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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン39 伝説の復活

 
前書き
大変長らくお待たせしました。言い訳はしませんできません。丸3か月って……。

前回のあらすじ:ついに明かされた黒幕、七宝寺の過去から世界をやり直そうとする妄執。あるべき姿に世界を変革しようとするそれを自分本位に拒むデュエルポリス、糸巻の狂気。自分こそが正と思い込んだ2人の狂人に、世界の命運は委ねられた。 

 
「よし、まずはアタシの……」
「待ってください、糸巻さん。ここは、俺から行きます」

 カードを引こうとした糸巻を手で制し、鳥居が1歩前に出る。気勢をそがれた糸巻がその意図が読めない困惑に目をしばたかせている間に、すでにデュエルは始まっていた。

「ほう、まずは若いのからかい?ひひっ、若いねえ。その年齢だと、私の名前は知らないかな?」
「『これは私の不手際、誠に申し訳ありませんが。確かに貴方のことはわたくし、存じ上げません……ですが』」

 すうと息を吸い、胸を張って前を向く。ただそれだけで、彼も感知できていた。先ほど糸巻を圧倒しかかりその心を迷わせすらもした、伝説の男と対峙するということの意味を。ただ立っているだけで息が無性に苦しくなり、いくら空気を吸おうとしてもまるで酸素が体に入ってくる気がしない感覚を。
 それはまるで13年前、生まれて初めてエンタメデュエルの……劇座「デュエンギルド」の舞台に立った日のように。しかしこの日の勝負にかかっているのは、観客からの大喝采ではない。それでもこの舞台で先陣を切ることの意味は、一体なんだろう。
 贖罪のつもり?罪悪感?確かにそれもないとは言えない、しかし今の彼がいまだ本調子からは程遠いボロボロの体を演劇の鎧と仮面で隠し前に出る理由は、もはやそんな小さなものではなかった。どれほど辛いものであろうともすでに進んでしまった時計の針、世界の歴史。控えめに形容してもくそったれだった人生を本来こうあるはずだった過去の栄光から守るため、エンタメデュエルが幕を開く。

「『さあさお立会い、伝説のお方。今宵のキャッチコピーは単純明快、シンプルイズベスト……魔界劇団、世界を救え!たとえ世界がそれを知らずとも、我々のしてきた選択が間違っていないことを示すため!私のターン!』」
「ひひっ、威勢がいいことだねえ。だがこれは1対2の変則デュエル、まずルールの確認をさせてもらうよ。本来ならば人数に差があることでその差に応じて初期手札とライフを増やした状態でデュエルを開始できる……だがね、あいにくだがそれはいらないよ。わずかばかりのハンデだと思っておいてくれ」
「……随分余裕じゃねえか、爺さん」
「これぐらいしてあげなきゃ、糸巻の。ただ2対1にしただけじゃまともな勝負になりやしないのは、ようくわかっているだろう?」

 なんてことないように歯をむき出して笑う七宝寺の言外に滲む、圧倒的なまでのその実力に対する自負。何よりも恐ろしいのはそこに傲慢の色は一切なく、ただ何気なく事実を口にしているという一点だった。だからこそ普段ならば嬉々として噛みつく糸巻も、その時ばかりは何も言い返さない。言い返せなかった、という方がむしろ正しいかもしれない。
 彼女にも無論、自分が強者であるという誇りはある。特にここ数カ月での相次ぐ強敵との死闘はその勝負勘からデュエルポリスとしての生活の間にすっかり腕を鈍らせていた錆を落としきり、今の糸巻はあの当時をも上回る今が全盛期だと認めることすらやぶさかではない。そしてその隣の鳥居の腕のほどやそれを本番でいかんなく発揮してのける勝負強さとクソ度胸も、やはり彼女は高く買っている。
 だが、それでもなお、目の前のこの老人には。一切のハンデがないこの状態で純粋に2対1で殴り掛かって……それでもなお、確実に勝てるかと問われれば躊躇する。

「恐れるがいい、そして畏れるがいい。『グランドファザー』、七宝寺守のデュエルをね」

 どうせすぐに終わるんだ、それまでせいぜい足掻いてみるがいい。

「『くっ……それでは全ての始まり、未来を掴む第一幕。まずはレフト(ペンデュラム)ゾーンにスケール0、世界に誇る我らが歌姫!魔界劇団-メロー・マドンナを。そしてライトPゾーンにはスケール9、まばゆく煌めく期待の原石!魔界劇団-ティンクル・リトルスターをセッティング!』」

