて問い返してしまう。
その隙を逃さず、リョウはさらにこんな事を口にした。

「何か歌えよ」
「……えぇ!?」
「お?なんだなんだ?」
「ちょっとキリト君!」
 何の脈絡も無く、唯突然放たれたリョウの要望に、サチは激しく動揺し、数歩後ずさる。
横でアスナにお叱りを受けていたキリトも、何とか話を逸らそうと此方を向く。

「お前歌得意だろ。音楽もマスターしてるし」
「そ、それはリョウもでしょ!?リョウがやったら……」
「じゃ、俺伴奏やるわ。それで良いだろ?」
「ず、ずるいよ!」
「適材適所だ」
 サチの反論を無視してリョウはヴァイオリンを構える。
途端、なにをするのかを察した子供たちが一斉にサチとリョウの周りに集まり始めた。

「何するの~?」
「楽器弾くのか~?」
「おう。この姉ちゃんは歌歌うんだぞ~?」
「り、リョウ!……わ、わ、わ、」
 期待に満ちたキラキラした眼で見られ、徐々にサチの逃げ場が消えて行く。
何とか助けを求めようとキリトとアスナの方を向くが……

「そういや、前にサチ言ってたな。歌ちょっと得意って」
「へ~、私も聞いてみたいかも……」
「あうぅ……」
 残念。此方にも味方はいなかった。

「ほらほら、往生際が悪いっつの。早くしろ」
「リョウのせいでしょ……もう……」
 結局、皆の期待の眼差しに耐えきれなくなったサチは、パニックになりつつもメニューを操作し始め、リョウもそれに続く。

スキル《音楽》起動

 表示されたメニューから《演奏》を選び、《演奏形態》を《複数》《duet(デュエット)》を選択。《演奏者》の《vio(ヴァイオリン)》と表示されている位置をクリックし、《voc(ヴォーカル)》の位置に、《sachi》の名前が表示された事を確認すると、曲選択画面に進む。

「何にする?」
「うーんと……じ、じゃあ「三つめ」で……」
「おっ?あいよ。了解」
 やはりというか、得意な曲を選択して来たサチに、リョウはニヤリと笑って準備をする。

 SAOにおける音楽演奏システムは、自身のやる曲を、データベースの中に有る無数の歌や楽曲の中から検索し、再生する事で演奏を行う事が出来るというシステムだ。
演奏法は至極簡単。音ゲ―の感覚で、伴奏と共に視界に右から左へ流れるように表示されるマークに合わせて、管楽器ならば規定の指を抑え、空気の量を調節する。打楽器ならそこを叩く。弦楽器ならば規定の位置の弦を抑え、弓をその弦に当てる等すればよい。ヴォーカルの場合は、正しいか、それに近い音程を口から出すだけで、自動的にエコー等のカラオケに近い補正がかかり、上手く歌っているように聞こえるようになる。(ちなみに、なんだかんだでどれも難易度はそれなりに高い)

 熟練度が上がると、同じ曲でも使用できる楽器が増えたり、出来る曲が増えたりするのだが……それ以上に面白いのは、熟練度500から自らの力で演奏する曲を「作曲」出来るようになる事だ。
音を一つ一つ並べ、自分だけの曲を……これ自体はそれほど珍しい事でも無いのだが、更に面白いのは演奏時、自分の演奏する曲には何時どんな時でも「アレンジ」を加えて良いのである。

通常の状態で演奏した場合、正しい場所以外で違う音を出そうとすれば妙な音が出るだけで唯のミスになるのだが、オリジナル曲でそれをした場合それに対応した音が出るだけで、別段ミスになる訳ではない。
弦を動かす速さや、テンポ調節や、調変更。力加減によっても音は微妙に変化するため、早い話、慣れさえすれば、実際に楽器を演奏できなくても、身体的な技術無しで自在に正真正銘自分だけの曲を演奏できる。
要はSAOのオリジナル音楽スキルは自由度が高いのである。

閑話休題

 さて、サチが指定した「三つ目」と言うのは、リョウがとある曲をアレンジしてやるためにオリ曲に起こし(オリ曲作成時に規定楽譜を引用する事も可能)、良くサチと二人だけで合わせて遊ぶ幾つかの曲の内の一つで、名前の通り三番目にリョウが起こした曲である。
原曲は全て歌詞が英語であるため、サチもこの曲は、英語で歌うようにしていた。

