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或る皇国将校の回想録

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第五部〈皇国〉軍の矜持
  第七十六話 六芒郭攻略戦(二)

皇紀五百六十八年 十月八日 午前第七刻 虎城 姫虎演習場 
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久大佐 


六芒郭より西、皇都を守る最後の要害、虎城山地を貫く三大街道の一つ、内王道。

「”気高く美しい我らが姫君、ユーリアよ”か」
「なんのことです?」「本領兵が謳っていたらしい、六芒郭からの報告にあった」

「どうでも良い事ではありませんか?」
 次席副官のような扱いになっている上砂少尉が銀板を拭いながら言った。
「違うよ上砂、連中の士気がユーリア殿下に向いているって事がわかる」
 豊久は目蓋を揉みながら報告書を米山から受け取った。

「剣虎兵大隊が三個か‥‥いやはやまったく。投資される側にもなってほしいよ」

「大隊単位では精兵ですが、旅団規模の運用なんて史上初ですからな。
龍口湾で二個大隊を使いましたのであの時を参考に改良して運用演習をしておりますが」
 首席幕僚の大辺が編成表を眺めて肩をすくめた。こうした発想を投入してくるのは軍政家でありながら前線を眺めつづけた駒城保胤ならではだろう、と思う。
 とにかく一ヶ月でものにしなくてはならない、というのはなかなか面倒である。

「これだけの規模だ、上手くぶつければ一時的にとはいえ1個師団を黙らせることができる。だがうまくいかなければ無駄死にだ。
部隊を率いるのは重荷だよ、出世を喜ぶには有事の将校という稼業は――」
 ほう、と口にできない言葉を煙にして吐き出した。

「とはいえ約束したのでしょう?」
 
「ま、そういう事だな、弱気になるわけにもいかん。若殿様が任せてくれた仕事だ。やり遂げてみせるとしよう」


「聯隊長殿!緊急です!!」
  導術室から伝令が飛び出した。
「何事だ!」「六芒郭において〈帝国〉軍が総攻撃を始めました!!」

 豊久は一瞬、目を伏せるがすぐにふてぶてしく口元を歪めて立ち上がった。
「司令部に連絡、これから向かう!大辺!米山!準備してくれ」
 上砂が目を閉じる。聯隊本部は常に増した喧騒に包まれた。



同日 午前第九刻 六芒郭 南東突角堡 南砲塁座
夏川孝憲中尉



 龍兵が金切り声を上げて南突角堡へと殺到する。二百発の炸裂弾の轟音が要塞を揺らす。
 東方辺境領鎮定軍――正確に言うのであれば本領軍である第二軍団が計画した総攻撃の号令であった。
 

「砲撃用意、別命あるまで準備を整えたら待機」
 幾度かの攻勢を経験している夏川中尉は依然と同じように命令を発した。この異常な状況に十七歳にして慣れている事は少なくともこの場ではたいした才能といってよい。

 だがその声はこれまでにない砲の群れの猛る声に比べると”いつも以上”にか、怯えの色が濃くにじむ。
 無理もない、二百斤の攻城砲弾が雨嵐と降り注ぎ、眼前の友軍の陣地はただの土塊のごとく抉り、崩されているように見える。これほどの火力集中は夏川がこの二ヶ月程で学習した”通常”をはるかに上回る規模だ。
 その証拠に炸裂すると厳つい顔をした下士官共も、安全は砲塁の中にいるはずなのに夏川と同じように身を竦ませている。それでも夏川の居場所を気遣い、さりげなく地下弾薬庫へ退避できるように誘導しているのは夏川が慕われてる証である。
 一刻をかけてゆっくりと徐々に中央へと砲火が進み――途絶えた

 意識を集中させた導術兵が耳鳴りに負けぬように叫ぶ。
「砲術指揮本部より各部隊応射開始!
南突角堡支援指定部隊は南突角堡の攻勢に合わせ攻撃せよ!」
 夏川は頷いて様子を伺う。異常なほどの火力を浴びせられた南突角堡はただの土塊にしかみえない。
 その土塊の正体を知っていても夏川はもはやあそこに生者はいるのであろうか、と不安を覚えてしまう。
 そして今度は自分たちに向けて先程の暴力が襲い掛かってきた。練石と鉄骨と木材で徹底的に強化された砲塁は攻城砲の猛攻に耐え続けた。
 そして南突角堡は噴火をしたかのような猛反撃を開始する――耳鳴りが酷く何も聞こえなかった――夏川は鋭剣を掲げ、振り下ろした。
 下士官も兵共もその身振りに応じて動き出す。
「撃て!撃て!」
 着弾する攻城弾の轟音により、夏川には聞こえないが同じ言葉が銃廊にも響き渡る。露天砲座のほぼ半数でも同じ言葉が響いていることが証明された。南東突角堡は猛撃を開始した。目標は傾斜路の”根本”を中心としていた。

