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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン28 翠緑の谷の逆鱗

 
前書き
お久しぶりです。
なお今回の話はある種番外編、糸巻太夫という女にバトルヒロイン的立ち位置を期待して日頃拙作をお読みくださっている方にはやや刺激の強い内容となっておりますのでご了承ください。

前回のあらすじ:デュエルフェスティバル、閉幕。フランスへと戻っていった鼓を見送った糸巻の行く先は…? 

 
 病院の自動ドアをくぐると、消毒液の匂いがふわりと糸巻を出迎えた。彼女自身はこれまで毎年の健康診断のときぐらいしか縁のない生活を送っていた場所だったが、ここ数週間の間にすっかり通い慣れてしまった感がある。もはや顔なじみとなった受付に会釈し、エレベーターの扉を開けたまま様子を見ていた誰かの見舞いに来たのであろう親子連れに首を振って階段へ向かう。別に先ほどのエレベーターに乗せてもらってもよかったのだが、体に染みついた職業病のようなものだ。
 階段を上り、2階、3階。誰もいない廊下を渡り、308と銘打たれた病室へ。引き戸を開けようと手を掛けたところで、部屋の中から話し声が聞こえてきた。特に盗み聞きするつもりはなかったが、誰が来ているのかとしばし耳を澄ませて様子を探る。まず聞こえてきたのは、清明の声だった。

「……もちろん、そういうこともあるよ。でも、そこはほんとに人それぞれよ?自分の弱みを理解したうえでそれを跳ね返すことを意識するのも、あえて対策じゃなくて強みの部分を最大限伸ばしにかかるのも」

 次いで聞こえてきたのは、少女の声。

「なるほど……そのどちらかの選択が重要、なんですね」
「んー、それが、その2択とも限らないのよね。もうひとつ考えられることとして、全く違う要素を取り入れるってのもあり得ない話じゃないからね。単純にやれることの幅が広がるし、ひとつのことだけに凝り固まってたら気づけないことなんて世の中たくさんあるからね。って言っても、若いんだからまだぴんと来ないか」
「爺臭いなお前、年いくつなんだ一体……よう、清明。見舞いに来てやったぞ」

 もう少し聞いていてもよかったが、さすがにツッコミどころかと判断してノックもせずに扉を開ける。ベッドの上で上体を起こしていた怪我人の方は彼女の存在に気づいていたのかいないのか、突然の糸巻にも驚いた様子もなくおいすー、などと笑ってひらひらと手を振る。
 ところが、もう1人の話相手の方はそうもいかなかったようだ。ビクリ、と後ろからでもわかるほどはっきりと体を強張らせ、小動物を思わせるおどおどした動きでさっと糸巻の方を振り返る。ふわりとした茶髪に丸眼鏡の少女の顔には、彼女も見覚えがあった。

「あれ、意外だな。竹丸ちゃん、だったか?こいつのお見舞いかい?」
「え、えええっと、はい!そうでしゅ!」

 よほどテンパっているのか混乱した目で勢いよく噛みつつ、それが癖なのか右手の指で自分の髪をくるくると巻きながら立ち上がる少女……竹丸。別段糸巻も害意があるわけではないので、落ち着けよとなだめるジェスチャーで多少距離を取って見せた。

「ええと……今日は、八卦ちゃんとは一緒じゃないのかい?」
「は、はい!私1人で、お兄さんのお話を聞きたくて……じゃあ私、今日はこれで帰りますね!お兄さん、貴重なお話ありがとうございました!」
「あ、うん。楽しかったよ、まったねー」

 よほど見られたくなかったのか、挨拶もそこそこに顔を真っ赤にしてバタバタと嵐のように部屋を出ていく少女。その足音が完全に聞こえなくなったところで、ゆっくりと少女の出ていったドアから再びベッドへと向き直り、部屋の主へ説明を視線で求める。

「聞いた通り、お見舞いだってさ。それとほんの少し、背中を押してあげただけ」
「はあ?」

 意味が分からない。困惑のままにもう少し詳細な説明を求めるが、当の清明はにこにこと笑ったままだ。表情こそ柔らかいが、どうやらそれ以上のことを答えるつもりはないらしい。追及は諦め、先ほどまで少女が座っていた椅子に腰を落とす。

「で、糸巻さんこそどうしたのさ。そろそろ退院しろってせっつきに来た?」

 そう笑う清明は一応お義理のように包帯こそ巻いてはいるものの、その姿はどう見ても怪我人のそれではない。何気ない身のこなしの軽さといい、力強い目の光といい、いたって健康そのものだ。探るような視線に肩をすくめ、若干後ろめたそうに言い添える。

「そろそろタダ飯生活も飽きてきたしね、僕もそのつもりよ。骨もくっつけたし、怪我はとっくに治したから大丈夫」
「治したって……正直、アタシもそんな気はしてたけどな」

 お前、本当に一体何者なんだ?続くその言葉は、口にする寸前で踏みとどまる。それは今日の本題ではないし、この少年が明らかに人間離れしていることは最初から分かっているじゃあないか。ゆっくりと首を振り、改めて切り出す。

「実は、うちの市長から打診があってな。感謝状をアンタに送りたいって話だったんだが」
「気持ちはありがたいけど、遠慮したいかなあ。僕も住民票とか戸籍とか、叩けばいくらでも埃が出てくる身だし……あんま表に出たくない」
「だろうな。そう言うと思って、それはアタシの方から丁重に断っといた」

 予想通りの返答には驚きもせず、小さく頷く。

「ただまあ、今回の件ではそれが仕事のアタシらはともかく、デュエルポリスでもなけりゃ昔のよしみもないアンタがえらい貧乏くじ引いてくれたのも確かなわけだ。さすがに何もなしってのは、アタシのプライドが許さん。というわけで、まあ何か要望があれば言ってくれ。できればアタシにできる範囲で頼む」
「ふんふん。それ、八卦ちゃんにも言ってあげたら?」
「3時間ぐらい耐久でお姫様抱っこした話、そんなに聞きたいか?」

 その時の記憶を思い出したのか若干げっそりした顔で息を吐く糸巻に小さく笑い、ふうむと顎に手を当てて考え込む清明。どこか心ここにあらずといったその様子に、おそらく彼にしか見えないし聞こえない例の神様、とやらと交信しているんだろうとピンときた。やがてその話し合いも終わったのか、その好奇心溢れる視線が彼女を捉える。

「オーケー糸巻さん、じゃあ頼みがあるんだけど」
「お、おう」

 彼女の第六感が嫌な予感を告げていたが、自分から言い出した話なので腹を決めて腕を組む。しかし彼の口から飛び出てきた言葉は、彼女にとっては全くの予想外なものだった。

「糸巻さんの話、聞かせてよ。昔に何があったのか、どうしてデュエルポリスになったのか」

 表情が固まったのが、見なくてもわかった。ふてぶてしい自信の仮面がはがれ、ほんのわずかにその奥があらわになる。辛うじて出した咳払いで沈黙を紛らわし、ゆっくりとぎこちなく笑みを浮かべる。これで、誤魔化せるだろうか。無理だろうな。

「……おいおい。思春期の男子っつったら、もっと他に考えることもあるんじゃねえのか?どうしてまた、アタシの話なんざ」
「そうねえ……」

 そこで一度言葉を切り、出入り口のドアへと視線を走らせる清明。釣られて糸巻もそちらに目を向けるが、誰かがそこにいる気配はない。清明の側も同じ結論に達したらしいが、それでも声を潜めて囁いた。

「僕と同類の匂いがするから、かな」
「同類?」

 オウム返しに聞く彼女に、小さく頷く。

「糸巻さんさ、散り返しの付かない致命的な何かをやったことがあるでしょ」
「……」
「無言は肯定の証、だっけ?誰が言い出したのかは知らないけど、便利な言葉よね。僕もそうよ、一生かけても償えない、2度と自分を許せない。そんな自分がのうのうと生きてることに、また勝手に腹が立っていく……違う?」
「……」

 依然として何も答えないその表情の裏側で何を考えているのかは、清明にも読み取ることはできなかった。しかし確かなことは、彼女がその分析を決して否定しなかったということだ。
 当事者からすればたっぷり数時間にも感じられる、しかし実際のところはせいぜい1、2分ほどだったのだろう重い沈黙。考えがまとまったのかようやく動き出した糸巻が、どっしりと椅子の背もたれに体重を預けて座り直す。じっとその姿を見つめ続けていた清明の視線に、真っ向から彼女のそれがかち合った。追い詰められた動物のような警戒と敵意の混じった色がほんのわずかにその目に浮かんでいたが、それもやがてふっと消える。そのままの姿勢で、がっくりと頭を落としてうなだれる。

