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ナイン・レコード

作者:
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ちいさなしまのおはなし
  つかの間の休息

.





「ねえ、太一さん。どうして丈さんのこといつも呼び捨てにするんですか?」

それは、丈とゴマモンがいないことに気づき、空が太一達を叩き起こした際のことだった。
みんなで辺りを探したけれど何処にもいなくて、もしかしたらムゲンマウンテンにゴマモンと2人だけで登ったのでは、という結論に至った。
自分は決めるのに時間がかかるから、ムゲンマウンテンに向かうか否かは、明日になってから決めようと言い出したのは丈だったのに、その丈が自分で言い出したことを無視して、1人で向かってしまうなんて、一体何を考えているのか。
太一が呆れながら丈に対して悪態をついていたら、大輔がふと口にしたのだ。
太一はヒカリと、賢は治と、そして大輔は光子郎と一緒に辺りを探していた。
何処にも見当たらなくて、一度テントに合流して、話し合っていた時のことだった。
突然、思ってもいなかった質問をされた太一は、虚を突かれたように大輔を見下ろす。
そんな太一に気づかず、大輔はこう続けた。

「太一さん、俺が呼び捨てしたらすっごく怒ったのに、どうして太一さんは丈さんのこと呼び捨てにするんですか?」

雷に打たれたとは、まさにこのことだろう。
そういえばアメリカから転校してきたばかりの時、大輔は日本語が分からなかったから、日本の暗黙のルールなんて全く知らなかったから、太一のことを呼び捨てにしたことがあった。
年上にはさんをつけろと、先輩って呼べと太一は大輔にすごく怒っていたのに、その太一自身が年上である丈を呼び捨てにしている。
あまりにも自然で、あまりにも無意識だったから、誰も指摘しなかった。
丈がもう少し頼りがいがあって、自分の意見をはっきりと言える性格だったら少しは違っていたかもしれない。
しかし最年少の大輔から見ても、丈はあまりにも頼りなさ過ぎた。
太一と治と空がさっさと意見を述べたり、決定するのが早すぎて、丈が口を挟む隙すら与えなかったというのもある。
しかしお姉ちゃんと同い年であるという事実が前提にある大輔としては、丈にはさんをつけて敬語で話すのは当たり前だった。
それなのに、太一は平気で呼び捨てにし、敬語も使わない。
敬うも何もあったものではない態度が、大輔はどうしても不思議だった。
上下関係に疎いデジモン達は頭上にたくさんの疑問符を浮かべていたが、子ども達はそういえば、って顔をして太一に視線を向ける。
太一は、言葉に詰まった。
何と答えたらいいものか、分からなかったのだ。
大輔にはちゃんと敬語を使って、先輩として敬えって言っているのに、自分がそれをしていないのである。
サッカー部の先輩には一応敬語は使っているけれども、それ以外は基本的に敬語は使わない。
同じサッカー部の治と空、光子郎はサッカー部以外の先輩にも敬語を使っているのに。
それが太一の性格である、と言えばそれまでだが、自分が使っていないのに大輔には使えっていうのは不公平なのではないだろうか。

「どうしてですか?」

大輔は再度尋ねる。大輔の疑問に引っ張られた賢とヒカリも、大輔と同じような眼差しを太一に向けていた。

「……お、治」
「お前のことだろう。僕に聞くな」

助け船を求めた相手は、その手を振り払ってしまった。
じとり、と睨みつけてくるその目は、責めているようにも見える。
いや、実際責めているのだろう。治がそれとなく、そしてさりげなく丈をフォローしてやらなければ、きっと太一は丈を差し置いてどんどん先に行ってしまう。
太一は、切り捨てたものには容赦をしないのだ。
振り返ることも立ち止まることも、してくれないのである。
ここに飛ばされた時、よりにもよって晒したのが情けない姿だったから、太一は早々に丈は頼りない存在であると判断して、切り捨ててしまったのである。
それが、丈を無意識に呼び捨てすることに繋がっているのだが、太一は恐らく気づいていない。
捨てたことにすら、太一は気づいていないのである。

「……丈先輩が頼りないのは同意だが、年下の前でそういう態度はよくないぞ」
「うう……」

最年少3人に詰め寄られて、逃げ場を失った太一に、治はずーっと思っていて、でも指摘できなかったことをようやく口にした。
仕方なかったのだ、もしもこんな状況ではなく何でもない日常の中で指摘したとしても、太一は絶対に聞く耳を持たなかっただろう。
基本的に治の言うことは聞く太一だが、自分が決めたことに対して口を出されたり窘められたりすると、余計に意固地になってこじれてしまう。
治は、それをよーく知っていた。知っていたから、言えなかった。
こうなってしまったのは、太一と喧嘩をしてしまってでも指摘すべきだったのに、それを怠ってしまった自分も悪い、と治は反省する。


なので、


「太一はね、丈先輩のことを対等に見てるからなんだ」
「たいとー?」

きょとん、と最年少3人は同じ方向に、同じタイミングで首を傾げる。
え、ちょ、ま、っていきなり胡散臭いにこやかな笑顔で語り出した治に、太一は慌てるがその口を塞ぐように右手を思いっきり伸ばして太一の顔に押し当てた。
ばちん、という音がしたのは多分気のせい。

「そう、丈先輩は6年生だけど、1人しかいないだろう?みんなも、お母さんから年上のお兄さんやお姉さんの言うことはよく聞きましょうって言われてるだろうけど、こんなに人数が多いと、丈先輩1人じゃまとめきれないから、太一はその負担を半分こしてあげたくて、わざと呼び捨てにしているんだ」
「そうだったんですね!」
「そっかー、太一さん優しいね!」
「お兄ちゃん、ちゃんと考えてたんだ」
「お、おう……!」

