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神機楼戦記オクトメディウム

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第5話 舞いの神:後編

 神機楼の機能により、コックピット内の敵の姿を確認した姫子。
 そして姫子の眼前に映っていたのは、オレンジ色のツインテールに童顔で、ゴスロリ衣装で決め込んだ可憐な少女の姿である。
「うそ……あなたは……?」
 そのように姫子が驚きを隠せないのも無理からぬ話であったのである。何故なら、彼女が今しがた垣間見た敵パイロットの姿は、彼女の脳裏の記憶にしっかりと残っていたものであったからだ。
 そして、その事実を姫子は言葉にするのであった。
「今思い出したよ。あなた、人気アイドルの『夕陽かぐら』だよね?」
 そう、その名前に姫子が引っ掛かりを感じていたのは、かつて彼女も夢中になっていた人気アイドルその人だったからである。
 確か、そのアイドルは歌唱力もさる事ながら、一番目を引くのはその巧みな身のこなしから繰り出されるダンスパフォーマンスなのであった。
 そう、彼女は歌って踊れる売れっ子のアイドルだったのである。
 しかし、彼女はある時期からそのダンスパフォーマンスの最中に足を痛めたとかで踊りを止め、歌だけを歌っていたのであったが、それもテレビ等では見かけなくなり、いつの間にか人々の前から姿を消していたのであった。
 その事を思い出して、姫子は自分がどういう心境に至っていたのかを思い出すのであった。
 ──そう、彼女はかぐらのファンであったが為に、人前から姿を消したショックを和らげようと無意識の内に頭の中でその事を認識しないように働いていたという事なのだと今覚ったのである。
 その事実を認識した姫子は、取り敢えず自分のその意識を自分で戒める事にしたのであった。──自分だけ忘れれば問題ないと思っていた浅はかさに。当のかぐら本人は人知れず苦しんでいたというのに。
 しかし、それでも不可解な事があるのであった。彼女が人前から姿を消した事と、今こうして破壊活動を行っている事、これにどのような因果関係があるのだというのだろうか。
 なので、姫子は意を決してその事をかぐら本人に聞くのであった。
「あなたは、どうして大邪に力を貸すような事をするの? こんな人々を苦しめるような事を?」
「……」
 当然その疑問は生まれてくるだろうとかぐらは納得した。そして、この巫女に話す義理はないのではあるが、何かの気まぐれのようなものの衝動に駆られてそれを口にする事を決意するのであった。
「……それはね」
 そう神妙な雰囲気を醸し出しながら、淡々とかぐらは自分の身に何が起こったのかを綴っていく。
 それは、まず彼女が痛めた足の療養をする為にアイドル活動を自粛していたという事である。
 その最中、思ったより治りの悪い足の調子に不安を覚えていたのであった。何故なら、かぐらは踊りが一番好きだからであった。
 まず、彼女の本名は『夕陽神楽』である事に起因するのである。それは、両親が娘に踊りが得意な子に育って欲しいと名付けられた事から始まるのだ。
 そして、その両親は習い事を子に好きにさせるにおいて良心的な教え方をしていたのであった。様々な事に興味を持つ幼い頃から教え、そして決して強要するような事はしなかったのである。
 それが功を奏してかぐらは踊りが好き、かつ得意だという理想的な育ち方をしていったのだ。だから、かぐら自身が自分が踊りを踊って活躍出来る事が誇りであり生き甲斐となっていたのだった。
 だから、彼女が足を負傷して一時期ダンスを行えなくなっていた時は不安で仕方なかったのである。無理もないだろう、彼女にとってこれは自分の一部なのであったのだから。
 故に、彼女の脳裏に最悪の事柄がよぎろうとしていた。──もし……。
 その時であった。かぐらが療養に利用している自宅の自室に何者かが、まるで先程からそこにいたかのようにさも当たり前のように彼女の傍らに存在していたのである。
「? あなた誰!?」
 当然その不法侵入、そして幽霊染みた芸当にかぐらは驚きを隠せずに驚愕し、そして身構えていた。
