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不可能男との約束

作者:悪役
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青空の下での奇襲

 
前書き
一つたりとも上回る事がない事実

だけど、それは戦わない理由にはならない

配点(努力) 

 
余りの突然の事態に、武蔵の住民たちは全員が改めて理解した。
自分達は今は追われ、攻撃をされる立場にいるのだと。
覚悟はしていたという在り来たりな思いはあったが、やはり、実際されるとその思いは変わってくる。
その事実は、姫を取り返した後も、ヴェストファーレン条約まで終わらない。
その事実が、三河争乱から二週間の武蔵に攻撃という名の現実が襲ってくる。






「んー。一応、奇襲できたけど……ちょっとだけ、予想より対応が速いなぁ、と……」

声が響いたのは、武蔵を見下ろす位置を飛んでいる三征西班牙(トレス・エスパニア)の艦の上に立っている女性である。
しかし、彼女の足先は掠れて見えない。
霊体。
つまりは死んで、しかし残念があったが故に、この地上に残っている証である。
三征西班牙総長連合所属、第二特務、江良・房栄が同時襲名アルバロ・デ・バサーン。
この場の指揮官である。

『何か知らねえけど、房栄(フサエ)。多分だが、直前に奇襲に気付いて、即座に警戒を促されたらしいぞ』

そんな彼女の近くに十字架組みの表示枠に、同じく足先が掠れて見えない、同じ霊体の三征西班牙総長連合所属、副長、弘中・隆包と同時襲名のアロンソ・ペレス・デ・グスマンである。
ヘルメットを被り、自分は野球選手であるという矜持を見せるかのように持っている武器はバットを神格武装化したものである。
他の副長達とは違い、攻撃ではなく防御に特化した武人である。
そんな隆包を見ながら、房栄は耳に聞こえる爆音などをバックにしながら、それでも笑いかけた。

「タカさんはどうしてだと思う?」

『そういうのはお前の方が得意だろうが』

そう言われると信頼されいる、と勝手に自惚れられるから笑いの色が濃くなってしまう。
それで、戦場から意識を逸らしては不味いので、表示枠を見つつ、戦場の方に意識を咲くことを忘れないように心掛けながら、頭に思い浮かんだ意見を口に出す。

「んー。何個かは考えられるけど、一つはまず武蔵の能力と言う可能性。ぶっちゃけた話、まだ武蔵が戦闘という意味での戦いをしたのは一回だけだから、こっちの収集した情報から漏れた能力を持っている可能性があるという事」

『まぁ、あんだけデカけりゃあ、何らかの装置を着け放題だろうしなぁ。俺だったら変形機能を着けてるぜ』

「タカさんも男の子だねぇ……」

そこら辺は私、合理主義派だし、ちょっと解らないかなぁ、と苦笑し、説明を続ける。

「次は武蔵総長連合、もしくは生徒会の何らかの術式。探査術式でも捜査術式でも、何でもいいけど、こっちの術式レーダーに乗らない神道系の術式。これも、さっきと同じように武蔵の情報が少ないから否定する材料が少ないんだよね」

『慎重なお前が情報少ないで、集めないとは思えないんだがな』

それはそれ。
集めるべき情報はちゃんと広報部などに頼んだり、年鑑などを見て、集めはした。
でも、決定的な物は得られなかったというのだから、それは集められなかったと同義と見做すべきだと私は思う。
そこで、息を一つ吐き、そして、と前置きを置いて、最後の方法を言う。

「最後は武蔵住民の個人的な能力っていう所ね。一応、住民って一括りしたけど、九割の確率で総長連合の能力だと思う」

『それに関しては年鑑で調べているだろ? つまり、知られている情報に乗っている限りではそんな能力を持っている奴はいない』

その通り。
強いて言うならば、武蔵の第五特務は半人狼であったので、五感の特に嗅覚が強かったはず。
それによって工業油を嗅がれたという可能性が無い事もない。
ステルス障壁で姿は隠せても、流石に臭いまで隠す事は出来ないのである。

「でも、それにしてはちょい早すぎるのよね、と……」

早いと言っても一、二分レベルではあるけど、間違いなく早い。
となると、襲撃を更に早くに読んだ存在がいる。
だが、さっきも言ったように年鑑では、そんなのを感知出来る様な人物は武蔵にはいない。
そう───つい、最近まで力を隠していた人物以外は。

『やっぱ、剣神か?』

「逆に聞くけど、どうしてタカさんは剣神だと思う?」

『そりゃあ、簡単だ。唯一、能力が解ってねえ奴だし……何より表示枠越しの映像でしか見ていないけど、そんぐらいは解る。あの野郎も、副長としての鼻を持っていると思うぜ』

「鼻って?」

『戦いを感じる才って奴さ』

成程と頷く。
副長になれば、ほとんどの戦闘の最前線に立つ存在である。
それは、普通の戦争や、相対戦でもそうだが、奇襲とかでもそうでなくてはいけない。
副長=英雄と言っても過言ではない存在なのである。

……どんな戦況であっても引っ繰り返す英雄かぁ……

うちで言えば、タカさんや自惚れで言えば私、そして

誾ちゃんや宗茂君とかだったよね……

二人には申し訳ないとは思うし、残念だとは本気で思っている。
しかし、私達、三征西班牙には余裕というのがないのである。
故に

「宗茂君の襲名解除か……」

武蔵の副長に敗れ、そして大罪武装を盗られた事から、襲名を解除することによって、この立花・宗茂は間違いであったということにするのである。
政治的な手段としては普通。
感情込みで言えば───吐息一つ。

