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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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双葉時代・反省編<前編>

 
前書き
変なタイトルですけど、なんか他に思いつかなかったんです。 

 
 手に持った剪定鋏を掌中で華麗に一回転させる。
 そうしてから俄に視線を鋭い物に変えて、深く深く息を吸う。
 大丈夫、私には出来る。さあ、今こそ思い描くイメージを現実に……!



「――と言う訳で出来上がったのが今回の作品なんですよ、志村の旦那! どうです、中々いい出来でしょう?」
「…………相も変わらず前衛的な盆栽をするのぅ、お主」

 七尾封印から数日後。
 私は同じ盆栽仲間の志村の旦那の元を訪れて、自分の剪定した新作を見せていた。
 いやあ、父上の趣味が盆栽だったからね。自分でも爺臭いとは思うが、私の趣味だって盆栽なのだ。

 最も、その評価は余り芳しい物ではないけど。

 この間も自信作を猿飛殿に見せにいったのだが、なんでか引き攣った顔をされて「どうやったらこんな形になるんだ……?」と呟かれたのは記憶に新しい。

「何で皆この良さが分からないのかなぁ……? 見て下さいよ、この鋭角的なフォルム! 斬新でしょう?」
「斬新すぎて壊滅的じゃな、それは」

 め、めげないぞ。

「自分的にはこれから飛翔しようとする竜をイメージしたんですが、どうでしょう!?」
「…………ワシには地に落ちてのたうち回る鳥類にしか見えんのじゃが」

 めげるもんか……! 見解の相違に決まってる。
 けど、辛口のコメントに心が襤褸雑巾になりそうだわ。

「――次回作に期待して下さい!」
「お主のそれは剪定じゃなくて伐採に近いとワシは思うのじゃがな」

 辛辣すぎる評価に心が砕かれそうです。もうちょっとオブラートに包んで欲しいっす。
 少しばかり涙目になりながらも、出されたお茶を黙って啜る。
 でも、次こそぎゃふんと言わせちゃる……!

 そんな事を考えていたら、襖の向こうから見知った顔が覗いた。

「柱間様、また来てたんだ。いいのか、また千手の人達が泣きながら探しにくるぞ」
「だいーじょうぶさ、ダンゾウ君! ちゃんと書き置き残して来たからね。心配する事なかれ!」
「本当?」

 顎の下にバッテン印の傷を持つ、猿飛殿の息子のヒルゼン君と同い年の少年。
 名を志村ダンゾウ君といい、志村の旦那のお孫さんだ。ヒルゼン君に比べるとやや大人びて見えるが、彼と同じで将来が楽しみな忍者の卵である。

「前に見た時よりも背が高くなったね。分身の術とか使える様になった?」
「そんなの大分前から出来てるよ」

 そっぽを向きながらも、持って来たお菓子を差し出せば素直に近寄ってくる。
 礼儀正しくお菓子の礼を言ってくれるので少年の頭を撫でてあげたら、叩かれてしまった。残念。
 少年を微笑ましい気分で見つめていたら、唐突に志村の旦那が口を開いた。

「――……つい先立って日向の一族が同盟に参加してくれたのが大きかったな。あの件以降、有名無名を問わず同盟参加への申し込みが増えおったわ」
「そうですね。日向の人達にはお礼を言わないと。今度、オレの自信作でも送ろうかな?」
「……まず間違いなく嫌がらせと思われるから止めておけ」

 ――……まあ半分は冗談のつもりで言ったので安心して下さい。本気でそうするつもりはありませんから。
 絶対にするなよ、という視線を送ってくる志村の旦那へと、そう言った意味を込めた顔で見つめ返しました。

「……この間耳に挟んだのじゃが、日向との会談の際に一人で向かったそうじゃな?」
「ええ。それが相手の条件でしたから」
「お主、命が惜しくないのか?」

 神妙な声に、両目を閉ざす。
 命が惜しくないのかって? 勿論惜しいとも。
 ――けれど。

「けれど、それ以上にオレは欲しい物がありましてね。それを手に入れるまでは死ぬ予定はありませんから」
「――……青いな」

 呆れを含んだ溜め息に、へへっと笑った。
 そう、後少しなのだ。もう少しすれば私達の目指す場所にまた一歩近づける。
 突き抜ける様な青空を見上げて一人目を細めれば、志村の旦那の溜め息が届く。
 不審に思って視線を向ければ、歴戦の忍びは何とも言えない表情を浮かべて私を見つめていた。

 ――まるで哀れなものを見つめる様な、そんな目で。

「お主の目指す所をワシも知っておる。最初は何を戯けた事を……と思っておったのじゃが、昨今の時代の流れを見つめる中でお主の言う事が単なる夢想ではないと実感出来る様になった」

