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DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~ 

作者:山神
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信じる勇気

 
前書き
やることはいっぱいあるけどやる気にならない…… 

 
「タイム!!」

この日三度目となる明宝学園の伝令。これにより彼女たちは延長にならない限り、ベンチからの指示は伝達できなくなる。しかし、最終回である今はそんなことを考える必要はない。

「莉愛!!あんたが焦ってどうすんの!!」
「す!!すみません!!」

グラウンドの指揮官と呼ばれるキャッチャーを務める莉愛が冷静さを失っていては周りが正しい判断を下すことはできない。まだ一年生の彼女には酷な話だが、それだけ真田が期待していることも伺える。

「みんなも!!まだうちの攻撃は残ってるからね!!ここは絶対切り抜けるよ!!」

澪の言葉は力がこもっていたが、フィールドにいる選手たちの表情は暗い。それを見てか、澪は一度ベンチに視線を送った後、真田の頷きを見て話し始める。

「大丈夫、監督が対策を考え付いたらしいから」
















「ソフィア、狙っていいぞ」

一方その頃桜華学院のベンチでは、明宝学園のタイムを受けて戻ってきていたソフィアにカミューニがそんな言葉を伝えていた。

「マジマジ!?やったぁ!!」

それを聞いてソフィアは大盛り上がり。二試合連続での満塁ホームランとなれば話題性もある上に、目立ちたがり屋である彼女からすればこの上ないほどのチャンスだろう。

「打ち上げろよ?ゴロなんか打つ必要ねぇからな」
「おけまる!!頑張っちゃうよ!!」

長いタイムが終わり円陣が解けポジションへと戻る明宝ナイン。そして打席に向かうソフィアはバットをクルクルと回しながら、チャンスによるプレッシャーなど感じさせないほどの楽しげな雰囲気で打席へと向かう。

「いいの?ソフィアじゃ本気で狙いに行くよ?」
「あぁ、むしろその方がいい」
「??どういうこと?」

せっかくのノーアウト満塁のチャンス。ここで得点を上げることができればダメ押しとなるだけに桜華としても生かしたいところ。それなのに何の策もなくただ打たせる……しかも一発狙いを指示する意図がリュシーにはわからなかった。

「変に繋がせようとするとゴロになる。そうなると最悪ゲッツーの可能性が出てくるからな」
「あ……私が歩かされるってわけね」

明宝は当然前進守備を引いてくる。そこで内野ゴロを打とうものならホームゲッツーで得点も入らない上に一塁が空いてしまう。そこでリュシーを歩かされれば打力が下がる蜂谷に任せる展開。せっかくの得点機会を失うことになる。

「それに、フライを上げることはメリットが多くある」
「そうなの?」
「まずはよほどのことがない限りゲッツーにはならない。アウトカウントは増えるが満塁であることには変わらないから向こうにプレッシャーをかけ続けられる。
次は犠牲フライ。上がったところによっては点も入ってさらには一、三塁。どんな攻め方だってできるシチュエーションだぜ?」

結果が伴わなくても次に繋がるチャンスが残せる。それゆえの一発狙いの指示をしたカミューニ。その説明を受けてリュシーは納得と同時に彼の頭脳に脱帽した。

「じゃあ私も狙っていけばいいわけね」
「あぁ。お前ら三人で1点でも取ってくれればそれでいい」

最大で三度あるチャンス。それをものにできる桜華の打力トップの三人。その先陣を切るのはエースとしてチームを支えるソフィア。

「よーし!!それじゃあ……」

気合い十分のソフィア。打席に入った彼女は相手を見据えると、瑞姫の表情に違和感を覚える。

(あれ?なんかすごい気合い入ってない?)

不安に押し潰されそうになっていると思っていた相手が鋭い眼光でこちらを睨んでいる。

(面白いじゃん!!そうじゃなくっちゃ打ってもつまんないよね!!)

瑞姫の気合いに引っ張られるようにソフィアも集中力が増す。それを真っ先に感じ取ったのは彼女のすぐそばに座る莉愛だった。

(すごい気合い……でもやるべきことは決まってる)

ベンチに視線を送ると真田は自信満々の表情で頷く。それに莉愛も頷き返すとサインを送り、瑞姫は投球に入る。

「ん?振りかぶった」

ランナーがいるにも関わらずそれを気にする様子もなく、普段通りのゆったりとしたフォームで投球する瑞姫。その初球は外角低めへと決まるストレート。

(今のは振らなくて正解。打っても内野ゴロが関の山だからね)

力尽きたかと思われていたが今のボールには力があった。おまけにコースも完璧だったことでソフィアは手を出すこともできなかった。

(今のはさすがに無理。ホームランするなら高めだよね~)

カミューニから許可が出たことでホームラン一択のソフィア。彼女が狙うのは甘く入ってくる失投。そしてそのボールは二球目に投じられた。

(キターッ!!)