『おい、房栄。溜め込むのはお前の悪い癖だ。それに、そうしない為にも立花嫁が今、戦場に立っているんだろうが』

「……解っちゃう?」

『長い付き合いだからな』

そう言ってくれる彼に苦笑し、そして下を見る。
下には武蔵が爆発の光と音と共にある。
その巨大さは何度見ても感嘆を覚えてしまうけど

「大きいだけで勝てるなら、誰も苦労しないよね」

日の沈まぬ国として、日が昇る国に負ける気はないし、例え沈んだとしても灯を残していかないといけないのだ。
その為にも

「──皆! 開戦だよ! 準備運動はできた!?」

「Tes!」

開戦である。









「まったく……本当にいきなりの戦場だね!」

奥多摩後部の武蔵アリアダスト教導院の橋上に立っているネシンバラは思わず、声を出して今の状況を愚痴った。

……でもまぁ、まだ熱田君が、ちょっと早めに相手の奇襲を見抜いてくれたお蔭で、体勢を整えられられたのは幸運だったけど。

本当にハイスペックな剣神である。
今後とも利用しやすいなと笑みを浮かべながら、指示を続ける。

「皆! さっきあっちからこの襲撃の大義名分が届いたよ!」

『何ですか!?御広敷君のロリコン罪ですか!? それならば、絶対この程度の襲撃じゃ贖罪にならないと思うんですけど!』

『やっぱり、熱田君のおっぱい揉み過ぎによる処刑ですか!? 小生、何時かは天罰が落ちると思ってたいましたよ』

『ウルキアガのキチガイ姉好きに、人間代表として狩りにきやがったのか!? あのクソ竜、こっちに迷惑を掛けやがって………!』

『やはり、ナルゼの同人に対しての諸処の文句が来たか。何時かはこういう日が来ると拙僧も思っていたのだ……』

『浅間の射殺が遂に三征西班牙にばれたの? 巫女の癖に暴れまわっていたのが、ここで現れてしまったのね───巻き込まれ損だわ』

沈黙が一瞬流れる。
そして

『貴様ら………!』

全員元気がいいなぁ、とちょっと表示枠から視線を逸らしてしまうが、そのままでいても意味がないので、嫌々、視線を向き直す。

「ほら、君達。そんな愉快に面白げな馬鹿騒ぎをしてないで………え? 後でシメル? 何で僕が被害にあわなきゃいけないんだよ!?」

何て理不尽な連中だ。
この外道共はやはり、地獄に落ちるべきだと思う。
というか、閻魔が実際したら、間違いなく武蔵メンバーの大半は地獄に落ちるだろう。
もしかしたら、実は地獄の哀れな亡者が、何故かこっちの世界に迷い込んできたのが彼らなのかもしれない。馬鹿な考えなのに否定できない事に汗が流れた。
今度、祓ってもらおうかと考える。

「本題に入るよ。今回、三征西班牙の大義名分───もうリアクションはないね?」

いいから本題はいれよ! というツッコミに思わずキレそうになるのを抑えながら、先を続ける。

「内容は"三征西班牙の領域において、英国への援助物資を輸送する船舶の拿捕を行う"だって」

『典型的な言い訳だね。いっそ、そこまで言い繕われたら、呆れも感じないさね。そこら辺、正純。三征西班牙の本音はどう思う?』

『Jud.本音としては聖連の主力属国として武蔵と敵対しているという意思表明をし、後のヴェストファーレン条約での交渉権を得る事。次に単純に武蔵の情報を得る事。ただでさえ、表には出てなくて、しかも、どこかの馬鹿は禁欲をかまして能力の詳細が解ってないとかいうのもあるからな』

『誰だろうなその馬鹿は。ちなみに俺は知らねえぜ』

そのどこかの馬鹿の呟きに、恐らく全員が苦笑し、続きを促させる。
恐らく、ナルゼ君はネームを進めているだろうし。

『───最後は、こちらにこう伝えたいのだろう。今は戦争中だぞ、と。武蔵は狙われる立場にあるのだと。覚悟をしていた人達もいるとは思うが、やはり、予想と実際は違うからな。これからの反応が怖い所だな』

そこから先は僕の役割なので、間を挟ませてもらった。

「ベルトーニ君。その辺りは……」

『ああ。現在武蔵に乗船している住民には、"今後、武蔵内部で不慮の死に見舞われたとしても、自己責任としてもらう"という捺印をしてもらっている』

『でも、どうせトーリの馬鹿が何か言っただろ?』

『ああ、一言だけな───"あんまし良くねえな"とな』

ふぅ、と息を吐く音がベルトーニ君の表示枠から聞こえてきた。
その事に、こっちも同じ種類の息を吐いて合わせた。

『万が一の場合は三か月の補償金と話を聞く事を約束された───相変わらず無駄な仕事が好きな馬鹿だ』

『本当ですわね……』

皮肉な言い方に今度こそ全員が同意。
そうやって、嫌な風に言葉を吐くのが、ベルトーニ君流なのだろうと思いながら

「相手の数は二百人前後。皆も解っていると思うけど、この数じゃ、武蔵は落とせない。だから、これは一種の海賊行為みたいなもの。つまり、耐え凌げれば、それだけで僕らの勝利だ───一応聞いておくけど、武蔵の武を預かる副長としては何かある?」

