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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
  【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(6)~タバル・ヒルの戦い(前)~

 
前書き
「え~皆さん軍隊はお好きですか?
もちろん、外から見るのは好きだけど入隊はもう御免だ、なんて方も多いでしょう。
しかし、軍隊というのはその国の縮図だ、なんていう方もおります。あぁお待ちください、軍隊というのは様々な仕事で成り立つものです。
だから軍隊でうまくやれなかったからもうダメだぁ!なんて考えるのは早計です。
しかしぃ、国を移った軍人さんはご注意を。前の軍隊と同じ職種について上手くやれない人はぁ、その国で生きていくのは難しいかもしれません。その場合は、あなた自身が変わるか、それともぉその国を…ンフフフフ」
(同盟ミステリードラマ 憲兵中尉マサカズ・オールドフィールド“完璧だった曹長”より)
 

 
 さて、艦隊参謀部とリューネブルクが何故これほどに頭を抱えたのかというと、結論から言えば“グリンメルスハウゼン艦隊だから”という事に帰結する。
 正規艦隊だけであれば同盟軍より多少の問題はあろうと保安担当やらを動員すれば相応の臨時陸戦隊を組織できる。
だが諸侯軍はーー特に弱小貴族はーーそもそも“陸軍を輸送する為の艦隊”がほとんどである。
 貴族軍は地上指揮官(一定規模を下回った場合は例え200名程度であろうと連隊所有者と称される)と私領宇宙軍司令官は同じ領主であり、臨時陸戦隊であろうと彼らは自ら【私有財産】の指揮を執りたがる。
これを責めるのも酷である、有力門閥に連なるならともかく、左様でなくば集権化を悲願とするリヒテンラーデら中央官僚は代償を常に求めるのだから――貴族は帝国の潜在的な脅威として中央政府からは敵視されている。

「待て!どうして我々がバーデニー男爵の指揮下なのか?」

「なんだと!我が祖父は統帥本部次長も務めた名門であるぞ!ピラースドルフ子爵家なぞオトフリート四世陛下の女衒の真似事をした騎士上がりではないか!」

「誰が女衒だ!取り消せ!!」

「取り消して欲しいのなら決闘でも挑むべきだな!卿の配下になぞそれこそ取り消させてくれる!」

「えぇい落ち着け!ピラースドルフ子爵!バーデニー男爵!」

「ラサン男爵の指揮下に我々をだと!?リューネブルク!私はサジタリウスを席巻した、かので“親征帝の15元帥”が一人ゴルツ男爵であるぞ!卿の中で“親征帝の15元帥男爵”の序列はどうなっておるのか!?」

「黙れ!新参者が!なぁにが『15元帥』だ!我々の目上のような顔をしおって!我が父祖は大帝陛下のお若き頃から輔弼し、国家革新連盟のラサン管区指導者を務めたのだぞ!」

「ラサン?アウターリムではないか!よくもまぁ鄙びた地域の爵位で家格を誇ろうなどと――」

 そして“階級の不均衡”はこうして生まれる。
そして何よりも性質が悪いのは辺境や下級貴族の大半は大佐止まりで退役することが多い事である。理由は単純であり将官の席を得るには相応の”武勲か財源”が必要だからだ。

 一個小隊を超える下級貴族の大佐とそれにうんざりした正規軍将校団がリューネブルクとラインハルトの下で10万の軍勢を切り盛りし戦う事になる。


「えぇい各々方、静まらぬか!リューネブルク卿!
我々に説明されよ!」
 幸いと言えるのは“真っ当な退役将校”であるフランダン伯爵大佐が家格、武勲とも一段上にあったことである。否、幸いではなく必然であった。この男はその為に艦隊参謀長が声をかけたのだから――つまりはリューネブルク陸戦監にその手の能力を欠片も期待できないという冷徹な見切りがあった。

「リューネブルク卿!そもそも――これは艦隊の配置をそのまま転記したにすぎぬように見えるが?」
 指揮官が大佐であっても貴族領軍は数十隻の駆逐艦などの小型艦艇からなる戦隊が多い。
これまた単純な話で金がなくとも独自財源による防衛が求められているからである。
 ではフランダン伯のような将官クラスの退役将校を呼べばいいではないか、というとそれもまた異なる。
 正規軍将校を”提督”とすることでグリンメルスハウゼン艦隊の総司令部からの統制を保持する、という名目とリヒテンラーデ国務尚書も総司令部も准将以上の所領軍を率いて参戦する大貴族――これは爵位を問わずフレーゲル男爵のようにブラウンシュヴァイク公爵家領の工業力を構成する連中も指す――の参戦を厭ったこともある。
 当然だ、正常な判断力を欠いている(と判断されている)グリンメルスハウゼン子爵より格が高い貴族が参加すれば――予想せぬ面倒が起きる可能性は極めて高い、それなら”無難”な参謀団を送り込んで『輔弼』させてしまおう。ということだ。