 傾斜路に殺到していた白衣の軍勢は目に見える程にその勢いを弱めている。

「いいぞ!撃ち続けろ!!」「中尉殿、報告します!弾薬残量半数!」
「伍長、指揮本部への伝達は任せる! 砲撃の手は緩めるな!弾薬は気にするな!」

 この日、長門大尉は新城直衛の期待に十全に答えた事を証明した。
 彼が掌握した主攻正面である南突角堡を除く五つの突角堡の指揮系統は見事に改善された。
 秀英である長門大尉の手腕であり、同時に彼の求め苦しい懐の中でも可能な限り答えた新城直衛の功績であった。

 夏川中尉は果敢であった。彼らの組み立てた装置の歯車としての機能を果たそうと限界寸前まで努力していた。
 その装置が殺戮装置である事に疑問を抱く暇がないのは恐らく幸福なことであろう。この地獄の一瞬を切り取り、幸福と呼ぶべきものを探すのであれば。



同日午前第十一刻 南突角堡 掩体壕
六芒郭要塞兵站部糧食班、戦闘配食担当第三席当番将校補 丸枝敬一郎中尉


 一方そのころ、準備砲撃の真っ最中にのそのそと攻城弾が降り注ぐ中、掩体壕に入り込んだ男たちがいた。
 主攻正面となる南突角堡は地獄の入り口といった有様である。運が悪い者達が集まった掩体壕の中に砲弾が飛び込み、特火点すら補強が甘かったものは直撃を受けて崩れ落ちる。
 強固に作ったとしてもでも砲門から散弾が飛び込んでくればそれまでだ。
 そんな中で場違いなものがころがりこんできた、というえば本人の名誉を守った表現である。より正確に描写しよう。
 匪賊のような顔をした男たちに世間知らずの冴えない学徒のような男が放り込まれた。
「あ、ありがとう」 場違いに調子の外れた落ち着きのない声で丸枝は応じた。
 彼の今の役職は 六芒郭要塞兵站部糧食班、戦闘配食担当第二席南突角堡担当将校である。ちなみに総攻撃直前までは第三席当番将校補佐であった。
 新城支隊において要塞兵站部もまた破綻寸前で辛うじて稼働している状況だ、丸枝中尉も飯運びの陣頭指揮を執っていればよかったのであるが、損耗が相次具のは兵站部も例外ではない。今は南突角堡全体の配食を管理(している下士官たちの神輿)を務めている。
  本来、彼の仕事は櫃を担ぎ、 砲弾を浴びせられる中で各砲座へ飯を輸送する部隊の指揮官である。この世界に属する全ての将校が望む配置とはとてもいえない――という言葉もふてきかくだろう、なにしろこの世界で最も発展した軍隊である〈帝国〉軍にも、アスローン軍にもこのような仕事に将校をつけることはない。そもそも戦闘配食という概念そのものが存在しないのだ。
 もっとも丸枝は自分の今の状況に疑問を持ったことはない。
 単純に客観視するだけの暇はないのだ。 何しろ新城支隊は何もかもが寄せ集めである。第五〇一大隊の兵站機構は確かに充実していたがその恩恵は九千を超える敗残兵を賄えるわけもない。
 丸枝中尉はこれまでの軍隊生活の中で最も混乱しきった中で陣頭を這いずりまわって泣き叫びながらも休まず〈帝国〉軍では将校の仕事ですらない、飯を配り歩く仕事をしてきた。
 今の配置の変化も昇任とすら受け止めていない。むしろ周りが大変だから自分のところにもお鉢が回ってきた、としか思っていなかった。
 