『じゃあ、一言───俺達の馬鹿の方針は?』

『失わせない事、ですわ』

『じゃあ、解るな───例え、それが敵であろうと失わせんじゃねえ。その為に、ありとあらゆる手段を使って行け。そして、当たり前だが、絶対に自分達を失わせるなよ。出来なかったら、馬鹿相手に土下座な』

『Jud.!!』

『よっしゃ。じゃあ、勝っちまおうぜ』

気楽に言ってくれる、とネシンバラは苦笑し、報告を聞く。

「観測から報告きました───降下隊、来ます!」

『小生の記憶が間違いでは無かったら、武蔵の重力障壁範囲は数百メートルくらいありませんでしたか?どうやって飛び越えるつもりです?』

『重力障壁をぶった斬るんじゃね?』

「皆が君みたいに馬鹿みたいに斬るのに特化してるわけじゃないんだよ。それ以外にも方法があるんだよ」

『そんな褒めんなよ』

己……! と叫びたくなるが我慢する。
本当はしたいのだが、そんな事をしていて武蔵がやばい事になったら、洒落にならない。
この戦場が終わった時に、絶対に浅間君に頼んで成敗してもらおうと心に誓いつつ、表示枠を操作する。

「相手は壇ノ浦を持つ三征西班牙だ……八艘飛びなんていう夢みたいな技術を使ってくるよ!」








『さあて、行くわよ陸上部。普段の練習の成果を武蔵相手に見せてあげましょ!』

「Tes.!!」

三征西班牙の指揮艦の甲板後部に八つのレーンがある。
当然、そこに並び立つのは走者である。
脚は加速の為。
肺は体を動かす為。
筋肉は力を起こす為。
目は走る方向を見る為。
意志は前を見る為。
ただ、脳だけは加速に入る為、余計な思考を一切排除している。
陸上選手として、彼らはそのレーンに手足を着いている。

「On your mark───!」

しかし、陸上選手としては両手には不必要なものを持っている。
跳躍用重量物としての砲弾や投げ槍。
そして、彼ら走者はレーンに立ち、すると同時にレーンが弓のように引かれ、力を蓄える。
その光景に、武蔵学生はマジで!? マジで飛んじゃうの!? という顔になって各々ポーズを取って、指をそっちに向ける。
レーンが引かれる中で、房栄を含む、三征西班牙学生達全員が笑顔で親指を立てることによって返答する。
その後に、武蔵学生は両手をほっぺに付け、そして、出来る限り頬を萎ませるという絶望表現を三征西班牙学生達に見せつけた。
三征西班牙学生は全員親指を上から下に向けて、返答とし、そしれレーンが完璧に引き絞られた。

「───mark!!」

そして女生徒が長銃を空に向けて、構え

「───Get set!」

そして、レーンに乗っていた学生達は身をかがめ、自分の体が加速をしやすい、クラウチングスタートの構えを取り、そして轟音と共に───駆けた。
轟音は二つ。
合図となる長銃の音と、引かれたレーンの勢いが弾け、カタパルトになった音。
それらの光景を見た、武蔵学生の一人が思わず叫んだ。

「来るぞ! 相手は三征西班牙陸上部、幅跳び部隊だ! 気をつけろ! ───奴らノリノリだぞ!」

その一言に思わず、長銃を構えていた女生徒が叫び返した。

「当たり前でしょ! 私達、陸上部が走るのにノリノリにならないで、何が走者よ!」

言葉と同時に飛んだ。









幅跳び部隊が飛び立つ光景を武蔵特務クラスも自分の目で見たり、表示枠越しに見たりの違いはあったが、誰もが流石に驚いた。

『うわぁーー! すごっ! あれ、どれだけの飛距離があるか解る人はいないかな!?』

『計算出たよ! 大体、あれ八百メートルを超えているみたいだよ! ちなみに熱田君とミトツダイラ君はあれくらい行けるかい?』

『無理無理無理! 俺でも大体二、三百くらいしか無理だぜ! 俺だって限界ってもんがあんだよ!』

『そうですわよ! 私も頑張って、それくらいが限度ですわ!』

『……ミトツダイラは半人狼だからともかく、仮にも人体の構造としては普通の人間であるシュウが術式無しにそれだけ飛ぶのは拙僧、おかしいと思うのだが』

『んー。でも、ウッキー。ミトッツァンも術式無しで、しかもシュウやんは一応、流体で肉体を強化しているけど、ミトッツァンはそんなの使ってないから、同レベルだとナイちゃん思うよ』