治の強引なこじつけにより、何とか誤魔化すことが出来たのだが、キラキラとした眼差しを向けてくる最年少に、罪悪感が半端なかった。





バードラモンに乗って迎えに来た空に伴われ、山の麓で待っていた治達はムゲンマウンテンを登る。
気性の荒いデジモンが住んでいるから、と辺りを警戒していたパートナー達だったが、丈とゴマモンが頂上付近までは何事もなく登っていたのが証拠であるように、1匹も野生のデジモン達が現れて、襲ってくる気配がなかった。
いつもなら麓にいても殺気めいたような気配が漂ってくるのに、それすらなかったことを思い出して、デジモン達は首を傾げている。
最年少達が危険な目に合わなくて済む、とミミは安心していたが、いつもと様子が違うということに、治は引っかかりを覚えていた。
危険がないのは何よりだが、普段は気性の荒いデジモン達がうろついているのに、今日に限って1匹もいないというのは、却って不気味である。
いつもと様子が違うことを、ラッキーで済ませてはいけない気がするのだが、今はとりあえず頂上で待っているであろう太一達と合流する方が先だ、と治は先を急いだ。



島で1番高い山は阻むものが何もなく、360度を見渡すことが出来る。
ゲンナイから聞いていた通り、絶海に浮かぶ孤島であるファイル島の周りには、何もなかった。
ある程度の覚悟はしていたものの、実際に見せつけられると秘めていたはずの覚悟があっさりと音を立てて崩れていくような錯覚を覚える。
だが泣くのは後回しだ。泣いて現状がどうにかなるものではないことぐらい、子ども達にも分かっていた。
パソコンを開いた光子郎は、ゲンナイがくれた地図を開いて、大まかではあるがエリアを区切って情報を打ち込んでいく。
ここに来るまでに通りがかった場所にはそのエリアの特徴やどんなデジモンがいたのか等が事細かに書かれ、まだ行っていない場所は山の上から見下ろしたときに見えた特徴だけを書き記していた。
アンドロモンがインストールしてくれたガードロモンやメカノリモンのデータが、光子郎がやっていることを感知して自己判断で手伝いをしてくれたおかげで、思っていたよりも早く終わった。

「……これでよしっと」
「できたか?」
「はい、粗方ですが。あとは立ち寄ったときにまた色々と書き込もうと思います。今は場所が把握できればいいので……」
「よし、じゃあ降りるか!」

太一の号令により、子ども達は下山を開始する。
道中で気性の荒いデジモンと出会わなかったせいか、子ども達の間に登山の際に抱いていた緊張感は殆どなかった。

「……なるほど、それで太一は僕を呼び捨てにしてる、ってことになったんだね」

1番前を歩く太一と丈は、丈とゴマモンが2人だけでムゲンマウンテンを登っている最中にあった出来事を話していた。
黙って行くなんて水臭いぞ、という話から発展して、それから太一は唐突に丈に謝罪をしたのだ。
一体何のことか、一瞬本気で丈は分からなかったのだが、大輔がぶつけてきた質問で、自分があまりにも無神経だったことに反省したことからの謝罪だったようだ。

「そりゃさ、丈は頼りねぇなって思ってたよ。6年生なのに、どっか抜けてるし。……でもだからって蔑ろにしてたつもりはなかったんだ、ごめんな」
「……いや、こっちこそ、何も言わずに勝手なことしてごめん。みんなを守らなくちゃ、って思ったら居ても立っても居られなくなっちゃってさ。みんなをまとめなきゃいけない立場なのに……」
「じゃ、お互い様ってことで」
「……あれ、おい、太一!」

太一と丈のすぐ後ろを歩いていた治が、何かに気づいて太一を呼び止める。
何だよ、って振り返ると、治があれ、って指をさした先が、崩れていた。
まるで切り取られたかのように、道にぽっかりと穴が開いていたのである。
来た時は何の異変もなかったのに。

「どうする?」
「確か、反対側にも降りれるような道あっただろ。あっち行こうぜ」

頂上には、降りる箇所が2つあった。
子ども達は元来た道を戻って雪原のエリアに降りる予定だったのだが、これでは雪原のエリアには戻れそうもない。
もう1つの下山ルートから山を下りようと、道を引き返した時だった。


ぶぅーん、という空気を擦るような、不快な音が聞こえて、デジモン達はぴたりと立ち止まる。
忙しなく辺りを伺って警戒していたら、なんと上空からクワガーモンが襲ってきた。
何で、ってデジモン達は驚いたが、真っすぐこちらに向かって下降してくるクワガーモンの狙いは、間違いなく自分達である。
子ども達の真上をスレスレで通り過ぎて、再び上昇していく。
クワガーモンは森に生息するデジモンで、ムゲンマウンテンには生息していないはずだ、とテントモンが叫んだ。
ここにいないはずのクワガーモンが、何故ここにいて、しかも子ども達に襲い掛かってくるのか。
賢い治は、最初に出会ったクワガーモンでは、と太一に進言する。
クワガーモンは、なかなかに執念深いデジモンである。
1度狙いを定めたら、相手が力尽きるまで追い回してくる、厄介なデジモンだ。
だから子ども達が命からがら逃げだした、あのクワガーモンが子ども達を偶然見つけてまた追い回しに来たのでは、と治は推理したのだ。
そうだとしたら、なんて面倒な相手なのだろう。
だがあの時とは違う。成長期に進化したアグモン達は、更なる姿を手に入れた。
遅れは取らない、相手が空を飛んでいる、ということでバードラモンに進化できるピヨモンをパートナーに持つ空と、カブテリモンに進化可能なテントモンをパートナーに持つ光子郎が、デジヴァイスを手に取った。

