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冥王来訪

作者:雄渾
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ソ連の長い手
  ソ連の落日 その3

 ベルリン 国防省本部

「何ぃ!、ソ連が極東軍管区に招集をかけただと」
シュトラハヴィッツ少将は受話器越しに話される衝撃的な内容を信じ切れなかった
「ああ……、解った」
静かに受話器を置くと、室内にベルの音が響き渡る
心を落ち着かせるかのように、深い溜息をついた
「情報部から連絡だ……、間違いは無かろう」
シュトラハヴィッツ少将は、上座に居るハイム少将の方を向く
「どうやらシベリアのハバロフスクに動きがあったそうだ」
その一言にハイム少将は、衝撃を受ける
背筋を伸ばし、手摺を両手でしっかりと掴む

 よもや、あの日本人か……
ハイム少将は一瞬俯くや、くつくつと喉の奥で押し殺すように笑う
そして、勢い良く椅子から立ち上がった
「これでソ連の関心は極東に動いた。
この(きょ)を衝いて、一気呵成(いっきかせい)に行動に出る」
シュトラハヴィッツ少将は、彼の左側に居るポーランド人将校の方を振り向いた
彼は不敵の笑みを浮かべながら、ポーランド人に尋ねた
「一服付き合ってくれないか」

 屋上にきた彼は、フランスたばこの「ジダン」を取り出すと男に差し出す
マッチを擦ると、煙草に火を点けた
深く吸い込んだ後、勢いよく紫煙を吐き出す
「背後に誰が居る」
じろりと男の顔を伺うシュトラハヴィッツ
「シュトラハヴィッツ……、モスクワとの対決なぞという青写真は、貴様には描けまい……」
彼は、押し黙ってしまう
男の問いに答えられずにいた
「答え辛かろう。無理に答えなくともよい」
男は、そう言うと顔を上げる
その顔には、今にでも夕立が来そうな暗い影を負っていた
「だがな、俺もお前も軍人だ。一番使いやすい存在……。道を見間違ったら、そこで終わりだ。
前非を悔悟(かいご)するような真似は出来ない」
不敵の笑みを浮かべ、(うつむ)き加減の顔を上げる
「軍人なら、そうであろう」
男の方を振り向き、流し目で見つめた
「惚れ込んだのさ……、年甲斐もなくな」
燃え盛る白いフィルター付きのタバコを口から遠ざけると、立ち竦む
「シュトラハヴィッツ……」



 男を室内に送り返した後、シュトラハヴィッツ少将は、一人もの思いに耽る
紫煙を燻らせながら、この数日間の事を思い起こす


 シュトラハヴィッツ少将は、東欧各国を非公式訪問し、軍関係者との折衝を繰り返した
その道すがら寄った東欧の(ゆう)・ハンガリー
 首都・ブダペストを訪ね、彼はある人物との会見に及ぶ
「お久しぶりです、同志大将」
「シュトラハヴィッツか。(しばら)くぶりではないか……」
白髪頭で老眼鏡を掛けた、どこにでもいそうな好々爺といった風情の男
ツイードの背広でも着ていたら、百姓とでも言い張れたであろう
茶色の将校用夏季勤務服で足を組んで座る姿は、男がどの様な立場かを示すのには十分であった
「モスクワと件でお伺いいたしました。同志大将のお答え方によっては我等は違う道を歩まざるを得ません」
そう言うと懐中より、『マルボロ』のソフトパックを取り出す
封緘紙(ふうかんし)の糊付けを剥がすと銀紙の包装紙を開け、茶色いフィルターのタバコを抜き出す
「シュトラハヴィッツ。君がやろうとしていることがどれ程の事か分かっているのかね」
男は、彼の差し出した煙草を受け取る
「はい、ご理解いただけると思い、ご意見を(うかが)いに参りました」
火の点いた使い捨てライターを、男の手元に近づける
「その内容とは何だね」
差し出されたライターにタバコを近づけ、口に咥えながら火を点ける
男が深く紫煙を燻らせた後、次のように彼は切り出した
「東欧一の伝統と勢力を誇る組織……、嘗ての栄光も虚しくモスクワに頭が上がらぬと聞き及んでいます」
老眼鏡越しの緑色の瞳が、見開かれる
「不可侵を条件にモスクワと兄弟党の盟約を交わし合ったとされますが、現状はどうでしょうか。
社会主義の兄弟党の立場ではなく、隷属関係ではないのでしょうか。違いませんか!」

