| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

或る皇国将校の回想録

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

幕間 安東夫妻のほのぼの☆東洲再建記
第一章安東家中改革
  安東家中大改革(下)

 
前書き
安東光貞……東洲公爵安東家若殿 特技は根回し 

安東瑠衣子……光貞の妻 内政を掌握した海良派の首魁。特技は帳簿読みと計算

海良末美……旧海賊衆の将家、海良家若殿。特技は受け身
 

 
皇紀五百四十七年 一月十日 午後第六刻
東洲東ノ府 安東家屋敷 東洲公子夫人 安東瑠衣子

 皇紀五百四十六年の東洲は最後に大きな痛みを伴う外科的手術を行い、年を越すことになった。
 工部省の宮浜は既に東洲を去り、皇都から便りを送っている――大倉山造衆の反安東派暗殺疑惑についての確証は巧みに消え去っていた――特志保安隊は、復権を狙った旧目加田派を摘発した。
反集権派の家臣団とそれをに協力した軽率な土着残党勢力には汚職、脱税、叛乱謀議、婦女暴行、モラハラ夫育児ブロガーなど瑠衣子の権限と想像の及ぶ限りあらゆる罪状が着せられた。反集権派は汚名により徹底的に排除される一方で集権改革に味方した者達は大いにその権勢を増す事になった――が知行地を増やしたものはほとんどいなかった。家格の問題で便宜上知行地を得た者はいたが、法、行政機構としては州政庁の管理下に置かれる事となった。
 そしてその象徴と言えるのが大倉山造衆の郡惣筆頭を代表に土着の有力者達がこぞって年賀の挨拶に訪れたことだ。
無位無冠であることを理由に『畏れ多い』と理由をつけて訪れなかった彼らが正式に統治機構に組み込まれたことを示した儀礼であった。
 大倉山造衆で最も富裕であり、武装組織の中核を占めていた鉱山系列の首脳部が崩壊した事で元々合議制であった大倉山造衆は親安東派が圧倒的多数派となり、惣年寄連は州政庁に出向き恭順の証として鉱山に関する権利を返上、大倉山の統治について協議の席についた。

「皇主陛下万歳、東洲公閣下万歳――」
 経済的な便益の再建の筋道を示されたことと安東家内の反対派が一掃され、大倉山造衆が屈服した事で旧目加田家に組みしていた土着勢力の少なからぬ者達も完全に帰順した。

 安東家の統治を論ずる上で最も着目するべきはこれにより大倉山造衆を筆頭に有力な土着勢力の一部は位階を与えられ、その栄誉と共に独立した武装勢力としては解体されたことである――東洲鎮台が武装を管理し、将校を希望する者は〈皇国〉陸軍特志幼年学校などで教育を受けることとなった。

 そして彼らは一定の政治的勢力を保ちながらも皇都や護州の資本との競争により独占的な権益と影響力を削がれることになる。
 いうなれば東洲公家中として正式に【定義】されたことになる。政治に定義を弄る呪術としての側面を持っているのであればまさにこれは格好の例といえるだろう。
 
 皇紀五百四十七年を迎える時には安東家中と軽率な土着勢力の不穏分子を駆逐した事で、海良派を統率する安東瑠衣子は家臣団と陸軍の影響力を排除に成功し彼女達は事実上権力を掌握したといっても過言ではない。東洲州政庁の文官達は東洲のあらゆるところに調査員を送り込み、全てを文書化し、州政庁に集積しようとしてた。

「土地の問題は土地を構成する住民に対し、安全……食い扶持と治安を保障するものが何者かを教えれば、問題は起きないのです。
そして浮き上がった明確な政治的意図を持った連中は排除しなさい。
ここは叛徒の地です、理由はいくらでも付けられる」
 戦争指導者、あるいは権勢政治家としての評価とは別に、経済官僚としての瑠衣子は間違いなく東洲統治に有効な特効薬であった。
 初動の不穏分子を潰してからは劇的に治安は改善し、“食わせてくれる殿様”としての安東を民草に植えつけることに成功していた。
 つまりは大部分の人間は“真っ当な殿様”の下で給金と適正な価格の食料さえ手に入ればそれで満足だったのだ。