だがピンチは連続してやってくるものである。

ピヨモンがバードラモンに、テントモンがカブテリモンに進化し、空へと飛翔したと同時に、途切れた道の向こうから咆哮が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのはデジモン達が揃って大人しいと評価していた、モノクロモンであった。
大きく跳躍して途切れた道を渡り、子ども達に向かって突進してくる。
気性の荒いデジモンが住んでいるはずのムゲンマウンテンで、登山中に1体もデジモン達が襲ってこなかった。
そして下山の際に、ここにいるはずのないクワガーモンと、大人しいはずのモノクロモンが襲ってきた。
嫌な予感が的中した、と治は苦い表情を浮かべる。


子ども達はパートナー達を進化させるべく、デジヴァイスを手に取る。
最年少の3人とそのパートナー達は、まだ進化できないので丈とミミによって引っ張られ、都合よく鎮座していた大岩の陰に押しやられた。
バードラモンとカブテリモンがクワガーモンを追い払うように追い立てるが、クワガーモンは去る気配がない。
それどころか、大きく旋回してバードラモンに向かって頭部のハサミを鳴らしながら向かってきた。
何とか躱すと、カブテリモンが助太刀に入り、電撃の玉をクワガーモンに叩きつけてやる。
地上では、突進してきて止まる気配のないモノクロモンを、グレイモンが押しとどめていた。
ガルルモンとトゲモンは、背後にいる子ども達を守るためにグレイモンの後ろで控えていた。
イッカクモンは空で戦っているバードラモンとカブテリモンの援護である。

『いい加減、どっか行きなさい!』

バードラモンが苛立たし気に叫び、羽にエネルギーを集めてクワガーモンに火の玉の雨を浴びせてやる。
もうあの時の、クワガーモンに怯えて隠れてやり過ごしていた、力のないデジモンではない。
クワガーモンと同格か、それ以上の体格と力を得たのだ、負ける気はしない。
実際、バードラモンが放った火の玉の雨はクワガーモンに直撃したし、グレイモンもモノクロモンを押している。


そのまま追い払っちまえ、と太一がグレイモンを鼓舞した時であった。
彼らの頭上で突如として鳴り響いた轟音。次いで、ガラガラと何か硬くて重いものが崩れる音。
は、と子ども達が一斉に上を向くと、崩れた岩が斜面を転がり落ちてくるのが見えた。
ガルルモンとイッカクモンが技を放って、転がってきた岩を粉砕する。
地面が揺れ、子ども達は岩にしがみついたり、しゃがんだりして何とか耐える。
うわ、とブイモンがたまらずバランスを崩し、それを見た丈は……思わず手を伸ばしてしまった。

『あ!』
『ジョウ、ダメ!!』

丈が伸ばした手を見たパタモンとプロットモンが止めるが、もう遅い。
丈の手は、ブイモンの背中に触れてしまった。

『っ!!』

肌と肌が触れる。程よい体温が、ブイモンの背に添えられる。
赤い目を見開き、ひゅ、と息を飲んだブイモンの悲鳴は、転がり落ちてきた岩が、ガルルモン達の技によって粉砕される音でかき消された。

「……ふう。みんな、大丈夫か?」

粉砕された岩だったものは細かい砂となって、子ども達に降り注ぐ。
岩に身を隠さず、グレイモンを応援していた太一は、隠れていた子ども達に声をかけた。

「……僕らは、な」

ひょこ、と顔を出した治は、険しい表情を浮かべている。
目線は、すぐに逸らされた。岩陰の向こうを向いているが、隠れている誰かに向けられているようだった。
治だけではない、岩陰から顔を覗かせた、ミミと空、それから光子郎も困ったような表情を隠さず、太一と岩陰を交互に見つめている。
何かあったらしいと察した太一は、岩陰を覗き込んだ。
最年少3人と、パタモンとプロットモンがうずくまっているブイモンを囲み、その傍らで丈が申し訳なさそうに項垂れている。

「……何があったんだよ?」
「……さっき、岩が崩れた時に……」

事情を話せば、太一は呆れたように溜息を吐く。
ブイモンに触れてはいけないと、最初の夜に話し合っていたのに、そう子ども達に言い聞かせていたのは丈だったのに、それをすっかり忘れていたようだ。
だが無理もないだろう、あの夜からみんな極力ブイモンには触れないようにしていたし、それ以外は本当に普通だった。
だから、すっかり忘れてしまっていた。
覚えていなければならない大事なことだったのに、あんまり普通だったものだから、そして次から次へと子ども達に襲い掛かる試練を乗り越えるのに必死だったから、頭の中から抜け落ちてしまっていた。
何やってんだ、と言いたげに太一が睨めば、面目ない、と丈はますます項垂れる。
自分がやったことを棚に上げて丈を責めているが、丈だって悪気があってブイモンに触れたわけではなく、むしろ条件反射のような形だったのだ。
これ以上責めてもしょうがない。
それよりも、

「あ、アグモン!」

モノクロモン相手に奮闘していたグレイモンは、いつの間にかアグモンに退化して、その場に倒れこんでいた。
アグモンだけではない。ガブモンもパルモンも、ピヨモン、テントモン、そしてゴマモンも、ぐったりと伏している。
慌てて太一が駆け寄ってアグモンを抱き起せば、大丈夫という力のない言葉が返ってきた。
無理もない、アグモンとピヨモン、そしてゴマモンにとっては今日2度目の進化だ。

「……そういえば、クワガーモンとモノクロモンは?」

テントモンに駆け寄っていた光子郎がふと呟く。
空を見上げても、道の向こうを見つめても、2匹の陰は何処にもなかった。
クワガーモンはともかく、モノクロモンの影も形も見当たらないのはおかしい。
先ほどの崖崩れに巻き込まれたのか、と丈は崖の下を見下ろす。
木々が広がった緑の絨毯しか見当たらないが、いかにモノクロモンと言えど落ちれば一たまりもない、という高さだ。
助かった、と子ども達が安堵する中、最年少の3人は岩が崩れた辺りを見上げていた。

