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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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萌芽時代・出逢い編<中編>

 うちはの(そう言えば名前を聞いていなかった)兄弟達と顔を合わせてから、数日後。
 今日も素敵にダンディな父上に呼び出された私と扉間は、二人揃って客間へと向かって歩いていた。

「なぁ、扉間。オレは昨日任務が入っていたからよく知らんのだが、誰か来ているのか?」
「確か、遠い親戚がやって来たと一族の者達が言っておりました」

 ふうん、と適当に相槌を打つ。
 千手一族の遠い親戚ね。日々色々な事が有り過ぎて、徐々に原作というか前世知識が薄れてきてるからなぁ、思いつかないや。
 最も、人面フラグが起こりかねない事だけは覚えているんだけどね、強烈に。

「父上。——柱間、扉間参りました」
「入りなさい」

 室内に入り込む前に、障子の前で軽く両膝を付いての入室のお伺いを忘れない。

「失礼します」
「失礼致します」

 内輪だけならこんな事しなくても良いのだが、お客さんが来ているとなるとそうもいかない。
 一礼して、扉間と共に部屋に足を踏み入れた。

「よく来たな、二人共。——うずまきの長老殿、こちらが柱間とその弟の扉間です」
「ほう。二人共将来が楽しみな良い顔付きをしとる。お主も鼻が高かろうて」
「いえ……。そのような事は……」

 父上め……、本当に私の性別を忘れているんじゃないだろうか。
 謙遜しながらも、どこか照れくさそうな父親を軽く睨む。
 そうしてから、お客人の方へと視線を移した。

 随分と歳を取ってはいるが、矍鑠とした老人である。
 鎧装束などは身に着けてはいないが、それでも身に纏う雰囲気や服の合間から覗いた肌に浮かぶ無数の裂傷から、この老人もまた自分達同様に戦う事を習いにした人物であると推測出来た。

「——父上、こちらのご老人は……?」
「おお、すまなかった。柱間、こちらは我らが系譜に連なるうずまき一族の長老殿だ」
「うずまき一族……」

 って、主人公の名字じゃないか! まだその事は覚えている。
 そんな事を思っていた私の耳に、父上の言葉が飛び込んでくる。

「そして、こちらが……」

 差し出された手の、その向こう。
 うずまきの長老殿の隣に、小さく縮こまる様に一人の少女の姿があった。



「——でさぁ、聞いてよ猿飛殿! この間、千手で女の子を預かる事になったんだけど、その子、ものすっごく可愛いいんだ!」
「もう何度目だよ、千手の。俺、そろそろ耳に胼胝が出来そうだぜ……」

 任務で知り合った猿飛一族の忍者、猿飛佐助さん。この間、息子が生まれたばかりの先輩忍者さんだ。
 以前、任務の最中に怪我をしているのを治療してから、こうして度々話す間柄になったのである。
 空区でばったり顔を会わして、そのままお互いに用事もなかったので茶屋で一服していた。

「最初こそはびくびくしててあまり話してくれなかったんだけど、暫くしているうちにオレに向かって笑いかけてくれる様になってさ! その笑顔がもう、可愛いのなんの。胸がきゅんとしちゃうね!」
「随分、その女の子に夢中みたいだな」
「そりゃそうだよ。今まで周りにいたのは可愛げの無い野郎ばかりだったからね。もう癒されまくり」

 湯のみに入ったお茶を啜りながら、しみじみと呟く。
 呆れた顔をした佐助さんが、お茶屋のお姉さんが持って来てくれた三色団子にぱくついた。

「それで? その子、名前はなんて言うんだ?」
「ミトだよ。猿飛殿も、会ったら絶対見惚れる事間違い無しだね! 今も可愛いけど、大きくなったら物凄い美人になる事間違い無しだ」

 そう。この度千手の家で預かる事になった少女の名は、うずまきミト。
 なんでもチャクラ量の多い事で有名なうずまきの一族でも、群を抜いて大量のチャクラを有する事から、彼女の身を案じた祖父(うずまきの長老殿)が千手に預ける事を思いついたらしい。
 生命の鮮やかさを象徴する様な赤い髪に、灰鼠色の瞳を持つ、妖精の様に可憐な美少女である。

 最初こそ肉親と離れ慣れない土地に来たせいで引っ込み思案だったが、長い赤毛を綺麗にお団子に纏めて上げたら、私に物凄く懐いてくれた。
 今じゃあ「柱間様」と私の事を呼びながら、後ろを付いて来てくれる。