真ん中付近へのストレート。勝利を確信した彼女はフルスイングでそれを捉える。

カンッ

「ファールボール!!」
「え?」

捉えたと思ったはずのストレート。それなのに打球はバックネットへと突き刺さりファール判定。新しいボールを受け取りそれを投げ渡す莉愛の横でソフィアは打球の方向を見つめて固まっていた。

「君?」
「あ……すみません」

いつまでもバックネットから視線を戻さないソフィアに球審から注意が入る。それを受けてようやく向き直ったソフィアだったが、明らかに集中力を欠いている。

「またか?あいつ」

挫折を味わったことがない彼女は自身の思い通りにいかなかったことがない。しかしこの試合では打たれるはずのないヒットを打たれ、今も仕留められるはずのボールを捉えられなかった。それにより気落ちした彼女は三球目、外角に突き刺さるストレートに反応することすらできず三振に倒れた。

「……ごめんなさい」
「大丈夫、あとは任せなさい」

すれ違い様にらしくない態度を見せる妹の肩に手を置き言葉をかける。

「切り替えろ、ソフィア。タイミングは合ってたからな」
「うん……」

ベンチに戻りカミューニが声をかけるがそれへの反応も悪い。こうなると彼らは是が非でも追加点が欲しくなる。

(ここで0で抑えられたらあいつのメンタルに影響するねぇ。わかってるよな?お姉ちゃん)
(うわ……めっちゃプレッシャーかけてくるなぁ)

期待の表れであることはわかっているものの、もう少し指揮官としての自覚を持ってほしいとも思う。しかし、そんな彼だから何度も下克上を達成することができているとも考えられる。

(さてさて……なんでソフィアが打てなかったのか、しっかり見させてもらいましょうかね)

1アウト満塁。それでも瑞姫はワインドアップでの投球をやめることはない。力強いフォームから放たれるその投球はまたしてもストレート。

(高い……)

目線への高さのストレート。これをリュシーは見送り1ボール。

(まだ力はあるかな?でもこれなら吉永さんの方が速いよ)

続く二球目もストレート。これをリュシーは振っていきーーー

カキーンッ

打球は快音を残しレフト方向へと上がる。

「思ったより速かったか」

ポール際へ上がった打球。しかしそれは大きく左へと切れていきファールになる。

(本当だ、監督の言ってた通りだ)

球審からボールを受け取りながら、視線が合った監督に笑顔を見せる。それを見て真田も安心した表情を見せていた。
















遡ること少し前……莉愛side

「対策?」
「だったらもっと早く言え~!!」

打席にソフィアさんを向かえる前、円陣を組んでいた私たちに伝令を持ってきた澪さんのその言葉に半信半疑の紗枝とおふざけモードの優愛ちゃん先輩。

「相手、まるでこっちの投げる球種がわかってるような動きを見せる時があるでしょ?」
「まぁ……」
「確かに」

桜華は時折狙い済ませたようなバッティングをしてくる時がある。特に4回の攻撃なんかまさしくそうだった。日帝大の試合でも読みきったようなバッティングをしてきてたことと監督があの人であることを考えると、あらかじめの配球を伝えているからだと思ってたんだけど……

「たぶん向こうは監督が球種を読んでるんだろうけど、それ以外にも準備してきてるんだと思う」
「何を準備してるんですか?」
「動体視力」

野球などの球技では動く物体を捉える目の力、動体視力が重要視されることがある。今では様々な動体視力トレーニングもあるぐらいだし、やってきてるかもしれない。

「でもそんな必要ありますか?」
「球種が読めてるならボールなんて多少見えなくても問題ないような気が……」 
「ううん。確かに球種はわかっていてもピッチャーには投げ損ないがあるんだよ?」
「「「「「あ」」」」」

ピッチャーは機械じゃない。常に完璧なボールを投げ続けることなんてできない。そしてその失投は長打されるケースがあるが、球種が読みきられていた場合はどうだろう。

「球種がわかっている時の失投はタイミングが合わないかも」
「そう。それなのに向こうはたまにある失投もタイミングが合ってる」

それは球種の読みだけじゃなく、鍛えられた動体視力でボールの軌道を読み取っているから。そう考えると監督の言いたいこともわかる。

「ならどうすればいいんです?」
「そうだよ~!!何投げても打たれちゃうじゃん!!」

私と優愛ちゃん先輩の不満げな声に対しニヤリと笑う澪さん。

「ストレート、それも今までみたいなコースを狙ったストレートじゃなく、力いっぱい込めた本気のストレート」

予想の斜め上を行く指示に顔を見合わせる私たち。ストレートを力いっぱいなんて……

「なんでそれで大丈夫なんだ?」

私たちの不安を莉子さんが代弁してくれる。その問いに澪さんは真剣な表情で返した。

「向こうの目はすごいよ。瑞姫のフォークや日帝大の吉永のカーブにも付いていけてるんだから。でも、向こうが捉えきれてない球種が一つだけある」
「それがストレートってことか?」
「そう。思い出して、今日のリュシーの一打席目と日帝大戦でのリュシーの最後の打席を」