「…………そう、だな。ああ、まったくその通りだよ。参ったな、こいつは鳥居や鼓にも隠してきたことだってのに」

 疲れたように、しかしどこか清々しげにそう呟き、真剣な表情でまた顔を上げる。思い返すのは、13年前の記憶。誰にも語ることなく徹底的に秘してきた、決して表には出せない忌々しい過去。文字通り墓場まで持っていくつもりだった過去を、この行きずりの誰とも知らない少年に話す気になったのはなぜだろう。
 隠し続けることに疲れた、罪悪感に耐えきれない……もちろん、それもあるだろう。どこからともなくやって来て、いずれどこへともなく去っていくであろう存在だからこそ、というのも否定はできない。だがそれ以上に、これがこの少年の持つ魅力なのだろう。決して太陽のように中心となって光り輝くわけではないのに、ただそこに自由にいるだけでなぜか周りを巻き込んでいく。

「いいぜ、話してやるよ。アタシがあの日、何をやったのか。世界に何が起きたのか。デュエルポリスが生まれた日のことを。先に断っておいてやるが、面白い話じゃないぜ?それでもいいってんなら、覚悟して聞けよ」

 そのまま、返事も待たずに語りだす。あの日の記憶は、今でもくっきりと頭の中に残っている。





 ありゃ13年前、まだアタシの肩書が「プロデュエリスト」だった最後の日だ。ちょうど「BV」が開発されてから……そうだな、だいたい一か月ぐらいだっけか?実体化するソリッドビジョン?凄いのはわかるがこんなもんどう使えばいいんだよ、ってのがあの時のプロの大まかな総意だったな。まあできちまったものは仕方ねえしスポンサーのデュエルディスク開発会社からも頼まれたから、どうにかその仕組みを取り入れてプロ界も変革するかってあれこれ模索してる時期だった。今となっちゃ信じられないかもしれないがな、最初からテロリストがいたわけじゃないんだぜ?本当に最初期の一瞬だけは、どうやって「BV」と共存するか平和にあれこれ考えてる時期もあったのさ。
 きっかけは……ある雑誌だ。昔っからあることないことばらまいたり攻撃的な記事書いて話題作りしたりでアタシらからは評判悪いとこだったんだが、そこお抱えのライターがある記事を書きやがってな。今にして思えばあれが予言の書ってのが皮肉な話だが、見出しだけでもこんな感じだった。

『警告!プロデュエリストから全権限を取り上げろ!』

 内容は簡単に言えば「BV」は危険だ、こんなものを持たせていては悪用されるって話なんだけどな。そこで本体の規制じゃなくてデュエリスト叩きに持ってくってのが……ま、お察しだよ。別にふざけんな馬鹿野郎っていつも通り一蹴すりゃよかったし事実そうするつもりだったんだけどな、最悪なことに丁度その発売日、プロの中でも下の下、ランキング最下位争いしてるようなつまんねえチンピラがやらかしたんだよ。何をって?銀行強盗だよ。あのくそったれ、計画性も何もないチンピラのくせにモンスターや魔法のごり押しだけで成功させやがって。
 で、一度そうなったらもう駄目だ。真似する馬鹿は出る、世間様からの風当たりは強くなる、イメージ商売のアタシらは直角に近い勢いで収入が落ちる、生活に困ったときにふと見れば手元には「BV」が内蔵されたデュエルディスクがある……な?

 話しているうちに、当時の記憶がより鮮明に蘇ったのだろう。ここで一度話を止め、豪胆な彼女には珍しい今にも泣き出しそうな痛々しい笑顔で肩をすくめる。さりげない動作で潤みつつあった目元をぬぐい、深く息を吸ってどうにか平静を保ちつつ話の続きにかかる。

 ……すまんすまん、続けるぞ。もうぐちゃぐちゃだ、あの時期は本当に何やっても駄目だった。国の偉いさんも、「BV」の利権やらでよっぽど忙しかったのかアタシらには何にもしてくれなかったしな。アタシ?アタシは一応貯金もあったしな、あと昔はファンも多かったし?細々と公式グッズも売れてたからそっちの収入でどうにかやってたよ。もしかしたら藁人形に張り付けられて真夜中の神社で五寸釘打ちつけられてたかもしれんが、別にどう使おうとアタシに金が入ってくることに変わりはないさ。
 で、そんな調子でしばらく経ってからだ。アタシの所に、同じようにじっと耐えてたプロ仲間や商売あがったりのデュエリスト産業の方々でデモ行進しようって話が回って来てな。暇してたのもあったし、二つ返事で引き受けたよ。それで何か変わるとは思えなかったが、とにかく何かしたかったんだ。
 ……今にして思えば、その時点でもう罠にかかってたんだろう。おかしいと思うべきだったんだ、100人単位で参加者がいる馬鹿でかい行進なのに主催者の名前が見えてこないなんてな。ともかく、アタシはその日に指定された場所に行った。ひどい曇り空でな、今にも雨が降ってきそうだった。久しぶりに会う知った顔相手に駄弁ったりしてのんびり待ってる間に、どうもおかしいことに誰かが気づいた。周りの視線が冷たいのはそのころには慣れっこだったが、どうもそれだけじゃない妙な緊張感があった。まるで、何かを待ちかまえてるような……なんか変だなーなんて言いながら、開始時刻の午前10時になった。その時間になったら一斉にデュエルディスクを起動して、危害を加えないことをアピールしながら歩き出そうって話だった。主催者は相変わらず名乗り出ないから仕方ねえ、なんとなくその場のノリでアタシが音頭を取ったよ。

「よおおし、お前ら!どうせやることはわかってんだ、もう始めようぜ!」

 んでデュエルディスクを起動した、その時さ。突然視界がかっと明るくなって、耳が聞こえなくなるような轟音がして。目の前のビルが崩れ落ちてくのが妙にスローモーションに見えて、その時ようやく悟ったね。ああ、アタシらはハメられたんだって。
 計画を立てたのが誰なのか、目的は何だったのか……そんなこと、知ったこっちゃない。ともかくそいつはアタシらの、プロデュエリストのデュエルディスクにしか組み込まれてない「BV」だけが欲しかったんだ。ほら、七曜のバカと蛇ノ目のアホがやろうとしたことと同じだよ。あらかじめ用意した爆発物のカードの所にアタシらがわざわざ出向いて「BV」の効力圏内にしちまったんだ。
 笑っちまう話だが、最初は何をすればいいのかわからなかった。皆もそうだった。ようやく我に返ったのは、2つ目のビルが倒壊したときだったね。

「……っ、まずい!お前ら、早くデュエルディスクを切れ!」

 とにかくこれ以上の被害だけは避けようとして、大声で叫んだ。「BV」さえ切っちまえば、カードはカードだからな。アタシも含めほとんどの奴はその場で電源を落としたが、1人だけ決死隊みたいな顔でその場から急に逃げ出した奴がいた。アタシも咄嗟に追いかけようとしたんだが、ちょうど訳も分からず逃げようとする人波の先頭に巻き込まれて思うように前に進めなかった。もたついてるその隙にまた隣のビルでボン、さ。ますますパニックはひどくなる、砂埃が視界を塞いで、コンクリの破片がでたらめに飛んでくる。地獄絵図ってのはまあ、あれのことを言うんだろうな。今にして思うと、よくアタシはその流れ弾に当たらなかったもんだよ。
 結局その逃げ出した奴に追い付いたときにはすっかり周りは廃墟になってたし、人影なんてアタシらの他には誰もいなかった。昔のアタシよりほんの少し若かったから、多分二十歳にもなってないガキだったんだろうなあ。

「いったい何のつもりだ、この野郎!」
「何のつもり?いい加減にしてくれよ、それはこっちのセリフだ!」
「あー?悪いな、アタシはアンタの顔も知らねえんだ」

 ……まあ、あの時は、アタシの言い方も悪かったんだろうな。若かったんだ。案の定この返事がよっぽど気に食わなかったらしくて、余計に表情を歪めて怒りだしたよ。

「ああ、そうだろうなあ。(つるぎ)順平……俺の名前なんて、お前は知るわけがないよなあ。だけど俺は、お前を知ってるぜ。お前らプロデュエリストのせいで、カードショップをやってた俺の親父は廃業に追い込まれた!なあ、わかるか?『赤髪の夜叉』さんよお?」
「……っ、それで、ここにいる全く関係ない人を巻き込んだってのか。その親父さんが聞いたら泣くぜ」

