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或る皇国将校の回想録

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第五部〈皇国〉軍の矜持
  第八十一話 六芒郭顛末(下)

十月十一日午前第零刻 六芒郭包囲網 東方辺境領鎮定軍本営
先遣支隊 支隊首席幕僚 大辺秀高中佐

 本営周辺の制圧を行っていた支隊本部の幕僚達にも本営を襲った砲声は届いた。
「擲射砲です!クソッ!思い切りのいいやつだ!」

「標定射撃だ!効力射が来るぞ!急いで支隊長達を確保して退避だ!」

「‥‥クソッ!連中本気だぞ、新城支隊はどこにいる!
連中、副帝をどころか友軍も消し飛ばすつもりか!!」

「聯隊長はどこにおられる!」
 慌てたあまり普段の肩書を撒くしてる連隊幕僚に対し、鵜沢大隊長がぎちぎちと振り返る。
「‥‥司令部大天幕です」
 正確な報告はたちまち混乱を引き起こした
「はぁ!?」「いや、それあきらかにまず‥‥」
 再び大音量の爆発音が響く。すわ効力射がはじまったのか、と慌てて将校達は伏せた。

「おいおい!今度は何だ!」「六芒郭が爆発した!」
「‥‥新城少佐か!」「いいから急げ!今のうちに連隊長達を確保するぞ!」
 突角堡が爆破され。瓦礫が散弾のようにまき散らされている。そのように細工されていたのだ。 砲撃が一時的にやんだ。とはいえ彼らの重砲陣地も本来は六芒郭からの砲撃に備えていたことを考えれば重砲隊壊滅などという都合が良い話はなさそうであるが。
 しかしながらまさに天の配剤としか言いようのない間の良さだ。大辺たちは兵を叱咤し、走った。
 道中ではそれではない。運の悪い第十二大隊の兵と猫たち、それに〈帝国〉兵までもが巻き込まれ。霰弾で臓物をまき散らしながら悶えているのが横目に見るが脚は止めない。

 彼らを出迎えたのはえっさほいさと大天幕を片づける半泣きの少尉に率いられた新式施条銃小隊の連中とやれやれと這い出てくる副帝達であった。
 着弾点からはやや離れているがよくも無事であったものだ

「とりあえず死人はいないみたいで何よりね、あらそちらが救援部隊?」
 彼らが確保する対象であったはずの侵略者にして敵国帝室副帝が勇壮さと可憐さを絶妙に混ぜ合わせた微笑を向け、話しかけてきた。
「‥‥え~と」

「あのね、一応私は貴方たちの頭目の命の恩人なのだけど?」
 ユーリアが視線を向けた先には脇腹を抑えて若い大佐が横たわっている。
「やぁさっきぶり」
 常のふてぶてしい微笑を浮かべているが燐燭弾の不安定な灯りのみでも脂汗を浮かべているのがわかる。
「連隊長、ご無事で」「おぅ、ちょっと脇が痛むけどな、それのおかげだよ」
 崩れ落ちた骨と穴だらけになった大布に押しつぶされても健在である大机と長いすで組んだ仮設掩体を顎で示した。
「おやまぁ、これは用心深いようで」
 見ると大机の裏に鉄板が張ってある。長椅子すら裏に鉄枠の補強が入っている。
なるほど、即席の掩体になるはずである、と大辺は舌を巻いた。

「帝室の嗜みよ。そんなことよりこれの次席指揮官は誰?」

「自分がその代行ということになります。殿下、怪我は?」
 溜息をつき、大辺中佐が前に出た。
「こちらは軽傷、私の参謀長は深めの刀傷。あなたたちの指揮官は体を打っただけよ、動くと痛むようだけど重症ではないわ。
――後は忠勇であった者達がここに眠っているだけよ」
 経緯をこめて大天幕の布地に滲む赤黒い染みを撫でる姿はまさしく望まれた君主のそれであった。
 だが馬堂大佐も大辺首席幕僚はそれに敬意は払っても感銘を受けるつもりはない。これも交渉の一環であることを理解しているからだ。
「殿下の把握する状況をよろしければ」