「はいはい。そりゃあ良かったな、将来の可愛い嫁さん候補が出来て」
「何言ってんのさ、猿飛殿。ミトは妹だよ。もう、オレの目が黒いうちは誰の嫁にも出さん! って気分だね! 娘が出来たらきっと猿飛殿も分かるよ」
「そーかよ」

 あれれ、猿飛殿が死んだ魚の目になってる。
 可笑しいな、ミトの溢れんばかりの可愛さを精一杯伝えてみれたと思ってたのに。

「今朝なんて、オレの部屋に今朝摘んだばかりのお花を持って来てくれたんだよ。羨ましいだろう!」
「いててて! はーなーせー!」

 生返事しかくれない猿飛殿の首に片腕をかけ、空いた手でこめかみを拳骨でぐりぐりする。
 大して痛そうに思えない叫びを上げながら、猿飛殿が首に回していた私の腕を引離した。

 痛そうに首元を擦りながら、猿飛殿はやけにじっとりとした視線で私を睨みつけてくる。

「全く……。つくづく思うが、お前は本当に任務中と普段との差が激しすぎるぞ」
「オレに言わせればこっちの方が素なんだけどね。シリアスモードを長い間続けるとほんと肩凝るわ」

 ごきごきと首を回す。随分と肩が凝ってるんじゃないかな、こりゃ。
 まあ、普段重たい鎧やら甲冑やら付けて走り回ってるんだもん、そりゃあ肩も凝るだろう。

「聞いたぞ。この間の戦で随分と活躍したそうじゃないか。この空区でもお前の名があちこちで囁かれる様になったし」
「ふーん」

 猿飛殿の皿に乗っていた最後の団子をかすめ取って、適当な相槌を返す。
 隣で悲しそうな声が上がったが、無視した。
 
「正直、戦場でのお前の姿を見せられた時は、年甲斐も無く俺の胸も熱くなったもんだぜ」

 それが普段ではこれだからなぁ……と言ってなんか可哀想な人を見る目で見つめてくる猿飛殿。
 失礼な人だな、全く。

「良い歳したおっさんに惚れられても全然嬉しくないね。同じ台詞でも、言われるんだったらミトみたいに可愛い子がいい」
「ちょ、お前、誰がそんな事言ったか! それに俺はおっさんじゃねぇ!」
「やだね、余裕の無い男は。そんなんじゃ、今度嫁さんに息子を連れて実家に帰られるぜ」

 だからちげーし! と叫ぶ猿飛殿を見つめて小さく笑う。
 一族の者達と過ごす時間も良いが、こうして猿飛殿の様な一族外の忍びと話す事もまた楽しいものだ。
 これ以上からかうとクナイが飛び出てきそうだったので、団子代を置いて私は立ち上がった。

「あら、柱間様。もうお帰りですか?」
「これ以上猿飛殿と一緒にいると、彼の新妻から妬まれそうだからね。今日はこれくらいにしておこうと思って」

 茶化した物言いに、お茶屋のお姉さんが口元に袂を当ててくすくすと笑う。
 腰に差した刀の位置を少々動かして、落ち着くところに直した。

「じゃ、オレは暫く空区を回ってから帰るわ。猿飛殿も奥さんが怒り出さないうちに早く帰れよ」
「やかましいわ!」

 猿飛殿の怒声を背に、私は茶屋を出た。 



 猿飛殿と別れてから、私は普段は行かない区域へと足を運んでいた。
 理由は新しい店舗の発掘である。数多くの店が建ち並ぶ空区では、店の入れ替わりも激しい。あまり良くない品物を扱っているお店は周りからも客からも叩かれるし、より良い品を扱うお店に客が流れる事なんてざらに有る。
 そうして新しく入って来た店舗に足を運んでどのような品を扱っているのかを調べるのも、空区に来る目的の一つである。

「ええと、聞いた話ではこの辺りの区域だった筈だけど……」

 無数の看板が立ち並ぶ中で、一人途方に暮れる。
 あまりにも店の数が多いせいか、どこが目的の店なのか分からない。
 しょうがないので、この辺りの店でめぼしいとこを見つけて覗いてみるか。
 適当なお店を冷やかしながら通りを歩いていると、首に布を捲いた猫が目の前を通り過ぎようとしていた。

 随分と毛並みの良い猫だな。どこぞのお店で飼っているのだろうか?