 そう言ってやった時にそいつが見せたぞっとする表情と来たら、今でもくっきり覚えてるぜ。壊れた笑い、っつーのかね?確かに口の端だけは笑ってるんだが、目ん玉が濁って何の感情も見えてこねえんだ。そのくせじっと見てると、今にも泣きそうなのに涙が出てこなくて苦しんでるみたいにも見えてきてな……ああクソ、久々に嫌なもの思い出しちまった。まあとにかく、そいつはこう答えたんだ。

「親父はもう泣けねえよ。泣かねえし、笑えねえ。店を潰した次の日、レジの前で首吊ってたのを最初に見つけたのは俺だ。悔しい、苦しい、すまない……それだけ書いた紙切れ1枚、遺書がわりに置いてあった」
「……」
「だから俺は、お前らを許さねえ。親父は普通のどこにでもいる人間で、いつも笑ってカードを売ってたんだ。絶対に、あんな死に方をしていいはずがねえ……それにな」

 そう言ってそいつは、アタシの後ろに視線を向けた。ゆっくり振り返ると、大分晴れてきた砂埃の向こうに廃墟が……きまでビル群だったものが、ぐちゃぐちゃのコンクリートと鉄骨とガラスの塊の地獄絵図があった。それを一つ一つ指し示しながら、そいつは語りだした。

「全く関係ない、なんてことはないんだぜ、『赤髪の夜叉』。親父を苦しめたって意味じゃ、ここにいるやつらは全員同罪だ。そこのビルは、大手カードショップ会社の本店。奴らが俺たちの町に支店を開いたせいで、親父の店の経営は元々落ち込んでた。そこにお前らプロデュエリストがとどめを刺したんだがな。他にも俺たちカードショップを反社会勢力の手下だ、武器の販売店だなんて煽りやがった雑誌の本社、最初の銀行強盗以来デュエルモンスターズ産業全般への融資を無条件で打ち切りやがった銀行……これは復讐なんだよ」

 完全にいかれてやがる、これじゃ話にならねえ。それで返事できなかったのを、アタシがビビったとでも思ったのかね。急ににやにや笑い出して、こんなふざけたことまで言い出しやがった。

「それにな。もうすぐここに警察も来るだろうが、奴らが見たらこの状況をどう思う?」
「どう?そりゃどういう意味だ?」
「おいおい、まだわかんねえかなあ。あのビルを漁ったところで、瓦礫の下から出てくるのは親父の店にあったデュエルモンスターズのカードだけだ。そして今日、この場所でデモを始めたのはブレイクビジョン・システムを持つ唯一の連中、プロデュエリストだ。当然カードはいくら持ってても不思議じゃないし、あのビルに入ってあらかじめカードを仕込むのも難しくはない」
「まさか、アタシらに全部擦り付けようってのか?」
「言っただろ?これは復讐だよ。俺たちを、親父を切り捨てやがった奴らは、親父のカードを実体化させて殺す。だがその元凶になったお前らプロデュエリストは、そんな楽には終わらせてやらねえ。まずは手始め、社会的にぶち殺してやるよ。お前らみたいな目立ちたがり屋どもには、こっちの方が効くだろうからな」

 それから急にタガが外れたみたいに笑いだしたそいつを、アタシはやっぱり見てるだけしかできなかった。誰もいない町のど真ん中でな、どこかで爆発の衝撃でガスでも漏れてるのか、重苦しい空に空気の漏れる音と嫌な臭いが漂って。だいぶ精神的に参ってて壊れる寸前だったんだろうな、発作でも起きてんのかってぐらい身をよじって大笑いしてる男……なんかもう馬鹿馬鹿しすぎて、夢でも見てんのかと本気で考えちまったぐらいだ。
 ま、紛れもなく現実だったんだけどな。

「さあ、来いよ……」

 笑い始めた時と同じぐらい唐突に、そいつの顔からふっと表情が消えた。うつろな目つきで取り出したのは、なんだと思う?デュエルディスクだよ、デュエルディスク。あの時代はどこにでも売ってた、ごく普通の大量生産モデルのな。それを腕に付けて起動して、まだ動かないアタシをちょっと苛立った調子で睨みつけてきた。

「どうした、プロデュエリスト様よう。デュエル、しようぜ?だーーいすきなカードで、最後に遊ばせてやるよ」

 狙いはわかってた。アタシがその勝負を受けたら、当然アタシのデュエルディスクは「BV」を起動する。なにせまだ出始めの機能だったからな、オンオフ切り替えなんて便利なもんはついてなかったんだ。
 デュエルをすれば、カードは実体化する。警察が来る前に、もうひと暴れして被害を広げようって腹に違いない。どんな挑発を受けようとも、この勝負にだけは乗るわけにはいかなかった。そう、思ったんだけどなぁ。そんな決意、次にそいつが動かないアタシに業を煮やして取り出したものを見た瞬間に吹っ飛んじまった。

「……そいつはっ!」
「いい反応だな、プロデュエリスト様?その通り、こいつはダイナマイトだ。俺はお前たちみたいにカードで何でもできるだなんてこと、最初から信じちゃいなかったからな。当然、それ以外の方法も準備してあるってわけだ。これ以上そこから動かなけりゃ、こいつが火を噴くぜ?このガスだ、俺もお前も辺り一面丸ごと吹き飛ばしてやれるだろうぜ」

 ……まったく馬鹿げてやがる話だろ?だがな、そいつの目は間違いなくマジだった。間違いなくそこにあるダイナマイトに比べりゃ、デュエルの方がまだマシだ。よく言うだろ、あの手の頭がぶっ飛んじまった奴相手にゃとにかく言うこと聞いて下手に刺激しない方がいいって。
 結局アタシは、デュエルディスクを起動した。

「「……デュエル!」」

「人生最後のデュエル、せいぜい楽しもうや。俺のターン、レスキューラビット!そしてこのモンスターを除外することで、レベル4以下の同名通常モンスター2体をデッキから特殊召喚できる。来い、メカ・ハンター!」

 瓦礫の隙間から顔を出した、安全ヘルメットをかぶった兎。ぴょんぴょん跳ね回って倒れたビルの窓ガラスの内側に姿を消したかと思ったら、割れた窓のフレームが突然内側からぶち破られた。円盤状の体にいくつもの細い副腕を生やした瓜二つの……要するにだ、メカ・ハンターがリクルートされたんだよ。

 レスキューラビット 攻300
 メカ・ハンター 攻1850
 メカ・ハンター 攻1850

「そして俺は機械族のレベル4モンスター、メカ・ハンター2体でオーバーレイ……回れ歯車。行く手遮る全てを潰す鋼鉄の進撃!エクシーズ召喚、ランク4!ギアギガント X(クロス)!」

 ☆4+☆4=★4
 ギアギガント X 攻2300

 赤や青、緑。物々しい口上にしちゃ随分カラフルな色合いの、いかにもって感じな風貌をした人間大のロボット。鋼鉄の体でポーズを決めたその背中に背負った巨大な歯車に例によってオーバーレイ・ユニットが吸い込まれると、目が覚めたみたいにそいつが加速しながら回り始めたのさ。

 ギアギガント X(2)→(1)

「ギアギガントは1ターンに1度オーバーレイ・ユニットを使うことで、デッキか墓地からレベル4以下の機械族モンスターを手札に加えることができる。俺が選ぶカードは、ブラック・ボンバー!」
「機械族闇属性を蘇生する効果持ちのチューナー、蘇生対象はたった今墓地にいったメカ・ハンターってか?なるほどな、案外考えてるじゃねえか」
「はっ、今はいいぜ、そうやって自分の方が強いって余裕ぶってりゃよ。すぐに間違ってたことがわかるからな!カードをセットして、ターンエンドだ」
「ごちゃごちゃ抜かしやがって……アタシのターン!」

 さんざん言い放題言われて、いい加減アタシも腹立ってたんだろな。つーか、今思い出しても腹立ってくるな。多少押せ押せでいこうって気になったのも、まあそういうことだ。

「不知火の武部(もののべ)を召喚し、効果発動。このカードの召喚時、ターン内のアンデット以外の特殊召喚を縛るかわりにデッキから妖刀-不知火モンスターを特殊召喚できる。アタシが呼ぶのはもう一振りの刀、逢魔ノ妖刀-不知火!」

