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戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~

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第18節「刻み込まれた痛み」

 
前書き
今回はG屈指のトラウマシーンの一つです。
嘔吐描写もありますので、ご飯まだ食べていない方は控えるようご注意いたします。

読んだあとで胸のあたりが痛むかもしれないので、心を落ち着かせる為の何かを用意することを推奨しますね。

それから、ここから三話ほど暗い話が続くこともお知らせいたします。
これは後書きで何とかするしかないな……。 

 
数分前、ヘリキャリア作戦会議室

「そんなにマリィをフィーネにしたいかよ」
「ツェルトッ!?」
「……」

ツェルトはナスターシャ教授を真っ直ぐ睨みながらそう言った。

「ギアを起動し、アウフヴァッヘン波形に触れるほどにフィーネの魂はマリィを侵食する。マムは最初にそう言ったよな?」
「そうですね」

ルナアタックの最中、フィーネは黙示録の竜ベイバロンとなり、そして二課の装者達が放った『Synchrogazer』の一撃によってその身に融合したネフシュタンの鎧と共に消滅した。

常識のそれと異なる死因は、リンカーネイションに異常をきたし、本来ならば一度目覚めれば一気に塗り潰されるはずであったマリアの自我が多く残った不完全な状態で目覚めている。

そう説明したナスターシャ教授自身が、わざわざマリアのフィーネ化を促進させかねない事を是としている。
その発言にツェルトが待ったをかけるのは当然だろう。

「だったら俺が出る。マリィが出る必要はない、休んでろ」

そう言い捨て、ツェルトは会議室から立ち去っていく。

「ツェルト……」
(……あの言い草。まさか、彼は……)




立ち去るツェルトの後姿を見送った、その直後だった。

カメラに映っていた米兵達が、一瞬にして炭の塊へと変わり、炎の中へと崩れ落ちる。

「ッ!? 炭素、分解……だと……」

驚くマリアの視線の先で、突如現れたノイズの一群が米兵へと襲い掛かる。

あらゆる銃弾は弾かれ、悲鳴を上げて次々と散っていく米兵達。

その最奥、炎の壁を背に立っていたのは……ソロモンの杖を握るあの男であった。

「ドクター・ウェルッ!?」
『出しゃばり過ぎとは思いますが、この程度の相手に、新生フィーネのガングニールを使わせるまでもありません。僕がやらせてもらいますよ』

八方から銃口を向けられながらも、ウェル博士は薄ら笑いを浮かべながらソロモンの杖を振るう。

密集したカエル型(クロール)ノイズが壁となってウェル博士への弾丸を全て防ぎ、返しに召喚された何体もの人型(ヒューマノイド)ノイズが米兵に覆いかぶさり、炭素へと分解していく。

「う、うわあああああ……ッ!」
「あッ!? はッ! あああああ……ッ!」

ウェル博士がソロモンの杖を振るう度、現れたノイズ達が為す術無く足掻こうとする米兵達を殺し尽くしていく。その姿は時代が違えば、魔術師のようにさえ見えただろうか。

だが、工場内に広がるその光景は、エアキャリアの外へと出てきたツェルトが、口をついて思わずこう呟いた程に凄惨なものだった。

「地獄絵図じゃねえか……」

悲鳴が消えた直後、炭と共にカチャリと音を立てて落ちる重火器。

まさにウェル博士の独壇場。気が付いた時には、追手の米兵はほぼ全滅していた。

「さて、と。片付きましたか」

召喚したノイズの群れを消していくウェル博士。
既に爆炎は消えており、工場内に残っているのは炭まみれの重火器だけだ。

と、その時――

「ひッ……ひいぃぃぃぃぃッ!」

生き残っていた兵士が一人、銃を放り出して工場の外へと走り出した。

「おやおやぁ……? まったく、しぶといですねぇ……。生かして帰るわけにもいきませんし、処分しておかなくては」

兵士が逃げた方向へとノイズを放ち、自らもその場所へと歩いていくウェル博士。

(容赦ねえな……。だが、本国からの追手だ。生かして返せばろくなことがないだろうし、癪だけどドクターの判断は正解……か)