「その通りであります、本命はこちらに」
 その尻ぬぐいが俺だ、とリューネブルクは内心舌打ちをしながらあわてて作り上げた戦闘計画を表示させた。
 
「単座艇による偵察の結果ですが、この星はひどく荒れており、山脈と丘陵、断崖が多数存在します。
我々と衛星を挟み裏側の極地に叛徒は基地を設置しており、地形を利用した隠蔽を施しております」

ヴァンフリートは本来人が住まう土地ではない。宇宙歴においても大自然に挑み、苦戦するのは人の宿業である、荒れ狂う恒星風による粒子線の暴力は軍事用の通信インフラすらも破壊する。300もの異常な数の小惑星帯は航路を妨げる。

 【真っ当な人の歴史】を辿ればこのような星系に植民をする阿呆はいない。だが腐敗と軍閥の跋扈で猖獗を極めた銀河連邦軍の中に”だがそれがいい”と言ってのけた男がいた。
 なおかつ腐敗した連邦全土を俯瞰し、政界を跋扈する中でも特に強大な魍魎となる一種の才能があったことが『歴史を狂わせた』のは間違いなかった。


「また、およそ敵本拠地より900km地点は本拠地たる極地を取り巻くようにクレバスと山脈により構成されております。大軍の行軍に適する二か所に敵は陣地を築城しており、大軍を突入させるのであればここを突破せねばなりません。
そして200km地点に主線陣地が設置されております」
 リューネブルクは内心、舌打ちをした。
 ――”インペリアリスト”ゴードンの拙攻が百余年過ぎてまた祟るとは

 人の手が入らぬとはいえこの小衛星が荒廃しているのはコルネリアス帝の親征が遠因である。

 ――ヴァンフリート民主共和国は同盟最古の構成邦の一つである。
 ――ヴァンフリート民主共和国は同盟交戦星域の最後の避難所である。

 ――であれば同盟全土が制圧の危機にあった【コルネリアスの大親征】において元帥杖が一本ヴァンフリート星系で折れる事となったのも自然なことである。

 後方鎮定を任せられあれこれと手勢を引き抜かれたゴードン元帥にどの程度の割合で敗戦の咎を負わせるべきかは判断が分かれるところだ。
 だがいずれにせよティアマトやらアスターテやらから集まった敗残兵と避難民たちによる義勇軍、そして敗走後ラウーフ中将(最終攻勢時には元帥へ昇進)の下に再集結した同盟軍正規艦隊は修繕と再編を済ませており、機を逸した――大親征失敗が決定した後の処断を恐れたが故の――最終攻勢はゴードン元帥の戦死で幕を閉じた。
 そして破壊された戦闘艦は軍籍をヴァンフリートの小惑星帯デブリへと移し、惑星・衛星は多数の爆撃痕を残した。

 ヴァンフリート建国史上唯一の本土決戦の痕跡は今でも残っており――4=2基地は戦闘で荒廃した衛星を十、更には過去のデータを十二分に活用したヴァンフリート工兵の協力の下で造られているのだ。


「軍を二つに分け、分進合撃の形態を取ります。グリンメルスハウゼン艦隊臨時陸戦軍司令官は小官のまま小官が直卒する軍を集成第一軍と、ミューゼル副司令官が指揮を執る軍を集成第二軍と呼称」

「それぞれの軍において皆様の所領軍についてですが――運用を統括する副司令官を集成軍司令官と別に置きたいと思います。
第一軍はエルビング男爵閣下、第二軍はフランダン伯爵閣下に諸侯軍の運用統括をお願いいたします」
 諸侯――といってもリヒテンラーデにもカストロプやブラウンシュヴァイク、リッテンハイムら有力派閥にも相手にされない非主流派であるが――は挙げられた名にざわめく。
 フランダン伯爵はよい、だがエルビング男爵!”接弦男爵”だと!?
”古き良き”帝国貴族と呼ぶ者もいる。或いは悍ましい貴族崩れの海賊と呼ぶ者もいる。つまるところ”実力派”であり皇帝や貴族閨閥に頼らず『戦斧と揚陸艦一隻』からアッシュビーに当主であった父を消し飛ばされ、傾いた家産を立て直した男だ。
 そう、つまりは――

