渦巻く滄海 紅き空 【下】
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七十七 新生“暁”
前書き
ナルトの空白の二年間の成果。
『よろしいのですか?』
【念華微笑】の術。
遠く離れた相手とも脳内で会話できる術で、カブトは脳裏に響くナルトの声に問うた。
『戦力過多になりますよ』
「かまわないさ」
カブトの問いに、ナルトはあっさり応えた。
「“暁”のお披露目といこう」
『しかし。あまりにも』
狼狽する。カブトの困惑を声音から感じ取っているだろうに、ナルトの返答は依然として感情の一切が窺えなかった。
それは故郷である里に対しても。
「平和ボケした木ノ葉にはいい薬だ」
ナルトとの対話を終え、【念華微笑】の術を解いたカブトはふう、と一息をついた。
しとしと、と細い糸を撒いたような雨が相変わらず降り続けている雨隠れの里。
『暁』のリーダーである長門の傍で、彼の身体を診ている医療忍者のカブトは常に雨で暗い里を眺めた。
窓から外を覗きながら、雨音に掻き消されるほどの小声を口にする。
【念華微笑】の術でナルトと最後に交わした言葉を、真意を交えてカブトは呟いた。
「本当に……──おそろしいほど優しいヒトですよ」
「“暁”のお披露目といこう」
穏やかでやわらかな声音で、冷酷に告げる。
突如現れた存在の発言を、自来也は愕然と聞いていた。
「忍びではない者…里人にとって、戦力はさほど問題ではない。数の多さが重要だ」
それはつまり。数の暴力で圧倒するという意味。
即ち、木ノ葉の里に『暁』という犯罪者どもを導入させると、この青年は言っているのだ。
「圧倒的な力の前ではひれ伏すも同然。だが結局のところ、数の暴力のほうが絶望感も高い」
宣戦布告も同然だった。
息を呑んだ自来也は殺気を放つ。しかしその殺気を青年は柳に風とばかりに受け流した。
それだけで実力の高さが窺える。
「平和ボケした木ノ葉にはいい薬だ」
限界だった。
得体の知れない青年の正体を知る為に大人しく言動を窺っていたが、その一言で自来也は頭に血が上った。
地を蹴り、その青年へ攻撃しようとした自来也の背後で、大蛇丸の焦った声が響いた。
「やめなさい、自来也ッ!死にたいの!?」
大蛇丸の制止の声を振り切って、自来也は【螺旋丸】を放つ。
しかしながら渾身のその一撃はあっさり受け止められた。
他でもない、目の前の得体の知れない青年によって。
(ば、馬鹿な…!?)
大木も大岩でさえ砕き、粉砕する攻撃力のある【螺旋丸】。
それをこうもあっさり受け止めた目の前の青年は何者か。
間近で見た吸い込まれそうな瞳の蒼に、一瞬、呆けてしまう。
すぐさまハッ、と我に返った自来也は、弾かれるように青年から離れた。
隣に戻ってきた自来也を、怖いもの知らずを見るような、それでいて青褪めた顔で大蛇丸が非難する。
「自来也、貴方…死にたくないなら大人しくしてなさい」
あのペインでさえ臆さずに相手をして、追っ手が来ていないか確認する余裕すら見せていた大蛇丸が、今は余裕をかなぐり捨てている。
その焦りと怯えように自来也は心底驚いた。
(こんな大蛇丸は初めて見た…それほどの相手なのか)
「神サマ…?」
不意に、震えるような困惑と期待に満ちた声音が、緊張感の張り詰めた空間の空気を揺るがした。
高まる警戒を緩められ、大蛇丸が非難の眼を自来也から移行させる。
だがその視線すら気づかない様子で、唇を戦慄かせて彼女の眼は青年に釘付けだった。
「神サマ、だよな…!?」
その視線を受けたナルトは困惑げな顔で、蒼い瞳を瞬かせる。朱色の髪の少女が歓喜の眼で此方を見上げていた。
(…誰だ?)