「‥‥東方辺境領軍の大半は南北に散っている。私の手元にある忠実な部隊は貴方たちが蹴散らしてくれたようね。
それに身動きが取れない状況にあるみたい、手を回された可能性がある」

「なるほど、それで殿下。ウチに降伏しませんか?」
 そういいながら馬堂大佐がよろめきながら立ち上がる。
「ほう、指揮官が私に命を救われた部隊に降伏するのか?」

 なるほど、道理ですなぁ。と豊久は苦笑いしつつ大辺に手を振った。
「では近衛に降伏なさるといい。近衛総軍は皇主陛下直属の軍。すなわち皇主に直接降ることになる」
 その方が良いでしょう、との言葉にユーリアはにこりと微笑を浮かべた。 
「ふむ、そうくるか。決めた、貴様に降伏しよう」

 
「東方辺境領姫に二言はないと聞いておりますが」

「貴様には降伏する理由を問うただけよ。出そろう前に決断を下したことにするのは佞臣のすることよ」
 ふぅ、と溜息をつき蜂蜜のような髪をゆらす。
「つまらぬ幕だ。残念ながら私が泣きながら見送ることもできぬし、貴様が勝ち誇ろうにもその様ではどうにもならぬ。貴方の言い方を借りるのならこんなつまらない博打にすべてをつぎ込むつもりはないの」

「わからない、わからないなぁ。近衛でも構わないでしょう、いや、その方が制約も少ないはずだ」
 豊久が瞼をもみながら尋ねる。

「そうねぇ、でもねぇ」「なんですか」

「この選択はどちらに転んでも貴方達は私もクラウスも道具にするじゃない。ならば面白そうな方に賭けたっていいじゃない」
 意味わからん、と豊久が唸るのを見てメレンティンが微笑を浮かべた。 
「だそうですぞ、馬堂殿。貴方はお気に入りですからな、私の次に」

「メレンティン殿も大変ですな」「いえいえ、殿下は貴方が困るのがお気に入りなのですよ」

「ひどい」「そりゃ酷いわよ、貴方達の国を鎮定しにきた軍の司令官だもの」
 失脚し、敵の手に墜ちたというのにからからと笑っている。この姫様は豊久にとっては理解を超えた存在だ。
 器量の問題なのか価値基準の問題なのかロッシナ家の使用で頭のネジが数本脱落しているからなのか、わからない。
 だがこれはもう自分が困惑すればするほど楽しまれるだけだ、と豊久は諦めた。
「分かりました、分かりましたよ、殿下がそうおっしゃるのであれば私はしっかりと責任をもって引き受けます」
 そう言いながら笑みを浮かべる。自分が笑みを浮かべる事がすなわち窮地にある事を意味するようになったのはいつからか。
 脇が酷く痛む。熱を持っているような気がする。痣になっているのか――
 その時であった。ざわめきが近づいて来る、歓声を上げる者もいる。その理由は明らかだった。
「楽しそうだな」
 新城直衛、六芒郭の守手大将、救国の英雄。だがそれ以上に古い、とても古い友人だ。
幕僚と近衛の軍装を纏った剣虎兵達を供廻りに連れている。
「よう、久しぶりだな、残念だったな。剣虎兵三個大隊を率いてここにいるぞ。
剣虎兵将校の名誉だろうな。俺は砲兵だが」
「あぁ久しいな。残念だったな、僕は一個軍に匹敵する重火力を抱えて2カ月戦ったぞ。
砲兵将校にとってはちょっとしたものだろうな」
 たがいに視線を交わし、羨むものか、と鼻を鳴らす。 

「‥‥傷を負ったのか?」
 声に柔らかな気遣いが滲んだ。
「酷く打っただけだ。血を吐いてもいないし、耳も聞こえる、地面も揺れてない」
「そうか、よかった」「何だ素直だな」
 さっと常の調子に戻り、新城はぶっきらぼうな口調で答えた。
「貴様に貸し逃げされるのは好きではない」
 なるほどそっちか、と豊久は笑った。