「叛徒相手の略奪で富を築いた男が副将か、いよいよリューネブルクに相応しかろうよ」
 バーデニーズ子爵が鼻を鳴らす。
「あん?」

「エッ?」

「やっドーモ、ドーモ、エルビングです、バーデニーズ子爵閣下」
 のっそりと叫ぶ子爵の背後に立つのは偉丈夫の初老の男。
由緒正しき男爵家当主でありルドルフ大帝時代より軍将校として代々皇帝に仕えてきた、男爵家としての家格は高い、だが――

「ヒッ!?ひ、控えろ!」
 その手は細かな傷がついた分厚い自身の皮でおおわれている。社交界で過ごす貴族のそれではない、その指が太く、黒衣の軍服を纏った柔らかな子爵の肩に食い込む。

「まぁまぁおかけになって、下さいや。子爵閣下、ビームってなぁ粒子の流れなんですわ、子爵閣下はこうしてクッキリと見えていらっしゃる、そうですな?」

「アッ‥‥」

「見えてるってことはね、粒子が反射してるんですわ、つまりビームが当たり、死ぬんですよ、わかりますか?」
 ミシリ、と嫌な音を周囲の人間は幻聴した。もちろん本当に聞こえたわけではない。だがこの男がにこやかに年下の子爵の肩に乗せた手の動きがそれを”聴かせた”のだ。

「わっわかっわかっ‥‥」

 子爵は自由の身になった後も立ち上がりもせず、ただ背もたれに身を預けながら息を荒げている。まるで首を絞められていたかのようだ。
 沈黙が会議室に満ちる。先程まで罵り合っていた貴族達の視線を受け止めエルビング男爵はにたりと笑う。
「それじゃあお願いしますわ、陸戦監殿」
 こうして帝国軍は当座の編成をようやく決定し、行動を開始した。







 タバル・ヒル、氷の山脈を縫うような坂である‥‥‥この地に築かれた前衛陣地を守るのは大夏天民国とアスターテの連合部隊、約5,800の兵達だ。
 

「航空隊より報告、敵兵力は予定通りの侵攻速度を保っております、あと30分ほどで交戦圏内です!」
 基地オペレーターの報告にアスターテ連邦軍のクレーベル中佐はやれやれ、と肩をすくめる。船団国家アスターテ連邦共和国の海兵コマンド大隊を率いる俊英である。

『5万の兵力、実に9倍ときましたか。これはやり甲斐がありますなぁ、かの名高き”正墨旗”がおられるのであれば楽ができると思ったのですが』

 どっしりと構えつつも苦笑するのはアブラハム啓典教が墨家会衆派を奉ずる大夏天民国において正墨旗軍第二旅“不抜”を率いるチェン・ツーチョン准将。
「名高き、はやめてくれ。ガラティエや常備軍のお歴々とて我々より血を流しているのだ」
 クレーベルは肩をすくめるにとどめる。
 
 伝統的に信仰心の厚い大夏天民国は兼愛交利と非攻を唱えているが、本土防衛の為に派遣される”バーラトの妹”ガラティエの義勇軍や避難船の警護に当たる”交戦星域の盟主”パランティア連合国宇宙軍と並び同盟常備軍と轡を並べる事も多い。

 まぁともかく、だ。とチェン准将はディスプレイに表示されたマップに視線を向けた。
「築城についてはこれ以上は望めん、ヴァンフリートはさすがに良い仕事をしてくれた。後は我々次第だな」