勢いに任せて飛び出したはいいが、特にできることもなく、ただウェル博士がノイズを操り追手を虐殺していく姿を間近で見せつけられただけだったツェルトは、エアキャリアへと戻ろうとした。




――耳をつんざく、マリアの悲鳴が鼓膜を貫くまでは。




『やめろウェルッ! その子達は関係ないッ! やめろォォォォォッ!!』
「ッ!? 転調・コード“エンキドゥ”ッ!」

天井へとワイヤーを放ち跳躍、工場の屋根を突き破って外へ飛び出す。

眼下を見下ろせば、そこには……三人の野球少年へと襲い掛かるクロールノイズの姿があった。

「ッ! 間に合えぇぇぇぇぇぇッ!!」

ツェルトが射出した二本の鎖が、ノイズへと向かって真っすぐ突き進む。

だが……一瞬遅かった。

射出された楔が地面に突き刺さったのは、ノイズが少年たちと共に炭素分解された直後……。無残にも、好奇心から寄り道してしまった部活前の野球少年達は、一瞬にして死体も残さず命を奪われたのだ。

『ああああああぁぁぁッ!』

床に突っ伏して慟哭するマリアの咆哮。それをただ見つめるナスターシャ教授。

仕事を終え、ニンマリと嗤うウェル博士。

そして……アームドギアである鎖を収納したツェルトは、工場の屋根にガックリと膝をつく。



「間に合わなかった……。また、間に合わなかった……」

右手の義手を見つめながら、うわ言のように震える声で呟く。

「伸ばしたこの手はいつも……守ろうとしたものばかりすり抜けて……うぅッ……」

ツェルトが慌てて口を押える。

脳裏にフラッシュバックするのは、炎に包まれたあの日の研究室。

先程までの工場内のように赤く染まっていた視界。

そして失ったはずの右腕に、今や鋼の義手となったはずのその場所に蘇る、忘れられない感触。

セレナを炎の海に突き飛ばし、直後、高温化した瓦礫に腕が押しつぶされた瞬間の、あの感覚。

肉を潰されながら焼かれる苦痛と、己の腕が焦げていく臭い。

鮮明に思い出されたそれらの記憶は、ツェルトの身体を駆け巡り、中枢神経を刺激した。

「うッ……うぅ……ヴォえェ……ッ」

再び静寂を取り戻した廃工場。曇天の下で、ツェルトは嘔吐した。

(俺は……ヒーローには、なれない……。見ず知らずの誰かどころか、セレナも助けられず、マリィを泣かせてばかりの俺が……ヒーローになれるわけがない……ッ!)

抉られた心の傷に、己が無力を叫びながら……。











ff

『アジトが特定されました。襲撃者は退けましたが、場所を知られた以上、長居は出来ません。私達も移動しますので、こちらの指示するポイントで落ち合いましょう』
「そんなッ!? あと少しでペンダントが手に入るかもしれないのデスよッ!?」
『緊急事態です。命令に従いなさい』