「――彼は?」「六芒郭を出た時点では無事だった。馬は借りたがね」
  負傷兵を担ぐためだという事はわかっている。将校がみな徒歩なのは剣虎兵くらいのものだ。
「そうか、そうか。すまなかった」「彼の運がよかっただけだ、それにひょっとしたら人物も」
 視線を彷徨わせた後に脂汗をにじませながら豊久は口を開く。
「‥‥分かってほしいがここまで運ぶためには必要だったんだ。お前には無理を言ってすまなかったが――」
 新城はずい、と前に出て旧友の弁明を遮り、視線を合わせる。
「いいか、豊久。お前との貸し借りの計上は――どちらも膨らみ過ぎた、数えるのが面倒なほどにな。僕は恨みは忘れないが、恩義も忘れるつもりはない」

 にへらと笑って旧友は言い返す。
「恩義を忘れろというほど人間は出来てないよ、つもりではなく覚えておいてくれ」
 
「今の一言で貸しが増えた」「マジかよ」
「冗談だ。それで僕たちはどうする」
 馬堂大佐は覚書を取り出して新城に渡す。
「南下してくれ」「南か」
 新城は顎を撫でる。
「あぁ虎城の裾野沿いに南へ下ってくれ。虎背川まで行けば西津閣下と水軍がどうにかする。水軍はお前さん達を歓迎するつもりのようだ、統帥部が酷く頑張ってくれたよ」
 新城は目を瞬かせた後にあぁそうか、と笑った。
「水軍か。あぁそうだな――借りを一つ返そう」
 見覚えのあるやや草臥れた細巻入れ。
「笹嶋さんのだな」「返したぞ、それではまたお会いしましょう、馬堂水軍名誉中佐殿」
「あぁ、それではまた会おう。新城水軍名誉少佐」




十月十二日 午前第十一刻 咆津市役場
護州軍副司令官 守原定康少将

「勝利をもたらしたのは全ての将兵の力だ。私はこの作戦に携わった全ての将兵を誇りに思う。我々は間違いなく勝利したのだ」
 市民たちが歓声をあげた。記者達は鉄筆を舐め、念写機を弄りまわす。
「我々は諸君らに詫びなければならない。〈皇国〉軍は一度この地を離れてしまった。
であるからこそ、我々は護州公の軍として皇主陛下の宸襟を安じ奉り御国を護るという断固たる覚悟を持ち――」


「お疲れ様です若殿」

「定康様‥‥お見事でした」
 副官の宵待が満面の笑顔を浮かべて定康に黒茶を差し出す
「ありがとう、だが酷く疲れるな。この手の事は得意ではない。
どうにも綺麗な事をいうのは気恥ずかしくてかなわん」
 参謀長の豊地大佐は苦笑を浮かべた。
「慣れですよ、若殿様」
「――しかし随分と想定から外れた。叔父上が喜ぶかどうか」

「まつりごとについては御助言できません」

「だからこそ貴様が必要なのだ。叔父上に会う前に現状で必要な物をあげておいてくれ。
あぁそれと兵を一日使って豪勢に労ってやれ。それから数週したら大規模な演習を行う」

「派手に、ですか」「吼津の民草共に舐められるわけにはいかん。兵が豪勢に振舞う様を見せ、その後、武威を見せる」
 なるほど、と豊地は顎を撫でる。
「二正面に備えた築城はもちろんですが東と南の兵の移動を円滑にするために土壌の整備も必要ですな。
若殿の仰る通りの演習は無論必要です、というより砲兵隊の拡充が必須である以上、こればかりは後備の動員では質の問題が出ますので演習を行える駐屯地の設置が必須でしょうな。
兵站としては街道の整備も喫緊の課題ですし、民生の問題も含めると橋の補強や場合によっては仮設によりさらに幅が広い橋を作る必要があるかもしれませぬ。
南方からの攻勢を妨害するために龍州軍との連携が必要であるし、伏ヶ原からの侵攻を警戒するために皇海艦隊にも伝手を作り哨戒の連携が必要です。
また、龍虎湾を利用するうえで天龍自治区の集落を通じて兵站の改善を――」
 定康の口の中に放り込まれた苦虫の数が増えてゆく。自身が言い出した事で上乗せする前からあまりに多忙な未来が確定していたのだから当然だが。
「‥‥‥暫くは身動きがとれんな」
 豊地はこの人は存外に真面目なのかもしれないな、と思った。離れるという発想を持っていないのだから。
 これまでの放蕩ぶりは指針を見失っていたからなのかもしれない。
「ですが勝ちました。例え初陣であっても、こ貴方は紛れもなく〈皇国〉軍少将になったのです。閣下」