 これほどまでに念を入れた築城計画を持っているのは文字通りヴァンフリート将兵の執念によるものであった。

 イゼルローン要塞攻略作戦という単語は自由惑星同盟国民の大半にとってそれだけ絶対的な牽引力を持つ言葉なのだ。とりわけ交戦星域に住まう者達にとっては――

 
「敵影を確認!敵影を確認しました!!」

『ご丁寧に地上戦を挑んでくる以上は我々のなすべきことは明白です、わからせてやりましょう』

 クレーベルが不敵な笑みを浮かべる。
 

「軍旗を掲げよ!!銅鑼を鳴らせ!!!」






 ヘルマン・フォン・リューネブルクはまったくもって想像を超えた事態に陥っていた。
「敵の軍旗を確認!!!同盟地上軍旗に‥‥”正墨旗”!!」

「正墨旗!?」
 仮設ではあるが気密された司令部は外と異なり顔を晒すことができる。とはいえ状況次第では真空でも活動できる装甲服を身にまとったままであるが。
「なんだと!?あの”狂信者共”か!?」
 帝国軍常備地上軍が経験する「実戦」はほぼ侵攻作戦であるむろん、回廊内部の係争星における戦闘もあるがほぼ実態は叛徒(自由惑星同盟のみならず)の居住星への侵攻が最大の花形であり”役得”でもある……ルドルフによる“実力主義貴族による封建制”の導入は“不採算地域”の切り捨てを私掠により誤魔化す為という学説もある。

 そして交戦星域はその伝統による最大の被害者であり、氏素性も怪しげな諸邦は自由惑星同盟の中においても地域主義による政治・軍事的結束を求められてきた。
 大夏天民国の非攻は専守防衛に特化した派兵へと移り代わり、侵略者に対する宗教的情熱へと変化していった。

「これは面倒なことになるぞ……」
 同盟軍として軍歴を積んできた リューネブルクは彼らの面倒さを知悉している。

「だが数は多くて1万、いや、さらに少ない、押し切れるだろうさ」
 
「陣地突破に必要なのは数ではない……質と士気だ。重火力隊を全面に展開しろ、エルビング男爵、諸侯軍を前衛に出せ!一番槍の栄誉を競わせてやれ」

 控えていた参謀がエルビングに視線を向けつつリューネブルクに具申した。
「それと、あの側道に重火力陣地を」
  峠の開けた場所に重火力陣地を築城すれば主攻正面を射程に入れる事ができる。

 だがリューネブルクは眉を顰めて彼の指す地点を睨む。
「なにも備えがされていない“ように見える”だけだ。都合が良すぎる状況は疑うべきだ」

 参謀はその指摘には怯まなかった。彼も逆亡命者であった。
「はい、閣下。ですがやるしかありません!
ここで虎の子の装甲擲弾兵師団を消耗させては基地主力の陣地で…!」

 参謀の言は焦燥の気はあれど冷徹な思考に裏打ちされていた。つまりは、”基地を陥落させれば非主流派貴族の使いつぶしはどうとでもなる、罠であれば奴らを投入して暴くべし”と言いたいのだ。
 正論ではあるが――

「男爵」

 エルビング男爵はしれっと珈琲にウイスキーを垂らしながら答える。
「深入りはしたくないですなぁ、一個連隊規模を派遣しておきましょうかね」
 どうです?とエルビングが目を向けるとリューネブルクも首肯する。

 どうであれ彼ら“は”真っ当な軍人であった。







「我が領自慢の重火力隊の出番ぞ、ゴルツの奴め、せいぜい暇を持て余すがよかろう」
 ラサン男爵領軍(臨時陸戦隊)はもしもの為に、と詰んでいた一世代前の重火力砲を装備した800名の連隊(公称)を

「ラサン軍の重火力陣地の”監督”だと?監督とはなんだ、馬鹿にしおって!!」
 ゴルツ男爵はゴルツ元帥記念雷撃艦隊から抽出した1200名の擲弾兵連隊(公称)を
 この二つの連隊(公称)の指揮官はまったくもって仲がよろしくない。ゴールデンバウム朝の矛盾した考えの衝突に他ならない。
 即ち、歴史と伝統の権化であるルドルフ大帝以来の男爵と名君、コルネリアス親征帝に取り立てられ将官の座、男爵位、更に元帥杖(※60数本の)までも手にいれた男爵家。
 実力主義と伝統、二つの権威は常に衝突する――この二人は双方とも辺境の貴族であるのだがそれ故に縋る力は強いのだ――

 そしてその姿は高精度光学望遠鏡により捉えられ、偵察班は擬装が施された洞穴へと帰還した。



「罠じゃあないんですかね、これ」
 クレーベル中佐は敵陣の偵察報告を受けて苦笑いをした。
 
 伸びきった隊列、ダラダラと進む前衛と間が詰まった中衛、そのくせ後衛は中衛を支援するには
「罠があるとわかって罠を張る、読みあいを仕掛けていると?」
 第二旅の増強部隊である独立歩兵大隊”武徳”大隊長は鋭く尋ねる。
 彼は臨時で側道であるキルジ・パスの防衛隊としてクレーベル中佐の指揮下に入っている。