「………………」
『……ケン?どうかした?』

未だ震えているものの、先ほどよりは落ち着いてきているブイモンの背中を撫でていたパタモンは、パートナーとその友達が黙って上を見上げていることに気づいて声をかけた。
しかし返事はない。
プロットモンと顔を見合わせ、もう一度声をかけようとしたら、弾けるように上から顔を逸らして、賢はパタモンと、ヒカリはプロットモンを抱き上げ、そして大輔はまだ震えているブイモンの手を取って崖から離れた。

『……ダイスケ?』
『ケ、ケン?』
『ヒカリ?どうしたの?』

その顔色は、とてもではないがよくなかった。
まるで怖いものや嫌なものを見たような、恐怖で引きつっているような表情。
賢とヒカリは真っ青で、大輔は恐怖を押し殺しているように見えた。
いきなり岩陰から飛び出して崖の上を睨みつけた最年少に、子ども達は目を丸くする。

「おい、大輔?どうした?」
「……太一さん、早く降りよう?」

太一が代表して声をかけると、だんまりだった大輔が崖から目を離さずに答える。

「大輔?」
「……お兄ちゃん、また崖が崩れたり、さっきみたいに他のデジモン達が襲ってきたら、危ないよ。早く降りようよ」

治も大輔を呼ぶと、賢が治の手をぎゅっと握ってきた。
その手は、微かに震えている。
ヒカリも似たようなもので、太一にたーっと向かって行って、ズボンを握りしめながら引っ付いた。
ヒカリに抱き上げられているせいで、太一とヒカリに挟まれて、プロットモンは苦しそうに押し潰されている。
最年少の様子に、ミミがみんなを急かした。
きっとデジモンに襲われたことと、急に崖が崩れたことで、大輔達は怖がっているのだと主張して、早く山を下りるべきだと。
最年少をこれ以上怖がらせてはいけない、というミミの主張により、上級生達も、それもそうだなって納得して、急いで下山した。

『……ねえ、ヒカリ。どうしたの?』

お兄ちゃんにしがみついて離れないせいで押し潰されているプロットモンは、何とか顔だけ抜け出して小さな声でヒカリに尋ねる。
プロットモンを抱きしめている腕の震えが、伝わってきている。
何とかしてあげたくて、プロットモンは顔を摺り寄せたが、ヒカリは答えない。
賢もパタモンを左腕で抱きながら、右手はしっかりと治の手を握っているし、大輔もブイモンと手を繋いでいて、離さない。
上級生達は怖がっているのだろうな、って判断していたけれど、ブイモン達はいつもと様子が違うパートナー達に、デジモンに襲われたり崖が崩れたりしたせいで怖がっているのではない、と直感的に気づいていたのだが、何度問いかけてもパートナー達は答えてくれなかった。





やっと下山した頃には、もう日が傾いてオレンジ色に染まり切っていた。
相変わらず不思議な色をした夕方の空だが、漂流生活が5日ほど経とうとしている子ども達は、子ども故の柔軟性ですっかり慣れ切ってしまっている。
それよりも心配すべきは、デジモン達だ。
デジモン達が守ってくれているお陰で子ども達はマシなのだが、連日戦闘の日が続いており、更にアグモンとピヨモンとゴマモンは、そう間を置かずに2回目の進化を果たした。
ブイモンとパタモン、プロットモン以外のデジモン達の顔は、疲れ切った色を隠さない。
足元はフラフラで、今にも倒れそうだ。
このままでは、他のデジモンに襲われた時に戦うどころか逃げることもできない。
元気なのはまだ進化を果たしていない最年少のパートナーデジモン3体、そのうち1体はまだ小刻みに震えて、項垂れている。
それでも、下山している間にいつもの調子を取り戻した大輔が、仕切りに声をかけてやることで何とか落ち着いた状態だ。
つまり、実質動けるのは、パタモンとプロットモンのみである。
2体とも持っている技に殺傷能力はない。
これ以上は無理だ、ということで、何処か少し開けた場所でテントを張ろう、ということになり、子ども達は立ち止まる。
子ども達が今いる場所は、左右に森が分かれた道の上。
他のデジモン達の通り道でもあると思われるので、こんなところでテントを出すことはできない。
何処かいい場所はないだろうか、と辺りを見渡していた時に、丈が森の奥を指さして悲鳴を上げた。
明らかな人工物のそれに、子ども達は走り出す。
近づいていくにつれて、それは夢幻などではなく、現実のものであると理解した子ども達の心は、安堵に満ちていた。
それは、大きな館であった。
おとぎ話や、テレビのヨーロッパ特集なんかで見るような、洋式の建物だったのである。
深い森の中に、不自然なぐらい自然に溶け込んだ、立派なお屋敷だった。
館の前は人の手が加えられたように整備されており、溜息すら漏らすのを躊躇うほどに荘厳だった。
素敵、ってメルヘンチックなものが大好きなミミが両手を口元で組んでお屋敷を見上げる。

「……どう思う?」
「……繋がらない電話、湖に放置されていた電車、沸騰した温泉地に置いてあった冷蔵庫……あれと似たようなものだと思う」

人がいるはずのないこの世界で、野生動物のように生きているデジモン達がいるこの世界で、いかにも人が住んでいますと言った様子を隠さない屋敷に、太一と治が警戒心を抱く。
丈も似たような表情をしているを見るに、手放しで歓迎はしていないようだ。
自分達にはゲンナイからもらったテントもあるし、今更寝るところで困ることはないのだが……。