『つまり、単純に言えば二人とも人外ね』

『お前らーー! それが味方に言う台詞かーーー!!』

『同感ですのよーーーー!!』

その会話を見た学生隊はお蔭で、肩から力を無理矢理抜く結果になり、緊張から少しだけ解放された。
それに自分達で、自分の行動を本気で呆れながら武器を構え直す。

「お前ら! 術式は大事に使えよ───俺は死んでもあの全裸総長に頼むなぞ御免だぞ」

「非常に説得力があるぜ……!」

うむ、と全員でマジ顔になって頷き合いながら、飛んでくる相手に視線を再び向けようとする。
そして実際に撃とうとした瞬間。

『対空攻撃待て!』

全員がその声に反応して術式を止める。
何故だ、と言う声に反応した誰かが声を上げる。

「武蔵内部に運ばれていない大型貨物だ! 下から撃ったら、思いっきり当てちまうんだよ!」

「中身は何だ!?」

「食糧だ!」

その単語に全員が一瞬沈黙して、何となく表示枠を見た。

『おいおいオメェらー。それ、壊すとネイトが怒るぞーー? 怒っちまうぞーー? ネイトは肉好きだから、肉を潰したら怖いぞーー?』

『ひ、否定はしませんけど、こんな状況でそんな事はしませんわ! ───そういうのは後でですわ!』

『最近の女連中は何故こんなにも恐ろしくなっているので御座るか……』

『真面目な話しますけど、それらを失うと第五特務もそうですが、武蔵のこれからの食事情が混乱してしまうので、やっぱり守らないといけません! ───だから、書記! 後は任せますよ!』

『投げたね? 全部こっちに投げたねバルフェッド君? パス練習をしていたはずなのに、何故か千本ノックに何時の間にか切り替えられた気分だよ!』

『いいから何とかしなよコラ』

全員が冷や汗をかいて、冷静に狙わなければという思考に至った。
そう思っているうちに、幅跳び部隊が既に大型貨物の上に到達しようとしていた。
そして、よく見れば両肩のハードポイントに何かを装備している事を発見した。
何だと、思考する前にそれが落ちてきた。

「気をつけろ! あれは投下弾だこんちくしょう!」

『弾頭に迎撃開始ーー!』

学生と書記の声が重なり、そして迎撃を開始する。
対空用の術式には被追尾性を敵に与えてから迎撃するもので、迎撃としては高性能の能力を持っている術式なのだが

「横を忘れるなよ……!」

すると、今度は左舷側から強烈な音と鋭い声と共に破壊の音が響き渡った。
ワイバーン級3艦が左舷側に浮いており、その中央の艦には二人の男女がグローブをつけ、帽子を被っていた。
その姿を見たものは息を呑んで語った。

「あれは"四死球"バルデス兄弟! 何て、恐ろしい秘密兵器を出してきたのだ三征西班牙……!」

「うわー。兄貴、聞いた? 秘密兵器だって。私ら人気になったものだねー。去年はベストエイトで終わったっていうのに」

ああ……と神妙そうに頷く両軍。
そこで、何故三征西班牙の学生までもが、頷くのだと眉を顰めたら

「兄が最初に四球投げたら、全部が全部、打者の鳩尾に吸い込まれて、一点入り、それを笑った妹が兄と交代をして、投げたと思ったら、それは全部打者の股間に放たれて、全員が保健室送り。そこで相手に四点追加だったが、選手が既に八人いなくなって試合終了───お前ら、ルールって言葉と概念、知ってるか?」

「ち、違う! 別に打者相手に狙って投げたんじゃなくて、単にボールが友達を求めて違う玉に向かっただけだからね! そもそも、最初に兄貴が余計なアホシーンを見せたせいで、頭にイメージがこびりついたんだよ!」

「妹よ。兄はお前と違って、ちゃんとルールに従ってボールを投げた」

「……兄貴のルールって何?」

「ああ───つまり、兄が思うがままに投げるという事だ」

「お前、常識を学べよ!!」

両方の学生から叫ばれて、妹の方は全くだ、と頷いた。
しかし、そこで会話の流れを断ち切るように構えを取った。
野球部が構えを取るときに、どんな構えを取るかは四択だ。
ボールを取るのか、ボールを打つのか、走るのか───投げるかだ。












妹の姿勢は右からのアンダースロー。
兄の姿勢は左からのオーバースロー。
余りにも、逆な姿勢から放たれようとしている鉄球。
だが、その前に彼らは祈るような仕草をした。

「───我らが豊後水軍、渡辺家より航海の聖者セント・エルモに祈りを捧げます」

祈りは声に、声は力に、とでも言いたげな態度と姿勢に力が籠る。
振りかぶるのである。
彼等の腰からは聖術符の発動によって光の霧が生み出されており、一種の幻を見ているかのように錯覚する。

「───走徒(マウス)"導きの焔(エル・フエゴ)"迎受」

瞬間、彼らの間に青白い炎が浮き上がり、投げる方の手や足腰に十字型の紋章が浮かび上がり

「風は背に、見るべきは前に、力は肩に、意志は胸に、たとえ天に光無くとも、我らの力を思い起こさせ闇の中で照らし賜えよ聖なる炎」

祝詞が完成された。
選手としての、勝利の祈りは済まされた。
後は投げるだけ。
振りかぶるその姿勢は、敵味方問わずに感嘆の溜息を吐かれ。
投げた。












「燃えろ魔球……!」


剛速球となった鉄球は確かにえげつない勢いと力を込められているのが素人目でも解る。
故に、直撃を受ければ背後の町が粉砕されるというのが理解できたが故に、あえて鉄球の前に躍り出る学生達。
十人の学生が集まり、術式防盾を構える。
甘く見積もって、6。
厳しく見積もって8つは抜かれると考えての防御。
だが、相手は特務クラスである。故に万全の防御に見えても、突破してくる可能性の方が高い。
故に

