八剱銀杏
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第三章
戦死者も増えていった、特攻隊として出撃する者も出ていてだった。
空襲も多くなり一般市民の犠牲者も出ていた、沖縄は陥落しいよいよ本土に敵が迫ろうとしていた。
その中で老人は孫に噂として聞いたことを話した。
「あの学生さんはな」
「まさか」
「ああ、いた部隊が全滅してな」
そうしてというのだ。
「戦死したらしい」
「そうなんだ」
「戦死の報告は届いてないけれどな」
それでもというのだ。
「部隊が全滅したからな」
「それならだね」
「もうな」
「あのお兄さんもだね」
「戦死したとな」
その様にというのだ。
「考えるしかないだろう」
「そうなんだ、けれどあのお姉さんは」
二人は今も八釼神社にいる、参拝に来ていたのだ。
そしてその銀杏の下にだった、彼女はいて。
「今日もいるね」
「神様にお願いして待っているな」
「そうしてるよ」
「帰って来ることをな」
坂本、二人が名前を知らない彼をだ。
「ああしてだ」
「お願いして待ってるんだね」
「ずっとな、けれどここはそうした神社でだ」
「部隊が全滅したから」
「駄目だろうな」
老人はフジやはり名前を知らない彼女を同情する目で見ていた、彼女はただひたすら願いそこにいた。
やがて広島と長崎に新型爆弾が落ちてソ連軍が満州に攻めてきたという話が来た、そして遂にだった。
日本は降伏した、老人は玉音放送を聞いてから孫を連れて神社に参拝して言った。
「負けた、しかしな」
「まだだね」
「やることがある筈だ、だからな」
「それでだね」
「これからの日本と陛下のご無事を願ってな」
そのうえでというのだ。
「お願いするぞ」
「神様にだね」
「そうするぞ」
今からというのだ。
「いいな」
「うん、わかったよ」
孫は祖父の言葉に応えた、二人共敗戦の衝撃で項垂れているがそれでも必死に気持ちを立たせている。
「それじゃあね」
「ああ、しかしな」
ここでだ、老人は。
銀杏の下にフジを見た、そして言うのだった。
「あの娘さんはな」
「恋人のお兄さんが死んでね」
「それで日本も負けたからな」
「これからどうなるのかな」
「さてな、戦死の報はまだきてないが」
それでもというのだ。
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