「あぁそうか、勝ったのか俺は。そうか、これか勝利か。習熟とは幻想を捨てる事からはじまるものであるというが」
それにしたって勝っても楽になった気がせんな、と拗ねたような口調で呟いた
「勝ってもめでたしとはならないのが戦争であります」
 参謀長の事務的な返答に定康は皮肉げに唇を歪めた。
「‥‥逃れえぬとはいえ泥沼に足を踏み入れたか。
望まぬほどの戦利品を獲て、どうしてこうなったやら」
 定康の笑みはこれまでのような全てを嘲る酷薄さに逆説的な捩子くれた素直さが混ざり、独特の魅力を醸し出していた。
 あるいは護州公を深く知る者がいれば驚いたかもしれない、自身の病弱さを逆手に取り趣味に耽溺していながら誠実であった彼が毒を含んだ機知問答を聞くときの顏に少しばかり似ていたのだから。




十月十五日 午後第五刻 龍州自治領 利益代表部 特設通信室
利益代表部三等書記官 弓月葵


「報告!新城支隊、最終便が出航しました!合わせて外務省より特設通信室の解散が発令!」
 おぉ!と誰もが歓声をあげた。僕も例外ではない。たとえ木材用だったり龍州豚用だったりしようと船は船だ。

「やれやれ後は2、3日の船旅で安全な土地だ」
天領である芳州に到着すれば後は皇都までのんびりと歩けば良い。誰に追い回されることもないだろう。
「しかし東海艦隊もよくここまで尽力してくれましたね」
 真実、挙国一致といえる陸軍、水軍の将家勢力は協調し、動いていた――もっとも駒州軍を除き総力を挙げて動いたわけではないが、それも兵理の合理性の範囲内にとどめていた。
 挙国一致の友情パワーを素直に信じるには父も義兄二人(うち一人は予定だが)が要らぬ苦労を背負う様を見過ぎていた。
 父が警察制度の整備に奔走する際には五将家の妨害(人事への干渉)で一時は失脚寸前まで追い込まれた。姉の弓月紫が嫁いだ芳峰子爵が鉄鋼事業への集中投資と一部の領地の返上(売却)を行う際には悪い評判を触れ回る者がいた。そしていまもう一人の姉、弓月茜は
「西原公爵閣下の名前は重いってことさ。禁士の部隊も巻き込まれれば
西原閣下の御子がいらっしゃるのなら我も我もと下から出てくる。
そうでなくとも希望を持つものは出てくる。新城支隊に組み込まれた第二軍の残余部隊には東州と背州も少なからず居た」
 なるほど、酷い事をしたものだ、と葵は冷や汗を流す。
 誰だって人の心はある。堤に穴が開けば我らも我らもと声が上がるものだ。声を挙げねば不満は抑えられるが声があがれば話は違う。
 怒りを誘う観測気球ならまだいいが希望を煽る観測気球を流した場合、それを否定した者への怒りはすさまじいものだ。ちなみにそれで最も手痛い目に遭ったのは六芒郭建造に携わった官吏と現場の対応に当った龍州警務局の者たちだ。
「‥‥成程な。そりゃ軍監本部も東海艦隊も動かないとならんか」
 噂とはこの世で最も退治に難儀する怪物の一つだ。
「龍州の海運業の連中も動いている、ハハハ、叛徒と五将家が裏ではどう言い合ってるかは知らんが表向きは動いている訳だよ、君。
これはちょっとしたお笑いじゃないか、あるいは民草にとっての美しい物語になるかもしれんぞ」
 警備対策官が笑った。
『失礼します、あぁまた何も聞こえていませんが失礼してもよろしいでしょうか』