「防盾を傾斜させろ! 垂直だと付き抜かれる可能性が高いぞ!」

言葉通りにした。
そして、一瞬の衝撃が腕を通して、体に伝わる。
そのはずだった。

「……?」

その一瞬は何も感じなかった。
外したか、もしくは目測を誤ったかと一瞬考えたが、それは甘い思考だと誰もがそう判断したし、自分達がそこまで凡ミスを、それも10人揃ってするはずがないと判断できた。
では、ボールはどこにという考えは背後から聞こえた。
背後の町が破壊されたのだ。

「……!」

馬鹿なという言葉が脳内に浮かび上がると同時にバルデス妹の声が、その場に響き渡った。

「ストライク……!」











背後の町の破壊された光景を見て、やはり、鉄球が町を破壊したという事実を受け入れなければならない。
言うなれば

「消える魔球って……何だその夢みたいな必殺技は……!」

正しく魔球だという事を全員が認識すると同時に思い出すのは、自分達の副長の技である。
あれも、確かに消える技ではあるが、しかし、剣神は術式を使えない。
己の流体を全て、自信の強化に注ぎ込んでいるからである。
つまり、あれは純粋な体術であるという事だ。
こちらは術式により発生されたものである。
どちらの方が厄介かというのは、どちらの技も解明できていない故に、何も言えないのだが、ようはどちらも困難であるという答えが出てしまうのである。
だから、こんな世界につい

「……ハッ」

笑ってしまうのは許してもらいたいものだと学生達は思うが、現実は残念ながら刹那の連続である。
上空からの攻撃による投下弾から、中身が零れ落ちる。
内容は反射の勢いで誰かが叫ぶ。

「燃焼系の術式符だ!」

全員が、即座に計算をし、間に合わない事を察して、体の反射と言う反応に身を任せる。
爆破が来るのだ。
そして、それは一瞬の間を得て、来た。
熱風はそれ自体で凶器と変わる。それを誤って吸えば、間違いなく肺や喉が焼けてしまう。故に息は止め、目を瞑る事によって、熱風を防ぐ。
そして、脳内思考ではこの状態を危険と判断する。
こんな状態で、どうやって、敵と戦えと言う。
余りにも無防備過ぎる状態だ。狙ってくださいと言う格好が今の自分達の姿だとはっきり言える。

「や、やべぇ……! お、俺、戦場で土下座なんて初めてやっちまったぜ……!」

「ば、馬鹿やろう! 情けなくなるから言うんじゃねえ!」

「とか言いつつ、あんたの土下座が一番……!」

皆で内燃排気を無駄にしてのボケをかましながら、この状況をどうする!? と内心で叫んでいると

「───会いました!」

澄んだ声と共に、一つの轟音が炎を払った。
勿論、祓ったのは音ではない。
水だ。
何故そんなものがと思うが、今は自分達が普通に息をすることが出来るようになったという事に感謝の念を感じる。
故に彼らは叫んだ。

「流石は我らの最終巫女型決戦兵器……!」











「だ、誰が最終巫女型決戦兵器ですか!?」

不名誉な渾名に思わず叫びながらだが、手を動かす事は止めない。
狙うは大型木箱(コンテナ)に詰められている水である。
それにより、町の鎮火をする事によって、巫女として出来る限りのことをするのが、自分の仕事である。

……何故か、私が出るって言ったら、皆がまるで畏怖するかのように私を見ていたことが気になるんですが……

何故自分はそんな誤解を受けるようになってしまったのか。
少々、問い質したい気分だが、そんな場合ではないのは知っているので、内心に封じ込めながら、次の弓を構えていると、自分を捉えたのか。
三征西班牙の学生が全員、何故か血走った顔でこちらを見ながら

「ひぃ……! あ、あれは、噂の武蔵の股間破壊巫女!」

浅間はその台詞に笑みを込めて、弓を手放した。













「書記! 大型木箱を宙に回していた輸送牽引帯を全て切除できました!」

学生の一人から、その報告を聞きながら、ネシンバラは礼を言って、戦況を見渡した。
さっきまで、あれだけ普通の姿を見せていた、武蔵は今や、破壊と煙の町に変わっている。
その能動さに、ネシンバラは忘れないという考えを、脳に留めながら、期待を発する。
軍師である自分は動けないし、そもそも、自分の力は集団性では対応が難しい。
相対ならばともかく、乱戦では普通に特務クラス達に任せた方が安全である。
それを悔しいなどとは思わないし、力が足りないとも思わない。
自分だけで何とか出来るだなんて自惚れを持つ気なんて更々ない。
僕には僕に出来る事はあるし、彼らには彼らの出来る事がある。要は役割分担である。当たり前の常識である。
そして、武蔵はその役割分担という概念が他の国よりも強い。
何せ、トップが無能で芸人で馬鹿である。
そうなると、当然、周りがその馬鹿の代わりに自分達の役割と言うのを自覚して動かなければいけないのである。
一番顕著なのが、馬鹿副長で、次が狂人姉君かもしれない。
自分達が、馬鹿の代わりに何をすればいいのかという事をしっかりと理解した上であんまり迷わない。
葵姉君の方はともかく、熱田君の方に付いてはホモかと疑ってしまう時が大半なのだが