「将校殿、このままでは全滅します!」 糧櫃を背負った伍長が叫んだ。「砲撃が終わるまで、ここで待ちましょう!!」
「でも」丸枝は顔面蒼白で視線は泳ぎ、声はか細く震わえている。それでも彼は退かない。
「伏せてください、 当番将校殿!こんな時に飯を食える奴なんかいませんよ!!」
  糧櫃を背負った兵達も口々に怒鳴った。  
 丸枝は鼻をすすった。伏せないのは膝が笑って言う事を聞かないからだ。

「ダ、ダメなんだよ、お、遅れたら、飯を食えないまま戦う人たちがでちゃう、そっ、それじゃあ、ダメな――」
 掩体壕が揺れた。丸枝は幼児のような悲鳴を上げてよろけた。
兵達も似たような有様だ。だが、それでもこの話は終わらないのだとみな知っていた。
 丸枝は――幸運にも腰を抜かさなかったので――軍曹の腹を眺めながら命令した。

「は、配食を続行する、ぐ、軍曹。ま、回り方を決めよう」

 軍曹は唸り声をあげた
「わかりました、わかりましたよ。おい、お前ら糧櫃を降ろすなよ!」
 丸枝の下半身から滴っているのは糧櫃の汁物でも水筒の水でもない事を軍曹は知悉していた。
 そしてそれを嘲笑するのは愚物のすることであることも。丸枝中尉の部下は二割ほどが戦死した。
 それでも彼らはその日も飯を配り終えるまで仕事をつづけ、日が降る時には少しばかり安心しながら復旧作業を始めた男たちの為に飯を配り歩いた。

 駒城と西原が動かした兵站機構は”史実”以上に堅牢で柔軟な六芒郭を作り上げた。新城直衛と彼を支える中枢は懸命にそれを活用していた。
 六芒郭側の死者は六百名に届くほどであり、8割が南突角堡に集中していた。
 新城直衛は報告を聞くと頷き、近衛総軍前線司令部と駒州軍司令部、そして実仁親王のいる近衛総監部へ連絡を取った。



同日 午後第七刻 東方辺境領鎮定軍司令部
鎮定軍参謀長 クラウス・フォン・メレンティン少将


 鎮定軍本営は重い沈黙に包まれた。ラスティニアン参謀長が最終的な報告を淡々と読み上げ、所見を述べる。
 この日、〈帝国〉本領軍は15,000名を超える死傷者を出した。銃兵は半数以上が戦死したことになる。一方で東方辺境領軍はさしたる損害を受けていない、擾乱砲撃で多少砲を損耗しただけである。
 一方、〈帝国〉本領第24強襲銃兵師団はこの日、戦力を喪失したとみなされた。第二軍団の半数はこの日、身動きが取れなくなったことになる。

「‥‥敵も損耗している筈です。あの無茶苦茶な火力は長持ちしない。引き続き攻勢を続け、敵を磨り潰します」
 ラスティニアンの顔面は引き攣り、目は血走っている。主力の一個師団が無力化した今、もはや迂回突破案すらも意味がうすれてしまった。
ここで迂回突破をしても東方辺境領軍の勝利の裏で無為に磨り潰された本領軍が残るだけだ。
 しかしながら手を抜けば帝室にして東方辺境領軍を統括する元帥の怒りを買うことになる‥‥‥第二軍団首脳部は望まぬ泥沼に両足がはまり込んだことを意識せざるをえなくなった。

「正攻法を根気よく続けるしかない、軍直轄砲兵も引き続き支援に出しましょう」
 メレンティンは東方鎮定軍参謀長ではなく東方辺境領姫の側近としてこの状況を喜び、後ろめたくもあった。
 少なくとも味方の損耗を喜ぶことは唾棄すべき人間のすることだと善悪の基準を維持するだけの人間性を残していたのだ。数多の人間を殺し、それを書類上の数字で把握する事が仕事になった今でもそうであることは驚くべきことなのかもしれない。

 メレンティンはユーリアに目配せをした。今この時にアラノック達を明確に統制下におかねばならない。屈服させるか取り込まねばならないのはユーリアも同意している。

 ユーリアは持ち前の豪奢でありながら一種の清涼さを持ち合わせた態度を発揮し、アラノック達に声をかけた。

「本領軍は良くやっている。敵は紛れもなく精強であり、恐るべき火力を有している。
それもまた現実だ」
 ユーリアはふっとアラノックに微笑みかけた。
「”私は”貴官らなればと信じている。〈帝国〉軍元帥として、東方辺境鎮定軍司令官として、貴官らを信ずるよ。引き続き必要な物を能う限り用意させる、よく相談せよ」 
 アラノックもラスティニアンも重々しく頷いた。空気はまったく軽くならない。

