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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン24 十六夜の決闘龍会

 
前書き
発作的にのじゃ系おねーさんが書きたくなった。

前回のあらすじ:デュエルフェスティバル、開幕! 

 
「第一試合、勝負あり!それでは皆様、最後まで堂々と戦いました2人の選手に精一杯の拍手を!」

 司会……清明の声が聞こえる。すぐそばで巻き起こる割れんばかりの拍手の音も、糸巻にはどこか遠くに聞こえていた。感触を確かめるように軽く手を振り、首を振る。今のデュエルによる体への負担は薄い。まったく影響がないわけではないが、この近辺のどこかに奪われた最新式「BV」が存在することを考えると妥当なところだろう。
 少なくとも今の一戦は、捜査という観点では外れを引いた形になる……それでもその事実に、どこかほっとしている彼女がいることも事実だった。少なくとも『考古学者』は、この件とは無関係だったわけだ。

「まだ衰えたつもりはなかったんですが、現役にはさすがに勝てませんね。結果的に、オベリスクを出したことが裏目に出ましたか」

 考えに集中している間に近づいてきた寿が、歩んできた年月に揉まれ皺だらけの手を差し出しているのが見えた。一度考えを打ち切ってその手を握り返し、小さく微笑んだ。

「いいや、寿の爺さんは間違ってなかったさ。んで、アタシも間違ってない。それでもどっかで決着がつくのが勝負、だろ?」
「おや、七宝寺さんの受け売りですか?懐かしいものです、彼もよくそんなことを……と、失礼。あまり長居しては、次の対戦の邪魔になりますね」

 背を向けて壇上を後にする老人の背中にバレたか、と小さく舌を出す糸巻。実際今のもっともらしく述べたセリフは、彼女が考えたものではない。肩をすくめて彼女もまた戦場を離れたのを見計らって、清明の声がまた響く。

「それでは続きまして、第二試合!時に天を翔け、時に海を割り、時に地を砕く竜たちの集う場所。かつて十六夜の月満ちる空にデビューを飾ったという妙齢の女性デュエリスト、笹竜胆(ささりんどう)千利(せんり)さんです、どうぞーっ!」
「うむ。いよいよわらわの出番かえ」

 しゃなりと擬音が聞こえてくるような優雅な動きで立ちあがったのは、遠くからでもよく目立つ真っ赤な紅葉柄の着物に身を包んだ和装の美人。糸巻よりもデビュー自体は早い先輩だが、その年齢は不詳。少なくともその艶やかな笑顔は彼女の記憶の中にあるままで、本来刻まれていなければおかしいはずの小皺さえ見当たらない。

「ほほ、待たせたのう皆の衆。ようやっと本命の登場じゃ」

 口元に手をやって笑うしなやかで上品な動作のひとつひとつも、あの時からまるで年を重ねたようには見えない。この一見するとイロモノそのものの格好をした時代錯誤のロートル姫さん(糸巻談)はしかし、そんな印象からは想像もつかないほどに大胆かつ繊細にカードを扱う実力者だったというのだから、世の中分からないものである。派手な試合運びから人気も高かった彼女をそのデビュー時の月夜になぞらえて『十六夜の決闘龍会』と呼びはじめたのは、一体どこの誰だったか。
 そんな彼女が、そのトレードマークである黒地に金のカラーリングが施された和風デュエルディスクを起動する……しかし、なぜか清明は沈黙を保ったままだ。

「これ、そこな司会。わらわをいつまで待たせる気かや」

 焦れた笹竜胆の催促に、なぜか小さな笑みを浮かべた清明がようやく口を開く。

「えー、ですがここでお集りの皆様に、ひとつ残念なお知らせがございます。本来この場にてその妙手を振るうはずだったフランス仕込みのクールビューティー、先ほどの糸巻さんと同じくデュエルポリスが一番星。『錬金武者』の鼓千輪さんですが、本日は急な体調不良により参加を辞退する、との連絡が入っております」

 瞬間あちこちで膨れ上がる、あからさまな落胆の声。ざっと客席を眺めまわした糸巻も、明らかに下がった会場のボルテージに仕方ねえな、と嘆息した。フルール・ド・ラバンク社摘発の立役者として、そして理知的な美貌とスタイルから一躍その人気が再燃した鼓の影響力は大きく、今回もその彼女を直接拝めるというのが決め手となってこの場に集まってきた客も多い。
 とはいえ、こればかりはどうしようもない……そう糸巻は考えていた。自分がこのデュエルフェスティバルを回しているのと同じように、彼女には現在進行形で地下でやってもらう仕事がある。この対戦相手は不戦勝で、さくっと次の試合に移る。当然起こるであろう不満は、アタシらのデュエルでカバーすればいい。それは、元プロデュエリストとしての彼女なりの矜持だった。
 しかし、そんな裏事情を何も知らない清明「たち」は、もう少し別の悪だくみをしていたのだった。

「おーっと、もちろんそのご不満はごもっともです。しかし皆様、ご安心ください。ここで1名、飛び入り参加のゲストをお呼びしております」
「ん?」

 嫌な予感がした。彼女の直感は嫌味なほどよく当たるが、時に嫌味なほどタイミングを外してやってくる。果たして今回がその時だった。

「荒れ果て乾いたデュエル産業、その不毛の地に気高く咲いた一輪の花。伝説の血を引く期待の新星、新世代の切り札。八卦九々乃さん、どうぞーっ!」
「は、はい!」

 ガチガチになった、しかし聞きなれた少女の声に、比喩でなくその場でずっこけそうになる糸巻。今まさに火をつけようとしていた煙草が1本、口の端からポロリと落ちた。同時に客席の方からも「八卦ちゃん!?」と驚愕混じりの悲鳴が聞こえてきたが、もうそちらに注意する余裕もない。