「オレ…!貴方に助けられて…!だからずっと捜していたんだ…!」
ジャングルの奥地。
そこで原因不明の病にかかってしまい、村人達に隔離され、この世の全てを恨み、憎んでいた。
そこにつけこまれ、神農に利用されていたアマルは、原因不明の病を治し、更にはその憎しみから解き放ってくれた救世主をずっと追い求めていた。
即ち、ナルトを。
だがナルト自身はアマルを憶えていない。
先日ようやくカブトから彼女の名を知らされたばかりだ。
改めてアマルを見る。
カブトから頂いた情報から照らし合わせて考えると、三代目火影との戦闘で負傷した腕を治してもらう為、大蛇丸が綱手との交渉を望んでいた際、既にその綱手と行動を共にしていたようだ。
一方で五代目火影に就任してもらう為、綱手を捜索していた波風ナルとも顔見知りだったようだが、結局、大蛇丸の甘言に乗ってカブトの下についたそうだ。
カブト曰く、アマルはその頃からナルトを捜しているような素振りを見せていたらしい。
つまり、アマルがナルトに助けられたという時期は、それ以前の出来事ということになる。
ならば、アマルと何処でナルトが出会ったかは、それなりに絞られる。
今一度、彼女の容姿を確認する。赤い髪によく映える紫紺のバンダナ。
そして印象的なのは、左目の下にある泣き黒子。
その黒子を何処かで見た気がした。記憶を辿る。
そうして思い出した。
「ああ…そういえば神農の…」
ナルトの一言に逸早く反応したのは、意外にも大蛇丸のほうだった。
何故なら、三代目火影との戦闘で負った両腕を治す医療スペシャリストのひとりとして名前が挙がっていた相手なのだから。
「…どういうこと…?何故貴方がその名を、」
世界を渡り歩く医者として名を馳せていた神農。
腕が立つ医者である一方、その正体は世界征服を企んでいた空忍の長だ。
未だに消息不明となっている神農だが、その正体を後々知った大蛇丸は、戸惑い気味にナルトへ問いを投げた。
「彼は空忍をそれなりに集めていた集団だったはずよ」
「耳が早いな。だが古い情報だ」
結局世間に知らしめることもなく、ナルトに滅ぼされた忍びの集団だ。
世の中の誰にも知られず、ひっそりと世界征服を企み、その企みをあっさり崩された神農の末路を思い出しながら、ナルトは大蛇丸に「簡単な話だ」と軽く肩を竦めた。
「目障りだったから消した。それだけだよ」
大蛇丸が息を呑む音を、自来也は隣で聞いた。
大蛇丸の話から察するに、それなりに腕の立つ忍びの集団を、目の前の青年はこの世から消し去ったというのか。
神農の名は、世界各地を旅していた自来也も聞いた覚えがある。
空忍を集めていた集団というのは初耳だが、消息不明になったのは知っていた。
だが消息を絶った時期はかなり昔。
つまりその時点で神農を始めとした空忍は消されたということだ。
末恐ろしいと今更ながら、自来也の背筋を冷たい汗がつたってゆく。
もっとも実際は、神農自身は【肉体活性の術】の反動で自滅し、老人と化しており、今も生き永らえているので、消したというのは語弊がある。
しかしながらナルトは嘘をついたわけではない。
ただ伝えなかったことがあるだけだ。
実際は消したのは記憶のみで、神農自身は老いた身体で村再興に貢献している。
己が空忍を率いていた過去も神農という名前だった事実も何もかもを忘れ、ただ自身が虐げてきた村人達の為に、今はその命を尽くして生き永らえている。
その真実を言わなかっただけだ。
嘘の中に真実を練り込ませ、あたかも本当のように見せかけるのが得意であるナルトは、こうしている今も何食わぬ顔で、その場の面々に視線を奔らせていた。