 ううん、と首を傾げる。
 こちらの視線に気付いたのか、猫の黒い目が私を見つめながら、フニィと小さく鳴く。
 まるで付いて来いと言われた様な気がして、猫を追って自然と歩き出した。

 入り組んだ道を猫に従って進んで行くうちに、先程までいた表通りではなく裏通りと言われるところに踏み入れていた。
 上が色々な物でごたごたしているせいか、辺りは薄暗い。
 きょろきょろとあちこちを見回していると、猫の進む先に薄汚れた布が掛けられた店の入り口が目に入った。
 となると、あそこが猫の目的地だったのだろうか?

「あ!」

 どうやら目的地だったらしい。
 躊躇いも無く猫が店の入り口の布の下をくぐっていく姿が見えて、自分も後を追いかけた。

「へぇ。外と違って店の中は随分と綺麗じゃないか」

 食料品からクナイの様な武器まで色々と揃えられた店内。
 店の雰囲気からして作られたばかりと言う事はないだろうから、店主がちゃんと掃除しているのだろう。

「————おや、お客さんかい?」

 色気が滴り落ちてきそうな艶めいた声が聞こえて来て、そちらへと足を進める。
 紫煙が漂う室内には、瑞々しい美しさの女性と、さらさら髪の黒髪少年がいて。

「あ、あなたあの時の……!」

 ————嬉しそうな顔で微笑んだ少年の姿に、私の頬は引き攣った。

*****

「……おや。知り合いなのかい?」

 思わず固まった私を元に戻したのは、店主らしき女性の意外そうな響きの声だった。
 紫煙漂う煙管を片手に、艶やかな黒髪を簪で纏めている瑞々しい雰囲気の女性は首を傾げてみせる。
 それにしても、なんで頭に黒い猫耳を付けてるんだろ。似合っているけどさ。

「はい。この間の任務の時に助けてもらったんですよ」
「へぇ。それはそれは……」

 女性のしっとりとした漆黒の瞳が、私を流し見る。なんでか背筋に戦慄が走った。

「その、今日は一人なのか?」

 この間会った時は側に黒髪少年(兄)がいたが、あの固そうな黒髪の少年の姿は店内に見当たらない。幾ら空区とはいえ、不用心すぎるんじゃないだろうか。自分の事を棚に上げてそう考えていると、少年が小さく笑った声がした。

「兄さんはこの近くで武器を物色している筈ですよ」
「そ、そうか」

 なら出来るだけ早くこの場から離れた方が無難だな。
 あのお兄さんの方の黒髪少年はなんでかあまり顔を合わせたくない……この弟君の方はそんな事思ったりしないんだけど。

「成る程ねぇ……。こちらが、この間お前達兄弟が出会ったって言う千手の次期頭領か」

 それまで黙って話を聞いていたお姉さんが、煙管を口から外して面白そうに私を見やる。
 なんだろう、その気の毒な生き物を見つめる眼差しは。

「うちはの男共は一度定めたら、とことん執着する性質だからねぇ」
「は? 一体何を」
「――可哀想に。あんた、あの子に多分一生追いかけ回されるよ」

 ぞぞぞ……! って、悪寒がした。いや、もうマジで。

 この場合、この店主のお姉さんが言っている「あの子」とは、ここにいない黒髪少年(兄)の事だろう。何故だ、あの邂逅のどこに気にかけるところがあったんだ……!
 無言で両腕を擦っている私を見て何を思ったのか、番台の上に座っていたお姉さんが優雅に衣擦れの音を立てながら、こちらへと近寄ってくる。
 ――そうして、にこりと猫の様な微笑みを浮かべた。

「まあまあ、折角の機会だ。うちの店で何か買っていかないかい? 日用品から武具・防具に至るまで、この店には色々揃ってるからね」

 ええー。折角のお誘いだけど、いつあの黒髪少年(兄)が弟君を迎えにくるか分からないし、ここは素直に帰っておいた方が良さそうだしなぁ……。

「あ。兄さんなら暫く戻って来ないと思います」

 にこにこしながらの弟君の言葉。
 なんだろうこの子、エスパーだろうか。

「なら……。女の子に贈り物をしたいんだ。何か良い物はあるか?」
「おや。千手の次期頭領も隅に置けないね」

 くすくすと笑いながら、お姉さんが奥に引っ込んでいく。おそらく品物を取りにいくのだろう。
 ……にしても、また自分は男の子に間違われたのか。
 慣れたけどさぁ……、なんか虚しいよね。

「そうだ。これ、あの時の手巾のお礼です。受け取って下さいますか?」
「え?」

 そんな事をつらつらと考えていたら、弟君がポケットから取り出した手巾を私の方へと差し出してくる。
 わざわざ用意してくれていたのか、律儀な事だ。
 そう思いながら取り出された手巾を見ると、その色は薄桃色。――綺麗だけど、どうみても女物だ。

