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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十二話 展望

宇宙暦791年1月6日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、中央区八番街、
レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 この店はいつ来ても落ち着く。適度な広さ、ヤニの染み込んだカウンター。ボックステーブルを見れば、あちこちにソースの染みは残っているが、洗濯され綺麗に糊付けされたテーブルクロス。昼間はカップルやビジネスマン、学生と、幅広い客層が来店する明るい感じの店内が、ディナータイムからはガラリと雰囲気が変わる。俺は昼の部も好きだけど、夜の部はもっと好きだ。

 「とりあえず、新しい年に乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
今日は久しぶりにカヴァッリ大尉も交えて三人で飲んでいる。もう一人はもちろんオットーだ。なんと、二人は交際を始めたらしい。
「貴方達が大尉だなんてねえ。世の中どうなるか分からないわね。新年を迎えたばかりで来年の事を言うのもアレなんだけど、来年には少佐ね、二人共。…あ、もう一人居たわね」
「そんなことより、二人はいつからなんです?オットーも黙ってるなんて酷いな」
「…なんとなく言いそびれたんだよ。なあ、パオラ」
「そうよ。元の部下、そしてこないだまでの教え子に手を出した、なんて言われたくないじゃない?」
かぁー!パオラって呼んでるのかよっ!…付き合ってればまあ当たり前の事だろうけど、なんか悔しい。
「で、キッカケは?」
「士官学校の卒業式の夜にパオラに誘われて飲みに行ったんだ。それがキッカケと言えばキッカケさ」
「知らない」
「知らないって…お前エリカちゃん迎えに行って、そのまま彼女んチ行っただろ?」
「あらやだ。同期ほっといて彼女のとこ行ったの?サイテー」
何故だ。何故俺が攻められる流れなんだ?
「あれはしょうがないだろ?エリカの両親の招待だったんだから」
「彼女の実家にお呼ばれして、しょうがない、は無いわよね、サイテー」
「うん、最低だ」
なんだ?何なんだコレは?何故俺が攻められねばならない?
「それに同じ警備艦隊司令部所属なのに、なんだか余所余所しいし」
「それはですね、キチンと公私は区別しないと、と思って…」
「サイテー」
「うん、最低だ」
クソっ、こんなことでっ…。
「余所余所しくしてたんじゃない、忙しかったの!今も忙しいけど!」

 司令部参謀という職は忙しい。まずは艦隊の状況把握から始まる。各艦艇からの日施報告の確認、これがまた面倒なんだ。何も無ければ艦隊旗艦と分艦隊旗艦とのコンピュータの自動応答で済むのだが、どこぞの(ふね)に何か異状があるとそれを記録して、まとめて報告する準備をしなきゃならない。異状の内容は艦の故障不具合から乗組員の精神的・肉体的変調から、乗組員の家族に関する事まで多岐にわたる。乗組員の事はよほど重篤や急を要する場合でなければ基本的には各艦で処理する事柄だけど、艦艇の故障や不具合はそうはいかない。どちらにしても艦隊の戦力発揮に関わる事だから、司令部参謀はそれをキチンと把握して、それを更に朝から昼にかけて正規の書式に落として夕方の就業時間終了時までにビュコック提督に報告する…のだけど、報告書の作成中に突発事象が起きたりもする。そうすると、またそれについても報告書を作成しなければならない。停泊中はこれが毎日続く…。アニメの中では他人の作戦案にイチャモンつけてるだけにしか見えなかったから、意外に楽勝配置だと思っていたんだけどなあ…。
でも俺の場合仕方のないことなんだそうだ。大抵は司令部参謀でも少尉や中尉の仕事だからだ。それを知っているから次席参謀も首席参謀も通常の場合は無理はさせない。俺はそこをすっ飛ばして来ている上に将官推薦だ。いきなり大尉という階級に就いた以上、こなさなくてはならない(又はこなしてみせろ)事らしい。そんな事だから、次席参謀のイエイツ少佐は自分の作業量が減る事の方がよほど嬉しかったらしい。

“いやあ、優秀な後輩が来てくれて助かったよ、本当にありがとう”

なんて、喜びすぎて逆にシェルビー大佐に怒られる始末だ。
それにひきかえ副官のオットーは(比較対象としてだけど)それほど忙しくない。奴はビュコック提督の個人副官だから、マネージャーみたいなもんだ。下手すると提督と三次元チェスをしていたりする。
司令官室でその光景を見た時、ちょっと殺意を覚えたもんな。
司令部内務長のカヴァッリ大尉もそれほど忙しくない。彼女の仕事は、艦隊司令部の雑務をこなす十人のスタッフのとりまとめだからだ。
俺だけが、忙しい。訓練中の方がむしろ暇なくらいだ。
訓練中、要するに艦隊の行動中は、異状がない限り艦隊司令部への日施報告は省略される。訓練と言っても敵がいないだけで作戦行動中となんら変わらないから、『異状がないなら静かにしてなさい』という訳だ。

 「だろ?忙しそうだから言いそびれたんだよ。まあ、黙ってて悪かったな」
「そうそう。悪かったわね、参謀殿」
「はあ…もういいよ。二人共、おめでとう」
それにしても卒業式の後にそんな事が有ったのか。エリカは元気にしてるかな…。
「お前はどうなんだよ、ちゃんとエリカちゃんと連絡取ってるのか?」
「一応ね…」
「おいおい、大丈夫かよ?」
「大丈夫さ、きっと」