 その人物は一見すると清楚な修道女──シスターのような出で立ちをしており、そこから発せられる雰囲気は神々しいの一言であるのだった。
 だが、誰もいないと思われていた部屋に忽然とその姿を現していたという事実は、その雰囲気を得体の知れないものへと変貌させていた。
 そのような大胆不敵な行動を平然と行う者に対する対処は一つであろう。
「……警察呼びますよ!?」
 それが、この犯罪行為スレスレの行いに対する、現代におけるもっとも適切な対処と言えるだろう。
 だが、その者はそのような現代で培われた概念が通用するような存在ではなかったのであった。
「……夕陽かぐらさんね? 率直に用件を言うわ。私と共に来なさい」
「誰があなたのような得体の知れない人と?」
 かぐらは至極真っ当な答えを口にする。誰とも知らない人間に好き好んで着いていくかというのだろう。
 しかし、そう言われても修道女は全く動じる事なく、まるで脚本を読んでいるかのように淡々とこう告げてくるのであった。
「そう言うのはもっともですね……。でも、あなた。こんな自分のしたい事が出来ない世界、壊してしまいたいとは思いませんか?」
「何を馬鹿な事言っているの……」
 突拍子もない事を言い出す修道女に対して、当然理性の働く頭でかぐらは反論する。
 しかし、相手の頭の中に入り込んできて包み込むかのような言葉では言い表せない雰囲気に、かぐらの心はじわじわと溶かされるような感覚となっていく。
 加えて、かぐらは自分の足の調子が優れない状況にあり、心に不安を抱えていたのである。そこへ修道女の振る舞いは、まるで自分の胸の内を見透かし、そして取り込むかのような力があったのだ。
 そして、その『浸食』は瞬く間に確実にかぐらの心を蝕んでいったのである。
「大好きな踊りを踊れない……こんな世界なんか……」

◇ ◇ ◇

「そして、今こうして私は大邪に選ばれて力を貸す立場になったという訳よ」
「そんな事が……」
 その事実は、現代に生きる姫子には超然的すぎる内容で、頭の整理が付けづらい状態にしてしまうのであった。
 だが、成績は中の中程度はあり、人並みに頭の働く姫子はそれなりの性能を誇る頭で内容の整理へと踏み切っていく。
 まず、その修道女という存在が一筋縄ではいかないだろうという事である。その存在は人知の行き届かない何かを持っていると考えるべきだろう。
 何せ、ちゃんと良心の働いていたかぐらの自制心をバターのように溶かしてしまい、こうして破壊活動に荷担させてしまう程なのだから。このような芸当を平然と行ってしまう辺り、姫子は自分の世界の常識で推し量ってはいけない相手であると肝に命じるのであった。
 そして、ここからが重要な事である。
(うん、このかぐらさんの言っている事は『矛盾』しているね)
 それが、今忘れてはいけない事項なのであった。
 かぐらは足の不調を抱えていると言ったが、今こうして『神機楼の操縦』を行っているのである。
 これのどこに矛盾点があるかという話になるが、ここで思い出して欲しい。
 神機楼とは、搭乗者の動きをダイレクトに伝達して稼働するという仕様なのである。
 そして、かぐらは今こうして何の問題もなく神機楼を操っていた事は紛れもない事実なのだ。そう、とてもではないが足に不調を抱えている状態ではそのような芸当は出来ないだろう。
 故に、今から姫子がする事は決まっていた。意を決して姫子はこう口にする。
「少し落ち着いて下さいかぐらさん」
「何よ!?」
 不意にそう敵から言葉を掛けられたかぐらは、戸惑いの余りに思わず口調を荒げてしまう。だが、それに臆する事なく姫子は言わなければならないだろう。
「かぐらさん、あなたは足の具合が良くないと言いましたよね? でも、今こうして神機楼を操縦している……つまり、今のあなたは足が満足に動かせる、そういう事ですよ」
「っ!?」
 そう言われてかぐらは困惑するのであった。敵には正確な情報を教えられているにも関わらず、何故かそれを真実だと認識出来ないのだ。
 故に、彼女は混乱してしまう。
「うるさいうるさいうるさい!」
 まるでだだっ子のような口ぶりとなってしまったが、頭の中が整理出来ないかぐらはそうやけを起こすしか出来なかったようだ。
 そんな敵の様子を垣間見ながら姫子は思う。