「少年、気持ちは嬉しいんだが……この色はちょっと……」
「どうしてですか? お似合いだと思いますが」

 しゅん、と眉根を下げる弟君。まるで捨てられた子犬の様である。
 まじまじと彼の手の中にある薄桃色の手巾を見つめる。うん、どこからどうみても女物である。
 ううむ……、少年の心が解せない。

「わかった。大切に使わせてもらうとするよ」
「いいえ。むしろばんばん使ってやって下さい」

 ――あなたみたいに綺麗な女の人に使ってもらえたら、オレも嬉しいです。

 微笑みながら付け加えられた一言に、思わず目を剥いた。
 今、この子なんて言った……?

「あの、今なんて……?」
「え? 何がですか?」

 きょとん、と首を傾げてみせた弟君。
 物凄く聞き捨てならない言葉が聞こえた様な気がしたのだが、気のせい、だよな……?

「さて、千手の若。ご要望にお応えして色々と持って来たけれども……おや、どうしたんだい?」

 桐の箱を手に、奥から戻って来た店主のお姉さん。
 その足下には、先程この店にまで自分を案内してくれた猫が纏わりついていた。

「いや……。大した事じゃない。それより商品を見せてくれないか」

 弟君の聞き捨てならない発言とかあったような気がしたけれども、取り敢えず頭から振り払っておく。
 何処か愉しそうな弟君と一緒に店主のお姉さんが持って来た箱の中を覗き込んだ。

「簪に、爪紅……耳飾りから首飾りに至るまで、取り敢えずお目に適いそうな物を片端から持って来たんだけどね」
「凄いな……。色々あり過ぎて目移りしてしまう」

 お姉さんが持って来てくれたのは、素晴らしい一品ばかりだった。
 珊瑚の玉飾りや、掌サイズの貝の中に入った鮮やかな紅。
 優美な曲線を描く金の髪留めに、繊細な作りの花を模した耳飾り。
 どれもこれも年頃の女の子が喜びそうな物だ。

 とても決め切れないとばかりにお姉さんを伺うと、楽しそうに含み笑いをしながら、お姉さんは指先で数点の品物を指し示してくれた。

「そうだね……。贈り物をする相手が年上の女なら、こういった鮮やかな紅がおすすめだね。ところで、誰にあげるんだい?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました」

 この間出来たばかりの清楚可憐な妹の姿を脳裏に思い浮かべて、私は破顔する。
 なんせ、私は新しく出来た妹を老若男女問わずに誰かに自慢しまくりたいのだ。

「ミトって名前の可愛い女の子だよ! 妹なんだ! もー、それが可愛くて可愛くて」

 あの可愛さは言葉で簡単に表現出来る様な物じゃないんだよね!
 でも自慢したい、そんな複雑な兄心……あ、違った姉心か。

「そ、そうかい」

 なんかそれまで悠然とした態度を崩さなかったお姉さんが、軽く頬を引き攣らせる。
 なんかしたかな、自分。

「もう滅茶苦茶可愛くて! おかげで毎日癒されまくりです、ほんと!」
「なんか、随分と聞いた話と性格が違うね……」
「んー。よく言われます」

 ここに来る前も猿飛殿に言われたばっかりです。
 別に意識して使い分けている訳じゃないんだけどね、どうにも千手の忍びとして任務をこなしている時と普段の自分とじゃかなり差があるらしい。

 あれま。お隣で弟君が吃驚した様子で黒い目を見開いている。

 任務時の私の姿を知っている人程、普段とのギャップに苦しむらしい。
 この前会った時に、猿飛殿が遠い目をしながらそんな事語ってたな。

「そんな訳で、新しく出来た妹に贈り物をしてあげたいんだよ。巷で流行っている物とかは無いかな、店主殿」
「そうだねぇ。巷でかどうかは分からないけど……うちはの女の子達の間で流行っている物といえば、これかね」

 気を取り直したお姉さんが、細い指先で桐の箱の中から小さな耳飾りを摘み取る。
 揺らめく炎をそのまま固めた様な赤い玉のシンプルな作りの耳飾りである……確かに綺麗だとは思うけど……。