 キャゼルヌ中佐に言われたような俺達に対する反感は、艦隊司令部や旗艦内部に限って言えば、あまり感じられない様な気がする。オットーは至って常識人で自分をひけらかす様な事はしないし、俺も後ろ指を指される事がないように気をつけていたから、探す粗がなかったのかもしれない。シェルビー大佐とイエイツ少佐に限って言えば、むしろ同情される事の方が多かった。
「推薦を辞退出来ないってのも中々厄介だな。食べたくないのに、先輩に勧められて仕方なく食べた…みたいなモンだろう?」
「いえ…まあそんな側面もありますが。食べてみたら意外に美味しくいただけましたよ」
「はは、そうか。まあよろしく頼むよ。四千隻の艦隊を三人で切り盛りせにゃならんのだからな。早く一人前になって貰わねば困るんだ」
「こちらこそ宜しくお願いいたします、大佐」

 フレデリカちゃんはまだこの店で働いていた。エル・ファシルが同盟の手に戻った後、母親と戻って来たそうだ。もうすぐ士官学校を受験するという。
そうだな、たしか794年に次席卒業、だったもんな。
そもそもグリーンヒル家はエル・ファシル在住なんだろうか?アニメだと当時のグリーンヒル大将が救国軍事会議のクーデター前に、死別した奥さんの墓参りをしていた。時期的にも地位的にもクーデター前にハイネセンを離れるとは思えないから、あの墓はハイネセンにある、ということになる。という事はグリーンヒル中将自身はハイネセン出身なんだろうな。フレデリカちゃんや奥さんは、奥さんの療養の為に奥さんの実家に滞在していたか、仕事で滞在していたのだろう。
「フレデリカちゃんのお父さんも軍人なんだっけ?」
「軍では相当偉いみたいです。中将って言ってましたから」
「そ、そうだね、中将って階級はめちゃくちゃ偉いんだよ」
「家では全くそういう風に見えないんですけどね。そんな事より、ヤン中尉…今は少佐ですよね、ヤン少佐はエル・ファシルには戻って来てないんですか?」
「残念でした。ヤン少佐は今は昇進して中佐になられた。第八艦隊の作戦参謀をやっているよ」
「そうなんですか!…あーあ、ウィンチェスターさん達じゃなくてヤン中佐がエル・ファシルに戻って来ればよかったのになあ」
「おいおい、そいつはひどいな。脱出騒ぎの時は俺やオットーだってヤン中佐を手伝ってたんだぞ?…さてはヤン中佐にホレてるな?」
「ち、違いますっ!私はヤン中佐に憧れているだけでその…」
「ムキになるところがまた怪しい、なあオットー?」
「やめろよ、いたいけな少女をからかうのは」
「そうよ。軍人のイメージダウンにつながるわ。この店も出禁になっちゃうかもでしょ!」
「…え?」
また俺が攻められる流れなの?なんなんだよ一体…。


791年3月8日 アスターテ星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「閣下、第十一艦隊が離れます」
「うむ」
”第十一艦隊旗艦より入電、『新生エル・ファシル警備艦隊ノ新タナル旅立チト、ソノ航海ノ無事ヲ祈ル』以上です“
「返信なさいますか?」
「そうじゃな。バルクマン、返信内容は任せる」
「はっ。……オペレータ、第十一艦隊旗艦に返信、『御厚意ニ感謝ス。貴艦隊ノ愉快ナル航海ノ無事ヲ祈ル』、以上だ」
“はっ。了解しました”
「愉快なる航海か。宜しい宜しい」
「ありがとうございます」

 副官任務は楽しい。
この任務が楽しい理由は、ほとんどビュコック提督の人為によるところが大だ。強烈な上官だったらと思うと、ゾッとする。
”大事なのは失敗しないとか旨くやる事じゃない、確実にこなす事なんだ“
ヤマト、お前が同期で、そして一緒に居てくれてよかったよ。
「バルクマン、貴官はこの艦隊を見てどう思うかね?」
「正直に申し上げるべきか、言葉を飾るべきか、迷っております」
「何故かね」
「は、小官は司令官閣下の副官ではありますが、艦隊には小官より上位者の方々が多数いらっしゃいます。小官の申し上げる事がその方々への誹謗中傷にならぬか、と心配している次第でありまして」
「ふむ。貴官の気持ちもよく分かる。じゃがの、副官は一番身近な話相手じゃ。好きな事を言ってもいいと儂は思うておる。上官を諫めねばならん時もあるからの、好きな様に物を言える様にならんとな、大尉」

好きな様に物を言え、か。それが出来たらなんと楽な事か…ん?相手の地位に遠慮するな、と言う事か。
「閣下、ヴァンフリートに向かってはどうでしょう?」
「何故かね?」
「我が艦隊は全体では四千隻と一応の数ではありますが、哨戒任務を主にする艦隊ですので、今後戦力を分散せねばなりません。という事は会敵した場合、それぞれが少ない兵力で敵と対峙しなくてはならない、という事です。となると、味方にせねばならないのは地の利です。ヴァンフリートは両軍共に敬遠する程の場所ですので、そこに習熟するだけでも艦隊の財産になるのではないでしょうか」
「なるほどのう。戦いづらい場所も味方にせねばならんか。よし、ヴァンフリートに向かうとするか」
「ありがとうございます!」 
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