「……入ってみるか?」

どうせ人間はいないのだ、だったら屋敷に勝手に入ったところで咎める者は誰もいない。
調べるだけ調べて、特に異変がないのならここで一泊すればいい。
どちらにしろ、疲れているデジモン達を休ませないといけないのだから。
太一が子ども達に尋ねると、全員が頷いたので、屋敷に入ることにした。


否、全員ではなかった。


「………………」
『……ダイスケ?入らないの?』

未だ震えて、大輔と手を繋いでいるブイモンが、みんなの後を追おうと1歩踏み出したのだが、後ろに引っ張られたような感覚がして立ち止まる。
引っ張られたのではなく、大輔が動こうとしなかったからだと気づいた。
大輔だけではなかった。
賢も、そしてヒカリも。
それぞれのパートナーを抱いて、館を見上げている。
その表情は……崩れた崖を見上げていた時と全く同じだった。

『……ダイ、』
「なあブイモン」

大輔が、口を開く。

「何か、変な感じしねぇ?」

そう言って、大輔は館から目を離さない。
しかしブイモンの手を握っている大輔の手は、力を入れすぎてブイモンとは別の意味で震えていた。
そんな大輔を訝しみながらも、ブイモンは大輔が言った“変な感じ”とやらを探ってみる。

『……別に、変な感じはしないよ?』

しかし大輔の言う“変な感じ”を、ブイモンは何も感じなかった。
変な臭いや、何か敵意を持ったデジモンの気配などを探ってみたが、何も分からないのである。
だから素直にそう言ったら、驚いたような、でもすぐに納得したような表情になって、ブイモンの手を引いて太一達の後を追った。
賢とヒカリは、大輔がどうするのか見守っていたようで、大輔が走り出した後を慌てて追ってくる。


シンプルながらも重厚なドアの取っ手は、金の細工が施されている。
太一が代表してドアを開ければ、静まり返った館内は仄かな光源で灯されていた。
暗い赤の絨毯に足を踏み入れる。
2階へと通じる階段が右側にあり、どの部屋も固く閉ざされていた。

「ふーん、特に変わった様子はないな……」
「ま、今更何が現れても、もう驚かねぇよ」

ぐるりと辺りを見渡して、治が言う。
静まり返った館内は一種の不気味さすら感じるが、どう見ても人間用の建物にデジモン達が住処にしているとは思えない。
中も綺麗で、散らかっていないところを見ると、野生のデジモンがいる気配は見受けられなかった。

「わー!綺麗な絵!天使様の絵だわ!」

ミミが歓喜の声を上げる。
エントランスの正面の壁には、淡い色使いの、天使の絵がかけられていた。
優しくて暖かみのある絵に目を奪われてはしゃいでいるミミを見て、子ども達は警戒するのも莫迦らしくなったのか、無意識に浅くなっていた息を深く吐いて、肩の力を抜く。

「とりあえず、何か異変はないか調べましょ」
「そうだね。ここで寝泊まりするかどうかは、それからでも遅くはないだろうし」
「ここなら野生のデジモンに襲われることもないわよね」

すっかり安心しきってしまった子ども達は、扉を閉めて館内を散策することにした。


だが、おかしいのだ。
どう考えてもおかしいのだ。
誰も気づかなかった、丈でさえも、そして治でさえも。
人間がいないはずのこの世界で、どうしてこんなに立派なお屋敷が立っているのか、もっとよく考えるべきだったのだ。
ゲンナイが、ここにはデジモンしかいない、人間はいない異世界だって言っていたのに、人間が住むために建てられたような館が、あるはずがないのに。
それだけではない、建物は人間が使っている気配がないと、朽ちるのが早いのである。
人間がいないはずのこの世界で、まるで今さっき建てられたような新品の館、塵一つ落ちていない、汚れていない館内。

人がいないはずの館内が不自然なぐらいに綺麗であることに、違和感を覚えなければならなかったのに、誰1人として気が付かなかった。



9人いる子ども達は、3人1グループで分かれて散策する。
太一と治と空はもっと奥を調べてくると言って、疲れているパートナー達を引っ張っていった。
丈とミミと光子郎は、1階の部屋を中心に見て回る。
そして大輔達最年少は、2階へと上がっていった。

「………………」
『コウシロウはん?どないしはりました?』
「え?あ、いや……」

天使の絵の隣にあった部屋の扉を開け、丈とゴマモンがまず部屋に入る。
壁についているスイッチを押して、電気をつける。
丈とゴマモンが入り、危険がないかを確認してから光子郎達に入るように促す。
ミミとパルモンはそれに従ったが、光子郎はいつの間にか開いていたパソコンと睨めっこをしていて、丈が呼んだことに気づかなかった。
光子郎は何かに熱中すると周りの音を遮断してしまう癖がある。
なのでテントモンは、丈が呼んでいるのに何の反応も見せない光子郎が気になって、ポンと肩を叩きながら声をかけた。
接触があったことで流石に気づいたらしい光子郎は、我に返ってテントモンを見下ろす。
何だい、って聞くと、ジョウはんが呼んでますよ、と返した上で尋ねた。

『何や、考え事ですかいな』
「あー、うん……ちょっと、気になっちゃって……」
『何がですのん?』
「うん……ムゲンマウンテンの頂上で、ゲンナイさんからもらった地図と上から見たファイル島を照らし合わせて、大まかな地図を作っただろう?」

でも、と光子郎はパソコンを操作する。
ディスプレイに映し出されている、3Dのファイル島の地図が、ぐるぐると回ったり、拡大されたりした。

「でも、上から見た時、こんな建物見なかった。見てたら、僕が書き零してるわけないもの」
『うーん……?森で隠れて見つからんかったんとちゃいます?』
「……それもあるかもしれないけれど」

