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或る皇国将校の回想録

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第五部〈皇国〉軍の矜持
  第七十八話駿馬は龍虎の狭間を駆ける

皇紀五百六十八年 十月十日 午前第九刻 天龍自治領 〈皇国〉利益代表部 難民集落事務局


 さて、護州軍の作戦について語る前に一度視点を天龍たちが暮らす龍塞‥‥‥の裾野にある集落に目を向ける。
弓月葵は避難民集落の事務局長としてようやく落ち着いてきた矢先のことであった。


「えーと、武田巡査部長?」
葵が洋墨の染みが目立つようになった机から目を上げる。
「はい、こちらです」
 ガッチリとした体格の若い男が体面に座る。
「えーとはい。事故報告書だね……偵察報告書じゃないんだよね」

「そうッス。ちょっと自治領の境にでて遠眼鏡で獲物がいないか探っていたら街道を覗いただけッス、信じてくださいッス」

「そうだね、たままた特別警備隊の偵察員が領境にでただけの不幸な事故だね」 
 龍州特別警備隊、要するに六芒郭建設騒動が長期化し、先鋭化した一部の破壊活動家――性質の悪い連中の中には匪賊と結んだ者もいた。を相手にしていたものの一人だ。
現在、天龍自治区を頼って逃げ込んだ避難民の護衛を担当していた。
 彼はその中でも偵察部隊に在籍していた。”国有地”を占拠した集団の備えを確認する部隊である。
 まつろわぬ土地の治安維持に奔走した龍州警務局の象徴ともいえる部隊だ。

「やあ、天龍達から聞いた”噂話”をとりまとめてきたよ」
 亡命に付き添った龍州警務局の中堅幹部だ。武田は背筋を伸ばす。
「君も頑張っているようだな、どれどれ、あぁこれはいいな。あぁ事務局長さん、こちらも頼むよ」

「署名は貴方のものではないですよね?」

「まさか、これは武官の収集情報として報告するんだろう?」
  利益代表部武官は国防に関する情報を収集する。とは言っても今までは海賊やら匪賊やらの越境に関する道術情報の協力や叛乱を起こして逃げ込んだ小領主の引き渡しの手配ばかりであった。
 外敵絡みとなると流石に経験がない。
「いいんですか?」「文字通り”上”で話が通っているから空中散歩で見聞きしたうわさを聞けるのさ。
あぁもちろん非公式で宛にならない噂だがね。‥‥巡査部長、ちょっとこい」
中年警部が引っ張ってゆく先にいるのは――葵の見覚えのある男だ。わざとらしいほどに役人風の風貌をしたにやけた男。 父の秘書兼警護を担当していた、名前は確か――
 
『あぁ失礼、先ほどまでの会話がさっぱり聞こえませんでしたが一つよろしいでしょうか?』
 
「え、うわっ!はい?」
 素っ頓狂な声を上げた葵を窓からのぞいていたのは顏馴染みの若い天龍であった。 
『我々は互いに“通信の秘密”は守られていますのでヨロシク。我々は親愛なる隣‥‥隣龍と隣人としてやっていきたいですからな』
「‥‥‥左様で」
 つまり聞いていたから一言付け加えておくよ、という事だ。いい性格をした男――?である、
『我々は主権を維持しますし、お互いの善意に基づく協定も遵守します。我々は天龍ですので約束は絶対です』
 友好的中立って酷い話なんだなと思いながら葵もわざとらしく頷いて見せる。
「わかりました、それでは導術を呼びましょう」

『では私はこれで‥‥あぁもう他の連中から聞いているかもしれませんが、頭領政会はまだ長引きそうですが、少なくとも〈帝国〉に寄る話だけはありません、えぇどの程度、というのが争点ですな』

 天龍の術力をもってすれば距離にさしたる意味はない。つまりは礼儀と利益の話である。
要するに政治なのだ。外交は政治の一分野であるということだ。


同日 午前第十刻 伏ヶ原より西方二十里 皇龍道側道 
護州軍 独立浸透打撃大隊


 彼らの編成は3個中隊の大隊規模である。騎乗部隊の割には数が多く総計三百名に近い。
 彼らの中隊はそれぞれ数台の荷馬車を囲んでいる。短期間の行軍を見込んだが故の手抜きであった。

 護州軍本流ならばまずありえない姿である。更にあり得ぬのはそれぞれの中隊に導術兵が複数居る事だ。
 その行軍は見た目よりものんびりとしたものだ。一刻に六里程の速度である。その気になれば〈帝国〉銃兵の基本である10リーグ行進‥‥一刻五里、二刻十里のそれよりもやや早い程度でしかない。
 