「鉱山を拡大するのです、鉱石を精錬する炉を作るのです。材木を切り出すのです。それらを加工し、船を作るのです。
税収を制限して投資の利潤で歳入を賄いましょう、この空が工場の排煙で埋まるまで
守原と結び、天領との競争に敗れた彼らを建設業の力を借り、いずれはそれを凌駕しましょう。
駒城と結び、彼らの農産物と良馬を買い入れましょう、その代わり彼らに工業品を納入するのです」
 文官達への訓示は極めて端的であった。 純粋に東洲の統治のみを語るのであれば安東瑠衣子は極めて特異な特効薬であった
 彼女は財政と経済政策、海運の掌握により中間層となる重臣団の権限を抑制。そして文官と結びつきやすい商工業を優位にすることで五将家の中でも特徴的な文官主導による集権化を成し遂げたのだ。

「道筋は作れたがまだやるべきこともこれから噴出する問題もある。
気を抜いてならない、諸君らの精勤が必要とされるのはこれからも変わらない」
 光貞はどこか浮ついた調子の州政庁の主要人物に珍しく苦言を呈す程に彼らは浮かれていた。最悪の事態から成長段階に入ったという明確な自覚があるからだろう。
 ことこの点においては慢性的な人手不足から徴税上の不合理を正せぬまま放任状態を続けている執政府官僚官僚団が目指す物を先に手に入れたともいえる――安東瑠衣子はそう自負していた。





「勝ったわ、末美。もう我々を止められるのは安東の二人だけよ。ふ、ふふふ……州政庁は今私の手にある」
 
「いやぁはははは、今回ばかりは素直に姉上は凄いと思いますよ。
勿論、姉上のやりたいように根回しをした義兄上があってこそですが」
 弟の末美は胸を張る姉を珍しく素直に褒め称えた。それほどの大事業であった。人死にも出た。

「 まだ、まだ、次は中央!そう、執政府よ!駒州も守原も西原も宮野木も黙らせてやる」
 戸守を摘発した時から姿をくらまし、いつの間にか皇都に逃げ出した工部省の宮浜の事を彼女はまだ根に持っていた。
 鉱山技術を持つ惣の首脳部の謎めいた死についてあの男が関与しているのはまず間違いない。瑠衣子は山造衆を屈服させた後に安東の支配下に組み込むつもりであった。
 敵ではあったが彼らの死により皇都や他将家の支援に付随する経営への干渉に対抗する力が大きく落ちてしまう。

「流石は姐上、敵は断固殲滅しないと気が済まないまさに海の獅子、アシ――オ"ヴッ」
 回転しながら飛んできた扇子が末美の喉にめり込んだ。

「フン!まぁいいわ。次は執政府に進出する時期よ。目加田公下であったことを口実に我らを東洲灘より追いやろうとした連中に目に物を見せてくれるわ」

「オ”ェッ‥‥大姐。義兄上の言う通り東洲の復興はまだまだかかりますよ。
それこそ何年先の話になるか」

 流石に赤字のまま執政府に殴りこみを書けるほど無謀ではない。
「何年でもいいよの。我々は焦って蜂起した莫迦な目加田とは違う。
”たかが東洲の王”?馬鹿馬鹿しい!!私は君主とならずに富と権力を手に入れる。
そのためには、まず東洲をもっと豊かに、さらに高等教育も東洲で完結できるように……」
 末美も真面目な顔で頷く。高等教育すらも完結するには富裕層を定着させねばならない。
今はまだ遠い夢であるが鉱工業の中心となるにはそれも必要なことだ。
「‥‥‥東洲に必要なのはこの国の生産の心臓となること、造船と工業を再建し、西領と内地と北領に進出し、東州を富の結節点にして工場とする。
中央に官吏を送り出し、少しずつ浸透する」

 末美はニヤリと笑った。
「 ンフフフフ、次の海良当主になる俺は名君間違いなしだね、こうやって猛獣の世話を何年もヘナップ!!!」
 教育的な姉心が弟の鳩尾にめり込む。暴力に屈しない海良家跡継ぎは再び畳に蹲った。大姐は彼が再び立ち上がる男だと信じているので気にしない。美しい信頼関係なのだ。そうなのだ。