「第1軍団より報告いたします」
 カミンスキィは立ち上がっていった。
「コジョウの蛮軍主力についてです。三つの街道に張り付いているすべての部隊の動きが活発になっています。兵力も増大しています。
警戒にあたらねばなりません。龍兵偵察の許可を戴きたい」
 メレンティンは黒い軍服を着た男に視線を向けた。
「ファルケ団長、動かせる龍兵は何騎いる」「116頭です」

 軍幕僚団は渋い顔をしている。アレクサンドロス作戦の切り札となったのは良いが、実際のところ夏場から稼働率が急速に悪化している。飛龍の間で質の悪い病が流行っているのだ。飛龍の管理についての手順すら手探りである。
「3方面に12騎‥‥36騎を回して」
ラスティニアンが目を剥いたのを見てカミンスキィは低い声で尋ねた。
「殿下、龍爆の効果が落ちますが要塞の方については――」
「私に考えがある、攻城戦については問題ない」
 ファルケ大佐が手を挙げた
「殿下、一つよろしいでしょうか」
「許す」
「夏季の運用で予想以上に損耗が出ております、無理をさせると飛龍の調子が崩れてしまいます。
正直、申し上げて蛮軍よりも冬が恐ろしい、というのが龍兵管理を行う人間としての意見です」
 ユーリアはわかっている、と手を振った。こうした直接的な発言の方がユーリアの好みである。
「明日だ、明日が最後の龍爆になると思え」
 龍兵の扱いは予想以上に難しい、気候の変化に飛龍は弱い、という事を引っこ抜いた際の予備知識としては知っていたが追撃戦や六芒郭攻略戦と続く龍爆の多用により想定以上の悪影響が出ている。
 銃弾ではなく高温多湿と〈皇国〉内務省が主導する疎開政策が原因であった。
兵站の負担は食糧だけではなく医薬品にまで響いている。

「第21師団はクラハラとの街道を封鎖しなさい。第5騎兵師団にコウツまで哨戒網を強化するよう。第15師団からは旅団を増強してユミノ南部でアシカワ周辺の防衛線を強化。
雨季は間もなく訪れる、この数日以内に動く可能性が高い。
第1軍団、第2軍団ともにこの戦役(キャンペーン)最後の任務になるだろう。
将兵に来春に向けた憂いのない冬を与える役割は諸君らが担っている!
明日からは鎮定軍総力を挙げた決戦と心がけて臨め!!」



 第2軍団との打ち合わせを終えたユーリアは司令官用天幕でようやく休息をとっていた。
メレンティンも付き添っている、カミンスキィはあまり顔を合わせることがなくなった。彼自身は純粋に戦場の黄金律を信仰している男であった。
 つまりは迂回突破案を支持したのだ。これまで、ユーリアは常の同じく純粋な兵理を信仰していた。その中でも最高指揮官としての気遣いを忘れることはなかった。カミンスキィの高級将校としての振る舞いは少なからず自分が抱いた女から学んでいた面がある。
 カミンスキィはむしろ本領の者達に同情的であった、とりわけ兵と若い将校達に対して。あるいは彼も理不尽に弄ばれる何かへの共感があったのかもしれない。

「殿下、本領の兵達の士気が著しく落ちているようです、それに将校達も」
「私は既に能う限りは注文にこたえると伝えたわ」
 頭を下げるのであれば向こうから、という事だ。無論、過度に干渉するべきではないという意味合いもあるのであろうが。

「素直にそれに応えられれば良いのですが」

「それで兵が死ぬのであれば彼らの責任よ、特にあの男、何と言ったかしらあの参謀長」
「ラスティニアン少将ですか?」

「そう、あの嫌な男。閨閥屋の腰ぎんちゃく気分で兵を扱っているみたい。私を恐れているけど敬ってはいない」
 支配者ではなく敵対派閥の長としてしかみていない、ということだ。帝室の出であり、異民族の住まう邦を統治する副帝の生れであるからこそ、我慢のならない事であった。
 とりわけ〈帝国〉の民として生まれた者であるからこそ、猶更である。
「調べたところ随分と貧しい生まれのようです、出世の為に軍に入った類の男ですな」