「坂東殿、いろいろとお話させていただきましてありがとうございます」

『いえいえ、私が話せるのは同胞達から聞いた”噂”だけです』

作戦の直前に何人かの物好きな若い天龍達が”戦争見学”を始めたのだ。とはいえ実際に前線を見学する者は少なく大抵は導術で遠見をしてあぁだこうだと””噂”をするようになった。坂東はそのような”噂話”を利益代表部の友人に”含むところなく”話したのである。 ”所属を特定できない天龍の遠見の結果”が大量に利益代表部に流れ込み、それをある程度整理して書記官と警備対策官と駐在武官がそれぞれ外務省と内務省、兵部省に報告を導術で行った。
 そして兵部省への報告を行うそれをそれぞれの軍司令部が傍受(と言うと語弊があるが波は共有されている物であった)されていたのである。
 とにもかくにも無茶なやり口であった。天龍のとりわけ人間と距離を保とうとしてた者達にとって龍州から流れ込んだ避難民達の訴えを利用して切り崩してようやく”目こぼし”された。期限付きで行えた限りなく黒に近い灰色の行動である。
「‥‥天龍と親しき方はもう船の上です。数日には皇都に戻るでしょう」
 あぁそうですそうです、と青年外務官僚はニヤリと笑った。
「もちろんこれはあくまで噂ですよ」

 坂東一ノ丞は大いに導波を波立たせて笑った。



同日 虎城 棚母沢周辺 駒州軍将校用野戦医務院
独立混成第十四聯隊聯隊長 馬道豊久大佐

 豪雨は既に三日ほど続いていた、虎城へ本格的に雨季が訪れたのである。

 馬堂家典医の上野正栄が豊久の体を触診し、溜息をついた。
「肋骨が折れてます、臓腑を傷つけてればどうなっていたやら、よくもまぁ偉くなっておいてこれだけ大立ち回りしたものですな」
 うるさいよ、やりたくなかったよ。などと文句を言った青年大佐をはいはい、といなし腫れあがった脇に軟膏を塗る。

 駒州軍最精鋭部隊の指揮官が悶絶する様には誰も注意を払わない。
「回復までは?」「おおよそ一月はみないとなりませんな」
 典医の息子である助手の上野正豊が副官の米山大尉と応答する、
「まぁ御父上のような苦労をしないで済む分運がよかったのですな。しばらくはおとなしく安静にしなさい」
 輜重将校であった豊守は東州乱で段列を襲撃した敗残兵との戦闘に巻き込まれ膝を負傷した。
いまでは杖に頼らねば歩けない。。
「いや先生、俺がいないと聯隊イタタタタタタ」
「副官、来客だ」
 大辺がそういい扉を示す。そこに居たのは重臣団筆頭にして駒州軍参謀長益満敦紀少将だ。

「参謀長閣下」
 療医二人以外が敬礼を捧げる。作業を止めてまで敬礼をさせないのは駒州将家の”身内”間での風習であった。
「かしこまらんでよい。あくまで非公式の見舞いだ――すまないが将校だけで話したい」
 処置を済ませてから療医達は目礼をし、退出した。

「まぁなんだ、聞きたいことはたくさんあるが――とにかくよくやってくれた」

「はい、私も正直良く分かってないのですが」

「あぁまったくだ。何が起きたのか、確証を持って言えるのは結果だけ――面倒なことをしてくれたな」

「いやぁあはははははは、何が何だかわからないならあぁするしかないじゃないですか」
「莫迦か貴様は」
 益満はジロリ、と若い大佐を睨みつける。
「莫迦ですよ、あそこで討ち取った方がよかったかもしれない」
 豊久は力なく笑みを浮かべる、だが益満は重臣筆頭に相応しい威を持った視線を向ける。
「それでも貴様は殺さなかった」「‥‥‥怖かったんですよ、副帝をあそこで殺めたら後戻りができない」
「ほう」「生かしておけば選択肢は残り続ける。殺せば後戻りができない。私は生かす方を取った、それだけです」