「今は君達に期待させてもらうよ」

そう

「誰が物語の主役か、教えに行ってくれ」

太縄を伝って戦いに行く学生達を見て、それを期待した。














「何とか、反撃に移す事は出来たみたいだけど……」

正直、やはり奇襲されたのは武蔵には痛い事だとマルゴットは空を飛びながら思った。
そもそもが、武に関してだけで言えば、個々の力を除けば、ほとんどの国に劣ってしまうのが武蔵であり、極東である。
特に酷いのが武器と経験。
武器は制限されており、経験に付いては年齢通りでしかない。
いやいやいや、若さは力だというパワーは勿論、あるんだよ。
年寄りに負けてやるものかと言う意時は当然あるし、そうじゃなくても負けたくないなーと言う思いはあるけど、やはり、年を重ねているというのはそれだけで知識となっているものである。

「まぁ、逆にその知識を裏切ることが出来れば予想外を狙うっていう事が出来るんだけどね……」

とりあえず、今は自分の仕事である。
ネシンバラに注文された仕事は一つ。
相手の指揮官の艦橋に傷をつけるという事。
すなわち、私達は何時でもそっちを狙い撃つことが出来るんだぞと言う証明をしろという事である。

魔女(テクノへクセン)にはぴったしの役割だね……!」

魔女とは昔から災厄を運ぶ者とされている。
なら、これは自分の役割だろうと思う。
ガっちゃんは、前の出撃で白嬢(ヴァイス・フローレン)を大破させている。
だから、今は

ナイちゃんだけでも、生還できるっていう、安心感をガっちゃんに与える!

二人でいる事は至上だけど、甘えるのはよくない。
馴れ合いたいのではない。一緒にいたいのである。
それを目的とした魔女の飛翔。
そして、ここで戦端を終わらせる切欠を作るのだ。
腰の携帯金庫から、棒金を即座に黒嬢(シュバルツ・フローレン)に入れ、普段使い慣れている砲撃術式を展開させる。
使う棒は百円棒五本。
二万五千円分の価値を持った棒金を

「Herrlich!」

艦橋部に目がけて発射した。
当たると、自然に思えた。

「おい、隆包。お前のだけで十分じゃないか?」

「そう言って、物臭すんなよべラのおっさん。ちゃんとしなきゃ、俺が房栄に怒られる」

二つの声が、何故か響き渡った。
そして、放たれた棒金は、威を発すどころか、コン、と小さい音を響かせるだけであった。

……え?

何が起きたのか理解できなかった、マルゴットの意志は自然とさっき聞こえた声の方に傾いた。
目線の先は艦橋の上。
無精髭が生えた痩躯の長寿族と思われる男。

「───三征西班牙生徒会書記、ベラスケス!?」

しかし、それだけではない。
声はもう一つ聞こえたのである。
もう一人は甲板の上に立っているバットらしき武装を持って、しかし、足が透けている霊体の男。

「三征西班牙総長連合副長、弘中隆包……」

最悪の組み合わせである。
自分は第五特務ではあるが、相手は自分よりも上の役職な上に、二人である。
流石に、自分一人で役職者二人を相手に出来るとは思えないし、思わない。
そんな無茶は、それこそ副長クラスの仕事である。
あのヤンキーなら、逆に喜んで、この死地を迎えただろう。ヒャッハーっと叫んでいる馬鹿の姿を一瞬で脳裏に浮かべてしまい、危うく飛行術式の制御を怠る所だった。
とりあえず───今は引くべきだと即座に反転しようとする。
バラやんには悪いけど、この場で自分一人で戦って、勝てるどころか足止め出来るとは思ってもいない。
だが、そこを見破られたか

「おいおい墜天の嬢ちゃん。せっかく、来たんだから、俺達の力を見て行けよ」

「俺達の力じゃなくて、これの力だろうが隆包」

その言葉が指し示すものを見た瞬間、マルゴットは息を呑んだ。
流体光を発する羽のような大剣。
それは

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)!?」

「おうよ。その聖譜顕装の一つの身堅き節制(クルース・テンペランティア)旧代(ノウム)新代(ウェトゥス)よ」

何て無茶を……! と本気で思う。
聖譜顕装の力は確かに凄い。
しかし、それは大罪武装とは違い、自国でしか使えないという弱点がある。
何事も、万能とはいかないという事である。
大罪武装は、威力は強力だが、使うには大量の流体がいるし、うちの副長も弱点がなさそうに見えて、まず術式が使えないというのがあるし、それと戦法のせいで遠距離には超弱いというのがある。
実際、前に訓練で遠距離の時用の訓練をしていたのだが、面白いくらい相手はシュウやんは何も出来なかった。
最終的には、浅間と一緒に頭を五点、胴体を三点、手足を一点、股間を十点で競い合ったものである。
ナイちゃんもやりたがっていたが、誘導術式が上手いナイちゃんではフェアにならないのを解ってくれていたので、ナイちゃんは笑ってデッサンをするだけに止まってくれた。
最後は浅間が股間を三連発で当ててしまったので負けた。
あそこで、まさか巨乳目がけて突っ込んでくるとは思っていなかったので、動揺したのが悪かったと、反省している。
とりあえず、現実逃避はしたが不味い。

確か、身堅き節制の旧代と新代の力は……!