それだけ通告すると、ナスターシャ博士は一方的に通信を切断した。

切羽詰まっているのが語調の厳しさからも伝わってくる。切歌が悔し気に歯噛みした。

「さあッ! 採点結果が出た模様です……あれ?」

司会が振り返った時、既に調は切歌の手を引いて足早にステージを降りていくところであった。

「お、おいッ! ケツをまくんのかッ!」

クリスの売り言葉も意に介さず、調は一直線に劇場の出口を目指す。

「調ッ!」
「ツェルトがいるから、大丈夫だとは思う。でも、心配だから……ッ!」

そう言われては、切歌も受け入れざるを得ない。
二人は駆け足で劇場の階段を昇り、外へと向かって行った。

その様子を見て、翼も立ち上がる。

「翔、立花、爽々波、追うぞッ!」
「おうッ!」
「了解です」
「未来はここにいて。もしかすると、戦うことになるかもしれない」
「う、うん……」

四人は席を立ち、切歌と調を追って駆けだしていく。

その後ろ姿を見つめながら、未来は両手を祈るように組んだ。

「響……やっぱりこんなのって……」

ff

校内の構造は把握している。

響達が二人に追いつくまでに、そう時間はかからなかった。

校門のすぐ近くで二人を挟み撃ちにし、五人で取り囲む。

「切歌ちゃんと、調ちゃん……だよね」
「5対2、数の上ではそっちに分がある。だけど、ここで戦う事で、あなた達が失うもののことを考えて」

調は周囲の人々……リディアンやアイオニアンの生徒達や、その家族、外部から来た人々を見回しながら言い放つ。

「なッ!」
「お前、そんな汚い事いうのかよッ! さっき……あんなに楽しそうに唄ったばかりで……」

クリスの言葉に切歌は一瞬、調の方を振り返り……。

「ここで今、戦いたくないだけ……そ、そうデス、決闘デスッ! 然るべき決闘を申し込むのデスッ!」

クリスらを指さしながら、そう提案した。

「決闘って……今時、中世のヨーロッパじゃあるまいし」
「まさか……残念なタイプの娘なのか?」

切歌からの提案に、純は眉を顰め、翔はそのあまりのズレ具合に困惑してすらいる。
調でさえ、目をぱちくりさせて驚いていた。

空気が一瞬緩みかけるも、険悪なムードに変わりはない。
響は思わず、クリスと切歌の間に割って入る。

「どうしてッ!? 会えば戦わなくちゃいけないってわけ……でもないでしょッ!?」
「「どっちなんだよッ!」デスッ!」

ほぼ同時に全く同じツッコミを入れてしまい、クリスと切歌は思わず顔を見合わせた。

「決闘の時は、こちらが告げる。だから――」

そう言って調は切歌の手を取ると、翼と翔のすぐ傍をすり抜け、足早に立ち去って行った。

校門を抜けていく二人の背中を見ながら、五人は迷う。

尾行し、後をつけるべきか。それとも、彼女達の誘いに乗り、決闘の合図を待つか……。

その答えは、五人の端末に通信が入ったことで、半ば強制的に決定された。

『五人とも、揃っているか? ノイズの出現パターンを検知した。程なくして反応は焼失したが、念の為に周辺の調査を行う』

「はいッ!」
「ああ」
「はい」
「了解……」
「……はい」

五人は端末を仕舞うと、LINEで未来達に先生方への言い訳を頼み、本部へと向かって歩き出した。

ff

ウィザードリィステルスで身を隠したエアキャリアは、都内に存在するランデブーポイントへと向けて飛んでいた。

キャリアを操縦しながら、ナスターシャ教授は檻の中のネフィリムの様子を確認する。

カメラに映っているのは三日前よりも成長し、人間の成人男性よりも二回りほど大きくなったネフィリム。
そして、ソロモンの杖を握ったまま、檻の前の椅子に脚を組んで座っているウェル博士だ。

(遂に本国からの追手にも捕捉されてしまった。だけど、依然ネフィリムの成長は途中段階。“フロンティア”の起動には遠く至らない……)

異常なし、と見たナスターシャ教授は、カメラを別の部屋に座り、項垂れているマリアへと切り替える。

(セレナの遺志を継ぐ為に、あなたは全てを受け容れた筈ですよ。マリア、もう迷っている暇などないのです)