しかし腑に落ちない、と光子郎の表情は険しい。
確かに崖から目元だけを覗かせて見下ろしただけだから、きちんと見たと言い張るのことはできなかったが、一面森で、屋敷の建っている箇所だけがぽっかりと開いていたら気づくはずだ。
深い森の中で、ぽつんと建って子ども達を待っていたかのように、突如として現れた洋式の館。
この違和感は何だろう。まるで自分達が来るのを待ち構えていたかのような……。
そこまで考えて、光子郎は頭(かぶり)を振った。
まさか、幾らここが異世界だからと言って、そんなことありえないだろう。
考えすぎて疑心暗鬼になっているだけだ。

「光子郎?大丈夫か?」
「……はい、すみません。大丈夫です」

特に何も異変のようなものはなかったと判断した丈が、部屋に入らずに外で待っていたらしい光子郎に声をかけてきた。
パソコンを閉じて、何でもなかったかのように取り繕い、次の部屋に行こうと促す。
悪戯に不用意なことを言って、丈を心配させたりミミを怖がらせるのは本意ではない。
幾ら光子郎でも、そのぐらいは弁えていたので、何でもないと言って誤魔化した。






2階の大輔達を纏う空気は重い。
ずーっと表情は強張っているし、足取りだって軽いとは言えなかった。
いつもの大輔からは考えられないような、慎重な足取りで階段を上がっていく。
相変わらず手はブイモンと繋がれたままで、まるで自分が何処かに引っ張られたり、ブイモンが何処かへ連れていかれないようにしているようにも思えた。
賢とヒカリも、それぞれパートナーを抱っこして、大輔に引っ付く形で階段を昇って行く。
まずは、正面の部屋。つま先で立つように背伸びをして、ドアの取っ手を掴み、降ろした。
開ける。ぎぃ、と蝶番が軋む音が、静寂の空間に嫌に響いた。
真っ暗な部屋だった。何処かにスイッチはないかと壁を手探りで探す。
でっぱりを見つけて、大輔は迷うことなく押した。
カチ、という音と同時に、部屋にぱっと明かりがつく。
何の変哲もない、ホテルの一室のような部屋だった。
ベッドがあって、何かを仕舞える棚があって、机があって。
まだアメリカにいた頃、家族みんなで旅行した先のホテルに似ていた。


家族。


余計な事を思い出した大輔の表情は、複雑なものとなっている。
大輔の後ろから部屋の中を伺っていた賢とパタモン、ヒカリとプロットモン、それから大輔から顔を逸らして部屋を見渡していたブイモンは気づかない。
ゆっくりと息を吐きながら、沸き上がりかけた怒りを追い出し、特に何もないから次の部屋に行こうと促す。
次の部屋も、似たようなものだった。
その次の部屋も特に異変は見られなかったので、強張っていた賢とヒカリの身体と顔が少しずつほぐれていき、大輔とブイモンから離れて散策し始める。

『……なあ、ダイスケ』

ここは安全だろう、と上級生が判断したことで、最年少の3人も散策が許可された。
6人いる上級生はみんな、1階を散策していてここにはいない。
だから、ブイモンは思い切って聞いてみることにした。

「何だよ」

次の部屋へ向かう途中の大輔は、前から目を離さない。

『……さっき、この館を見上げた時、何であんなこと聞いたんだ?』

ぴたり、とその足が止まる。
エントランスを見下ろせる廊下は、蝋燭の明かりが一定の間隔で灯っており、柔らかいオレンジ色を放っていた。
ブイモンの手を握る、大輔の小さな手に力が籠る。

『ダイスケ?』
「……あのさ、絶対誰にも言わないって、約束してくれるか?」

そう言って大輔はブイモンの目を真っすぐ見つめる。
何か覚悟を決めたような、そんな目をしていた。
一瞬だけ身じろぎをしたブイモンだったが、きっととっても大事なお話をするのだろうと悟り、ぎこちないながらも頷く。
階段の方を見て、上級生が上がってこないのを確認すると、ブイモンを引っ張って廊下の壁際に寄る。
賢とパタモン、それからヒカリとプロットモンが、大輔とブイモンを間に挟む形で設置されている扉から、ちょうど出てきた。

「絶対誰にも言うなよ。太一さん達にも、アグモン達にもだぞ?約束な?……このお家見た時、変だなって思ったんだ」
『変?』
「ああ……なんか、こう、合ってないって思った」

合わない?
ブイモンは首を傾げる。
大輔が何を言いたいのか、さっぱり要領を得ないのだが、大輔も何と言ったものか考えあぐねているようで、うんうん唸りながら頭を抱えている。
分かる、と賢が乱入してきたのは、その時だった。

「僕も変だなって思ったんだ、このお家。ムゲンマウンテンで岩が崩れた時、あったじゃない?あの時に感じたのと、おんなじ感じがした」
「私も……」

ヒカリもおずおずと言った様子で参戦する。
いつの間にかヒカリの腕から降ろされていたプロットモンが、ヒカリを見上げながら変な感じって何と尋ねた。

『何を感じたの?アタシは何も感じなかったけど……』
「……何だろう、見られてるなって思ったの。こう……とっても怖い目で、まるで私達が……憎くてたまらない、みたいな感じがして……」

その時のことを思い出したのか、ヒカリは両腕を抱きしめるように擦って、身震いする。
ブイモン達は、首を傾げた。
視線を感じたのなら、まず真っ先にデジモン達が気づくはずだ。
子ども達を狙っているのなら、猶更。
しかしブイモン達は特に異変のようなものは察知していない。
ブイモンはあの時、弱点である触れ合いをしてしまって、パニックに陥ってそれどころではなかったのだが、それでももし大輔を狙う何かがあれば、絶対に分かったはずだ。
しかしブイモン達だけでなく、疲れていたアグモン達も特に何も感じた様子はなかった。
どうして大輔達だけ?もしかしてデジモンには分からないけれど、子ども達には感じる何かがあったのだろうか。
しかし大輔は首を振る。