 ──思ったよりも、その修道女……そしてそれを介した大邪自身のかぐらへの意識操作は相当深いものになっている、と。
 現に足の負傷は完治しているのに、それをかぐら自身が認識出来ないように意識の一部を削り取られているようである。
 そして、その深刻な問題を抱えるかぐらは……。
「どうせ私の足なんてなお──」
「いけないわ!」
 それ以上は言わせてはならないと、姫子は弾かれるように咄嗟にかぐらの言葉を遮るように思わず大声をあげるのであった。
 その姫子の機転により、何とかかぐらは一線を越えずに事なきを得たのだ。
 そして、そのように心の追い詰められた姫子は考える。
 こういう深刻な問題は、本来ならば頼れる大人……そう、姫子にとっては和希のような人に任せるのが妥当だろう。
 しかし、生憎和希は神機楼に選ばれていないが為に、戦場に出る事は出来ないのである。ならば、ここはまだ子供であるが姫子が自分でやらなければならないだろう。
 それが、和希から教わった事を他の誰かに施すという責務だと姫子は思うのであった。こうして人は繋がりを繋げていくのだろうと彼女は想いを馳せる。
 だから、姫子は敢えて心を鬼にして言葉を選ぶ。確かに、かぐらは被害者だ。自分の足が治っているにも関わらず治らないという嘘を大邪から吹き込まれて。
 だが、自棄になって越えてはいけない線を越えようとした事、そして何よりこの世界を壊してしまってもいいのだと思わされている事。それが正しい訳はないのだから。
「かぐらさん……あなたは間違っているわ!」
「うぐっ……!」
 取り乱していたかぐらは、そう真正面から姫子に言われて思わず口を噤むのであった。こうなっては彼女には姫子に付け入る隙というものが感じられなかったからだ。
 しかし、それでもかぐらは説得に応じてくれる様子はなかった。
「でも、この戦いはまだ私の優位には変わりはないわ。だから、見せてあげる♪」
 と、ここで自分の優勢を再確認したかぐらは、表向きではあるが自分の調子を取り戻したかのような口調で言いながら、空を陣取ったまま愛機の両の手に扇を持たせてポーズを取らせていく。
 それは、両手を広げて『何か』をその身に集めようとしているかのように思われた。
 快晴の今日を最大限に利用した手段であるのだった。そう、彼女が今集めているのは太陽の光なのである。
 その光をその身に浴びて、それを凝縮して敵にぶち込む大技。それこそがイワトノカイヒの大技『日輪の双扇砲』なのである。
 そんな姿勢に出た敵を見据えながら姫子は思う──今この時が最大の好機だ、と。
 それは敵が力を蓄え始めた事に加え、自分が大邪の被害者であるかぐらを『救い出す』のにはこの瞬間を逃す手はないと思われたからだ。
 そして、姫子の駆る弾神には打ってつけの手段があるのであった。敵の神機楼を討ちつつ、それに取り込まれたかぐらを助ける為のものが。
 そう思い至れば後は善は急げというものであろう。姫子は太陽エネルギー充填に気を取られているかぐらに覚られないように迅速に行動に出る。
(ついにこの子の出番、だね。頼むよ♪)
 かぐらに勘づかれないように、姫子はこっそりと心の中で呟く。そして、彼女は次なる行動に移す。
 姫子が目をやったのは、愛機の腰に差されている刀のような代物であった。それを姫子は彼に抜かせる。
 すると、その『刀』の全容が明らかとなるのだった。──否、刀に見えていたのは、実際は火縄銃を模した銃器であったのだ。
 それと同時に、コックピット内の姫子の手には、その銃器と同じ形の、エネルギーで形成されたマニピュレーターが握られていた。
 その銃を模した操縦管を、姫子は左手で添え、右手で持ち手とトリガー部分を握りモニターに映る敵機へとしっかりと向ける。
 するとそこには照準が出現し、イワトノカイヒを捉えると信号音と共に白から赤へと変貌した。──これは今正に敵をロックオンした証であった。
 ちなみにその一連の演出の際に英語やら数字やらの表記が当然ながらあったが、小難しい事が分からない姫子はそれをスルーしていたのだった。
 ともあれ、これで手筈は整ったのである。後は、仕上げといくまでだろう。
 今の瞬間、姫子はこの火縄銃状の火器を見ながら思うのであった。──この現代の銃器から見ればすこぶる扱いが難儀な銃でありながら、織田信長はよくこれを最大限に活用して天下を取る事一因へと結びつけたものだと。