そこで隆包が口を開けた。

「俺の旧代の力はかなりシンプルだぜ───相手の体感時間を倍に引き延ばす。時は金なりを体現した聖譜顕装だろう?」

続いて、ベラスケスが

「俺のも簡単だ。相手側の能力を使用回数分だけ、減衰させる」

まぁ、何だ。

「節制しろよ極東人。お前ら、そういうの得意だろ?」

瞬間、こちらは全員節制された。
節制が及ぶのは攻撃だけではない。
防御も、速度も、力も、何もかもが節制された。それは、自分だけではなく眼下に見える牽引帯の学生にも及び、そして

「……あ!」

自分のはばたきと速度も減衰された。
不味い、と思う。
自分の空戦技能は速度があっての技である。術式自体は使えると言っても、それも減衰される。
そこで、視界に自分を狙う砲撃の打者の姿が見える。

「くっ……!」

避けれないという事を理解できたので、防御の術式陣を出す。
しかし、そこでベラスケスの減衰と隆包の減衰が両方かかっているせいで、自分の視点からしたら、自分の速度は何時も通りなのだが、自分の体感時間は倍に引き延ばされている。
故に、相手の動きはまるで加速術式を使っているかのように速い。
これでは、間に合わない、と頭の中で思考を引き延ばされた時間で思ってしまい

「なら、元々十トン級の武神ならどうさね!?」

上から鋼の力が落ちてきた。









「来てくれたのマサやん!」

「Jud.ネシンバラにも頼まれていてね。第六特務、直政と、それに地摺朱雀が力を振るうには十分の戦場だからね!」

とは言っても、厄介な戦場である。
何やら、難しい言葉で言っているが、要はこっちは遅くなり、攻撃、防御、速度は減衰されるというこちらにマイナスしかない戦場であるという事だ。
重力航行するまで、まだもう少しかかる。
ならば、そこは自分と地摺朱雀の出番である。
武神の腰のラッチに吊るされている武神用スパナの剛速球。
それを見ていた、野球部の隆包はひゅうと下手な口笛を吹いていたが、それは無視だ。

「くっ……」

やはり、遅い。
自分だけでなく、自分に付随されるもの全てに影響するらしい。
いや、遅いというよりは、相手が速く動いているように見えているせいで、遅いと対比しているだけである。
自分からしたら、自分の全能力は減衰されているとは知覚できない。
だが、それがどうした。

「武神の力ならやってやれない事はない……!」

投げた先はナイトが狙った場所。
つまりは艦橋である。
状況は変わったが、目的は変わっていないのである。
今でも、艦橋を傷つければ、目的は達成できるのである。
ナイトに関しても、失敗したという訳ではない。状況に、能力が合わなかっただけなのである。
故に自分だ。
武神使いの自分はナイトやナルゼみたいに術を使っての攻撃は出来ないし、点蔵みたいに器用さはない。
どちらかと言うと、自分の戦い方は馬鹿副長と同じである。
つまり、力づく。
単純故に裏切らないそれが、耐爆硝子を破壊するだろうと疑わなかった。
しかし、何も救いという概念は自分達だけにあるものではないのである。
突然、隆包の背後の艦橋が割れた。
そこから、押し上げられるかのように大型カタパルトが上ってくる。
この状況で、自分に対して来る相手で、大型カタパルトに乗る存在なぞ一つしかない。

「───武神か!」

それは、地摺朱雀と同じ女性型であり、しかし、朱雀とは違い白い武神であった。
特徴的なのは、その両肩が異様に肥大化している事。
その両肩に長寿族と思わしき、女がその両足を埋めるかのように立っている。
否、あれは埋めているのではなく、両足がそもそもがないのだと考え直す。
霊体の証拠である。
それに武神。
それならば、三征西班牙で該当するのは一人しか知らない。

三征西班牙総長連合所属、第二特務、江良・房栄とその武神の道征き白虎かい……!?

最悪の展開である。
こちらはただでさえ、ありとあらゆる力が減衰されているのである。
それなのに、総長連合所属の武神とやりあうなんて洒落にもなっていない。
それに、こちらはただでさえ暫定支配を受けている極東。
武器はおろか、術式、そして武神ですらその抑制は響いている。
出力では負けていると思ってかかった方がいい。
本来ならば、せめて、聖譜顕装から離れて戦う方が賢明であるというのは解っているのだが

ここを任せられているんだよ……!

武神を相手にするには生半可の実力では不可能である。
やるならば、最低限、人海戦術を用いるか、もしくは英雄クラスの実力者を当てるか、武神をぶつけるかの三択である。
無論、余程良い作戦を使えば、武神を突破する事も出来るかもしれないが、この場では、そんなのはナンセンスだと思えたし、自分の頭はそういう風な思考は向かないと理解している。
ただ、だからこそ、自分はここでは引けないのである。
どの戦術も残念ながら、人も術式も能力も足りていない。
自惚れ判断なしに、この場では自分しかいない。
やるしかないという判断のもとに、地摺朱雀を構えさせる。
その構えに、何を思ったのか、長寿族の女はこちらに口を微笑の形に歪めさせた表情を見せ、直ぐに真顔に戻り

「───道征き白虎! ───Go!」

「結べ───蜻蛉切り!」

同時に響いた声が、甲高い音を創造した。










「二代かい!?」

起きた結果と声からきてくれた援軍が自分達の副長補佐であることに気付き、素直にほっとした。
敵の方を見ると、さっきまで加速していた姿はない。
聖譜顕装の効果が蜻蛉切りの割断能力で割断されたからだ。
三河の時も思ってはいたのだが、本当に心強い武装と存在である。

……有難い……!

