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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  華燭の典 その2

「アスクマンの件だが、本当なのか」
議長は共和国宮殿の一室で、頭を深く下げる国家保安大臣に問う
男からの問いに保安相は顔を上げる
声の主の方を向き、答える
「『ソ連軍の射撃による殉職』と発表するつもりです……」
 彼の最期は呆気の無いものであった……
『殉職』という形にはなっているが、連中が得意とする暗殺
後味の悪い結末に嘆いた
「保安省職員として黄泉の国に送り届けたかったのか」 
男の問いに、頷く
「せめてもの情けです……」
一部始終を聞き、観念する
「過ぎた事ゆえ、対処は出来ぬが……」
吸っていたタバコを灰皿に押し付ける
勢い良く押された為、紙巻きタバコが中ほどから折れ曲がる程であった
その様を見ていた彼は、男の静かな怒りを感じ取る
「今後は無きようにせよ」
先斬後奏(せんざんこうそう)を暗に戒める
「奴の棺を部下共に担せてやるのは許す」 
その言葉を聞くなり、立ち上がる
保安相は逃げ出すようにして、部屋を後にした
 彼の立ち去る姿を見送った後、椅子に腰かける 
一人、室内に残された男は、憂慮した
先々を考え、再び暗い気持ちになる
出来るならば衆目の前で裁き、獄に繋いでやりたかった……
時期が来れば、この国もボンの政権と同じように死刑制度の廃止に向かうだろう
今のままの法体系を維持すれば将来の統一事業の足枷の一つになるのは間違いない
夜の()けて往く中、窓辺より市街の景色を見ていた

 降りしきる雨の中、葬列が行く
シュミットの襲撃事件で死んだ国家保安省職員の合同葬が行われていた
共和国宮殿からブランデンブルク門の前を埋め尽くす三軍の儀仗兵
軍旗に包まれた棺を担ぐ兵が進む
 その様をコート型の雨具を着て、見つめるベルンハルト中尉
人民空軍の大礼服に、儀礼刀を()いて、最後の別れに参列した
 葬儀開始前、仲間たちと連れ立って、霊安室に忍び込む
こっそり、アスクマン少佐の変わり果てた姿を見る
白っぽい肌色で、眠る様にして横渡る亡骸……
今すぐにでも起きて来そうな印象を受けた
『野獣』と恐れられた男は、思ったより小さく感じる
彼の存在感……
あれほど、大きく見えていたのであろうか
 亡骸を前にして、夢想する
……この偽りの自由の中で、静かに暮らす
父母や妻の為に生き残る、そういう考えもあろう
 『BETA戦継続の為の独裁体制』
ベアトリクスと討議していた際に出た腹案
良かれと思って彼女の進路に国家保安省を薦めようとした
だが、先日の説得で不安に感じた……
やはり妻として静かに傍にいて欲しい
『彼女を守りたい』
その様な思いばかりが増していくのが判る
 自分が悩み追い求めた、中央集権的な専制政治
本当にそれで良いのだろうか……
この世界は、あのゼオライマーという大型機が表れて変化しつつある
何が正しいのか、解らなくなってきた……
釈然(しゃくぜん)としない気持ちが残る
 その様な思いに耽っている時、右肩に手が置かれた
振り返るとヤウクの真剣な表情
無言で頷くと現実へ意識を戻す

 軍楽隊の奏でる葬送曲
悲しい調べと共に儀仗兵が居並ぶ中を、霊柩が進む
指揮官が「捧げ銃」を令し、小銃を捧げる
正面に対し、栄誉礼を持って、葬列を見送る
 運命が違えば、自分もそうなっていたのであろうか
頭巾の上から帽子に雨が滲み、寒さで手足が震えて来る
コートの下……薄ら湿ってきた
好事(こうじ)魔多し』
雨で風邪をひいて大病を抱えるようなことは避けねば……
 その様な事を考える
居並ぶ儀仗兵は小銃で、上空に射撃の姿勢を取る
「弔銃」
指揮官の掛け声とともに、三発の空砲が放たれる
雨の市街地に鳴り響く
挙手の礼を持って、目前を通り過ぎる棺を見送る
嘗ての仇敵に弔意を示し、冥府への旅路の手向けとした