「神サマ…!オレ、ずっと貴方に会いたくて…!」
けれど自来也と大蛇丸の緊張を伴った対峙に反して、空気を読まずにアマルが呼ぶ声に、ナルトは眉間に皺を寄せた。
「悪いが、そう呼ぶのはやめてくれないか」
神自体が嫌いなナルトは、アマルの呼び方に眉を顰める。
彼女には悪いが、あの時は君麻呂のついででしかなかった。
急を要するから君麻呂より先に治療しただけに過ぎない。
だから彼女にこれほど感謝される意味がナルトには理解できなかった。
事実、命を救ったにもかかわらず。
故に、ナルトは改めて、己の名を名乗る。
その呼び名は、飛段からしゃっちゅう呼ばれる『邪神様』の呼び名と同等に、苦手なものだった。
だから改めて己の名を名乗る。
その名を耳にした途端、自来也の眼が驚愕で大きく見開いた。
「俺の名前は──うずまきナルトだ」
火の手が上がった。
それは木ノ葉の里の宿からでも十分に把握できた。
「おいおいおいおい…ッ、」
ここ数日泊まっている宿の二階で、外の喧騒に眉を顰める。
そっと窓から外を窺った水月はすぐさま、バッ、と身を潜めた。
壁際に背中を押しつけ、血の気が引いた青い顔で硬直する。
「冗談だろ…!?」
桃地再不斬と共に木ノ葉の里に潜入し、『根』に囚われていた実の兄である満月を無事取り戻した水月は、今日までずっと木ノ葉の里に潜伏していた。
何故なら満月はずっと水槽の中に閉じ込められていたので歩くのも儘ならぬほど衰弱し切っている。
そんな兄を連れ出すのは至難の業。
故に【変化の術】で名を変え、姿を変え、里中の宿を怪しまれないように満月と共に転々と泊まり歩いていたのである。
もっともずっと木ノ葉の里で秘かに身を潜めていた理由は、兄の体調を考慮してのこともあるが、ナルトの指示だったからだ。
こうなることを見越して自分を里に残しておいたのかと思い当って、水月は顔を歪めた。
ナルトの先見の明に対する畏怖と同時に、怒りを覚える。
こんな危機的状況をどう脱すればいいのか。現状をどう打破すればいいのか、と未だに身体を満足に動かせずに寝たきりである満月へチラリと視線を投げながら、水月は頭を抱えた。
どこからか悲鳴が聞こえてくる。戦と死の匂いを伴って黒衣が翻るのを、窓の端から覗き見た。
黒地に赤き雲。
『暁』の証だ。
突然のペインの襲撃に、驚きを隠せないまま、水月は宿の壁に張り付いて、対策を練ろうと試みた。
けれど思考はいたずらに回るばかりで一向に解決策を思いつけない。
(どうする…このままじゃ木ノ葉諸共、殺されてしまう…ッ)
水月も──兄の満月も。
せっかく取り戻した兄の命がこんな形で終わるなんて悪夢だとしても酷すぎる。
悪夢より最悪な現状に顔を引き攣らせていた水月は、やがてハッ、と思い出した。
飛びつくようにして焦燥と共にソレを取り出す。
満月を奪回した再不斬の水分身。それと別れる間際に渡された代物。
時が来れば知らせる、と告げた再不斬の水分身から投げて寄越された巻物の存在を、水月は思い出したのだ。
「こんな巻物ひとつでどーにかなるもんでもないだろーけど、」
藁にも縋る想いで水月は巻物を開く。
何等かのナルトからの指示が書かれてあるのかと考えていた水月の予想は外れた。
むしろ其処に描かれていた術式に青褪める。
「んな…ッ、ぎゃ、【逆口寄せの術】!?」
【逆口寄せ】とは口寄せ動物が契約者を逆に口寄せしたり、自分自身を対象のもとへ召喚する術だ。
それぐらいの知識、水月にもある。
問題はどんな得体の知れない存在が飛び出してくるのか。
ヒッ、と放り投げた巻物が床に落ちる。
其処から朦々と立ち込み始めた白煙を見て、水月は慌てて二階の窓から巻物を放り出した。