「ううん。確かに綺麗だとは思うけど、これはちょっと……」
「おや。ご不満かい?」
「妹は赤い髪なんだ。これじゃねぇ」

 赤と赤では少しばかりね。
 首を傾げていると、どうやら復活したらしい弟君が声をかけて来た。

「だったら、これなんかどうです?」

 弟君が指差していたのは、透き通った翠色の結晶を連ねて作った首飾りだった。
 光を浴びてキラキラと輝いている様がとても綺麗で、思わず手に取って眺めてみる。

「それねぇ……。流れの商人が珍しい鉱石だっていうから、取り敢えずうちの店でも扱ってはみたんだけど、どうにもうちはの子達には不評でね。在庫のほとんどを別の店に流しちまったから、もうそれしか残ってないんだよ」

 けど、お眼鏡に適ったようじゃないか。
 ふふふ、とお姉さんが私を見て、満足そうに微笑む。
 確かにお姉さんが言う様に、私はその首飾りに心を奪われていた。

 結局。
 私は自分とミトと扉間の三人分、その翠の首飾りを購入した。



「いや〜。付き合ってくれて悪いね、弟君」
「いいえ。僕も楽しかったです」

 結局、彼はミトへのお土産を選ぶのを手伝ってくれた。
 幼い今でさえそうなのだから、これから大きくなったらその紳士っぷりで、さぞや女性にモテる事だろう。顔も格好いいしね。

「兄が来るまでお話しできて僕は嬉しいのですけど、いいんですか?」
「まあ、念には念を入れてね」

 特異な血継限界持ちの子供は、実はこういう地区でこそ狙われ易い。
 こうして弟君にくっついて彼のお兄さんを待っているのは、そう言った事を防ぐための予防策だ。

「オレにも弟がいるんだけどさ、昔空区で誘拐されかけたことがあってね」

 あの時は柄にも無く焦った物だ。
 勿論すぐに見つけ出して、実行犯にはこの世の物とは思われぬ恐ろしい光景を幻術でエンドレスでお見せして、二度とそんな事が出来ない様にトラウマを植え付けてやったが。

 因みに幻術の内容は、某・日本恐怖映画永遠のヒロインが迫って来て、最終的には彼女の這い出してきた井戸の中に引き摺り込まれるといったものである。

 いやあ。あの幻覚の出来は作った自分が本物と紛うほどにおっかない物だった。
 試に自分にかけてみたのはいいけれど、暫くの間、怖くて井戸に近寄れなかったほどには。

「兄さんは……」
「ん?」

 不意に少年が囁く。
 密やかな声は、聞き耳を立てなければ通りを吹き抜けていく風に紛れてしまいそうだった。

「兄さんは一族の中でも五指に入る忍者なんです」
「へぇ……」

 まだ幼いのに、それは凄いものだ。
 斯く言う私も千手の一族の中で次期頭領の呼び名が示すように、一族の中でもかなり強い部類には入る。大分強くはなったけど、まだ上には上がいるからね。

「幼い頃からずっと修行してきて、今じゃ一族の大人達でさえ兄さんには敵わないんです」
「う、うん」

 弟君は一体何が言いたいんだろう?
 よく分からないから、口を挟む様な事などせず、黙って話に耳を傾ける。

「でも、あの日。あなたは任務帰りであったとはいえ、兄さんをいとも簡単に一蹴した」
「いや、そんなつもりじゃ」

 くすくす笑う弟君。

「兄さん、よっぽど悔しかったみたいで」

 今まで以上に修行に身が入っていますよ。

 さり気無く付け加えられた一言に、胃の辺りが重くなる。
 あれ? なんかどんどん袋小路に追い詰められてね? 自分的にはもう二度とあの黒髪少年(兄)とは関わらないつもりだったのに。
 押し寄せる不吉な予感に、眩暈がしてくる。
 なんだこの嫌ーな感覚。今までどころか前世でも経験したことがないぞ。

「当面の目的は早くあなたに追いついて、対等な存在として対峙する事だそうです」
「……オレじゃなくても強い忍びなら他にもいるだろうに」

 ――どうしよう、完全に目を付けられてた。頭を抱えたい気分だ。
 妹が出来たと浮かれていたら、気づかぬ所で未来の敵を生産していたみたいです。

「いずれ兄さんがあなたを倒すそうですから、それまで誰にも負けないでくださいね」
「肝に銘じておくよ。じゃあね、弟君」

 又聞きとはいえ、自分に対して敵意バリバリな相手と顔を合わせるほど、私はお気楽な性格をしていない。
 ここに近寄ってくる気配を察して、瞬身の術をかける。

 うちはの子に関わってしまったけど、あの兄弟じゃ……ない、よね?

 嫌な予感はまだ消えないが、取り敢えず、さっさと集落に帰ってミトに癒されよう。 
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