 赤を基調にした和装の短髪少女が薙刀を振るうと炎の軌跡が尾を引いて、揺らめき踊る炎が現世と幽世の境界を薄く、互いに互いを混じりあわせる。本来ならば「向こう側」にあるべき逢魔の力を受けた妖刀が、たった今馬鹿の手によってできたてほやほやの廃墟に突き立ったのさ。

 不知火の武部 攻1500
 逢魔ノ妖刀-不知火 攻800

「アンタが初手でエクシーズなら、アタシはシンクロ召喚だ。レベル4の武部にレベル3、逢魔ノ妖刀をチューニング!戦場貪る妖の龍よ、屍闘の果てに百鬼を喰らえ。シンクロ召喚、真紅眼の不屍竜(レッドアイズ・アンデットネクロドラゴン)!」

 ☆4+☆3=☆7
 真紅眼の不屍竜 攻2400

 アタシのエースの一角、鬼火の目を持つ腐敗した黒き竜……ん、どした?何か言いたげだな。ああ、ガス爆発か。不知火の炎も真紅眼の鬼火も、ただの炎じゃないからな。もっとオカルト的なもんだから、これでものが燃えたりはしない。なんでそう言い切れるのかって?あー……ここだけの話だがな、どうにかして召喚のどさくさに紛れて煙草に火がつけられないか何度か試してみたことがあったからな。おい、これ鼓には絶対言うなよ?もう10年以上前の話とはいえ、どんだけ小言喰らうかわかったもんじゃないからな。
 よし、いいな?続けるぞ。

「フィールド魔法、アンデットワールド。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。せっかくプロが相手してやるってんだ、アタシの領土に案内してやるよ」

 まわりの廃墟に影がかかり、荒廃した雰囲気がより一層増していった。別に瓦礫ひとつ、割れたコンクリートの地面ひとつとかのパーツは何も変わってないんだがな、どこがどうとは言いにくいが、そこは間違いなくアタシの得意とする場所だった。そしてその中央でただ一匹、真紅の龍が腐敗した吐息と共に天にめがけて吼えたのさ。

 ギアギガント X 機械族→アンデット族
 真紅眼の不屍竜 攻2400→2900 守2000→2500

「真紅眼の不屍竜の攻守は常に、互いのフィールドと墓地のアンデットの数だけアップする。そしてアンデットワールドがある限り、フィールドと墓地の全モンスターはアンデットに書き換えられる。さあ、バトルだ。真紅眼でギアギガントに攻撃、獄炎弾!」
「『赤髪の夜叉』お得意のアンデット戦術、それはお見通しなんだよ!速攻魔法、サイクロン!この効果でアンデットワールドを破壊する!」
「何!?」

 ギアギガント X アンデット族→機械族
 真紅眼の不屍竜 攻2900→2700→ギアギガント X 攻2300(破壊)
 剣 LP4000→3600

「けっ、運のいい野郎だ」

 舌打ちした理由はわかるよな?真紅眼の不屍竜の攻撃力が落とされたのもそうだが、問題は戦闘破壊されたのが機械族に戻ったギアギガントだってことだ。真紅眼の不屍竜は、フィールドでアンデットが戦闘破壊されたのをトリガーとして互いの墓地からアンデット1体を選んで蘇生できる効果がある。アタシとしちゃそいつを使って墓地に堕としたギアギガントをそのまま蘇生、ダイレクトアタックで一気に削ってやるつもりだったのによ。サイクロンたった1枚で、与える予定のダメージが2500も減っちまった。
 とはいえ、最初のダメージをこっちが取ったことには変わりない。まだ流れはアタシの側にある、そう信じてすぐに気を取り直したさ。

「カードをセットして、ターンエンドだ」
「俺のターン。チューナーモンスター、ブラック・ボンバー召喚!効果はさすがにわかってるみたいだから、無駄は省略だ。甦れ、メカ・ハンターさんよお」

 漫画みたいな顔がでかでかと描かれた真っ黒い爆弾と、その導火線の先に結びつけられたメカ・ハンター。チューナーと、チューナー以外のモンスター1体。どうやらリンク召喚する気はないみたいだったから、次に何が起きるかは嫌でもわかったさ。

 ブラック・ボンバー 攻100
 メカ・ハンター 守800

「シンクロ召喚……の、前にだ。俺のフィールドに機械族の効果モンスターが2体存在することで通常魔法、アイアンドローを発動。カードを2枚ドローする」

 これもアンデットワールドさえ生きてりゃ完全に腐った紙切れに変えられたんだが、そのあたりはまあ体制のない永続カードの宿命だな。お前はいいよなあ、KYOUTOUウォーターフロントはまともに破壊で剥がそうとすると異様に固いんだから。
 とと、また話が逸れたな。

「来たか……フィールド魔法、竜の渓谷を発動」
「ここで竜の渓谷だと……?」

 崩れたビルの表面に岩肌のテクスチャが上書きされて、周りの風景が霧深い山の中になった。だけどその時は、周りなんて見てる余裕はなかったな。竜の渓谷っつったら、まあドラゴン族のサポートだろ?ドラグニティのサポートでもあるんだが、使われる比率的には九分九厘ドラゴン族だ。
 だけどこれまでのデュエルでアタシが見てきたカードは、どう見ても機械族の関連ばかり。ご丁寧にアイアンドローまで入ってるんだから、なおさらだ。
 何が狙いなのか?どの道その効果を止める手は持ってなかったから、見てるしかなかったんだけどな。

「竜の渓谷の効果を発動。1ターンに1度手札を1枚捨て、2つの効果から1つを選択する」

 まあ何が狙いにせよ、とりあえずは2つ目の効果……デッキのドラゴン1体を選んで墓地に送るのが狙いだろう。そんな安易な考えを、そいつはあっさり超えていった。ああ、認めてやるよ。全く、大したもんだったぜ。決死の覚悟が決まってるやつってのは、やっぱそれだけ強くなれるんだろうな。今この町にうろついてるようなチンピラとは、比べるのも失礼なぐらい格が違う。

「俺が選ぶのは、レベル4以下のドラグニティ1体をサーチする効果。レベル1モンスター、ドラグニティ-ブランディストック!」
「ドラグニティのサーチ……それも、ブランディストックぅ?」
「ああ、そうさ。そして、そろそろお楽しみのシンクロ召喚だ。レベル4のメカ・ハンターに、レベル3のブラック・ボンバーをチューニング!起動せよ逆鱗。全ての武具を貪欲に掴む鋼の威容!シンクロ召喚、レベル7……機械龍 パワー・ツール!」

 ☆4+☆3=☆7
 機械龍 パワー・ツール 攻2300

 アタシと同じ、レベル4モンスターとレベル3チューナー2体でのシンクロ召喚だった。さすがにそこは偶然だろうし、そもそもだからなんだって話だけどな。
 まあとにかく全体的に黒みがかった黄色の装甲を持つ機械の龍が、土木工事でもやろうってのか左右に広がる竜の渓谷を左手の青いシャベルでざっくりと掘り、右腕に換装された緑のマイナスドライバーを突き刺して辺りに土塊をぶちまけながら着地した。ソリッドビジョンでそう見えるってことは、つまり現実的には崩れたビルをさらにぶち壊してコンクリートの塊をでたらめに吹き飛ばしたってことだ。

「そして永続魔法、竜操術を発動。1ターンに1度場のモンスターを選び、手札のドラグニティをそいつに装備できる。そしてドラグニティを装備したモンスターの攻撃力は500アップする。行け、ブランディストック!」

 パワー・ツールの左腕のマイナスドライバーが重い音を立ててパージされて地面に落ち、その代わりにさっきサーチされたばっかりのブランディストック……青みがかった肌に短い手足、頭頂部に小さいが鋭い金属質の一本角を持つ小型の竜がその両手両足、それに尻尾まで使ってがっちりとその腕に絡みついた。なかなか異様な光景だったが、効果は本物だ。

 機械龍 パワー・ツール 攻2300→2800

「さらにこの瞬間、パワー・ツールの効果発動。1ターンに1度このカードに装備魔法が装着された時、カードを1枚ドローする。装備特典(イクイップ・ボーナス)!」

 手札も補充、攻撃力もアップ。明らかに調子づいてやがったが、アタシにもまだ余裕はあった。アタシの伏せカードはトラップカード、幻影騎士団(ファントムナイツ)ロスト・ヴァンブレイズ。対象モンスターのレベルをターン終了時まで2にし、さらに攻撃力も600下げるあのカードを使えば、真紅眼の不屍竜で返り討ちにできる。
 でもなあ、そんなこと考えてる時に限って、上手くはいかないもんなんだよなあ。な、アンタならわかるだろ?