「そう、不正の疑いがあれば更迭できるのだけど」
 ユーリアではなく〈帝国〉政府からであれば上手く最大の要因を取り除ける、と思案していた。
「金銭的には潔癖です、というよりも暮らし向きは楽ではないようです。不正をする程、刹那的であれば幾分かはマシでしょう。
貴族の付き合いと病気がちな妻への癒医の為に趣味も持たない有様です」

「臆病で小心、弱いものには強く、強いものには媚びへつらう。その癖、女の一人も養えない、と
まぁいいわ、その程度の存在なら放っておいても問題ないわね、アラノックが制御するでしょう。問題はそれより蛮軍ね、遂に動いたわ」
 ユーリアはそれっきりラスティニアンへの興味を失った。ある種、致し方ない面があった。東方辺境領と〈帝国〉本領は根本的に社会構造が異なっており、彼女は副帝として本領に赴くのは年に数度あれば頻繁といってよい具合であった。
 とりわけ若くして副帝を継承することになったので事情を鑑みれば、この世への意見がいささか以上に不通と異なるのも当然であった。

 
「殿下」メレンティンは逡巡した。
 何をどう正すべきなのか、眼前の天性の作戦家は既に目を皇都へと通ずる山脈にむけている。本領軍は既に選択肢を失った、であるからにはここでユーリアが示した以上に譲るのはかえって問題を根深くするかもしれない。
 それになにより”ユーリアはアラノック達の責を問うてはいない”のだ。
 だが現実として要塞は依然としてそこにあり、ユーリアはすでに半数の兵を磨り潰し、なおも全力をもって叩き潰そうとしている。
 ラスティニアンのような男は〈帝国〉貴族の中にも少なくない、そうした男達がこれをどう受け止めるか――
「彼らには戦後、いえ、要塞を落とした後に報いてやってください。無論生き残った者達にも」
 要塞を陥落させた後の処理で工面するしかない。将兵に報いて見せれば冬営の間に空気も変わるだろう。

  それに何より、ようやく気分が上向いたユーリアに水をさす羽目になる事は避けたかった。メレンティンは良き参謀であるがまた同時に良き家臣あろうとした。なのであった。
 ユーリアはわかったわ、と手を振り、話題を変えた。
「わかっている。だがそれよりも外の敵よ。この要塞を盾に引きこもっていた連中がいよいよ動き出したのだから。
――何か手を打ってくるのはわかる。あの男が何を目的にうごくのか、よみきってあげないと。ようやく楽しくなってきたわ」
 ユーリアは高揚していた。この数か月、姿を見せなかった敵手が盤面に現れたのだと直感していた

「バドウ、ですか。彼は恐らくナイオウドウにおります。打って出るとしたら――」

「それだけじゃないわ。相当何かを仕込んでるわよ、三街道全てで動きがあるのだから」
「カミンスキィをナイオウドウに、コウリュウドウにはデュランダルを
ヒガシエンドウにフリッツラ―の師団から一個旅団、兵を割きすぎていると思いますが」

「ここで動くとしたらこの要塞の開囲が目的よ。
それならば迎え撃って会戦に引き込めればよし、そう素直にいかなくても行動を封じ込めれば冬営の間、楽ができる。それに――」

「救援作戦が失敗すれば要塞も降伏するかもしれない、そうでなくとも戦意が落ちる、そうなれば第一軍団と第二軍団の和解に使える、という事ですな」
 メレンティンは安堵した。彼女は先を見据えて絵図を描いていた。内部の問題も構図に取り込んで。メレンティンはユーリアの副帝としての在り方を改めて再確認した。
 


十月九日 午前第六刻 第15東方辺境領重猟兵師団駐屯地
師団長 オイゲン・クルセウム・フォン・フリッツラー少将


「そうか、君は西方諸候領出身か」「はい、閣下」
 そうか、とアラノックはゆっくりとうなずいた。早朝である、ユーリアは上機嫌に東方辺境領軍の師団長らに声をかけて回っている。上手くすれば野戦に持ち込める、と考えているのだから当然であった。
 フリッツラ―も相応の用意をしていたが、想定外の客人が訪れた。
 白衣の軍服を着た〈帝国〉本領軍中将、アラノックだ。攻勢直前に攻城戦の責任者が指揮下にない師団司令部にいる理由はただ一つ、ユーリアへ急用があるからだ。

