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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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エピローグ

 
前書き
いつもに増して中身の薄いエピローグになってしまった。
でもこういうシーン個人的には割と好きなのです。

前回のあらすじ:よく考えたらせっかくスタロ使ってんだから最後のビッグベン-K処理シーンは精神操作あたり→カゲボウ-C→ヴィクティム・サンクチュアリ!の方が結果同じでも綺麗に決まったかな?と投稿終わってから思った、そんな回。 

 
 その日の朝、糸巻と鼓は駅に来ていた。手ぶらで咥え煙草の糸巻に対し、鼓の手には小ぶりな、本人の髪色と同じ銀色のトランクが握られている。その日は、鼓がフランスへと帰る日だった。
 何気なく時計に目をやると、次に空港行きの電車が来るまでにはあと少し時間がある。穏やかな2人の表情からは、互いに何の感情も読み取れない。示し合わせたように同じタイミングで改札前のベンチに並んで座り、そこから互いに無言のまま、わずかな時間が過ぎた。

「……熱っ」

 静寂を破り小さく呟いた糸巻が、未練がましく限界ギリギリまで吸っていた1本をついに口から離して灰皿に放り込む。どうやらこの場所は、昨今の禁煙ブームに逆らって未だに喫煙ゾーンがある糸巻にとっては大変ありがたい場所らしい。
 そのままノータイムで次の1本を求めて懐を漁る彼女の視界に、隣から白い手が飛び込んできた。

「あー?」
「私にもくれ」
「アタシより高給取りのくせに、煙草は恵んでもらおうってか?」
「餞別も出せないほど落ちぶれたのか?悔しかったら出世しろ」
「うるせー……ほれ、火」

 ぶつくさ言いながらも追加で取り出した1本を目の前の指に握らせ、ライターに火をつけて先端を差し出す。ん、と短い返答。息を吸い、ゆっくりと煙を吐く。

「……なあ、糸巻」
「おう」

 また沈黙。いつになく歯切れの悪い腐れ縁の親友に問うような視線を向けると、ふいっと目を逸らしほとんど聞こえないぐらいの気まずそうな声が続いた。

「……その、悪いな。私も本当は、このタイミングで向こうに戻る気はなかったんだ」
「なんだよ、勿体ぶってそんなことか?ま、気にすんなって」

 そもそもこの急な帰国は、まだ決まってから丸一日と経っていない。デュエルポリスフランス支部から、鼓がこの休暇で日本に一時帰国してからというもの「BV」の犯罪率が跳ね上がって現地メンバーだけでは処理しきれない、もう限界だと泣きつかれたのだ。会話は終始フランス語で行われたため横にいた糸巻には何を言っているのかさっぱりだったのだが、少なくとも叩きつけるように電話を切って一通り悪態をついたときの呆れと情けなさが複雑に入り混じったその顔は、彼女にしてみればなかなかの見ものだった。
 いいものを見せてもらったので、必然的に彼女の返事も丸くなる。

「真面目な話、それだけ『錬金武者』の名前が抑止力になってたんだろうさ。羨ましいよ全く、ここいらのチンピラは『赤髪の夜叉』への敬意っつーもんがないからな」
「私にいつまでも頼られても困るんだがな。帰ったら教育のやり直しだ、たっぷり叩き直してやる」

 いつの間にか正面に向き直っていたその横顔を糸巻がちらりと見ると、その目はどうやらかなり本気なようだった。文字通りその根性を叩き直されるであろう顔も知らない彼女の現地の部下たちのことを思い、そっと心の中で合掌する。風にたなびき上空へとゆらゆら上がっていく紫煙を眺めつつ、鼓がまた口を開く。

「本当は、お前以外にもちゃんと挨拶していきたかったんだがな」
「そういうとこ真面目だよなあ。ま、あの2人にはアタシから伝えておくさ」
「ああ、頼む。わかりやすく怪我したのは遊野の方だが、八卦ちゃんの方は心に傷を負った可能性もあるからな」

 あの後、清明は蛇ノ目戦での火傷が原因で即入院、現在も病院にぶち込まれている。とはいえ糸巻の見立てによれば怪我自体は異様な、明らかに人間離れしたスピードで既に完治しており、ただ本人がぐーたらしていたいから未だに退院していないようにしか見えないのだが。とはいえ、それは清明の話。八卦ちゃんの方は表面上は問題なく見えたが、そのメンタルに気を配る必要があるのは間違いない……そこまで考えたところで、顔色一つ変えずに言葉が続く。

「お前の場合性格が性格だからそのあたりの機微に反応できるとは私としても欠片も全くそれはもう全然頭のてっぺんから足のつま先までこれっぽっちも期待してはいないが、せめてお前なりにでいいから多少は気を使ってやるんだぞ」
「よし、その喧嘩買った!いっつもアタシのことどういう目で見てるかよく分かったぞ」

 澄ました顔のまま一息で言い切った鼓に、拳を握って半腰となり向き直る糸巻。険悪な2人の視線が交錯すること数秒、同時にその力が抜けた。2人して小さく笑いながら、ベンチにどさりと体を預け直す。

「……まあ、なんだ。向こうに戻ってもしっかりやれよ、フランス支部長殿」
「お前こそ、私がいないと夜な夜な枕を涙で濡らさないようにな」

 糸巻が何か言い返すより先に弾みをつけて立ち上がり、吸殻を灰皿にねじ込んで足元のトランクを握り直す鼓。時計の針は、もうすぐ空港行きの電車が到着することを示していた。

「またな、糸巻」
「おう、鼓」

 長々とした別れの挨拶や飾った言葉は必要ない、そういうものだった。差し出された手を一度だけぐっと握り、その手が離れると同時に笑みを浮かべて銀色のゆる三つ編みを揺らして身を翻す。
 それっきり振り返らずに改札を通り、電車の中に消え、ドアが閉まり、そしてゆっくりと離れていく様子を、糸巻は最後まで目を逸らさずに眺めていた。

「……はぁ」

 ゆっくりと息を吐き、その場でぐっと背伸びする。必然的にただでさえ目立つ2つの膨らみが強調されるが、どうせ誰かが見ているわけでもないし、もし見ていたとしてもそう気にはしない。そんなことよりも彼女の心中は、先ほどの会話が占めていた。
 別れの言葉の中で、意図的に出さなかったのであろう名前、鳥居浄瑠。あの一瞬の邂逅の後、彼はまた音信不通となって現在もその行方は知れず、不気味な沈黙を保っている。
 そしてそのほかにも、考えなければならないことは山ほどあった。共闘が終わったことで再び敵対関係に戻った巴、病院への搬送中に手を打たれたのか、気が付いたときにはデッキを残して忽然と消えていた蛇ノ目の新型「BV」デュエルディスク……鼓には大きな口を叩いたものの、糸巻の置かれた状況はすこぶる悪い。

「ま、なんとかするさ」

 誰にともなくぽつりと口にすると肩をすくめ、くるりと駅に背を向ける。さて、これからどうするか。とりあえず病院も近いことだし、清明の見舞いにでも行ってやろう。ロベルトたちも気にはなるが、あちらはまだ面会謝絶が続いているはずだ。
 方針を決めて一歩を踏み出すと、ふわりと吹いた風に赤い髪がなびいた。 
 

 
後書き
思い返せば彼女には損な役目ばかり押し付けた気もしますが、ともあれお疲れさまでした。 
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