「様子を見ていけそうでしたら」
 クレーベル中佐はにこり、と笑った。
「アスターテ海兵コマンドの精華をお見せしましょう」




 銃撃、砲撃、隘路を進む帝国兵はそれをよけることもできず、悲鳴を上げて後退する。
 ”武徳”大隊は総計600名程度であるが大隊重火力を保有している。とはいえけして楽な戦ではない筈だ。
 頭数だけなら向こうがやや優位である。
「急増陣地でよくもまぁ‥‥」
 クレーベル中佐は感心したが、”武徳”の将兵の努力の身で持ちこたえているのではない事も理解している。
「罠の可能性は低い、か?」
 帝国軍の動きは軍事的常識から逸脱しており、であれば政治的事情であろうか、とクレーベルはどうでもよい考えを弄んでいる。

 正解であった。
 ラサン重火力隊はさっさと援護しろ、とゴルツ男爵が怒り狂えば、貴様らの兵が弱いからこうなっているのだ、我が隊の役目は主力の援護であり対処するのは護衛の役目だ、我が隊に損害が出たら貴様の責任だぞ、とラサン男爵が怒鳴り返す。
 
 “互いに連携すればいいじゃないか”と素直に思った方もおられよう。
 だが忘れないでもらいたいが“貴族領軍は貴族の私有財産”なのだ。
 そして彼らは“カイザーの老友の出陣”という“出征こそが武勲”という甘い餌に釣られた“門閥からも官閥からも弾かれた非主流派貴族”である。

 軍の価値は門閥貴族とすら違う、具体的に言うと『補充する金がなくなれば難癖をつけられて領土を削られかねない』のだ。海賊と傭兵の区別は門閥貴族や官吏が司法にばら撒いた餌の数でその都度変わるものである。

 貴族とは思えない?門閥に入れない不採算領地を押し付けられた貴族などこんなものである。

 そして航空部隊も対空砲をそろえた旅団主力の張り付く陣地と自軍の航空隊のおかげでこちらにはさほどの数は回ってきていない。
 
 ――一個艦隊の部隊ならもっと数を割くのでは?
 クレーベルは訝しむが少なくとも今の優勢に乗るしか方法がないのも事実だ。 

 かくして帝国軍は“下がるに下がれない”ゴルツ男爵の前衛隊、中衛で怒鳴り散らすラサン男爵の重火力連隊(大隊)、そして後衛のゴルツ男爵の本隊、と分断されてしまった。されて、と言っても同盟軍は常道の防衛戦を仕掛けているだけなのだが。
 むしろ貴族の”御当主”を矢玉の飛び交う現実に晒したくない側近達の判断も常識的と言えるかもしれない。
 そしてそれを見逃さないのがアスターテ海兵コマンドである。


「よしよし、それでは我が隊は、敵中衛と後衛を粉砕する!」
 ”ヴォルティジュール”第一中隊長は意気軒昂である。無理もない、彼らはコロニー艦住民の最後の壁であり、その訓練にはあらゆる努力を払っているが実戦経験は多くはない。だが彼らはいま構成邦外交の一つの成果として表舞台に立っている。

「中隊諸君、各小隊長の射撃に続け、我々は第二中隊の支援を受けつつ突撃し、敵本部を強襲する、つまり俺たちは貴族のケツに穴を増やしてやるわけだ」
 中隊の兵達が笑いをかみ殺す、成すべきことは自分たちの復讐でもある、本土を失い、私掠におびえ、避難民たちを後方へ運ぶ船団国家の住民たちの復讐だ。

「今回はゼッフル粒子散布弾は使用しない、原則として各員の測定器に反応しない限り――即ち敵部隊が白兵戦に対応する場合以外は突入後も射撃を許可する」
 中隊長は兵隊へ手で示す。
「諸君!アスターテ海兵隊の伝統をイゼルローンの強盗共に教育して差し上げよう!」
 彼らが隠れて見下ろすのは隘路で立往生している重火力大隊、碌に警戒もせず幾度も伝令を送っているのが見える。

Tirer(撃て)!!」
 90の光条が不運な将兵に突き刺さる。一度、二度、三度。
 後方でも悲鳴が上がる。第二中隊も攻撃を開始したのだと知った。

 いいぞいいぞ。例えこの後くたばるのであれ、俺達は間抜けとして死ぬわけではなくなった、畜生、こうなったら攻撃あるのみだ。
 中隊長は装甲服に内蔵された通信機へうなる。
Membres de l'entreprise (親愛なる中隊の諸君), vérifiez la baïonnette !(突撃の覚悟を決めろ!!)