「待たせたな、バトルだ……だが、今パワー・ツールにもしものことがあったら装備状態のコルセスカまで一蓮托生だな?バトルフェイズ開始時に速攻魔法、封魔の矢を発動だ!」

 無数の矢が上空から降り注いだが、その狙いはアタシじゃなければ真紅眼でもない。伏せられたロスト・ヴァンブレイズを固くその場に張り付けやがった。

「この発動に対して一切のカードは発動できず、さらにこのターンの終了時まで互いにあらゆる魔法も、罠も、その効果を使うことはできない。『赤髪の夜叉』もうひとつの戦術、バージェストマを中心としたトラップ連打……そいつも通しゃしねえよ!今だ、パワー・ツール!」
「真紅眼!」

 迎撃のために吐き出された鬼火の炎弾を右腕のシャベルでがっしりと受け止め、そのまま横に弾いたパワー・ツール。勢いを止めることなく肉薄して、左腕のブランディストックをその腐った肉にへばりついた竜の鱗めがけて突き出した。いくらドラゴンったって、今は限界なんてとうに越えたアンデット。元々ガタがきてたからな、いともあっさりその切っ先は背中側まで突き抜けやがったよ。

 機械龍 パワー・ツール 攻2800→真紅眼の不屍竜 攻2700(破壊)
 糸巻 LP4000→3900

「くくく……まずは『赤髪の夜叉』の代名詞、真紅眼の不屍竜。さあ、次は何を出してくれる?死霊王 ドーハスーラか?それともバージェストマ・アノマロカリスか?どいつからでも構わない、お前のプロデュエリストのプライドごとへし折ってやるよ。見ててくれよ親父、ブランディストックの特殊能力!このカードを装備したモンスターは、1ターンに2回の攻撃ができる。この効果は永続効果だから、封魔の矢による制限も受け付けない。ダイレクトアタックだ、重装解体(フルメタル・デモリション)!」

 機械龍 パワー・ツール 攻2800→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP3900→1100

「ぐはっ……!」

 どうしようもないんだから、大人しく受けるしかない。唸りをつける金属の腕と、その先端のブランディストックが体に突き刺さる嫌な感触。外傷まではなかったが、痛いもんは痛いさ。突き刺されたのに怪我がないのはおかしいって?昔はまだ「BV」妨害電波の発生システムも完成してない半面、「BV」自体のクオリティもまだそこまで高くはなかったからな。それを今並みに発展させたのが、巴のアホみたいなアホのくせに無駄に技術力ばっか高いアホどもだ。

「カードを伏せる。痛いだろ?だがな、親父の受けた痛みはこんなもんじゃねえ!ターンエンドだ!」
「この程度……すぐ倍にして叩き返してやるよ!アタシのターン、ドロー!まずはトラップ発動、幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ!対象は機械龍 パワー・ツール、テメエだ!」

 機械龍 パワー・ツール ☆7→2 攻2800→2200
 幻影騎士団ロスト・ヴァンブレイズ 守0

「そしてロスト・ヴァンブレイズは発動後レベル2、通常モンスターとなってアタシの場に残る。不知火の隠者(かげもの)を召喚!」

 不知火の隠者 攻500

 幻影となった騎士の魂を宿すボロボロの胴当てに、不知火の紋章を刻まれた山伏。反撃の準備が整ったところで、あとは一気に攻め込むだけさ。

「不知火の隠者は場のアンデットをリリースすることで、デッキから守備力0のアンデットチューナー1体を特殊召喚できる。アタシはこの陰者自身をリリースしてレベル2、妖刀-不知火を呼び出すぜ」

 妖刀-不知火 攻800

「レベル2のロスト・ヴァンブレイズと、同じくレベル2の妖刀でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!戦場呼び込む妖の魔猫よ、百鬼呼び寄せその目に見染めた戦乱を打ち破れ!No.(ナンバーズ)29、マネキンキャット!」

 ☆2+☆2=★2
 No.29 マネキンキャット 攻2000

 奴がシンクロ返しなら、アタシはエクシーズ返しさ。なんて言い方すると当てつけみたいだが、別にそんなんじゃないさ。この球体関節も露わな猫耳の人形、これがアタシの反撃の狼煙だった。

「マネキンキャットの効果、千客万来の小判振る舞い!オーバーレイユニット1つを使うことで相手の墓地からモンスター1体を選び、相手のフィールドに特殊召喚する。アタシが選ぶのは当然攻撃力が一番低いブラック……いや、メカ・ハンターを攻撃表示だ畜生」

 No.29 マネキンキャット(2)→(1)
 メカ・ハンター 攻1850

 マネキンキャットが髪飾りの小判を外して上空高くに放り投げると、一拍おいてから雨みたいに大量の小判が竜の渓谷に降り注いできた。するとその黄金の輝きにつられたみたいに、墓地に行ったはずのメカ・ハンターも蘇ったってわけだ。
 とはいえ、アタシとしてこれはあんまり面白くはない。ここで攻撃力100しかないブラック・ボンバーを蘇生させてやればその次の戦闘で大ダメージは必須、そうしてやりたいのはやまやまだったんだが。竜の渓谷のソリッドビジョンのせいで忘れそうになるとはいえ、アタシらがその時デュエルしてる場所は崩れたビル群のど真ん中。まだ止まってないガスも、その頃にはだいぶあたりに溜まってきてたからな。文字通り爆弾型モンスターのブラック・ボンバーなんて呼び出して戦闘破壊なんてかました時にゃ、最悪の事態まで考えなきゃいけなくなる。メカ・ハンターを選んだのは、苦肉の策って奴だ。

「この瞬間、マネキンキャットの更なる効果発動。相手フィールドにモンスターが特殊召喚された時に相手モンスター1体を対象に取り、種族か属性の同じモンスターを手札、デッキ、墓地から選んで特殊召喚できる。百鬼夜行の小判振る舞い!闇属性のメカ・ハンターと同じ闇属性モンスター、お望みどおりに呼んでやるとも。死霊を統べる夜の王、死霊王 ドーハスーラ!」

 霧に包まれた竜の渓谷、その光も届かないほど地下深く。ずるり、ずるりと湿った音が、アタシらのいる場所に次第に近づいてきた。蛇のような下半身をうねらせて、死霊どもの怨嗟の声を後ろに。真紅に輝く宝玉の付いた杖を岩肌に突き立てて、ドーハスーラがやってきたのさ。
 ……ククッ、その嫌そうな顔。アンタとのデュエルじゃ、大暴れしてくれたもんな?そうやっていい反応してくれると、多少はアタシの気も紛れるからどんどんやってくれ。どうせこの話、オチはろくなことにならねえんだからな。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

「さあ、バトルだ。ドーハスーラ、パワー・ツールをスクラップにしてやれ!」

 ドーハスーラが吼えて杖を差し向けると、あたりを漂う無数の霊魂が強制的に使い捨ての弾丸となって特攻をかけ始めた。ブランディストックとシャベルで防御姿勢をとるパワー・ツールだったが、まあ無駄だわな。みるみるうちにピカピカだった装甲は穴だらけになって、これまた金属製の尻尾も根元からぶっちぎれて深い谷底へ真っ逆さまだ。
 だが面倒なことに、まーだそれだけじゃ終わらなかったんだよな。全身がぶち抜かれて鉄くずになる寸前、あちこちの破砕痕から無数のプラズマが不規則にその全身を走り始めた。どこにそんな力があったのか突然飛び上がって、自由落下の勢いをつけてまだ辛うじてくっついてた左手のシャベルの一撃をドーハスーラにぶちかましやがったんだ。直撃を喰らって山肌から叩き落とされたドーハスーラは、そのままうねりながら足元の霧に呑み込まれてった。

「かかったな!トラップ発動、エクシーズ・ソウル!発動時に俺の墓地のエクシーズモンスター、ギアギガント Xを選択し、俺のモンスター全ての攻撃力をターン終了時までそのランク1つにつき200アップさせる。つまり、200かける4で800だ。そしてその後、選んだギアギガントをデッキに戻せる。どうしたよ、プロデュエリスト様ってのはその程度なのかよ?」
「舐めやがって、このガキ……!」