「苦労もあっただろう、本領や西方諸候領と東方辺境領はやり方が色々と違うようだな
私もこちらに来て驚いた」
「それなりに苦労しましたが。閣下が今抱えていらっしゃる程の苦労ではありません」
 アラノックはふっと笑みを浮かべた。フリッツラ―からすれば迷惑極まりないがそれでも邪険にできない何かがこの初老の男にはある。
 野戦で鍛えられた政治がらみの騒動から距離を置いた常道の将軍、と似通った点があるからかもしれない。
「君達の兵は良く動くな、本領兵も負けているつもりはないが、貴官らの下級部隊の勇猛さには目を見張るよ」

「土地柄であります、蛮族鎮定が主任務ですが、敵は少数の部族の連合になることが多く。アスローンや凱のように万単位の隊列を組む事がすくないのです」

「成程、そこからあの独特の戦い方の発想ができたのか、あぁそれを実現化させるのはよほどの苦労があったのであろうな」
 大したものだ、とアラノックは得心したように頷き、前を見た。
「すまぬが殿下は‥‥」
「今しばしお待ちを、御戻りになられます」
 
「南部の警戒線の強化に出る兵の閲兵か、さすが殿下は兵の士気をよく見ておられる」
 昨日は兵達が殿下の恋歌を歌っていたよ、とアラノックは何かを惜しむように言った。 兵の事なのか、別の何かか、フリッツラ―は考えようとしてやめた。
「防衛線の連中が随分と怪しげな動きをしています。アレクサンドロス作戦ではシュヴェーリン閣下が戦死しております、侮っては痛い目を見る難敵を相手です」

「わかっている、第1軍団まで動かしてくれ、とはいわぬよ」
 アラノックは鷹揚に手を振ってみせた。 銃を握り、血を流すのは本領兵だけでよい、といっているのだ。

「鎮定軍参謀長殿入室!!」
 師団司令部附きの候補生の声にアラノックは機敏に立ち上がり、メレンティンと敬礼を交わす。
「メレンティン”少将”、私は鎮定軍司令官殿下と話がしたい」
 参謀長ではなく少将と呼ばれ、メレンティンは顔をこわばらせた。
「しかしですな、閣下。わたくしが――」

 普段は穏やかに振舞う二人の間に走る緊迫した空気にフリッツラ―は興味を示さない。それもまたフリッツラ―の処世術である。

「私は司令官閣下と話さねばならないのだ。”今後の鎮定軍”の為にも――」

「幕僚は連れていらっしゃらないのですね?」
「警護の者だけだ、幕僚達は明日の攻勢の為に”懸命に”動き回っている、言葉の通りに」
 アラノックの底響きのする声の裏にあるものを感じたのかメレンティンは敬意を持った身振りで返す。

「‥‥わかりました。少々お待ちください」

 この後の事は記録に残っていない――フリッツラ―もメレンティンすらも人払いの対象となった。半刻程の会話は二人のみで行われ、護衛の兵は10間程天幕から離れるように命ぜられていた。
 天幕から出てきた二人は双方ともに酷く深刻な顔をしていた。

「閣下、御戻りになりますか?」「あぁ、戻る」
 年若い中尉が率いる騎兵小隊が護衛である。
 総司令部と第2軍団司令部の間にそれで司令官に何かあるとしたら政治的な暗殺が身内の間で行われる位だ。
 アラノックが幕僚も連れずにこの護衛のみで訪れたことにも政治的な意図がある。
ユーリアもそれは理解している筈だ、とアラノックは考えていた。

「この戦は随分と厳しくなった、兵理としても、それ以上の意味としても」
 ぽつり、とアラノックはこぼす。聞いているのは護衛の中尉だけだ。下士官共は弁えて声が聞こえぬ程度に離れている。

「――ここで死ぬのはまぁ我慢できます、ですがそれで無能の烙印を押されるのは我慢ならない」 
 若い中尉の率直な返答にアラノックは苦笑を浮かべた。この若者も自分を傍に置いている意味を理解している。若手将校の間に混じり、常に声を聴いて回っている。
 アラノックが”無色の将軍”であり続ける為にはそうした人材が必要なのだ。
「何時までも青臭い事を言う。――兵にとっては死後の評価も関係ない。勝って生き残れると信じさせなければ戦えんよ」
 勝って武勲を上げて下士官にでもなれたら農奴身分から脱却する事も夢ではなくなる。これは言ってしまえば〈帝国〉軍という兵に位置する社会の低層階級が、皇帝を信仰する現世利益にほかならない。