 中隊長に兵隊は負けじと返す。
「Prêt à charger !」(突撃準備完了!)
 小銃の先にきらめくのは――炭素クリスタルの銃剣である。アスターテ海兵の伝統こそは銃剣突撃、彼らは接弦戦闘においてゼッフル粒子を使わせず、あるいは使われようとも必要とあらば専門の白兵戦部隊と肩を並べて突撃をする。コロニー船が接舷を受けた場合、彼らが退いた時は即ちコロニー船が滅ぶときである。

 中隊長は立ち上がり、片手を振り上げた。
「Lancez l'charge ! Vive la Astarte !」(突撃を開始せよ!アスターテ万歳!)
 腕を、振り下ろす。
「Vive la Astarte !!」「Vive la Astarte !!」
 蛮声は通信波となり、敵の受信装置に介入した。

 貴族のピクニックはその瞬間、野蛮な戦地へと叩き落とされた。
 装甲服の性能に物を言わせ、崖を飛び降り、強襲する海兵コマンド部隊。
 悲鳴を上げる兵、兵を怒鳴りつける下士官、棒立ちで激を飛ばそうとして射殺される若手将校――素人臭い、というより素人なのだ。本質的に”船乗り”更に言えば海賊退治やセレモニーで住民に貴族の権威を示す為の艦にのる将兵である。

 そして貴族領において宇宙船の操作を許されたものはその時点で農奴よりも知識や教養があると見做された――つまり地上軍の兵士を下にみていたのだ。
 その差別は貴族たちにとっても都合がよく当然のように利用する。封建国家にとって差別ほど便利なものはない。

「いっ嫌だ!!こんなところで死にたくない!!!」
 兵が将校を突き飛ばし、逃げようとするが下士官が即座に射殺する。

 本来であればゼッフル粒子の散布がなされた時点で士気を喪失する可能性すらあったかもしれない。

 クレーベルは敵を高く評価しすぎていた――そもそも敵の行動意図を誤解していたのだから致し方ないが。


「じょ、冗談ではない!こんなところで叛徒に殺されてたまるものかよ!」
 同じように音を上げたのはゴルツ男爵であった。だが彼はまだ理性的だった。
すでに前衛を救うことは叶わないと判断していたからこそであった。
「私の艦隊が!艦隊がこんなところで壊されてなるものか!部隊を集結させろ!退くぞ!撤退だぁ!!!」
 幕僚たちは少なくとも自分たちを救う判断をした”御領主様”の下命を軍事的合理性に則った指揮へと”翻訳”し実行させる。





「ゴルツ男爵の雷撃戦隊臨時陸戦大隊、後退しています!」
 
「なんてこった!前衛を見捨てたのか!」

 悲鳴を上げる側近達を尻目にラサン男爵はわめき散らしている。

「奴ら我々を見捨ておったか!!おのれぇ!なにがかつては元帥を出した家だ!!我が一族は恐れ多くも大帝よりラサン男爵の位をいただいた身じゃ!すなわち儂の家は大帝陛下以来の重臣であってかような親征帝に取り入った成り上がりの風下に立つ身分ではない!!その我が家門にかような狼藉を働くとは言語道断!この事直ちにグリンメルスハウゼン子爵閣下に掛け合うて直ちに皇帝陛下に奏上してていただく故、心しておれ!!!」

「男爵閣下!!ご指示を!!」
 男爵は幕僚たちに向かって口を開こうとし、快適な装甲服内の筈なのに干からびた唇を舐めた。

「退く、退くぞ‥‥そうだ、撤退だ、今すぐ!!」

「ゴルツ男爵の手勢は既に撤退しつつあります!閣下!後方突破の為に装備を捨てる御きょ――」

 侍従でもあった中尉は最期の言葉を言い終えることなく、倒れ伏した。
 ラサン男爵は何故侍従が倒れたのかを理解する前に思考がそれを行う臓腑ごと霧散した――指揮系統はこの瞬間に崩壊した――本人にとって二度とゴルツ男爵のことを罵ることはできない事の方が重要なのかもしれないが。

 ゼッフル粒子を伴わないアスターテ海兵コマンドの銃剣突撃は見事に成功、組織の質と事前準備の優位を活かした戦闘であった。
 
 
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