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800(破壊)→機械龍 パワー・ツール 攻2200→3000
 メカ・ハンター 攻1850→2650
 糸巻 LP1100→900

 今にして思えば、すーーぐ顔真っ赤にしてたアタシも悪いんだよな、これ。まったく情けないもんだ、アタシともあろうもんが素人相手に真紅眼の不屍竜とドーハスーラ、1回のデュエルでエースを2体も潰されるなんてよ。

「メカ・ハンターも倒せねえか……ターンエンドだ」

 機械龍 パワー・ツール 攻3000→2200→2800 ☆2→7
 メカ・ハンター 攻2650→1850

「俺のターン、ドロー。おいおい、もっと抵抗してみてくれよ。こんなんじゃ、親父も浮かばれないぜ」
「……だがな、ドーハスーラはまだ負けたわけじゃねえ。このスタンバイフェイズ、フィールド魔法が存在することでドーハスーラの効果を墓地から発動!このカードを守備表示で蘇生する、甦れドーハスーラ!」

 霧深い谷底から、ドスリ、ドスリと杖を突き立てて。怒り心頭の死霊の王が、再び山を登って現世に復帰した。とはいえアタシもあんだけ荒れてるドーハスーラを見たのは、後にも先にもあれっきりだ。ちゃんと蘇生できたんだから、そんな怒ることないのになあ。

 死霊王 ドーハスーラ 守2000

「マネキンキャットは相手ターンの特殊召喚でも効果を発動できる、だろ?つまりこのターン、わざわざ特殊召喚して壁を増やすお手伝いをしてやることはない。ないが、じわじわと追い詰めてやる。竜の渓谷の効果を発動!手札を1枚捨て、このターンもサーチだ。レベル1、ドラグニティ-コルセスカ。そして竜操術の効果で、このコルセスカもパワー・ツールの武装になる!」

 ベージュ色の肌に黒い翼、そして先が3つにわかれた槍状の角だったな。ドラグニティの次の竜が、死霊の猛攻により傷ついたパワー・ツールの新しい矛としてその体を絡ませた。竜操術の攻撃力アップ効果は重ね掛けできるもんじゃないからそれ以上攻撃力は上がらなかったがそれでもパワー・ツールのドロー効果は生きてやがる、ちゃっかり手札も補充しやがった。

「バトル。やれ、パワー・ツール!2回攻撃でマネキンキャットを、そしてドーハスーラを殲滅するんだ。重装解体!」

 シャベル、槍、矛。3つの武器を両腕に装着したパワー・ツールが山肌を蹴ってこっちに飛んできて、鋼鉄の弾丸になって全武装をでたらめに振り回しやがった。一撃一撃が重機の暴走みたいなもんだ、馬鹿みたいにアスファルトの残骸やらちぎれた鉄筋やら飛び散らせやがってよ……よく火花とかが飛んでガスに引火、両者爆発によるノックアウトではい終了、なんてことにならなかったもんだぜ。

 機械龍 パワー・ツール 攻2800→No.29 マネキンキャット 攻2000(破壊)
 糸巻 LP900→100
 機械龍 パワー・ツール 攻2800→死霊王 ドーハスーラ 守2000(破壊)

「これで壁モンスターは全滅、そしてコルセスカの効果発動。装備モンスターがバトルで相手モンスターを破壊した時、デッキから装備モンスターと同じ種族かつ属性を持つレベル4以下のモンスターを手札に加えることができる。パワー・ツールは機械族の闇属性、よって2枚目のブラック・ボンバーをサーチ!メカ・ハンターでダイレクトアタックだ!」
「舐めんなっつってんだろクソガキ、手札からヴァンパイア・フロイラインの効果を発動!モンスターの攻撃宣言時、このカードは手札から守備表示で特殊召喚できる!」

 ヴァンパイア・フロイライン 守2000

 いくつもの腕とその先の武器を揺らしながら、アタシの方に突っ込んできたメカ・ハンター。だけどその道中で急に霧が濃くなったかと思うと、無数の蝙蝠の羽音がその中から聞こえてくる。そんでぱっと漆黒の傘が開き、どこからともなく霧に包まれた渓谷の影に真っ白い肌のヴァンパイアが立ち塞がったのさ。

「ヴァンパイア・フロイライン……そういやあ、そんな奴もお前は使ってるんだっけな。だが、そいつの効果も俺は知ってるぜ?アンデットの戦闘時、ライフを100単位で払うことできっかりその数値分だけ強化を行う。確かに強力だな、『赤髪の夜叉』。だが、今のお前のライフは100、もうその効果のコストは払えない。つまりそのモンスターも、守備力2000程度のただの壁だ!」

 いちいち癇に障る言い方ではあったが、実際その通りっちゃあその通りだったな。かなり追い込まれてたアタシに、フロイラインの力を解放するだけの余力は残ってなかった。
 ……だが、だがな?あいつは全く気付いてなかったようだが、アタシもただ追い詰められてたわけじゃあない。この時点で、こっちの仕込みは順調に進んでたんだよ。だが今は、奴のメイン2からだな。

「まあいいさ、ただの壁とはいえ今のターンを凌いだのは腐ってもプロ、大したもんだ。だがそれも終わる、次のターンに使うのが、これだ」

 そう言って表に向けたカードは、ついさっきサーチしてたブラック・ボンバー。

「こいつを召喚すれば、墓地のメカ・ハンターをまた蘇生できる。次にシンクロ召喚で俺が呼び出すレベル7モンスターは、ダーク・ダイブ・ボンバー!メインフェイズ1にモンスター1体をリリースすることでそのレベルに応じたダメージを与えるこのカードで、このデュエルも終わらせてやるよ。だが念には念を入れ、カードを伏せておくか。これでますます盤石になったわけだ」

 黙ってるアタシの心が折れたとでも見たのか、ぺらぺらといい気になって次の手を明かしてく馬鹿。実際そのとき何を考えてたかっつーと……ま、単純にどうぶちのめしてやろうか、ただそれだけだ。別にそう難しいことじゃない、っておい。今随分深々と頷いてくれたじゃねーか、いい度胸だコラ。
 まあいいさ、続けるぞ?それでアタシはようやく顔を上げて、たった一言だけ言ってやった。

「それで終わりか?」
「……なんだと……!?」

 その瞬間の、青筋立てた顔ときたら。今にして思えばなかなか傑作だったが、アタシもその時はいい加減イライラしてて余裕なかったからな。確かにあいつの親父さんとやらは気の毒だと思うし、アタシにもその責任が欠片もないとまでは言わんさ。
 だがな、だからってそれをアタシにぶつけてくるのは単なる八つ当たりだ。八つ当たり大いに結構、好きなだけやってもらえばいい。いいんだが、勝つだけの力もないくせにあーだこーだと口ばっか達者ってのがどうも気に食わなかったんだな、つまり。ぎゃーぎゃー言いてえんなら勝ってから言えってことだ、それならアタシも甘んじて受け入れるさ。まだ勝負がついてないのにもう勝った気になってデュエル中にうだうだうだうだ、ぐちぐちぐちぐちと……あー、やっぱ駄目だな。いまだに思い出すと腹立ってくる。

「アタシのターン!いいか、アンタみたいな馬鹿でもわかるように丁寧に教えてやる。アンタに次のターンはこない、そして勝つのはこのアタシだ!」
「何を言い出すかと思えば、ふざけやがって。盤面を制圧しているのは俺、ライフ差は3800。笑わせやがる!」
「いいから黙って見てな?どうしてアタシがプロデュエリストなのか、たっぷり思い知らせてやるよ。まずスタンバイフェイズ、このターンも竜の渓谷の存在によりドーハスーラを蘇生」

 死霊王 ドーハスーラ 守2000

「手札抹殺を発動。互いに手札を全部切って、その枚数だけカードを引く」
「ブラック・ボンバーを捨てさせるつもりか?いいさ、せいぜい足掻いてくれよ」
「わっかんねえかなぁ……次だ、墓地に眠る妖刀-不知火の効果発動。このカードと墓地のアンデット族、不知火の隠者を除外することでお合計レベルと等しいアンデットシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。妖刀のレベルは2、そして陰者は4。戦場(いくさば)切り込む(あやかし)の太刀よ、一刀の下に輪廻を刻め。逢魔シンクロ、刀神-不知火!」