「たぶん、俺たちだけだと思う。だって太一さん達も、何も言わなかったもんな」
「うん……お兄ちゃん達も何か感じてたら、あんなにのんびりしてなかったと思う……」

リーダーとして子ども達を引っ張り始めている太一、遅れている子がいないよう周りを見てくれる治、そんな2人をフォローしている空。
上級生として下級生を守らなければと自覚しているリーダー格が3人もいて、異変に気付かないはずがない。
もしも誰かに見られていると気づいたら、少なくとも治や空が早く降りようと急かしていたはずだ。
しかし実際に急かしていたのはミミ、それも大輔達が異変を感じて挙動不審になっているのを見ての判断だ。
その視線に気づいていたのは、大輔達2年生だけということになる。
だから大輔は、誰にも言うなとブイモンに念を押したのだ。
太一達の様子を見て、異変を察知したのは自分だけだということを理解したから。

「あそこから離れたら、誰かに見られてるって感じは消えたんだけど……このお家を見た時に、また変な感じがしたんだ」
『誰かに見られてるって?』
「それだけじゃない、の」

しゃがんだヒカリは、プロットモンの前足を掴んで、持ち上げるように自分の膝に置く。
ぎゅ、と縋るようにプロットモンの前足を握った。

「……このお家、何かちぐはぐ?っていうのかな?こう……とっても優しい顔をしているんだけど、言葉が怒ってる人、みたいな……」
「あー!そう!そんな感じだ!にこにこしてんのに、すっげー怖いの!お姉ちゃんみたい!」
「大輔くん……」

賢が的確に表現してくれたお陰で、大輔がすっきりしたーという表情を浮かべていたが、最後の言葉は余計だったのでは、とヒカリは苦笑する。
どうかジュンちゃんにばれませんように、と願わずにはいられなかった。

「でもブイモン、変な感じはしないって言っただろ?太一さん達も全然、何にも感じてないみたいで平気でお家入っちまうし……」

太一達が入った途端に、その“変な感じ”は消えてしまったので、ぼーっと突っ立っていることも入りたくないと拒否することもできなかった大輔達は、ブイモン達から離れまいと思って手を離さなかったようだ。
何だ、ってちょっとだけ、ブイモンはがっかりする。
誰かに触れられることを怖がるブイモンが、丈に触れられてしまったことでパニックに陥ってしまったから、落ち着かせてくれようと思って手を繋いでくれたわけじゃないのか、って。
でも同時に、嬉しさもあった。
異変を感じた時に、太一達ではなく自分達を頼ってくれたのだ。
まだ進化を果たしていないせいで、必然的に太一達やアグモン達が前に出て大輔達を守る形になっていたのだが、ブイモン達はそれが悔しくてしょうがなかった。
早く進化できるようになって、大輔達にすごいなって褒めてもらいたいし、大輔達を守るのは自分達でいたい。
それは、パートナーデジモンとして、当然の感情である。
大輔達だけが感じた異変を、太一達には絶対言うなって、内緒だぞって言われた時だって、太一達よりも自分達が信頼されているのだと、ブイモン達が舞い上がるのも無理はなかった。

それにしても、である。

『……ダイスケ達だけが感じた視線って、何なんだろうな?』
『困ったねぇ。もしもこの先同じようなことがあったら、僕達で何とかできるかな……?』
『何弱気になってるのよ、パタモンたら!何とかするのよ、アタシ達だけなんだからね、ヒカリ達がこうして話してくれたのは』

項垂れるパタモンに、はっぱをかけたのはプロットモンであった。
自分が弱いことを自覚しているパタモンは、まだ進化が出来ないしどんなデジモンに進化するのかも分からない。
賢を守り切れるだろうか、と弱気になってしまうのは当然だった。
だがプロットモンがそれを一蹴する。
自信ありげに胸を張って、ヒカリを守るのは自分であると豪語する。
すごいなぁと呆気にとられつつも、プロットモンの言う通りだなぁと思ったパタモンは、俯くのをやめた。
他のデジモン達と一緒だ、自分は賢を守るためにここにいるのだ。
弱気になっている場合ではない。

『そうだよね!ボク、がんばるからね、ケン!』
「?うん!」

何かよく分かんないけど、パタモンが元気になったからいいや、って賢は微笑んだ。

『………………』

そんな友達2体を、ブイモンは複雑そうな目で見つめている。
大輔が握ってくれている、ブイモンの手に力が入る。
パタモンもプロットモンも、賢とヒカリを守るために頑張ろうとしている。
自分は?自問自答する。
自分もみんなと同じように、大輔を待っていた。
大輔を守るのは自分だと、パタモンやプロットモンのように言いたいのに、喉の奥に張り付いて言葉が出てこない。
だって、パートナーデジモンでありながら、大輔を守る立場でありながら、致命的な弱点があるのだ。
誰かに触れられるのが怖い。
少しでも触れたら、身体中が緊張して硬直して、がたがたに震えて冷や汗が止まらなくなる。
目の前の景色がぼやけて、焦点が合わなくなる。
自分から触る分には、問題ないのだ。
接近戦をメインとする戦い方をするからなのか、拳や蹴りをぶつけるのは、大丈夫なのだ。
手を伸ばして相手に触るのは、平気なのだ。
その手を握り返されると、もうダメだった。
身体が拒否反応を起こして、弾いてしまう。
まだチビモンだった頃、感情のコントロールが上手くできなかったときは、触れられるたびに泣いて、アグモン達を困らせていた。
パタモンとプロットモンだけは、触れられても何ともなくて、みんなで首を傾げたことも覚えている。


──そんな自分が、ダイスケをちゃんと守れるのだろうか?