「ふ、ふつつか者ですが、本日はよろしくお願いします!」

 緊張のあまり右手と右足を一緒に振りながらぎくしゃくした動きで壇上に現れた少女が、当然注がれる好奇と困惑の視線にますます固くなりながらも大きく一礼する。突然現れた見ず知らずの少女を目を丸くして見つめていた笹竜胆だったが、やがてくすくすと笑いだした。

「ほほ、そう固くならずともよい」
「は、はい!ありがとうございます!」
「やめいと言うに。それにしてもお主、なかなかよい目をしておるな。力強く、どこか懐かしい……これ、司会。先ほど、伝説の血がどうこう言っておったのう」
「はいはい。なんとこちらの八卦九々乃さん、デュエル産業の創始者にして界隈の生ける伝説。あの『グランドファーザー』七宝寺(しっぽうじ)(まもる)氏、その血筋と魂を誰よりも色濃く受け継いだ実の姪となっております。今回は本人たっての希望もあり、急遽出場を決定いたしました」

 偉そうなことを言ってはいるが、全て古雑誌からの受け売りである。この世界の人間ではない異邦人の彼にとってのデュエルモンスターズの生ける伝説といえば創始者のペガサス・J・クロフォードやデュエルキング武藤遊戯を指す言葉であり、正直七宝寺守に関する伝説はまだピンときていない。
 しかしその名前の持つ影響力は、全盛期を遠く過ぎた今もなお大きかったのだ。

「ほう」
「なんと……!」

 居並ぶ元プロたちが小さく驚きの声を漏らし、客席でも主に年配の客を中心に小さなどよめきが巻き起こる。もはや、まだ中学生でしかない少女の参加を止めようという者は誰もいなかった。一変した周りの空気になぜだか無性に親友が遠くに行ってしまったような気がして、竹丸が壇上の少女をそっと見上げた。
 しかしあいにく、少女はその視線に気づかなかった。気づくだけの余裕がなかった、といった方が正しいか。七宝寺の姪……それを聞いた笹竜胆は先ほどまでの柔らかな物腰から一転して目の前の相手を見定める戦士の目になっており、その視線を前に蛇に睨まれた蛙のような状態に陥っていたためである。
 そんな本人にとっては何時間にも感じられた数秒間の後、ややあってふっと相好を崩す笹竜胆。和服の袖で口元を隠して小さく笑うその姿は、すっかり元の柔らかな雰囲気に戻っていた。

「ふうむ、あの御仁の姪、とな。確かに、胆力は申し分ないと見える。怖がらせてしまってすまなかったのう、よくぞわらわから視線を外さなかった」
「え?えっと、ありがとうございます……?」

 少女なりの素直な返事がよほど面白かったのか、またしてもくすくすと漏らした笑みで感謝の言葉を受け止める。

「よい、よい……それよりもお主、植物の()を感じるの。わらわと同じ、よき気質じゃ」
「え……?」

 ただ向かい合っただけで初対面の女性に自分のデッキを言い当てられた驚きと、元とはいえどプロデュエリストたる彼女が自分に賛辞を贈ったことを理解しての純粋な喜び。2つの感情が混ぜこぜになり言葉に詰まり目を白黒させる少女をよそに、起動されてからずっと出番を待ちわびていた笹竜胆のデュエルディスクが唸りを上げる。

「ほほ、わかっておる。ではお主、そろそろ始めるとしようかの。これ司会、デュエル開始の宣言をするがよい」
「オーケーでーす。八卦ちゃん、いいよね?」
「え?あ、はい!いつでもいけます!」

 間髪入れずに飛ぶ、元気いっぱいの返事。それを見て笹竜胆は、密かに感心していた。先ほどまでのこの少女の緊張っぷりは、間違いなく嘘ではない。しかしデュエルが始まると聞いた瞬間から、急にその気負った雰囲気が解けた。今の少女の心はすでに、これから始まることへの期待でいっぱいになっている。この切り替えの早さは、並大抵の神経ではない。デュエルモンスターズに対する愛情の深さも含め、いかにもプロ向けのメンタルだ。もし生まれがあと少し早ければ、期待の新星としてこの年頃からでもその名を全国に轟かせていたことだろう。
 惜しいのう、喉まで出かかったその言葉は、寸前でそっと飲み込んだ。なぜか頭を抱えている糸巻の様子から見て、この娘とあの妖怪生意気乳女(笹竜胆談)には何らかの面識があるのだろう。ならば、わらわがとやかく口を出す話ではない。
 それより今は、このデュエルだ。カードの前では彼女の持つ元プロの名も、少女の持つ七宝寺の姪という肩書も意味をなさない。1人のデュエリストとしてその力、存分に見せてもらうとしよう。すっと目を細め、カードを引いた。

「「デュエル!」」

「どれ、わらわが先攻かの。まずは小手調べじゃ、暗黒界の取引を発動。互いにカードを1枚引き、その後手札1枚を捨てる。さて、どうするかの?」
「暗黒界の取引、手札交換のカード……わかりました、ドローします。そして捨てたカード、E・HERO(エレメンタルヒーロー) シャドー・ミストの効果を発動。デッキから仲間のモンスター、エアーマンを手札に加えます」
「ほう、お主はHEROを使うのかえ。やはり血は争え……いや、つまらぬ話じゃったな。お主はお主じゃ、あの御仁とは関係ない。そうであろう?わらわはこのトラップカード、仁王立ちを捨てる。そしてローズ・バードを攻撃表示で召喚!」