 ☆4+☆2=☆6
 刀神-不知火 攻2500

「そして不知火の隠者は除外された時、別の名を持つ不知火1体を帰還させることができる。妖刀再誕!」

 妖刀-不知火 攻800

「……なるほど、狙いはさらに上のレベルを持つモンスターのシンクロか。だったらこれだ!トラップ発動、パルス・ボム!俺のフィールドに機械族がいるときにのみ発動でき、このターンの間だけ相手モンスター及びこれから出される相手モンスター全ては守備表示を強要される!」

 刀神-不知火 攻2500→守0
 妖刀-不知火 攻800→守0

「……はっ」

 竜の渓谷の全域で電磁波がざわめき、刀神と妖刀がその全身を電磁の網で拘束される。だが、所詮は浅知恵でしかないな。もちろんパルス・ボムも悪いカードじゃないんだが、あの時のアタシをそれ1枚で止めようってんならちっとばかし役不足だ。

「構わねえさ。アタシはアンデット族のフロイライン、ドーハスーラ、刀神、妖刀の4体を左、左下、右下、右のリンクマーカーにセッティング!」
「リンクモンスター、それもリンク4か……!」

 わかりきったことに答える道理はない、だろ?最初に変化が起きたのは、竜の渓谷にかかる深い霧だった。ぺきぺきと微かだが確かな硬質の音がして、ゆっくりと霧が水滴に、そして光を反射し煌めく微細な氷の粒に変化していくさまがはっきりとアタシには見えた。山肌に薄く霜が張り詰めたかと思うと、すさまじい勢いでそれが分厚くなってみるみるうちに視界の全てを白い氷に染め上げられてっちまう。頭上の太陽までその勢いを弱めて、切れかけの電球みたいな頼りない光をほんのちょびっと届けるだけだった。

「……戦場染め変える妖の白刃よ!凍てつく輪廻を零に還せ!リンク召喚、リンク4ッ!零氷(れいひょう)魔妖(まやかし)-雪女!」

 零氷の魔妖-雪女 攻2900

 すっかり吹雪吹き荒ぶ雪山へと装いを変えた竜の渓谷に、純白の着物を着た女が1人。その手に持っていたのは、全体を凍り付かせた巨大な薙刀。普段リンク4なんてアタシのデッキじゃめったなことでは出す機会もないんだが、今回あえてアタシがこいつに頼ったのには訳がある。それはおいおい話すとして、まずはいかにしてアタシが勝ったのかだ。

「で、でも攻撃力は2900!たとえメカ・ハンターが狙われても、まだ……!」
「悪いな、アンタさっき自分で言ってたろ?アタシのプライドを叩き潰すって。だからアタシも、アンタに同じことをしてやるよ。狙いはただひとつ、お前だパワー・ツール!」

 そう機械の龍を指さすと、その全身が足元から雪に埋もれ、氷に取り込まれていった。そいつがあまりに急速だったからな、ロクに抵抗すらせずにあれだけ手こずらせてくれたパワー・ツールが2体のドラグニティごとただの氷像に代わっちまったよ。

 機械龍 パワー・ツール 攻2800→0

「俺のパワー・ツール……!何をしやがった!」
「簡単な話だよ、屍界のバンシーだ。手札抹殺で捨てたこのカードを墓地から除外することで、デッキからアンデットワールドを発動することができる。アンデットワールド自体にステータスをいじる力はないが、雪女にはそいつがある。互いの墓地からモンスターが特殊召喚された時、または墓地からモンスターの効果を発動した時、相手フィールドのモンスター1体を選択してその攻撃力を0にして効果を無効にする。魔妖流、幽世焔断(かくりよのほむらだち)!」

 機械龍 パワー・ツール 機械族→アンデット族
 メカ・ハンター 機械族→アンデット族

「だが、まだだ!いくらパワー・ツールが無力化されようと、そいつの攻撃力なら耐えきれる……!」
「いいや、無理だな。速攻魔法、アンデット・ストラグル。このカードはフィールドのアンデット1体の攻撃力を、1000上げるか下げるかすることができる。よって雪女の攻撃力は……」

 零氷の魔妖-雪女 攻2900→3900

「3,900……」

 わかるだろ?ジャストキルって奴だ。雪女が薙刀を振りかぶって飛び、空中からの斬撃が閉じ込めていた氷の塊ごとパワー・ツールを打ち砕いたのさ。

 零氷の魔妖-雪女 攻3900→機械龍 パワー・ツール 攻0
 剣 LP3900→0

「そんな……親父……畜生……!」

 聞き取れたのはそこまでだったな。後はもう、ボロボロ泣いてたせいで何言ってんのかさっぱりわからなかった。まだ若いとはいえ大の大人が泣きじゃくってるのなんざ見たいもんでもないからとりあえず遠巻きに眺めてたが、ややあって泣き止むとゆ……っくりとした動きで立ち上がった。で、またポケットに手を突っ込んだ。
 どうしたかって?何をやるかは予想付いてたからな、先手を打ってアタシから言ってやったよ。

「やめときな。なんのためにアタシが雪女を出したと思ってんだ?その物騒なもんは、雪女の影響で完全に凍り付いたはずだ。そうそう爆発なんてさせやしねえよ」
「それじゃ、はじめからそれを狙って……!」
「さあな。それは企業秘密だが、少なくともひとつは教えてやる。アタシを相手にして本気で追い詰めて倒そうなんざ、百年どころか百万年は早いんだよ」





「……とまあ、ここで終わってりゃアタシの武勇伝、ちょっといい話で終われたんだがな」

 そこで一度話を切った糸巻が、おもむろに取り出した煙草に火をつけた。一服して喋りづめだった喉を休ませ、その間に覚悟を決める。あの日の記憶は、ここからが本番なのだから。





 最後の手段であろう爆発が根こそぎ封じられたことで、精神的にも限界が来たんだろうな。その場で気を失ってひっくり返っちまった野郎の所に、アタシもいい加減疲れた足を引きずって歩いてった。いくら凍り付いて爆発しにくくなったとはいえ、物騒なもんであることに変わりはないわけだからな。さっさと回収して捨てちまおう……そう思った矢先だよ、全部がおかしくなったのは。

「ん……お、おい!待て待て待て……!?」

 雪女の大暴れのせいで間違いなく数度は下がった肌寒い気温の中、何気なくデュエルディスクの電源を落とそうとした時だ。手に、違和感があった。普段はスムーズに動くしメンテもちゃんとしてるはずのデュエルディスクが、その時に限って固くて電源が動かなかったんだ。理由?さあな。ただ、前からちょっとプロの中でも話題になってたんだ。「BV」を使ったデュエルの後は、デュエルディスクの温度が凄いことになってるって。昔の「BV」は、現行式とは処理量と負荷も桁違いだった。無茶させまくったツケが、最悪のタイミングで回ってきたんだろうな。
 このままだと、何が起きるかわかったもんじゃない。あたり一面凍てつかせたとはいえ、風もほとんどない日だったからまだガスはそこら中に溜まってる。それでアタシはあの時咄嗟に、とにかくカードを全部引き抜こうとした。実体化させるカードさえ存在しなけりゃ、「BV」といえどもクソスペックの後付け装置でしかない。
 だがな、理由はどうあれアタシのデュエルディスクは起動中だったんだ。大体新品買った時、説明書の表紙辺りに目立つようにでっかく書いてあるだろ?『起動中に無理にカードを引き抜かないでください。破損や異常の原因になります』ってな。それなのにアタシはそんな基本も忘れて、とにかく力づくで引っこ抜こうとした。

「真紅眼の不屍竜……!?」

 無理したせいで読み込みに異常が出たのか、消えるどころか呼んでもいない真紅眼がいきなり実体化して現れた。腐敗した体の全身からたなびく瘴気、そしてひときわ燃え盛る腐り落ちた眼窩を埋める鬼火の目。攻撃の命令でも入ったことになったんだろうな、あの時。いきなり口を開いたかと思うと火炎弾が発生してみるみる膨らんでいき、止める暇もなくそいつを足元めがけて撃ち込んだんだ。慌ててその余波を避けながら上を見ると、すでに真紅眼は次の一撃を溜め始めてた。