「たいそうな騒ぎだな、貴様らは」
 ――突然、瑠衣子に影が落ちた。
「 えっ、あれ、この声って」
「姉上、後ろ後ろ」

 瑠衣子が恐る恐る振り返るとそこに居たのは大陸風乗馬服に身を包んだ壮年の男である。

「なぁにをが執政府進出だこの」
 じりじりと後退りをする末美を一睨みで釘付けにすると男はスゥ、と息を吸い――
「ばぁぁぁぁぁっかぁもぉぉぉぉぉぉぉんん!!!!!!」
 ビリビリと部屋が震え、積んであった書類が崩れた。
「ひわぁぁぁ」
 情けない声をあげる弟の足をグリッと踏み、瑠衣子は頬を引き攣らせながら応対する。
「よっよっ吉光閣下。いやぁその、ホホホホホ、ご機嫌麗しゅうござ‥‥いま‥‥せんよね」
 深く息を吸い、声を出さず吐く。深呼吸を何度か繰り返した東洲伯爵、安東吉光はニコリ、と海良姉弟に笑いかける。
「貴様らの!莫迦騒ぎの!!後始末をし取ったわ!!!ごきげんなわけがあるか!この戯け共め!!!」
 ビリビリと窓が震えた。
 末美は白目をむいて仰け反り、瑠衣子は助けて光貞様ぁなどと呟きながらオロオロとしている。普段の気丈と才気を組み合わせて作られたような姿の面影もない。

 当然であった。彼は安東家の皇都における特命全権大使にして縦横家安東明貞公の腹心である弟。関洲の駒州と皇都からの干渉を受けた混沌とした重臣界隈のとりまとめに二十余年。更に五将家体制の統治機構構築の最中である皇都の利権抗争に十余年。〈皇国〉五将家体制の調停者として急進改革派官僚(ラディカルギャング)にも顔が利く兵部省の古参官僚。
今まで2名の兵部卿と1人の軍監本部総長を見送ってきた男。現在は軍監本部総務部長を務めている。
 瑠衣子が行った大改革ですら、執政府の思惑と利用し資金援助を引き出し重臣団を丸め込んだ結果、関洲を放棄させた彼の交渉術の後を引き継いだようなものである。

 分権的な安東家が五将家体制の一角を占められたのは立地と知行を持った重臣団の動員能力による戦力もあるがそれ以上に明貞と吉光の能力も大きい。
 長男を光貞と名づけたも腹心である弟との良好な仲を強調したためともいわれている。


「はっはっはっ伯爵閣下、ねっねっ年始の挨拶にいっいらっしゃいませなかったことまことに残念で‥‥‥」

「それはなぁ末美殿、私が年始は駒州でにこにこ笑いながら嫌味を言われる役になってたからなんだよ」

「く、くしゅ‥‥‥」

 つまりはこういう事である。――安東家のみならず一般的に五将家重臣団とはそれぞれが他将家重臣、分家と交流を持つ外交を担っている。

「安東の若造は何をしているのか!重臣の粛清などを行うのは論外だ!!」 
普段は鷹揚を旨とする駒城篤胤は珍しく激怒した。普段は鷹揚を旨としている彼がなぜ怒りを露にしたのかといえば、
分権派であった者たちは元来不破原――即ち駒州の隣人であり、駒州公重臣団との数代前から婚姻関係を持っているものが少なからずいたからだ。
 駒州篤胤からすれば寝耳に水であった。なにしろ、瑠衣子のしたことは、安東家と駒城家の横のつながりの大半を破壊したに等しい。

「――貴様らは大殿にも私にも禄に相談をせず光貞の下で無断で家中の者を処断した。
おかげで皇都は酷い騒ぎだ。いいか、そちらの事情は把握しているが中央に悪影響を出せば吹き飛ぶぞ!」

「い、いや違うんです。まさか本当に軽挙妄動をするとは――」
「――やめなさい末美」
 あわあわと怯えていた瑠衣子は落ち着きを取り戻し、東洲伯にと視線を交わす。
「伯爵閣下、私の執行に対する影響の認識が薄かったことについて謝罪いたします。ですが――」