 もちろん、駒州の産ほどでなくとも五将家本貫の地の馬である。その気になれば一刻で十二里を早足で歩かせる事もできる。
 荷馬車を伴っていても無理をすれば一刻十里は難しくない。
 軍隊では贅沢品である二頭引きの輜重馬車をつかうとなると街道から外れていてもそれなりの融通を効かせることはできる。
 だがそれをしない、何故なら馬が疲れてしまうからだ。軍隊は兵隊と馬の疲れを見極めなければ戦闘力を保持できない。であるからこそ〈帝国〉は略奪と女の楽しみを兵に推奨しており、〈皇国〉軍は太平の世であっても輸送力も温食の調達に熱心なのだ。

 中隊単位でばらして動かしても一刻で十里動ければマシ、といったところだ。余談ではあるが龍州の材木問屋などでは八頭の悍馬が引く七石を超える大荷物を運ぶ馬車もある。

「警告、騎馬の集団。伏ヶ原より西進、距離二十里、送レ」

「連絡線の警備だろうが‥‥面倒だな、あそこの林に隠れるぞ」


「大隊長殿、あと五百間で広い雑木林があります。二十里であればそこまでたやすく移動きますが?」
 中尉の軍服を着た太り気味の男は、既に疲労の色が出ているがその目は異様な熱を湛えていた。
「攻撃は日没後だ。それまでは敵に見つからんように慎重にすすむ。先行して偵察を出すから貴様もいけ」

「はっ!」

「大丈夫でしょうか?復役したばかりでこのような作戦に」
 踵を返し、去ってゆく男の足取りは荒い。首席幕僚の言葉は当然の物だ、
 そもそもあの男は工兵将校として四年ほど勤務した後はさっさと退役して龍州で皇龍道周辺の整備で一儲けした男であった。
 軍人としてよりも経済人として生きてきた類の男である。
「我が家のように、あぁいや、違うな我が家だったんだ、よく知っているだろうよ」
 その声には憐れむような何かが滲んでいた。
「帰宅の旅路がこのようなものになろうとはね。あぁその点は哀れに思うよ、俺も」
 とはいえ、彼もその中古品中尉の怒りと焦りに引きずられるようなことはなかったのであるが。





 既に夜の帳が降りが始めた頃、彼らは予定の通り目的地に接近しつつあった。

「各中隊、観測班配置につきました。第一中隊、第二中隊共に距離九百から八百間です‥‥あぁ第三中隊は第一目標は距離三百ほどまで接近しています」

「発射可能門数知らせ」「第一中隊全九門、設置完了、第二中隊同じく全九門設置完了、第三中隊、第二小隊射角調整中‥‥全門設置完了」
「よし。いいだろう始めよう。各門三発、それ以上は危険だ」

「なぁあれあてになるのか?」


 砲ではない。六寸程度の口径しかない五尺程の筒だ。それを台座と三脚を使って固定すると取り出したのは円筒状の弾頭である、先は緩やかな円錐になっている。
 重さは十貫程だ。中には炸薬がつまっているが、火薬の代わりに燃えやすく細工をした油脂が詰まっているものもある。
「俺は知らん、技術屋どもは幾分かマシになったといっていたが」


「思いついたものを詰め込んだようにしか見えないのだがな‥‥」
 六七式噴龍弾、思いついたのは誰だったか、諸将時代のころから似たような物はあった。飛火槍などと呼ばれていたこともあったとおり――実際は矢のようなものだが――槍で言えば穂先にあたる部分に玉薬をつけて飛ばす、花火のようなものだ。
 だが改良を重ねても狙いをつけなければ三里は飛ぶが物を狙うのであれば三百間程安定すれば大改良に成功した、といった扱いであった。
 だが誰かがふと考えた、施条銃は弾丸を回転させる、それならばこれも旋回させてしまえばよいのではないか、と。その思い付きは窮理学者達によって論理化され、難破船の解体に頭を悩ませていた廻船乗り達の元締達と軍が予算を放り込んだ事で実用化にこぎつけられた。
 
「莫迦、とりあえずこっちに飛んでこなければいいんだよ‥‥打ち方用意!!」

 シュウシュウと火縄の燃える音が響き、そして勢いよく弧を描きながら飛んで行った
「おぉ!」「へぇ技術屋も‥‥」
 と首席幕僚が感心したように頷こうとした途端、噴龍弾はグルグルと螺旋を描き――練石の壁にぶつかり、破裂した。