だが、そこまで思ってふと思った。
副長補佐が来ているのに、副長が来ていないというのだろうか、と。
答えは耳に聞こえる摩訶不思議すぎる歌であった。

「感ーーーじたいーーーー! あの日感じたーーーーオパーイーーーー!! もう一度、あの感触ーー! 味わいたーーーーい、もと強くヘーーーーーーーーイ!!!!」









ふぅ、という溜息以外が全て沈黙に変わった。
敵味方問わず、全員が真顔で動きを止めた。
そんな中で、一人、何時の間にかふと縄に立っている少年───熱田・シュウが剣の柄尻をマイクに見立てて、立っており、その表情は何故かやり遂げたという表情であり、そして

「さぁて、斬るか」

「───お前ら! こんな馬鹿副長と全裸総長で世界征服をするだと!? ───世界を地獄に変えるつもりか!!?」

「ご、ごめんなさい……!」

三征西班牙学生全員からの叫びに、武蔵学生は全員で本気の謝罪を返すしか出来なかった。
そこを見ていた、熱田がおいおいと呼び止めた。

「何を言ってんだよ馬鹿ども。確かにトーリの馬鹿に付き従う立ち位置にいるのは馬鹿らしいともうのは仕方がねぇが、俺は素晴らしい上司だろうが。じゃなきゃ、斬るからな」

「きょ、恐喝しにきやがったぞ……!」

全員が嫌な汗を流すのを止められなかった。
その中で、急に熱田の近くに表示枠が現れた。

「ん? おぅ、どうした智。そんないやらしい胸をして? 揉んで欲しいのか? え? それ以上キチガイ発言をしていたら射ちます? おいおいおい、今は戦場だぜ? そんなふざけた事をしている場合じゃねーだろうが。もっと、真面目になれよ智」

「お前が一番不真面目なんだよ馬鹿野郎!」

全員のツッコミを熱田は謎のポージングをする事によって回避した。
そこで、ようやく剣を肩に乗せて、視線を戦場にいる者───隆包の方に視線を向けた。

「おう、お前が三征西班牙の副長、弘中・隆包でいいのか?」

「おうよ。俺みたいな地味な選手がお前みたいな有名な剣神に覚えられていて光栄だぜ」

「ほぅ、まだ一戦しかしていないのに、俺の知名度は一気に変わったようだな」

「他は知らねえが、こっちじゃ有名だぜ? うちの西国無双を打倒した剣神とその剣、八俣ノ鉞(やまたのまさかり)ってな」

「……あ?」

全く聞き覚えがない名前に熱田は本気で訳が解らないという反応をして、一歩前にである。
そして、そのまま顎の動きで、続きを促させた。
続きを促させられた隆包の方も、苦笑しつつである。

「大したことはねえよ。お前が、その剣は自分の大罪だとか抜かすじゃねえか。だから、こっちでは名無しでは面倒だから、そこから取って八俣ノ鉞だ」

「……あーあー成程成程」

そういう事かと頷く熱田に、苦笑を取りつつ、距離を測る隆包。

「八俣はつまり、八岐。八岐大蛇をお前の熱田神社のスサノオ信仰から、取ったお前の罪を現したものとし、鉞は罪人の首をはね、王権の象徴とされる物。そして、お前が剣を振るう理由が(それ)。だから、八俣ノ鉞───つまりは、お前は罪と言う名の王権を現す剣を振るう処刑人って事だ」

「……別に処刑人になったつもりはねーんだけどよぉ……」

溜息を吐きながら、しかし、答えは理解している。
単純な皮肉だろう。
失わせないという信念の元で戦っている自分に処刑人という真逆の名称を与えるという皮肉。
嫌われてやがると思うが、まぁ、三征西班牙からしたら自分の西国無双を倒した憎い奴だから仕方がないと言えば、仕方がない事である。

「……まぁ、変な名前じゃないから、今後使わせてもらうかね」

人生憎んで、憎まれるが当たり前の真理なのであると心の中で深く頷きながら、体を何時でも動かせるように体から力を抜く。
相手もそれに対応して、帽子を深く被り直してから、バットをバント姿勢で構えている。
笑顔は苦笑と疲れたような顔だったそれから、一気に獰猛な笑顔に切り替わる。
周りも、それを察知して両方が副長から離れる。
特に熱田からは離れなければ巻き込まれるというのは、皆が周知の事実である。
ちなみに本人は敵味方関係なしにぶった斬る気満々である。

「───お前とは一戦やり合いたかったんだよ弘中・隆包。副長の癖に、戦術は防御に徹した攻撃特化の副長とは逆の在り方で戦う強打者(スラッガー)───俺の攻撃がどれくらいのレベルかを世界に示せるチャンスじゃねえかよ」

「抜かせよ小僧。こちとら、年長者だぜ? 敬えよ。と言いたいところだが、その点は同感だ。俺の地味な戦法がどのくらいお前に通じるかどうかは個人的に試してぇ」

「それは光栄だぜ」


言った瞬間に熱田は知覚外に消えた。









 
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