 続けよ、と吉光は面白そうに促した。
「戸守を主犯とする反乱謀議は大倉山造衆、即ち東洲の旧武装勢力と結んでおりました。
その証拠に戸守家屋敷、および大倉山の集落にて爆発事故が発生。これについては工部省から派遣された調査員も立ち合いにより確認しております。
この点からして安東家中要人の暗殺を視野に入れて準備していたことは関係者が【複数】認めております」
 すぅっと息を吸い瑠衣子は声を張り上げる。
「そしてっ!彼らが蜂起を行った理由は東洲復興予算の運用について不満があったからです。
ですが我々は幾度も重臣地行に対し、指定産業への出資を行っております。
我々と合資になりますので経営権に対する一定の制限はありますが、逆に言えば我々も重臣と共に経営に対し責任を負う事になります。
強制ではなく任意であり、なおかつ合資の範囲についても相談が可能です。即ち知行の運営に対する干渉とは――」


「もういい!わかったわかった!」
 吉光はカラカラと笑った。
「若奥方が弁が回るのはわかった、度胸もある。だが――中央はそうした道理だけでは動かんのだ。東洲の政庁で喚こうがどうしようが意味はない。
駒州公にしてみればいきなり重臣の横のつながりを貴様が一気に断った上にその後だんまりを決め込んだのは事実よ。
よいか若奥方、累卵の均衡で皇都は動いている。そこに貴様が東洲で振るった大鉈は幹まで揺らした、それが真実だ」

「‥‥‥はい」
瑠衣子は素直にうなずいた。

「目の前の利潤を着実に取るのは安東の家風、貴殿のそれも相通ずるものではあるが――」
 ふぅ、と伯爵はため息をつき、青年将家将校にも視線を飛ばす。
「末美殿、貴君も尉官なれど皇都と東洲を行き来するお役目よ。皇都の呼吸を姉上に伝えるよう努力せい。経験が足りぬのは致し方ないとはいえ――うむ。海良の殿に話を通しておくから貴殿から話せ」

「‥‥‥はっ」
 末美は肩を落とす。正論であった、末美からしても五将家の横のつながりどころか安東家家臣団内の派閥抗争を激化させたことで家臣団間の関係すら掴み切れていないのが実情である。

「若奥方、洲政を若殿と貴殿にお任せして監督を怠っていた私にも瑕疵があるのは事実。
だがそちらの独断専行も事実。若殿と共に情報の共有手段をもう一度見直ししたい」

「ありがとうございます、伯爵閣下。
それでは――こちらが推薦する方を皇都の方で然るべき地位にというのはいかがでしょう?
伯爵閣下や大殿から他家の方に推薦していただければ」

「――成程。よかろう、若殿と話しながら詰めるとしようか」
 この日、安東吉光と安東光貞、安東瑠衣子の間でようやく事後処理が終了した。安東家の改革はようやくこの日に一段落着いたといえるだろう。
新体制においては関洲知行持ちの中で特に保守的であった重臣を中心とした保守派首脳部が追放され、これまで特権の拡大を抑圧されてきた龍州よりの重臣達や大きな知行をもたない、下級家臣が名目上の知行を与えられ取り立てられるようになった。

 一方で駒城家と安東家の関係は多少は改善されたものの、横のつながりの修復はできず。
 また、その間隙を狙ったかのように執政府が龍州の農作物を格安で東洲へ支援する事が決定されたこともあり、経済的な結びつきも低下してゆくことになった。
 これにより、改革を終えた安東家は、若殿である保胤と光貞の個人的な友誼を除くと駒州との関係は冷え込むことになり、逆に東洲復興の建設特需により守原家、宮野木家との関係が強まっていくことになる。

 
 

 
後書き
東洲復興編、もうちょっとだけ続くんじゃ。
というわけでしばしお付き合いください。
東洲復興編といいながら安東家目線で本編前史をなぞるものになりそうです。


安東家目線って何だろう?

2021/08/28
といいつつ本編と並行してネタはあるのでいずれいつか‥‥きっと 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