 そしてその始まりを司るのは、立ち昇った光の柱の中央で佇む黒衣に身を包んだ女性。まるで指揮棒を振り上げるかのように鳥居が手を伸ばす動作に合わせて光の中で息を吸った歌姫の口から、妙なる調べが流れだす。

「『メロー・マドンナのペンデュラム効果を発動。我らが歌姫がこの戦場に奏でる調べは、はたして勝利を暗示する凱歌となるか、はたまた破滅に向けた鎮魂歌となるか。1000ポイントのライフと引き換えに、デッキより新たなる魔界劇団の演者を1名私の手札に呼び寄せます!』」

 鳥居 LP4000→3000

 コストがかさむとはいえ毎ターンのサーチという、極めてシンプルで、強力で……そして同時に、この上なく分かりやすい止めどころ。何か妨害が来るか、とわずかに身構えたが、その心配は彼の杞憂だったようだ。

「『そして私が選ぶカードは、やはりなんといっても外せません。彼こそが魔界劇団の顔にして、この大一番を戦うにあたり最も相応しい演者の中の演者、言わずと知れたあの男。それでは皆様お待たせしました、満を持しての登場です。刻まれしスケールは0と9、よってレベル1から8の魔界劇団が同時に召喚可能。ペンデュラム……召喚っ!』」

 大仰に両手を広げ、手元に残る3枚のカードを一斉にデュエルディスクに叩きつけるように置く。無論、彼が自らの商売道具であり5本目、6本目の手足ともいうべきカードが痛むような真似をするはずもなく。
 いかにして最小限の刺激で観客をはっとさせるような音を響かせるか、つまりカードの下部にどれだけ多くの空気を含ませて叩き付けるか。要するにメンコと同じ小手先の、しかし大切なテクニックである。
 そして彼の両サイドに立った2本の光の柱の間から、3つの光が降り注ぐ。

「『まずはご存じ、怪力無双の剛腕の持ち主。魔界劇団-デビル・ヒール!』」

 最初にその姿を見せたのは、3つの中でもひときわ巨大な光。劇団員というよりもボディビルダーのようなポージングで、モリモリと筋肉を誇示してみせる。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000

「『続いて、数字を操る凄腕のガンマン。魔界劇団-ワイルド・ホープ!』」

 そして今度はその逆に、3つの中でも特に小さな光がその姿をあらわにする。ハットにガンベルト風の模様のついた衣装と、全体的に西部のガンマンめいたその演者が手にした光線銃をくるくると巧みなガンスピンで回して見せ、スチャリと腰に収めて一礼する。

 魔界劇団-ワイルド・ホープ 攻1600

「『そして今こそご覧あれ、魔界劇団の誇る顔、栄光ある座長にして永遠の花形。世界を救うべく立ち上がった、その花形の晴れ姿!魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 2体の魔界劇団に挟まれるフィールドの中央に、満を持して最後の光が落下する。無論その光の正体は、ひょろりと長く極端に細い手足が特徴的な隻眼の座長。魔界劇団の、そして鳥居にとってもエースオブエースであるあのカード以外にあり得ない。アピールに余念のなかった前2体とは違い、対戦相手たる七宝時相手に深々と仰々しいお辞儀をしてみせた。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「おいおい鳥居、いきなり手札5枚ぶん投げて……って、随分前のめりじゃねえか」
「そりゃあ、俺だってわかりますよ。守備固めなんて悠長なことやってたら、ぶっ倒れるのはこっちの方だって。『それでは、ビッグ・スターの効果を発動!座長たる彼は毎ターン、デッキより任意の演目たる魔界台本を選びフィールドにセットする公開予告を行うことで、そのターンに公演する演目を決定します。やはり先攻1ターン目といえば、何かが起きる始まりの時間。果たして我々の世界は今後「過去」に進むのか、はたまた「未来」へ舵を切るのか?たとえどちらの行路に運命の女神が微笑むとしても、その始発点たる「現代」にできることはただひとつ。できる限り華々しく、その戦士たちを戦いの場へと送りましょう!ビッグ・スターの効果によって魔界台本「オープニング・セレモニー」をセットし、通常魔法たるこのカードを即座に発動!私のフィールドに存在する魔界劇団1体につき、500ライフを回復いたします!』」