 頭頂部と両翼の先端に赤いバラを生やす、植物の葉のような翼と体を持つ緑色の鳥型モンスター。一見するとなんてことのない下級アタッカーだが、植物族たるクノスぺを軸に気を組む彼女は当然、その効果を知っている。

 ローズ・バード 攻1800

「まずは手始め、これでターンエンドといこうかの」
「先攻プレイヤーの笹竜胆さん、まずは様子見ということでしょうか?それは先輩デュエリストとしての余裕の表れなのでしょうか、それとも何かほかに意図があってのことでしょうか?さあ、続きましては八卦ちゃんの……あ、ちょっと、糸巻さん?何、痛い、痛いってば!?」

 ようやくショックから立ち直った糸巻が事の重大さに気づき、せめてあの2人にはできるだけ楽しんでもらうためこの裏にある陰謀のことは黙っておこう、という完全に裏目に出た数分前までの自分の気遣いに呪いの言葉を口の中で吐きながら首根っこを掴み説明のため引きずっていった。何も知らない少女はそれを横目に自分たちの「いたずら」が思いのほかお姉様の逆鱗に触れてしまったと判断し、次は我が身かと青くなる。
 しかし、そこで止まるほど少女は大人しい性格ではない。とにもかくにも勝ち進むしかない……腹を決めたのは、よりにもよって糸巻の望みとは真逆の方向だった。それで罪が軽くなることはないけれど、多少は怒りが和らぐかもしれない。
 少女の感性は幼く、純真だったのだ。もはや事態は、そんなレベルをはるかに越えていたのだが。

「私のターンです!エアーマンを召喚して、その効果を発動します。デッキから自身以外のHEROを手札に……そして私が選ぶのは、私の一番のエースカード。E・HERO クノスぺです!」

 E・HERO エアーマン 攻1800

「ほう、お主のエースカード、とな。わらわの感じた植物の気質の正体はそのカード、というわけじゃの。じゃが、エアーマンの攻撃力ではローズ・バードに相打ちを取るのがやっとじゃのう」
「確かにその通りです。ですが、これだけじゃ終わりませんよ。魔法発動、死者蘇生!このカードの効果により私の墓地からシャドー・ミストを攻撃表示で特殊召喚、そしてシャドー・ミストの効果!このカードが特殊召喚されたことで、デッキからチェンジ速攻魔法を手札に加えます。私が選ぶカードは、マスク・チェンジです」

 E・HERO シャドー・ミスト 攻1000

 2体のモンスターと、手札に加えられるマスク・チェンジ。ふうむと小さく唸った笹竜胆が、ここで動いた。

「なるほどのう。使わずに済むのならば温存したかったが、そうも言っていられんようじゃの。墓地よりトラップ発動、仁王立ち。わらわのローズ・バードを対象に取ってこのカードを除外することで、このターンの間お主のモンスターはこのローズ・バード以外を一切に攻撃対象にすることができなくなる。すまぬが、一斉攻撃は通さぬぞえ」

 大きく翼を広げ、戦士たちと相対する植物の鳥。睨みあう両者の中で一番先に動いたのは、他でもないエアーマンだった。空を裂き飛んできた仮面をその手で掴み、自らの顔に押し当てるとそこから光が溢れ出す。直視できないほどのまばゆさの中でエアーマンの特徴的な扇風機を思わせる翼パーツは風にたなびく純白のマントへと置換され、その全身が新たな戦闘スーツに覆われていく。

「速攻魔法、マスク・チェンジ!私の場のHEROを墓地に送ることで、よりレベルの高い同じ属性のM・HERO(マスクドヒーロー)をエクストラデッキから特殊召喚します。英雄の蕾、今ここに開花する。薫風の大輪よ咲き誇れ!変身召喚レベル8、カミカゼ!」
「なるほどのう。闇のマスクドではなく、ドローを取りに来たという訳か。それとも、シャドー・ミストの効果を温存するのが狙いかの?」

 M・HERO カミカゼ 攻2700

 笹竜胆の言葉通り、シャドー・ミストの効果は1ターンにどちらか片方しか使えない。チェンジのサーチ効果を使った今のターンにそのまま闇のM・HEROに繋げても更なるサーチは不可能、というわけだ。一方このカミカゼならば、モンスターを戦闘破壊し墓地に送った場合に1枚ドローする効果がある。そちらでの手札増強が狙いだろう、と踏んでの発言である。

「やっぱりわかっちゃいますか……ですが負けません、バトルです!カミカゼでローズ・バードに攻撃!」

 M・HERO カミカゼ 攻2700→ローズ・バード 攻1800(破壊)
 笹竜胆 LP4000→3100

「やった!カミカゼが相手モンスターを戦闘破壊し墓地に送ったことで、カードを1枚ドローしますよ」
「じゃが、わらわもここでローズ・バードの効果を発動させてもらうぞよ。攻撃表示のこのカードが相手の攻撃によって破壊され墓地に送られた時、わらわのデッキから植物族のチューナー2体を特殊召喚できる。ナチュル・ローズウィップ、そしてコピー・プラントを選択じゃ」

 ナチュル・ローズウィップ 守1700
 コピー・プラント 守0

 1ドローと900ダメージに対し素材とすることに何の制限もない2体のリクルートと、相対的に見ればやや少女の側が損な取引か。しかも仁王立ちの効果は対象としたモンスターが場から退場しても生きているため、シャドー・ミストでコピー・プラントへの追撃を仕掛けることもできない。
 今の攻撃はやや安易だっただろうか?しかし伏せカードもないあの状況は、少女にとって戦闘ダメージを与えドロー効果まで通す貴重なチャンスであったことは間違いない。