何が飛び出してくるかわからない危険な代物を宿の室内で呼び出すわけにはいかない。
地面にべしゃりと墜ちた巻物から次々と立ち上る白煙。
今まさにペインが口寄せした動物達に襲われていた木ノ葉の里人が、突然降って湧いた巻物を前に呆然と尻餅をついている。
急に現れた巻物から次々と白煙が立ち上り、やがて其処から声がした。
「──やっと出番か」
朦々と立ち上る白煙。
その中から煙に人影がおぼろげに浮かぶ。
「久しぶりに呼び出されたと思ったら戦場とは…」
「意外と人使いが荒い子だで」
「この展開を前以て伝えられていただろう。まったくもって末恐ろしい切れ者だよ」
「そう、その通り。そして本当の戦場にしないようにするのがワシらの役目だ」
「そーそー!あっしの一番の親友であるナーちゃんの期待に応えるっすよ!」
次から次へと、木ノ葉の里の者ではない誰かの声が、煙から聞こえてくる。
急に戦場と化した里で阿鼻叫喚となっているこの場で、更なる敵戦力か、と里人達を守ろうとしていた木ノ葉の忍びが警戒心を高めた。
「ユギトってば、あっしのナーちゃんの姿が見えないからって拗ねちゃダメっすよ~」
「な…っ、拗ねてなどいない!おまえこそ、彼に対して馴れ馴れしいぞ、フウ!誰がお前のだ!?」
「そうだぞ…あるじはオレ達皆の救世主だ」
「前から聞きたかったんだが…アイツを“あるじ”と呼んでいるのは何故なんだで?ウタカタ」
「…?救世主だと長いだろう?救世主を略して、そう呼んでいるだけだが…」
「ま、まぁワシらのリーダーであることは確かだろうな」
「最初はオレよりずっとチビでガキで弱そうに見えたが、な」
「……お前にだけは言われたくないと思うぞ、やぐら」
妻帯者であるにもかかわらず、子どものような風貌である童顔が、地団駄を踏む。
「オレは元四代目水影だし!実際偉かったし!!大人だしィ!!アイツに助けられるまで操られてたけどぉ!」
「と、ともかく此処木ノ葉でそう気軽に名前を呼んでは、小僧に迷惑がかかる。ウタカタを倣って“あるじ”と呼び方を統一させよう」
「えー!“ナーちゃん”じゃダメっすかぁ!?」
「「「「「それは断る」」」」」
ぶーっと唇を尖らせる褐色肌の少女をよそに、他の面々はやる気満々で、木ノ葉の里の地を踏みしめた。
「さて、じゃあ我ら『あるじ』の為に一働きするとしますか」
純白の衣を翻す。
しかしながらその裏地の黒には──。
「あ、あかつき…?」
裏地の黒に紅の雲。
『暁』の証である文様を眼にして怯える木ノ葉の里人に向かって、彼ら六人は応えた。
「「「「「「違うな、我らは──」」」」」」
ナルトの言う“暁”のお披露目。
かつての“暁”の在り方を取り戻す為に結成されたメンバー。
二尾の人柱力・二位ユギト。
三尾の人柱力・やぐら。
四尾の人柱力・老紫。
五尾の人柱力・ハン。
六尾の人柱力・ウタカタ。
七尾の人柱力・フウ。
うちはサスケが里抜けした後、波風ナルが自来也と共に修行していた二年間。
その空白の二年間でナルトが勧誘した面々が、彼と同じ羽織で行動を開始した。
後書き
空白の二年間とは、渦巻く滄海 紅き空【上】の最終話で軽く触れた内容です。
水月は満月助けてから木ノ葉潜伏。巻物は再不斬の水分身から渡されたものでした。
一応伏線張ってたので、読み返してくれるとわかりやすいかも…
忘れていた方、わかりにくくてごめんなさいm(__)m
どうぞこれからもどうぞよろしくお願いいたします!
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