 色とりどりの風船が宙を舞い、様々な形のバルーンアートが視界を埋め尽くす。パン、と小気味いい音とともに頭上ではくす玉が弾け、その中身だったらしいカラフルな紙吹雪がデュエリストとモンスターたちの上に華々しく降り注いだ。

 鳥居 LP3000→4500

「『それではこれにて第一幕、プロローグをば締めさせていただきます。いよいよ本格的な活劇となります第二幕、その幕が上がる時をしばしお待ちください』」

 一礼してターンを終える鳥居。今回は人数が3人ということもあり普段行われることの多い盤面や墓地を共有するタッグデュエルのスタイルではなく、3人がそれぞれ別の盤面を持ち行われるバトルロイヤル方式でターンが動く。もっとも、事実上糸巻と鳥居がタッグを組んでいることを考えれば事実上2対1のデュエルであるのだが。
 そして勢いをそのままに、ターンを引き継いだ糸巻が動き出す。

「悪いが爺さん、アタシもアンタが相手とあっちゃあ加減できるほど余裕はねえ。本気でぶっ飛ばさせてもらうぜ、アタシのターン!」

 口調こそ勇ましいが、表情は険しい。カードを引き抜く手の動きにも、心なしか虚勢が混じっている。それほどまでに、伝説への畏れはかつてのプロデュエリストの心の奥深くに刻まれ、この老人が表舞台から消え場末のカードショップ店長となってからの13年のうちにも、それは肥大こそすれ減少することはない。

「相手フィールドにモンスターが存在することで速攻魔法、逢華妖麗譚-不知火語を発動するぜ。手札からアンデット族1体を捨てて、デッキか墓地から捨てたモンスター以外の不知火1体を特殊召喚する」

 バトルロイヤル2番手の強み、それは相手がフィールドにカードを出しておらず妨害が薄いという先攻のメリットを享受しつつ、それでいて後攻特有の相手フィールドに依存する初動が打てること。墓地にあってこそその力を発揮する馬頭鬼を墓地に送り込みつつ、先を見据えての展開が始まった。ゆらりと立ち上るオレンジ色の炎が人型をなし、和装に身を包む青年剣士が腰の刀に手をかけて居合の構えをとる。

 不知火の武士 攻1800

「武士……?面白い。続けてもらおうか、糸巻の」

 墓地からアタッカーを蘇生するというのでもなければ、基本的に不知火語のカードは初動札、不知火の隠者をリクルートしてさらに自身の効果に、そして更なる墓地肥やし能力を持つユニゾンビへと連続リクルートを繋げるのが不知火のみならずアンデット族全般の基本パターンであり、当然それは七宝時も熟知している。だが糸巻は今回、あえてそれとは違う手を打った。それをミスではなく何か別の思惑があるのだと即判断したのは、長年の付き合いからくる信頼ゆえか。

「さて、な。そんな面白いもんが出せるかどうかはわからんが、せいぜい爺さんのお眼鏡にかなうようにやらせてもらうさ。不知火の武部を召喚し、効果発動。デッキより妖刀-不知火モンスター1体を特殊召喚する。来な、妖刀!」

 次いでもうひとつ、明るい色の炎がぽっと立ち上る。次いで現れたのはどこか武士と似通った装束の和装少女。しかし決定的に違う点として、その手に握られた得物は刀ではなく巨大な薙刀だった。

 不知火の武部 攻1500
 妖刀-不知火 攻800

「ふむ?」
「そしてアンデット族モンスターの武士、武部、妖刀の3体を上、下、左のリンクマーカーにセット。戦場に開く妖の大輪よ、暗き夜を裂き昏き世照らす篝火となれ!」

 3体のモンスターがそれぞれ3つの火柱と化し、さらにそれが中央の武部を軸として溶け合いひとつの巨大な炎へと生まれ変わる。短く揃えられた髪は肩までかかる艶やかな長髪に、纏う装束は炎のそれを基調とした色合いはそのままにより絢爛な正装に、そして手にした薙刀もまた炎の力を得て一回り大きなものへ。