「私はこれで、ターンエンドです」
「わらわのターン。ほほ、どうやらわらわの切り札も久々の出番を心待ちにしておるらしい。待っておれ、今呼んで見せようぞ。ナチュル・ローズウィップをリリースし、ギガプラントをアドバンス召喚じゃ。そしてコピー・プラントの効果を発動、自身のレベルを場の植物族1体、ギガプラントと等しくする」

 ギガプラント 攻2400
 コピー・プラント ☆1→☆6

「レベル12のシンクロモンスター……?それともランク6、ですか……?」
「惜しいのう。わらわのデュエルは、そんな常識では計り知れぬ。レベル6となったチューナーモンスター、コピー・プラント及びそれと等しいレベルを持つギガプラントを墓地へ。十六夜の月の香に導かれ、今こそ覚醒するがよい。古の龍神のもとへ集え、決闘龍たちよ!アルティマヤ・ツィオルキン!」

 ☆6-☆6=☆0
 アルティマヤ・ツィオルキン 守0

 巨大で赤い、肉体を持たないエネルギーが塊を成した龍。その体表には古代文字を思わせる複雑な文様が浮かび上がり、大きく広げられた皮膜のない骨組みだけの翼が先だって降臨したデミウルギアのように地表へと影を落とす。

「レベル0の、シンクロモンスター……?」
「さよう。といっても、便宜上のレベルは12じゃがの。まあそんなことはよい、些細な問題じゃな。とはいえ、これだけではこの龍神もまともに力を発揮できぬからのう。永続魔法、星遺物の守護竜を発動じゃ。このカードは発動時にわらわの墓地からレベル4以下のドラゴン族を蘇生ないしサルベージできるのじゃが、知っての通りわらわの墓地にそんなカードはありはせぬ」
「なら、どうして……」
「焦るでないわ。わらわが用があるのは、この効果の後半じゃ。星遺物の守護竜は更なる効果により、1ターンに1度だけわらわのドラゴン族モンスターの位置を任意のメインモンスターゾーンへと移動できる。アルティマヤ・ツィオルキンを真ん中へと移動、これでエクストラモンスターゾーンが空いたの。カードを1枚セットじゃ」

 何気ない動きでカードを伏せた、その瞬間。頭上の赤き龍がまるで何かを誘うかのように、何かを呼び出すかのように一声吼える。果たして、その声に応えるものが現れた。

「アルティマヤ・ツィオルキンは1ターンに1度、わらわが魔法または罠をセットした際にエクストラデッキからレベル7、及び8のドラゴン族またはパワー・ツールの名を持つシンクロモンスター1体を特殊召喚できる。さあて、どれにしようかの……」

 アルティマヤ・ツィオルキン自身を除く、笹竜胆のエクストラデッキは残り14枚。それを片手で扇か何かのように等間隔で広げ、その中から1枚を取り出して先ほどまで赤き龍の仰臥していた右側のエクストラモンスターゾーンへと置く。

「これにしようかの。運命の振り子揺れる時、描かれし光の軌跡は調律の翼を覇道の先へと導き振れる。レベル8、覇王白竜オッドアイズ・ウィング・ドラゴン!」

 覇王白竜オッドアイズ・ウィング・ドラゴン 攻3000

 真っ先にアルティマヤ・ツィオルキンの叫びに応じて現れたその姿は、しみひとつない純白の翼に雄々しく輝く二色の眼を持つ覇王の龍。その相貌が眼下のカミカゼを捉えると、よりその眼が激しく強く光を放つ。

「オッドアイズ・ウィング・ドラゴンの効果を発動。1ターンに1度、モンスター1体の効果をターン終了時まで無効とする。カミカゼには戦闘破壊耐性もあったからの」
「カミカゼ……」
「どれ待たせたの、バトルフェイズじゃな。オッドアイズ・ウィングでカミカゼに攻撃、凄風のディフィートストライク!」

 風の渦を纏っての突撃が、力を失った風のヒーローへと高高度から襲い掛かる。その体が大きく吹き飛ばされるまでに、そう時間はかからなかった。

 覇王白竜オッドアイズ・ウィング・ドラゴン 攻3000→M・HERO カミカゼ 攻2700(破壊)
 八卦 LP4000→3700

「きゃあっ!」

 暴風の余波が少女を襲い、小さな悲鳴と共に顔を押さえる。その声を聴いた瞬間に糸巻が反射的に壇上の笹竜胆へと掴みかからんばかりの勢いで立ち上がりかけたが、どうやら悲鳴の原因は巻き上げられた砂ぼこりが目に入ったことだったらしい。風を浴びてその髪や服装が多少乱れてはいるものの、先ほど糸巻自身が寿戦で受けた打ち消しきれなかった分の実体化ダメージと同レベルの被害でしかない。
 つまり、あの女もまた外れだったわけだ。とりあえずその事実と、少女の身に今この場で危機が迫っているわけではないということにほっとすると同時に、いよいよ詰めが近いことを察していた。本来参加予定だったロベルト、及び青木の両者が先日の襲撃によってリタイヤしたため、既に残る参加者はたったの2人。しかもそのうち片方は、巴から送ってきた人員である夕顔なのだ。

「ならさ糸巻さん、あれ今すぐとっ捕まえればいいんじゃないの?」

 裏手で隠されていた事情をすべて聞き、真面目な顔になった清明がひそひそ声で最後の1人に視線をやって問いかける。実際、糸巻もそれは考えた……だが、駄目だと首を横に振る。

「それができりゃアタシも楽なんだがな。もとよりこの参加者名簿は、あちらさんが勝手に用意したもんだ。つまり最初から参加者全員がフェイクの可能性もあって、アタシらがここで無駄な警戒してる間に悠々と爆破テロの準備を進めてる可能性もあるんだよ」
「……え、それってそもそも、僕ら2人ともここにいて大丈夫なの?」
「だから今も、鼓の奴が頑張ってるんだよ。何か重要な情報を洗い出せないか、清掃ロボのデータとにらめっこしながらな」