 ちなみに、ヴォーカルをアシストするシステムは、それを使用するかどうかをプレイヤーが任意に選択する事が出来るが、サチはそれを切っていた。
理由は単純。リョウにそうするように言われたからだ。

 カラオケ等でもそうなのだが、エコー等を利用して出した声を本来より上達して聴こえさせると言うシステムには実は弱点が有り、《本当に上手い人の歌》も同レベルに、ありていに言えば、レベルを下げて聴こえさせてしまうのだ。
その事をリョウの方は知っていたため、サチにはそのシステムを切るように言っている。
ちなみに理由ははぐらかした。
言えば絶対に、自信があまり無いサチはそのシステムを外そうとしないだろうからだ。
リョウは、サチの歌の実力を、実はかなり評価していた。

「いくぜ?」
「……うん」
 深呼吸し、落ち着きを取り戻した顔で、サチが答える。
再生ボタンを押し、リョウも楽器を構える

 先ずはコンピューターの出す音と共にリョウの伴奏が始まり……サチが歌い出す。



「──────、─────」
 始め、メインとして前に出ていたリョウのヴァイオリンが、サチが出る直前、霞みの様に薄れ、バックに回る。
メインになり、歌い出したサチは、先程の自信なさげな表情が嘘のように穏やかな顔で、風の無い湖面の様に静かに、染み込むようにしっとりとした音を口から紡ぎ出す。

「──、─────、────」
 キリト達は、全てが異国の言葉で歌われるその曲の意味を知らなかったが、サチの優しく、まるで空間その物に広がるような声で作り出される歌は、それを歌う彼女の心を、聴く者にゆっくりと浸透させていく。

「────、────」
 曲は進む。徐々に徐々に、その推進力を増して……
波立たたぬ鏡の様な湖面であったそれは、風に揺られるようにして、進むにつれ走り出す。
形を持つ。

「────、──、────」
 始め、漂う雲を思わせるものだった音達が、曲が進むうち、段々と強く、芯を持ったそれへと変わっていく。
丁度、一人の弱かった人間強さを得、魂に芯が根付いて行く過程を見ているかのように。

「───────、──」
 サチの声が一気にその力強さを昇華させ、呼応するように伴奏が一気に強さを増す、
《力の音》が聴く物全ての身体と、魂に共振を促す。

「──、─、─────────!」
 最後に響いた声は、リョウが伴奏をやめるまで、教会の建物をジンと震わせ続けた。




────

「ふぅ……」
 今日の分の訓練を終えたリョウは、自分達五人にあてはめられた寝室の窓際で、天を塞ぐ鋼鉄の天井とその向こうの夜空を仰ぎ、小さくため息をつく。
原因は、先程、カレーが出来る前に、サーシャと交わした、とある会話だった。

────

『教会に……金を援助してくれたって人の名前、もしかして、シュテルンって言いませんでした?』
『……っ!?知っているのですか!?』
 血相を変えて問うてきたサーシャに、リョウは、「少しだけですけど」と言って、そのまま質問を続けた。
幸い、サチとアスナは厨房で料理を、キリトは別の部屋でユイ以下子供達の相手をしていたので聞かれなかったが、それから少しの間、サーシャはこの教会に以前は表れていた、《シュテルン》と言う少女に付いて話してくれた。本当は、リョウも少なからず知っている。その少女の話……

『あの子とは、たまたま私達が街に残った子供を探している所に出くわして、手伝ってくれたのが最初だったと思います。私達の事情を知ってからという物、ちょくちょく、此方に顔を出してくれるようになって……子供達も、あの子の事を姉のように慕っていました……』
『ははは、あいつらしい。じゃあお金って言うのは?』
『もともと、上層階で戦っていた子みたいで……有る日、突然……本当にいきなり言い出したんです。「私がお金稼いで来る!」って。初めはいいってって言ったんですが、あの子、言い出したら聞かなくて……』
『でしょうね。よく分かります』
『私達も、あの頃はかなり切り詰めた生活でしたから、甘えて……しまったんでしょうね。結局、週に一回くらいのペースで資金面の援助をしてもらってたんですが……有る日、ぱったりと此処に来なくなってしまったんです……心配になって、石碑を確認に、行ったら……』
 その後の言葉は……続かなかった。両手で顔を抑え、しゃくり上げながらサーシャは首を横に振る。

『私……あの子がうちのっ……ウチのお金を稼ぐために……無茶して……死んでしまっ、たん、じゃないかって……ごめんなさい……ごめんな、さいっ……!』
 泣きながら懺悔の言葉を繰り返すサーシャに、リョウはなるべく優しくなるように、声をかける。