リィズ・ホーエンシュタインは、車窓より離れ行く祖国の姿を見た
『領域通過列車』と呼ばれ、東西ドイツ間で運行される特別列車
「国外追放処分」という名目で、被疑者及び関係者達が一纏めに乗せられる
雨の降る中、ベルリン・フリードリヒ通り駅から西ドイツのハンブルグへ向かう
規定額の西ドイツマルクと、僅かばかりの手荷物
見知らぬ場所へ送り出される
 義兄と自分はこの場所より離れるのを躊躇したが、父母は違った
思えば、住み慣れた祖国を離れると言うのに何処か安堵した様子……
 鉄条網の向こうに着いたら詳しく聞いてみたい
学校で教わったように自由社会というのは堕落しているのだろうか……
あの廃頽的なロックンロールダンスやディスコという米国文化に若い男女が狂乱
詐欺や薬物中毒も多く、治安情勢も祖国と違うと聞く
不安を感じながら、列車は西への旅路を進んだ


「なあ、送り出した未決囚の事を、ボンの連中は丁重に扱ってくれるのだろうか……」
窓辺に立つアベール・ブレーメは、振り返って、奥に腰かける男を見る
紫煙を燻らせ、同じように窓外の景色を眺めていた
「建前とは言え、ドイツ国民の扱いだからそう無下にはしまいよ」
彼は、深い憂いの表情を(たた)えた男に、改めて問う
「やはり潰すのか」
国家保安省の扱いを訪ねる
今回の事件で主要な幹部は何かしらの被害に遭った。
指揮命令系統は寸断され、現場は混乱状態
「今の規模では駄目なのは事実だ。
ネズミ退治をしっかり行ってからではないと話は進むまい……」
男は、国家保安省内に存在するモスクワ一派の完全排除を匂わす
ソ連はBETAの禍によって、既に往時の面影は無い
米国より潤沢な援助はあるが、軍事力のほぼ全てを核戦力にのみ頼るほど困窮
それでも、衛星国の一つである東ドイツにとってKGBの諜報網は恐るべき脅威であった
灰皿にタバコを押し付ける
顔を持ち上げ、再び口を開いた
「無論、組織内部の意識改革や制度も問題だが、技術的に立ち遅れ過ぎている。
通信傍受の能力に立ち遅れが見られるのも事実だ。
何れは、無線も丸裸になる……」
彼は、再び男の顔を見る
暫し、思い悩むとこう答えた
「……最悪、人民軍情報部があるだろう」
顔を上げて反論する
「貧乏所帯で今以上の事をさせてどうする。
仮にそうなったとしても、貴様とて安心は出来まい」
彼は苦笑する
「……不安材料は確かにあり過ぎる。
コンピューターの通信網を構築するにも機材(ハード)論理(ソフト)も立ち遅れ過ぎている。
オマケに半導体や電子部品を作るにしても基礎工業力の問題が解決せぬ事には……」
新しいタバコを取り出し、火を点ける
「そこに行きつくか。
実に通関官僚らしい意見だ」
「電力事情も改善せぬのに、夢語りは出来ぬ」

 暫しの静謐の後、男は語りだした
「忌み嫌った国際銀行家に頭を下げるしか有るまい……。
BETAに食い荒らされた事を理由に、ソ連からの資源供給。
いずれは、絶える……。
その前に、とことん西の連中の同情を引いて、統一の同意を得る」
男の真意を量りかねた彼は問うた
「何……、つまりどう言う事だね」
その場より、室内を歩き始める
「アーベル……。
此の儘では未来永劫、傀儡だ」
右の食指と親指で、掴んでいたタバコを灰皿に入れる
灰皿の中にある水に、投げ入れる様にして捨てたタバコが沈んでゆく
「我々は、奴等を上手く使う立場にならねばなるまい……」
男の発言に茫然自失となる
「き、君……、本気かね」
彼の問いに答えるべく、振り返る
不敵の笑みを浮かべながら、こう答えた
「アーベル、俺と一緒に、『祖国統一』という名の果実を得ようではないか」 
 

 
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