 なので、姫子は信長の人柄を全て称賛する訳ではないが、その奮闘を称えてこう宣言するのであった。
「『種子島』。発射!」
 それこそが姫子がこの銃器に名付けた名称であった。そして、彼女はおもむろに引き金を引く。
 刹那、『種子島』の銃口から極太のレーザーが射出されたのである。色は鮮やかなばかりの青色である。
 これこそが弾神ヤサカニノマガタマの切り札にして、この状況を打破する一番の手段だと姫子は踏んだのであった。
 この光線は、他の弾神の武器同様に、大邪に関わる機体だけにダメージを与えられる代物なのである。そう、勿論人間であるかぐらには傷一つ付ける事はないのだ。
 その姫子の想いを載せて、瞬く間に青き力の奔流はイワトノカイヒの中枢を貫いたのであった。──大邪の息の掛かった機体『のみ』を打ち砕く為に。
 その光に包まれながら、かぐらは感じた。──とても優しい光だな、と。
 彼女がそう思ったすぐ後に、邪神の遣いたる舞いの神は爆散したのであった。

◇ ◇ ◇

 意識を再覚醒していったかぐらは覚束ない思考の元に手繰るように考えていた。
 ──自分は敵の大技の直撃を受けて、愛機を破壊された。
 ──でも、痛みはなくて。
 ──それなら今自分はどうなっている?
 そこまで思うに至った所で、かぐらはその目をはっきりと覚ますのであった。
 そして、自分の頭の下にある柔らかい感触に気がいく。
 そう、かぐらは今、姫子に絶賛膝枕をされている最中なのであった。そう認識したかぐらは、一気に顔が火照っていく感覚に陥る。
「あ、あんた何やって!?」
「ごめんね、戦場に枕を持ち歩けないから、取り敢えず私の『自前』ので勘弁してね。それと、急に動かないほうがいいよ」
「あ、ごめん……」
 そう言われた瞬間、かぐらは素直に姫子の言に従う事にしたのであった。
 そう、彼女は搭乗機体を破壊されて、そこから外へと送り出されたばかりであるのだから。幾ら弾神の武器が人間を傷つけないものであろうとも、そこから生まれる衝撃を完全に殺せてなどはいないのだから。
 そして、かぐらが無事に目覚めた所で、姫子ははにかみながら言うのであった。
「でも良かったよ、これでかぐらさんを『大邪から救い出す』事が出来たんだからね」
「あ……」
 その姫子の言い回しに、かぐらは呆気に取られた。
 この巫女は敵である自分を、終始救い出す事に奮闘してくれたのだと。
 それに加えて、彼女は姫子の人柄にも惹かれる所なのであった。
 追っかけのようなアイドルの熱狂的なファンは、多くが自分をアイドルに自己投影しているものである。つまり、自分の崇拝するアイドルこそが本当の自分自身だと体感しているという、常軌を逸した感性なのだ。
 勿論、その事を一概に責める事は出来ないかも知れない。それは、有能な群れのリーダーを自分自身だと思い、それに貢献していく事で群れ全体の強化を執り行う本能を『こじらせて』しまったものなのであるから。
 だが、自分に対して真摯に接してくれたこの巫女は自分のファンでありながら、それとは全く違う存在であったのだ。もしかぐらを自分自身だと感じていたならば、『あなたは間違っている』とは言ってはくれなかっただろう。他人に自己投影する者は一律、『自分』には甘くするものであるのだから。
 その事が嬉しく、かぐらは思わず目頭が熱くなってしまうのであった。
「ありがとう蒼月の巫女さん。あなたのお陰で大邪の力から抜け出せたのだから。それから、私の事を間違っていると言ってくれた事も……ありがとう」
「私は大した事はしてないよ。それと、今からは名前で呼んで欲しいな。私は『稲田姫子』っていうからね♪」
「はい、姫子さん♪」
 かぐらはそんな姫子に対して、素直に承諾するのであった。これだけ素直な気持ちになれるのも彼女に取って中々ない事のようだった。
 そんなかぐらに「いい子だね」と思いつつも、姫子はある思いが頭の中をよぎっていた。
 ──人の心をここまでもてあそぶなんて、これが大邪のやり方なんだね、と。
 その想いを胸に、姫子は一層大邪へ立ち向かう意思を燃え上がらせるのであった。 
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