 それに鳥居の奴も、と言いかけ、こちらは黙っておいた。いまだに連絡の取れない彼女の部下は、今もどこで油売っているのか皆目情報が入ってこない。鼓の言によればこの町から出た形跡はないらしいので、いまだに家紋町のどこかにいることは確かなのだが。
 首を振ってこの答えの出ない話題を頭から追いやり、再び盤上へと目を戻す。とりあえず行われているのは普通のデュエルだ、なら放置しておいても害はないだろう。
 一方、その盤上では。ターンを終えた笹竜胆に代わり、少女がカードを引いていた。

「私のターン、ドローです!」

 手札と墓地、そして場の状況から、次の行動をどうするか。腹が決まるまでには、そう時間はかからなかった。

「速攻魔法、マスク・チェンジ・セカンドを発動!手札1枚を捨てることで私のモンスターを墓地に送り、属性の等しいM・HEROを特殊召喚します。闇属性のシャドー・ミストを墓地に送り……」

 影の名を持つ黒きヒーローが、その姿と同じ漆黒の仮面を装着する。黒い光があたりを包み込むと、その中にかすかに見えるシャドー・ミストの等身が伸び、両腕の爪がより戦闘に特化した姿へと巨大化していくシルエットが見えた。
 そしてその爪で闇を切り裂いて、闇のヒーローが2体の龍に立ち向かう格好で現れる。

「英雄の蕾、今ここに開花する。暗黒の大輪よ咲き誇れ!変身召喚、レベル8!行きますよ、闇鬼(あんき)っ!」

 M・HERO 闇鬼 攻2800

「闇鬼、ダメージこそ半分になるもののダイレクトアタッカーじゃったか。じゃが、わらわのライフはそれだけでは……」
「もちろん、それも対策済みです。この瞬間、墓地に送られたシャドー・ミストの効果を発動!デッキより新たな仲間、E・HERO オネスティ・ネオスを手札に加えます」
「ふむ……」

 笹竜胆の目が険しくなる。オネスティ・ネオスは手札から捨てることでヒーローの攻撃力を1ターンのみ2500引き上げる効果を持ち、その戦闘ダメージは下級モンスターの一撃であっても致命傷にまで膨れ上がる。具体的には、闇鬼のデメリットで攻撃力が半減してもなお彼女のライフを大きく奪い去れるほどに。
 しかし、これだけではまだ不足。

「永続魔法、増草剤を発動します。1ターンに1度墓地の植物族を蘇生できますが、この効果を使うターンに私は通常召喚できません。いきますよ、これが私の切り札です。甦ってください、クノスぺ!」

 マスク・チェンジ・セカンドのコストとして墓地に送られた少女を代表する蕾のモンスターが、地中から目を覚ます。そして単体では弱小モンスターに過ぎないクノスぺには、それを補って余りある仲間の力がある。

 E・HERO クノスぺ 攻600

「速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動!私の場に攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚された時、その同名カードを手札、デッキ、墓地から可能な限り特殊召喚します。このとき相手プレイヤーも自身の場の同名モンスターを一斉召喚することができますが……」
「わらわのモンスターは2体ともシンクロ。当然手札にもデッキにも存在しない、というわけかの」
「その通りです。これが私の必殺コンボ、クノスペシャルです!」

 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600

 その言葉に答えるかのように、さらに2体のクノスぺが小さな体を精一杯に広げて恐るべき龍たちの前に立ちはだかる。これまでに何度も彼女がそう使ってきたように、クノスぺは他のE・HEROが存在する限り攻撃対象にならない能力と直接攻撃可能な能力を持つ。つまり、彼女の場には4体ものダイレクトアタッカーが並んだことになるわけだ。
 これが彼女の選んだ作戦。決闘龍はあえて放置し、その先にいるプレイヤーのライフを先に削りきってしまおうという寸法だ。どれだけカードが残っていようと、ライフの尽きたデュエリストにそれを操る権利はない。

「まずはクノスぺで攻撃!」

 これからの4回連続攻撃が全て決まれば、もはやオネスティ・ネオスを使うまでもなく勝負は決する。本当に、このまま勝負がつくのだろうか。こんな簡単に、あっさりと。追い込んでいるのは少女の側のはずなのに、なぜかぐんぐん好転する戦況とは対照的に焦りばかりが色濃くなっていく。そんな迷いを振り払おうとして、高まるプレッシャーから解放されたくて、少女は一気にケリをつけるべく軽率な勝負を仕掛ける。ここ数カ月で急速に経験値を積んできたとはいえ、まだまだその精神は若かった。

「そしてこの、手札からオネスティ・ネオスの効果を発動しますっ!このカードを捨てることで、クノスぺの攻撃力を2500……」
「お主、ちと欲張りすぎたのう。実際なかなかに危なかったがの」

 確かにその声が届き、背筋が冷たくなる。やはり、罠は張られていた。誘われていたという直感を、本能の鳴らした警鐘を、肝心の自分が信じ切れなかったのだ。

「チェーンしてわらわもトラップ発動、墓地墓地の恨み。ずっと待っておったのじゃよ。お主もまだまだ若いのう」
「墓地墓地の、恨み……」

 相手の墓地にカードが8枚以上あるときにのみ発動できる、フリーチェーンで相手フィールド全てのモンスターの攻撃力を0に上書きするカード。

「私の、墓地には」

 震え声で、デュエルディスクに目を落とす。墓地のカードが一覧となり、その映像が浮かび上がった。対照的に冷静な笹竜胆の声が、その名前を順に読み上げていく。

「死者蘇生、エアーマン、マスク・チェンジ、カミカゼ、シャドー・ミスト、マスク・チェンジ・セカンド、地獄の暴走召喚、ここまでで7枚。そして今お主が自身の効果を使うためのコストとして捨てよったオネスティ・ネオス、これが8枚目のカードじゃな」