罅の入ったペンダントを見つめるマリア。

項垂れる彼女の心は、未だに揺れ続けていた。



指定のランデブーポイントに着陸するキャリア。

降りてこちらへと向かってくるマリアの姿を見て、切歌と調は岩陰を飛び出す。

「マリアッ!」
「大丈夫デスかッ!?」
「ええ……」

本当はまだ立ち直れてなどいないのだが、二人を心配させまいとマリアは静かにそう答えた。

「よかった……。マリアの中のフィーネが覚醒したら、もう会えなくなってしまうから……」

調はマリアに駆け寄ると、その背中に腕を回す。

「フィーネの器となっても、私は私よ。心配しないで」

その言葉を聞いて、切歌もマリアの腕の中に飛び込む。
二人を抱きしめ、切歌の頭を撫でながら、マリアは微笑んだ。

調と切歌を抱きしめていると、沈んでいた心が楽になってくる。そんな気がしたのだ。

そんな三人の微笑ましい光景を、ツェルトは数歩離れた位置からそっと見守りながら、拳を握りしめていた。

そこへ、車椅子に乗ったナスターシャ教授と、相変わらずコートのポケットに両手を突っ込んだウェル博士がやって来る。

「二人とも、無事で何よりです。さあ、追いつかれる前に出発しましょう」

すると、切歌と調は慌ててナスターシャ教授の前に立つ。

「待ってマムッ! アタシ達、ペンダントを取り損なってるデスッ! このまま引き下がれないデスよッ!」
「決闘すると、そう約束したから――」

次の瞬間、乾いた音と共に調の頬が叩かれる。

「マム――ッ!?」

続けて切歌も頬を叩かれ、ツェルトは音の度に思わず両目を瞑った。
叩かれた瞬間に思わず手を放してしまい、学祭で買ってきた食べ物のパックが入ったビニールが、地面へと落ちた。

「いい加減にしなさいッ! マリアも、あなた達二人も、この戦いは遊びではないのですよッ!」
「マムッ! それくらい三人だって!」
「いいえ、分かっていませんッ! それはツェルト、あなたも同じですッ!」
「ッ!? そんな……事は……」

反論できず、ツェルトは黙り込んでしまう。
ビンタを貰った切歌と調は、叩かれた頬を抑えながら、両目に涙を浮かべている。

「そのくらいにしましょう」

と、その状況を諫めたのは、意外にもウェル博士であった。

「まだ取り返しのつかない状況ではないですし、ねぇ?」
「ドクター……今度は何を企んでいやがる?」

ウェル博士はわざとらしく肩を竦めると、ツェルトからの問いに笑って答えた。

「いえいえ、二人が二課の装者達と交わしてきた約束……決闘に乗ってみたいのですよ」

これまでもそうだった。
この男がこういう顔をするときは、大抵ろくでもない悪巧みを考え付いた時だ。

これまでにないほどの嫌な予感に、ツェルトは顔を顰める。



そして、彼らの背後には……未だ解体途中の巨大建造物。

月を穿つ一撃を天へと放つために建てられた魔塔、カ・ディンギルが聳え立っていた。 
 

 
後書き
作戦開始までの空いた時間――

ツェルト「落としたビニールの中身、無事でよかったな」
切歌「折角たくさん買って来たのに、無駄になったら勿体ないところだったデス……」
マリア「それにしても、よくこんなにたくさん買えたわね? 幾らしたの?」
調「なんと、全部タダでした」
ツェルト・マリア「「た……タダぁぁぁ!?」」
ツェルト「これ全部タダだったのか!?」
切歌「今朝、助けたお兄さん達にタダ券貰っちゃったのデース!」
調「本当は、二人にも食べてもらいたかったもの、いっぱいあったんだけど……持ち帰るとなると、種類が限られちゃって」
マリア「二人とも……ありがとう。こんなにたくさん持って帰ってきてくれたんだもの。十分嬉しいわ」
ツェルト「ネフィリムの餌は持ち帰れなかったけど、俺達の飯が確保できたんなら結果オーライかもな。これだけあれば、二日くらいは何とかなるだろ」
調「流星さん達には、感謝が尽きないね」
切歌「今夜はごちそうデースッ!」

マリア「傷みやすい物から優先して、今夜の夕飯にしちゃいましょう」
ツェルト「あとお菓子系はさっさと食べちまおうぜ。でかいネズミに持ってかれちまうからな」
マリア「お菓子しか食べないもんね、誰かさんは」
ウェル博士「ギクッ……」(キッチンの壁の向こうにて)



次回は久しぶりの「番外記録(メモリア)」を挟みます。

「姉さん。わたし、唄うよ……」

とうとう累計ではなく、無印からの話数で百話達成の次回、お楽しみに。 
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