『違うんすよ。サーシャさん』
『え…………?』
 泣いて赤くなった眼を此方に向けて怪訝そうな表情をするサーシャに、リョウはゆっくりと続ける。

『彼奴は確かに、この教会も子供達も大好きでした。それは、俺自身彼奴から嫌んなるくらい聞かされてたんで、知ってます。けど……あいつが死んだのは、そう言う事じゃありません。もっと、もっと別の事なんです……』
『じゃあ……貴方は……』
『俺は……彼奴が死んだ時、一番、彼奴の近くに居て、それを看取った人間です……すみません。俺は、何も……』
 驚いたようにサーシャが目を見開き、リョウは頭を下げたまま上げようとしない。
そのまま数秒間の重たい沈黙が流れ……先にサーシャの方が、口を開いた。

『頭を……どうか頭を上げて下さい』
『…………』
『あの子が、どんなふうに逝ってしまったのか……それは知りません。でもあなたはあの子を……シュテルを死なせてしまった事を後悔しているのでしょう?』
『それは……』
 後悔が無い。と言えば嘘になるだろう。しかしそれは……

『あの子が居なくなった事を一緒に哀しんでくれるのなら……私に貴方を恨む理由なんか有りません……シュテルの事は……本当に、残念でした……』
『……すみ、ません』
 それを最後に、リョウはその場を立ち去ってしまった。
それ以上、サーシャとまともに向き合っていられなかった……

────

「……くそ」
 リョウは、自問自答する。自分はあの時の事を後悔している?
確かに、そう見えたのだろう。自分でも、そのつもりだった……だが……

『──シュテルを死なせてしまった事を後悔しているのでしょう?』
『──自分のやった間違いを哀しめる人が──』

 つい先程に聞いた言葉と、いつか聞いた言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
自分ではそう思っている。否、そうで有りたいとすら思っている自分が居る。しかし……本当に、そうなのだろうか?

「俺、は……」
 リョウには、分からなかった。
自分が──

「おいちゃ?」
「ん、お、あぁユイ坊か。何だよ?起きたのか?」
 ベットの数が四つであったため、アスナに寄り添われて寝ていたはずのユイが、いつの間にか自身の真後ろに立っていた。
微かに外から差し込む月灯りがユイに当り、そのつややかな黒髪と白い肌に反射する姿は、微かな眠気の中で、まるでこの世界には居ないはずの妖精ではないかと思ってしまう程に美しく、幻想的に見える。
しかし、続いた一言は、そんなリョウの意識を、一気に覚醒させるには十分過ぎるものだった。

「おいちゃ…………かなしいの?」
「……っ」
 ユイの言った、たった一言。それが、どうしようも無くリョウの頭の中に響き渡る。
何故だろう?まるでユイに自分の内面のその全てを見透かされているかのような……そんな奇妙な違和感を、リョウは覚えた。
……そういえば……

『ユイ坊の……眼……?』
「……?」
 首を傾げたユイに、リョウが注目する

「ユイ坊……お前……?」
「ユイちゃん……?」
 自身の中に起こった疑問を解消しようと、リョウがユイに向かって眼を凝らした瞬間、今度はアスナの声が響く。
これはいけない。と、リョウは声をかける。

「こっちだ、アスナ。起きちまったみたいだぞ?」
「え……?ユイちゃん、どうしたの?おしっこ?」
「おし、こ?」
「いや、おしっこはねぇよシステム的に」
「あ、そっか……」
 余談だが、この世界では人間の生命活動はかなりの部分、省略されている。
排泄物は当然無いし、自分では鼓動が速くなっている様に感じても、他人が胸に触れると心臓は一切鼓動していない様に感じる。といった具合だ。
現実の排泄物は……考えない事にしている。

「ま、早く寝かしてやれ。明日まで疲れを残しちゃいけねぇ」
「うん……そうね。寝よう?ユイちゃん」
「うん。ママ」
 素直にユイは付いてゆき、布団にもぐった二人を見て、リョウも自分の布団に入るためにベットに近寄る。
その過程で、リョウはふとアスナと……ユイが眠るベットをみて、言った

「MHCP……か」
 
 

 
後書き
今回の曲

Time To Say Goodbye

http://www.youtube.com/watch?v=-NWBPS7lEHU

和訳の歌詞を見てみると成長的なニュアンスを表しているような印象のこの歌。
教会でうたうには少し強めだったかな?

ではっ! 
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