「それだけか?ここにきてあの姫様に入れ込んでたとも聞いているぞ?
いまは人払いをしてある、それならそうと言え」

「なんですか!なんなんですか!惚れた腫れたで揶揄するのは会話の内容でなく共通の話題を保有するという事実を確認するためだけの行為であり会話という行為への共感に意味を見出し、会話の内容に意味を見出さないもの!
それは形式主義の空虚さへの堕落であり、軍人の奉ずるべき実用主義への概念的な殺人に他なりません!!」
 そこまでまくし立てると脇腹を抑え、駒州公が重臣団が俊英の攻勢は沈黙した。
「元気がいいな」「‥‥‥」

「まぁよかろう、貴様の内心全てを説明する義務もあるまいよ。
だが、貴様は合理を信望しすぎだ。あぁ違うな、人前で合理を信望する振りをしすぎている。
子供の時分から何も変わっとらん」
 豊久は黙って眼を閉じる。
「それで、本命は何ですか、益満の殿様」
「‥‥‥面倒ごとが起きている」

「またですか、護州、西州、駒州、龍州、そして近衛が手柄を挙げた。
均衡としては最上の結果ではありませんか。これ以上に何を求めるのです‥‥」

「駒州の中だ。御育預殿に対抗して貴様を持ち上げようとする連中がいる」

「私の家格で28で大佐。父は准将で大臣官房の理事官です。
勲章と年金ならありがたく受け取りますが、これ以上何を望めというのです」
「そうか、良かったな有り難く受け取れ」「は?」
「勲三等桜花大褒章と功二等金龍章の受勲が決まったぞ、良かったな」
「は?」
「駒州公士族独立混成第十四聯隊長陸軍大佐勲三等功二級士馬堂朝臣豊久だ。
じきに公文書にそう記される」

 豊久は唸るように言った。
「父上も勲三等です」「来年には勲二等にする。情勢次第では少将だ」

「そもそも勲三等は准将相当の筈です」
「なりたいのか」「冗談はよしてください」

「なら黙っていろ。年末に戦勝式典がある。特別な事情がなければそのまま皇都で執政殿の手で受勲だ」

 さてそれならば、と豊久は算盤を弾く。駒州の身内は面倒、外も面倒だがそれならば利が出る面倒の方が良い。あと怖い人が居るし
「療養の間は虎城にいるよりは皇都に戻ろうと思いますが」

 何故か益満がとんでもない大莫迦を見る目で豊久を見た。
「貴様、何を言っているんだ、止めてくれ頼むから」
 
「六芒郭大籠城、駒州軍の後手の一撃、〈帝国〉軍中枢に大打撃」

「え??」「七十七日篭城を耐え抜き、鮮やかな脱出!栄えありや不沈の守手、新城直衛少佐!
駒州公の懐刀、砲虎の馬堂。駒州の双璧なりや」
「は???」
 
 愛想のかけらも込めずに淡々と冷たい声で読み上げられる扇情的な記事の見出しが豊久の精神を抉る。

「他の皇都の新聞読みますか?瓦版もありますよ。こちらの方はさらにすさまじいですが」
 益満は額を抑え、ため息をついた。
「‥‥まぁそういうことだ、皇都ではお祭り騒ぎだ。
それを煽っている奴は貴様と御育預殿の足下を掬おうとしている。今、貴様がなにをしても騒がれ、それは駒城にとっても不都合だ。
こちらで上手く処理をしておくから、貴様はしばらく虎城と皇都から離れろ。領地で休め」

「……なんてこった」
 虎城の豪雨は銃後に燻る火種を消すことはなく、それは徐々に天を焦がす程へ燃え広がりつつあった。
 
 

 
後書き
うぉぉぉん六芒郭編遂に完結です。
長かった、あまりに長かった。
読者の方には本当に何年もお付き合いいただいている方もいらっしゃいます。

これからもよろしくお願いします。 
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