 M・HERO 闇鬼 攻2800→0
 E・HERO クノスぺ 攻600→0→2500
 E・HERO クノスぺ 攻600→0
 E・HERO クノスぺ 攻600→0

 チェーン処理の関係上、攻撃を仕掛けたクノスぺのみはその攻撃力2500として攻撃が続行される。しかしそれだけでは、笹竜胆のライフは削りきれない。追撃を仕掛けるはずだったモンスターたちも、攻撃力が0となってしまっては何の役にも立ちはしない。

 E・HERO クノスぺ 攻2500→笹竜胆(直接攻撃)
 笹竜胆 LP3100→600
 E・HERO クノスぺ 攻2500→2600 守1000→900

 相手に戦闘ダメージを与えたクノスぺの効果によりその攻撃力は100上昇し、代償として守備力が100減少する。だが、それだけだ。それを生かすことのできるカードは、少女の手元にはない。

「カードを伏せてターンエンド、です」

 まだだ、そう自らを鼓舞する。ここで心を折ってはいけない、なぜならまだ戦えるのだから。必殺コンボが破られたからといって、立ち上がれない道理はない。唯一攻撃力を保っていたクノスぺからオネスティ・ネオスの加護が失われていくが、少女はしっかりと前を向いていた。

 E・HERO クノスぺ 攻2600→100

「わらわのターン。このターンもまず星遺物の守護竜により、オッドアイズ・ウィングの位置を移動させるぞよ」

 ひらりと空中宙返りし、二色の眼を持つ純白の龍が赤き古の龍神の隣へと移動する。これでまた、彼女はアルティマヤ・ツィオルキンの効果を使用できる。

「そして、カードをセットじゃ。アルティマヤ・ツィオルキン!」

 再び虚空に向けて吼える赤き龍。その声に導かれ、次元の壁を突破して新たなる龍がその姿を見せようとしていた。13枚のエクストラデッキをまたしても広げた笹竜胆が、その中から1枚のカードを選び出す。

「正義求める鋼の勇気の輝きに、幾千の武装が盾となり矛となり呼応する。パワー・ツール・ドラゴン!」

 パワー・ツール・ドラゴン 攻2300

 2体目に呼び出されたのは、シャベルに置換された右腕にドライバーのくくりつけられた左腕、スコップ状に先端の広がった尾。全身を鋼鉄の装甲に包んだ、決闘龍の中でも異端の機械の龍。

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動、パワー・サーチ。デッキから装備魔法3枚を選び、その中からランダムに1枚を手札に加えるぞよ。わらわの選ぶカードは団結の力が1枚、スーペルヴィス2枚。さあ、どれがよいかの?」
「……真ん中。真ん中で、お願いします」
「ふむ、よかろう」

 1枚のカードが手札に加わるが、それっきりで発動される様子はない。もし団結の力であればここで使わない理由がなく、どうにかスーペルヴィスを選べたのだと安堵する。

「さて、先ほどのお主の戦術じゃが」

 そう呟きながら、サーチしたそれとは別のカードに細くて白い指が伸びる。通常召喚されたのは、先のターンではその効果によってアルティマヤ・ツィオルキンを呼び出したモンスター。

 コピー・プラント 攻0

「無論悪い手ではなかったがの、こうしてわらわのライフを残したのは結果的には悪手じゃったな。レベル7のパワー・ツール・ドラゴンに、レベル1のコピー・プラントをチューニングじゃ」
「普通のシンクロ召喚を……?」

 困惑する彼女をよそに、コピー・プラントが光の輪となって機械の龍をぐるりと包む。その全身に細かいひびが入ったかと思うと、その身を覆う鋼鉄の装甲が一斉に弾け飛んだ。

「未来求める龍の魂の輝きに、世界の生命がひとつとなりて呼応する。シンクロ召喚、レベル8。ライフ・ストリーム・ドラゴン!」

 ☆7+☆1=☆8
 ライフ・ストリーム・ドラゴン 攻2900

「ライフを直接削るお主のような相手に対しても、わらわには対応の準備ができておる、ということじゃ。ライフ・ストリームがシンクロ召喚に成功した時、わらわのライフを4000へと変動させることができる。これは回復ではないゆえに、そのたぐいのメタカードも機能せぬぞ」

 笹竜胆 LP600→4000

「そんな……!」

 盤面を崩すことを放置してまで削ったライフが、初期値にまで蘇る。強大な龍たちの戦線を前に、墓地墓地の恨みによって半壊状態に持ち込まれた少女の布陣はあまりにも無力だった。

「オッドアイズ・ウィングの効果を発動。その攻撃力が100あるクノスぺの効果を無効とすることで、攻撃されない効果と攻撃力上昇効果の両方が使えなくなるのう」

 二色の眼がこのターンも煌めき、その眼光に見据えられたクノスぺの蕾からみるみる色が引いていく。

 E・HERO クノスぺ 攻100→0 守900→1000

「身を守る効果を持たぬ闇鬼、そして効果を無効としたクノスぺ。どれ、このバトルフェイズで幕引きとなるかえ?まずはオッドアイズ・ウィングで闇鬼に攻撃じゃ、凄風のディフィートストライク!」