「おいおい‥‥」「こいつは――まぁ普通の使い方はできんな」
「まぁ砲を持ってこれない以上、やむをえんでしょう。持ってきた分を撃ち込んだら逃げるだけです」
 中隊軍曹が苦笑して将校達にいった。
 普段使われないものがなぜこの作戦に使われたかというと答えは簡単だ。
 発射装置が軽く、三脚さえ使えれば設置に手間がかからないからだ。噴龍弾を二つかかる方が重いくらいだ。
 わざわざ取り回しの良い馬車を使って輸送した事もそれが理由である。
「導術、休んどる奴がちゃんと休めているか見ておけ」
 帰りも彼らに頼らねばならない。危険な博打なのは変わらないのだ。



同日、午後第五刻半 伏ヶ背より西方二里 旧農場〈帝国〉軍兵站倉庫
北部防風林
独立浸透打撃大隊 第三中隊 大隊本部付 村田中尉


「あ、あの中尉‥‥」
 ええんですか、という言葉を軍曹は飲み込んだ。本部から派遣された――彼はほぼこのためだけに引き抜かれた――村田中尉は異様な熱がこもった視線を遠眼鏡で三百間ほど先のそれなりに豪奢なつくりの屋敷へと注いでいる。
「いいか、確実に、確実に叩き潰せ」
 
 そう、皇龍道の攻撃する際の兵站拠点になり、今第5騎兵師団を中心とした防衛線を支えている兵站倉庫、そのかつての姿はこの男が大いに手を広げ、〈帝国〉にそのすべてを奪われた村田建材だ。わざわざ龍州鎮台ではなく、この護州軍に回された理由を彼自身も理解し、それを受け入れた。

「大隊本部より発射開始が発令!」
「よし各砲門各個に撃て!」
 ある意味酷くいい加減な兵器であったが、彼らは十全に役目を果たした。

 そして最大の打撃は、道案内に雇ったかつて農場主だった男の復讐心であった。彼は自分の住居を叩き潰す事を忘れていなかった。それは感傷だけが理由ではない。
 そこは彼の父が皇龍道再開発事業の際に、有力者を応接する為にちょっとした別宅が増築されていた。貴族将校共がそれを何に利用するかは答えは一つしかない。


 かつての栄華は〈帝国〉軍に接収され、この兵站部の司令と主計将校たちが詰めており、伸びきった兵站線と冬の到来に備えて激務を行っていた。
 そしてようやく、昼の混乱の収拾を着けようという時に彼らは光帯の向こうへ徴兵されていった。
 ほぼ同時に着弾したそれの一発は屋敷の本棟の壁を突き破り、その内部で燃え盛る油脂をぶちまけた。二発目は二階を突き破り、兵共の炊事場用天幕に直撃した。
 三発目は――漆喰壁を突き抜け、柱をへし折ろうとし、そこで派手に炸裂した。

 三発の噴龍弾を受けたこの兵站拠点の中枢はたちまち崩壊した。
 隣接した仮設倉庫や資材置き場に向けて適当に残りの噴龍弾を打ち込むと彼らは即座に撤退を開始した。
 丁重な観測は必要なかったなぜなら、第一、第二中隊は既に大量の六七式噴龍弾を叩き込んていたからである。
 この中隊も含めればその数は八十発を超えていた、そのうち六十発はさしたる効果がなかった――倉庫にマトモにあたっても有効打にはならなかったものもある、がとりあえずは混乱を煽るという意味では無駄ではない。
そして、二十数発は兵站拠点の破壊について有効な打撃を与えた。うち3発は砲兵として言えば至近に近い距離で叩き込まれた司令部への打撃であり、当座の混乱という意味ではまさに最大の効果を上げた。派手に炎上を始めた飼葉を保管していた天幕、輜重馬車置き場も炎上している、 野ざらしであった材木、油脂、野営用の天幕なども既に用途を燃料へと変えつつあった。
 それでも、一部が損傷しつつも練石で作られた二棟の武器弾薬庫だけは無事であった。
 既に運と勘の良い下士官兵共とまこと不運であった数人の将校らがそこへと逃れていた。
 

 前線兵力が三街道の前線に張り付けられた間隙を縫った奇策――否、半ば投機のようなものであった。
 この作戦は六芒郭救援を目的として”各軍の現状に適した作戦”として遂行されたものだ。しかし、敵の誘因以上のことはせず、ましてや彼らは敵軍を打ち倒したわけでもなかった。
 それでも彼らは満足していた。奇襲は大成功だ。そして兵達すらもわかっていた。冬の間の安全を彼らは幾らか勝ち取ることができたのだと。

 護州軍は春を戦うに向けて最も重要なものを勝ち取った。即ち勝利の経験である。 
 

 
後書き
ヘイル式ロケット!中立国(棒)!
天龍は文書主義者で教条的と描写がありますが政会で揉めてると事を見るとその意味合いもこんな感じなのかな、と思います。

え?趣味的な解釈ですって?二次創作である以上、思う存分趣味的に解釈するゾ! 
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