「リンク召喚、リンク3!麗神(うるわしがみ)-不知火!」

 麗神-不知火 攻2300

明るく輝く炎が不確かで、そして間違っても順風満帆なものではない未来を、それでもなお照らす篝火のように燃え上がり、糸巻とその隣の鳥居のフィールドを染める。
 このまま彼女たちが敗北すれば、世界は何も知らないままに過去を、現在を、そして未来を変えられる。もはや自分たちの時代は明確な終わりを迎えており、これからはようやく芽吹き始めたばかりの新たな世代である八卦たちのものだ。人生の先輩として助言ぐらいはするだろうが、未来の在り方そのものに手を加える資格はすでに自分らにはない。それがすでに幾度となく口にしてきた糸巻の人生哲学であり、このデュエルへの最大の原動力だった。
 そしてそれが、七宝寺には理解できない。高い実力と、人目を引く勝気な美貌にスタイル。彼自身自分の娘ほども年の離れた糸巻に対し邪な感情を持ったことはないが、彼女が人前に立つ勝負師としての天性の才能を持っていることはかつてプロ志望としてこの世界の門を叩きにきたその時から一目で理解できた。その見立てが間違っていないことはほかならぬ彼女自身が証明してくれたし、13年前の事故の後も決して腐ることなく常に全てのものに対し悲しくも美しく突っ張っていくその姿からは彼女こそ新たな時代、本来あるべきだった今から取り戻そうとする未来を引っ張っていくにふさわしい人間だと思いすらした。
 それだけに、過ぎた過去にすがる老害と成り果てたかつての英雄の姿がただただ悲しかった。
 それだけに、未来から心を閉ざしそれを否定したかつての新世代の姿がただただ悲しかった。

「残念だよ、糸巻の」
「アタシも残念だよ、爺さん。カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 だから、赤髪の夜叉は思う。せめて、戦い続けて狂気に引き込まれた哀れな老人に引導を渡さねばと。
 だから、グランドファザーは思う。この全ての歯車が狂ってしまった世界をあるべき姿に戻さねばと。

「私のターン。さて、まずはそちらの君からかね、ひひっ」

 6枚の手札を抱えて老人がぐるりと顔を向けたのは、鳥居。場慣れしたプロの精神力すら上回る本能的な恐怖によって蛇に睨まれた蛙のように固くなった1瞬を逃さずに、狙いを定め一気に攻め込む。

E・HERO(エレメンタルヒーロー) ソリッドマンを召喚し、効果発動。手札から更なるHERO、エアーマンを特殊召喚。その効果で、デッキからさらに別のHERO1体を手札に加えるよ」
「【HERO】……」

 E・HERO ソリッドマン 攻1300
 E・HERO エアーマン 攻1800

 鳥居にとっても見覚えのある大地の英雄が、ここ数か月で幾度となく目にしてきた風の英雄を引き連れてフィールドに呼び出された。それはあの天真爛漫な少女が愛用しているカード群とまったく同じものであり、呆然と口から出た言葉を聞き逃さなかった老人がおや、と少し意外そうな顔で返す。

「なんだ糸巻の、それに九々乃もか。誰も、私のデッキについては喋ってなかったのかい?考えてもみるといい、誰があの子にデュエルを教え込んだと思っていたのさ?」
「……そういや、お前は知らないんだったな。生ける伝説、プロデュエリストの生みの親。『グランドファザー』、その使用デッキは【HERO】、それも」
「おっと糸巻の、そこまでにしてもらおうか。せっかくのお楽しみをこの爺いから奪わないでおくれよ、ひひっ。エアーマンで手札に加えるカードの名は……E・HERO ネオス。あの子がクノスぺを使うように、これが私のデッキの核さ。覚えておきな、冥途の土産にね」

 宇宙の力を秘めた最上級ヒーロー、ネオス。それをデッキの核と呼んで手札に加えた老人が、さらに場の2体を動かす。

「そして戦士族モンスターのソリッドマン、エアーマンの2体を右下、左下のリンクマーカーにセット。運命が淑女を翻弄するとき、淑女もまた運命を弄ぶ。紡ぐがいい、運命の英雄譚。リンク召喚、リンク2。聖騎士の追想 イゾルデ!」