 再び渦を巻く風をその身に宿し、純白の龍が迫る。しかし力なく立ちすくんでそのまま突き刺されるかに思われた闇鬼の体が、その寸前で動いた。左半身を犠牲にしてでもその一撃を受け止め、空いた右腕の爪が迂闊な接近戦を選んだ覇王たる龍の顔面へとカウンター気味に叩きこまれる。

「速攻魔法、決闘融合-バトル・フュージョンです。私の融合モンスターが戦闘する攻撃宣言時、その攻撃力を戦闘相手の攻撃力分だけアップさせます!」
「なるほど。ならば必然として相打ち、かのう」

 覇王白竜オッドアイズ・ウィング・ドラゴン 攻3000(破壊)→M・HERO 闇鬼 攻0→3000(破壊)

「じゃが、覇王たる龍は決してただでやられはせぬぞ。オッドアイズ・ウィングはその更なる効果により、破壊されたとしてもわらわのペンデュラムゾーンへと移動する」

 弾き飛ばされたオッドアイズ・ウィングが、突如として笹竜胆の右に立ち昇った青い光の柱に受け止められる。その中に入り込んだ純白の巨体の下には、光で描かれた10の文字が。

「抵抗も今度こそ品切れかの。ライフ・ストリームでクノスぺに攻撃じゃ、ライフ・イズ・ビューティーホール」

 鋼鉄の外殻を纏っていた時の名残か、ドライバーのような武器を装着した左腕が唸りを上げてその切っ先を叩きつける。その言葉通り今度こそ少女に打てる手はなく、蕾の英雄はあえなく串刺しとなった。

 ライフ・ストリーム・ドラゴン 攻2900→E・HERO クノスぺ 攻0(破壊)
 八卦 LP3700→800

「きゃああっ!うぅ……」

 つい先ほどまで風前の灯火だったはずの笹竜胆のライフは4000にまで膨れ上がり、ほぼ初期値のままこのデュエルを進めていたはずの少女のライフが逆に底をつきかける。ひっくり返った戦況、差が開く一方の戦力。改めて、プロの壁の高さを思い知らされた。

「……それでも、私は!」

 いつか必ずお姉様に追い付いてみせる、肩を並べて戦ってみせる。それは、少女がその胸の内に秘めた強い思いだった。
 先日の学校への侵入者戦は、少女にとっては苦い思い出だ。竹丸を、友達を助けてみせると意気込んで、その結果は頭に血が上っての短絡的な空回り。もしもあの時清明が来るのが間に合わなければと思うと、今になってもぞっとする。もしもお姉様だったら、援軍を待つまでもなく自分1人で決着をつけていたはずだ。
 自分はまだまだその域には遠く及ばないけれど、それでも必ず追いついてみせる。そのためにも、かつてのお姉様のライバル相手に負けるわけにはいかない。

「先ほど伏せた魔法カード、天啓の薔薇の鐘(ローズ・ベル)を発動じゃ。デッキより、攻撃力2400以上の植物族モンスターを手札に加える。わらわが選ぶのは、2枚目のギガプラント……これでターン終了じゃ」

 そんな細かい思考までは、いくら元プロデュエリストとして相手のわずかな感情の機微を読み取る術に長けた笹竜胆でもわからない。しかし、その目に秘められた強い想いと覚悟は容易に読み取れた。ならば、打てる手はすべて打っておくだけのことだ。
 たった今発動した天啓の薔薇の鐘にはもうひとつ、墓地の自身を除外することで手札から攻撃力2400以上の植物族を特殊召喚する効果がある。この効果でギガプラントを特殊召喚すれば召喚権を残した状態で上級モンスターを場に出せ、さらに手札にはデュアルモンスターたるギガプラントの力を最大限に開放するための装備魔法、スーペルヴィスもある。植物族特有の生命力を、余すところなく発揮するための手札。これは、事実上の死刑宣告に等しかった。少女に残された猶予は、わずか1ターン。

「私の……ターン!」

 この1ターンで、眼前の敵のライフ4000をすべて削らねばならない。最後の隠し玉だった決闘融合すらも使い切った今、もう1ターンあの猛攻を耐えきることは不可能。残された全リソースを、このターンにできる最後の攻撃につぎ込むしかない。そしていつでもどんな時も、少女には信じるカードがある。

「魔法カード、置換融合を発動!場のクノスぺ2体を素材とし、融合召喚です!」

 力を失ったクノスぺたちがそれでも飛びあがり、墓地墓地の恨みを振り払うべく新たなる姿へと一体化する。そして産み出されたのは闇鬼と同じく墨でもぶちまけたかのような漆黒の色を持つ、HERO2体を素材とする異端の英雄。その後ろでは蘇生対象としたクノスぺが場を離れたことで、増草剤のカードがひっそりと自壊した。

「英雄の蕾、今ここに開花する。幻影の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション!」

 V・HERO アドレイション 攻2800

「じゃが、アドレイションだけでは……」
「私の狙いは、アドレイションの融合召喚じゃありません。私がやりたかったことは、クノスぺを墓地に送ること。これで、あなたの発動した墓地墓地の恨みからクノスぺたちは逃れることができました。そして、置換融合の更なる効果を発動です。このカードを墓地から除外して墓地の融合モンスター、カミカゼをエクストラデッキに戻し、さらにカードを1枚ドローします……ドロー!」

 フィールドを切り替えつつ、即座に手札補充。無駄のない動きによって導かれたカードを見て、少女はわずかに微笑んだ。

「来てください、E・HERO リキッドマン!そしてこのカードの召喚時、私の墓地からレベル4以下のHEROを蘇生できます」
「ふむ、またシャドー・ミストからのマスク・チェンジかの?」
「いいえ、違いますよ」

