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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  褐色の野獣 その2

 
前書き
アスクマン少佐のもたらした情報の影響は、西側にどのような反応を与えたのか…… 

 
 東ドイツに潜入した工作員が持ち帰った情報にCIA、MI6は困惑した
散々、宣伝煽動(プロパガンダ)で、持ち上げた戦術機実験集団の隊長の妹
その人物を西に亡命させたいと受け取れる内容の話を、保安省職員が持ち込んだ
しかも、只の小吏(しょうり)ではない。
中央偵察管理局の《精鋭》工作員と名高い男が、直々に手渡ししたのだ
中央第一局で、少佐の立場にあるとも、聞く……
両者は、この件を《塩漬け》にすることにした

 しかし、日本帝国の情報省は違った
その場に来ていた《営業員(セールスマン)》を自称する男が、名刺に紛れ込ませて情報を渡した
東ドイツとソ連の出方を見るために、敢て《冒険》に出たのだ
脇で見ていた工作員達は、内心で何を考えていたのであろうか……
それを知らなかったのが、彼に対して唯一の救いであった

彼は、数週間前の事を思い起こしていた

 城内省の本拠である、帝都城の一室に、着物姿をした長髪の人物が入る
彼の傍に立つ、僧形の大男も続く
袈裟の上から大振りの数珠を首に下げ、手には太刀
堂々とした態度からすると、将軍に使える茶坊主や側用人ではなさそうである
平伏して待つ彼を、一瞥すると上座に着物姿の男が座るのを待つ
男が座ると、その大男も右手に太刀を携えて座る
「面を上げよ」
男の声で、彼は顔を上げる
「貴様を呼んだのは、他でもない」
長い(あごひげ)を右手で触りながら、問う
支那(しな)で拾った男の話は、聞いて居ろう。
其奴(そやつ)の情報を東側に流せ」

彼は驚愕した
この東西冷戦下で、それは自殺行為にも思えた
彼は思わず、叫ぶ
「翁、それは……危険な賭けでは御座りませぬか。
今、米国の後塵を拝して居るとはいえ、仮想敵国にその様な《餌》を与えるのは」
《翁》と呼ばれる男は、応じる
「儂とて、危険な行為であることは承知しておる。
何れ、米国がハイヴより得た新元素をもってして新型爆弾を完成させる日も、そう遠くは無いと聞く。
米国一国支配の体制では、殿下の御威光(ごいこう)も陰ろう。
故に、ソ連との形ばかりの冷戦を続けさせ、疲弊させるのだ」
《翁》は、冷笑した
「無論、頼みの綱が米国一本槍である限り、我が国は使いやすい便利な傀儡の儘よ。
細くとも、ソ連という他の伝を構築しておかねばならぬ事情も否定はせぬ」
 男は再び考え込むと、暫し間をおいて話した
「今、欧州は風前の灯火じゃ……。
何れは、我が国にも飛び火しよう……。
そこで、後方で栄える連中、特に米国に痛みを思い出させる」
彼は、困惑した
「我が国に害を与える可能性があっても、(なお)、その必要がお有りでしょうか」
《翁》は、居住まいを正し、告げる
「武人とは、常に死を覚悟して臨むもの。
誰かが、夜叉(やしゃ)にならねばなるまい……
其方(そち)が、今日より夜叉となって、その任に当たれ」
不敵の笑みを浮かべる
「その為に、支那で拾った男には、捨て石になって貰うのよ」
《翁》は高らかに笑った

 《翁》が、一頻り笑った後、彼は尋ねた
「《例の男》が、生き延びた際は、如何様(いかよう)に扱われるのですか」
腕を組んで、彼の方を見る
「形ばかりの褒賞(ほうしょう)を、幾らでも与え、飼い殺しにでもしようぞ。
女を(はべ)らせている所を見ると、余程の好色(こうしょく)家に思える。
好みそうな美女でも仕立て上げ、情で其奴を縛れば、無闇なことも出来まいよ」
 再び、高らかに笑う
「其方が活躍、愉しみに待っておるぞ」