 何が、言いたいのだろう。
 この大先輩の忍者が言いたい事が分からなくて、私は微かに眉根を潜めた。

「じゃが、柱間。一つお主に聞きたい事がある」
「……なんですか?」
「――お主、戦を楽しんでいるのではないか?」

 どうして、だろう。
 今までの様に、そんなことはないと断言する事が出来なかった。



「我々が雇われれば、相手は対抗してうちはを雇う。我ら千手一族に対抗出来る忍びは、忍界広しと言えど最早うちはぐらいですからね」

 邸の中でそう呟いたのは、一族の中でも扉間と並んで私の補佐を行ってくれる千手のくのいち。
 烏羽玉の黒髪を綺麗に纏め上げ、左目を垂らした前髪で隠してる、千手随一の幻術使いである千手桃華だった。

 涼し気な目元をそっと伏せ、花の香りがするお茶を淹れてくれる。
 写輪眼への幻術対策も兼ねてここ最近の千手での組み手の相手を務めてくれる桃華は、千手の女性陣の中ではミトに次いで私に近しい位置に居た。

 そんな彼女の何処か憂いを含んだ囁きに、私は手にしていた筆を置いて桃華の言葉について考えてみる。

「そうだな……。最近ではうちは以外と戦う事も無くなって来た」
「ええ、頭領の仰る通りです」

 千手がうちは一族以外と戦場で相見える数は減って来ている。
 それは多くの者達が忍び連合に入り、不戦条約に参加した事も原因に上げられるだろうが、長い争いの時代に人々がこのままではいけないと気付き始めたのも理由の大半だろう。

 桃華が注いでくれたお茶をゆっくりと口に含む。

 世は変わりつつある。それは確かだ。
 憎しみを生み出し諍いの原因となった戦国の世は太平に向けて、ゆっくりとだが徐々に移行してる。
 ――忍び連合に参加した一族同士の交流の数が重なり、人々が分かり合える機会が増えた事もその一端を担っているのだろうね。

「……頭領。ここらが潮時かもしれません。私には、ここ最近は殆ど千手とうちはのための戦場と化している様な……そんな気がしてならないのです」
「そう、見えるのか」

 千手もうちはも、人々は争ってばかりの世の中を厭い始めているのは間違いない。
 それに、あいつは気付いているのだろうか……? 桃華が溜め息を吐く声が聞こえて、考えを中断させた。

「いえ、寧ろ……」
「なんだ? 気になる事があるなら言ってくれ」
「寧ろ……私には最近の戦は……柱間様とうちはの頭領のための戦いにしか思えないのです」

 躊躇いを含みつつ発せられた言葉は、私の脳裏に深く刻まれた。

 最近の争いはうちはと千手の死闘ではなく、私とマダラの私闘に変わっている?
 私の求めるのはこの戦乱の世の変革だ、それは今も昔も同じな……筈。
 無為に命を投げ捨てさせる世の中を変えてやる事、引いてはその先の平和な世界を何よりも渇望している……筈だ。

 しかしマダラと言う好敵手との出逢いに心を躍らせ、現状が変わらないままでいる事を——心の何処かで私は望んでいたのか?
 ――――だとすれば、それは由々しき事態だ。

 机の上に置いていた筆を握りしめ、力を込める。
 職務を再開しながらも、桃華の呟きが耳から離れなかった。



「――……お前は気付いているのか、うちはマダラ」
「何の事だ、千手柱間。それよりもいいのか? 他の事に気を逸らしたりして」

 桃華との会話を経て数度目の戦場。
 そこで常の如く雄叫びを上げて襲いかかって来たマダラの攻撃をいなしながら、私は闘気を全身で発しているマダラへと訊ねかけた。
 それまでだったら数合打ち交わすだけで心が踊り、マダラとの戦い以外に何も考える事は無くなると言うのに、今までに無く私の心は沈んでいた。

 向こうもそれに気付いたのだろう。訝し気に眉根を潜めると大きく飛び退いて私との間に距離を取る。

 ――――手にした刀を握りしめる。
 幼い頃から使い続けている父から戴いた刀は、鈍く煌めいて私の姿を映していた。

 気付いてしまった。
 ここ最近の争いは最早忍者としての分を越えて、千手とうちはの――ひいては千手柱間とうちはマダラのための私闘の場と化しつつある事を。

 このままこの様な事を続ければ、ますます人々の心は病んで太平の世は遠ざかっていってしまう。
 この辺りが頃合いだった――戦が既に泥沼化しつつある事を見て見ぬ振りをしていたのだと、私はやっと自覚した。

 桃華の言葉。志村の旦那の言葉。
 その二つが切欠だったけど、思い起こしてみれば最近接した人々の誰もが、私を見て何か言いたげな表情を浮かべる事が多くなっていた。
 気付いていたのだろう――私が戦いを楽しみ始めていた事に。

 ――目の前にいるのは唯一無二の好敵手。

 ――脳裏に浮かぶのは今まで戦場で散っていった同士達に、地に倒れ伏した両親を初めとする一族の忍び達。私の考えに賛同してくれた他の一族の忍び達に、誓いを立てた時の弟妹の姿。戦果に村を焼かれ呆然とする人々の姿に、泣き叫ぶ子供達。

 ――――どちらを選ばなければいけないのかなど、明白すぎた。
 
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