 にっこり笑い否定する。そちらの方が安定の一手ではあるだろうな、ということは少女にも理解できる。だけど、そんなことがしたくてこのカードをデッキに入れたのではないのだ。このデッキは、全てがこのカードを軸に回転する。そうなるように、少女がカードを選んだからだ。

「もう1度蘇ってください、私の信じる最強のヒーロー。クノスぺを蘇生して、地獄の暴走召喚を発動!」

 相手の顔を見なくとも、目を丸くするのが分かった。それでも少女は、自分の大好きなクノスぺと共に戦い抜くと決めているのだ。

 E・HERO リキッドマン 攻1400
 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600
 E・HERO クノスぺ 攻600

「先ほどと同じじゃな。わらわの場に、地獄の暴走召喚に対応したモンスターはおらぬ。じゃがのう、いくらモンスターを並べたところで、実質的に攻撃が可能なのはダイレクトアタッカーのクノスぺのみじゃ」

 そう、その指摘は正しい。先のターンにこそ使う機会がなかったものの、オッドアイズ・ウィング・ドラゴンにはペンデュラム効果がある。その効果を使えば1ターンに1度とはいえ、戦闘を行う彼女のモンスターに相手モンスターの攻撃力をそのまま上乗せすることが可能となるのだ。ターン1であるという点をついてのごり押しも不可能ではないが、少女の残り僅かなライフではその迎撃ダメージを受けきることはできない。実質、モンスターとの戦闘は封じられているも同然だった。

「確かに、そうですね。ですがクノスぺ以外の攻撃が封じられたというのであれば、クノスぺで攻撃をすればいいんです!永続魔法、憑依覚醒!この効果により私のモンスターたちの攻撃力は、その属性1つにつき300アップします。今の私のフィールドには闇のアドレイション、水のリキッドマン、そして地のクノスぺで3種類、つまり……」

 V・HERO アドレイション 攻2800→3700
 E・HERO リキッドマン 攻1400→2300
 E・HERO クノスぺ 攻600→1500
 E・HERO クノスぺ 攻600→1500
 E・HERO クノスぺ 攻600→1500

「なんと」

 小さな呟きが、妙に大きく舞台に響く。少女の執念とでも呼ぶべき愛情が、勝利をもぎ取った瞬間だった。

「バトルです。クノスぺ3体で一斉攻撃、突撃クノスペシャル!」

 E・HERO クノスぺ 攻1500→笹竜胆(直接攻撃)×3
 笹竜胆 LP4000→2500→1000→0





「ほほ、見事じゃったのう。わらわの完敗じゃ」
「笹竜胆さん……」

 3連撃を受けて乱れた着物の裾を払いつつ、目を細めて笑う笹竜胆。余裕に満ちた態度とは対照的に疲労困憊、いっぱいいっぱいな八卦の様子は、もはやどちらが勝者だかわからないほどだった。

「これ、勝者がそのような顔を見せるでない。ほれ、見てみい」

 今にもその場にへたり込みそうな少女にチッチッチッといたずらっぽく指を振り、客席へと鷹揚に手を振ってそちらを見るように促してみせる。釣られてそちらに目を向けると、自分たちを……否、自分を見上げて拍手する観客の姿がその目に映った。やや遅れて、拍手の音が聞こえ始める。それまでは、緊張の糸が切れたせいか耳には届いても脳がそれを認識できなかったのだ。
 そんな人生はじめての光景をじっくりと見せてから、そっと隣に立つ。まだぽかんとしている少女の隣で上品な仕草で一礼すると、より一層拍手が大きくなる。

「仕方がないのう、先輩(ここで「お局」と呟いた糸巻の声が届いたので睨みつけた)からのためになる助言というものをしてしてやろうかの。よいか、お主もこの業界に踏み出そうというのであれば、最低限自分が勝った時には胸を張るがよい。それこそ、そこな妖怪生意気乳女のようにな」

 意味ありげに送った流し目に、にやりとふてぶてしい笑みで答える糸巻。お互い口は減らぬのう、と笑い返し、キラキラした目で次の言葉を待つ少女の方へと向き直る。あの女を反面教師とし、この娘には素直な心を忘れないでいて欲しいものなんじゃがの。

「わらわたちの世界は勝負の世界である以上、試合のたびに勝敗が分かれる。ここまではよいな?たまに引き分けがないわけでもないがの。ともかくその両者に対し贔屓がおり、贔屓が勝てばまるで自分のことのように喜び、敗れれば悔し涙する。ありがたいことじゃ。そんな時、贔屓を倒したはずの者が呆けた様子を見せてどうする?それこそ見ている側の方が反応に困るじゃろう。わらわたちはいつだって真剣勝負じゃが、同時に人を楽しませる職だということは肝に命じねばならんぞ。わかったかえ?」
「なるほど……はい、わかりました!ご指導ありがとうございます!」

 深々と勢いよく頭を下げるとその後頭部がちょうどいい位置に来たので、これ、と軽く手ではたく。キョトンとした顔でを上げた少女に、そうじゃなかろうと笑いかける。

「え?……あっ!」

 何も言わずともピンとくるあたり、頭の回転は早い少女である。くるり客席へと向き直り、改めて深く頭を下げる。

「皆様、ご観戦ありがとうございました!」

 顔を上げたところで一生懸命に拍手を続ける、興奮のあまり頬を紅潮させた親友の姿が目に入った。笹竜胆からたった今聞いたばかりの話を思い出し、大きく手を振ってそれに応える。それが、八卦九々乃にとって初となる公式戦の顛末だった。 
 

 
後書き
タイトル兼今回出てきた笹竜胆さんの二つ名はそのまま「けっとうりゅうかい」と読んでもいいですし、元ネタのフィール版に合わせ「デュエル・ドラゴンかい」と読んでも構いません。
というか私自身決めかねてます。 
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