「や、やめろ真紅眼!」

 犬や猫じゃねえんだ、言ったところで聞くわきゃねえ。ドン、ドン、ドン……休む間もなく火炎弾があちこちにめくら撃ちされて、そのたびに周りが吹っ飛ぶ。
 んでついに、思いつく限り最悪のことが起きた。さっき、真紅眼の鬼火に火をつける力はないみたいな話をしたろ?それは確かにそうなんだが、それはそれとして当然、当たれば爆発するし、その衝撃で火がつく分には何の制限もない。たまたまぶちかました先に飲食店のガス缶か、それとも木炭か……なんにせよ、何か燃えやすいものがあったんだろう。かっと視界が真っ白になって、急速に温度が高くなるのが肌で感じられた。あと1秒もしないうちにここら一帯はアタシごと吹き飛んで、何もわからなくなるだろう……命の危機でスローになった視界の中で、最後にアタシが考えたのはそんなことだった。
 何もできなかった。真紅眼を除いてな。いきなりところどころ骨がむき出しになったボロボロの翼を大きく広げてアタシの上に覆いかぶさって、その体を盾にしてくれたんだ。少なくとも、アタシにはそう見えた。直後の衝撃はそれでもすさまじいもんで、あっという間に気を失っちまったがな。

「う……」

 それから、どれぐらい経ったのか。ようやくアタシが目を覚ました時、そこは廃墟の中じゃなかった。白いシーツに明るい天井、さっきまでが嘘みたいな世界。アタシも天国に行けるような人間だったのかとも思ったが、んなこたぁない。なんてことない、どっかの病院だったのさ。アタシが目を覚ましたら教えろって言われてたんだろうな、目を開いてじっとしてたらすぐに何人かのスーツ着たおっさんどもが集まってきた。

「……アタシに何か用か?」
「我々は日本政府の人間、とだけ言っておこう。糸巻太夫君、寝起きの所さっそくで悪いが、君にぜひとも了承してもらいたいことがある……」

 そこで初めて聞いたのが、デュエルポリスの話だ。近々国の垣根を越えた世界的な機関を作るからお前も入れって、ある意味スカウトっちゃあスカウトだな。
 最初はなんて答えたかって?そりゃもちろん、ふざけんな今更どの面下げてきたって怒鳴りつけてやったさ。病院のベッドで包帯ぐるぐるに巻かれた女に言われても今一つ迫力はなかったろうが、アタシは本気だった。これまでアタシらがどれだけ苦しんでも国は一切手を差し伸べようとはしなかったし、剣の親父さんみたいな奴だってその時にはもう両手の指じゃ数えきれないぐらいはいたはずだ。剣はその中で、一番行動力があったってだけの話さ。それを今更叩き潰すための機関を、それもプロデュエリストを徴兵して昔の仲間と同士討ちさせろだあ?今すぐアタシの前から失せろ、できないんならその骨へし折って外科まで送りつけてやる。安心しな、ここは病院だからそう長くはかからねえからよ。
 だけどアタシがそうやって啖呵を切ることも、最初から予想してたんだろうな。頷きあったかと思うと、奴らはとんでもないものを見せてきやがった。

「……書類?」
「それとこちらの写真だ。その怪我では読むのも一苦労だろうから簡潔に説明すると、君があの戦いで発生させた被害の総計だな。町ひとつのインフラと箱ものの徹底的な壊滅。これだけでも数千億単位の損害だが、人的被害も死者398人、重体84人、重傷97人、軽傷者まで含めるとその倍は堅いだろう。まったく、人災としては戦後でも5本の指に入るだろうな」
「ちょっと待てよ、それはアタシの……」
「その写真をよく見たまえ。これは爆発の直前の瞬間を、偶然生きていたとある店の防犯カメラがとらえたものだ。紫色の肉体を持つ竜らしき影が、ごく一部だが写っているだろう?話によれば君は、真紅眼の不屍竜なるカードを好んで使っていたそうではないか」
「違う!アタシはそんなことやってない……!」
「検察はそれを信じるかな?幸い証拠は我々がすべて手を回したため、外部に漏れてはいない。今のところこの話を知っているのは我々を含めた政府内でもごく一部の限られた立場の者と、ほかならぬ君自身だけだ」
「アンタら、アタシを脅迫しようってのか?」

 さすがにそこまでくれば、いくら寝起きでも何のためにそいつらが来たのかは予測できるさ。アタシの首を何としてでも縦に振らせるために、奴らは来やがったんだ。

「よく考えたまえ。仮に君の言葉が真実だったとしても、世間はそうは思わないだろう。斜陽となったデュエリスト産業にとって、たとえ容疑者とはいえ君ほどの有名人の名がこの災厄の下手人として名が挙がるのは致命傷となりうるはずだ。この写真を送り付ければ、たとえ提供者が匿名でも各雑誌や新聞は喜んで記事を書くだろうな」
「テメエら……!」
「もう一度言うが、よく考えたまえ。返答ひとつで君は人殺しの大犯罪者となりデュエルモンスターズ産業を完膚なきまでに亡き者にすることも、あるいは正義のために戦う英雄となることもできるのだよ」

 確かに、それでも断ることもできた。証人になる剣は爆発で木っ端みじん、証拠ったってピンボケした写真ぐらいのもんだ。裁判になってもかなり不利とはいえ、勝ちの目がないわけじゃない。
 でもな、アタシは弱かった。鼓の戦友なんて言ってられるような女でも、八卦ちゃんが憧れるようなヒーローでもない。どうしようもなく、クソみたいな女なんだよ。そうさ、アタシは怖かった!その場で首を縦に振った
さ、アタシ自身のためにな!正直な話、デュエルモンスターズ産業の未来のためなんてのは都合のいい、格好の言い訳でしかなかった。アタシはアタシ自身の身を守るためだけに、プライドを捨てて魂を売り渡したんだ!





「……悪いな、熱くなっちまった。だけど、これでわかったろ?これが、アタシだ。あれからもう13年になるが、いまだに何も変わっちゃいねえ。人殺しの責任も、街を壊した罪も、全部が全部剣にあるわけじゃない。最後のトリガーを引いたのは、アタシ以外の誰でもない。そのくせ、そこから逃げ続けてる」

 神妙な顔で聴いていた清明にふうと肩をすくめ、パイプ椅子に体重を預けてもたれかかる。倦怠感と喪失感が混ぜこぜになり、彼女の体を襲っていた。なにせ13年間、ただの一度も口にすることなく隠し通してきた話なのだ。
 しばらく2人とも黙っていたが、ややあって先に口を開いたのは清明だった。

「……なるほどねえ」
「おっと、慰めはいらんぜ?自分の正当化は、もう13年間ずっとやってきたんだ。今更付け足してもらうこともないさ」
「いや、違うよ。僕とは逆だなあ、って」

 妙に大人びた、弱々しい笑顔で微笑みかける。ぽつりぽつりと、続けて語りだす。

「うん。僕も、ずっとずっと後悔してる。だけど僕の場合は、ある人を助けられなかったんだ」
「……それで?」
「その人がどれだけの覚悟をもって僕の前に立ちはだかったのか、少し考えればわかることなのに。僕はそんなこと考えすらせずに彼女の厚意に甘えて、せめてその心を楽にする程度のことすらできなかった。そのあげく、殺しあってたはずの彼女に助けられる形で今でも生き恥さらして、さ」
「そうか」

 過去を語る清明の顔には、ほんのわずかな郷愁の念と……それ以上の苦痛と後悔が、はっきり表れていた。本人の言葉通り、今でも後悔を続けているのだろう。
 理由は違えど互いに消えない十字架を背負い、いまだにそこから逃げ続ける身。そんな同族意識だからだろうか、あるいは傷をなめ合おうとでもいうのか。いずれにせよ糸巻は、柄にもない言葉を口にしていた。

「……お互い、大変だな」
「……うん。うん、本当に」

 万感の思いを込めて頷きあう。どうせまたすぐに、もはや彼女たちにとってはそれが日常となった決して消えない罪の意識からくる自己嫌悪と浅ましい正当化の無限ループに心で泣いて、それでも顔だけは笑っていつも通りの日々に戻っていくのだろう。それでもせめて、今この瞬間だけは。
 午後の日差しが柔らかに病室へと差し込み、白いシーツに反射して部屋を明るく照らしていた。 
 

 
後書き
この新旧主人公はどちらも自分のことが死ぬほど嫌いという点では一致してるんですが、そこから先の考え方が微妙に違うんですよね。
詳しくは前作同様今回もやる(予定の)設定後語りにでもぶん投げておく予定ですが、ざっくりかつ乱暴に一言で表すと糸巻さんの方が良くも悪くも人間的、俗物的です。清明の方は前作で色々見すぎたせいもあり、ナチュラルに頭のネジが数本吹っ飛んでます。

次回はまたしばらく遅れます、すみません。 
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