彼は、その会話を思い出しながら、木原マサキに会いに向かう



 マサキは、帝国軍の戦術機訓練に参加していたが、飽きた彼は、抜け出す
訓練場の裏で、タバコを吹かしていた
うんざりする様な曇り模様に、この寒さ……
コヨーテの毛皮が付いた軍用防寒着を着て、爆薬箱(アンモボックス)を椅子代わりにし、腰かけていると、草叢(くさむら)から、例の《会社員》が表れる
帽子を被った男は、オーバーのマフポケットに手を突っ込んだ状態で、彼に向かって問う
笑みを浮かべながら、諧謔(かいぎゃく)(ろう)した
「君が冥府より、わざわざ現世(うつしよ)を訪ねた事は、すで(うかが)っているよ」
 その一言を聞いて訝しむマサキ
思わず、こう言い放った
「俺は、この世界に来て様々な連中に在ってきたが、貴様等ほど傲慢な人間は、知らぬ。
こんな偉そうに振舞っている乞食(こじき)なぞは、見た事も聞いた事もない」
男は、立ち(すく)んだ侭、冷笑している
彼は、眼前の男に、こう答えた
「しかし、覗き見も大変であろうよ。
俺と美久を、貴様は覗いていたのは把握している」
彼は、次元連結システムを応用した携帯型探知装置で、男の動きを逐一観察していた
「中々、他人の目に(さら)されながら暮らす等と言う事は、出来ぬ。
良い経験になった」
彼は、苦笑する
「何時でも、俺を尋ねれば良い」
そして、捨て台詞を言い放った
「見たけりゃ、見せてやるよ」
男は、一瞬唖然とした表情になった後、剽軽(ひょうきん)な態度を取った
「おやおや……。
吃驚(びっくり)させようと思って居たが、全てお見通しかね」
男は、一瞬目を瞑る
目を見開くと、静かに告げる
「ふむ、中々、君も秘密の多い男だね。
では、私は帰る途中なのでね……。
此処で、失礼するとしよう」
男はそう言うと、草叢の中に消えて行く

(「この溝鼠(ドブネズミ)野郎が……」)
姿の見えなくなった男に、彼は心の中で叫んだ

 入れ替わる様に、強化装備の(たかむら)巖谷(いわたに)が来る
脇にオートバイのヘルメットの様な物を抱えている
彼は、ふと思い出した
あれは確か、美久が、この間持ってきた77式気密装甲兜という物
通電することで色が変化し、非常時には前面を金属製の装甲で覆うという良く判らない造りで、強化装備と同じくらい意味不明な物であった
あんな不格好な強化装備とヘルメットを被るくらいなら、まだ米空軍の戦闘機パイロットスーツとヘルメットを着る方がマシに思える……

「木原、休憩時間にはまだ早いな」
巌谷が声を掛ける
「何、俺は出歯亀(でばがめ)の相手をしていた迄だ。
何時ぞやは、美久と一緒に居るとき、覗いていた男だ」
(「中々の下種だよ」)
二人の男は渋い顔をする
「帽子男が、先日、こうほざいた。
『山吹の衣を着た武人の様に、外遊に行ってまで、他人(ひと)の女を寝取る趣味は無い』、と」
篁の目が据わる
「しかし何の話だ。俺には、さっぱり解らぬ」
彼は、真顔で篁に問うた
段々と二人の顔色が変わるを見て、聞くのを諦める事にした

 事務所に帰ると、隊長に叱責された
何が問題なのか、質した事が、再度の叱責理由になったのだ
日頃より自由気侭に振舞う彼は、組織の中では浮いた存在であった
一応、時間厳守や行事には参加するが、あまりにも有図無碍な態度に他のメンバーから問題視される
それが、今回の叱責の本当の理由であった
無邪気に問い質したのは、藪をつついて蛇を出す結果になったのだ

『「兵隊ごっこ」も、飽きた』
彼の偽らざる感想であった
あと3か月程我慢して、その後ソ連を焼いて、火星か、月でも消し飛ばすのも良いかもしれぬ
デモンストレーションとして実害の少ない木星の衛星ガニメデでも、良かろう
案外、化け物共の巣にでもなっているかもしれないし、感謝されこそすれ、恨まれぬであろう
 或いは、嘗て秋津マサトの人格が残っていた時の様に、敵に捕まって、奴等の反応を見るのも楽しかろう
あの時も、鉄甲龍の間者に捕まり、首領直々の拷問を受けたが、然程ひどい扱いではなかった
システム化された拷問方法があるKGB、CIAはともかく、ゲーレン機関やシュタージ辺りの田舎の組織では、洗練された尋問法も無かろう
少しばかり仄めかして揶揄(からか)い、遊ぶのも良かろう
最悪、奥の手を準備して置いて、逃げ出せばよい

 あまり考え事をしていては、風呂に入って温まった体も冷めてしまう
まさか、昼間忠告したであろうから、帽子男も覗き見せぬであろう
床に入ると、美久を行火(あんか)の替りにして、寝ることにした 
 

 
後書き
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