今日の一打席目はフェンス直撃のスリーベース。完璧に打たれたと思ったけどリュシーさんは「詰まった」と悔しげな声が出ていた。そして日帝大戦の最後の打席……打ったのはカーブだけどその前のストレートは捉えきれていない。

「ソフィアも今日打ってるのはフォーク。ストレートはまともに打ててないんだよ」

一打席目はストレートを混ぜてたけど、二打席目以降はリュシーさんの打球もあって怖くてストレートを使えてなかった。でもそれでもあの二人にストレートは怖すぎる。

「最後の判断は二人に任せるけど、最後にこれだけ」

私と瑞姫を見つめる澪さん。その言葉は監督の言葉でもあり、彼女の言葉でもあるのだろう。

「『ここは俺を信じてくれ』」

ずっと勝ちきれないと言われていたチーム。それでもそのチームをここまで押し上げてきた監督を先輩たちは信じているんだ。だからこの場面でもこの言葉を力強く言うことができる。

「瑞姫」
「うん、大丈夫」

私たちは頷いて答えると澪さんは安心してベンチに戻っていく。そして私たちはこのピンチを凌ぐため、それぞれのポジションへと戻った。
















第三者side

(もうサインなんていらない。今必要なのは信じる勇気!!)

三球目、外角へストレートが突き刺さりリュシーのバットは空を切る。

(あれ?なんで打てないの?)

相手が投げているボールは何の変哲もないストレート。それなのに捉えることができない自分に疑問を抱き、迷いが生じる。

「うちの弱点を見抜かれたか」
「弱点ですか?」

動揺している主砲を見て唸っている指揮官。彼は短くなる相手の投球間隔を見てそれを確信した。

「うちは全員が動体視力を鍛えるトレーニングをしている。まぁ身体能力もないと思ったほどの成果は出せないが……」

進学校であるがために運動に真剣に取り組んできた選手が少ない桜華学院。そんな彼女たちが様々な策を駆使できるのは動体視力を鍛えたからに他ならない。

「瞬間的なボールの動きを判別できれば多少の力のなさはカバーできる。ただ、どうしても対応できない球種がある」
「それがストレートなんですか?」
「いや……」

部長の問いに首を振る。

「単なるストレートなら問題ないんだ。どうしても対応できないのは予想以上のストレート」
「予想以上のストレート?」
「ピッチャーの投げたボールは重力で多少なりとも落ちながらバッターに向かってくる。そしてそのボールはストレートよりも高い軌道を通ることは絶対にない」

迷ったらストレートに山を張る。それは単に一番投球の可能性が高いからではない。バッターは想像よりも高い軌道に来るボールに対応することは難しい。そのため、必然的にストレートに照準を合わせておけば変化球に対応しやすくなる。

「ただ、全国には少なからずいるんだよなぁ、伸びのあるストレートを投じる奴が」

高い回転数、ブレの少ない球の軌道、それらが合わさり想像よりも落ち幅の少ないストレートを投じる投手。さらにそれがコントロールを無視して投げてくればその脅威はさらに増す。

(まぁ、三振ならいいや。次はストレートに合わせられてたーーー)

そこまで考えて、彼は自信のミスに気が付いた。そして既に投球に入っている瑞姫を見て、それは取り返しがつかないことがわかる。

ギンッ

フライを上げるようにとカミューニは指示を出した。それはチャンスを増やすための策だったが、焦っていたリュシーはその言葉に囚われすぎてしまい、力み、スイングが崩れた。

「瑞姫!!」

ピッチャー前へボテボテとした弱い打球が転がる。瑞姫はそれを捕球すると莉愛へと送球。満塁のためベースを踏んだ彼女はすぐに一塁へと投げ、ダブルプレーを完成させた。

「調子乗りすぎた。意図を話してなければ、下手な意識を持たなかったかもねぇ……」

聞かれた問いには答えてしまう。そこが彼のいいところだが今回はそれが仇となった。フライを打ちさえすればチャンスは続く。その考えからアッパースイングになったリュシーは、ただでさえも捉えにくい伸びのある球を点で捉えることになり、最悪のゲッツーに終わってしまった。

(まぁ、いいや。焦ることはない。このチャンスを逃したところでうちは3点リードしてるんだから)

明宝に残されたアウトはあと3つ。そして打順は7番からの下位打線。

「さぁて……逃げ切るとしますか」

チャンスが潰えたものの彼には焦りはない。なおも余裕な表情を見せるカミューニは選手たちへと言葉をかけていた。





 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか。
ここまではこの話で納めたくて端所りながら詰め込みました。
そろそろこの試合も終わると思います。 
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