 聖騎士の追想 イゾルデ 攻1600

 金髪の大柄な美女と、それよりもやや小柄で真っ白な肌の薄幸そうな美人。2人の女性が天を仰いで祈りを捧げると、どこからともなく降り注ぐ光がその全身を照らす。

「イゾルデがリンク召喚に成功した時、デッキから戦士族モンスターを手札に加えることができる。ただしこの効果でサーチしたカードとその同名モンスターはこのターン表側表示で場に出すことも効果を発動することもできないがね。これで2体目のネオスを手札に。さらにイゾルデのもうひとつの効果によって装備魔法、インスタント・ネオスペースをデッキから墓地に送りレベル1の戦士族モンスター、焔聖騎士-リナルドを特殊召喚する」

 焔聖騎士-リナルド 攻500

「リナルドの効果を発動。特殊召喚成功時、墓地か除外されている炎属性の戦士族か装備魔法1枚を手札に戻させてもらうよ。これで、今さっき送ったインスタント・ネオスペースは私の手に……」
「そいつは通してやるが、リナルドとイゾルデでのリンク3は作らせねえぜ!トラップ発動、呪言の鏡!デッキから特殊召喚されたモンスターを破壊し、アタシはカードを1枚ドローする」

 イゾルデのそばに現れた焔の騎士が、まだ着地したかしないかのうちに破壊され消えていく。追加のドロー効果によって一切のディスアドバンテージなしにモンスターを破壊し後続を止めてみせた糸巻の顔が晴れないのは、今のイゾルデとリナルドによる墓地を経由した事実上装備魔法をサーチするコンボを止められなかったからか。呪言の鏡はモンスターを破壊こそするが、その召喚そのものを無効にする能力まではない。

「ま、これは後でのお楽しみ、さ。魔法カード、融合を発動!ひひっ、さあ満を持しての登場だ。手札に存在する通常モンスターのHERO、ネオス2体を素材とするよ」
「来やがったか……!」

 手札に存在する、レベル7の最上級ヒーロー2体による融合。デュエル開始と前後して急に安定しなくなった照明の落とす弱々しい光によって薄暗い廃棄施設とも取れる様相を呈したプラントに、全てを満遍なく照らし出す黄金の光が差し込んだ。

「世界を支えし数多の歴史、歴史を紡ぐ数多の世界。世界は変わる、あるべき姿に!融合召喚、E・HERO グランドマン!」

 E・HERO グランドマン 攻0→4200 守0→4200

 イゾルデのリンク先に召喚される、両手首に直接装着されるタイプの小型銃を仕込んだヒーロー。その姿はスーツの色合いも含め、まるで黎明期の【HERO】をつくり支えてきた原初の英雄たちがひとつになったかのようで。その使い手にふさわしい、歴史の重みが不可視のプレッシャーとなって対戦相手に降りかかる。

「攻撃力、4200……!」
「そうさね。グランドマンの攻守は本来0だが、自身の効果によって融合素材とした2体のレベル合計、その300倍の数値となる」

 鳥居の場で最大の攻撃力を持つモンスターは、デビル・ヒールの3000。イゾルデの攻撃力ではワイルド・ホープと相打ちに持っていくのがやっとなことを考えれば、まず狙われるのはそこか、毎ターン新たな魔界台本を持ってくるビッグ・スターか。いずれにせよ、ターンが返ってくればペンデュラム召喚で挽回は可能。
 だが、生ける伝説はそんな予想を軽々と超えていく。

「さて、バトルといこうかね。グランドマンで、魔界劇団-ワイルド・ホープに攻撃だ」
「『ダメージ優先、ですか?だとしても、私のライフはまだ残ります。ワイルド・ホープの持つ破壊された際に次なる団員を私の手札に呼び寄せる効果も合わせ、第2幕にてフィニッシュとさせていただき……』」
「させるか、爺さん!」