「貴様等、何が言いたいんだ」
シュトラハヴィッツ少将は目を輝かせながら、言い放った
「参謀総長……、モスクワとの血の盟約、反故にしてみませんか」
じっと彼の顔色を窺うと、深い溜息をついた
「貴様等、まだ懲りてないのか。モスクワに背いた挙句、我々(ハンガリー)はどうなった。
党其の物が解体されたではないか」
 男の脳裏に22年前のハンガリー動乱の事が思い起こされた
ソ連国内のスターリン批判に乗じて、自由を求めて立ち上がった知識人や市民
2万人以上が犠牲になり、20万人が国外脱出を余儀なくされる
ソ連工作員の首相や大統領もその混乱に際してKGBの手で抹殺
当時の世界に与えた政治的影響は、計り知れないものであった


「本来、ハンガリーはモスクワの意向やドイツと関係なしに、独自の歴史を歩んできたはずです。
私の記憶が違うのでしょうか……。同志大将」
彼の話を一通り聞いた後、煙草を卓上にある灰皿へ押し付けた
右の親指と食指に握られた紙巻きタバコは、力強く揉み消され、真ん中から折れ曲がる

 眼前の老人は、ふと冷笑を漏らした
「スターリン以来の血の盟約を反故するのは明日にでも出来る」
顎を下に向けると、上目遣いで彼の顔色を窺った
「だが戦争に勝てるのかね」

「なければ、ここまで私は来ません。チェコスロバキアとポーランドから人を出す確約を得ました」
右の食指と中指でタバコを口に近づけると、火を点けた
 唖然とする男を尻目に、紫煙を燻らせる
「貴方方がモスクワに背けば、バルト三国も(いず)れや立ち上がるでしょう」
そう漏らすと、勢いよく紫煙を吐き出す
「何より我々の後ろ盾にはあのゼオライマーが居ります。お話はそれだけです」

 立ち去ろうとした彼等を、男は椅子に腰かけたまま呼び掛ける
「待ち給え、参謀本部(ここ)にはモスクワの間者が居る。ちょっとばかり騒げばどうなるか分かっているのか」
彼は不敵の笑みを浮かべる
「貴方と言う、男の懐の深さが計り知れると言う物です」
そう告げると、彼は足早に屋敷を後にした



「アルフレート、ここにいたのか」
シュトラハヴィッツ少将は、追想の中から現実にひき戻された
「良い知らせと悪い知らせがある……」
ハイム少将は紫煙を燻らせながら、彼の歩み寄る
「ハンガリーの狸爺(たぬきじじい)が議長に直電を入れた。奴さんも俺達の船に乗る事にしたそうだ。
お前さんのお使いも、まんざら無駄ではなかったと言う事だ」
白髪の頭を、撫でる様にして整える
「で、もう一つの方は……」
「ソ連が核弾頭をバルト海上に向けて発射した」
 彼はあまりの衝撃に、右の食指と薬指に挟んでいた紙巻きたばこを取り落とした
不幸中の幸いは、国土に対して核被害による変化が無い事であった

「なあ、今回の襲撃事件どう思う。色々とおかしい……」
落とした煙草を拾い、再び口に咥える。
「何が言いたい」
そこで彼は、ある推論に達する
「奴等の狙いは我が国ではなく、最初からゼオライマーではなかったのか?」
唖然とするハイム少将に向け、言い放った
「我等は、その出汁に使われたのだとしたら」



 ベルリン・共和国宮殿
 
 臨時閣議の最中に、核パルス攻撃の情報に接した党幹部と閣僚達
普段は冷静なアベール・ブレーメの脱力し落胆した姿に、幹部たちは一様に驚いた
手すりに両手を預けて、深く項垂(うなだ)れる姿……
 上座で足を組む男は、周囲を確認する
その刹那、静まり返った哄笑する声が室内に響き渡る
周囲の人間は、アベールのこの行動に度肝(どぎも)を抜かれた
「この30年は、この30年の私の仕事はなんであったのか」
「ア、アベール。貴様……」
何時になく深い落胆の色を滲ませ、こう告げた
三度(みたび)、核の炎からこの国土を守るため、多くの物を差し出してきた。
ナチス賠償としての工業資産。尊い青年の命、貴重な労働力……。
BETA戦争の為の犠牲は、全て無駄だったというのか」

「通産次官、お気を確かに……」
アベールは両眼を閉じると天を仰いだ
 大粛清の頃よりソ連に居た人間にとって、ソ連の裏切りは当たり前であった
だが、彼の心の中のどこかにソ連を信じたい気持ちがあった
その思いも(むな)しく裏切られてしまう
40年余り信じて来たソ連に弊履(へいり)()つるが(ごと)く扱われた事に放心していた


「ソ連指導部を否定しようが、肯定しようが挑発されたのは事実。
受け入れるしか有るまい、諸君!」
すっと、不敵の笑みを浮かべた議長が立ち上がる
「風向きが変わった……」
両眼が見開かれ、叫ぶようにして声をあげた
「戦争だ。今動けば、(たむろ)して居る露助どもは蹴散らせる」
 
 

 
後書き
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