「ブイモン?」

大好きなパートナーの声に呼びかけられて、思考の海に沈みかけたブイモンの意識が引っ張られた。

『な、何?』
「何って……どうしたんだよ?大丈夫か?」

大輔の空いている手が、ブイモンの頬に触れる。
パタモンとプロットモン以外のデジモンに触れられると、怖くて仕方がないのに、大輔はパートナーだからなのか、触れられても全然へっちゃらだった。
程よくあったかくて、手はブイモンよりも小さいはずなのに何故か包み込まれているような感じがして。
心配してくれているのが嬉しくて、ブイモンは泣きそうになるのを我慢して、何でもないって笑った。


──今は、考えないでおこう。


自分の弱点をさらけ出しても、大輔は受け止めてくれたのだ。
認めてくれたのだ。ブイモンはブイモンだって。
うじうじと考えるのは性に合わない。
震えも止まってきたし、ブイモンは大輔にもう大丈夫だからと言って、手を離してもらった。
そして、丈に謝りたいと言った。

『ジョウも、悪気がなかったのは分かってるんだ。ただひっくり返りそうになった俺を助けようとしてくれてただけなのも、分かってる。でも、ダメなんだ、俺。どうしてか分かんないけど、本当にダメなんだ。誰かに触られるの』
「分かってるよ、ブイモン。丈さんの手を叩いちゃったのも、わざとじゃないんでしょ?丈さん、怒ってなかったよ。だから大丈夫だよ」
『……うん。分かってる。でも、だからって、それに甘えるのは、何か違う気がするんだ。ちゃんと謝りたい』
「……ブイモンがそこまで言うんなら、それでいいんじゃないか?多分丈さんは許してくれると思うけど」
「でも“ケジメ”は大事だよね。いいと思うよ」
『じゃあ、みんなで一緒に謝りましょう』
『さんせー!』

悪いことをしたと思ったのなら、謝らなければ。
許す許さないを決めるのは丈だが、でもきっと丈は許してくれるって、みんな確信していた。
ブイモンは、何も悪いことをしていない。そう言って、きっと丈は許してくれる。
むしろブイモンの弱点を忘れていた自分が悪いのだと、きっとそう言うだろう。
それでも、丈は悪気があってブイモンに触れたのではない。
ただ助けようとしただけ、転びそうになったブイモンを支えようと、反射的に手を伸ばしただけ。
恐らく丈もそのことで頭を下げるだろう。
互いに謝罪合戦になって、それでみんなで笑うのだ。
それでいい、それでいいのだ。
今は、まだそれでいい。


丈のところに行こう、と大輔達が1歩足を踏み出した時だった。



ガシャァアアアアアアアアアアアン!!



金属が派手に倒壊したような、重たい陶器が落とされて割れたような、派手な音が館中に鳴り響いた。
あまりにも突然だったその音に、大輔達は耳を塞ぐ用意もできずにその場で硬直する。
キンキンと耳の奥に反響して、脳内に幻痛が走ったような気がした。

「どうしたんですか!?」

下から光子郎の声がした。
それで我に返った大輔と賢とヒカリは、慌てて木で出来た柵に近寄り、下を覗き込むように掴む。

「悪い!俺だ!廊下にあった鎧、ぶっ倒しちまった!」

少しだけくぐもった、太一の声が聞こえる。
声色からして特に緊迫したものではない、と判断した光子郎が気を付けてください!と少々苛立たし気に返した。

『なぁんだ、びっくりした』
『よかったー、敵に襲われたとかじゃなくて!』

賢とヒカリ、それぞれの隣で、パタモンとプロットモンも下を覗き込みながらそう言った。
そうだね、って賢はクスクス笑いながらパタモンを抱え、定位置である自分の頭に乗せてやる。
丈のところに行こう、と賢は大輔の方を振り返ったのだが……。

「……ブイモン?どうしたの?」

最初に気づいたのは、賢だった。
賢の言葉に、大輔とヒカリ、パタモンとプロットモンも反応して、ブイモンに視線を向ける。


赤い目を見開いて、小刻みに揺らして、硬直しているブイモンがいた。


え、って大輔達も身体を一瞬強張らせる。
まるで、誰かに触れられた時のブイモンとそっくりで、でもここにはブイモンが触れられても大丈夫な子達しかいなくて、みんな頭上にたくさんの疑問符を浮かべる。

「ど……どうしたんだよ?」

そう声をかけるのがやっとで、未だに解けない硬直の中みんなでブイモンを見つめていると、その声が引き金になったかのように、その場にへなへなと崩れ落ちた。

「へ!?お、おい、ブイモン!?」

慌てて駆け寄る。
震えこそなかったものの、身体が強張っているのは、触れてみれば分かった。
は、は、は、と浅い呼吸を繰り返している。
大丈夫?ってヒカリは何度も背中を擦ってやった。
触れられて、パニックに陥った時よりも早く、ブイモンの強張った身体はほぐれていった。

「……どうしたんだよ」
『わ、分かんない……』

再度尋ねる。だがブイモンにも分からなかったようで、返ってきたのは疑問を意味する言葉だった。
また何か隠しているのでは、と大輔はパタモンとプロットモンを見やったが、その意図に気づいた2体は、首を横に振って否定した。
大きな音に驚いた、というだけの反応には見えなかった。
触れられるのを拒絶するときの態度と似ていたが、悲鳴は上げなかったし、震えてもいない。
それならば今のは?幾ら考えても、まだ2年生の最年少では考えつかなかった。







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