 1瞬のにらみ合いの後、どちらが先ともとれぬガンマン2体の射撃対決。先手を取ったのは、腰の光線銃を引き抜いたワイルド・ホープ……しかし、それはグランドマンの手のひらの内だった。狙い澄ましての正統派な早撃ちを、白い翼を広げ軽く体をひねり余裕綽々といった態度であっさりと回避したグランドマンが、射撃直後の隙を狙い両腕の銃から正確に一発ずつの閃光を放つ。
 わずかに回避が遅れ、突き進む閃光の前に無防備な体をさらすワイルド・ホープ。しかしその間にバッと、目も覚めるような鮮やかな赤色が割って入った。

「えっ!?」
「ほう」

 あまりに予想外の出来事につい素の反応を覗かせてしまう鳥居とは対照的に、鋭い反応で声の主……糸巻を睨みつける七宝寺。そうしている間にも赤い和装の麗神が薙刀を構え、ワイルド・ホープを守るべく立ちはだかる。

「なるほどな、糸巻の。さすがに、ここで大人しくしている玉じゃあないか」
「アタシを置いて楽しそうなことやってたんでな、仲間外れってのはよくないんじゃないか?トラップ発動、立ちはだかる強敵。相手の攻撃宣言時にアタシのモンスター1体を対象に、このターン全ての攻撃表示モンスターはそのアタシのモンスターに攻撃をしなきゃならない。炎属性モンスター全員に対し戦闘破壊耐性を与えるリンクモンスター、麗神-不知火をな」
「糸巻さん、何を……」

 いまだ理解の追い付かない鳥居に何か答えようとした糸巻だが、瞬時に頭を切り替えてまずは立ちはだかる強敵により地震へと襲い掛かるダメージに対し耐えきることが先だと決めたらしい。歯を食いしばり足を大股開きにして衝撃に備える赤髪の夜叉に、見据える老人が苦笑を漏らす。

「グランドマンの攻撃でダメージを受ける代わりに、続くイゾルデの強制攻撃は返り討ちにしてダメージを稼ぐ魂胆か。肉を切らせて骨を断つ……もう若くもないだろうによくやるねえ、糸巻の。命がいくつあっても足りなさそうだよ」

 嘆息とも称賛ともとれる言葉はしかし、だがね、と続いた。

「果たして、そううまくいくかな?速攻魔法、星遺物を巡る戦い。イゾルデをエンドフェイズまで除外し、麗神の攻守をその数値だけダウンさせる!」
「『……っ!』」

 麗神-不知火 攻2300→700

 2人のイゾルデの姿がフィールドから一時的に消えていき、降りかかった呪いによって麗神の動きがやや鈍る。
 もし糸巻が呪言の鏡と立ちはだかる強敵を使わなければ、鳥居だけではこのターンを耐えしのぐことが果たしてできたかどうか。そのことが今のわずかな、しかし息詰まるような攻防だけで分かってしまったがゆえに、鳥居が小さく息をのんだ。
 そしてついに、グランドマンの放つ光線が薙刀の一閃とぶつかり合う瞬間が訪れた。

 E・HERO グランドマン 攻4200→麗神-不知火 攻700
 糸巻 LP4000→500

「ぐっ……がはっ……!」
「『糸巻さん!』」
「……ごたごた言ってんじゃねえ、やかましいから喚くなよ……!」

 実体化された、3500もの特大ダメージ。一体それは、今の弱った彼女の体にとってどれほどの負担となるだろう。事実糸巻の顔色は明らかにこのプラントへ踏み込んだ時と比べて悪く、呼吸も弱々しいか荒いかの二極化が激しい。
 しかし、いまにも倒れそうなその体はいまだ地に落ちない。大きく開いた両の足でどうにか床を踏みしめて何かに身を任せることなく立ち、疲れこそ色濃く出ているもののいまだ燃え上がる闘志の炎を宿した目で盤面を見据える。

「残念だったな、爺さん。ワンキルなんてつまんないことやってないで、まだまだアタシらと遊ぼうぜ?」

 そして額に脂汗を浮かべながらも、ニヤリと笑ってみせた。それに応え、老人もまた口元を小さくほころばせる。

「まったく、年寄りをあまり熱くさせるものじゃないよ。ついつい年甲斐もなく張り切っちゃうじゃないか、糸巻の。それと若いの、命拾いしたね。カードを1枚セットして、ターンエンドさね」 
 

 
後書き
しかもまだ終わらないのよこのラスボス戦。
私はこの一戦、どっちが勝ってもなんだかなあと思いながら書いてます。 
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