「とにかく、この蛮地で〈帝国〉軍が政治のいざこざで無益な犠牲を払う事は――」
 ゴボ、と奇妙な音が将軍の最後の発声となった。アラノックの呼吸を司る器官を粉砕した鉛玉が赤黒い肉片で軌跡を描きながらその肉体を飛び出し彼の最後の言葉もそれと共に噴き出していく。
 呆然とした護衛達の視線からアラノックの姿が消えた。その巨体から想像できない程に小さな音を立てて〈皇国〉内地の東半分を草刈り場とした猛将は地に墜ちた。


  第二軍団長であるアラノック中将はユーリアとの会談を終えた直後に死んだ。
百間南方の林から狙撃された、と推測されているが今に至ってもその犯人は謎に包まれている。
 〈皇国〉本土決戦において飛び交った弾丸の数は数え切れぬ程であるが少なくともその人物が放った一発はその中でも明確に歴史を変えた弾丸の一つであった。

 アラノックの死は〈帝国〉と〈皇国〉の命運を大きく揺り動かした。皮肉なことに政局に関わることを嫌った堅実で良識的な男の死は二つの国家を揺るがす数多の事件を引き起こす切欠となった。
 本領将校団は早急に集まり、最先任の少将であるラスティニアンを軍団長代理とする事を同意した。

 その会合の中で攻勢に向けた現状報告が上げられた。その中でとりわけ問題になったものに「若手将校達が公然とユーリアと側近のメレンティンを批判している」というものがあった。
 彼らの幾人かはカルパート僭帝乱で自分達の家がどれほどの痛手を追い、メレンティンが何故、東方辺境領に追いやられたのかを覚えていた。そして自分達の上官が迂回突破案を唱え多彩に、何故否決されたのかを理解できなかった。
 純粋な軍事的合理性は迂回突破案にあった。ましてや自分の同期が目の前で蛮地の泥濘と捏ね混ぜられたのであれば判断は歪められた、とより強く思うようになるのは自明の理であった。

 ラスティニアンは「公然と」上官を批判する事を厳禁した。陰で囁かれる噂はやがて廃油が紙に染み込むように兵下士官にも染み渡り始めるようになった。


 ゲルト・フォン・ラスティニアンは参謀としては優秀であり、人としては小心であり、そして自分達がまったく政局的な意味で窮地にあると決めつけていた。
 彼は陰険ではあるが意志が弱い人間ではない、 農奴より少しマシ、という程度の貧乏な没落貴族――彼の両親は療医にかかる金もなく貧困の中で死んだ――に産まれ、暗い物を抱えた人間が少将になるまでに必要な苦労を経験してきた。
 そして彼は弟と妹を無事に送り出し、流行り病で産まれたばかりの長男を失ってからは半ば妻の為に栄達を求めて生き、そして自分はもとより病弱であった妻もまもなく五十路に差し掛かる事を強く意識するようになっていた、全てがうまくいけばそれなりの恩賞を受け取って予備役に入り、妻と共に荘園を経営して生きていこうと思っていた。

 そして彼は将校としての生活の終わりを見据えていた。そして彼はちょっとした蛮族鎮定の栄誉を分かち合うために送り込まれた。
 帝室であるユーリアは本領中枢から憎まれた男を参謀長として側近に置き、要塞攻略に固執して迂回突破案を潰し、本領兵を使い潰し、アラノックは彼女の下から戻る際に何者かに暗殺された。
 繰り返すがラスティニアンは参謀としては優秀な男であり、小心な人間であった。彼は前日の準備通り、攻勢を進めながらもう一つの計画を入念に練り始めていた。

 ユーリアは正午まで第1軍団の哨戒網視察にでていた。

 かくして二日目の戦闘が始まった





 そしてこれはまったくの余談であるが新城直衛はアラノックの死の経緯を知った際に”盛大な出費を覚悟した”といわれている。だがこれは伝聞の記録が幾つか残っているだけのもので信憑性は薄い、と評価されている。
 口の悪い史学者は「そうであれば面白い。であるならば真実であるかのように扱われるだろう」と研究書にこの説を紹介した際に記している。
 
 

 
後書き
お待たせしました。六芒郭編の中盤を投稿します。

今年も御笑覧いただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。 
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